これは多摩美術大学が管理する修了生の論文および - Tama Art University

これは多摩美術大学が管理する修了生の論文および
「多摩美術大学修了論文作品集」の抜粋です。無断
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多摩美術大学大学院
e-mail: [email protected]
平成16年度 多摩美術大学大学院美術研究科 修士論文
(2005,Master Thesis,Graduate School Art and Design, Tama Art University)
タイトル/Title:
コマ撮り映像論(A study Of Stopmotion Movie)
著者名/Name:高橋 済(Takahashi Wataru)
学籍番号/Student ID number:30330097
所属/Field:
多摩美術大学大学院美術研究科博士前期課程デザイン専攻情報デザイン領域
(Graduate school of Tama art university art reserch department,Information
design Course, Master Program )
1:プロフィール
私の研究を論じる前に、自分のプロフィールと現在の表現に至るまでの経歴につ
いて書こうと思う。
高橋
済、1977年東京青梅市に生まれる。1996年私立錦城高校卒業と同時に
美術の勉強を始める。2年後、多摩美術大学情報デザイン学科に入学。大学1年次に
デジタル写真作品「今泉土羅之門」と共に友人と映像作品「Re」を制作。それをき
っかけにVJ活動を始める。一ヶ月に1、2回のペースでクラブイベントに参加。2
年次にはテキスタイルパフォーマンス映像製作兼チーフを行う。授業で見た伊藤高志
氏の「SPACY」に感動し、自身コマ撮り映像を始め、コマ撮り映像「逃飛」を制
作。グループ展「ばっ展」に作品出展。3年次には、海外の美術を見てみたいという
考えから多摩美術大学を休学しイギリスに留学。語学学校Internationa
l
Houseに4ヶ月間通う。その後London
versity
Art
Foundation
Guildhall
Uni
Courseに入学。在学中にコ
マ撮り映像「Conflict」を制作。イギリスでの生活はとても魅力的なものだ
ったが、日本でまだ学ぶべきことがあると思いLondon
Universityを中退し多摩美術に復学
Guildhall
。復学後はスタジオ5に所属し時間
をテーマにしたコマ撮り映像作品「Count」(p.18研究者図録参照)
を制作し鹿島シンポジウム千年都市に作品出展。4年次は、3年次に掲げたテー
マの時間の延長でコマ撮り映像作品「無から無へ」を制作し、横浜赤レンガ倉庫で展
示。多摩美術大学大学院デザイン学部写真と映像、記憶と想像研究グループ席を置き
「コマ撮り映像の研究、作品制作」を行う。南大沢柏木小学校図画工作の授業内でコ
マ撮りアニメーションの授業を行う。現在パペットアニメーションを製作中。
以上のように私が映像を始めるきっかけになったのは、VJというデジタル技術
を駆使した映像表現だ。そこには、コンピューターが急激に発展しデジタルビデオカ
メラやノンリニア編集が社会に浸透し始めたという背景があり、映像を作るという敷
き居が低くなってきていたということもある。しかし、私の興味は映像表現で言えば
古典的なコマ撮りという表現に移っていった。あまり意味合いを持たないVJ映像に
興味がなくなりつつあったということと、授業で見た伊藤高志氏の「SPACY」に
衝撃を受けたからだ。ノーマルスピードで撮影するものとは違う面白さをそこから見
い出し、その後いくつかコマ撮り映像作品を制作した。現在は、自分独自の表現方法
を模索しつつ、写真やコマ撮り技術を使用した映像表現を主軸として制作活動を行っ
ている。
2:研究内容の説明と目的
(独自の表現方法の開発とそれを使用した映像作品の制作)
コマ撮りといっても様々なものがある。実写コマ撮りの代表作に伊藤高志氏の「SP
ACY」※1がある。体育館の中に、同じ場所を撮影した写真を配置し、その写真の
