20101113 第一回スノボード正・準指導員養成講習会理論(水郷) 低体温症 自治医科大学医学部教授 屋代 隆 (SAJ公認ドクターパトルール) スキー・スノーボードでの事故 外傷 (皮膚・皮下組織、筋組織、結合組織、骨格) 血管障害 脳血管障害(急性・慢性硬膜下血腫、硬膜外腫) (呼吸障害・窒息) 狭義の低体温症 血流障害⇒凍傷・凍瘡 内科的疾患の特徴 (感染症、消化器疾患の自経例) 流行性感冒・インフルエンザ 便秘症 急性硬膜下血腫 (三日月型の血腫で、脳挫傷をともなうもとの伴わないものがある。) 急性硬膜下血腫の特徴 クモ膜下腔にある静脈や静脈洞の破たんによる硬膜と クモ膜の間に出血 症状:めまい、嘔吐、吐き気 治療:緊急の開頭手術、血腫除去 スノーボード:初心者、緩斜面、逆エッジ 日本のスポーツ頭部外傷の現状 川又 達朗1, 片山 容一1, 森 照明2, 谷 論3, 荻野 雅宏4 1日本大学 医学部 脳神経外科, 2国立西別府病院 脳神経外科, 3東京慈恵会医科大学 脳神経外科, 4獨協医科大学 脳神経外科 スポーツによる頭部外傷の特徴は、脳振盪を繰り返すことと、急性硬膜下血腫を起こしやすい ことである。スポーツでの死亡事故の大半は、急性硬膜下血腫が原因である。従来、プロボク シング、アメリカンフットボール、スノーボードが硬膜下血腫を起こしやすいスポーツとして 知られていたが、最近では、ラグビーと柔道もこれに加わるとされている。急性硬膜下血腫の 死亡率は30-50%と高率であるため、予防が重要であり、脳神経外科医による啓蒙活動が不可 欠である。予防のためには、急性硬膜下血腫が起きた状況を十分に検討し、原因を明らかにし ていくことが第一歩であるが、日本の実態は十分に解明されているとは言えない。スポーツに よる脳振盪は、米国を中心に2000年頃より注目を集め、多くの研究がなされている。脳振盪が 繰り返されることによる脳損傷の蓄積の問題や、脳振盪を少なくするスポーツ環境の整備が急 性硬膜下血腫の減少に繋がることなどが言われている。2001年には、第1回スポーツ脳振盪国 際会議が開かれ、フィールドでの脳振盪の取り扱いを標準化しようという試みがされている。 海外の報告と対比させることにより、日本におけるスポーツ頭部外傷の現状と問題点を明らか にする。 スノーボード外傷 富山医科薬科大学 脳外科 林 央周先生 昨シーズンは新潟県六日町の病院におりましたので、 スノーボード外傷は多数経 験しました。そのうち3例が急性 硬膜下血腫例で、2例が死亡、1例が植物状態と いう転帰をと りました。 いずれの症例も午前中の滑走時から、頻回に転倒 してお り、昼食後頃より頭痛を訴え、午後の滑走中に意識障 害が出現するという経過で、 井出先生(注、都立神経病院) がおっしゃっているような、「スコーンと後ろに転ん で後頭部 打撲→脳挫傷,硬膜下血腫のパターン」 とは違うようでした。 私は頻回 の転倒時に加わる旋回力による血管損傷のような受傷 機転を想像しているので すが、いかがでしょうか。 (一般のかたにいかにアピールすべきか?)どのような 方法が 良いかはわかりませんが、危険性を十分に理解してもらうこと は重要なこ とだと思います。私自身は(私の想像した受傷機転 から)ヘルメットの着用はあま り効果がないのではと思ってい ます。 トムラウシ山 低体温症による遭難事故 トムラウシ山遭難事故:2009年7月16日早朝から夕方に かけて北海道大雪山系トムラウシ山が悪天候に見舞わ れ、ツアーガイドを含む登山者9名が低体温症で死亡し た。夏山の遭難事故としては近年まれにみる数の死者 を出した惨事となった。 トムラウシ山頂では、事故当時雲がかかり雨が降り、日 中の気温は8~10度、風速は20~25mと台風並みだった。 生存者によると、「雨と風で体感気温は相当低く、リュッ クカバーが風で吹き飛ばされ、岩にしがみついて四つん ばいで歩くような状態だった」とのことである。 低体温症の定義 低体温症(ていたいおんしょう、Hypothermia ハイポサー ミア)とは、恒温動物が、寒冷状態に置かれたときに生じ る様々な症状の総称。また、低体温症による死を凍死 (とうし)と呼ぶ。 低体温症が発生する機序 低体温症は、恒温動物の体温が通常より下がっている 場合に発生する。軽度であれば自律神経の働きにより 自力で回復するが、重度の場合や自律神経の働きが損 なわれている場合は、死に至る事もある症状である。