Ⅵ.人工心肺開始の要点

若⼿医師のための心臓手術の基本とその根拠
Ⅵ.人工心肺開始の要点
.送血の回路内圧は適正か?
1
【対処法】送血カニューレと⼈⼯⼼肺回路を接続しエアー抜き後、チューブ鉗⼦をはず
して、❶回路内圧が体血圧と同等であることを確認する❷実際に送⾎してみて回路内圧
が異常に⾼くならないかをテストする。
.人工心肺を開始した瞬間は送血カニューレを注視する!
2
【対処法】❶血液が送血カニューレ内を正常に流れているか(⼤抵無輸⾎充填のため、
⾎液の流れが目視できる)❷⾎液は正常に酸素化されていて鮮紅色か❸目に⾒えるエア
ーは無いか、をチェックする。
.送⾎開始後回路内圧が異常に⾼くなった場合
3
【対処法】送⾎の回路内圧は通常 150 ㎜ Hg 以下で、200 ㎜ Hg 以上は異常と考える。
まず最悪のシナリオである⼤動脈解離を疑い、すぐに灌流量を落とし、できれば人工心
肺をいったん停⽌し、❶上⾏⼤動脈外表面の変化を観察する❷経食道心エコーで解離腔
の有無を確認する。解離が否定されれば、❶送⾎カニューレの向きが腕頭動脈に向いて
いないか❷送⾎カニューレもしくは回路チューブが屈曲していないか、を確認する。大
動脈解離が起こると外膜⾎腫とは明らかに異なり、外膜を通して⾎流が透⾒できる。
1
.急性⼤動脈解離手術で、大腿動脈送血圧が高い場合
4
【対処法】送⾎カニューレが真腔に⼊っていても、解離腔の⾎流が優勢だと真腔が狭⼩
化し送血圧が上昇して、total flow が出せなくなる。この状況は❶経食道心エコーで真
腔が狭小化❷上肢血圧の低下または左右差❸脳内酸素飽和度の低下として表れる。この
場合にはすぐに冷却を開始し、右腋窩動脈からの送血を追加する。それでも改善が⾒ら
れないか、時間的余裕の無い時は⼼尖部送⾎に切り替える。
5
. 脱⾎量は⼗分か?
【対処法】⼈⼯⼼肺の流量が安定して維持されるためには、⼗分な脱⾎量が必要不可⽋
である。良い脱⾎無くして⼈⼯⼼肺は成り⽴たない。特に脱⾎カニューレの位置は重要
で、面倒がらずに脱⾎が良くなる深さに調節する。(参照:Ⅴ.カニューレーションのト
ラブルシューティング 7.脱血が悪い)
6
. total flow が出せない!
【対処法】人工心肺を開始して total flow が出せない要因として、❶脱血不良❷送血圧
が高い❸LV ベントからのリターンが多い❹人工肺の目詰まり、などのために有効灌流
量を確保できない状況になっている。❶❷の場合、再度その原因を検索する。急に脱血
が極端に悪くなった場合は、胸部〜腹部⼤動脈瘤があれば破裂を考える。❸の原因とし
て最も考えられるのは⾼度 AR の存在で、この場合は速やかに大動脈を遮断して、次の
操作に移る。以前、AR が無いのに LV ベントからのリターンが異常に多く、total flow
2
が出せない 50 代 MR の⼼不全症例に遭遇した。術中検索の結果、PDA(動脈管開存症)
があることがわかり、急遽肺動脈を切開し動脈管にフォリーカテーテル 14Fr を挿入し
てバルーンでシャントを止めたことがあった。❹の原因として、ヘパリンの入れ忘れ、
プロタミンの誤投与、HIT(ヘパリン起因性⾎⼩板減少症)、寒冷凝集素反応による血
液凝集塊や赤血球エキノサイト化に起因する⼈⼯肺の目詰まりが考えられる。回路及び
人工肺の迅速な交換が必要となる。
7
. total flow が出たら、呼吸を止める
【対処法】自己圧が出ていても、人工呼吸を止める。次の操作の LV ベントカニューレ
挿入時に呼吸しているとエアーを吸い込む危険がある。
8
. LV ベントが入ったら brief cooling
【対処法】大動脈遮断までの間、送血温を 28℃にして冷却する。これは中⼼冷却によ
り全⾝の酸素消費量を低下させるというより、一時的に⼼筋の酸素消費量を低下させる
意図がある。実際、短時間冷却のため、中枢温はさほど下がらない。大動脈遮断後、心
筋保護の灌流手技に手間取ったり、別の手技に切り替える状況が生じた時でも、低温に
よる⼼筋保護効果のため、時間的余裕ができ、落ち着いて心筋保護手技を⾏える。ただ
し、⾼度 AR や低心機能例では冷却により、Vf になることがある。
3
☝南先生のワンポイント・アドバイス
特に⾼度 AR の場合には冷却は慎重に!送⾎温を 32℃、30℃、28℃と段階的に下げて
いくのが安全である。
9
. 大動脈遮断前に Vf になったら?
【対処法】LV ベントの回転数を上げ、LV の overdistension を防止する。AR があれば、
早めに大動脈を遮断する。AR が無ければ大動脈遮断を慌てる必要はない。メイズ手術
でPV isolationを大動脈遮断前に⾏う場合以外は、基本的にはDCショックはかけない。
4