母親による乳幼児のピア・マネージメントとその関連要因

母親による乳幼児のピア・マネージメントとその関連要因
−母親の精神的健康とソーシャル・サポートの観点から−
The relationships among mothers peer management for their preschool children,
mothers mental health, and social supprts
酒 井 厚
Atsushi SAKAI
目 的
少子化が進む現代のわが国では、子どもが仲間関係を形成する機会の減少を懸念する声が高まって
きている。従来の発達心理学分野の研究は、仲間関係が子どもの社会性の諸側面(協調・共感性、自
尊感情、道徳性など)やパーソナリティの発達、社会的適応を左右する重要な要因であることを示し
てきた。例えば、就学前期の子どもが仲間との遊びやいざこざを通じて共感性や自己主張性を発達さ
せるという結果(丸山,1999)や、児童・思春期の友人や親友が子どもの学校での孤立感を防ぎ、勉
学を含めた様々な面での学校適応を支えるという報告である(Cassidy & Asher, 1992; Parker & Asher,
1993;酒井・菅原・眞榮城他,2002)
。このように、仲間関係の形成が困難な現状は子どもの心理社会的
な発達や適応を支える存在が少なくなることを意味し、早急な対応が求められていると言えよう。
親は子どもの仲間関係の形成を促すことができる重要な存在の一人である。しかし、親子関係に関
する従来の研究が養育態度についての検討を豊富に重ねてきた一方で、子どもが仲間と遊ぶための場
や機会をどれだけ設定・管理できているかのピア・マネージメントに注目したことはほとんどなかっ
た(Tilton-Weaver & Galambos,2003)
。その理由には、仲間関係は学校を舞台に自然に形成されていく
という考えが強く、養育の一部として十分に認識されてこなかったことがあげられる。しかし、学校
の統廃合や児童数の学校間の不均衡が進行する現代社会では、子どもが放課後に学外で友人と会って
遊ぶことが難しい状況であったり、子ども数が非常に少ない学校環境で過ごす場合が少なくない。そ
のため、これからの社会で子どもが仲間関係を形成していくには、親が意識的に環境を整えていくこ
とがより必要となっていくであろう。本研究では、こうした親による子どものピア・マネージメント
に着目し、就学前の子ども(0-6歳)がいる母親に実施した調査からその実態について報告する。
さて、親による子どものピア・マネージメントに関する研究を進展させていく1つの方向性は、ピ
ア・マネージメントに関連する心理的要因を検討することにあると考えられる。親の養育態度に関す
る従来の研究を参考にすれば、関連要因としてまず挙げられるのは母親の精神的健康状態であり、母
親の育児ストレスやそれに伴う精神的不健康状態(Cochran & Niego, 1995; Sakai, 2005; 佐藤・菅原・
戸田他, 1994)
、抑うつ症状(Cicchetti & Lynch,1995; Martins & Gaffan, 2000; 菅原,1997)が高い場合
に不適切な養育が助長されるという結果が数多く報告されてきている。また、親の養育態度の悪化を
防ぐとされるソーシャル・サポートも関連要因として重要なものの1つと考えられよう。夫が母親の
家事・育児を手伝うことが母親の良好な養育態度を保つとする直接的で道具的なサポートの重要性や
(Roggman, Moe, Hart, & Forthun, 1994; 諏訪・戸田・堀内,1998)、夫や実母、友人などからの情緒的
なサポート(悩みを聞く、気分転換に付き合うなど)が母親の育児ストレスを軽減することで養育態
度の悪化を防ぐという結果(Koeske & Koeske, 1990; 伊藤・池田・川浦,1999;難波・田中,1999)か
らすれば、夫や親族、友人など多様な他者からのサポートは、直接・間接的に親によるピア・マネー
ジメントに影響を与えることが予想される。とくに、同時期に子育てを経験している友人(いわゆる
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ママ友)からのサポートは、母親が子どもが仲間と遊ぶための場や機会を設定・管理する場面で少な
からず影響を与えることであろう。
本研究では、従来の養育態度に関する研究を参考に、母親の育児ストレスや精神的不健康度、ソー
シャル・サポートが子どものピア・マネージメントとどのように関連しているかについて探索的に検
討する。
方 法
1)
対象者
本研究の対象家庭は、全国規模の多胎児子育て支援サークルの協力を得て調査依頼への同意を得た
