す・さす・しむ

本科 / Z Study サポート / 国語 高1(一貫)見本
QL04G2-Z1J1-01
古文編
6章
助動詞1
分
(徒然草)
学習時間のめやす
【意
味】
す・さす・しむ
助動詞の意味・活用・接続を理解しよう①
助動詞とは、活用語の下について(体言の下につくものもある)さ
いているので、その意味内容を知らないと古文は半分も理解できない
①使役(……させる)
まざまな意味を添える言葉である。たいていの述語にはこれがくっつ
だ ろ う。 だ が、 助 動 詞 の 文 法 に お い て 重 要 な の は 意 味 だ け で は な い。
【例文】下部に酒飲ますることは心すべきことなり。
さす
す
基本形
しめ
させ
せ
未然形
しめ
させ
せ
連用形
しむ
さす
す
終止形
しむる
さする
する
連体形
しむれ
さすれ
すれ
已然形
しめよ
させよ
せよ
命令形
【活
用】
は、とても痛ましい。
駅 の 長 官 が ひ ど く 憐 れ ん で い る 様 子 を ご 覧 に な っ て、 お 作 り に な る 詩
あわ
【例文】駅の
長のいみじく思へる気色を御覧じて作らしめ給ふ詩、い
と悲し。 (大鏡)
をさ
②尊敬(……なさる・お……になる)
召使に酒を飲ませることは気をつけなければならないことである。
しも べ
その助動詞自体がどのように活用変化するのかも学ばなければならな
いし、そしてもう一つ、接続方法という必修ポイントがあるのだ。
試験でよく問われる「ぬ」の解釈を例にとってみよう。やっかいな
ことに、古文の「ぬ」は二とおりに訳されるのである。
門出せぬ
(未然形「門出せ」に接続……出発しない)
門出しぬ
(連用形「門出し」に接続……出発した)
未然形に接続する方は打消〈……ない〉を表すのに対し、連用形に接
続する方は完了〈……した〉を表す。この違いを知っておけば、「ぬ」
の解釈に悩まされなくてもすむだろう。助動詞の意味、活用、そして
この接続。三つをマスターすることこそ、読解力を養う第一歩なので
ある。今回はそのうちの受身や推量を表す助動詞を中心に見ていくこ
とにする。
しむ
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【接
続】
る・らる
【意
味】
す………四段・ナ変・ラ変動詞の未然形(語尾がア段)
さす……右以外の動詞の未然形(語尾がア段以外)
①受身(……れる・……られる)
しうと
むこ
【例文】ありがたきもの、 舅 にほめらるる婿。
めったにないもの、舅にほめられる婿。
(枕草子)
(更級日記)
②自発(つい……してしまう・……せずにはいられない)
【例文】住みなれし故郷、限りなく思ひ出でらる。
住み慣れた故郷が、どうしようもなくつい思い出されてしまう。
③可能(……することができる)
【例文】涙のこぼるるに、目も見えず、ものも言はれず。
(伊勢物語)
涙がこぼれるので、目も見えず、何も言うことができない。
④尊敬(……なさる・お……になる)
基本形
れ
未然形
られ
れ
連用形
らる
る
終止形
らるる
るる
連体形
らるれ
るれ
已然形
られよ
れよ
命令形
(大鏡)
【例文】かの大納言はいづれの船にか乗らるべき。
る
られ
【活
用】※自発・可能の場合は命令形がない。
あの大納言はどの船にお乗りになるのだろうか。
らる
117
しむ……用言の未然形
この助動詞の意味を識別するのは比較的簡単である。
他
•の尊敬語(「給ふ」「おはします」など)が一緒に使われていると
き は、 尊 敬 で あ る こ と が 多 い ( た ま に 使 役 の 場 合 も あ る )
。そのた
め尊敬語の二重使用となり、強い敬意を表すことになる。動作主体