中に入り込んで行きながら縦横無尽に体育館を進んでゆくという作品だ。同じく伊藤
高志氏の作品で「thunder」※2という作品は、フィルムの露光時間を長くす
ることにより光りの線を造り出しそれをコマ撮りにするというものだ。それは光の線
が雷のように見えとても不思議な世界を作りだしている。ヤンシュワンクマイエル
(Jan
Svankmajer)監督は、「フード(Jidlo)」※3では、野菜
などの食材や粘土、その他の身近な材料を使かってコマ撮り映像を作っている。それ
ぞれ面白さや見どころを持っているが、やはり一般的にコマ撮りの技法が使われてい
て有名なものは、クレイアニメーションやパペットアニメーションが主流でNHK教
育で放映されていた伊藤有壱氏の「ニャッキ」※4は、現在小学生ぐらいの年代なら
ばかなりの割合で知られている。イギリスのアードマンスタジオ(Aardman)
の「ウォレスとグルミッド(Wallace&Gromit)」※5は、テレビコマ
ーシャルのキャラクターに使われたり、数多くグッズ化されているので目にする機会
が多いはずだ。ロシアのロマン・カチャーノフ監督の「チェブラーシカ」※6は19
69年に作られた作品にも関わらず最近、日本でかなり話題になった。このように、
コマ撮り映像をテレビや劇場で見る機会が多くなってきている。雑誌でも特集を組ま
れるぐらいだ。これは、コマ撮り映像が世間に浸透し初め、それに魅力を持つ人が多
からずとも増えてきているということなのではないだろうか。
では、そのコマ撮りの作品の魅力はなんなのだろう。それぞれの作者の特徴は以下
のようになる。
伊藤高志氏の作品の魅力は、写真を加工してそれを更に撮影するという独特な表現。
ヤンシュワンクマイエル監督の作品は、使う素材や取りあげるテーマ。伊藤有壱氏、
アードマン、ロマン・カチャーノフ監督の作品の魅力は、キャラクターのかわいらし
さにある。こうして見るとコマ撮り映像における重要な事は独自の表現方法にあるこ
とがわかる。そしてそれは大きく二つに分けられるのではないだろうか。
1)キャラクターの独自性
2)技法の独自性
2
技法の独自性には、セットや背景の工夫(CGや写真などとの合成)、使用する素
材の工夫などが挙げられる。キャラクターの独自性は、言うならばキャラクターデザ
インである。そこで大学院での研究内容を「独自の表現方法の開発とそれを使用した
映像作品の制作」と位置付け、着手する事とした。この二つを分析することにより独
自性が生まれ、今後の自身の作品制作に役立つと考えている。
3
3:研究プロセスとその説明
3−A:キャラクターの存在についての考察と「迷道」の制作
前項で記した研究内容のもと、実際に行ってきた研究、制作活動について具体的に
触れていきたい。
まず、今回の研究意図である「人形の出てこないコマ撮り映像の制作」について説
明したい。まず、コマ撮りには大きく分けるとストーリー型と非ストーリー型の二つ
にわけられている。今まで非ストーリー型の作品には人形が出てこない作品はいくつ
か存在した。しかし、ストーリーのある作品には必ず人形や粘土などで作られた何か
が登場している。ウォレスとグルミッドでは犬、チェブラーシシカは猿、ニャッキは
芋虫、と言った具合だ。そこで今回、私はあえて一切登場人物のないストーリー型の
コマ取り映像の制作を試みた。背景やセットのみで人にどれくらい伝えることができ
るのかということを実験してみたいという考えがあったからだ。また、人形を登場さ
せない事により人形のはたしている役割や意味合いを再認識できるのではないかと
いうねらいもあった。
次に、具体的な作品の説明をおこないたい。まず考えたのは、どう人に伝えるかで
ある。その画面でのなんらかのアクションがあるからこそ人は、そこから情報つまり
ストーリーを得ることができるのであって、ただ漠然と背景を撮っただけではなにも
伝えることができない。やはりなんらかの人形に変わるストーリーを説明するものが
必要だった。そこで考えたのは、地面に足跡などの痕跡を付けることによりそこに人
の存在を感じさせるという結論に行き着いた。また通常の視点つまり自分があたかも
その空間にいるような視点のシーンを取り入れ、そこに存在しているという演出をお
こなった。こうすることにより、コマ撮りでとる必然性を失う事なくストーリーを伝
