1〜8回の内容

情報通信と符号化
韓 承鎬
2015 年 6 月 3 日
1
目次
第1章
情報通信の歴史と発展
3
1.1
電信以前の通信 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
1.2
電信の発明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
1.3
海を越えた通信の実現 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
1.4
電話機の発明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
1.5
マルコーニの無線電話 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
1.6
通信のデジタル化
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
第2章
信号のスペクトル
9
2.1
三角関数基底とフーリエ級数
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
10
2.2
複素指数基底とフーリエ変換
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
2.3
三角関数基底と複素指数基底の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
14
2.4
周期方形波のスペクトル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
15
2.5
非周期方形波信号のフーリエ変換 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
18
2.6
信号の周期性と離散特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
19
第3章
離散フーリエ変換
22
3.1
離散フーリエ変換
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
22
3.2
DFT の性質と巡回シフト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
23
3.3
離散フーリエ変換の注意点 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
25
標本化定理
28
4.1
インパルス信号 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
28
4.2
畳み込み . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
29
4.3
標本化定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
31
量子化
35
5.1
線形量子化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
36
5.2
量子化の例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
37
ディジタル変調方式
39
第4章
第5章
第6章
2
目次
6.1
MASK 変調 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
40
6.2
MFSK 変調 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
43
6.3
MPSK 変調
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
43
6.4
QAM 変調 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
45
6.5
ビットラベリング
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
47
第7章
加法性ガウス雑音通信路での最適受信
49
7.1
加法性雑音通信路モデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
49
7.2
最適な MAP 受信機 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
51
7.3
加法性白色ガウス雑音 (AWGN) 通信路での受信 . . . . . . . . . . . . .
52
7.4
AWGN 通信路での誤り率 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
53
3
第1章
情報通信の歴史と発展
1.1 電信以前の通信
電信や伝書鳩以前,通信は視覚に頼ったものが多かった.ギリシャでは,松明リレーで
戦果を伝え,アジアの日本や中国では狼煙台を立てて,煙で外敵の侵攻を知らせた.当時
の政府にとって通信の保持は,軍隊の維持と同じように国家の統治上,欠かせないもの
だったのであった.
1790 年には,フランス人技師クロード・シャツプ(Claude Chappe)が考案した腕木
通信機が実用化に成功し,18 から 19 世紀にかけて欧米の主な通信方式となった.100 年
後の 1890 年頃になると,フランスは総距離 4800km をカバーする 556 の腕木信号局網を
有していたが,それは図. 1-1 のように,柱に上下に動けるようにした腕木をつけた腕木
通信機を数十 km ごとに配置したものであった.そして,文字を腕木の形状に対応させ,
その形状の変化を望遠鏡*1 で読みとり,リレー 式に伝達していくという通信方法である.
1.2 電信の発明
1831 年,イギリスではマイケル・ファラデー(Michael Faraday)が電磁誘導の実験を
行い,電磁場の基礎理論を確立すると,高速に伝わる電気を使った通信方式の研究が始
まった.
その翌年,歴史画家として名が知られていたサミユエル・モールス (Samuel Finley
Breese Morse) は,大西洋横断中の船内で,電磁気学の話を聞き,電信機の開発に加わる.
そして,1836 年に人間の言葉を「トン」と「ツー」のわずか二種類の符号の組み合せに置
き換えて通信を行う電信機を開発し,改良を加えた上に 1840 年には特許を取得する.そ
れから,モールスは各国に自分の電信機の売り込みに走っていたが,フランスは腕木信号
局網があり,イギリスではウィリアム・クック(William Fothergill Cooke)が発明した
五針電信機による電信網の開通を待っていた.
*1
望遠鏡は,オランダの眼鏡屋ハンス・リッペルスハイ(Hans Lippershey)によって 1608 年に発明され
たが,イタリアのガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei)はこれを改良し,天体観測を行った.
第 1 章 情報通信の歴史と発展
4
図 1-1
腕木通信機
五針電信機電信は,1837 年 5 月にクックとチャールズ・ホイートストン(Charles
Wheatstone)が共同に特許を取得しているが,最初に商業化された電信とされている.
それは図.1-2 のように盤面に五個の磁針をならベ,電気の強弱で動く針の組み合せによっ
て文字を送るものであリ,1839 年にパディントン駅からウェスト・ドレイトンまでの間,
約 21km にわたってグレート・ウェスタン鉄道の線路を利用して敷設された.
図 1-2
五針電信機
第 1 章 情報通信の歴史と発展
モールスの通信機は,フランスとイギリスでは実用化されなかったが,捨てる神あれば
拾う神あり( When one god deserts you, another will pick you up)と,モールスはつ
いにアメリカ政府直営の通信業務開始にこぎつけた.そして,1845 年元日,ワシントン
から約 64km 離れた港湾都市ボルチモアとの間の電信開通式に参加し,「トン・ツー 」と
電文で聖書の中にある言葉をボルチモアへ送った.
“What hath God wrought!”
118 年後の 1963 年 8 月 23 日,アメリカは宇宙にシンコム通信衛星を打ち上げ,全世界
との即時通話を実現するが,開通記念通話にあたり,ケネディ大統領は,モールスが打っ
た電文と同じ言葉を,最初のメッセージにしている.
モールス通信機は,五針電信機のような文字盤方式に直接文字を読み取れるのもではな
く,モールス符号を覚えないとならなかったので,発明当初は人気がなかった.ところ
が,電信の出現に先立って産業革命の旗手として 1830 年に運行が始まった鉄道が急速に
ヨーロッパ全土に普及し,電信は列車の安全運行のために,列車運行を一元的に確保する
手段として使われていた.その結果,電信は鉄道の普及に平行し,鉄道沿線に拡大され,
各地をつなぐ電信網を形成するようになり,1852 年のイギリスは全長 6500km の電信網
を有し,ヨーロッパの他の国も 1845 年から 1852 年かけて電信網を完成した.
遠距離伝送と,電信の商業化により通信文が多量になると,電流を「トン・ツー」と打
つだけで伝送するモールス方式が,故障も少なく電信線の長距離建設が容易であることよ
り電信の王座を独占してしまう.
1.3 海を越えた通信の実現
陸で繋がっているところへの通信が実現できると,人類は海を越える電気通信の時代に
踏み込む.1851 年,イギリス人のジョン・ブレット(John Brett)によって英仏海峡の
カレーとドーバー間約 50km に海底電線が敷設され,英国とヨーロッパは情報面で一体化
されたことになる*2 .
ドーバー海峡に海底電信を敷設してから 6 年後,サイラス・フィールド(Cyrus West
Field)は大西洋横断ケーブルの敷設に挑戦する.フィールドは 1857 年から,アメリカと
イギリスの船で米巡洋艦ナイヤガラと英船アガメムノンは,ニューファンドランドとアイ
ルランドの間に海底ケーブル敷設のため出航する.二度のケーブル切断事故に遭って,翌
年にケーブル敷設するが,二ヶ月後には通信ができなくなる.結局,海底電信の大西洋横
断に成功するは,8 年後の五度目の挑戦である.
*2
パリで通信社に勤めていたロイターは,ドーバー海峡横断電信開設を聞きつけると,パリの通信社をやめ
て翌年ロンドンに移り,今日の世界的通信社であるロイター通信を設立する.
5
第 1 章 情報通信の歴史と発展
1.4 電話機の発明
モールス符号は,長距離電信に適しているが,符号を取扱うには技術を習得するための
訓練が必要である.それで,だれでもがすぐに扱える通信機械として,文字よりも手っ取
りばやい音声そのものの伝達手法の開発が始まる.しかし,当時の物理学者や電気学者の
大勢は,周波数の高い人聞の声を電気を使って伝達することに否定的であった.
このような学界の常識にお構いなく,聾者教育に従事していたアレクサンダー・グラハ
ム・ベル(Alexander Graham Bell)は,音波と同じ波形の電流を生成するための実験を
行い続ける.そして,28 歳の時羊皮紙をぴんと張り,鉄心に電線を巻いたコイルを接続し
て,送話器とする電磁石式電話機ー「絞首台電話機」を発明し,1876 年 2 月 14 日ワシン
トンの特許局に特許申請を行った.その後,ベルは雑音の多い電磁石式電話機から実用化
できる液体電話機を発明し,アメリカ建国 100 周年を祝う建国記念博覧会に液体電話機を
出品した.翌年の 4 月 3 日にはボストンーニューヨークの間に電話が開通されるが,翌々
年には発明王エジソンが炭素を使って送話器の性能を飛躍的に向上させたので,電話の普
及は一段と早まった*3 .
1.5 マルコーニの無線電話
電線を使って電信と電話の実用化に成功したら,つぎは電線を使わないで同様のことが
できないかと考える.1887 年,ドイツの物理学者ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツ(Heinrich
Rudolf Hertz)が電磁波の存在を実験的に証明すると,1896 年にイタリアの物理学者グ
リエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi)は,電気火花による電磁波で「トン・ツー 」
のモールス符号を送る無線通信を発明した.マルコーニに 1 年先立って,ロシアの Popov
が無線通信に成功するが,自国のロシア政府への献策が入れられなかった.それに対し
て,マルコーニはイタリアで彼の成果に興味を持つ者は少ないと,時第一の工業国の英国
に渡り事業化に成功する.
1901 年,英国のイングランドから発信した無線のニューファンドランドでの受信に成
功し,大西洋横断を果たすと,1906 年には発明王エジソンの助手をしていたレジナルド・
オーブリー・フェッセンデン(Reginald Aubrey Fessenden)は,持続して電波の出る周
波数発生器を製作し無線電話を発明する.
1.6 通信のデジタル化
ベルやエジソンの発明した送話器を使うと音声の波を同じ波形の電気信号に変換するこ
とができるので,電話回線通じてその信号を遠く離れたところへ届け受話器を鳴らせば,
*3
当初は複雑な電話機を一般人が操作できるか,記録が残らないので大事なことを託すことができるか,な
ど否定的意見も多かった.
6
第 1 章 情報通信の歴史と発展
もとの音声を復元できる.
人間の音声は,50Hz∼20kHz の振動があるが,現在の電話回線では,人間の声を 300Hz
∼3400Hz の周波数の範囲でとらえて送るように国際的に取り決めている.アナログ方式
と呼ばれている従来の方式では,音声の娠動を 300Hz∼3400Hz の周波数の電気信号に置
き換えて,受話者側に伝送され受話器で音声に復元される.
アナログ方式では,いったん波形が崩れると,受信側には波形の原形がどのようなも
のか判断できないので修正の方法がない.このようなアナログ方式の欠点を克服すべ
く,1937 年,アメリカの ITT (国際電信電話会社)パリ研究所のイギリス人リーブス
(Alec Harley Reeves)は,アナログ信号をデジタル信号に変換する PCM(pulse code
modulation)通信方式の理論を完成し特許を取得した.しかし,デジタル方式は処理が
複雑になる欠点はあったため,発明同時は実現が困難となり,PCM 理論が実用化される
までには,さらに 20 年*4 ほどの歳月が必要だった.
1946 年ペンシルパニア大学で,重量 30 トン,長さ 30m の世界最初の電子計算機ーエ
ニアック(ENIAC)が誕生すると,二年後にベル電話研究所のウィリアム・ショックレイ
(William Bradford Shockley Jr.)が,トランジスタを発明するが,それはまた 1959 年
の集積回路 IC (Integrated Circuit)へ発展し,LSI(Large Scale IC)時代に突入する.
コンピュータとの結合を技術的に好都合にさせているなどの理由より,デジタル方式の
• 保存が容易
• 軽度の損傷は修復可能
• 処理が容易
• 処理中の品質劣化が起こらない
などの利点が顕著になり,通信もデジタル時代を迎える.
一方,1948 年にクロード・シャノンが ”A Mathematical Theory of Communication”
で数学の道具を通信に導入し,情報理論の学問分野を確立したら,それは効率の良い通信
を実現するための灯台となる.
現代通信システムの構成
図.1-3 で示した電話のデジタル方式では,オンとオフの二つの状態を持つ高速に発振す
るサンプリングパルスを用いて,オンになっている瞬間の音声の強弱を電圧に置き換えて
いる.そのときどきの音声を表す電圧の振幅標本値から「コンマ以下」の数字が切り捨
てられ,「切りのいい」数字で量子化した後に,その振幅値を 1 と 0 の二つの数字だけを
使って表現する*5 .
1 と 0 でビット化されたデータの中には,なくても意味がわかるデータもあれば,数
ビットが誤ると全体の意味が違ってしまうものもある.それで,現代通信では通信の効率
*4
*5
リーブス自身もこの発明を「はやすぎた発明だった」と,後日語っている.
電話では 256 通り組み合せ,つまり 8 桁で振幅値を表現する.
7
第 1 章 情報通信の歴史と発展
送話器
8
標本化/量子化
情報源/通信路
符号化
変調
01101001
受話器
補間
図 1-3
情報源/通信路
復号化
復調
現代のデジタル通信システム
を上げるために,
1. 情報源符号化:無駄な伝送を行わない
2. 通信路符号化:受信時の精度を上げる
を行うが,機密性が必要の時には情報源符号化の次に暗号化も行う.
符号化されたデータは,変調器で通信路の上で伝搬しやすい形に変換され,通信路を通
じて伝送されるが,通信路は通常帯域制限を受けるほか,伝送信号は熱雑音の影響を受け
る.特に無線電波で通信を行う場合には,他に多重反射,フェージング,ドップラー周波
数変移(高速移動中)などの影響も受ける.
音声を復元するには,復調されたデータに基づいて,復号化を行い標本化後の十進法の
数字まで戻し,これらのパルスをフィルタに通すなどとして補完を行うと,元の音声と似
た波形になり音声が再生される.
9
第2章
信号のスペクトル
電気信号を表現する最も一般的な方法は,デカルトの直交座標系を用いて,図 2-1 で示
しているように,時間の経過を横軸に取り,各時刻に対応する電流の強度を縦軸に表記す
る.ここで,電流の強度を表記する縦軸を実数 (R で表記) に対応させれば,時間が基底
x
x(t)
t
図 2-1 信号の時間領域表現
となり,すべての電気信号を表現することができるが,このような表現法を信号の時間領
域表現と呼ぶ.
時間領域の表現は信号の変化を掴むには直感的で分かりやすいが,場合によっては,信
号を時間以外の基底で表現した方が便利なことが多い.
そこで,基底になる条件として
1. 独立(直行)性:基底の任意の成分は,他の成分の組合わせで表現することができ
ない.
2. 完備性:すべての信号は,基底の組み合で表現できる.
があるが,完備な基底として,三角関数集,複素指数集,Legendre 多項式,Rademaher
関数集,Walsh 関数などが知られている.電子工学の場合,物理的に電流が電気部品(電
線や無線を含む広い意味)を通った後の性質は,入力された信号の周波数に依存するの
第 2 章 信号のスペクトル
10
で,三角関数集と複素指数集が特に広く応用されている.それで,本節では議論をその二
つの関数集に絞るが,完備性の議論は他の参考書に委ねる.
2.1 三角関数基底とフーリエ級数
信号 x(t) の周期を T とすると,角周波数は ω0 = 2πf =
2π
T
となり,エネルギー有限
の場合,x(t) は三角形式のフーリエ級数展開を用いて次のように示すことができる.
x(t) = a0 + a1 cos ω0 t + b1 sin ω0 t + a2 cos 2ω0 t + b2 cos 2ω0 t + · · ·
· · · + an cos nω0 t + bn sin nω0 t + · · ·
∞
∑
= a0 +
[an cos nω0 t + bn sin nω0 t]
(2-1)
n=1
ここで,三角関数の直行性より
∫
∫
T
2
− T2
cos mω0 t sin nω0 tdt = 0; m, n ∈ Z
{
T
2
− T2
T
2
cos mω0 t cos nω0 tdt =
{
∫
− T2
sin mω0 t sin nω0 tdt =
T
2
; m=n
0; m =
̸ n
T
2
; m=n
0; m =
̸ n
が成り立つので,(2-1) の係数は,
• 直流成分
1
a0 =
T
∫
T
2
x(t)dt
(2-2)
x(t) cos nω0 tdt; n ∈ Z+
(2-3)
x(t) sin nω0 tdt; n ∈ Z+
(2-4)
− T2
• 余弦波振幅
2
an =
T
∫
T
2
− T2
• 正弦波振幅
2
bn =
T
∫
T
2
− T2
2.1.1 同じ周波数の統合表現
式(2-1)において,cos nω0 t と sin nω0 t の二つの項は,基底成分であるため,互いに
直行しているが,波形の起点をずらすと完全に一致する.すなわち,この二つの項は位相
のみがずれている同じ波形を表している.この二つの項を統合し,信号を簡潔に表現する
ために,
cn =
√
a2n + b2n
第 2 章 信号のスペクトル
11
cn
bn
φn
an
図 2-2
三角関係
とおく.すると,an , bn , cn の間には,図.2-2 に示しているような三角関係が成り立つ.
そのために,関係式

