「古今著聞集」

ぶ ぜん
「古今著聞集」
めてけり。
母 子猿
れば、もろともに地に落ちにけり。それより長く猿を射ることをばとど
き て ⑧離れじとしけり。かくたびたびすれ ⑨ども、なほ子猿とりつきけ
を助けんとて、木のまたに ⑦据ゑんとしけるなり。子猿はまた、母につ
子猿なりけり。おのが傷を負ひて土に落ちんとすれば、子猿を負ひたる
と ⑤し け る が、 何 と ⑥やらん物を木のまたに置くやうにするを見れば、
せて射たりけるほどに、過たずかせぎに射てけり。すでに木より落ちん
を ①射けり。ある日、山を ②過ぐるに、大猿 ③ありけれ ④ば、木に追い登
豊前の国の住人太郎入道といふ者ありけり。男なりける時、つねに猿
LS1041HR101BZ–01
全 訳
豊前の国に住んでいる太郎入道という者がいた。まだ出家して
いなかったころ、いつも猿を(見つけては)射止めていた。あ
る日、山を通ったときに、大猿がいたので、木に追いあげて矢を放っ
突き刺さり)糸を巻きつける「かせぎ」のような状態に猿を射止めて
たところ、ねらったとおりに(猿の体の一部を射抜いた矢が木の幹に
ろうかある物を木の股に置くようにするのを見ると、子猿であった。
また
しまった。今にも木から落ちそうになったところが、いったい何であ
自分が傷を負って地面に落ちそうになるので、背負っていた子猿を助
けようとして、木の股に据え置こうとしたのである。子猿はまた、母
猿に取りついて離れまいとした。このように何度も繰り返したけれど、
やはり子猿が取りついたので、いっしょに地面に落ちてしまった。そ
の後(太郎入道は)長く猿を射ることをやめてしまったということだ。
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■文法チェック
動詞は未然形と連用形が同形だが、ここでは連用形接続の過去の助動
①射けり
「射」はヤ行上一段活用動詞「射る」の連用形。上一段活用
詞「けり」に上接しているので、連用形だと判断できる。
名詞が省略されている。現代語「過ぎる」に引きずられ、終止形と解
②過ぐる
ガ行上二段活用動詞「過ぐ」の連体形。下に「とき」などの
釈しないよう注意する。
○ラ変動詞の活用→「ら・り・り・る・れ・れ」
詞「けり(已然形「けれ」
)
」に上接しているので、連用形である。
動詞は、連用形と終止形が同形となるが、ここでは連用形接続の助動
③ありければ
「あり」は、ラ行変格活用動詞「あり」の連用形。ラ変
○已然形+ば→順接の確定条件〈…なので・…すると〉
○未然形+ば→順接の仮定条件〈もし…ならば〉
の已然形。したがって、この「ば」は順接の確定条件である。
④ありければ
「ば」は接続助詞。直前の「けれ」は過去の助動詞「けり」
○サ変動詞の活用→「せ・し・す・する・すれ・せよ」
るので、サ行変格活用動詞「す」の連用形である。
⑤しける
この「し」は〈落ちようとする〉という意味で用いられてい
ない点に注意)。助動詞「ん(む)」は、ここでは意志〈…しよう〉の
⑦据ゑん
「据ゑ」はワ行下二段活用動詞「据う」の未然形(ア行では
意。
は、「離れる」ではなく「離る」
。間違えやすいので注意すること。助
⑧離れじ
「離れ」は下二段活用動詞「離る」の未然形。基本形(終止形)
動詞「じ」は、ここでは打消意志〈…したくない・…まい〉の意。単
なる打消の意ではなく、意志を含んでいる点に注意して訳す。
○已然形+ども→逆接の確定条件〈…だが・…けれども〉
サ行変格活用動詞「す」の已然形「すれ」
)、逆接の確定条件を表す。
⑨すれども
「ども」は接続助詞。活用語の已然形に接続し(ここでは、
▼重要単語チェック▲
□過ぐ=①通る
②経過する
③死ぬ
④終わる
⑤暮らしを立てる
□すでに=①すっかり
②もはや
③今にも
□据う=①置く