えることができると考えた。以下がこの作品のコンセプトとストーリーである。
コンセプト/私達の体は、皮で包まれその中に肉があり骨がる。精神という不定形
なものを留めている箱のようなものだ。普段の生活で多くのことを見聞きし、記憶し
また忘れていく事はその箱の中で起きている一種の物理現象だと考える。言わば箱の
中の出来事も普段私達が生活している空間も見えるか見えないかの違いだけなので
はないだろうか。体の中を部屋と見立て、体の外と中の入り組んだ世界を表現する。
4
ストーリー/暗闇を歩いていると何もない部屋に迷い込む。その部屋
を歩いていると主人公の記憶の断片が浮かびあがる。浮き上がっては消えていく記憶、
過去の自分との再開。主人公は、現実と内面の世界をさまよいながら歩き続ける。
なぜ、このコンセプトにしたか説明しておこう。人は、深く考え込んでいる時には心
に入り込む。その時、自身の心の世界に入っているために自分はそこに存在はしてい
るが、形としては存在していない。また、その周りには多くの情報つまり記憶が存在
しているのにどれも形を持たずふわふわしていて流動的だ。存在はしているが形の無
い世界。それは今回の人形を登場させないという表現に適している題材だと考えた。
次に具体的な制作行程の説明をおこないたい。
1)ストーリーに沿ってのセット作り。セットの雰囲気なども独自の表現に
大きく関係してくると考えている。またそこに使う素材選びも大きく関係
してくる。今回は、自分の心の中を箱と見立たてるという設定だったので
周りが壁で覆われているものと考えた結果、部屋の中という結論がでた。
2)実際の撮影。今回はデジタルスチルカメラを使用した。やはりその場で
確認できるという利点を生かすべきだと考えたからだ。
3)音楽にあわせ映像編集アプリケーションによる編集を行なう。
以上の行程を経て作品を制作した結果から得られたことは以下の通りだ。
存在の痕跡だけでの表現は、今までにはなく演出的には面白いものだった。しかし
細かなことを語ることがでず想像する楽しみのようなものあったが、ストーリーを伝
えるまでには至らなかった。また予想以上に表現に制約されるところがあったために、
見せ場なのに迫力ある画面作りができず締まりのない映像になってしまった。ストー
リー型のコマ撮り映像作品においての人形の役割は、視覚的にわかりやすく伝える手
段として存在しているということだ。話しを人に伝えるには、ある程度の解説者のよ
うな存在が必要不可欠なのである。今後の制作に大きな課題を残すこととなったが、
得られた結果をいかし研究を進めていく予定である。
5
3:研究プロセスとその説明
3−B:キャラクターについての考察
「迷道」の制作を通して(人形は、視覚的にわかりやすく情報を伝える手段として
存在している)という結果を得たことをうけ、キャラクターにつての考察を書いてお
こう。キャラクター(人形)について調べることは、今後のストーリー型のコマ撮り
映像を作る上でこのことは、重要な役割を占めていると考えているからだ。
前項にも書いたが人気のある作品はかわいいキャラクターが多い。しかもそれらは、
何故か動物がでてくる。動物がただかわいいからという理由でここまで使われないだ
ろう。その答えは、人間の本能に大きく関係しているようだ。以下の文は、キャラク
ターと人間の本能の関係を知る上で大きなヒントとなる。
そもそも母性本能とは、人間にどのように備わり、どんな感情や行動を生み出す本能
なのでしょうか?
そこでまずは母性本能が生み出す感情を調査。
道行く人に母性本能の対象、赤ちゃんを見せると・・・
すべての人が、赤ちゃんを目にすると必ず「かわいい」という。
でも何故、誰もが皆、赤ちゃんに同じかわいいという感情を抱くのでしょうか?
日本獣医畜産大学動物生理制御学教授
田中実
『人間には「FosB」という遺伝子が組み込まれている。この遺伝子が働く事で「赤
ちゃんはかわいい」などの母性本能が生み出される』※7
赤ちゃんをかわいいと思う感情とキャラクターをかわいいと思う感情は同じものだ
と以前から私は考えていた。それを裏付ける理由は以下のことからだ。
FosBに書き込まれたどんな情報が、私達に「赤ちゃんがかわいい」と思わせるの
でしょうか?