 an
bn

tan ϕn
= cn cos ϕn
= −cn sin ϕn
=
− abnn
から,式(2-1)は
x(t) = a0 +
∞
∑
cn cos(nω0 t + ϕn )
(2-5)
n=1
に書き換えられる.
x(t) が周期 T の信号であると,an , bn , cn 及び ϕn はすべて nω0 の関数である. それ
で,図.2-3 ように,横軸に ω0 の整数倍をならべ,縦軸に (2-5) の cn を示す図を信号の
振幅スペクトルと呼ぶ.同じく,図.2-4 のように,横軸に ω0 の整数倍をならべ,縦軸に
(2-5) での位相 ϕn の値を示す図は信号の位相スペクトルと呼ぶ.
第 2 章 信号のスペクトル
12
cn
ω0 2ω0 3ω0 · · ·
0
図 2-3
ω
周期信号の振幅スペクトル
φn
π
0
ω0 2ω0 3ω0 · · ·
図 2-4
ω
周期信号の位相スペクトル
2.2 複素指数基底とフーリエ変換
式 (2-5) の表現はシンプルで取り扱いやすいが,一般的に cos(nω0 t + ϕn ) は完備な直
行基底にならない.それで,信号の分析で,概念理解や計算の簡素化の道具として,用い
られるのが複素数表現である.
複素数 z = x + jy, x, y ∈ R, j =
√
−1 に対して,次の記号を定める.
• 複素共役:z ∗ = x − jy
√
√
• 絶対値: |z| = |z ∗ | = zz ∗ = x2 + y 2
• 位相角:arg(z) = tan−1
• 実部:ℜ(z) = x
• 虚部:ℑ(z) = y
y
x
第 2 章 信号のスペクトル
13
また,オイラーの公式
ejω0 t = cos ω0 t + j sin ω0 t
(2-6)
より,
y0 = a0
∫ T2
1
yn =
x(t)e−jnω0 t dt
T − T2
∫ T2
1
x(t) [cos nω0 t − j sin nω0 t] dt
=
T − T2
1
= (an − jbn )
2
となる.ただし,a0 , an , bn はそれぞれ式(2-2)
,
(2-3),
(2-4)で与えるものとする.し
たがって,複素指数基底に基づいたフーリエ級数展開は
x(t) =
∞
∑
yn ejnω0 t
(2-7)
−∞
と書くことができ,各々の複素指数の係数は
1
yn =
T
∫
T
2
x(t)e−jnω0 t dt
(2-8)
− T2
で定まるが,−∞ ≤ n ≤ ∞ の整数であり,振幅スペクトルと位相スペクトルはそれぞれ
|yn | と arg(yn ) とする.
例えば,実数信号 x(t) に対して,複素指数基底での振幅および位相スペクトルは図 2-5
と図 2-6 のような左右対称のものとなる.
|yn |
···
−3ω0
図 2-5
−ω0 0
ω0
3ω0 · · ·
複素指数基底での振幅スペクトル
ω
第 2 章 信号のスペクトル
14
arg(yn )
π
···
−5ω0 −3ω0
図 2-6
0
3ω0
5ω0 · · · ω
複素指数基底での位相スペクトル
2.3 三角関数基底と複素指数基底の比較
実際の電流は虚数になることがないので,(2-7) の複素指数基底よるフーリエ級数は,
(2-1) で示した三角関数基底に基づいた表現と物理的には同等である.
ここで,三角関数基底に基づいたフーリエ級数の表現において,実数の値を取る各係
数は
• a0 :直流成分の振幅
• an :第 n 次高調余弦波成分
• bn :第 n 次高調正弦波成分
となり,値は振幅,符号は位相反転の物理的な意味を持つ.
また,同じ次数の余弦波と正弦波をまとめて式 (2-5) の形式て表現した場合,
• cn :第 n 次高調波成分
• ϕn :第 n 次高調波成分の位相
を表す.cn も実数の値を取り,その絶対値は合成後の振幅に対応し,cn が
cn cos(nω0 t + ϕn )
第 n 次高調波成分が存在することを示すなら,−cn は −cn cos(nω0 t + ϕn ),つまり位相
が反転された成分
cn cos(nω0 t + ϕn + π)
の存在を意味する.したがって,位相成分 ϕn は [0 π) の範囲で値を取れば,cn と組合わ
せて波形を一意的に指定する.
第 2 章 信号のスペクトル
15
一方,同じ実数*1 信号波形 x(t) に対して,複素指数基底での係数と三角関数基底での係
数は

 y0
y−n

yn
= a0
= 21 (an + jbn )
= 12 (an − jbn )
(2-9)
を満たすので,複素指数基底においても直流成分は三角関数基底と同じ物理的な意味を持
つ.また,上の関係式より,yn を複素平面で示した場合,各成分の配置は次の図 2-7 のよ
うになる.
y−n
ℜ
ℑ
an /2
bn /2
an /2
0
−nω0
nω0
ω
yn
−bn /2
図 2-7
複素指数基底でのスペクトル
一方,三角関数基底での係数を複素指数基底で表すと次の通りとなる.