はたいてい、天皇かそれに準ずる人物。
単
•独で使われているときは、まちがいなく使役である。
助動詞1
6章
QL04G2-Z1J1-03
【接
続】
る………四段・ナ変・ラ変動詞の未然形(語尾がア段)
らる……右以外の動詞の未然形(語尾がア段以外)
この助動詞の根本には〈自分の意志とは無関係だ・自分からはほ
ど遠いところで行われている 〉という意味がある。受身や自発はま
さ に そ の 現 れ で あ る し、 相 手 が 自 分 よ り も ず っ と 上 位 に い る こ と を
示すという点で、尊敬も根本の意味とつながっている。では実際に
どう見分けれ ば よ い か と い う と 、
すぐ上に「……に」があるときは、受身が多い
•
心情を表す動詞の下についているときは、自発が多い
•
下に打消「ず」を伴っているときは、可能が多い
•
身
•分の高い人が主語のときは、尊敬が多い
もちろん例外もあるから、文脈をきちんと確かめること。
む(ん)・むず(んず)
【意
味】
①推量(……だろう)
【例文】今はほどなく夜も明けなむず。
もうまもなく夜も明けるだろう。
②意志・希望(……しよう・……したい)
もち
(保元物語)
【例文】僧たち、宵のつれづれに、「いざ、かいもちひせん」と言ひ
けるを (宇治拾遺物語)
僧たちが、夜の退屈なときに、「よし、ぼた餅を作ろう」と言ったのを
③適当・勧誘(……するのがよい・……しませんか)
ど う し て こ ん な に お 急 ぎ に な る の か。 花 を 見 て か ら お 帰 り に な り ま せ
(宇津保物語)
【例文】などかくは急ぎ給ふ。花を見てこそ帰り給はめ。
んか。
えんきよく
④仮定・婉 曲 (……するとしたら・……するような)
(枕草子)
【例文】思はむ子を法師になしたらむこそ、いと心苦しけれ。
大切に思うような子供を法師にしてしまったとしたら、とてもつらい。
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む
基本形
○
(ま)
未然形
○
○
連用形
むず
む
終止形
むずる
む
連体形
むずれ
め
已然形
○
○
命令形
【活
用】
むず
【接
続】活用語の未然形
べし
【意
味】
かたち
①推量(……だろう・……しそうだ)
人間は顔や姿が優れているようなのが、望ましいだろう。
(徒然草)
【例文】人は容貌・有様のすぐれたらむこそ、あらまほしかるべけれ。
②意志(……しよう・……するつもりだ)
【例文】毎度ただ得失なく、この一矢に定むべしと思へ。(徒然草)
毎回当たり外れを気にせずに、この一矢で決めようと思え。
(方丈記)
③可能(……することができる・……することができよう)
【例文】羽なければ空をも飛ぶべからず。
羽がないので空をも飛ぶことができない。
④当然(……するはずだ・……しなければならない)
【例文】人の歌の返し、とくすべきを、え詠み得ぬほども、心もとな
し。 (枕草子)
人 か ら の 和 歌 の 返 事 は、 早 く し な け れ ば な ら な い の に、 詠 む こ と が で
きないあいだも、じれったい。
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これは本来〈現時点ではまだ確定していないこと・確認できていな
いこと〉を意味する助動詞である。実際の用例では、推量もしくは意
志を表している場合が圧倒的に多く、適当や勧誘などはそれほど見ら
れない。そこで、推量と意志の見分け方だけを挙げておこう。
主語が一人称のときは、意志であることが多い
•
〔例〕我行かむ。(私は行くつもりだ)
主語が一人称以外のときは、推量であることが多い
