参 考 文 献 *1) 中上昭光, 川上信之:ナノイ ンデンテーション法による 薄膜の機械的特性評価,R &D神戸製鋼技報, 52(Sep. 2002)No.2 *2) 江尻芳則ほか:半導体パッ ケージ基 板 用 無 電 解Ni/ Pd/Auめっき 技 術(第1報), エレクトロニクス実装学会誌, Vol.15(2012)No.1,pp.8295 *3) 松本圭司ほか:今後のパッ ケージングにおける構造解 析・熱解析, エレクトロニクス 実装学会誌,Vol.15(2012) No.2,pp.142-147 *4) 宮本輝, 小川武史, 大澤直: 圧子圧入法による鉛フリー はんだの力学特性の予測, 材料,Vol51(Apr.2002) No.4,pp.445-450 *5) Sam Zhang, Deen Sun, Yongqing Fu, Hejun Du : Toughness measurement of thin films : a critical review, Surface & Coatings Technology, 198(2005), pp.74-84 *6) W.C. Oliver and G.M. Pharr :An improved for determining hardness and elastic modulus using load and displacement sensing indentation experiments, J. Mater. Res, Vol.7(1992)No.6, pp.1564-1583 近年、エレクトロニクス分野では半導体デバイス、情報蓄積メディア、MEMSの微小化に ともない、その構造も複雑化かつ微細化が進んでいる。それを構成する薄膜材料は数nm ~ 数百nmオーダーとなっているが、構造設計、不良解析、信頼性評価、品質管理のためには製 膜状態あるいは微細構造状態(実装状態)での機械特性評価が必要とされている*1)。 機械特性の評価方法には引張試験や硬さ試験等の様々な方法があるが、たとえば、古くか ら用いられているビッカース硬さ試験では試験荷重が高く、ミクロンオーダーの膜でも精度 の高い評価は困難である。その中で、20年程前から極低荷重と微小変位の同時計測が可能な ナノインデンテーション法が注目され、その計測精度の高さにより現在では様々な薄膜,微小 領域の評価に採用されている*2)*3)。また、硬さ、ヤング率の他にも薄膜や微小領域のクリー プ特性評価、破壊靱性評価にも応用されており、汎用性も高い*4)*5)。 当社でも、ナノインデンテーション法による評価のニーズに対応すべく15年程前より技術 を導入し、これまで様々な評価に取り組んできた。本稿では、ナノインデンテーション法に よる硬さ、ヤング率測定の原理、特徴について説明し、最近の評価例として配線膜、微小領域 (二次電池電極の活物質)の機械特性評価事例を紹介する。その他、薄膜の密着性評価手法で あるサイカス試験、ナノスクラッチ試験ついても原理を説明し、評価事例について紹介する。 技術本部 エレクトロニクス事業部 物理解析センター 表面・物性解析室 加藤 隆明 D—1 ナノインデンテーション法による硬さ、ヤング率評価 1-1 ナノインデンテーション法による 硬さ、ヤング率測定原理 (1) 基本原理 ナノインデンテーション法による材料の硬さは、 第1図 に示すような三角錐(通常はBerkovich型) のダイヤモ ンド製圧子を試料の表面から押し込み、 その際に負荷 される荷重Pを圧子と試料の接触投影面積Apで除す ることにより求められる*6)。 第1図 Berkovich型圧子外観と形状 ことにより接触投影面積Apを求めることができるため、 ビッカース硬さ試験のように実際に圧痕径を計測する 必要がないことから、微小な押し込み深さ (微小な圧 痕) でも硬さ、 ヤング率を測定できる。 圧子と試料の合成モジュラス (複合的なヤング率) のよ Erは、第 2 図の除荷曲線から決定されるSと式(2) うな関係が成立する。 (2) 第 2 図に材 第2図 ナノインデンテーション法による 料の弾塑性 荷重-変位曲線 変形の典型 P max 的 な 荷 重-変 除荷曲線 位 曲 線を示 負荷曲線 す。 接触深さhc スチフネスS は第 2 図に示 h c すように、除 ht 荷曲線の傾き 変位 h (nm) S(スチフネス: 圧子と試料の剛性パラメータ) の近似直線と横軸の交 点に相当する変形量で定義する。 