an



bn
c

n


ϕn
= y−n + yn = 2ℜ(y−n ) = 2ℜ(yn )
= y−n − yn = 2ℑ(y−n ) = −2ℑ(yn )
√
= 2|y−n | = 2|yn | = 2 y−n yn
= arg(yn ) = − arg(yn )
(2-10)
2.4 周期方形波のスペクトル
図.2-8 で示すパルスの幅と高さがそれぞれ τ と 1/τ で,周期が T の周期方形波信号
{
x(t) =
*1
1
τ;
0;
|t| ≤
|t| >
τ
2
τ
2
同様な議論を複素信号に拡張できるが,ここでは実信号に限る.
第 2 章 信号のスペクトル
16
x(t + nT ) = x(t)
(2-11)
の複素周波数成分は,
1
τ
−T
−
図 2-8
y0 =
=
=
yn =
=
=
=
=
0 τ
2
τ
2
T
t
周期方形波信号の波形
∫ T2
1
x(t)dt
T − T2
∫ τ2
1
dt
T τ − τ2
1
T
∫ T2
1
x(t)e−jnω0 t dt
T − T2
∫ τ2
1
e−jnω0 t dt
T τ − τ2
[
]τ
1
sin nω0 t
cos nω0 t 2
+j
Tτ
nω0
nω0
− τ2
(
nπτ )
1 sin T
nπτ
T
T
(
1
nπτ )
Sa
T
T
(2-12)
(2-13)
となり
∞
∑
x(t) =
=
yn ejnω0 t
n=−∞
∞
∑
1
T
n=−∞
Sa
( nπτ )
T
ejnω0 t
(2-14)
から
1
T
1 ( nπτ )
= yn = Sa
T
T
y0 =
y−n
となる.
(2-15)
第 2 章 信号のスペクトル
17
ここで,Sa(x) は図.2-9 で示しているように,x = 0 の場合には 1 であり,nπ, n =
±1, ±2, · · · では 0 となる*2 関数である.また,(m2π m2π + 1) で正の値を取り,(m2π +
1 (m + 1)2π), m = 0, 1, 2 · · · , では負の値となる.
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
−0.2
−4pi
−3pi
−2pi
−pi
図 2-9
0
pi
2pi
3pi
4pi
Sa(x) 関数
T = Kτ とすると,式 (2-15) で表される周期方形波のスペクトルは図.2-10 となり,
以下の性質がある.
• スペクトルの間隔は ω0 (= 2π/T ) となり,周期が長くなると間隔が狭くなる.
• 各周波数成分の絶対値は,周期に反比例する.
( )
• スペクトルの包絡線は Sa nπ
K に従って変化する.
• (nπ (n + 1)π], n = ±1, ±2, · · · の中には,K 本のスペクトルを持つが,ω =
2nπ
τ
で
のスペクトルは 0 となる.
5π
3π
5π
• ω ≈ 0, 3π
τ , τ , · · · の時,スペクトルは極値を持つ (Sa( 2 ) ≈ −0.217, Sa( 2 ) ≈
0.128, · · · ).
• 周期方形波信号は無限の周波数成分を持つが,主なエネルギーは第一零点内に集中
している.故に,方形波信号のバンド幅を Bω =
がある.(Sa( π2 )
2π
τ
もしくは Bf =
= 0.637)
*2
lim
x→0
sin x
sin′ x
= lim
= cos 0 = 1
x→0 x′
x
1
τ
とする場合
第 2 章 信号のスペクトル
18
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
−0.2
−4pi
−3pi
−2pi
−pi
図 2-10
0
pi
2pi
3pi
4pi
周期方形波のスペクトル
2.5 非周期方形波信号のフーリエ変換
周期方形波信号で T = ∞ にした場合として,非周期方形波信号を考える.
周期信号において第 n 次高調波成分は
yn =
1
T
∫
T
2
x(t)e−jnω0 t dt
(2-16)
− T2
と定義されているので,T → ∞ の場合は 0 となる.言い換えれば,スペクトル間隔が
ω0 =
2π
T
で与えられるので,T → ∞ の場合は ω0 → 0 となる.
そのために,
T yn =
2πyn
=
ω0
∫
T
2
x(t)e−jnω0 t dt
(2-17)
− T2
から
2πyn
F (ω) := lim
= lim T yn =
ω0 →0 ω0
T →∞
∫
∞
x(t)e−jωt dt
(2-18)
−∞
を導入し,スペクトル密度と呼ぶことにし,フーリエ級数を次の積分形式に書き換える.
1
x(t) =
2π
∫
∞
F (ω)ejωt dω
(2-19)
−∞
ここで,(2-18) と (2-19) は,それぞれフーリエ変換及び逆フーリエ変換と呼ばれる.
第 2 章 信号のスペクトル
19
この定義に基づいて非周期方形波の周波数成分を求めると,
∫
∞
F (ω) =
∫−∞
∞
=
−∞
1
=
τ
1
=
τ
∫
x(t)e−jωt dt
x(t)e−jωt dt
τ
2
e−jωt dt
− τ2
[
] τ2
cos ωt
sin ωt
+j
ω
ω
( ωτ )
= Sa
2
− τ2
(2-20)
となり,ω = ± n2π
τ , n = 1, 2, · · · の時に 0 となる.
2.6 信号の周期性と離散特性
1. 連続時間信号
記述の便宜上,(2-18) と (2-19) に対して,ω = 2πf を代入すると,任意の連続時
間信号のフーリエ変換対は



 X(f ) =


 x(t)
∫
∞
∫−∞
∞
=
x(t)e−j2πf t dt
(2-21)
j2πf t
X(f )e
df
−∞
と書ける.
x(t) が非周期信号なら,そのスペクトルは, 図.2-11-a) で示しているような周波数
上連続の信号となり,逆に X(f ) が非周期信号なら,逆変換で得られる信号 x(t) も
時間軸上連続の信号となる.
2. 時間軸上周期的な信号
信号 x(t) が時間軸上で周期 T を持つ場合,式 (2-7)(2-8) に対して,ω0 = 2πf0 と
し,比較の便宜上 yn を X(nf0 ) で書き直すと,フーリエ変換対は




 X(kf0 )




x(t)
=
=
1
T
∫
T
2
− T2
∞
∑
x(t)e−j2πnf0 t dt
(2-22)
X(nf0 )e
j2πnf0 t
n=−∞
となる.ただし,f0 =
1
T
である.図.2-11-b) で示しているように,時間軸上周期
的な信号のは,離散スペクトルを持つ.
3. 時間軸上離散的な信号
非周期信号 x(t) に対して,間隔 Ts で行ったサンプリングを用いて時間軸上離散的
な信号標本 x(nTs ) を生成した場合,そのスペクトルは図.2-11-c) のように周期性
第 2 章 信号のスペクトル
20
を持つので,(2-22) と同様に,




 X(f )
=



 x(nTs ) =
∞
∑
x(nTs )e−j2πnf Ts
n=−∞
∫
Ts
1
Ts
(2-23)
X(f )e
j2πnf Ts
df
0
でフーリエ変換対を定義できるが,時間間隔 Ts と周波数上の周期 fs の間には逆数
関係
fs =
1
Ts
(2-24)
が成り立つ.
4. 時間軸上周期的な離散信号
上の二つの事実より,時間軸上周期的な離散信号 x(nTs ) のスペクトルが周期的な
離散信号となることが容易に導けるが,この場合
N=
T
fs
=
Ts
f0
(2-25)
となるので,時間/周波数共に一つの周期を用いてフーリエ変換対を





 X(kf0 ) =




 x(nTs )
で定義できる.
=
N
−1
∑
x(nTs )e−j
n=0
N
−1
∑
1
N
k=0
2πkn
N
(2-26)
X(kf0 )e
j 2πkn
N
第 2 章 信号のスペクトル
21
X(f )
x(t)
1
τ
Sa (πf τ )
−
τ
2
0
τ
2
t
···
a)
−
2
1
0
−
τ
τ
1
τ
2
τ
連続時間と連続周波数信号
f0 =
−
τ
2
0
t
f
T
b)
連続時間と離散周波数信号
c)
離散時間と連続周波数信号
Ts
0
t
fs =
f0 =
−
1
Ts
x(nTs )
Ts
1
τ
τ
2
0
τ
2
1
T
0
τ
2
x(nTs )
−T
f
x(t)
1
τ
−T
···
1
T
t
T
d)
離散時間と離散周波数信号
図 2-11 周期性と離散特性
fs =
1
Ts
22
第3章
離散フーリエ変換
現在,計算機はあらゆる工学分野で応用されており,信号分析の分野も計算機は重要な
役割を果たしている.しかし,計算機では連続信号の扱いと −∞ から ∞ までの積分がが
困難であるために,時間/周波数の二つの領域で, 離散化された信号の有限区間での計算に
変換する必要があり,これが離散フーリエ変換が導入されている主な理由である.
3.1 離散フーリエ変換
離散フーリエ変換 (DFT) 対は,(2-26) で f0 = Ts = 1 の場合に値し,ベクトル
x = (x0 , x1 , · · · , xN −1 ) に対して DFT は
N
−1
∑
x
˜k =
xn e−j
2πkn
N
(3-1)
n=0
˜ = (˜
で定義され,また x
x0 , x
˜1 , · · · , x
˜N −1 ) に対して逆離散フーリエ変換 (IDFT) は
xn =
N −1
2πkn
1 ∑
x
˜ k ej N
N
(3-2)
k=0
で与えられるが,記述の便宜上 WN = e−j N とし,
2π