•
〔例〕彼行かむ。(彼は行くだろう)
「私」が「行く」かどうかは「私」自身が決めることであり、予想
することではないのに対して、「彼」が「行く」かどうかは話し手に
は 決 め ら れ な い。 予 想 す る し か な い の で あ る。 た だ し、 述 語 部 分 が
受身や自発の表現になっているときは例外が多い。
〔例〕我、人に憎まれむ。(私は、人に憎まれるだろう)
こ れ は、 助 動 詞 「 る ・ ら る 」 が 「 私 」 の 意 志 と は 無 関 係 だ と い う こ
とを主張する た め で あ る 。
助動詞1
6章
QL04G2-Z1J1-05
⑤命令(……せよ)
【例文】御疑ひあるべからず。
お疑いになってはいけません。
⑥適当(……するのがよい)
終止形
べき
連体形
【例文】家の作りやうは夏をむねとすべし。
連用形
べし
べかる
家の作り方は夏を主とするのがよい。
未然形
べく
べかり
(べく)
【活
用】
基本形
べし
べから
(平家物語)
已然形
○
命令形
(徒然草)
べけれ
【接
続】活用語の終止形(ラ変型の活用語なら連体形)
「 べ し 」 は「 む 」 の 意 味 を さ ら に 強 め た 言 葉 ( 当 然 推 量 の 助 動 詞 )
だと言われる。したがって、一人称が主語であるときは、
「む」同様、
意志を表して い る こ と が 多 い 。
らむ(らん)
【意
味】
よ は
①現在推量(今ごろは……しているだろう)
風 が 吹 く と 沖 の 白 波 が 立 つ が、 そ の「 立 つ 」 と い う 名 の 竜 田 山 を 夜 中
(古今和歌集)
【例文】風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君が一人越ゆらむ
にあなたは一人で越えているのだろうか。
②現在の原因推量
(どうして……するのだろう・……するからだろう)
(古今和歌集)
【例文】ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
光がのどかな春の日に、どうして花はあわただしく散るのだろう。
あう む
③現在の伝聞・婉曲(……するという・……するようだ)
(枕草子)
【例文】鸚鵡いとあはれなり。人の言ふらむことをまねぶらむよ。
鸚鵡はとてもすばらしい。人が言うようなことをまねするそうだよ。
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基本形
○
未然形
○
連用形
らむ
終止形
らむ
連体形
らめ
已然形
○
命令形
【活
用】
らむ
【接
続】活用語の終止形(ラ変型の活用語なら連体形)
けむ(けん)
【意
味】
み
な
せ
③過去の伝聞・婉曲(……したという・……したようだ)
【例文】行平の中納言の「関吹きこゆる」と言ひけむ浦波、夜々はげ
にいと近く聞こえて (源氏物語)
行 平 の 中 納 言 が「 関 吹 き こ え る 」 と 言 った と か い う 波 が、 毎 晩 じ つ に
近くに聞こえて
基本形
○
未然形
○
連用形
けむ
終止形
けむ
連体形
けめ
已然形
○
命令形
【活
用】
けむ
【接
続】活用語の連用形
〈 現 在 起 こ っ て い る 出 来 事 に つ い て 確 信 が 持 て な い〉 と い う 気 持 ち
を表すのが「らむ」、〈過去に起こった出来事について確信が持てない〉
と い う 気 持 ち を 表 す の が「 け む 」
。両者は接続が異なるので気をつけ
ること。
121
①過去推量(……しただろう)
浮舟の女房がこんな場所にいたのだろうか、などとまず思い出される。
