飼料用米の現状と将来 - 日本SPF豚研究会

日本SPF豚研究会
飼料用米の現状と将来
飼料用米の現状と将来
信 岡 誠 治(東京農業大学農学部)
Nobuoka, S. (2013) The present situation and future of rice for feeding
All about SWINE 42, 3-8
はじめに
あった。2008 年から本格的に政策的に取り上げ
近年,
「飼料用米」という言葉がよく聞かれる
られるようになり点から面への拡大となり,6 年
ようになった。名前のとおり家畜の飼料用に生産
後の 2012 年には 3 万 4,656ha と急拡大してきて
した米で自給飼料穀物として政府が推進している
いる(図 1)。
ものである。わが国で飼料用米が本格的に生産
しかし,2012 年の飼料用米の作付面積は 3 万
されるようになったのは比較的に最近のことであ
4,656ha,前年比 2.6%増にとどまっている。東日
る。振り返ってみると飼料用米増産の政策的取
本大震災の影響や食用米の値上がりによる加工用
り組みがスタートしたのは 5 年前の自公政権下で
米の需給逼迫で飼料用米から加工用米へのシフト
あった。それ以前の 2006 年当時の飼料米の作付
などが背景にあるとみられる。
面積はわずか全国において 104ha で点の存在で
こうした中で昨年 12 月の衆議院選挙で与党の
民主党が大敗,自民党が圧勝し,自公政権への政
ha
40,000
権交代となった。この政権交代により民主党政権
33,939
35,000
34,656
下で本格化した飼料用生産米の土台であるである
戸別所得補償制度の見直しと法制化をどう進める
30,000
のかが課題となってきているのが昨今の状況であ
25,000
る。
20,000
穀物価格高騰で改めて注目される飼料用米
14,883
15,000
15,000
昨年は米国での干ばつ被害によりトウモロコシ
10,000
は 10%以上の減産となり,穀物相場は史上最高
値を更新するなど世界の穀物需給はタイトな状況
4,129
5,000
1,611
104
292
2006
2007
に陥っている。加えて米国内では石油の代替燃料
0
2008
2009
2010
2011
図1 飼料米の作付面積の推移
図 1 飼料用米の作付面積の推移
出所:農林水産省「水田活用の所得補償交付金
における作付計画面積」より
2012
(バイオエタノール)の原料としてトウモロコシ
生産の約 3 分の 1 が振り向けられ穀物需給の逼迫
に拍車がかかっている。
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その結果,養豚経営の安定と飼料自給率向上策
の一環として,改めて飼料用米に注目が集まって
戦略作物助成で飼料用米へは 8 万円 /10a を交付
いる。養豚の主原料であるトウモロコシ相場その
政府の農業者戸別所得補償制度の一環としてス
ものは,最近は少し落ち着いた動きを見せている
タートした飼料用米等への戦略作物助成は飼料用
が,依然として高値水準にある。さらに日本の政
米の増産の大きなインセンティブとなっているこ
権交代で円高傾向から円安傾向へ大きく方向転換
とは確かである。戦略作物助成として発足した
するなかで配合飼料価格のさらなる値上げも懸念
飼料用米等への直接支払の対象作物と交付単価は
され,養豚経営は厳しい状況が続くと予想されて
「麦,大豆,飼料作物が 10a 当たり 3.5 万円」,
「米
いる。
粉用米,飼料用米,WCS用稲が同 8 万円」,「そ
ば,なたね,加工用米が同 2 万円」である。ちな
急拡大している飼料用米の作付面積
みに,米(食用米)に対する所得補償交付金は 1.5
飼料用米の生産が急拡大してきた要因に大きく
万円 /10a と米価変動補てん交付金(当年産の販
2 つある。一つは,2008 年当時において世界的な
売価格が標準的な販売価格を下回った場合,その
不作で穀物価格が値上がりし配合飼料価格が高騰
差額を補てん)にすぎない(表 1)。
したこと。もう一つは政府による水田での飼料用
米生産の推進がはじめられたことである。飼料用
表 1 水田活用の所得補償交付金の戦略作物助成単価
米等の戦略作物を生産する農業者に対して,食用