その答えは普段の生活に潜んでいました。それはかわいいと感じる基
準。
<基準1/サイズ>
例えば、同じ形で大きさが違うエビのお寿司。
[普通サイズ]
[ミニサイズ]
→「ミニサイズのほうがかわいい」
<基準2/形>
さらに角張っているものと丸みがあるもの。
[角]
[丸]
→「丸いほうがかわいい」
6
<基準3/頭の比較>
体に対して、頭を大きくする。
[普通ものと頭が大きい]
→「頭が多きものほうがかわいい」
頭が大きいとかわいいと感じる。
実はこのかわいいの基準。すべて赤ちゃんの特徴と一致するんです。確かに赤ちゃん
は体全体が小さく、プックラと丸みがあり、体に対して頭の比率が大きい。
そう!かわいいという感情は、赤ちゃんの形の特徴を目にすることで起こっていたの
です。FosBには、赤ちゃんの特徴をかわいいと思う情報が書き込まれていたので
す。その為、赤ちゃんの特徴を目にするとFosBが刺激を受け、かわいいと思う情
報が誰にでも同じように発信されるのです。実は、小さな動物をかわいいと思うのも
FosBによる母性本能と考えられています。※7
ここで書かれていることは人気のでたキャラクターデザインにどれも当てはまる。確
かに、かわいいとされるキャラクターはどれも頭が大きく、どことなく丸い感じがあ
る。チェブラーシカ、ムーミンは、ほぼ2頭身。NHKどーもくんにでてくる人形は
三頭身。その他の人形も頭の大きいものが多い。このことから、かわいい感じるキャ
ラクターすべてが赤ちゃん体系で作られているとうことがわかる。また、ピングー、
ウォレスとグルミッド、ニャッキなどに出てくるキャラクターに動物が多いこともこ
れで納得がいく。更にこのFosBにはキャラクターデザインのみならずストーリー
を作る上でも大きく関係している。
さらに遺伝子が引き起こす母性本能独特の欲求がありました。2つのゲージに全く
同じ種類、大きさの子犬を用意。その環境を対照的に変えてみました。どちらに母性
本能をくすぐられるかを選んでもらうと・・・
皆、悪い状況に置かれた子犬を選んだのです。確かにかわいいものの不憫な状況には
つい手を差し伸べたくなるもの。
日本獣医畜産大学動物生理制御学教授
田中実
『母性本能はその対象が危険などの悪い環境にあると「守りたい」という欲求を強く
生み出す』 FosBは、かわいいものを悪い状況から守りたいという欲求を生む情
報をもっていると考えられています。
その為、かわいいものが危険にさらされているとFosBが反応。欲求が発信され、
守るという行動が引き起こされるのです。それは「母性本能」が種族保存、子孫繁栄
のために備わった本能であるからなのです。※7
7
このことからストーリー作りに関して推察すると、可愛いキャラクター を一旦不
幸な状況に陥らせるとよいということが重要だと浮かび上がる。確かに「チェブラー
シカ」では、主人公が見ず知らずの国に間違えて送られるという不安な状況で物語り
は始まっている。これがすべてとは全く言えないが、母性本能を利用することはかわ
いいと思わせるための手段としては、とても有効なことなのではないだろうか。
8
3:研究プロセスとその説明
3−C:表現技法についての考察と「TIME
LINE」の制作
「迷道」では、コマ撮りでの二つの重要要素であるうちの一つであるキャラクター
の存在をテーマに制作した。大学院後期課題では、もう一つの要素である表現技法を
研究テーマに作品制作を試みた。
コマ撮りで撮影すると独特な動きになる。コマで撮影されているのだからノーマル
スピードで撮影されたものとはその動きが大きく変化してくるのは当たり前の事だ。
ビデオやフィルムで撮影されたものは、秒間30フレームもしくは24フレーム。コ
ンマ1秒で一枚ずつ撮影されている事になる。一方コマ撮りでは、1フレーム撮るの
に何十分と時間を費やす。そこには、時間のずれという大きな存在が浮かび上がる。
私は、この時間の変化を利用する事により新たな表現ができるのではないかと考えた。
そこで生まれたのがこの「Time
line」だ。作品のコンセプトは以下の通り
である。
コンセプト/私達は、朝昼夜と普段見る景色から様々な表情を見ることができる。そ
れは、時間の流れでり、光りの変化である。だが私達はこれらを当然のものとし、あ
まり注意深く見ることははない。日常の景色など見るのはほんの一瞬でしかなく、そ
の見た景色のことなどすぐに忘れてしまう。ましてや目に見ることができない時間の