(更級日記)
【例文】浮舟の女房のかかる所にやありけむ、などまづ思ひ出でらる。
かす
②過去の原因推量(どうして……したのだろう・……したからだろう)
見 渡 す と、 山 の ふ も と は 霞 ん で い て 水 無 瀬 川 が 流 れ て い る。 夕 方 の 景
(新古今和歌集)
【例文】見渡せば山もと霞む水無瀬川夕べは秋となに思ひけむ
色は秋が一番だなどと、どうして思っていたのだろうか。
助動詞1
6章
QL04G2-Z1J1-07
らし
【意
味】推定(……らしい)
めり
【意
味】
連用形
めり
終止形
める
連体形
めれ
已然形
○
命令形
基本形
○
未然形
○
連用形
らし
終止形
らし
連体形
らし
已然形
○
命令形
使い方は「らむ」や「めり」と似たところがあるが、「らし」はちゃ
んとした根拠に基づく推測を表しており、ある程度の確信を含んでい
る。
【接
続】活用語の終止形(ラ変型の活用語なら連体形)
らし
【活
用】
では。
春 が 過 ぎ て 夏 が 来 た ら し い、 真 っ 白 な 衣 を 干 し て い る よ、 天 の 香 具 山
(万葉集)
【例文】春過ぎて夏来たるらし白妙の衣ほしたり天の香具山
未然形
めり
①推量(……のように見える)
し み じ み と 話 し 合 っ て 泣 い て い る よ う に 見 え る け れ ど、 涙 が 落 ち て い
(大鏡)
【例文】あはれに言ひ語らひて泣くめれど、涙落つとも見えず。
るとは見えない。
②婉曲(……のようだ)
(徒然草)
【例文】
「もののあはれは秋こそまされ」と、人ごとに言ふめれど
「物事の風情は秋が勝っている」と、誰もが言うようだけれど
基本形
○
【活
用】
めり
【接
続】活用語の終止形(ラ変型の活用語なら連体形)
目の前で起こっている事実を断定的に言わずに、婉曲的に(ぼかし
て)表現するための助動詞が「めり」。眼前推量の助動詞とも呼ばれる。
それに対して、実際には見ることのできない事実を主観的に想像する
のが現在推量 の 「 ら む 」 で あ る 。
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まし
⃝使役・尊敬…す・さす・しむ
【意
味】
①反実仮想(もし……だったら・……だろうに)
連体形
ましか
已然形
○
命令形
⃝終止形接続(ラ変型は連体形)…らむ・べし・めり・らし
⃝連用形接続…けむ
⃝未然形接続…す・さす・しむ・る・らる・む・むず・まし
(反実仮想)まし
(根拠ある推定)らし
(眼前推量)めり
(過去推量)けむ
(現在推量)らむ
(当然推量)べし
⃝推量…む・むず
⃝受身・自発・可能・尊敬…る・らる
終止形
まし
(枕草子)
もし竜を捕まえていたならば、あっけなく私は殺されていただろうに。
(竹取物語)
【例文】竜を捕らへたらましかば、また事もなく我は害せられなまし。
②迷いを含む意志(……しようかしら)
【例文】これに何を書かまし。
連用形
まし
○
123
これに何を書こうかしら。
未然形
ましか
(ませ)
【活
用】
基本形
まし
【接
続】活用語の未然形
の形で使われ る こ と が 多 い 。
反実仮想とは〈事実に反することを仮に想像してみる〉というもの。
「ましかば……まし」「ませば……まし」
「せば……まし」などの呼応
助動詞1
6章
QL04E2-Z1J2-01
漢文編
5章
再読文字(基本句形)
再読文字という工夫
の「当」も、熟語となった再読文字である。
学習時間のめやす
分
というわけで、今回は再読文字についてまとめておくことにしよう。
後で取り上げる例文を見てもらえればわかるように、二度読むという
