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第 65 回日本消化器外科学会総会
切除不能大腸癌肝転移を切除可能に転換させる
Conversion therapy の実現
Palliative な治療から
Cure を目指した治療へ
がん・感染症センター都立駒込病院 大腸外科部長
高橋 慶一氏
大腸癌治療はこの10 年で大きく進歩した。中でも化学療法の進歩は目覚ましく、分子標的治療薬
を含め治療効果の高い薬剤の普及によって、切除不能だった肝転移が切除可能となる、
「Conversion
therapy」の治療戦略が実現し始めている。奏効率の高い分子標的治療薬によって、肝切除率は向
上し、根治切除も可能になってきた。
しかしエビデンスの多くは海外の臨床試験によるものであり、いかに日本の臨床現場で実現して
いくかが問題となっている。第 65 回日本消化器外科学会総会のセミナー「日本に求められる大腸
癌の Conversion therapy 〜 Evidence と Clinical practice の接点〜」
(共催:ブリストル・マイヤ
ーズ/メルクセローノ)で、がん・感染症センター 都立駒込病院大腸外科部長の高橋慶一氏は、肝
動注療法の経験を踏まえ、いかに切除可能へと転換すべく、どのような治療戦略を行うのか、また
Conversion therapyを実施する上で考慮すべき点を解説した。
肝転移に対する治療の現状
世界保健機関(WHO)の統計(2006 年)によれば、世界中で毎年約 100 万人が新たに大腸癌と診
断されている。このうち40〜50%の患者には肝転移が出現するが、肝転移を切除できた場合の 5 年
生存率は約 35%といわれている。
ところが、切除可能な肝転移は全体の 15 〜 20 %にとどまり、8 割以上は切除不能という状態であ
る(図 1)
。肝切除ができない場合、全身化学療法あるいは動注療法が行なわれ、これによって切除可
能になるのは10%〜20%、すなわち肝転移全体では約 30 %の患者で肝切除が行われている。
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図1■ 肝転移治療のまとめ
15∼20% 切除可能
肝切除
80∼85% 切除不能
化学療法
Conversion therapy
10∼20% 切除可能
全切除可能肝転移
30%
進行再発大腸癌に対する化学療法は、60 年代には 5FU 単剤中心だったが、その後、全身化学療法
としてレバミゾールやロイコボリン、経口 FU 系製剤が登場した。2000 年には、5FU とロイコボリ
ンにイリノテカン(IFL)が用いられ、さらに 2003 年からはオキサリプラチン(FOLFOX)やイリノ
テカン(FOLFIRI)を加えた3 剤併用が使われるようになった。
そして、2004 年以降は分子標的治療薬が使われるようになり、従来の化学療法と分子標的治療
薬、例えばFOLFOXとセツキシマブあるいはベバシズマブを併用する 4 剤併用も行われている。分子
標的治療薬は現在、大腸癌治療に欠かせない薬剤となっている。
大腸癌治療への分子標的治療薬の導入 1.ベバシズマブ
抗 VEGFR モノクローナル抗体ベバシズマブには、腫瘍の微小血管の退縮や腫瘍残存血管の正常化
といった作用があり、これら2つの作用によって、腫瘍血管の新生を抑え、治療効果を発揮する。
これまでの臨床試験で、従来の化学療法へのベバシズマブ追加投与によって上乗せ効果が報告さ
れている。IFL(イリノテカン、フルオロウラシル、ロイコボリン)と IFL +ベバシズマブの比較試験
(AVF2107g 試験)では、ベバシズマブの併用で無増悪生存期間(PFS)も全生存(OS)も延長した。
なお、FOLFOX4 とベバシズマブ併用の試験(NO16966 試験)では PFS において上乗せ効果が示さ
れたが、OSにおいては示されなかった。
副作用としては、高血圧や蛋白尿、腎機能低下、動脈血栓塞栓症、出血、あるいは頻度は低いもの
の消化管穿孔が報告されている。
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2.セツキシマブ
抗 EGFR モノクローナル抗体であるセツキシマブは、内因性 EGFR リガンドとの結合を阻害するこ
とによって、EGFRでのシグナル伝達を遮断して、細胞増殖阻害やアポトーシス誘導、血管新生抑制、
転移抑制に働く。
「ベバシズマブのように環境を変えるのではなく、直接、癌細胞に対し抗腫瘍効果
を持つ薬剤で、同じ分子標的治療薬でも性質が違う」と高橋氏は説明した。
FOLFIRI と FOLFIRI +セツキシマブを比較した CRYSTAL 試験では、転移性大腸癌に対する一次
治療として、KRAS 野生型ではセツキシマブ併用のほうが明らかに治療効果が高い結果となった。
転移性大腸癌において、Best supportive care では 8 カ月だった OS が、分子標的治療薬を加える