②とどまらせる
□もろともに=いっしょに
□なほ=①依然として
②なんといっても
③ますます
連用形「に」+係助詞「や」+ラ変動詞「あり」の未然形「あら」+
□とどむ=①ひきとめる・制止する
②やめる
③あとに残す
⑥何とやらん
「やらん」は、
「にやあらん」(断定の助動詞「なり」の
推量の助動詞「ん(む)
」の連体形)から転じた表現で、〈…であろう
か〉の意。なお、この部分は挿入句。
古今著聞集
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LS1041HR101BZ–02
はべ
「古今著聞集」
さうら
わざ
ちご
ころ
ち
ご
ひ えい ざん えん りやく じ
いつの頃のことであったのだろうか、比叡山延 暦 寺の僧が大
勢連れだって、寺の稚児たちを伴って、竹生島へお参りした。
である」と言ったので、どうしようもなくて、みんな帰っていった。
んな留守にしておりまして、一人もおりません。返す返す残念なこと
とでございますが、そのようなことをいたします若者が、ただ今、み
ころ、島の僧の返事には、「
(それを見せるのは)たいそうたやすいこ
このようでございます。どうしたらよいでしょうか」と言い送ったと
と言ったので、島に住む僧の所へ使いを送って、「稚児たちの望みは
らしい見物であるそうですが、どのようにして見たらよいだろうか」
たちが言うことには、「この島の僧たちは、水泳に熟達していてすば
島内の寺社へのお参りが終わって、今まさに帰ろうとしたとき、稚児
全 訳
竹 生島の老僧、水練のこと ⑴ 口惜しきことなり」と言ひたりければ、力およば ⑧で、おのおの帰りけり。
くち を
つかうまつる若者、ただ今、皆たがひ候ひて、一人も候はず。返す返す
りければ、住僧の返事に、
「いとやすきことにて候ふを、さやうのこと
をやりて、
「小人たちの所望かく候ふ。いかが候ふべき」と言ひやりた
しよ まう
にて侍るなる、 ⑥いかがして見るべき」と言ひけれ ⑦ば、住僧の中へ使ひ
ど も ⑤言 ふ や う、
「 こ の 島 の 僧 た ち は、 水 練 を業 と し てお も し ろ きこ と
竹生島へ参りたりけり。巡礼果てて、今は帰り ③なんと ④しける時、児
ちく ぶ じま
いづれのころのことにか、山僧あまた ①ともなひて、児など ②具して、
LS1041HR102BZ–01
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■文法チェック
○「は・ひ・ふ・へ・ほ」
(語頭以外)→「ワ・イ・ウ・エ・オ」
①ともなひ
歴史的仮名遣いの「ともなひ」は、「ともない」と読む。
○サ変動詞の活用→「せ・し・す・する・すれ・せよ」
ことが多い(複合サ変動詞という)
。他に、「死す」「愛す」など。
ほか
の二語だが、このように、すぐ上の名詞と融合して一つの動詞になる
②具す
サ行変格活用動詞。サ変に属するのは、基本的に「す」
「おはす」
+意志の助動詞「ん(む)
」の連体形。係助詞「なん」や、終助詞「な
③帰りなん
この「なん」は、完了・強意の助動詞「ぬ」の未然形「な」
ん」ではない。
④帰りなんとしける
この「し」は〈帰ろうとする〉という意味で用い
られているので、サ行変格活用動詞「す」の連用形である。
○ア段の音に「う」
「ふ」が続いた場合→「オ段音+ー」
ふやう」は〈言うことには〉の意で、言葉を引用する際に用いられる。
⑤言ふやう
歴史的仮名遣いの「言ふやう」は、「言うよう」と読む。「言
(現代仮名遣いの表記は「□う」)
○已然形+ば→順接の確定条件〈…なので・…すると〉
○未然形+ば→順接の仮定条件〈もし…ならば〉
の已然形。したがって、この「ば」は順接の確定条件である。
⑦言ひければ
「ば」は接続助詞。直前の「けれ」は過去の助動詞「けり」