翻訳の初歩的なものと言えるだろうし、一字一句にこだわらずに原文
むしろ、それぞれの字の持つ意味をしっかり頭にたたきこんでおいて
ところがある。といっても、慣れてしまえばきわめて単純な決まり事。
特殊性ゆえ、再読文字は通常の返り点や送り仮名のルールから外れる
全体の意味を取って訳す「意訳」ともなれば、それは相当高度な翻訳
ほしい。
翻訳にはさまざまな種類やレベルがある。「直訳」「逐語訳」などは
だと言える。
漢文訓読は、これを翻訳として見るならば、訓読文をさらに口語訳・
現代語訳する場合が多いから、翻訳としてはきわめて初歩的なものと
言うしかない。それでも翻訳の一種には違いないから、原文・原語の
ニュアンスをできるだけ正確に日本語に移し替えようとする工夫がな
されている。その一つに、再読文字がある。
「再読」とは、文字どおり二度読むこと。漢文訓読では、原文の文
字はほとんどが音か訓のどちらかによって一度しか読まない。それど
ころか、「置き字」
のように読まない文字さえある。しかし、再読文字は、
その文字自体が副詞的な意味と助動詞(または動詞)的な意味を併せ
持っているところから、その文字のニュアンスを生かすために、二度
読むことになったのである。したがって、二度読むといっても、同じ
読みを繰り返すわけではない。最初は副詞的に読み、次に助動詞(ま
たは動詞)的に読む。
我々にもっともなじみ深いのは「未」であろう。この文字は、「未完・
未決・未定・未知・未開・未熟」などの熟語が示すとおり、我々の言
語生活の中にすっかり定着している。また、
「将来」の「将」、
「当然」
210
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「未」
ハ まことニ
を含まない場合がある。
ただし、「未だ……ず」と読んでいても、「まだ」というニュアンス
かっていないのに、どうして死のことなどわかろうか」となる。
(いや、……ない)〉という意を表す反語の形。「まだ生きる意味がわ
と読むことがわかった。
「焉くんぞ……ん」は〈どうして……だろうか
さて、これで、先の例文を「未だ生を知らず、焉くんぞ死を知らん」
主要な再読文字とその用法を覚えよう
再 読 文 字「 未 」 は「 い ま ダ …… ず 」 と 訓 読 す る。 意 味 は、〈 ま だ
……ない〉
。
「いまダ」と「ず」の二度読むわけだが、どのように二度
知 死。
レ
読んでいるのか、次の例文を見てみよう。
レ
いまダ ラ ヲ いづクンゾ ラン ヲ
レ
未 知 生、焉
ず
「固」「亦」は読みが問われやすい漢字だ。「人は固に知り易からず、
知、知 人
亦 未 易 也。
やすカラ リ ルモ ヲ まタ ダ カラ
レ
レ
レ ざル
し、再読文字「未」があるため、この文の前半は「未だ生を知らず」
人を知るも亦た未だ易からざるなり」と読むわけだが、ここの「未」
人
固
不 レ
易
と訓読する。つまり、
「未」についている返り点(レ点)をいったん
は「まだ」というニュアンスを含まず、意味は「不」と同じ。「不」によっ
211
通常の返り点のルールに従うと、まず「生」を読みたくなる。しか
無視して、まず「未」を「いまダ」と読み、次に返り点に従って読ん
て 否 定 す る よ り も 穏 や か な 感 じ を 出 す た め に、
「未」が使われている
◯
意「まだ……でない(しない)
」
◯
訓「いまダ……ず」
【再読文字「未」】
かどうかを、一応確認するようにしておこう。
例である。「未」を口語訳するとき、「まだ」をつけてみて意味が通る
でいって、最後に再び「未」を今度は「ず」と読む。
【再読文字の訓読】
再読文字を訓読する際は、再読文字が出てきた時点でいったん