対象作物
交付単価
米並みの所得を確保し得る水準の交付金を面積払
麦,大豆,飼料作物
3.5 万円 /10a
米粉用米,飼料用米,WCS用稲
8.0 万円 /10a
そば,なたね,加工用米
2.0 万円 /10a
いで直接支払するというもので,飼料用米等につ
いては 10a 当たり 8 万円が直接支払いされている。
飼料用米へ 10a 当たり 8 万円を直接支払うという
出所:農林水産省「農業者戸別所得補償制度の概要」2012 年
4 月版
骨格は自公政権下で固まったものであるが,民主
党政権に移行する中で農業者戸別所得補償制度の
すなわち,圧倒的に飼料用米等の交付金単価が
重要な柱として位置づけられ 10a 当たり 8 万円の
高く,米価水準によっては食用米を生産するより
直接支払いするという政策は引き継がれたのであ
は飼料用米などの新規需要米を生産したほうが有
る。
利となる制度となったのである。これに加えて,
しかし,急拡大してきていた飼料米の作付面積
飼料米には「耕畜連携助成」として稲ワラを畜産
の伸びは,2012 年には一段落しているのが現状
農家に供給するなどの場合は 1.3 万円 /10a が追
である。この要因は加工用米の価格が上昇し飼料
加して交付されている。これまでにない思い切っ
用米から加工用米にシフトしたこと,一昨年 3 月
た政策転換として評価できよう。
の東日本大震災による津波被害に加え,福島第一
原発事故で食用米の需給がタイトとなり米価が上
飼料用米の計画生産量は 18 万 3 千t強
昇したことが影響したとみられている。
飼料用米の作付面積の強拡大により生産量も急
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飼料用米の現状と将来
増してきている。2012 年産の飼料用米の計画生
り,牛肉や牛乳は限定的ある。まだ,飼料用米を
産量は 18 万 3,400t で,これは輸入トウモロコシ
給与した畜産物の生産量が限られていることから
を運搬している 6 万 t のパナマックス船 3 艘に相
量販店や食品スーパーでの店頭で見かけることは
当する量である。飼料用トウモロコシの年間輸入
ほとんどないのが現状である。
量が約 1,200 万 t であるので,トウモロコシの輸
入量に占める割合はまだ 1.5%にすぎない。しか
飼料用米の生産と流通の課題
し,世界的な穀物相場の動向に左右されない国産
飼料用米の生産が面積的には急速に拡大してい
自給飼料穀物として畜産農家の期待は高い。
るが,そこにはいくつかの課題も浮上してきてい
るのが現状である。
200,000
一つ目は収量(単収)が伸びてきていないこと
t
である。飼料用米向けの多収品種は北海道から九
183,000183,400
180,000
160,000
州まで 10 品種以上開発されてきているが,現場
140,000
への普及・定着は進んでおらず現状では大半が既
120,000
存の食用米品種での対応である。
こうした多収品種の導入が進まないことに加
100,000
81,200
80,000
え,多収栽培技術の普及・定着も進んでいない。
60,000
このことが単収が伸びない大きな要因とみられ
40,000
る。
24,300
24,300
20,000
600
1700
9,500
二つ目は飼料用米の流通コストが高いことであ
0
2006
2007
2008
2009
2010
2011
る。食用米と同じ流通コスト(保管料,運賃,手
2012
数料など)を取られているところが多く,飼料用
図2 飼料用米の計画生産量の推移
図 2 飼料用米の計画生産量の推移
出所:農林水産省「新規需要米の用途別認定状況の推移」より
米の価格が 1kg 当たり 30 円だとするとそれに匹
敵する手数料等が差し引かれ,飼料用米を生産し
飼料用米の活用は養豚・養鶏が大半を占める
ている稲作農家の手取りは「0 円」という話は現
飼料用米に先駆的に取り組んだのは山形県で養
場でよく聞かされるところである。なかには,飼
豚経営を行っているH牧場とSM農協,生協,全
料用米の価格よりも流通コストの方が高く,増収
農である。消費者と生産者が直接結びついた取り
すればするほど赤字が増える(交付金からの持ち