○未然形+で→打消接続〈…しないで・…せずに〉
純接続の接続助詞「て」がついたものと同じ働きをする。
⑧力およばで
「で」は打消接続の接続助詞。打消の助動詞「ず」に単
▼重要単語チェック▲
□あまた=①たくさん
②非常に
□具す=〔自動詞〕①そなわる
②連れだつ
③連れ添う
□おもしろし=すばらしい・趣ぶかい
⑥いかがして見るべき
「いかが」は疑問・反語を表す副詞。ここでは、
助動詞「べし」の連体形「べき」と呼応し、疑問を表す。「べし」は、
□やすし(易し)=①容易である
②無造作である
□つかうまつる=〔他動詞〕①…し申し上げる
②いたします
○いかが…連体形→疑問〈どのように…か・どうして…か〉
□口惜し=①残念だ
②物足りない
③情けない
④つまらない
適当〈…するのがよい〉の意。
反語〈どうして…だろうか、いや、…ない〉
古今著聞集
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LS1041HR102BZ–02
さ
こ
い
「古今著聞集」
ひて帰りにけり。
ゐ こん
はぎ
おもて
①
あざ
船に乗って二、三町ほど漕ぎ出したときに、板に張り、しわを
とった布で作った衣服で鮮やかなものに、光沢のある絹の五枚
せたことだ。
これに勝る水泳の見物があるだろうか、いやないだろう。目を驚か
ことでございます」と言って帰ってしまった。
でありますことを、老僧の中から(誰かが行って)申し上げろという
だれ
お望みのかいがなくてお帰りになってしまいますのは、生涯の残念さ
使者をくださいました。ちょうど若い者たちが留守にしておりまして、
て来て言うには、「もったいなくも幼少の人たち(=稚児たち)がご
思議なことだなあと思い、目を凝らして見ている所に、近くまで歩い
あげて、海水面をすべるように歩いてくる者がいる。船を止めて、不
七十歳ほどであろうかと見える者が一人、(裾を)脛の高さまでかき
すそ
の布を縫い合わせてつくった袈裟で真新しいのを肩から掛けた老僧で、
全 訳
竹 生島の老僧、水練のこと ⑵ はり ぎぬ
これに過ぎたる水練の見物 ⑦や あるべき。目を驚かしたりけり。
み もの
り候ひぬる、生涯の遺恨候ふよし、老僧の中より申せと候ふなり」と言
給ひて候ふ。折ふし若者ども皆たがひ候ひて、御所望むなしくて御帰
⑥ たま
所 に、 近 く 歩 み 寄 り て 言 ふ や う、「 か た じ け な く 小 人 た ち の 御 使 ひ を
るあり。舟をとどめて、不思議のことかなと、目をすまして ⑤見ゐたる
あるらんと ③見ゆる一人、脛をかきあげて、海の面をさし歩みて ④来た
なるに、長絹の五条の袈裟ひた新しき懸けたる老僧、七十あまりも ②や
け
舟 に 乗 り て 二、三 町 ば か り漕 ぎ 出 で た り け る ほ ど に、張 衣 の 鮮やか
LS1041HR102BZ–03
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■文法チェック
①鮮やかなる
形容動詞「鮮やかなり」の連体形。「なる」を四段活用
動詞「なる」と間違えないように注意すること。
○結びの語→現在推量の助動詞「らん(らむ)
」の連体形「らん」。
○係助詞「や」の意味→疑問・反語。ここでは疑問の意味。
②七十あまりもやあるらん
係り結びの法則。
③見ゆる
上一段活用動詞「見る」と混同しないこと。「見ゆる」は下
く
二段活用動詞「見ゆ」の連体形で、
〈見える〉の意。
き
○ラ変動詞の活用
○カ変動詞の活用
→「ら・り・り・る・れ・れ」
→「こ・き・く・くる・くれ・こ(こよ)
」
者がいる」と、連体形のあとに名詞を補って訳す。
注意する。
「あり」は、ラ行変格活用動詞の終止形。「(歩いて)くる
了・存続の助動詞「たり」の連体形。