˜k

 x




 xn
=
N
−1
∑
xn WNkn
n=0
=
N −1
1 ∑
x
˜k WN−kn
N
k=0
と記する場合も多いが,WN は定義より,n, m ∈ Z に対して以下の性質を持つ.
1. 周期性
WNn+mN = WNn
(3-3)
第 3 章 離散フーリエ変換
23
2. 対称性
WN−n = (WNn )∗
WNkn = WNnk
3. 可約性
n
, m|N
WNmn = WN/m
4. 直交性
N −1
1 ∑ mn
W
= δ(m)
N n=0 N
また

FN



:= 



WN0
WN0
WN0
..
.
WN0
WN1×1
WN1×2
..
.
WN0
WN2×1
WN2×2
..
.
WN0
1×(N −1)
WN
2×(N −1)
WN
···
···
···
···
···
WN0
(N −1)×1
WN
(N −1)×2
WN
..
.
(N −1)×(N −1)








(3-4)
WN
を N 次 DFT 行列とすると,その逆行列

F−1
N


1 

:=
N


WN0
WN0
WN0
..
.
WN0
WN−1×1
WN−1×2
..
.
WN0
WN−2×1
WN−2×2
..
.
WN0
−1×(N −1)
WN
−2×(N −1)
WN
···
···
···
···
···
WN0
−(N −1)×1
WN
−(N −1)×2
WN
..
.
−(N −1)×(N −1)




 (3-5)