組みとして先進事例として評価されているが,こ
出し)
という稲作農家も出ているのが実情である。
の取り組みをリードしてきているのは生協であ
これは飼料用米に合った新しい物流体系や保管方
る。政府が飼料用米を本格的に推進するように
法が現場に普及していないことが要因である。 なってからは,全国各地の生協も一斉に新たな戦
三つ目は現状の交付金制度がいつまで続くか疑
略商品として飼料用米を給与した畜産物の取り組
問を持っていることである。需要者側の畜産農家
みを進めているが,その大半は豚肉や鶏卵であ
も供給側の稲作農家もいつか政策が変わり,交付
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金単価がいつか削減されるのではないかという疑
で 10 a 当たりの生産コストや流通コストを下げ
念を抱いており,経営の柱として取り組むには盤
るにはどうしたらよいか,栽培体系や流通体系を
石ではないので,様子見でとりあえず取り組んで
基本から見直し 再構築してみることが求められ
みようという農家が多いことである。
る。 また,とくに稲作農家においては感情的な問題
そこで,具体的な方策について整理してみると
も現場には根強く残っているように見受けられ
次のような方策が考えられる。
る。本来人間が食べるべき米を家畜のエサにする
①飼料用米の生産と利用ついての政府における推
のはいかがなものかという考え方である。他方,
進体制の整備を
筆者らの消費者へのアンケート調査では,米をエ
飼料用米に対する直接支払の交付金(8 万円/
サにすることへの抵抗感はほとんど見られなく
10a)が実施され,飼料用米の位置付けは高まっ
なっている。
てきているが,政府の飼料用米の担当窓口が明確
化されていないなど,推進体制は未だ整っていな
飼料用米増産と定着の方策
い。これを克服するには早急に政府における推進
飼料用米の本格的増産と定着へのカギは,単収
体制を整備する必要がある。
の大幅な向上と,新たな栽培体系の構築によるコ
②直接支払の交付金は面積払いと収量払いの組み
ストダウンにある,といっても過言ではない。
合わせに改善を
これまで飼料用米の栽培体系は,食用米と同様
現行の直接支払の交付金のあり方については,
の慣行栽培体系でよいとされてきた。しかし,慣
現在は「一律に面積当たりの定額交付金」となっ
行の栽培体系で飼料用米を生産しても,収量はよ
ているが,「面積払いと収量払いの組み合わせの
くとれても 3 割程度(玄米換算で単収 700 kg 台)
交付金制度」に改善することが必要である。 の増収でしかなく,生産コストは思ったほど低下
現行制度では,手数料・物流コスト・保管コス
しない。
トが高いためなるべく収量が低い方が稲作農家は
飼料用米の大幅なコストダウン(kg 当たり 30
手元に残る交付金が多いというのが実情である。
円台)を実現するには,単収(10a 当たりの収量)
少なくとも収量増となった場合に不利益とならな
の大幅な向上とともに,従来の栽培体系と異なっ
いように面積払いと収量払いの組み合わせで単収
た新たな栽培体系(品種,施肥体系,栽培管理)
を上げていくインセンティブを上げていく仕組み
や流通体系を導入することが必要である。
に改善する必要がある。
単収が 2 倍になると,生産コストは単純に計算
③飼料用米実需者への助成等を
すると 2 分の 1 に引き下げることができる。この
現行制度では,飼料用米の作付け稲作農家へは
水準でも現在の輸入トウモロコシ価格の kg 当た
交付金が交付されているが,飼料用米を利用して
り 20 円台とは大幅な開きがあり,飼料用に利用
いる畜産農家には,農政事務所からの横流れ防止
するには高すぎる。したがって,飼料用米の生産
の立ち入り検査や書類作成の手間がかかるだけ
コスト削減方策を考える場合は,単収 1 tレベル
で,特段のメリットはないのが実情である。そこ
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飼料用米の現状と将来
水田への堆肥散布作業
飼料用米の収穫作業
で,畜産農家段階での飼料用米の流通・保管施設
料用米の生産,流通,利用,堆肥の活用まで地域
への助成制度を設けていくべきである。
