サンプル原稿

物理教育の新しい工夫
デジタルコンテンツを利用した基礎物理学実験
小田島仁司,長島和茂
われわれは,理工学部 1 年生が履修す
の言っていることやテキストに書いて
クセスを許可しているが,受講生以外
る基礎物理学実験を担当している。約
あることが具体的にイメージできず,
の一般の方からのアクセスも許すよう
1000 人に及ぶ多くの学生が対象とな
そこで実験が止まってしまうことが
なコンテンツをつくることが将来的な
るため,これまでにさまざまな実験指
多々ある。このような問題を解決する
課題だろう。また,実験内容や装置の
1)
2)
導の工夫がなされてきた 。ここでは,
ために,テキスト と併用して実験前
更新が日々行われていくため,こまめ
この授業でとり入れているデジタルコ
にパワーポイントを用いた説明をとり
にコンテンツをアップデートしていく
ンテンツを利用した教育について紹介
入れた。これにより,写真や動画,シ
必要がある。当初は,大学が管理する
する。物理学において理論と実験は車
ミュレーションなどの視覚的手法の利
サーバー領域にコンテンツが置かれて
の両輪のようなもので,どちらも自然
用が可能となり,物理現象や実験装置
いたが,最近では,われわれが直接管
法則の理解には欠かせない。そのた
の操作法の理解を助けることに効果を
理できる領域にコンテンツを置くこと
め,理工系学部 1 年生のカリキュラム
上げた。
で迅速なアップデートを可能にしてい
には,講義とともに実験の授業が組み
このような経験を踏まえて,実験室
る。ところで,デジタルコンテンツ利
込まれていることが多い。しかし,高
を新築するさいに各実験テーマに専用
用の思わぬ副産物として授業の画一化
校での物理の学習というと,学生が自
のプラズマディスプレイを備えつけ,
が可能になった。約 1000 人の学生を
ら実験する機会は少なく座学が中心の
ノートパソコンの映像を出力できるよ
10 クラスに分けて授業を行っている
ようである。したがって,学生の多く
うにした。われわれにとって幸運だっ
が,クラスが異なっても学生はほぼ同
は大学に入学して初めて物理学実験を
たのは,施設面での充実とちょうど同
じクオリティーの授業を受けられる。
体験することになり,そのことに配慮
時期に,授業をデジタルコンテンツ化
こ の こ と は, 成 績 評 価 の 公 平 性,
した教育が求められる。
するという全学的なプロジェクトが実
JABEE などの認証評価に役立ってい
まず,実験テーマの選定であるが,
施されたことである。基礎物理学実験
る。
1 年生がとり組みやすいように高校で
でも,これまで蓄積したパワーポイン
★ ★ ★
学習した内容と関連したものを多くと
トの素材をもとにコンテンツを制作す
このデジタルコンテンツは,すでに退職
り上げている。たとえば,単振り子,
ることにした。素材の多くはパワーポ
した松本節子氏,松本皓永氏を初めとす
物質の融点の測定,電気回路,音速の
イントのものを移植したが,プロの手
る多くの基礎物理担当教員の長年の努力
測定,光の干渉,水素スペクトルなど
を借りて写真や動画をふんだんにとり
の上に完成した。現在では,安井幸夫氏,
であり,力学,熱力学,電磁気学,振
入れ,クオリティーの高い視覚教材が
鈴木秀彦氏が新たに加わり,実験内容や
動・波動,原子物理学などを網羅して
でき上がった。とくに,文章や言葉だ
いる。このような実験を学生が自ら
けでは伝わりにくい装置の操作法を説
行うことにより,知識としてしか知ら
明する動画をすべてのテーマでとり入
なかった現象を自分の目で確かめ,現
れた。しかし,これを実験前の説明に
象に対する理解を深める。また,測定
使うだけでは,パワーポイントによる
器の使い方,実験ノートの書き方,レ
説明と本質的には変わらない。デジタ
ポートの書き方など実験の基本を学ぶ
ルコンテンツになったことの決定的な
ことができる。つぎに考えなければな
メリットは,インターネットとの融合
らないことは,学生は限られた授業時
である。最近では,多くの学生が自宅
間のなかで実験をしなければならない
でインターネットを使える環境にあ
ことである。学生実験の伝統的なスタ
る。そのため,自宅にいながらにして
イルは,教員の説明を聞いてテキスト
デジタルコンテンツにアクセスし,実
を読みながら実験をするといったもの
験の予習やレポート作成に利用できる
だろう。しかし,初学者の場合,教員
ようになった。現状では学生だけにア
コンテンツのアップデートが日々行われ
ている。また,授業の現場では,大学院生
の研究養成型助手やティーチングアシス
タントが大きく貢献していることを述べ,
感謝の言葉に代えさせていただきます。
参考文献
1) 松 本 節 子 ほ か: 大 学 の 物 理 教 育 17, 137
(2011).
2) 明治大学理工学部基礎物理学実験テキスト
編集委員会編:
『基礎物理学実験 2014』学術
図書
(2014).
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