WN
N 次 IDFT 行列となり,行列の演算を用いて (3-3) を
{
˜
x
x
= xFN
˜ F−1
= x
N
(3-6)
T
T
と簡単に書ける.ここで,FN と F−1
N は対称行列であるため,FN = FN , FN = FN と
なり,DFT 行列と IDFT 行列の間には F∗N = N F−1
N の関係がある.
3.2 DFT の性質と巡回シフト
˜ = xFN , y
˜ = yFN とすると,DFT の定義から
長さ N のベクトル x, y に対して,x
以下の性質が導かれる.
1. 線形性
第 3 章 離散フーリエ変換
24
任意の常数 a, b に対して,
(ax + by)FN = axFN + byFN
が成り立つ.
2. 反転定理
yn = x−n とすると,
y˜m = x
˜−m
となる.
3. パサワール定理
xxH =
1
˜x
˜H
x
N
(3-7)
DFT では有限長数列から有限長数列への変換であるが,その変換前後の系列は有限
長の信号ではなく,図.2-11-d) で示してるような無限に繰り返される周期信号を代表す
る.そのために,ベクトル x = (x0 , x1 , x2 , · · · , xN −1 ) に対して,k 個シフトした信号を
yn = xn−k と書いた場合は右側に k 個巡回しふとした数列 yn = x(n−k)
mod N
y = (xN −k , · · · , xN −1 , x0 , x1 , · · · , xN −k−1 )
{z
}
|
k
を意味する.従って,長さ N のベクトル x と h に対して畳込み演算
yn :=
N
−1
∑
xm hn−m
(3-8)
m=0
は巡回畳み込み (ここでは,x ◦ h と表記) となり,次の表 3.1 で示しているのような計算
となる.
表 3.1
巡回畳み込み
x0
x1 x2
···
xN −2
xN −1
×
× ×
···
×
×
0
h0
hN −1 hN −2
···
h2
h1
1
h1
h0 hN −1
···
h3
h2
2
..
.
h2
..
.
h1 ..
. h0
..
.
···
..
.
h4
..
.
h3
..
.
N −2
hN −2
hN −3 hN −4
···
h0
hN −1
N −1
hN −1
hN −2 hN −3
···
h1
h0
n
yn
∑
∑
∑
∑
∑
第 3 章 離散フーリエ変換
25
1. シフト信号の (I)DFT
時間領域でのシフト信号 yn = xn−m の DFT は
y˜k = WNmk x
˜k
元の信号に位相回転が加わるものとなり,周波数領域でのシフト信号 y˜k = x
˜k−l の
IDFT も
yn = WN−ln xn
元の信号に位相回転が加わるものとなるが,両者の回転の方向は逆である.
2. (I)DFT においても信号の積と巡回畳み込みの双対関係が成り立つ
˜ k の場合,
y˜k = x
˜k h
yn =
N
−1
∑
xm hn−m
(3-9)
m=0
なり,逆に yn = xn hn の信号に対しては
yk =
N −1
1 ∑
xn hk−n
N n=0
(3-10)
となる.
3.3 離散フーリエ変換の注意点
DFT に適切な定義を与えた上に,高速フーリエ変換アルゴリズムの開発されたことで,
DFT は様々な分野で広く使われているが,DFT はあくまでフーリエ変換の近似であり,
実際のフーリエ変換と明確に区別する必要がある.
˜ = xFN とした時に,フーリエ変換と異なって,x
˜ の k 番目の要素 x
x
˜k は必ずしも k
˜ 0 は直流成分を表
次高調波と関連する成分ではない.図.2-11-d) で示しているように,x
しているが,k ̸= 0 の場合は,N − k 番目の成分はフーリエ変換の y−k に対応し,k 次高
調波成分を表す.このような混乱を避けるために,直流成分を中央に配置した表現も使わ
れる場合があるが,N が偶数と奇数の場合に表現が分かれるので,ここでも一般的な表現
法を用いる.
連続時間フーリエ(逆)変換では,情報信号が持つ最高周波数の二倍以上の周波数でサ
ンプリングした標本から,元の信号を無歪みで復元できることが標本化定理により保証さ
れている.しかし,周波数領域での有限長信号は時間領域では無限長信号となるため, 数
値計算ができない.そのため,DFT では時間領域の信号の一周期を切り取って処理を行
うことにしているが, これは元の信号に
{
RN (n) :=
1; 0 ≤ n < N
0; Otherwise
(3-11)
第 3 章 離散フーリエ変換
26
の方形波を乗算することとなる.従って, 切り取り処理を行った後の信号は周波数領域で
は, 元の信号スペクトルと sinc 関数の畳込みを行ったことになるので,非ゼロ成分の周波
数がある度に,他の周波数に影響を与えるスペクトルの漏泄が生じる.
例えば, 信号
x(t) = cos(2πf0 t), ∞ ≤ t ≤ ∞
は,f0 の一次高調波しかないので, スペックトルは y−1 = y1 =
(3-12)
1
2
となる.
標本化定理により,周波数 f0 の二倍以上の周波数でサンプリングすれば,信号を復元
できるので,サンプリング間隔は T =
1
f0
の半分以下であればいいことより, 2f10 以下の
サンプリング間隔 Ts で標本化された信号
x(n) = cos(2πf0 nTs ), ∞ ≤ n ≤ ∞
(3-13)
を考えれる.
しかし, 計算機は無限区間での処理ができないので,DFT では x(n) の代わりに
xn = x(n)RN (n) = cos(2πf0 nTs ), 0 ≤ n < N
(3-14)
を用いて
x
˜k =
N
−1
∑
cos(2πf0 nTs )WNkn
n=0
を計算し,Ts =
1
8f0 ,
Ts =
1.1
8f0
の結果をそれぞれ図.3-1, 3-2 に示しているが,この結果か
ら見れれるように,DFT を使用すると,スペクトル漏泄の影響で,標本化定理で定めら
てた以上の周波数でサンプリングしも元の信号を復元できるとは限らない.
DFT のもう一つの問題点は離散化により,ω =
2π
N k,
0 ≤ k < N 以外のスペクトルが反
映できないことであるが, この問題はゼロ補完などにより改善することができる.
第 3 章 離散フーリエ変換
27
Ts = 1/8
20
Real Parts
Imagenary Parts
15
10
5
0
−5
0
5
図 3-1
10
Ts =
15
1
8f0
20
25
30
の DFT の結果
Ts = 1/8
20
Real Parts
Imagenary Parts
15
10
5
0
−5
−10
−15
0
5
図 3-2
10
Ts =
15
1
8f0
20
25
の DFT の結果
30
28
第4章
標本化定理
4.1 インパルス信号
信号
{
x(t) =
1
τ;
0;
|x| ≤
|x| >
τ
2
τ
2
(4-1)
に対して
δ(t) = lim x(t)
(4-2)
τ →0
をインパルス信号と呼ぶ.
性質
•
∫
∞
δ(t)dt = 1
−∞
•
∫
{
τ
δ(t)dt = u(τ ) =
−∞
•
∫
1;
0;
τ >0
τ <0
∞
f (t)δ(t)dt = f (0)
−∞
•
F (ω) = 1, − ∞ < ω < ∞
この事実は,非周期矩形波信号について,τ → 0 の極限を取ることでも確認できる.
第 4 章 標本化定理
29
4.1.1 周期インパルス信号のフーリエ変換
インパルス信号は,(2-11) で与えられる周期矩形波信号を用いて
δ(t) =
lim
τ →0,T →∞
x(t)
(4-3)
で表すことができるが,
s(t) = lim x(t)
(4-4)
τ →0
とした場合には,周期インパルス信号となる.
そのために,図 2-10 の包絡線をインパルス信号のフラットな関数 x = 1 に置き換えれ
ば,周期 T のインパルス信号を得ることができる.
4.2 畳み込み
畳み込み演算は,電子工学の広い分野において多いに応用されている.その一例とし
て,図.4-1 で示した信号 x(t) が,インパルス応答が h(t)(図.4-2) となる線形システムに入
力されるとする.
x(t)
x(τ )
h(t)
0
0
τ τ +∆
図 4-1
t
t
図 4-2
インパルス応答
入力信号
出力を求めるために,入力信号を ∆ の幅に刻み,x(τ ) を用いて,時刻 τ から τ + ∆ ま
での入力を近似するが,∆ → 0 で極限を取ると近似の誤差は無視でき,τ から τ + ∆ ま
での入力は x(τ )∆ となる (パルスの強度はパルスの面積に対応する).
具体的な出力の求め方は図 4-3 で示している.入力 x(0)∆ に対応する時刻 t1 での出力
は,x(0)∆h(t1 ) となるが,入力 x(τi )∆ のに対応するインパルス応答は,時刻 t1 から入
力の開始時刻 τi を引いたものとなる.そのために,対応する応答は x(τi )∆h(t1 − τi ) で
表され,時刻 t1 での出力を求める為には,
r(t1 ) = lim
∆→0
t1
∑
τ =0
x(τ )h(t1 − τ )∆
(4-5)
第 4 章 標本化定理
30
x(τ1 ) x(τ2 )
x(τ0 )
x(τ3 ) · · ·
0
t1
τ1 τ2 τ3
図 4-3
t
出力信号
を計算すればいいので,積分の式に書き換えると
∫
t
x(τ )h(t − τ )dτ
r(t) =
(4-6)
0
となる.
それで,式 (4-6) を一般化した次の式
r(t) := x(t)
∫ ∗ h(t)
∞
=
−∞
x(τ )h(t − τ )dτ
(4-7)
を畳み込みと呼ぶ.
図.4-4 を用いて,式 (4-7) で表す畳み込みの演算を説明することもできる.図形 (a) で
h(t)
x(t)
0
0
t
t
(a)
(b)
x(τ )
h(t − τ )
h(−τ )
0
τ
t
(c)
図 4-4
畳み込み演算
表される信号が (b) の信号と畳み込みを行う場合,r(t) は次のようなステップで行われる.
第 4 章 標本化定理
31
1. x(t) の信号は t 軸と同じ形で τ 軸に持ってくる
2. h(t) の信号は縦軸を中心に左右反転させて τ 軸に反映させる
3. r(t) を求める時に,h(τ ) のゼロ点を x(τ ) のゼロ点より t 離れたところにおく
4. 以上の操作で二つの信号が重なっている部分の面積を求める
畳み込みの性質
• 交換則を満たす
x1 (t) ∗ x2 (t) = x2 (t) ∗ x1 (t)
• 分配則を満たす
x1 (t) ∗ [x2 (t) + x3 (t)] = x1 (t) ∗ x2 (t) + x1 (t)x3 (t)
• 結合則を満たす
[x1 (t) ∗ x2 (t)] ∗ x3 (t) = x1 (t) ∗ [x2 (t) ∗ x3 (t)]
• インパルス信号との畳み込み
x(t) ∗ δ(t) = x(t)
• 畳み込み信号のフーリエ変換
信号 r(t) = x(t) ∗ h(t) に対して,R(ω) := F [r(t)] とすると,
R(ω) = X(ω)H(ω)
(4-8)
が成り立つ.ただし,X(ω) := F [x(t)], H(ω) := F [h(t)] である.
4.3 標本化定理
定理 1 標本化定理情報信号 x(t) の帯域を B とすると,時間間隔 Ts ≤
1
2B
で抽出した標
本から情報信号を完全に復元できる.
情報信号 x(t) は周期 Ts のインパルス信号 (標本化パルス) によって離散化されると仮
定すると,標本化パルスのスペクトルは図.4-5-(b) で示しているような周期 fs =
1
Ts
の
周期インパルスとなる.
一方,標本化された信号は,情報信号 x(t) と標本化パルス s(t) の積で表せるので,そ
の時間領域表現は
r(t) = x(t)s(t)
(4-9)
となる.従って,周波数領域では二つの信号のスペクトル畳み込みとなり,図 4-6 の下方
に示したように標本化された情報信号のスペクトルは,標本化される前の情報信号のスペ
第 4 章 標本化定理
32
時間領域
周波数領域
X(f )
x(t)
0
0
t
(a)
情報信号
f
B
S(f )
s(t)
0
0
t
Ts
(b)
図 4-5
周期インパルス信号
fs =
1
Ts
f
情報信号と周期インパルス信号
クトルが fs 間隔で繰り返される.そのために,fs ≥ 2B を満たすと,フィルタ操作で周
波数領域で X(f ) を完全に復元することができる.
標本化された情報信号 R(f ) に対して,周波数領域でフィルタ
{
P (f ) =
1; f ≤ fs
0; f > fs
(4-10)
をかけると情報信号のスペクトルを復元することができる.つまり,
X(f ) = R(f )P (f )
となるので,時間領域では標本化された情報信号と時間領域での P (f ) 信号が畳み込み演
算を行うことになる.前の計算で,方形波の (逆) フーリエ変換は図 2-9 で示したような
波形となるので,時間領域では標本を図 4-7 のように補間することになる.
第 4 章 標本化定理
33
r(t) = x(t)s(t)
時間領域
0
t
周波数領域
R(f ) = X(f ) ∗ S(f )
fs =
1
Ts
0
B
図 4-6
情報信号のサンプリング信号
f
第 4 章 標本化定理
34
周波数領域
1
X(f ) = R(f )P (f )
0
f
fs
x(t) = r(t) ∗ p(t)
時間領域
t
0
図 4-7
情報信号の復元
35
第5章
量子化
前章で紹介した標本化定理によれば,周波数が制限された信号 x(t) に対して,信号に
含まれている最高周波数の二倍以上の周波数で採集した標本 x(nTs ), n = 0, 1, 2, · · · を
Sa(πtfs ) の波形で補間を行えば,歪みなく信号 x(t) を復元できる.従って,送信側では
連続信号 x(t) をすべて送信する必要がなく,標本値 x(nTs ) の情報を送信すれば,受信側
では受け取った情報に基づいて連続信号 x(t) を復元できる.
連続信号 x(t) に対して,サンプリングした信号 x(nTs ) は,実数の値を取るので,ディ
ジタル方式で送信することができない.その理由は,一般的にサンプリングされた信号は
x(nTs ) ∈ R となり,R が非可算集合*1 になっていることにあるので,x(nTs ) を可算集合
X の内にある要素 xn ∈ X に変換する必要がある.ここで,xn の確率分布によっては X
は必ずしも有限の要素を持つ必要がないが,ここでは信号空間が |X | < ∞ となる有限集
合と仮定する.
標本化された信号 x(nTs ) から有限集合内の xn への変換する方法が量子化である.量
子化の方法では,量子化関数 Q(x) を用いて,xn ≈ Q(x(nTs )), xn ∈ X , の信号に変換す
るので,量子化雑音
qn = x(nTs ) − xn
(5-1)
が生じる.そのために,量子化雑音のエネルギーの期待値が最小になるように最適化を行
う必要があり,x(nTs ) の実数空間での確率密度関数を PX (x) とおくと
∫
2
∞
σ :=
−∞
[x − Q(x)]2 PX (x)dx
(5-2)
が最小になるような量子化関数
ˆ
Q(x)
:= arg min σ 2
(5-3)
Q(x)
を探す必要があるが,この最適化は PX (x) が既知であることが前提となっている.
量子化によって x(nTs ) を有限集合 X 内の要素 xn に変換したので,効率は必ずしもい
いとは言えないが,xn はディジタル方式で送信可能である.
*1
非加算集合は無限の無限倍の要素を持つ.
第 5 章 量子化
36
5.1 線形量子化
有限集合 X 内の要素を等間隔に配置して量子化する方法を線形量子化と呼び,最小の
間隔を量子化ステップ幅と呼ぶ.サンプリングした信号 x(nTs ) ∈ R を量子化する際に,