こ れらは生きている限り、常に体内で発生している生化学 的な各種反応が、温度変化により、通常通りに起こらな い事に起因する。 温度と生化学反応 生化学的反応の例を挙げるなら酵素の反応だが、これらは 通常の場合において、特に動物が利用する酵素は、至適温 度が40°C前後であるものが多いが、これはヒトの中心温度 に近いため、体内で効率よく働くことができる。俗に「腹を冷 やすと下痢(消化不良)になる」と言われるが、その原因の一 つとして、消化管の温度低下によってこれらの酵素の一種で ある消化酵素の働きが鈍り、消化作用が阻害されることが挙 げられる。 ブドウ糖などの糖を酸化・分解してエネルギー通貨としてアデ ノシン三リン酸 (ATP) を生成する「解糖系」という過程も、周 辺温度によって生成速度に差が生じ、低い温度ではこのATP 生産が低下する。そしてATPは筋肉、神経、内臓など全身の 細胞の生命活動全般においてエネルギー源として使用され ているため、供給が滞れば致命的な問題に発展する。 肝臓 liver,Leber の機能 栄養物の貯蔵 各種の代謝 解毒 血球の破壊 逆利用 低体温症では、体中心温度の段階によって様々な症状が発生し、 最終的には意識喪失・心肺機能停止による仮死・生理機能停止に よる死亡に至る。しかし逆に低体温状態には組織の代謝を低下さ せることによる保護的な作用もあるため、さまざまな応用が試みら れている。 日本では1990年代に始まった脳低温療法は、冷却ブランケットなど を用いて人為的に低体温を起こし、脳を保護するという治療法であ り、実際に臨床で使用されている。脳外傷の蘇生後などが適応と なる。冬季に溺水した子供が通常は蘇生できないほど長時間(一 般には心肺機能停止から3 - 10分以内程度であるが、同事例では 40分 - 3時間)水の中にいたにもかかわらず蘇生し回復した例が報 告されている。これは冷水が身体を冷やし偶然低体温療法的に作 用したためと考えられている。 他にも低体温状態で心臓手術を行う方法が開発された。しかし蘇 生率があまり高くないため、安全性に問題があり、人工心肺の普 及した現代では、ほとんど行われていない。 低体温症の種類 偶発性低体温症 (accidental hypothermia) 末梢組織障害 (凍傷、凍瘡) 偶発性低体温症 幼児は、凍結した池等で冷水に落ちて急激な体温低下 に伴う仮死状態に陥った場合に、体の容積が小さく、全 身が速やかに冷却されるため、脳への酸素供給停止以 前に脳細胞が仮死状態に陥るため、酸素欠乏症による 脳死に至らずに済む事があり、心臓停止から3時間以上 経ってから蘇生した事例がある。成人でも心臓停止から 30分以上経って蘇生した事例もある。 対処法 症状によって、必要な対処法が異なる。慌てて手足を温 めると、急激に心臓に負担が掛かって、ショック状態に陥 る危険性があるので注意する。アルコール飲料は確か に体が温まるが眠気を誘い、余計に事態を悪化させる 危険があるので避けるべきである。体の温まる甘い飲み 物は効果的だが、意識がはっきりしていないと、飲み物 で溺死する危険性があるので、意識障害が在る者には 飲ませてはいけない。 対処法・基礎 風雨に晒されるような場所を避け、衣服が濡れている場 合は、それらを乾いた暖かい衣類に替えさせ、暖かい毛 布などで包む。衣類は緩やかで締め付けの少ない物が 望ましい。脇の下やそけい部(又下)等の、太い血管(主 に静脈)がある辺りを湯たんぽなどで暖め、ゆっくりと体 の中心から温まるようにする。この時、無理に動かすと、 手足の冷たくなった血液が、急激に内臓や心臓に送られ る結果になるため、体を温めさせようとして運動させるの は逆効果であるので、安静とする。 対処法・軽度 とりあえずどんな方法ででも、体を温めるようにして、暖 かい甘い飲み物をゆっくり与える。ただし目が醒めるよう にとコーヒーやお茶の類いを与えると、利尿作用で脱水 症状を起こすので避ける。アルコール類は体は火照るが、 血管を広げて熱放射を増やし、さらには間脳の体温調節 対処法・中度 中枢を麻痺させて震えや代謝亢進などにより体温維持 のための反応が起こりにくくなるため、絶対与えてはい けない。リラックスさせようとしてタバコを与えてはいけな い。タバコにより末梢血管が縮小して、凍傷を起こす危 険があるためである。この段階では、少々手荒に扱って も予後はいいので、出来るだけこの段階で対処すべきで ある。 対処法・中度 運動させたりすると、心臓に冷たい血液が戻って、心臓 が異常を起こす事もあるので、出来るだけ安静に努める。 