0∼6歳の双生児のいる122家庭である。平成21年3∼4月に郵送法により質問紙調査を実施し、保
護者1名(全家庭が母親が記入)に回答を依頼した。対象家庭の双生児の内訳は、一卵性双生児が41
家庭、同性二卵性が42家庭、異性二卵性が36家庭であり、その他の家庭の卵生は不明であった。また、
子どもの発達段階ごとの内訳は、乳児期(0-2歳)が36家庭、幼児期前期(3-4歳)が39家庭、幼
児期後期(5-6歳)が47家庭であった。子どもの平均月齢は50.5ヶ月、
母親の平均年齢は38.3歳であっ
た。保育所・幼稚園に通所していたのは95家庭であった。
2)
調査内容
①ピア・マネージメント尺度
親による児童期の子どものピア・マネージメント尺度(Tilton-Weaver & Galambos, 2003)の邦訳版
(酒井,未発表)を基に、乳幼児に適応可能な項目を選定し一部改変して使用した。オリジナルのピ
ア・マネージメント尺度は、子どもの仲間関係の斡旋、子どもの仲間の情報収集、子どもの仲間関係
の管理の3カテゴリーから構成されるが、本研究ではその中で「子どもの仲間関係の斡旋」に関わる
3項目を改変して使用している。具体的な項目は表1に示すとおりであり、調査時点から過去1ヶ月間
にどれぐらい実施したかを、5:ほとんど毎日した、4:5∼6回程度した、3:3∼4回程度した、
2:1∼2回程度した、1:まったくしていない、までの5件法で回答を求めた。全3項目の内的整
合性を示すα係数が.72であり尺度の信頼性は充分であると判断されたことから、本研究では3項目
の合算をピア・マネージメント尺度得点として使用することにした。
②育児ストレス尺度
持田(2007)による育児ストレス尺度を使用した。この尺度は、育児における親の充実感、成長感、
負担感、不安感の4カテゴリー(8項目)から構成されており、今回はそのうちで双生児の育児に対
する質問として回答可能な6項目を選定して使用した。各項目は、 ふたごの子育てが楽しいと心から
思う(逆転項目)、 ふたごを育てることに充実感を味わっている(逆転項目)、 ふたごの子育てに
自信が持てるようになった(逆転項目)、 ふたごの子育てのためにいつでも時間に追われていて苦し
い 、 ふたごの子育てが重荷に感じられる 、 ふたごの子どもがうまく育っているか不安になる であ
り、5:あてはまる∼1:あてはまらないまでの5件法で回答を求めた。肯定的な内容の項目の得点
を逆転した後に算出した全6項目のα係数は.80であることから、本研究では6項目の合算により育
児ストレス得点を表すことにした。
③精神的不健康度
Goldberg(1972)が作成したThe General Health Questionnaireを邦訳した日本版GHQ精神健康調査票
の短縮版(成田,2001)を使用した。本尺度は、ここ数週間における精神的に不健康な状態の程度を
測定する12項目から構成され、不完全な文章の末尾を選択して回答する形式となっている(例、 心配
事があって、よくねむれないようなことは の末尾を、まったくなかった、あまりなかった、あった、
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(酒井)
たびたびあった、の4つから選択)
。各項目は1∼4点までの4段階で評定され、得点が高いほど精神的
に不健康な状態であることを示す。この尺度に関しても、全12項目のα係数が.78であり信頼性が認
められ、本研究では12項目の合算を精神的不健康度得点として使用することにした。
④子育てに関するソーシャル・サポート
酒井(2009)が作成した子育てサポート・ネットワーク尺度を使用した。この尺度は、母親が子育
てについて相談する相手とその頻度を14の対象それぞれについて評定してもらうものであるが、本研
究ではそのうち家族・親族に該当する5対象と、友人に該当する4対象からのサポートについて4:
いつもしている∼1:したことはないまでの4件法で回答を求めた。家族・親族に該当する5対象と
は、a)配偶者、b)自分の親、c)自分のきょうだい・親戚、d)配偶者の親、e)配偶者のきょうだい・親
戚であり、友人に該当する4対象は、f)自分の友人・知人、g)配偶者と共通の友人・知人、h)
子育てサー
クルの仲間、i)インターネットのメーリングリストなどの仲間であった。家族・親族に該当する5項
目のα係数は.56、友人に該当する4項目のα係数は.67であった。本研究では、それぞれの項目群の
合算を家族・親族からのサポート得点と友人からのサポート得点として使用することにした。
結 果
1)
子どもの発達段階によるピア・マネージメント尺度の得点比較
はじめに、母親による子どものピア・マネージメントの実態として、子どもの発達段階(乳児期:
0-2歳、幼児期前期:3-4歳、幼児期後期:5-6歳)や双生児きょうだいの性別の組み合わせ(男
子ペア・女子ペア・男女混合ペア)により得点がどのように異なるかを検討した。子どもの発達段
階と性別の組み合わせを独立変数とする2要因の分散分析を実施したところ、 子どもが家庭内外で
お友だちと遊ぶための場を設定した の項目に関して発達段階による主効果が見られた(F[2,112]
=5.16, p<.01)
。多重比較の結果、幼児期後期の方が乳児期に比べて有意に得点が高いことが示された。
3項目の合算であるピア・マネージメント得点についても同様な結果であった。子どもの発達段階に
よるピア・マネージメントの各項目得点の回答分布を表1に、平均得点と標準偏差および分散分析の
結果を表2に示す。
表1 子どもの発達段階ごとのピア・マネージメント項目の回答分布
つぎに、子どもの発達段階によって母親が優先するピア・マネージメントの内容が異なるかどうか
を検討した。ピア・マネージメントの種類と双生児きょうだいの性別の組み合わせを独立変数とする
混合計画の2要因分散分析を実施したところ、ピア・マネージメントの種類に主効果が見られた(F
[2,112]=5.16, p<.01)
。子どもの発達段階ごとにピア・マネージメントの種類に関する被験者内のt
検定を実施した結果、乳児期と幼児期前期では3項目間すべての得点の違いが有意であり、 子どもが
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お友だちをつくれるような場所に連れて行った 、 子どもが家庭内外でお友だちと遊ぶための場を設
定した 、 子どもが家庭外でお友だちと遊ぶための特別な活動をした の順に得点が高くなっていた。
また、幼児期後期に関しては、 子どもがお友だちをつくれるような場所に連れて行った と 子ども
が家庭内外でお友だちと遊ぶための場を設定した の間には有意差が認められず、この両項目得点が
子どもが家庭外でお友だちと遊ぶための特別な活動をした よりも有意に高くなっていた。以上の
結果から、母親が優先するピア・マネージメントの内容は、子どもが幼児期後期になると異なること
が示唆された。
表2 子どもの発達段階によるピア・マネージメント尺度項目の得点比較
2)
母親による子どものピア・マネージメントに関連する要因
母親による子どものピア・マネージメントに関わる要因を検討するため、母親の育児ストレス、精
神的不健康度、子育てに関するソーシャル・サポートの各変数との相関係数を算出したところ、精神
的不健康度の間に有意な負の関連(r=-.22, p<.05 )が、子育てに関する家族・親族からのサポート(以
下は家族・親族サポートと略記)との間に正の関連(r=.19, p<.05 )が、子育てに関する友人からのサポー
ト(以下は友人サポートと略記)との間に正の関連(r=.27, p<.01 )がそれぞれ見られた。また、育児
ストレスと精神的不健康度の間に正の相関(r=.45, p<.01 )
、家族・親族サポートと友人サポートとの
間に正の相関(r=.24, p<.01 )が得られた。これらの結果から、精神的不健康度とソーシャル・サポー
トはピア・マネージメントと直接的な関連があるが、育児ストレスは精神的不健康度を介してピア・
マネージメントと関わることが示唆された。
この相関結果と従来のストレスモデルに基づく養育態度に関する研究(佐藤他,1994)を参考にして、
本研究で使用する変数間の関連を図1に示すパスモデルとして仮定し共分散構造分析によりその適合
度を検討した。なお、ピア・マネージメントは子どもの発達段階により異なることが予想されたので、
今回はその違いも合わせて検討する多母集団同時分析を行った。多母集団同時分析では、各群(この
場合は乳児期、幼児期前期、幼児期後期)でモデルの構造が同じと仮定しパラメータ(観測変数から
潜在変数へのパスと共分散)を等値に置く場合(等値制約モデル)と、群により構造が異なると仮定
しすべてのパラメータを解放した場合(解放モデル)のどちらが最適かを比較する。本研究の場合は
3群間の比較のため、表3に示す5つのモデルから最も適合度の高いものを採用することにした。モ
デルの適合度指標には、
一般的に使用されるAGFI(.90以上が適当)とAIC(相対的に値が低いほど適当)
のほかに(豊田,1992; 山本・小野寺,1999)
、多母集団同時分析の場合によく使用されるRMSEA(1自
由度あたりのモデルのあてはまりを示す指標で.05以下が適当,
詳しくは豊田[2001]を参照)を用いた。
解析の結果、どの年齢段階の場合にもモデル構造が同じと仮定したモデル1が最適であると判断され
た。
図1に示した最終モデルの結果から、ストレスモデルに基づく養育態度に関する結果と同様に、母