X から x(nTs ) にもっとも近い値を出力する量子化器の入出力特性は図 5-1 に示したよう
になるが,ここで
∆=
min
x,x′ ∈X ,x̸=x′
{|x − x′ |}
である.
xn
3∆
2∆
∆
x(nTs )
−5∆/2 −3∆/2−∆/2 ∆/2 3∆/2 5∆/2
−∆
−2∆
−3∆
図 5-1
線形量子化器の入出力特性
この入出力特性は,小数点以下を四捨五入する関数 round(x) を用いて
Q(x) := round
(x)
∆
∆
(5-4)
で表すことができる.
図 5-1 で明らかであるが,線形量子化の量子化雑音は ∆/2 を超えることはないので
|qn | ≤ ∆/2
が成り立つ.線形量子化雑音の分散を考えるために,量子化ステップ ∆ が十分小さく,
量子化レベル
N = |X |
は十分大きいと仮定すると,式 (5-2) で与えられる分散は
σ2 =
N
−1 ∫ xn +∆/2
∑
n=0
xn −∆/2
PX (x)(x − xn )2 dx
(5-5)
第 5 章 量子化
37
で計算されるが,∆ は十分に小さいと仮定したため,区間 [xn − ∆/2 xn + ∆/2] で PX (x)
は P (xn ) と同じであるとみなすことができ,y = x − xn なる変数変換を行うと,式 (5-6)
は次のように書き換えられる.
2
σ =
N
−1
∑
∫
∆/2
y 2 dy =
PX (xn )
−∆/2
n=0
N −1
∆2
∆2 ∑
PX (xn )∆ =
12 n=0
12
(5-6)
量子化レベルを M ビットの二進数で表示すると,量子化レベルは N = 2M となるり,
図 5-1 から |x(nTs )| の最大値と ∆ の間には
∆ = 2 max{|x(nTs )|}/2M
(5-7)
の関係が成り立つ.max{|x(nTs )|} = 2M −1 ∆ なので,標本値 x(nTs ) の取りうる値を
[−2M −1 ∆ 2M −1 ∆] で一様分布であると仮定すると,信号の分散は
∫
1
2M ∆
2M −1 ∆
x2 dx =
−2M −1 ∆
22M ∆2
12
となる.したがって,量子化器の信号対雑音比 S/N は
S/N =
E{x(nTs )2 }
= 22M ≈ 6M [dB]
σ2
となり,量子化ビットが 1 ビット増えると信号対雑音比は 6dB 改善する.
5.2 量子化の例
例1
周波数 1 の余弦波 x(t) = cos 2πt を Ts =
x(nTs ) = (
≈(
cos 0π
8
cos 8π
8
1
−1
cos π8
cos 9π
8
0.92
−0.92
cos 2π
8
cos 10π
8
0.71
−0.71
1
16
cos 3π
8
cos 11π
8
0.38
−0.38
間隔でサンプリングして生成した数列
cos 4π
8
cos 12π
8
0
0
cos 5π
8
cos 13π
8
−0.38
0.38
cos 6π
8
cos 14π
8
−0.71
0.71
cos 7π
8
cos 15π
8
−0.92
0.92
は無理数を含むので,このままではディジタル通信方式では送信することができない.
そこで,M = 4 ビット線形量子化器を用いると,max{|x(nTs )|} = 1 なので,量子化
ステップ幅は式 (5-7) より ∆ =
{
X4 =
1
8
になり
}
1 2 3 4 5 6 7
0, ± , ± , ± , ± , ± , ± , ± , −1
8 8 8 8 8 8 8
から x(nTs ) は
(
xn =
となる.
3
6
7
7
6
3 3 6 7
7 7 6 3
0 −
−
−
−1 −
−
− 0
8 8 8 8
8
8
8
8
8
8 8 8 8
)
)
)
第 5 章 量子化
38
この場合,式 (5-2) に基づいて量子化雑音を計算すると σ 2 = 0.002 となり,式 (5-6) で
求めた値 0.0013 に比べて若干大きくなるが,それは 0 を入れることにより符号が正のと
きに 1 がないので,入力信号 1 の量子化雑音が大きくなるからである.
量子化ビットを 1 ビット増やして M = 5 にすると,量子化ステップ幅は ∆ =
1
16
から
{ n }15
X6 = {0, −1} ∪ ±
16 n=1
から x(nTs ) は
(
xn =
15 15 11 6
6
11
15
15
11
6
6 11 15
0 −
−
−
−1 −
−
−
0
16 16 16 16
16
16
16
16
16
16 16 16 16
)
と量子化されるので,量子化雑音の実際値と理論値はそれぞれ 4.0 × 10−4 と 3.3 × 10−4
となり,4 ビット量子化器より雑音レベルがおよそ 1/4 になる.
39
第6章
ディジタル変調方式
標本化し量子化を行ったデジタルデータは 0,1 のビット列で表現される.そして,デジ
タル通信の目的はこれらのビット列を送信側から正確に希望の受信側に届けることであ
る.電気信号の有無でこれらのビット列を表すと,送信機と受信機をつなぐ電気回路で
は,直流信号の品質劣化が起こりやすい.また,電波や光などで送信する場合には,これ
らのビット列を周波数の高い電磁波に変換する必要がある.つまり,物理的な通信路で効
率よく送信するためには,送信したい情報ビット列を伝送に適した高い周波数の正弦波に
乗せて通信効率を上げる必要がある.
それで,正弦波
A cos(2πfc t + ϕ)
の中で利用する変数に対応して,一ビットずつ送信する場合は
1. 振幅シフトキーイング変調 (ASK)
送信ビットに基づいて振幅 A を変化させる
2. 周波数シフトキーイング変調 (FSK)
送信ビットに基づいて周波数 fc を変化させる
3. 位相シフトキーイング変調 (PSK)
送信ビットに基づいて位相 ϕ を変化させる
の変調方式がよく用いられる.Q ビットをひとまとめにして M = 2Q の信号点を用いて
変調を行う場合には,それぞれ MASK(M -ray ASK), MFSK, MPSK と呼ばれる.
また,複素平面上の実部に対応する余弦波と虚部に対応する正弦波における二つの変数
を組合わせる場合には
• 直交振幅変調 (QAM)
データに基づいて余弦波と正弦波の振幅 A を変化させる
• 直交位相変調 (QPSK)
データに基づいて余弦波と正弦波の位相 ϕ を変化させる
第 6 章 ディジタル変調方式
40
などが存在する.
6.1 MASK 変調
MASK 変調では,入力される信号 dn ∈ {0, 1, 2 · · · , M − 1} から
A
dn cos 2πfc t, 0 ≤ t < T
M −1
sn (t) =
(6-1)
を生成して送信するが,ここで各パラメータは
• A:最大振幅
• M :入力データの最大値
• fc :搬送波の周波数
• T :一つのデータを送信する時間幅
となる.
例えば,データ
d = (0 1 2 3)
(6-2)
が入力された場合,ASK 変調後の波形は図.6-1 のようになる.
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
−0.2
−0.4
−0.6
−0.8
−1
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
図 6-1 MASK 信号の波形
MASK 信号の検波には,非同期検波と同期検波の二種類がある.非同期検波では,入
力された信号を帯域フィルタに通した後,図.6-2 の包絡線検波回路を用いて包絡線を抽出
し,復調することができる.非同期検波器は,検波器で搬送波の周波数を正確に知らなく
ても復調することができるが,同期検波器より検波の性能が劣る.
第 6 章 ディジタル変調方式
41
vIn (t)
vOut (t)
図 6-2 MASK 信号の非同期包絡線検波回路
一方,搬送波の高い精度で周波数の周波数と位相が検知できる場合には,図.6-3 の同
期検波を用いて,検波性能を高めることができる.
⊗
cos 2πfc t
図 6-3
MASK 信号の同期検波
同期検波でも受信された信号を帯域フィルタに通して,雑音の影響を抑えるところは非
同期検波器と同様であるが,その後はその出力された信号と搬送波の正弦波 cos 2πfc t の
積信号を生成する.雑音を無視した場合,sn (t) との積信号は
A
dn cos2 2πfc t
M −1
A
= dn
(1 + cos 4πfc t)
2(M − 1)
sn (t) cos 2πfc t =
(6-3)
A
となるので,低域フィルタを使って倍数波成分を取り除くと振幅が dn 2M
の直流を得る
ことができる.
6.1.1 MASK 信号のスペクトル
式 (6-1) から,時間領域での MASK 信号は図 6-4-a) で示したように送信信号波形と
搬送波の乗算となる.その故に,時間領域信号と周波数領域信号の関係式 (4-8) により,
MASK 信号のスペクトルは送信信号のスペクトルと搬送波スペクトルの畳み込みである.
送信信号
{
x(t) =
1
τ
0
|t| < τ2
otherwise
のスペクトルは,図 2-11 で示したように
X(f ) = Sa(πf τ )
となる.
第 6 章 ディジタル変調方式
42
一方,搬送波 cos 2πfc t は周波数 2πfc の成分しか持たないので,三角基底において,
ωc = 2πfc に対する各次高調波の係数は
{
1
n=1
an =
0 otherwise
bn = 0, n = 1, 2, · · · である.そのために,式 (2-9) から複素指数基底での係数は
{ 1
|n| = 1
2
yn =
0 otherwise
となり,スペクトルは図 6-4 で示したようになる.
インパルス信号の性質により任意の関数はインパルス信号と畳み込み演算を行うとその
関数が出力される.その故に, 信号で余弦波の振幅に対して変調を行った場合,周波数領
域ではその信号のスペクトルが変調波の周波数を中心とした帯域にシフトする.
x(t)
1
τ
Sa (πf τ )
⇔
−
τ
2
τ
2
0
t
f
0
∗
×
cos 2πfc t
⇔
1
[δ(f + fc ) + δ(f − fc )]
2
f
t
=
=
1
[Sa (π(f + fc )τ ) + Sa (π(f − fc )τ )]
2
x(t) cos 2πfc t
⇔
t
a)
時間領域信号
f
b)
図 6-4 MASK 信号の波形
周波数領域信号
第 6 章 ディジタル変調方式
43
6.2 MFSK 変調
入力されるデータ dn ∈ {0, 1, 2 · · · , M − 1} に対し,MFSK 変調の信号は
sn (t) = A cos 2π(fc + ∆dn )t, 0 ≤ t < T
(6-4)
で表されるが,ここで ∆ は隣接周波数の間隔であり,(6-2) の対応波形は次の図.6-5 の
ようになる.
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
−0.2
−0.4
−0.6
−0.8
−1
0
0.5
1
図 6-5
1.5
2
2.5
3
3.5
4
MFSK 信号の波形
MFSK 変調の検波も MASK 信号の検波と同じく,非同期と同期検波が存在するが,い
ずれも MASK 信号の検波素子を並列に並べて構成することができる.図.6-6 は MFSK
信号の同期検波のブロック図であるが,ここでは受信された信号を中心周波数が fc ,
fc + ∆,· · · ,fc + (M − 1)∆ となる図.6-3 で示した同期検波に同時に入力する.最大値判
定器では,M 個の同期検波器から出力が最大となるものを探すことで MFSK 変調信号の
周波数を判定する.
6.3 MPSK 変調
MPSK 変調では位相にデータの情報を埋め込み,信号
sn (t) = A cos [2π(fc t + dn /M )] , 0 ≤ t < T
(6-5)
を生成するので,信号配置図は図.6-7 となり,(6-2) 波形は次の図.6-8 となる.
MPSK 変調は位相を使用しているため,非同期検波ができない.図.6-9 は MPSK 信
第 6 章 ディジタル変調方式
44
fc
(非)同期検波
fc + ∆
MFSK信号
最大値
(非)同期検波
判 別
fc + (M − 1)∆
..
.
(非)同期検波
図 6-6
MFSK 信号の検波
···
2π
2π
M
1
M
0
2π
M −1
M
···
図 6-7 MPSK の信号配置図
号の同期検波器を示しているが,ここでは,帯域フィルタを通した信号に対して,同じ周
波数で直交する二つの正弦波 cos 2πfc t と sin 2πfc t を用いて乗積を行うので,出力はそ
れぞれ
yI (t) = A cos
{ [2π(fc t + dn /M )] cos 2πfc t
}
A
2πdn
=
cos
+ cos [2π(2fc t + dn /M )]
2
M
yQ (t) = A cos
{ [2π(fc t + dn /M )] sin 2πfc t
}
A
2πdn
=
− sin
+ sin [2π(2fc t + dn /M )]
2
M
(6-6)
となる.yI と yQ の信号を低域フィルタに通すと,二次周波数成分はカットされ,それ
ぞれ
A
2πdn
cos
2
M
A
2πdn
zQ = − sin
2
M
zI =
第 6 章 ディジタル変調方式
45
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
−0.2
−0.4
−0.6
−0.8
−1
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
3.5
4
図 6-8 MPSK 信号の波形
成分判定
⊗
cos
信号
位相判定
MPSK
cos 2πfc t
⊗
sin
成分判定
sin 2πfc t
図 6-9 MPSK 信号の検波
が出力される.従って,
dn = −
M
tan−1
2π
(
zQ
zI
)
(6-7)
を計算することで,MPSK 信号の位相が判定できる.
6.4 QAM 変調
上で紹介した MASK では周波数が fc となる正弦波(或は余弦波)の振幅に情報を載せ
るが,周波数が fc となる波形には,cos 2πfc t と sin 2πfc t の直交する二つの成分が存在
する.そのために,余弦波と正弦波の振幅にそれぞれ dnI , dnQ ∈ M の二つの整数を同時
に送信することができるが,このような変調方式が QAM 変調となる.
第 6 章 ディジタル変調方式
簡単のために,(6-1) で
A
M
じて
46
= 1 とすると,QAM 変調方式では (dnI , dnQ ) の整数組に応
{
snI (t) =
snQ (t) =
dnI cos 2πfc t
dnQ sin 2πfc t
を生成し,時間区間 0 ≤ t < T でその加算信号
sn (t) = snI (t) + snQ (t)
= dnI cos 2πfc t + dnQ sin 2πfc t
(6-8)
を送信する.
QAM 信号は図.6-9 で示している MPSK 信号の検波器で復調することができるが,こ
の場合 (6-6) はそれぞれ
dnI
2
dnQ
yQ (t) =
2
yI (t) =
となり,これらの出力から送信された (dnI , dnQ ) を判定できる.
式 (6-8) での二つの波形は互いに直交するので,M = {−3, −1, 1, 3} の場合,図.6-10
のような信号配置図に対応できる.ここでは,M = |M| = 4 より,|M2 | = 16 の信号点
Q
I
−3
0
−1
1
3
図 6-10 QAM の信号配置
が存在するので,0 から 15 までの整数を各信号点に対応させることで情報を送信できる.
式 (6-8) では,余弦波と正弦波の成分を別々に表記しているので,変調方法の表現には
便利であるが,実際に送信される波形を考えるために,Part1 資料での式 (5) と同様に