流れがそこに存在しているということは尚更だ。私は、この時間の流れを写真の明暗
やそこに写った人物や物を使うことによって可視化することを考えた。そこに流れる
時間と景色からなる映像である。
今回の作品では、前回の作品の目指したストーリー型とは違い意味はあるが物語りの
ような話しは全く含まれていない非ストーリー型の作品である。写真を使ったコマ撮
りは今まで多く作られてきたが、今回私が作ったような作品は無かった。一枚一枚そ
れぞれの写真をグリッド状に切り分け、切り分けられたそれぞれ違う時間のグリッド
を配置してゆき、コマ撮り映像にするというものだ。同じ場所だが違う時間の画像で
の再構成。つまりモンタージュ映像である。
9
次ぎに具体的な制作方法について簡単にまとめておく。
1)画像を定点カメラで同じ景色を一定のペースで一日かけて撮影する。そうするこ
とにより、明暗や、偶然入り込んだものは違うが背景は一緒の写真を撮るこ
とができる。
2)それをコンピューターに取り込み、画像加工ソフトで正方形にきりとり配置する
ことによって、一枚の画面の中に明暗(時間のずれが表現されている)で構成さ
れた画像を作ることができる。
3)そのある一定の規則でモンタージュした画像をつなげることにより、時間の流れ
を表現した映像が出来上がる。
今回の作品にとって、とても興味深いことが「映像論(港千尋著)
」に書かれている。
彼(モホリ=ナジ)は光こそが、絵の具に代わって新しい時代の像を描くべきだと
考えていた。写真は光による構成であり、映画はその運動である。※8
今回私が目指したことは、光りをつかって光りを描くということが言えるのではな
いだろうか。完成されたものではないが、この制作を通して私の研究テーマの一つで
ある、「独自の表現の開発」は一歩前に進むことができた。今後はこの技法をより研
究することで、良い結果へ繋がっていくと考えている。
10
3:
研究プロセスとその説明
3−D:パペットアニメーションについての考察と「やわらかな時」の制作
大学院1年次前期にはキャラクターの存在について、後期には表現についての作品
制作を行ってきたが、2年次では
これまでの制作を通じて学んできたことを踏まえ
て、パペットアニメーションの制作を行うことにした。決め手になったのは、やはり
川本喜八郎先生との出会いによる所が大きい。川本先生は、現在日本のパペットアニ
メーションの第一人者で数多くの優れた作品を作られている。その先生の元、200
4年7月中旬から8月末にかけての約1ヶ月半の間、「死者の書」※9の制作に参加
することができた。この時、川本先生からパペットアニメーションの楽しさ、難しさ、
そして色々な技術を学ぶことができ生涯忘れられない貴重な経験となった。そこで大
学院研究「独自の表現方法の開発とそれを使用した映像作品の制作」の1つの締めく
くりとしてコマ撮りの中心として存在しているパペットアニメーションを作るに至
った。
まず具体的な制作方法について簡単にまとめておこう。
1)
ストーリーのアイディアだし。どのような話にするか?イメージボード制作
表現方法はやはり人形を通しての演出、共感できるベーシックな物語を通して表
現するのが適切であろうと考えた。
2)
コンテ作り。カメラアングルや台詞、演出をきめる。
3)
人形作り。セット作り。頭は、目を動くように作った。
4)
デジタルスチルカメラで撮影。デジタルスチルカメラとビデオカメラで撮影
したもの比較するとその見え方は圧倒的にデジタルスチルカメラの方が鮮明で
ある。また今後ハイビジョンに切り替わったとしてもデジタルスチルカメラで撮
っておけば対応できると考えた。撮影は秒間30コマで撮影。動きにより2コマ
で動かす時と1コマで動かすものを分け撮影した。コマ撮り用ソフトI
P
STO
MOTIONを使用し動きを調べながら撮影。
しかし感で動かしたほうが良い動きをする時もあった。
5)
PREMIER,AFTER
EFFECTSを使用して編集。
以上のような経緯で制作をおこなった。
11
それでは、順を追って作品の細かな説明をおこなっていきたい。
ストーリーについて/初期の考えでは、既存のストーリーを使用し制作しようとし
ていたが、話の長さから、9ヶ月間という制作期間では完成させるのが難しいと考え、
他の話を探した。しかし気に入ったものを見つけることができず、結局自作の短いス