「来たる」で一語ではないので、
④来たるあり
「来」はカ行変格活用動詞「来」の連用形。「たる」は完
○「ゐ・ゑ・を・ぢ・づ」→「イ・エ・オ・ジ・ズ」
⑤見ゐたる
歴史的仮名遣いの「ゐ」は「い」と読む。
の連用形で、終止形は「ゐる(居る)
」
。ここでの「ゐ」は、〈その場
「見」は上一段活用動詞「見る」の連用形。「ゐ」も上一段活用動詞
にじっと…ている〉の意。船を止めて、その場でじっと目を凝らして
見ていると解釈する。
「たる」は、存続の助動詞「たり」の連体形。
は 四 段 活 用 動 詞「 給 ふ 」 の 連 用 形。 こ の「 給 ふ 」 は「 与 ふ 」「 授 く 」
⑥給ひて候ふ
歴史的仮名遣いの「たまひ」は「たまい」と読む。「給ひ」
古今著聞集
○「は・ひ・ふ・へ・ほ」
(語頭以外)→「ワ・イ・ウ・エ・オ」
の尊敬語で、〈お与えになる・くださる〉の意。
⑦見ものやあるべき
「や」は係助詞。結びの語は推量の助動詞「べし」
の連体形「べき」である。この「や」は反語の意味。
□すます=①清らかにする
②一つのことに集中する
③世をしずめる
▼重要単語チェック▲
□かたじけなし=①恥ずかしい
②恐れ多い・もったいない
□折ふし=①ちょうど
②ときどき
③ありがたい
□むなし=①空である
②死んでいる
③かいがない
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LS1041HR102BZ–04
らう どう すゑ たけ
くつ きやう
「古今著聞集」
より みつ のあ そん
なんぢ
しよ まう
うの物ども取らす。言ふに従ひて取りつ。
さん たん
みなもとの
頼光(= 源 頼光)朝臣の家来(である)季武の従者に、(武
勇に)きわめて優れた者がいた。季武は第一番の(弓の)名手
言うとおりに受け取った。
負けて、約束のとおりに、さまざまの物々を与える。
(従者は自分が)
センチメートル)ぐらいそれて外れてしまったので、季武が(賭けに)
(弓を)引いて(矢を)放ったところ、左のわきの下を五寸(約十五
てしまうようなことは損であるが、いきがかりなのでと思って、よく
季武は、(自分はこの程度の的を)射外すまいが、従者を一人失っ
この男(=従者)は、言ったように三段離れて立った。
のだ)と思って、それならば(始めよう)と、「立て」と言うので、
う)」と言うと、(季武は)そう言われたとおりだ(=よくも言ったも
と言うので、(従者は)「私は命を差し上げる以上は(必要ないでしょ
よう」と決めて、「おまえは(賭けに負けたら)どのように(するのか)」
たものならば、おまえが欲しいと思うようなものを望みどおりに与え
だなと思って、言い争ってしまった。
(季武は)「もし射外してしまっ
ないでしょう」と言ったのを、季武は、穏やかでないことを言うやつ
て立ったのを(=立つとしたら、それを)
、射当てなさることはでき
てなさるとしても、この私が三段(=約三十三メートル)ぐらい離れ
(さて)前述の従者が、季武に言ったことには、「たとえ下げ針を射当
で、下げ針(=糸でぶら下げた針)をも外さずに射当てた者であった。
全 訳
季 武が従者、主の矢先をはづすこと ⑴ の
五寸ばかり退きてはづれにければ、季武負けて、約束のままに、やうや
⑨
ども、意趣なればと思ひて、よく引きて放ちたりければ、左の脇の下
わき
季 武、 は づ す ま じ き も の を、 従 者 一 人 ⑧失 ひ て む ず る こ と は 損 な れ
がごとく三段退きて立ちたり。
さ言はれたりとて、さらばとて、
「立て」と言へば、この男、言ひつる
の れ は い か に 」 と 言 へ ⑦ば、
「これは命を参らするうへは」と言へば、
⑥ば、 汝 が 欲 し く 思 は む も の を 所 望 に 従 ひ て 与 ふ べ し 」 と 定 め て、