ことで 20 カ月を超えるようになってきた。そのため転移性大腸癌の治療戦略としては、切除可能な
大腸癌には治癒を目指して手術を行い、必要に応じて補助化学療法を行う。一方、切除不能な大腸
癌に対しては、生存延長を目標に、
「使える薬剤をできるだけ長く、すべて使い切るという治療方針
が今後大事になる」と高橋氏は話した。
切除不能肝転移に対する肝動注療法
切除不能肝転移に対し、日本では肝動注療法が多くの施設で行われてきた。というのも、 肝切
除を行うためには、奏効率の高いパワーのある化学療法によって腫瘍を縮小する必要があり、肝動
注療法は全身化学療法に比べて高い奏効率が報告されてきたためだ。
高橋氏も、大腸癌の切除不能肝転移例に対し、5FU 単剤による持続肝動注療法を行い、多発性肝
転移の縮小を経験している。ところが、ある患者では治療中止 1 年後に多発性肝転移が再燃し、
「完
全奏効(CR)に近い奏効が得られていても、腫瘍細胞は全部は死滅していなかった」と高橋氏。
「多
数の経験からしても、肝動注療法は 1 年ほどしか継続できず、最長でも 2 年。肝動注療法によって腫
瘍が縮小した時点で肝切除することが延命に寄与する」と考えられた。
切除不能症例 122 人を対象にした検討では、持続肝動注療法の奏効率は 60.3 %であり、多発性肝
転移患者のうち治療効果があった群(CR + PR)では、治療効果のなかった群(NC + PD)に比べて
生存率は有意に高かった。
また動注後に肝切除を行うことができた患者の予後は、肝切除を行うことができなかった患者に
比べて有意に良好で、動注肝切除群の 3 年生存率は 42.3 %であるのに対し、動注のみの群は 4 %、5
年生存率はそれぞれ21.2%、0%と大きな差があった(図 2)。
「この結果が最初に出たとき、世の中がこれで変わるかと私自身は思った」と高橋氏。
「化学療法
による効果が得られ、肝切除にもっていければ延命も可能かもしれないことを示唆している」とした。
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さらに、その後、全身化学療法が進歩したために、現在では管理のやや難しい動注療法はあまり行わ
れていない。
図2■ 切除不能肝転移症例の動注肝切除の予後(高橋氏による)
1 年生存率
2 年生存率
肝動注のみ
47.1
17.7
4.0
0
動注後肝切除
90.5
71.4
42.3
21.2
100
90
3 年生存率
5 年生存率(%)
80
70
累積生存率︵%︶
動注後肝切除(n=21)
60
肝動注のみ(n=100)
50
40
p<0.0001
30
20
10
0
0
1
2
3
4
5
6
経過年数
全身化学療法による肝障害
全身化学療法の進歩に伴い、全身化学療法を併用した肝切除が増え、今まで切除できなかったよ
うな肝転移に対する切除率も高くなってきている。
実際、海外のデータによれば、初診時に切除可能であった 335 人では 5 年生存率は 48 %であり、
化 学 療 法 後 に 肝 切 除 を 行った 138 人 でも 33 %と 良 好 な 成 績 が 報 告 されている(Adam R. et al.
Ann Surg 2004)。肝切除できなかった群に比べ、化学療法併用の肝切除によって明らかに延命効
果が得られているといえる。
ところが化学療法を行うことによって、肝臓にダメージが起きてくることが問題になってきた。
化学療法後、肝臓にはBlue liverが見られ、病理組織では主にオキサリプラチンによって類洞拡張が、
イリノテカンによって脂肪性肝炎(Steatohepatitis)が認められている。
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しかし分子標的治療薬を併用することによって、肝障害が軽減される可能性も出てきた。オキサリ
プラチンを用いるFOLFOXでは長期間投与することで、類洞拡張障害が増えてくるが、レトロスペク
ティブながら分子標的治療薬を併用した場合、類洞拡張障害の頻度は低いとする報告がある(図 3)
。
図3■ 治療期間と類洞拡張障害
類洞拡張障害
短期間化学療法
長期間化学療法
n=157(%)
n=62(%)
p値
26 人(42%)
< 0.017
40 人(26%)
p=0.002
100
90
p=0.001
80
p=0.212
70
60
50
p=0.086
40
30
20
10
0
1∼8サイクル ≧9サイクル
1∼8サイクル ≧9サイクル
FOLFOXのみ
FOLFOX+ベバシズマブ
Zorzi D et al. ASCO-GI 2009 Abstract #295
「FOLFOXによる治療では6サイクルくらいが、肝臓の状態を評価する一つのラインになっていた」
(高橋氏)が、分子標的薬の導入により「もう少し長期の投与が可能ではないか」と話した。
分子標的治療薬による奏効率と肝切除率の向上
分子標的治療薬の登場で R0 切除率が上がり、セツキシマブの導入によって、30 %を超える R0 切
除率も報告されている(図 4)
