74-7 - 日本測量調査技術協会

1999年
12月
APA No.74-7
日本測量調査技術協会
非接触三次元計測システムによる
トンネル内空断面変状計測
中
1.技術開発の概要
も注目されている災害の一つである。
1.1
1.2.2 地盤変動
技術開発の目的
この技術開発は帝都高速度交通営団地下鉄(以下
島
保
関東平野は沈降盆地であり、長い地質年代の過程で
営団地下鉄)の運行安全管理改善の一環として地下鉄
3千メートルに及ぶ堆積層が形成されている。この層
トンネルの内空断面計測システムの改善を行った事例
は土粒の間に多量の水分を含んでおり、地下水を工場
である。
あるいはビル冷房の冷却水等として利用した経緯が
安全管理対策としては種々の方法が実施されている
あったことから激しい地盤の不等沈下が引き起こされ
が、地下鉄トンネル内空断面の変状を精密に測定し、
ていた。現在は地下水の汲み上げを規制していること
トンネル構造物に加わる応力を推定し、安全を確保す
から沈下量は少なくなっているが地層構造等による不
る事は有力な方法の一部をなしている。
等沈下が構造物に影響を与える事が懸念される.
1.2
1.2.3 地下空間の高度利用
技術開発の背景
1.2.1 地震と地殻変動
首都圏は都市の発達が高度に進んでおり、空間利用
日本は太平洋及びフィリピン海の海洋底プレートが
は高層化に加えて地下空間の高度利用も進んでいる。
北米及びユーラシアの大陸プレートに潜り込む地帯に
このため地下構造物の建設に伴う応力の変化も地下鉄
あり、地殻運動によって生じた弧状列島である。
トンネルに影響を与えている。
このため、世界でも最も激しい地震、火山帯に属
し、地殻活動が盛んである。
このような背景のもとで、都市交通の動脈となって
いる地下鉄の安全管理はゆるがせにできないものと
このような地殻活動の結果、地下構造物には地殻歪
みによる外力が蓄積され、また、プレート境界型大地
なっている。
1.2.4
震や、規模は大きくなくとも被害が甚大となる内陸直
下型地震による破壊的な力が加わる。
安全管理に対する要求
阪神淡路震災等を背景として、土木構造物の設計法
についても見直しが始まっている。
首都圏はユーラシア・プレート、北米プレート、太
阪神淡路大震災では都市内高架橋が倒壊するなどの
平洋プレート、フィリピン海プレートの交会部にあた
大きな被害を受けた教訓を踏まえて構造物に対する安
り、1923年には関東大地震が発生し、死者及び行方不
全対策が研究されつつある。地震に関する安全管理に
明者14万余人の大災害を被った。また、東海地震の発
ついて関連内容を地道に検討し、万全の対策を講じて
生が予測されており、大規模地震対策特別法が制定さ
おく事が要求されている。
れ、対策が強化されている。更に首都圏直下型地震に
対する防災対策も検討されている。人口密集地帯にお
ける直下型地震の被害の大きさは1995年発生した阪神
地震災害(死者5千人以上)から我が国においては最
― 54 ―
1.3
開発技術の概要
1.3.1
本技術開発においてはこれらの要求に応える
よる張力誤差等があり、分解能は高いにかかわらず、
ために、次のフローに従い、検討し、改善を
±0.5mm を維持することは取り扱いに高度な熟練を
進めた。
必要とした。
①
②
内空断面変状計測技術の現状の分析を行い、要
2.2
営団地下鉄では継続的に変位計測をおこなった結果
上、解析精度の向上、作業効率性の向上)を明
として、毎回測定される変位量は異常な事態になって
確にした。
いない場合、当然ながら変状の量が少なく、計測の誤
技術的要件を満たすためのシステムの要素技術
差の中に埋没していた。このため、計測データの有意
について、現技術水準の特性について検討し
性に関する評価は困難であった。
た。
③
変動と誤差(S/N)
求に応えるための技術的要件(計測精度の向
5年周期で変状を計測するとして危険な状況になっ
最も適当な要素技術を組み合わせ、計測作業方
た時異常変状が検出できれば十分と考えるべきか、又
法、データ処理方法を検討し、非接触三次元ト
はまだ危険な状況に達していないが、変状の傾向を計
ンネル内空断面変状計測システムを構築した。
測の都度把握できる程度の精度に計測し、変状傾向の
開発されたシステムによる計測結果は、測点毎の計