トーリーを考え制作することになった。ストーリー作りで注意したことに(わかりや
すさ)がある。わかりやすいとは、話を稚拙に作ると言う事ではない。あくまで理解
しやすいと言うことである。1年次に制作した「迷道」ではストーリー型の作品と位
置づけ、
人形は使わず足跡などの人間の存在感のみで話を作ったが難解なものであっ
た。そこで今回は、原点に戻り会話形式で話を展開していくことにした。ストーリー
の概要は以下の通りだ。
砂漠で一人遭難してしまった若者が地図を見ながら座り込んでいる。辺りを見回す
がなにもない。あきらめてその場に倒れ込むとそのまま意識を失ってしまう。目が覚
めると老人と不思議な生き物が彼の前に座っている。彼はそこで自分が助けられた事
に気づく。老人に何故砂漠に来たのか訪ねられると彼は、自分が抱えていた悩みや疑
問がありそれを見つけるために旅に出と話し始める。彼はその老人と不思議な生き物
と共に楽しい時間を共有する事により何か忘れていた大切な気持ちに気づき立ち直
っていくというものだ。
近年デジタル技術は驚くほどの早さで発達し、インターネットの普及により情報化社
会に加速がついてきてる。世界中で起こったことを時間差なく知ることができ、欲し
い情報は24時間手に入れることができるまでに至った。しかし便利の裏では様々な
問題が起きている。特に私が注目したのは犯罪の低年齢化だ。昨年インターネットの
掲示板に悪口を書かれたことに腹を立てたこにより殺人事件にまで発展してしまっ
たことがあった。これは、一重に大人も子供も含め人間のコミュニケーションが生の
もではなく平面のものになってきてしまっているからだ。私はこのストーリーで相手
の表情をみること、直接話すこと、触れることの大切さを伝えたいと考えた。だが決
してデジタル技術を否定するわけではない。どちらがよくどちらが悪いと決めつける
ほど愚かなことはないからだ。大切なことは両方の存在を知ることであり、そうする
ことで技術は更に飛躍することができると考えている。
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演出について/表現においてのこの作品の目的は、映像の中の空気の表現があげら
れる。映像の中に空気を感じさせる事は、見る人を引きつけるとても有効な手段だ。
貴田庄氏著「小津安二郎のまなざし」※10にこのように書かれている。
「カメラは風そのものを撮ることはできない。しかし、煙突の煙や船上の旗が風にた
なびき風向計や換気扇がくるくると勢いよく回っているショットを撮ることで、
風の
吹いている様子を表現することができる」
黒沢明監督作品「七人の侍」※11では、侍と村人が野武士を倒すため作戦を企てて
少しずつ野武士を村の中に誘い込み、倒していくシーンでは灰を撒くことで馬や人が
走るたび足下に砂煙が舞いその戦いの激しさを演出するのに一役買っている。
宮崎駿監督作品「もののけ姫」※12では主人公あしたかが町人との話でいのししの
神がたたり神になってしまった理由の真実を知り怒りを感じた時に、下からわき上が
るような風を吹かせ髪や服をなびかせる事によりその時の主人公の感情を視覚的に
より効果的に演出している。
以上のように映画やセルアニメーションでは効果としての空気を表現するために
様々な工夫がなされてきた。そこで私は、パペットアニメーションにもこの演出で風
を吹かせる技術を取り入れたいと考えた。試しに、同じカットで人形の髪を動かして
風が吹いているように撮ったものと髪を動かさないで無風なように撮ったものとを
比較して見る事にした。前後に来るカット、風の吹き方によって印象は大きく変わっ
てくるがやはり風の吹いているものは、映像の中の世界をより近く感じる事ができた。
そこで私は人形の髪や、木に吊るされた布などを使う事で風を表現することにより、
作品の中の空気の存在を表現することにした。
問題なのは、物を動かして空気を表現できるものならば良いのだが、煙のように形が
なく触れられないものを表現することだ。これは、コマ撮りでは不可能である。綿や
他の素材で実験してみたが嘘っぽく見えてしまいそれであったら無いほうが見栄え
がよかった。ここで有効なのはCGだ。ここ数年で目覚ましい進歩を遂げてきたCG
は、映画はもちろんの事、テレビ番組やコマーシャルとCGはもはや映像表現におい
て切り離せないものになりつつある。CGならば現実には撮影しえない事を簡単に表
現できる上、見る人を驚かせる大迫力な絵づくりをする事がでる。今回の作品で