返り点を無視して副詞的に読み、次に返り点に従って読んでいっ
て、最後にその再読文字を助動詞(動詞)的に読む。なお、送り
仮名は、最初の読みの送り仮名を普通の訓読の場合と同じように
その文字の右下につけ、二度目の読みの送り仮名は、その文字の
左側につける。
再読文字(基本句形)
5章
QL04E2-Z1J2-03
「将」
再 読 文 字「 将 」 は「 ま さ ニ ……( ン ト ) す 」 と 訓 読 す る。 意 味 は、
〈これから……しようとする〉
〈いまにも……しようとする〉。例文を
使 楚。
まさニ ヒセント そニ
レ
レ
見ておこう。
あん し
す
晏 子 将
「未」
の応用で訓読はできるだろう。「晏子
将に楚に使ひせんとす」。
「使」は「使ふ」ではなく、
「使ひす」という動詞として使われている。
「晏子が楚の国に使者として行こうとした」。「将」は〈これから……
セント
しようとする〉意で使われており、これが基本的な用法である。もう
一つ、例文を見ておこう。
ニ したがヒテ かうニ
江 陵 将
順
レ 江
東 下。一
一
二
さう さう よリ
二
曹 操 自
「曹操
江陵より将に江に順ひて東下せんとす」。「江陵」は地名。「自」
は下に体言を伴って
〈……から〉
という意を表す前置詞。「江」は長江(揚
子江)のこと。
「曹操は江陵から長江の流れにのって東に下ろうとし
た」
。字面の上では先の基本的な用法と全く同じように見えるが、こ
この「将」には、
「……しよう」という「曹操」の主体的な意志も含
まれている。
「将」が意志を表す例である。
なお、
同じく「まさニ……(ント)す」と読む再読文字として、「且」
がある。例文を挙げておこう。
まさニ ラント ギテ チ ヲあつメ ヲ みづかラ ル
し
盗 兵 且 レ至、急 絶 道
自 守。
レ 聚 兵
レ
「盗兵
且に至らんとし、急ぎて道を絶ち兵を聚め自ら守る」
。〈盗
賊がいまにも襲ってこようとしていたので、大急ぎで道路を断絶し兵
士を集めて防衛した〉という意味。「且」は「将」とほぼ同じ意味を表す。
ただし、「将」のようにある意志を含めて表すことはない。
【再読文字「将」】
◯
訓「まさニ……(ント)す」
◯
意〈これから……しようとする〉
〈いまにも……しようとする〉
*「且」も同じ読み・意味の再読文字。
212
QL04E2-Z1J2-04
「当」
再読文字「当」は「まさニ……べシ」と訓読する。意味は、〈当然
……するべきだ〉
(⇨当然・義務)と、〈きっと……だろう〉(⇨期待・
予想)との二つの場合がある。例文を見ていこう。
ス
一
及 時 当 勉 励。
ンデ ニまさニ
二
べシ
レ
「時に及んで当に勉励すべし」
。
〈するべき時には当然努め励むべき
だ〉という意味で、
「当」が当然・義務の意を表す用法である。
やう ちゆう ニ ル
シ
【再読文字「当」】
◯
訓「まさニ……べシ」
◯
意〈当然……すべきだ〉
(⇨当然・義務)
〈きっと……だろう〉(⇨期待・予想)
*「応」「合」も同じ読み・意味の再読文字。
213
腰 中 当 有
金
一
レ
二 玉 宝 器。
「腰中当に金玉宝器有るべし」
。
〈腰(の袋)の中にはきっと金銀財
宝があるだろう〉という意味で、こちらは期待・予想の意味である。
なお、「当」と同じく「まさニ……べシ」と読む再読文字として、「応」
ス
「合」がある。意味も「当」と同じである。
やまひモ タ まさニ カル
シ
病
亦
応 レ 除。
ハまさニためニシテ ノ
シ
文 章 合 為
二 レ 時 而 著。
一
前者が〈病気もきっと治るでしょう〉(⇨期待・予想)、後者が〈文
章は時代のために著すべきである〉
(⇨当然・義務)という意味を表す。
再読文字(基本句形)
5章
QL04E2-Z1J2-05