で資源循環するビジネスモデルを構築することを
また,飼料用米の生産コストを下げて行くには
考えるべきである。もっと踏み込んで言えば耕畜
投入資材である肥料費を下げていくことが求めら
統合のビジネスモデルの構築である。 れるが,畜産農家が稲作農家に提供する堆肥につ
具体的には,畜産農家自身が飼料用米を生産・
いて,堆肥代の助成や堆肥の散布助成を設けてい
流通・利用することでコスト管理ができるよう
くことも必要である。
な形にしていくことも考え実行していくことであ
④飼料用米の生産コストダウンへ向けた基盤整備
る。もちろん,地域の稲作農家との軋轢を生じな
を
いように,行政などと連携して農地の集積や集団
民主党政権下では圃場の基盤整備予算が大幅に
化を進め,思いきった規模拡大やコストダウンを
削減されたが,真に飼料用米の生産コストを下げ
図って,現場から新しい畜産農業ビジネスモデル
ていくためには圃場の大型化とともに深水管理が
を構築していく必要がある。
できる圃場づくりなど基盤整備が重要である。ま
そして地域での飼料用米の生産・流通・利用の
た,水田圃場の面的集積と団地化で機械の作業効
優良事例を広く世の中にPRし消費者に真に安全
率を上げ大幅な省力化を図っていくことが必要で
で安心な国産の畜産物を提供していく目で見える
ある。
形で,実効性のあるPRを継続していく必要があ
⑤日本型の飼料用米を軸とした農業畜産ビジネス
る。これを本格的に推進していくと,畜産を核と
モデルの構築を
した新しい農業畜産のビジネスモデルが構築でき
畜産農家と稲作農家を対立的な関係で捉えるの
よう。
でなく,お互いが地域のなかで必要な存在である
という補完関係にしていくべきである。耕畜連携
おわりに
が進められているが稲わらの利活用だけでなく飼
政府は 2020 年度に食料自給率 50%達成を目標
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とする新基本計画を公表している。戸別所得補
ていけば飼料用米を軸とした農業畜産のビジネス
償制度の導入を柱とした政策転換のなかで,飼料
モデルは夢ものがたりではない。
用米を戦略作物として位置づけたことは評価で
G県で家族経営の養豚経営を行っているS牧場
きる。その中で,飼料自給率は 2008 年度の 26%
(母豚 70 頭の一貫経営)では,平成 18 年から飼
から 2020 年度には 12 ポイント引き上げて 38%
料用米に取り組んでいるが,現在は自分でも飼料
にするとしている。また国産飼料穀物を中心とし
用米を 12ha 栽培するとともに地元の稲作農家と
た濃厚飼料の自給率は 2008 年度の 11%から 2020
の契約で約 50ha 分の飼料用米を調達し,飼料用
年度には 17%に引き上げていくとしている。そ
米を約 6 割の割合で自家配合し給与している。問
の重要な柱となるのは飼料用米の増産である。
題となる糞尿処理も,糞尿を固液分離し糞は堆肥
しかし,政府の飼料用米そのものの生産目標
化し圃場に還元,尿は曝気処理して水田への液肥
は,2020 年度に 70 万tとかなり抑えた目標となっ
として利用している。
ている。これは飼料用米の増産が必ずしも食料自
飼料用米に取り組んだ結果,地域とのつながり
給率の向上には結びつかないという観念が働いて
が増え,養豚農家ではわからなかったことが発見
いるためだと考えられる。筆者らの計算では飼料
でき「地域との関わり」が強くなった。また,飼
効率の高い畜種に飼料用米を給与すれば,食料自
料用米を給与した豚は増体も良く,脂肪がきれい
給率は向上する。
な
「白色」
となり,脂肪の融点が低くなり味もすっ
将来的には,水田をフル活用し 100 万 ha 規模
きりとしたものとなり消費者の評価も良いとして
で飼料用米を生産すれば 1,000 万t規模での飼料
いる。飼料用米でもって飼料穀物原料を自給でき
用米の生産も夢ではない。そうすれば,食料自給
るようになれば経営としては盤石なものとなる。
率 50%の目標に大きく近づけることができる。
地域密着型の地場産業としての養豚経営を構築す
さらに戸別所得補償制度の見直しと関連して多
る武器として飼料用米への期待はこれからますま
面的機能を加味した直接支払い制度の構築を図っ
す高まるであろう。
−8−