予測に基く防災対策ができるようにすべきかというよ
測精度が格段に向上した他、一つの内空断面の測点数
うに課題を設定した。
も多くなったために、変状解析も高度化が達成され、
2.3
解析の高度化
複雑な変状の形が解析できるようになった。また、計
1断面の測点数が解析精度に与える影響について調
測作業及び解析のコストも押さえることができ、地下
査した。測点数が1断面4点であり、三角形の三辺の
鉄トンネルの安全管理に貢献できた。
長さとその変化量から変形は検出できるが最大歪みの
方向に測点がない場合は計測精度を超える変化があっ
2.営団地下鉄における従来の内空断面計測技術の現
状分析
2.1
ても検出できない可能性がある。営団地下鉄の場合一
断面当り4点の計測点を持っているが、変状解析の例
エクステンション・メーターによる計測
としては、トンネル中心鉛直線を対称軸とする4種の
エクスパンション・メーター(コンバージェンス・
パターンに分類して解析している。
メジャー)によるトンネル内空断面変状計測はトンネ
都市のように地下構造物が建設される地域ではトン
ルの内空断面について頂部、左右の壁面の3個所(ま
ネルに与える影響は複雑であり複雑な変形においても
たは左右壁面に地上1 m、数 m の4個所)にフック
解析精度の向上が必要と判断された。
状のインデックスを設け、温度による膨張係数の小さ
2.4
開発課題
いインバー製の物差しを用い、バネ秤で張力を一定に
この事から、従来の技術では測定の精度を上げるこ
し、インデックス間の距離を精密に計測するものであ
とは不可能であった。その理由はエクスパンション・
る。
メータの原理に基く技術は長い歴史の中で改良を重ね
営団地下鉄が実施していた方法はエクステンショ
ており、革新的に精度を上げるためには測定原理から
ン・メーターによる方法であった。エクステンショ
見直す必要があった。また、解析の精度を高めるため
ン・メーターは熱膨張係数の小さいインバー(ニッケ
測点を増やすことも不利な技術条件であった。エクス
ル36%、鉄64%の合金)を素材とし、常に張力を一定
パンション・メータは測点を1点増やす場合、測定辺
にし、張力による伸長及び懸垂による誤差がキャンセ
を2辺増やさざるを得ない。この事はコストアップに
ルされる工夫が施されている。端点はフックに引っか
も直結している。
ける事により、常に一定に設置されるように工夫され
ている。このようにして、各フック間の距離の変化量
3.要素技術に関する調査
を正確に測定する技術である。
測定の原理から見直しをする必要が生じたことか
しかし、インバー張力計のバネのドリフト及び摩擦に
ら、要素技術の現状を調査した。
― 55 ―
3.1
測距技術
を必要としないレーザー干渉方式の計器も出現
距離測定機器としては一般の光波測距儀は分解能が
しているが、高価であること、測点にミラーを
精々±1 mm 程度であり、用いられないので、レー
接合させる機構が複雑である事に加えて、高所
ザー干渉計、高周波変調光波測距儀が候補としてあげ
の測点にミラーを運搬するために装置が必要と
られた。
①
なる。
レーザー干渉計の精度は高いが測定線に沿って
②
高周波変調光波測距儀は0.2mm の分解能があ
反射鏡を移動させるためのガイド・レールが必
るが、測定距離約20m 位までは視準軸誤差と
要であり、実用的でない。なお、近年反射ミ
呼ばれる変調波面の歪みによる誤差が0.5mm
ラーを自動追尾することによってガイドレール
に達している。図−1参照
図−1
3.2
測角技術
する。図−2参照
一方、角を測定する機器は近距離ほど位置誤差は少
なく、加えて近年、近距離でも合焦による視準軸の変
4.非接触三次元計測(角測定)技術による内空断面
計測システム
化が0.2秒以内、鉛直軸誤差を自動的に補正する装置
4.1
のついたセオドライトが開発されている。
3.3
三辺測量か三角測量か
システムのセットアップ及び計測
非接触三次元トンネル内空断面変状計測システムは
一般に測量分野では角を測定する三角測量よりは辺
図−3のようにセットされ、計測を行なう。
長を測定する三辺測量がよい精度が得られると言われ
ている。これは光波測距儀の出現によって距離測定が
容易になり、精度が向上したことによる。しかし、内