 cn
 ϕn
√
d2nI + d2nQ
(d )
n
= − tan−1 dnQ
=
I
(6-9)
第 6 章 ディジタル変調方式
47
とおくと,式 (6-8) は
sn (t) = cn cos (2πfc t + ϕn )
(6-10)
と書ける.つまり,実際に送信される波形は (dnI , dnQ ) によって振幅と位相が変化する
一つの正弦波となる.
式 (6-10) の信号形式の表現に便利なのが信号の複素数表現である.送信するデータ組
に対して複素数表現
を使用し,
dn = dnI + jdnQ
(6-11)
xn (t) = dn e−j2πfc t
(6-12)
とすると
sn (t) = ℜ{xn (t)}
より,送信される信号は式 (6-12) の実部となるほか,式 (6-9) を用いて送信は計の位相も
(6-11) から簡単に計算できる.
QAM 変調は一つの周波数を用いて,時間 T の間に M 内の二つの整数 nI , nQ を送る
ことができるので,周波数の利用効率が高くデジタル回線での主流の変調方式となってい
る.現在は信号処理技術の発展により,1024QAM なども実用化されているが,未だシャ
ノンが示した周波数利用効率の限界に到達できる一般的な方法は見つかっていない.シャ
ノンが示した周波数利用効率の限界を達成する上で
• 信号配置点の最適化
• ビットラベリングの最適化
• 適切な誤り訂正符号の適応
などが特に重要と思われているが,これらの問題は互いに影響するほか,通信システムの
構造や情報が伝達する通信路などとも複雑に関連するので,一般的な議論の展開はとても
困難である.
6.5 ビットラベリング
後述する誤り訂正符号は二進数のビット単位での誤り訂正符号を主に扱うので,シンボ
ルからビットへの変換例として,図.6-11 で示した一次元の 8PSK 変調のマッピング*1 に
ついて考える.
ラベリングは M 内の整数を一意な二進数に変換すればよいので,各要素に対して二進
数展開をすることで図.6-11 の円の外側で示した自然ラベリングが得られる.
*1
Gray ラベリングは信号が熱雑音のみに影響される通信路では最適となる場合がある.
第 6 章 ディジタル変調方式
48
2
3 (011)
(010)
(011)
(010)
4 (100)
1
(000)
(110)
(111)
5 (101)
(001)
(001)
0 (000)
(100)
(101)
7 (111)
6 (110)
図 6-11 8PSK の信号の Gray ラベリング
一方,送信された信号が雑音の影響を受けると,送信された信号点は受信側で他の信号
と判定されることがあるが,通常隣合う信号点に判定されることが多い.その故に,隣り
合う信号はことなるビット数が少ないことが望まれる.しかし,自然ラベリングルール
に従うと,0 が 7 に間違えた場合,すべてのビットが異なり,3 ビットのエラーを引き起
こす.
自然ラベリングの改善策として考案されたのが Gray ラベリングであるが,隣合うラベ
リングは 1 ビットのみ異なるのが特徴であり,次のようにして構成できる.
1. L = {(0), (1)}
2. L 内の要素の先頭に 0 を付けた集合 L0 = {(00), (01)} を生成する.
3. L 内の要素の順番を逆にし,先頭に 1 を付けた集合 L1 = {(11), (10)} を生成
する.
4. L = L0 ∪ L1 とし,必要に応じて 2~4 を繰り返す.
49
第7章
加法性ガウス雑音通信路での最適
受信
デジタル通信では整数の情報を正弦波の振幅,周波数もしくは位相に載せて伝送する
が,その際に雑音,減衰,歪み,フェージング,干渉などの影響を受けて通信誤りを引き
起こす.その中で雑音はすべての通信路において存在し,多くの場合通信誤りを引き起こ
す主な原因となっている.
7.1 加法性雑音通信路モデル
−1
M := {m}M
m=0 とした場合,m ∈ M の変調信号 sm (t) を加法性雑音通信路に通すと
受信信号は
r(t) = sm (t) + n(t)
(7-1)
となるので,加法性雑音通信路の波形モデルは図.7-1-a) のようになる.
信号の表現から時間のパラメータ t を省略するべく,任意の信号 sm (t) に対して完備な
−1
N 次元直交基底 {αn (t)}N
n=0 を用いて,αn (t),0 ≤ 0 < N ,での係数
∫
∞
sm,n =
sm (t)αn (t)dt
(7-2)
0
−1
からなる長さ N の実数ベクトル sm = (sm,n )N
n=0 を用いて sm (t) を表記すると,ベクト
ル sm は一意的な信号
sm (t) =
N
−1
∑
sm,n αn (t)
(7-3)
n=0
に対応する.同じく n(t) の係数を長さ N の実数ベクトル n で記すると,ベクトル
r = sm + n
(7-4)
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
50
を用いて式 (7-1) を表現する*1 ことができるため,ベクトル形式の加法性雑音通信路モデ
ルは図.7-1-b) に示しているようになる.
m ∈ M が送信される確率を Pm とすると,sm は変調方式によって決まる m の確定的
な関数なので,送信機は同じ確率 Pm で sm を送信することになる.また,(7-4) より sm
が送信された場合の受信信号は雑音の確率変数 n に依存する故に,受信信号 r も確率変
数となり,送信機が sm を送信した場合,受信機が r ∈ RN を受信する同時確率密度はベ
イズの公式より
p(r, sm ) = p(r|sm )Pm
(7-5)
で表されるので,通信路の確率モデルは図.7-1-b) のように示すことができる.
sm (t)
+
r(t)
n(t)
a)
加法性雑音通信路の波形モデル
+
sm
r
n
b)
加法性雑音通信路のベクトルモデル
p(r|sm )
sm
c)
r
通信路の確率モデル
図 7-1
通信路モデル
図.7-1 で,b) のベクトルモデルと比べて,c) の確率モデルでは入出力間の確率密度関
数を用いて雑音の影響を表している.雑音がない時,p(r|sm ) は r = sm の場合のみ確率
が 1 となるので,雑音がない通信路の確率モデルは
{
p(r|sm ) =
*1
1;
r = sm
0; otherwise
−1
ここで用いた直交基底 {αn (t)}N
n=0 は n(t) に対しては完備ではない可能性があるので,複数の n(t) が
一つの n に対応することになるが,これら判定の最適性に影響しない.
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
51
となる.
加法性雑音通信路においていは,式 (7-4) より r−sm = n となる故に,p((r−sm )|sm ) =
p(n) となり,p(n) が既知の場合,p(r|sm ) = pn (r − sm ) で通信路の確率を求めることが
できる.通信路の確率モデルは,雑音と送信信号の具体的な算術演算の指定がないので,
加法性雑音通信路のみならず,すべての通信路を確率モデルで表現することができる.
7.2 最適な MAP 受信機
受信側では観測された r(t) より送信されたデータを判定するが,その際に送信された
データ m と判定したデータ m
ˆ の誤り
Pe = Pr {m ̸= m}
ˆ
(7-6)
が最小となる判定ルールを最適判定とする.
一般性を失わないために,すべての m ∈ M は受信信号 r を生成する可能性があると仮
定し,r ∈ RN に対して p(r|sm ) ≥ 0, m ∈ M が成り立つとする.受信機は受信信号 r に
基づいて送信されたデータを判定するので,RN から M の関数 g(·) を用いて判定ルール
をm
ˆ = g(r) と記述する.受信信号 r に基づいて判定したデータ m
ˆ と送信されたデータ
m が一致する場合正しい判定となるので,送信データを確率変数と見なすと,受信信号 r
が正しく判定される確率は
Pr{m = m|r}
ˆ
= Pr{m = g(r)|r}
となり,受信信号が正しく判定される確率は
∫
1 − Pe =
Pr{m = m|r}p(r)dr
ˆ
(7-7)
RN
で表される.
p(r) は常に非負の値を取るので,Pr{m = g(r)|r} がすべて最大となる時,式 (7-7) が
最大値を取る.その故に,各受信信号 r に対して確率 Pr{m = m|r}
ˆ
が最大となる m
ˆ を
出力する関数 g(·) が最適判定ルールとなり
m
ˆ = gopt (r) = arg max P (m|r)
m∈M
= arg max P (sm |r)
m∈M
p(r|sm )
p(r)
m∈M
= arg max Pm p(r|sm )
= arg max Pm
(7-8)
m∈M
で表せる.
式 (7-8) で示した判定ルールは事後確率を最大化するルールなので,このような受信機
は maximum a posteriori probability (MAP) 受信機と呼ばれる.特に Pm =
1
M
の場
合,式 (7-8) は
m
ˆ = arg max p(r|sm )
m∈M
(7-9)
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
52
で簡略化でき,maximum-likelihood (ML) 受信機と呼ばれるが,各データが送信される
確率が同じでない場合,ML 受信機は最適判定にならない.
受信機は信号空間 RN を M 個の領域 Dm , m ∈ M, に分割し,受信された信号が Dm
に属す場合,言い換えればイベント r ∈ Dm が発生した場合に m が送信されたと判定す
るので,Dm はデータ m の判定領域と呼ばれる.
判定領域の視点より,式 (7-6) は
Pe =
∑
∑
Pm Pr{r ∈
/ Dm |sm }
∑
m∈M
=
Pm
=
∑
Pr{r ∈ Dm′ |sm }
m′ ∈M,m′ ̸=m
m∈M
∑
Pm
∫
p(r|sm )dr
m′ ∈M,m′ ̸=m
m∈M
(7-10)
Dm′
と書き直せる.
7.3 加法性白色ガウス雑音 (AWGN) 通信路での受信
n(t) を複素数の値を取る平均値が 0 でスペクトル密度が N0 /2 である白色ガウス雑音
(AWGN)N (0, N0 /2) と仮定すると,実部と虚部が独立である場合,確率密度関数は
|x|2
1
e− N 0
fn (x) = √
πN0
(7-11)
となる.
−1
ガウス確率過程において,基底 {αn (t)}N
n=0 を適切に選択することで,各基底での係数
nn が独立かつ同一分布 (i.i.d.) に従うようにすることができる.その故に,n は平均値が
0 で分散が N0 /2 の i.i.d. 確率変数と仮定することができ,確率密度関数は
(
p(n) =
1
√
πN0
)N
e−
∥n∥2
N0
(7-12)
で与えられ,式 (7-8) の最適判定は
m
ˆ = arg max Pm p(r|sm )
m∈M
= arg max Pm pn (r − sm )
m∈M
(
)N
∥r−sm ∥2
1
= arg max Pm √
e− N 0
πN0
m∈M
∥r−sm ∥2
= arg max Pm e− N0
m∈M {
}
∥r − sm ∥2
= arg max ln Pm −
N0
m∈M
{
}
N0
1
2
2
T
= arg max
ln Pm − (∥r∥ + ∥sm ∥ ) + rsm
2
2
m∈M
(7-13)
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
{
= arg max
m∈M
となり,Pm =
1
M
53
N0
1
ln Pm − ∥sm ∥2 + rsTm
2
2
}
(7-14)
の場合,ML 判定は
{
}
m
ˆ = arg max −∥r − sm ∥2
m∈M
= arg min {∥r − sm ∥}
(7-15)
m∈M
と簡略化できる.
式 (7-15) は ML 判定ルールでは,信号平面において受信信号 r から最も近い距離にあ
る信号点を送信信号とするので,信号点が図.7-2 のように配置されている場合,s0 と s1
の判定境界は二つの信号点を結んだ直線を垂直に二分する直線になる.
s0
s3
D0
D3
D1
D2
s1
s2
図 7-2
判定領域
7.4 AWGN 通信路での誤り率
7.4.1 BPSK 変調の誤り率
MPSK 変調方式で M = 2 の場合は BPSK 変調と呼ばれており,基本波形を s(t) とし
た場合,データ m = 0, 1 に応じて時間 T 内で次の信号
{
s0 (t) =
s1 (t) =
s(t)
−s(t)
(7-16)
を送信する.そこで,受信側で s(t) を復調した後のエネルギーを Es とし出力される雑音
は分布が N (0, N0 /2) の AWGN とする.また,一般的な状況を考えて 0 と 1 が送信され
る確率をそれぞれ P0 = P と P1 = 1 − P とする.
受信信号は AWGN 通信路を通過するので,p(r|s0 ) と p(r|s1 ) の分布はそれぞれ
√
√
N ( Es , N0 /2) と N (− Es , N0 /2) になるが,Pm ≤ 1/2 の場合,ML 判定は最適には
ならないので,送信確率を考慮した Pm p(r|sm ), m = 0, 1, を図.7-19 に描く.
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
54
P0 p(r|s0 )
P1 p(r|s1 )
s1
s0
rth
!
− Es
0
D1
!
Es
r
D0
図 7-3
BPSK 信号の判定領域
すると,式 (7-8) の判定ルールは受信信号点 r において,P0 p(r|s0 ) と P1 p(r|s1 ) を比
較し値が大きくなるのを送信データと判定することになるので図.7-19 で P0 p(r|s0 ) と
P1 p(r|s1 ) が交差するところが判定境界となり,MAP 判定は
{
0; r ≥ rth
m
ˆ =
1; r < rth
(7-17)
で表せる.
rth では P0 p(r|s0 ) = P1 p(r|s1 ) が成り立つので
√
Es −rth |2
N0
|
1
P0 √
e−
πN0
√
|rth + Es |2
1
N0
e−
= P1 √
πN0
から
N0
1−P
rth = √ ln
P
4 Es
(7-18)
が得られる.
送信データ 0 が送信され,判定領域 D1 で受信されたときと,逆に送信データ 1 が送信
され,判定領域 D0 で受信されたときには誤りとなるので
∫
∫ ∞
p(r|s0 )dr + P1
p(r|s1 )dr
−∞
rth