圧子と試料の接触投影面積Apは、接触深さhcを用 いて幾何学的に式(1) で与えられる。 (1) ここで、f(hc)は 先 端 の 尖 った 理 想 的 な 圧 子 と実際に用いられる圧子(先端の丸 (Ap = 2 4 . 5 6 hc²) みを持つ圧子)の接触投影面積の差を補正する項で ある。 このように、押し込みによる接触深さhcを計測する 10 こべるにくす No.43,APR.2015 また、試料のヤング率Esは、式(2)で求めたErと圧 子のヤング率Ei 、圧子のポアソン比υi 、試料のポアソン で算出される。 比υsを用いて式(3) 荷重 P (mN) D 薄膜、微小領域の機械物性評価技術 (3) ダイヤモンド製圧子のEi およびポアソン比υi は既知の 値であるため、試料のポアソン比υsを入力することで、 なお、試料の 試料のヤング率Esを求めることができる。 ポアソン比については不明であることが多いため、 当社 では通常一般的な工業材料のポアソン比(0.15~0.35) の平均値 0 . 2 5を入力してヤング率を計算している。仮 に0 . 1 5 ~ 0 . 3 5を入力してヤング率を計算してもその差 異は、 測定誤差の範囲内(±5 %内) である。 (2) 連続剛性測定法 (CSM) の原理と特徴 第3図に薄膜 (膜のヤング率74GPa、 基板のヤング率 1 6 5 GPaと仮定) に押し込み荷重 (深さ) を変えた試験を 模擬した圧子直下の応力シミュレーション結果を示す。 薄膜材料や金属組織、 粉体といった微小領域に押し込 みを行うと、 第3図 圧子直下の応力シミュレーション結果 押し込みが 浅い押し込み 深い押し込み 深くなるに つれて圧子 応力:大 直下の応力 場 が 主とし て深さ方向 応力:小 に拡がり、硬 評価領域 ヤング率:164GPa ● 基板の干渉を受けて低下 ● 硬さ ヤング率 150 10 硬さ H (GPa) 200 100 基板の干渉を受けて増加 5 0 0 50 評価領域 硬さ :6.7GPa 50 100 150 200 0 250 押し込み深さ h (nm) 押し込み深さと硬さプロファイルは押し込み深さ 6 5 nmから基板の干渉を受けて増加しており、 ヤング率 プロファイルは押し込み深さ2 0 nmから低下しているの がわかる。 これにより基板の干渉が極力小さい押し込 み深さ範囲を定義し、硬さ、 ヤング率を解析できる。 これ は、当社所有の装置が極低荷重、極微小変位で計測 可能であることに加え、CSMを採用することにより実現 できる評価であり、薄膜、微小領域の精度の高い硬さ、 ヤング率解析には有効な手法である。 これまでの評価実績を含め、 この手法による評価可 能な厚さ下限および領域下限を検証した結果、薄膜は 数百nmの厚さ、微小領域は1μmφ程度であれば評価 可能である。 1 - 2 ナノインデンテーション硬さと ビッカース硬さの相関 これまで述べてきたようにナノインデンテーション法の 評価スケールは微小であるが、マクロ、 ミクロスケール のビッカース硬さ試験とは評価スケールのほかに、評価 の原理と定義が異なる。マクロスケール~ナノスケール の一貫した硬さ評価の基礎的な知見を得るため、両手 法により評価される硬さの相関を実験的に調査した。 ビッカース硬さHV(kgf/mm ²) 1 - 3 二次電池正極負極の 活物質単体のCSM応用事例 ■ ◆ ▲ DP-FM-3gf ● + ■■■ 俊夫, 大村孝仁:ナノインデ ンテーション法による微小 領域及び薄膜の機械特 性 評 価 技 術, 金 属,Vol.78 (2008) No.9,pp.885-892 二次電池電極に用いられる活物質の劣化予測や、 電極塗膜自体の強度計算のためには活物質の機械 特性が必要であるが、活物質のような数μm~数十μm の粉体の評価はナノインデンテーション法が得意とする ところである。第 6 図、第 7 図は正極、負極の活物質を 樹脂埋め、断面を加工して、断面から連続剛性測定を 行った結果である。正極活 第6図 正極負極活物質の押し込み深さと硬さの関係 物質は硬さ、 ヤング率ともに 12 埋め込み樹脂の干渉を受 負極活物質 正極活物質 10 けて押し込みが深くなるに 埋め込み樹脂の干渉を受けて低下 つれて低下しているが、負 8 極の活物質はほぼ変化が 評価領域 6 硬さ :9.2GPa 見られない。両者とも埋め 4 評価領域 込み樹脂(硬さ: 0 . 