親の育児ストレスは精神的な不健康さを高めることによってピア・マネージメントを低下させること
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(酒井)
表3 多母集団同時分析における各モデルの適合度比較
が示唆された。また、ソーシャル・サポートとの関連については、家族・親族サポートも友人サポー
トも母親の育児ストレスや精神的な不健康さを抑える防御要因としては認められなかったが、友人サ
ポートがピア・マネージメントに直接的に関わることが示された。
図1 母親のピア・マネージメントに関連する要因モデル
考 察
本研究では、乳幼児の子どもがいる母親を対象にした調査から、子どものピア・マネージメントを
どの程度実践しているかの実態とピア・マネージメントの程度に関わる要因について検討してきた。
実態に関しては、母親のピア・マネージメント行動は子どもの成長に伴い多くなり、子どもが仲間を
作れるような場を設定したり、仲間がつくれそうな場所に連れていったことが幼児期後期になっても
一度もない母親は14-17%程度であることがわかった。また、発達段階によって母親が優先するピア・
マネージメントの内容は異なり、乳児期から幼児期前期にかけては母親が子どもを連れ出して仲間関
係の発達を促すことが多いのに対し、乳児期後期では子どもを連れ出すとともに家庭内外で仲間と遊
べる場を設定することにも積極的になることが示されていた。こうした結果は、母親が子どもの発達
レベルに合わせて仲間関係を形成するための頻度や方法を変えていく実態を示しており、今後は小学
生以降の子どもにも対象を広げ、母親のピア・マネージメントの変化を長期的なスパンから検討して
いきたいと考えている。
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母親のピア・マネージメントの程度に関わる要因については、従来のストレスモデルに基づく養育
態度の研究結果(佐藤他,1994)と同様に、育児ストレスが母親の精神的健康を損ねることで子ども
のピア・マネージメントを低下させるというパスが見られた。この結果はあくまで横断的データによ
るものであるが、育児ストレス由来の母親の精神的な不健康さが、子どもへの直接的な養育態度ばか
りでなく、子どもの環境設定という間接的な養育にも影響を与える可能性が示唆されたという点で重
要である。冒頭でも述べたように、子どもの社会性やパーソナリティが仲間関係でのやりとりによる
影響を受けて発達していくことを考えれば、精神的に不健康となった母親に代わり仲間関係を形成す
る機会を提供する存在が子どもの健やかな成長には必要であると言えるだろう。母親の子どもへの直
接的な養育の代わりを務めることは難しく、
代役を担える存在は家族や親族に限られる。しかし、
ピア・
マネージメントを代行することにはそれほどの困難はないと思われ、同年齢の子どもの育児に携わる
母親が自分の子どもと一緒に遊びに連れて行くことは想像に難くない。本研究のソーシャル・サポー
トに関する結果でも、育児に関する友人からのサポートがピア・マネージメントを直接的に高めるパ
スが見られており、母親の代わりに友人のだれかがその役割を担うという状況が結果に反映されてい
ることが伺われる。母親自身の友人ネットワークが機能していることは子どもの仲間関係を促進する
点においても重要であり、子育て中の母親同士が関わり合える機会をさらに設ける必要性が示唆され
たといえよう。
最後に、本研究では今後に残された課題がいくつか認められた。1点目は、本研究の対象者が双生
児の母親であることから、単胎児の親と比較すると育児の負担や、子どもにきょうだいがいることで
ピア・マネージメントの必要性に違いがある可能性を否定できないことである。今後は、きょうだい
のいる単胎児や一人っ子などにも調査を実施し、本研究の結果と比較して検討していきたい。2点目
は、従来の研究とは異なり、本研究で用意したソーシャル・サポート尺度が育児ストレスと精神的健
康のどちらとも関連していなかったことである。その理由としては、今回のサポート尺度がそれぞれ
の対象からの情緒的サポートを単項目で尋ねていたことが考えられ、今後は物理的なサポート内容も
含めた複数項目から評価し、それぞれの対象ごとの関連から検討していきたいと考えている。
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本研究は、文部科学省科学研究費若手B(少子化社会における子どもの仲間関係の発達メカニズム
の解明:0歳からの縦断的検討[代表者:酒井厚]
、課題番号 : 19730385)に基づき実施した。
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