急激に体の表面を暖めるとショック状態に陥る事がある ので、みだりに暖めない。比較的穏やかに暖める事は可 能であるが、裸で抱き合うと、体の表面を圧迫して余計 な血流を心臓に送り込んで負担を掛けるので避けるべ きである。同様の理由で手足のマッサージも行ってはい けない。とにかく安静にする必要があるので、風雨を避 けられる場所に移動するにも、濡れた衣服を着替えさせ るにも、介助者がしてやるようにし、出来るだけ当人には 運動させないようにする。心室細動により非常に苦しむ 事も在るが、心臓停止状態以外では、胸骨圧迫も危険 であるため、してはならない。 対処法・重度 呼吸が停止しているか、または非常にゆっくりな場合は、 人工呼吸を行って、呼吸を助ける。心臓停止状態にある 場合は、胸骨圧迫を併用する。心臓が動き出したら胸骨 圧迫を止め、人工呼吸を行う。この場合はマウス・トゥ・ マウス式(仰向けに寝かせた要救護者の後頭部から首 に掛けて手を宛がって持ち上げ、鼻をつまんで、介護者 が口を使って、要介護者の口へ息を吹き込む・喉の奥に 吐いた物が詰まっている場合は、これを取り除いてから 行う)人工呼吸の方が、人間の吐息であるために暖めら れていて都合がよいとされる。 救命活動の重要性 ちなみに低体温症においては、仮死状態と完全に死ん でいる状態の違いを、明確に判定する事は非常に難し いが、それと同時に、この状態が生物学的に完全に死 んでいる状態であると断定できない部分も大きい。しか し放って置けば確実に死亡するため、医療機関に搬送さ れ、専門医の適切な治療と診断を受けるまでは、何が あっても・何時間でも、介護者が二次遭難する危険にな いかぎりは、救命活動を続行すべきとされている。 救命症例① 2006年4月に日本の長野県で雪崩に巻き込まれた20代男性が、発 見からは約4時間・心肺停止確認後からは2時間45分後に蘇生・後 遺症もなく回復した事例が報じられている。 前日午後2時ごろに雪崩に遭い遭難。翌午前9時ごろに捜索隊によ り発見、低体温による心肺停止のためヘリコプターで地元病院に 搬送されたが回復せず、更に同県内の大学病院に搬送されて11 時52分に人工心肺に接続、その1時間後に心臓の自力での鼓動を 確認した。 発見から近隣病院へ搬送、更に人工心肺のある医療施設に搬送 されるまでの間、救急隊員が人工呼吸と胸骨圧迫を行っていたと いう事で、男性は2か月ほど入院生活を送った後、歩行や会話を行 うといった日常生活に支障のないレベルに回復、2006年6月には近 く退院することが報じられた。治療にあたった信州大医学部付属病 院の岡元和文教授の談話として、これは心肺停止後の蘇生として は日本国内の最長記録であるという。救急隊員の活動と低体温症 による代謝の低下で酸欠によるダメージが軽減されたこと、加えて 男性が若く体力があったことを回復した理由として示している。 救命症例② 2006年10月7日兵庫県在住の男性(35歳)が兵庫県六甲山中にて 遭難、その後24日後の10月31日意識不明の状態で発見された。 発見時は直腸温度が22℃まで下がり、浅い呼吸と一分間に40 - 50 回程度の弱い心拍があった。ヘリコプターにより神戸市内の病院 に搬送された直後に心肺停止状態に陥ったが、治療開始4時間後 には心拍が戻り、その後の集中治療の結果50日後にほとんど後 遺症もなく退院。発見当時は携帯していた食品並びに水分を摂取 し生存していたと考えられていたが、蘇生後従来の常識では考え られない事実があきらかになった。山道を踏みはずし崖下に滑落、 腰骨を骨折し身動きの取れない状態となり、遭難初日及び2日目に 若干の水分摂取をしたのち意識を喪失し、その後発見されるまで の3週間一切の食物及び水分の摂取を行わないままに過ごしたと 証言した。診察した医師の記者会見によると、低体温症による冬眠 状態で生命の維持が可能になったのではないかとの仮説が示され ている。 高体温症(熱中症)との対比 高体温症=熱中症 但し、熱中症はそのほとんどの症例が脱水症 スキー・スノーボードでの事故 外傷 (皮膚・皮下組織、筋組織、結合組織、骨格) 血管障害 脳血管障害(急性・慢性硬膜下血腫、硬膜外腫) (呼吸障害・窒息) 狭義の低体温症 血流障害⇒凍傷・凍瘡 内科的疾患の特徴 (感染症、消化器疾患の自経例) 流行性感冒・インフルエンザ 便秘症
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