トランスポーターを標的とした創薬

要
旨
トランスポーターは、生体膜上に存在することで、生体内の各区画の物質分布
の決定に寄与するため、薬物によってその活性を制御することにより、体内の物
質分布を変更することができる[1, 2]。特に、腎尿細管の無機イオンや有機化合物
の再吸収や分泌を担うトランスポーターに作用する薬物は、病態に伴って異常と
なった恒常性を正常に戻すために使用する治療薬となり得る。例えば利尿薬や尿
酸排泄薬がこれに相当するが、さらに尿細管のグルコース再吸収を担うグルコー
ストランスポーターSGLT2 の阻害薬が、再吸収を抑えることで血糖値を下げる新
たな作用機序の糖尿病治療薬として完成し、トランスポーターの創薬標的として
の意義を再認識させた[3]。これと同様のアイデアで、分子実体の明らかにされた
様々な尿細管トランスポーターを標的として、新たな創薬が可能となるものと期
待される。また、トランスポーターを標的とした創薬としては、例えば腫瘍細胞
のような病態形成を担う細胞の活性を維持するトランスポーターも標的となり、
それを抑制する薬物は新たな切り口からの治療薬となる可能性がある。この観点
から、演者らは悪性腫瘍のアミノ酸トランスポーターの研究を進めている。
悪性腫瘍では、亢進した細胞内代謝を反映し、アミノ酸トランスポーターの発
現が高まっており、多くの必須アミノ酸の細胞への取り込みを担う中性アミノ酸
トランスポーターLAT1(L-type amino acid transporter 1)が強発現する[4]。LAT1
は、多くの悪性腫瘍で発現亢進が確認されており、正常細胞における発現は低く、
悪性腫瘍特異性が高い。さらに、悪性度と関わり予後不良因子の一つとなる[5]。
芳香族アミノ酸をα-メチル化することで LAT1 選択的な基質が得られることか
ら、α-メチルチロシンを 18F で標識した L-[3-18F]-α-メチルチロシン (18F-FAMT)
を用いた PET が試みられている[6, 7, 8]。18F-FAMT は腫瘍へ集積し、その集積強
度は LAT1 の発現の程度と相関していた。また、LAT1 の腫瘍選択性を反映して、
排泄経路である腎臓を除く正常組織や、良性病変、炎症への集積が低く、悪性腫
瘍特異性の高い PET プローブとなる[8]。FAMT の構造展開により、より汎用性
の高い化合物を取得し、その実用化に向けた検討が進行している。さらに LAT1
は、基質選択性が広いため、悪性腫瘍特異的な薬物送達の経路としても利用する
ことができ、ホウ素中性子捕捉療法に用いられる L-p-ボロノフェニルアラニン
(BPA)も LAT1 によって腫瘍細胞に取り込まれる[9]。
LAT1 は、悪性腫瘍細胞がその生存を維持するために発現亢進しているもので
あり、その抑制により抗腫瘍効果が期待されるため、演者らは LAT1 を標的とし
た低分子医薬を目指して、LAT1 阻害薬を創製した。これは、トランスポーター
抑制薬として好ましい非競合阻害薬であり、
ヌードマウスに形成させたゼノグラフト腫
瘍に対して低用量の経口投与で抗腫瘍効果
が得られ(図1)
、腹膜播種モデルでは延命
効果を発揮する。転移抑制効果も有し、既
存の抗腫瘍薬との併用による相乗効果も期
待される。LAT1 はロイシンを輸送すること
で mTORC1 の上流因子として mTORC1 を
介する代謝制御に寄与するが、その阻害薬
は多くの基質アミノ酸の供給阻害によりさ
図1:LAT1 阻害薬の抗腫瘍効果
ヌードマウスにヒト膵癌細胞 MIAPaCa-2 腫瘍を形成
させ、LAT1 阻害薬を 1mg/kg の用量で連日経口投与
し、腫瘍増大抑制効果を検討した。
らに多様な細胞機能へ影響するものと考え
られる。
参考文献
1. 金井 好克. 栄養と代謝物のトランスポーター. 「トランスポートソームの世界 – 膜
輸送研究の源流から未来へ –」金井好克/竹島浩/森泰生/久保義弘編著. 京都廣川書店,
2011 年,153-161 頁.
2. 金井 好克. トランスポーターとトランスポートソーム. 「トランスポートソーム:生
体膜輸送機構の全体像に迫る –基礎、臨床、創薬応用研究の最新成果–」金井好克編.
メディカルドゥ社,遺伝子医学 MOOK 2011 年,19 号,23-34 頁.
3. 金井 好克. SGLT2 阻害薬:薬理学の視点から. Diabetes Journal:糖尿病と代謝
2014
年,42 巻,138-146 頁.
4. Kanai Y, Segawa H, Miyamoto Ki, Uchino H, Takeda E, Endou H. Expression cloning
and characterization of a transporter for large neutral amino acids activated by the
heavy chain of 4F2 antigen (CD98). J Biol Chem. 1998, 273: 23629-32.
5. Kaira K, Sunose Y, Arakawa K, Ogawa T, Sunaga N, Shimizu K, Tominaga H,
Oriuchi N, Itoh H, Nagamori S, Kanai Y, Segawa A, Furuya M, Mori M, Oyama T,
Takeyoshi I. Prognostic significance of L-type amino-acid transporter 1 expression in
surgically resected pancreatic cancer. Br J Cancer. 2012, 107: 632-8.
6. Wiriyasermkul P, Nagamori S, Tominaga H, Oriuchi N, Kaira K, Nakao H, Kitashoji
T, Ohgaki R, Tanaka H, Endou H, Endo K, Sakurai H, Kanai Y. Transport of
3-fluoro-L-α-methyl-tyrosine by tumor-upregulated L-type amino acid transporter 1:
a cause of the tumor uptake in PET. J Nucl Med. 2012, 53: 1253-61.
7. Wei L, Tominaga H, Ohgaki R, Wiriyasermkul P, Hagiwara K, Okuda S, Kaira K,
Oriuchi N, Nagamori S, Kanai Y. Specific transport of 3-fluoro-l-α-methyl-tyrosine by
LAT1 explains its specificity to malignant tumors in imaging. Cancer Sci. 2016, 107:
347-52.
8. Kaira K, Oriuchi N, Shimizu K, Ishikita T, Higuchi T, Imai H, Yanagitani N, Sunaga
N, Hisada T, Ishizuka T, Kanai Y, Endou H, Nakajima T, Endo K, Mori M. Evaluation
of thoracic tumors with
18F-FMT
and
18F-FDG
PET-CT: a clinicopathological study.
Int J Cancer. 2009, 124: 1152-60.
9. Wongthai P, Hagiwara K, Miyoshi Y, Wiriyasermkul P, Wei L, Ohgaki R, Kato I,
Hamase K, Nagamori S, Kanai Y. Boronophenylalanine, a boron delivery agent for
boron neutron capture therapy, is transported by ATB0,+, LAT1 and LAT2. Cancer Sci.
2015, 106: 279-86.