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は、CGでしか表現できない部分にエフェクトとして使用した。また背景に奥行きを
持たせたい部分には、写真を合成すれば作品の世界観に厚みを持たせることができる。
パペットアニメーションを個人で作るには極力セットは少なく押さえた方がよい。セ
ットを作る事も時間がかかる上撮影にもそれ以上の時間が必要とされるからだ。
それ
を考えるとこの背景の合成はとても有効な方法と言える。撮影後PHOTOSHOP
などのマスクで切り抜かなければならないという難点はあるが、セットを作るまでに
は至らない短いシーンなどで使用すると効果的だ。ただし、パペットアニメーション
の持ち味を崩さない程度に使用すると言うことだと考えている。
人形作の頭作りについて/3−B(キャラクターの考察)で書いたようにかわいら
しい印象を与えたいのならば頭を大きくした方がよい。人形によって話の伝わり方は
変り、同じ話であってもその話の印象は大きく変わってくる。話によってはリアルな
頭を持った人形の方が良いが、今回私は話から受ける印象をやわらいかいものにした
かったのでディフォルメした人形を作ることにした。一概にディフォルメすればよい
とは言えないがその話にあった人形を作れることが一番よいのだろう。
人形の胴体作りについて/ここが一番知識と技術を要求されるところだ。方法はい
くつかがあるが今回私が作ったやり方は一番基本的で個人でも作れる作り方だ。
素材
は部分によって使う素材は変えてある。撮影時に動かさなくてもよい部分は、硬化す
る粘土(スーパースカリピー)で、くちびるやまぶたは動かしたかったので油粘土で、
腕や足といった動く部分は、針金のような曲げることのできる素材を軸にしてその周
りにゴム(ラテックス)をつけて制作した。胴体は肩、銅、腰の3つの部分に分けて
そのうち肩と腰はバルサ材で切り出して作り、銅の部分はスポンジで作った。こうす
ることにより、体を折り曲げたり、後ろに反らしたりとアニメーションの幅がひろが
る作りになっている。他の方法には、※13「NIGHT
MARE
BEFORE
CHRISTMAS」や「死者の書」で使われている方法がある。人形にアーマチュ
アという金属製で間接の動く骨格をゴムで作った人形の中に入れて作るっている。し
かしこれは高度な金属加工の技術が必要だがこのアーマチュアができたらクオリテ
ィーの高いものが作れるのは確かだ。
14
人形の動き(演技)について/人形を演じさせるのにはとても難しい演技がある。
それは、歩くや走るといったものが挙げられる。歩かせる方法にも、歩行を補助する
道具を使って歩かせる方法、人形を上から天蚕糸で吊るし歩かせる方法、人形の足を
裏からビスで止め固定させながら歩かせる方法などがあるが、これらは個人でやるに
は難しい。今回私の方法はコルクでできた足をシルクピンで止め足を固定して歩かせ
る方法なのだがこれは時間がかかる上、なかなか思うように歩いてくれない。作品内
で不思議な生き物を追いかけるシーンがある。私は、早歩き程度の早さで歩かせたか
ったのだが走っているような早さになってしまった。また、物を受け取るという動作
も難しい。これは恐らく、人形が精巧にできていれば問題ないのかもしれない。しか
し、自分で作った人形ではこの動作をさせるのはとても苦労した。作品の中に若者が
老人に花を渡すシーンがあるのだが、結局同カットで撮る事ができず、いくつかにカ
ットを分ける事となった。今回はカット割ることで解決したが、次回は人形の精度と
自分の技術を上げて自分の思う演技を人形にさせらるようにしていきたい。
まとめと作品の改善点/今回の演出の目的であった風の表現を取り入れることは
できた。しかしまだこれは第一段階だ。風にも色々な種類あり、その風を表現してけ
るようになりたいと考えている。人形の作りに関して言えば、まだ作りが荒いという
ことだ。思うように動いてくれずコンテを変更することが度々あった。具体的に作り
変えていきたい所は足の部分だ。今回足は、コルクの塊を削って足の形を作くったが、
それをさらに3つに分けることにより足の動きに自由がでてきて歩かせやすくなる
と考えている。人形の動きでは、人形にあった動きを作れるようにしたい。まだ私の
技術が及ばず動かすことで手一杯になってしまい、キャラクターにあわせた動きを表