「お
言ふやつかなと思ひて、あらがひてけり。「もし射はづしぬるものなら
立ちたらむをば、 ④え射給はじ」と言ひけるを、季武、 ⑤やすからぬこと
に 言 ひ け る は、
「 下 げ 針 を ば 射 給 ふ ③とも、 こ の 男 が三段ば か り退き て
きにて、下げ針をもはづさず射ける者 ②なりけり。くだんの従者、季武
さ
頼光朝臣の郎等季武が従者、究竟の者 ①ありけり。季武は第一の手利
LS1041HR103BZ–01
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■文法チェック
接続する過去の助動詞「けり」に上接しているので連用形。
①ありけり
「あり」はラ行変格活用動詞。ここでは活用語の連用形に
②射ける者なりけり
「なり」は識別に注意が必要であるが、このよう
に体言に接続する場合、
断定の助動詞。
「射当てた者であった」と訳す。
→
逆接の仮定条件〈たとえ…としても〉
○終止形
(形容詞型活用の場合は連用形)+とも
詞の終止形で〈……なさる〉の意。
③射給ふとも
「とも」は接続助詞。上接する「給ふ」は尊敬の補助動
○え…打消語
→
不可能〈…できない〉
動詞「じ」の終止形と呼応している。
④え射給はじ
「え」は陳述(呼応)の副詞。ここでは、打消推量の助
リ活用)の未然形。形容詞の補助活用は、下に助動詞がつくときに多
⑤やすからぬ
「やすから」はク活用形容詞「やすし」の補助活用(カ
く用いられる。また、
「ぬ」は識別が必要な助動詞。この「ぬ」は体
○連用形接続→完了の助動詞「ぬ」の終止形
○未然形接続→打消の助動詞「ず」の連体形
言「こと」が下接しているので、打消の助動詞「ず」の連体形である。
○未然形+ば→順接の仮定条件〈もし…ならば〉
本文中の「ば」は、すべて順接の確定条件を表す。
○已然形+ば→順接の確定条件〈…なので・…すると〉
「て」
(完了の助動詞「つ」の未然形)+「むずる」
(婉曲の助動詞「む
⑧失ひてむずること
「失ひ」(ハ行四段活用動詞「失ふ」の連用形)+
ず」の連体形)。「むずる」が一語の助動詞であることに注意する。「失
ってしまうようなこと」と訳す。
○已然形+ど・ども
→
逆接の確定条件〈…だが・…けれども〉
り」の已然形。「損であるが」と訳す。
⑨損なれども
「ども」は接続助詞。上接する「なれ」は断定の助動詞「な
□やすし(安し)=①安心だ
②穏やかだ
③品位がない
▼重要単語チェック▲
□あらがふ=①言い争う
②反対する
□さらば=①それならば
②それなのに
□参らす=差し上げる
詞「なり」の未然形「なら」に下接するので、順接の仮定条件。上に
⑥ も し … も の な ら ば・ ⑦ 言 へ ば
「ば」は接続助詞。⑥は、断定の助動
□やうやう(様様)=さまざま
に下接するので、順接の確定条件で、
「言うので」と訳す。⑥以外の
ある「もし」にも注目。⑦は、
四段活用動詞「言ふ」の已然形「言へ」
古今著聞集
53
LS1041HR103BZ–02
「古今著聞集」
ぢやう
ま なか
⑨
ば、季武、理に折れて、言ふこと ⑩なかりけり。
そ の あ と、( 従 者 は )
「 も う 一 度( 私 を ) 射 て ご ら ん な さ い。
」
と言う。(季武は)気持ちが収まらないのでまた言い争う。季
季武、道理に負けて、言うことがなかった。
なことは、その配慮をして射なさるのがよいのです。」と言ったので、
です。そうであるからこのように(なるので)ございます。このよう
らわれ者は)弦音を聞いて、さっと横へとびのくと、五寸は離れるの
ないのです。それを真ん中を目指して(=ねらって)射なさった。
(ね
の体が太いとはいうものの、一尺(=約三十センチメートル)にすぎ
はいらっしゃるけれども、配慮が足りなくていらっしゃるのです。人