2 GPa程 硬さ :0.94GPa 度、ヤング率 3 GPa程度) よ 2 り硬く、高いヤング率を有し 0 0 50 100 150 200 250 300 ているが、 第8図に示すよう 押し込み深さ h (nm) に負極の活物質は数十μ mと正極活物質に比べて 第7図 正極負極活物質の押し込み深さとヤング率の関係 大きいことと比較的樹脂の 200 特性に近いため、 本測定の 評価領域 負極活物質 ヤング率:153GPa 深さ範囲では周囲の干渉 正極活物質 を受けなったと考えられる。 150 正極活物質の測定で得ら 埋め込み樹脂の干渉を受けて低下 100 れたプロファイルから、極大 領 域(硬 さ: 5 0 nm- 7 0 nm 評価領域 50 ヤング率:14.4GPa ヤング率: 2 0 nm- 2 5 nm) が 活物質自体の硬さ、ヤング 0 0 50 100 150 200 250 300 率を反映していると解釈で 押し込み深さ h (nm) きる。正極活物質の硬さ、 ヤング率は負極活物質の 1 0 倍程度であり、 たとえば、 第8図 各活物質の圧痕SEM観察写真 カーボンブラックやバインダ 正極 負極 との存在比率にもよるが、 電極塗膜の圧縮強度も相 応の差異が得られるものと 考えられる。 ◆ ■ 硬さ H (GPa) 15 Ni 薄膜のCSM による硬さ、ヤング率測定結果 ヤング率 E (GPa) 第4図 第 5 図に各種材料のナノイ 第5図 ナノインデンテーション硬さとビッカース硬さの相関 ンデンテーション硬さとビッ 1000 カース硬さの関係を示す。 900 800 試料はビッカース硬さ標準 y = 76.165x + 6.3307 700 試 験 片(HV 4 0、HV 1 0 0、 600 ビッカース硬さ標準試験片-10gf 500 HV 5 0 0、HV 9 0 0)、IF IF-3gf 400 IF-10gf × IF-50gf 鋼(図中凡 例:IF) 、マルテ 300 200 DP-FM-10gf ンサイト鋼(図 中 凡 例DPDP-FM-50gf 000 線形 (ビッカース硬さ標準試験片-10gf) FM)を 用 い た。IF鋼、マ 0 0 2 4 6 8 10 12 14 ルテンサイト鋼 について ナノインデンテーション硬さ (GPa) は試 験 荷 重を変えて (IF 鋼: 3 gf、 1 0 gf、 5 0 gf DP-FM: 1 0 gf、 5 0 gf)硬さを評価 した。その結果、すべての試料について線形的な相関 が得られ、 その一次近似式の第1項の係数は76.2となっ た。 たとえば、 ナノインデンテーション硬さ1GPaのビッカー ス硬さ概算値はHV 8 0 程度となる。1 : 1の関係にはなら 参 考 文 献 ないものの、 一定の相関は得られているため、 両手法を *7) 組み合わせることで評価スケールを拡張できる。 加藤隆明, 大谷茂生, 村上 ◆ ■ ヤング率 E (GPa) さ、 ヤング率は基板や周囲の干渉を受けて評価される。 前項で述べた基本原理に基づく負荷除荷法では、 ある 押し込み深さでの硬さ、 ヤング率を測定するため、基板 や周囲の干渉有無を判断することは困難である。 したがって、薄膜材料や金属組織、粉体自体の特 性の解析にはどの程度の押し込み深さから干渉を受 けるのかを精確に把握することが重要であるが、 この 対策として、当社では連続剛性測定法(Continuous Stiffness Measurement) を採用している。CSMは当 社が所有する測定装置の特徴であり、押し込み深さと 硬さ、 ヤング率の連続的な関係を測定できる手法であ る。圧子を微小振動させながら、試料表面に押し込み を行い、圧子の励起振動振幅、試料の変位振動振幅、 両者の振動の位相差を計測する。 これらのパラメータを もとに前項で述べた除荷曲線の傾きに相当するスチフ ネスSが押し込み深さ方向に連続的に求まる*6)*7)。押 し込み深さ方向に連続的にSが求まると、基本原理に 基づいて押し込み深さと接触面積Apの関係を求める ことができ、結果として押し込み深さと硬さ、 ヤング率の 関係を得ることができる。 第 4 図にSi基板上のNi薄膜(厚さ3 0 0 nm)のCSM による押し込み深さと硬さ、 ヤング率測定事例を示す。 ここで、Ni薄膜を含む金属配線膜の機械特性は、 たと えばそれらで構成される半導体パッケージの信頼性評 価ための基礎物性として利用される。 