現するまでには至らなかったが、微妙な仕草にかんしてはよく動かせている。表面だ
けでなく動きの面でもキャラクターの独自性は表現できるということをこの制作を
とおして学ぶことができた。
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4:今後の展開の可能性
「独自の表現方法の開発とそれを使用した映像制作」と研究内容を位置付け大学院の
2年間作品を作ってきた。1年次では納得のいくものができず私自身悩んだ1年であ
ったが、
今回パペットアニメーションを制作することにより今後の自分が作ってみた
いものが漠然とだが見えてきた。今後考えられる可能性の一つとしてパペットアニ
メーションをベースに新しい表現方法を取り入れながら制作するということが挙げ
られる。
例えば実写の映像とパペットアニメーションの話がつながっているものであ
ったり、
アメリカテレビドラマ24※で使われているようなマルチスクリーンを使っ
たものであったりする。伝統的な作品を作るのもいいだろう。日本の文楽の人形は美
しくその動きは驚くほど優雅である。人形の頭の完成度はとても高く、その表情は生
き生きとして見える。文楽を超えるとまではいかないが、日本独自に育ったものを吸
収し自分なりに表現していければ面白いものができると考えている。
もう一つの可能性は、コマ撮りアニメーションをコミュニケーションのツールとして
使って行くことだ。私は2004年の冬に、南大沢柏木小学校の図画工作授業内で1
ヶ月かけてコマ撮りアニメーションの授業をする機会があった。そこでは子供たちが
ストーリーからキャラクター作り、編集にいたるまですべてをおこなった。初めは自
分の意見が言えなかった学生もアニメーションというフィルターを通すことで自分
の意見を言えるようになりしっかり参加できるようになっていた。コマ撮りアニメー
ションは、一つのものに同時に多くの人が参加できるという利点がある。そこで会話
が生まれ、お互いの意見をかわして行くことによりアニメーションを作ると同時にコ
ミュニケーションの取り方を楽しみながら学ぶことができると考えている。
まだ自分がどちらの方向に進んでいくかはわからないが、今まで続けてきたコマ撮り
実験映像の制作を続けつつ、見た人を明るくできるような作品をつくっていきたい。
この文章が、これからコマ撮り実験映像やパペットアニメーションを始める人のヒン
トとなることを望んでいる。
16
5:参考文献、参考作品一覧
※1「SPACY」1981年/10分/伊藤高志監督
※2「THUNDER」1982年/5分/伊藤高志監督
※3「フード(Jidlo)」1992年/17分/
ヤンシュワンクマイエル(Jan
Svankmajer)監督
※4「ウォレスとグルミッド(Wallace&Gromit)」1989年/23
分/ニック・パーク監督
※5「ニャッキ」/1995年/伊藤有壱監督
※6「チェブラーシカ」1969年/ロマン・カチャーノフ監督
※7http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/a
rubosei/bo_2.html(1月13日)
※8映像論「光りの世紀から記憶世紀へ」1998年/港千尋著/NHKブックス
※9「死者の書」/2005年公開予定/川本喜八郎監督
※10「小津安二郎のまなざし」1999年/貴田庄氏著/晶文社
※11「七人の侍」/1954年/黒沢明監督
※12「もののけ姫」/1997年/宮崎駿監督
※13「NIGHT MARE
BEFORE CHRISTMAS」/1993年
/ティムバートン監督
※14「24」/2001年/ジョエル・サーノウ/ロバート・コクラン監督
17
6:研究者作品図録
■「逃飛」
■「東京大学医科学 感染・免疫大部門
免疫調節分野 WEB制作」
■BANCYAOZ プロモーション映像
■「count」
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7:大学院前期課程/映像作品
■「迷道」
■「TIME LINE」
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7:大学院前期課程/映像作品図録
■「やわらかな時」
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