当てなさることはできないでしょうと。(あなたさまは弓の)名手で
その時、この男(=従者)は、「それだから申し上げたのです、射
をまた五寸(=約十五センチメートル)ぐらいそれて外れた。
きしぼって、真ん中にめがけて(矢を)放ったところ、右のわきの下
くら何でも(射外すことはあるまい)と思って、しばらく(弓を)引
武は、最初こそ不思議なことに外してしまったけれども、今度は、い
全 訳
季 武が従者、主の矢先をはづすこと ⑵ つる
なり。かやうのものをば、その用意をして ⑧こそ射給はめ」と言ひけれ
音聞きて、そと側へをどるに、五寸は退くなり。しかればかく ⑦はべる
おと
きといふ定、一尺には ⑥過ぎぬなり。それを真中をさして射給へり。弦
手利きにては ⑤おはすれども、心ばせのおくれ給ひたるなり。人の身太
その時、この男、
「されば ③こそ、申しさうらへ、 ④え射給ふまじきとは。
下をまた五寸ばかり退きてはづれぬ。
もと思ひて、しばし引きたもちて、真中にあてて放ちけるに、右の脇の
らがふ。季武、はじめ ②こそ不思議にてはづしたれ、この度は、さりと
すゑ たけ
そ の 後、
「 い ま 一 度 射 給 ふ ベ し 」 と 言 ふ。 や す か ら ぬ ①ままにまたあ
LS1041HR103BZ–03
54
■文法チェック
ま
「まに」には〈…にしたがって・…ので・…と
同時に〉などの意味があるが、ここは〈気持ちが収まらないので〉の
①やすからぬままに
意。
○結びの語→完了の助動詞「たり」の 已然形「たれ」
。係り結びが成
○係助詞「こそ」の意味→強調
②はじめこそ…はづしたれ、〜
係り結びの法則。
立しながら文が終わらない場合、
「…けれども、〜」と逆接で訳す。
○係助詞「こそ」の意味→強調
③さればこそ、申しさうらへ
係り結びの法則。
○結びの語→四段活用の丁寧の補助動詞「さうらふ」の已然形「さう
らへ」
。③は下の「え射給ふまじきとは」と倒置になっているため、
②のような逆接ではなく、通常の係り結びの文末のように訳す。
○え…打消語
→
不可能〈…できない〉
できそうにない〉のように不可能の予測を表す。
は打消推量の助動詞「まじ」の連体形。なお、「まじ」だけでも〈……
④え射給ふまじき
「え」は陳述(呼応)の副詞。呼応している「まじき」
○已然形+ど・ども
→
逆接の確定条件〈…だが・…けれども〉
り」の尊敬語で〈いらっしゃる〉の意。また、「ども」は接続助詞。
⑤おはすれども
「おはすれ」
はサ行変格活用動詞「おはす」の已然形。「あ
助動詞「ず」の連体形)+「なり」
(断定の助動詞の終止形)で、「す
⑥過ぎぬなり
「過ぎ」
(上二動詞「過ぐ」の未然形)+「ぬ」(打消の
古今著聞集
ぎないのである」と訳す。「ぬ」「なり」の識別には注意が必要。
⑦はべるなり
「はべる」は、ラ行変格活用動詞「はべり」の連体形。
同じラ変動詞 あ「り・をり の」丁寧語。「なり」は断定の助動詞の終止形。
○結びの語→適当の助動詞「む」の已然形「め」
。
○係助詞「こそ」の意味→強調
⑧こそ射たまはめ
係り結びの法則。
で、順接の確定条件を表し、「言ったので」と訳す。
⑨言ひければ
過去の助動詞「けり」の已然形「けれ」+接続助詞「ば」
⑩なかりけり
「なかり」はク活用形容詞「なし」の補助活用(カリ活用)
の連用形。下につく「けり」は過去の助動詞の終止形。
□さりとも=①それにしても
②いくら何でも
▼重要単語チェック▲
□されば=①それだから
②そもそも
③さて
□申す=①申し上げる
②お願い申す
③…してさしあげる
□心ばせ=①心がけ
②配慮
③教養
□しかれば=①そうであるから
②さて
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LS1041HR103BZ–04