空断面計測技術の現状や要素技術の特性を検討した結
果、最も精度の高い高周波変調光波測距儀でもその誤
差特性は(図−1)のごとく、近距離では視準軸誤差
(変調波面を完全球面とする技術の限界により視準の
誤差が測距の誤差となる)のため精度が低くなり、一
方セオドライトについては視準軸の変化のない合焦技
術と角測定技術が進歩したこともあって角測定の方が
有利という判断であった。つまり、近距離の測定条件
の下では一般測量的な距離中心の測定とちがって三角
測量が三辺測量を上回る精度を確保できることを意味
― 56 ―
図−2
図−3
スケールバーは三角測量における基線の役割を担う
①
センタリングの不要
もので両端に視準標をもち、その間隔は数ミクロンの
スケールバーを用い、基線を与えバンドル調整
精度で検定されている。
しているため、交会法のようにセオドライトの
セオドライトは内空断面に対して、同一側から視準
セッテングの必要がないことは重要なことであ
するようにセットされる。
る。セオドライトを±0.2mm の精度でセッテ
視準標は耐久性の優れた材質で作成され、その形状
ングすることは多大な時間を要することである
及び設置位置は図―4に示すようになっている。視準
標の視準面はほぼセオドライトの方向を向くようにか
ことは経験者ならすぐ理解できる。
②
シンプルで安定した視準標
つ、落下事故が起らないように確実に固定されてい
視準標はトンネル壁面の微少な変形を計測する
る。
代表点であり、永久標識でなければならない。
計測は断面計測基準(スケ−ル・バ−2点)と内空
また地下鉄運行の安全を確保する上で堅固に設
断面視準標(9点)の11点について、順次水平角、高
置されていなければならない。一方で観測の時
度角を測定しその結果は自動的に記録される。測定後
視準しやすいものである必要がある。このよう
即座にバンドル法調整計算を行い精度を確認する、精
な条件を満たすように設計、製作、設置された。
度不良があれば即再測を行う。
4.2
③
測定機器の効率的配置及び効率的測定
非接触三次元トンネル内空断面変状計測システ
内空断面に対する測定機器の配置は視準標の視
ムの優位性
準にあたり、視準距離が大きく変化しないよう
システムの特徴を挙げると次の項目のとおりであ
る。
に工夫されている。この事によって合焦操作に
よる視準軸の変化が誤差として入り込まない
― 57 ―
図−4
上、観測時間の短縮につながっている。
測精度が格段に向上した他、一つの内空断面の測点数
も多くなったために、変状解析も高度化が達成され、
5.計測結果の評価
複雑な変状の形が解析できるようになった。
5.1
に内空断面変状解析結果を図示したものを示す。変化
計測の精度
任意に抜き取った内空断面の計測結果の一例を(表
−1)に示す。
図―5
量を示すベクトルの縮尺は判別しやすいように拡大表
示している。測点の間は補間したものである。試験的
ここに示される標準偏差はシステム内部の誤差(偏
な測定のため、短期間の間の変状を測定したものであ
差)から算出されたもので、時間をおいた再現精度は
るが微少な変化の様子が明確に理解できる。測点が多
もう少し大きいと考えられている。また表−2は同一
いことから、中心軸に対して対称的でない変化が起っ
断面を連続観測したときの再現性を表している、これ
ていることも読み取れる。
からも十分に高い精度が保たれていることが理解でき
る。
5.2
解析精度
開発されたシステムによる計測結果は、測点毎の計
表−1
― 58 ―
表−2
図−5
6.今後の課題
6.1
都市の交通の過密化は避けられない現象である。現
安全管理数値基準の設定による管理システムの
在では深夜の運行休止時に、線路保守作業との調整を
構築
しながら計測しているが、より効率的にまた、可能な
トンネル内空断面の変状からトンネル構造物に発生
ら深夜労働によらない計測方法の研究が必要である。
している応力分布を解析し、トンネル構造物の安全許
容応力を基準に数量的な管理ができることが安全管理
参考文献
を効率的に確実に遂行する上で重要である。
1)坂井五郎他土木学会北海道支部年次技術研究発表会論
文集1996年2月
(朝日航洋株式会社)
6.2
交通車両の運行に左右されない計測システム
― 59 ―