こべるにくす No.43,APR.2015 11 D 薄膜,微小領域の機械物性評価技術 D—2 サイカス試験、ナノスクラッチ試験による密着性評価 2-1 サイカス試験、 ナノスクラッチ試験の原理 参 考 文 献 *8) 西山逸雄: “SAICAS法”に よる被着体の付着強度評 価 (1) , 塗装技術, ( 1995年 4月号),pp.123-128 第10図 第9図 第 9 図に、サイカス試験およびナノスクラッチ試験の 概要を示す。 サイカス試験は、 ダイヤモンド製の切刃を用いて膜表 面から切込み、膜/基板界面到達後に膜を剥離させな がら水平方向に移動させ、 その際に計測した水平力に より密着性を比較評価する手法である*8)。膜を変形さ せながら剥離させるので、金属膜や樹脂膜のような展 延性に富む薄膜材料 (厚さ数百nm~数十μm) の評価 に適している。 一方、 ナノスクラッチ試験は、先端の鋭い圧子を用い て、試料表面から荷重を負荷しながら引っ掻き、膜が剥 離した際の荷重で密着性を比較評価する手法である。 ナノスクラッチ試験は膜の局所的な破壊をともないなが ら剥離させるので、DLC膜やセラミックス系膜のような 脆性的な薄膜材料の評価に適している。当社における ナノスクラッチ試験は、前章で述べた装置のオプション 機能であるため、厚さ数十nm~数百nmの薄膜や数十 μm角程度の微小領域における試験が可能である。 サイカス試験、ナノスクラッチ試験の概要 展延性に富む薄膜材料 脆性的な破壊を起こす薄膜材料 切刃外観 圧子外観 水平力から密着性を評価 垂直荷重から密着性を評価 水平力は増加していき、切刃移動距離 5 0μm程度で 急激に低下している。水平力の急激な低下は膜の剥 離開始を示唆するものであり、その後は一定の水平 力が得られている。試験箇所の切削深さプロファイル およびSEM/EDX分析の結果、ITO膜と金属多層膜 の界面での均一な剥離が確認でき、剥離時の水平力 を0 . 0 2 6 Nと評価した。 2 - 2 サイカス試験、 第 1 1 図にガラス基板上ITO膜のナノスクラッチ試 ナノスクラッチ試験の密着性評価事例 験結果および解析結果を示す。荷重の増加にともな ディスプレイは、基板をガラス材として主にITO膜の い押し込みは深くなり、 スクラッチ距離 1 7 5μm程度で ような機能性薄膜と金属配線膜で構成されているが、 押し込み深さプロファイルの傾きが大きくなっている (プ その信頼性評価や品質管理ための一手段として膜 ロファイル図中破線位置)。それと同期して圧子に負 の密着性評価が用いられる。 荷される水平力に増加が見られた。押し込み深さの フラットパネルディスプレイを模擬して、 ガラス基板上 変動は膜の破砕、水平力の変動は膜の破砕と摩擦係 ITO膜(厚さ2 0 0 nm)の上に厚さ7 0 0 nmの金 属 多 数の変化を反映していると考えられ、 これらの変動は 層膜を製膜した試料を準備した。第 1 0 図にサイカス 膜の剥離を示唆していると解釈できる。 プロファイルの 試験および解析結果を示す。 プロファイル図の横軸は 変動位置におけるSEM/EDX分析の結果、ITO膜と 切刃移動距離を示しているが、切り込みの過程では ガラス基板の界面での剥離が確認でき、剥離時の垂 直荷重を2 5 . 7 mN 配線膜のサイカス試験、解析結果 第11図 ITO膜のナノスクラッチ試験、解析結果 と評価した。 なお、各 手 法で 得られる剥離時の 水 平 力や垂 直 荷 重は、密 着 力を直 接 反 映したもので はないため、当 社 では試料間の比較 評価としているが、 評価の目的を考慮 して、各 手 法 の 特 徴を活かした評価 を提案させていた だいている。 切削痕のSEM観察像 SEM-EDX 分析結果 スクラッチ痕のSEM観察像 本稿では、薄膜、微小領域の機械特性評価技術 について紹介した。ナノインデンテーション法では、ほ かのミクロ、マクロスケールの試験では見極めること ができないナノスケールの特性を評価できる。そのた め、当社では評価する材質、材料組織、構造等から 最適な測定、解析条件を検討し、サイズ効果の見極 12 こべるにくす No.43,APR.2015 SEM-EDX 分析結果 めを含めより確かなデータの解釈を提供させていた だいている。密着性評価については一般的に定性 的な比較評価に留まっているため、より定量的な評価 を実現すべく、試験技術,解析技術の高度化に取り 組んでいく所存である。
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