√
√
Es − rth 
Es + rth 
= PQ √
+ (1 − P )Q  √
rth
Pe = P0
N0
2
N0
2
(7-19)
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
55
となる.ただし,平均値 0,分散 1 の正規分布 N (0, 1) の確率密度関数を fN (x) と記した
場合,Q 関数は
Q(x) = ∫
Pr{N (0, 1) > x}
∞
=
fN (t)dt
∫x−x
fN (t)dt
=
−∞ ∫
∞
t2
1
=√
e− 2 dt
2π x
と定義され,平均値 µ,分散 σ 2 の正規分布 N (µ, σ 2 ) に対しては次の式が成り立つ.
(
2
Pr{N (µ, σ ) > x} = Q
特に Pm =
1
2
x−µ
σ
)
の場合,式 (7-19) は rth = 0 より
(√
Pe = Q
2Es
N0
)
=Q
(√ )
2γ
(7-20)
に簡略化できるが,γ = Es /N0 は信号雑音比 (SNR) である.
7.4.2 QAM 変調の誤り率
I,Q の両軸に M 個の信号点を持ち,図.6-10 のように配置した QAM 信号は I 軸と Q
軸の判定結果は互いに影響しないので個別に誤り率を考えることができる.それで,M
を偶数とし,I 軸での信号点の間の最小距離を d であると仮定すると,各配置点での振幅
は図.7-4 のようになる.
d
0
···
−
···
(M − 1)d
3d
··· −
2
2
−
d
2
d
2
(M − 1)d
3d
···
2
2
図 7-4 QAM 信号の I 軸の信号配置図
各データが送信される確率を
1
M
とすると,受信電力の期待値は
∑ [ (2m − 1)d ]2 1
Es = 2
2
M
m=1
M/2
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
=
で表されるので
N
∑
)
M/2 (
2d2 ∑
1
m2 − m +
M m=1
4
n2 =
n=1
および
56
N
∑
(7-21)
N (N + 1)(2N + 1)
6
n=
n=1
N (N + 1)
2
より
Es = d2
M2 − 1
12
(7-22)
が得られるので
√
d=
12Es
M2 − 1
(7-23)
の関係式が成り立つ.
各データの送信確率はすべて同じであることから隣接する二点においての判定境界は二
つの点の中心,すなわち信号からの距離が
(M −1)d
点,− 2
と
(M −1)d
2
d
2
の所となる.その故に,両端に位置する信号
の誤り率は式 (7-20) での
(
POuter = Q
√
Es を d に置き換えて求められ
)
d
√
2N0
(7-24)
となるが,それ以外の信号点は両側ともに誤る可能性があるので,誤り率も倍となり
(
PInner = 2Q
√
d
2N0
)
(7-25)
と書ける.
各信号の送信確率が一様なので,I 軸の誤り率は
2
M −2
POuter +
PInner
M
(M
)
d
2(M − 1)
Q √
=
M
2N0
PI =
(7-26)
となり,対称性より Q 軸の誤り率も
PQ = PI =
2(M − 1)
Q
M
(
√
d
2N0
)
(7-27)
である.QAM 信号は I 軸と Q 軸が共に正しく判定された時に誤らないので,QAM 変調
の誤り率は
Pe = 1 − (1 − PI )(1 − PQ )
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
57
(
)
1
= 2PI 1 − PI
2 (
)[
(
)]
d
M −1
d
4(M − 1)
Q √
1−
Q √
=
M
M
2N0
(
) [ 2N0 (
)]
d
d
≈ 4Q √
1−Q √
2N0
2N0
= 4POuter (1 − POuter )
(7-28)
(7-29)
で表される.
7.4.3 MPSK 変調の誤り率
各データ m ∈ M の送信確率が 1/M の場合,AWGN での信号の判定境界は隣りの信
号を結ぶ直線を直角に二分するので,信号 s0 の判定境界は図.7-5 で示すようになる.
s1
s0
D0
sM −1
図 7-5
MPSK 信号の判定境界
信号の受信エネルギーを Es とすると,各信号の振幅は
√
Es となるが,信号配置点
の対称性より,MPSK 信号の誤り率は s0 信号の誤り率と等しくなるので,送信信号
(√
)
√
s0 = ( Es , 0) が送信された場合,受信信号 r = (rI , rQ ) =
Es + nI , nQ が誤って
判定される確率を考える.
(
ここで,実部と虚部の雑音 nI , nQ は互いに独立でガウス分布 N 0,
N0
2
)
に従うと仮定
すると共同確率密度関数は
1 − (rI −
e
p(rI , rQ ) =
πN0
√
2
Es )2 +rQ
N0
(7-30)
となり,次の変数置換
{
R
=
Θ =
√
2
rI2 + rQ
arctan
rQ
rI
(7-31)
第 7 章 加法性ガウス雑音通信路での最適受信
により
58
√
pR,Θ (r, θ) =
1 − r2 +Es −2N Es r cos θ
0
e
πN0
に書き換えると,Θ の周辺確率密度関数は
∫
∞
pΘ (θ) =
pR,Θ (r, θ)dr
(7-32)
0
となる.t = √
r
N0 /2
として変数置換を行うと,,式 (7-32) は γ =
∫
2
1
pΘ (θ) = e−γ sin θ
π
∞
−
te
√
(t−
2γ cos θ )2
2
Es
N0
の関数として
dt
(7-33)
0
と書けるので,MPSK 変調の誤り率は s0 の誤り率より
∫
Pe = 1 −
π/M
−π/M
pΘ (θ)dθ
と表現できるが,M = 2, 4 以外式 (7-34) の簡略化した式は知られていない.
(7-34)