「須」
再読文字「須」は「すべかラク……べシ」と訓読する。意味は、〈ぜ
ひ……する必要がある〉
。
はく じつ はう
酒。
か すべかラク ほしいままニス ヲ
レ
白 日 放 歌 須 レ 縦
シ
「白日
放歌
須らく酒を縦にすべし」。「縦」は「ほしいままニス」
と読み、
〈存分に……する〉意。
〈真昼から大声で歌い、ぜひとも思う
存分に酒を飲むべきである〉という意味になる。
なお、上に「不」などの否定詞や「何」などの反語詞が付いている
場合、
「須」は再読文字とはならず、
「須ひず」「何ぞ須ひん」のように、
「須」を「もちフ」と読む。この場合、意味は〈……する必要がない〉。
けい
卿 不 須 憂
レ
此。
もちヒ フルヲこれヲ
レ
レ
「卿
此を憂ふるを須ひず」
。
〈あなたはこれを気に病む必要はない〉
という意味になる。
「宜」
再読文字「宜」は「よろシク……べシ」と訓読する。意味は、〈……
するのがよい・……すべきだ〉(⇨適当・当然)と、〈おそらく……ら
ナル
五 日。一
スルコト
しい〉(⇨予想・推量)との二つの場合がある。
よろシク
シ
今 大 王 宜 二 斎 戒
「今
大王
宜しく斎戒すること五日なるべし」
。〈いま大王は、五
日間の斎戒をなさるべきです〉という意味。ここの「宜」は、適当・
也。
あやまチナル
当然の意を表している。もう一つ例文を挙げておこう。
あらたムル ヲ
調、宜 更 レ 暦 之 過 一
いん やう ルハ ととのハ シク
レ
二
シ
今 陰 陽 不
「今
陰陽
調はざるは、宜しく暦を更むるの過ちなるべし」。〈い
ま寒暑が調和を欠いているのは、
おそらく暦を更新した過ちでしょう〉
という意味。ここの「宜」は、予想・推量の意。
【再読文字「宜」】
◯
意〈……するのがよい・……すべきだ〉
(⇨適当・当然)
◯
訓「よろシク……べシ」
◯
訓「すべかラク……べシ」
〈おそらく……らしい〉(⇨予想・推量)
【再読文字「須」
】
◯
意〈ぜひ……する必要がある〉
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QL04E2-Z1J2-06
「猶」
再読文字「猶」は「なホ……(ノ・ガ)ごとシ」と訓読する。意味
は、
〈ちょうど……のようだ〉
。
以
若
所 為 求
若 所 欲、
テ なんぢノ ヲ ス ムルハ ノ ヲ スル
二
一
レ 二
一
レ
魚。
ムルガ ヲ
一
レ
木 而 求
なホ よリテ ニ
レ
猶 縁
二
ごとシ
「若の為す所を以て若の欲する所を求むるは、猶ほ木に縁りて魚を
求むるがごとし」
。
「若」は「汝」に同じ。「縁」は、〈よじ登る〉意。〈お
シムハ
ヲ
た だ し、「 猶 」「 由 」 は、「 な ホ …… ご と シ 」 の よ う に 再 読 せ ず に、
単に「なホ」とだけ読んで、〈やはり〉〈……さえ〉という意の副詞と
して用いる場合も多い。
【再読文字「猶」】
◯
訓「なホ……(ノ・ガ)ごとシ」
◯
意〈ちょうど……のようだ〉
*「由」も同じ読み・意味の再読文字として使われる。
215
まえのやり方でおまえの願望を追求するのは、木によじ登って魚を求
めるようなもの(で、不可能なこと)だ〉という意になる。
ちなみに、
「猶」と発音が同じである「由」も、「猶」と同じ読み・
ヲ
意味の再読文字として使われることがある。
にくミテ
酒。
しフルガ ヲ
一
レ
今 悪 二 死 亡 而
不 仁、
一 楽 二
一
こレ なホ ミテ フヲ
ごとシ
是 由 悪
酔
二
レ 而 強
「今
死亡を悪みて不仁を楽しむは、是れ由ほ酔ふを悪みて酒を強
ふるがごとし」
。
〈いま死や滅亡を嫌いながら仁の道にはずれたことを
楽しんで行うのは、ちょうど酔うことを嫌いながら無理に酒を飲んで
いるようなものだ〉という意になる。
再読文字(基本句形)
5章
QL04E2-Z1J2-07
二度目の読みに注意
「将」の項で示した三つ目の例文の「且 レ至、 」の部分の読みが「且
「盍」
再読文字「盍」は「なんゾ……ざル」と訓読する。意味は、〈どう
に至らんとし、」であって、「且に至らんとす、」ではないのはなぜか、
ニ ラント
して……しないのか〉
。
「盍」
の音はコウであるが、旧字音がカフであっ
ふ
説明できるだろうか。「且」の左に「し」と読みがながあったから読
か
たところから、
「何」と「不」
、つまり疑問と否定を同時に表す語とし
めただろうが、いつも読みがなが付いているとは限らない。
之、則
盍 反 其 本 矣。
読む」と説明したが、注意しなければならないのは、助動詞や動詞は
再読文字は「最初は副詞的に読み、次に助動詞(または動詞)的に
て用いられるようになった。
行
スレバ ハントこれヲ すなはチ なんゾかヘラ ノ ニ
レ
レ
二 一
王 欲
などに注意して、最適な活用形を考えなければならないのである。漢
活用するということである。つまり、訓読する場合には、下に付く語
「王
之を行はんと欲すれば、則ち盍ぞ其の本に反らざる」。〈王が
文での動詞・助動詞の活用は、すべて古典文法の法則にのっとって行
レ
ざル
これを行おうと願われるのなら、どうしてその根本に立ち返らないの
われる。よって、ここでは再読文字を訓読するのに必要なサ行変格活
基本形
○
語幹
せ
未然形
し
連用形
す
終止形
する
連体形
すれ
已然形
せよ
命令形
用の仕方を見ておこう。
「将・且」の二度目の読み「す」は、サ行変格活用動詞である。活
用と助動詞「べし」「ず」
「ごとし」の活用などについてふれておこう。
ですか〉という意になる。
「盍」は、訳す場合は「どうして……しないのか」という疑問+否
定でよいが、解釈する際に注意してほしいのは、この字には〈……し
たらどうか〉という勧誘の意が含まれているという点である。
す
ニ ラント
るため、「且に至らんとし、
」とサ変動詞の連用形に活用させているの
、」 の 部 分 は 読 点 に つ な が っ て い
こ こ か ら わ か る よ う に、
「 且 レ至 ◯
訓「なんゾ……ざル」
である。
【再読文字「盍」
】
◯
意〈どうして……しないのか(……したらどうか)
〉
次に、助動詞「べし」「ず」「ごとし」の活用の仕方と接続について
見ておこう。
216
QL04E2-Z1J2-08
基本形
べし
ず
未然形
連用形
) べく
べかり
べ
(く
べから
ず
ざり
(ず)
ざら
ごとし (ごとく) ごとく
終止形
べし
ず
ごとし
連体形
べき
已然形
○
命令形
ね
ざれ
べけれ
ぬ
ざれ
○
べかる
ざる
○
ごとき
*「ごとし」は助動詞ではなく、形式形容詞であるとする説もある。
*送り仮名は青字の部分をカタカナに直して書く。
「べし」
「ず」は活用表が左右二列にわかれている。左の列は主に下
に助動詞が付く場合に用いる。
ラ変・連体形
217
それぞれの助動詞は、次のような語に接続する。
カ行四段・終止 形 ◦べし……活用
語の終止形に付く。ただし、ラ変型の活用をする語は
連体形に付く。
例
・書くべし
・あるべし
◦ず………活用語の未然形に付く。
*「盍」の二度目の読み「ざる」は「ず」の連体形である。「な
んぞ……ざる」の部分が係り結びになっている。
◦ごとし…体言や活用語の連体形、助詞「が」「の」に付く。
*「猶
」を「なホ……ノごとシ」と読むか、「なホ……ガごとシ」
と読むかは、次のように区別する。
・連体形+が+ごとし
・体言
+の+ごとし
再読文字(基本句形)
5章