。
切除不能進行再発大腸癌における奏効率は肝切除率と相関し、奏効率が高いほど肝切除率も高く
なることが知られている。そのため、肝切除を行うには奏効率が高い化学療法を使うことが重要に
なってくる。
例えば、CRYSTAL 試験で K-RAS 野生型の場合、肝転移における奏効率は FOLFIRI 単独では 50 %
だが、セツキシマブ併用では 77.1%と奏効率は高く、顕著な腫瘍縮小効果も認められた。この傾向
は FOLFOX にセツキシマブを併用した OPUS 試験でも同様で、
「できるだけ短期間で腫瘍縮小率が高
くなる治療の選択が大事である」と高橋氏はいう(図 5)。
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図4■ 切除不能大腸癌肝転移症例におけるR0切除率
治療レジメン(試験名)
症例数
R0切除率
FOLFOX/XELOX+ベバシズマブ
(NO16966)*1
n=211
12.3%
FOLFOX+ベバシズマブ
(First BEAT)*1
n=349
15.5%
FOLFIRI+ベバシズマブ
(First BEAT)*1
n= 230
11.7%
FOLFOX+セツキシマブ
(OPUS)*2
n=169
4.7%
FOLFIRI+セツキシマブ
(CRYSTAL)*3
n=122
9.8%
FOLFOX+セツキシマブ
(CELIM)*4
n=53
37.7%
FOLFIRI+セツキシマブ
(CELIM)*4
n=53
30.2%
*1 J. Cassidy et al. ASCO 2008
*2 C. Bokemeyer et al. JCO 2009
*3 E. Van Cutsem et al. ASCO 2007
*4 G. Folprecht et al. ASCO GI 2009
図5■ 分子標的薬の無作為化比較試験における奏効率の上乗せ効果
レジメン
対象
症例数
奏効率(%)
Van Cutsem
(2009)
FOLFIRI+セツキシマブ
vs FOLFIRI
転移性大腸癌
:KRAS 野性型
172 vs 176
59 vs 43
p=0.004
Bokemeyer
(2009)
FOLFOX+セツキシマブ
vs FOLFOX
転移性大腸癌
:KRAS 野性型
61 vs 73
61 vs 37
p=0.011
Falcone
(2007)
FOLFOXIRI
vs FOLFIRI
転移性大腸癌
122 vs 122
66 vs 41
p=0.0002
Saltz
(2008)
オキサリプラチン+5-FU+ベバシズマブ
vs オキサリプラチン+5-FU
転移性大腸癌
699 vs 701
47 vs 49
p=0.31
Hurwitz
(2004)
IFL+ベバシズマブ
vs IFL
転移性大腸癌
402 vs 411
45 vs 35
p=0.004
Folprecht
(2010)
FOLFOX6+セツキシマブ
vs FOLFIRI+セツキシマブ
転移性大腸癌、
肝転移のみ
:KRAS 野性型
53 vs 53
:67
68 vs 57
p=0.23
:70
G. Folprecht et al. Lancet Oncol. 2010:11:38-47
特に、FOLFOX6 あるいは FOLFIRI にセツキシマブを併用した CELIM 試験での肝転移に対する R0
切除率は極めて高く(図 6)、CRYSTAL 試験では FOLFIRI へのセツキシマブの併用によって、無増悪
生存期間は延長することから、予後に対する上乗せ効果も示されている。
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「今後、セツキシマブとパニツムマブについては、どういう使い分けをするかが問題になると思うが、
セツキシマブでは複数の比較試験で証明されている奏効率の上乗せがパニツムマブでは示されなか
ったという観点からすると、現時点ではセツキシマブのほうに軍配が上がるのではないか」と高橋氏
は話した。
図6■ セツキシマブのR0切除率
34.0
切除不能進行再発
肝転移のみ
10
9.8
9.8
8
切除率︵%︶
6
4.8*
4
2
0
4.1
4.5
1.7*
FOLFIRI セツキシマブ
+FOLFIRI
*p=0.002
CRYSTAL1)
FOLFOX
セツキシマブ
(KRAS野性型) +FOLFOX
(KRAS野性型)
OPUS2)
FOLFIRI セツキシマブ
(n=134) +FOLFIRI
(n=122)
セツキシマブ
+FOLFIRI
CRYSTAL1)
CELIM3)
1)E. Van Cutsem et al. N Engl J Med 2009:360:1408-1417, ASCO 2007 Abstract #4000
2)C. Bokemeyer et al. JCO 2009:27:663-671
3)G. Folprecht et al. Lancet Oncol. 2010:11:38-47
切除不能肝転移に対する「切除可能」の判断
続いて高橋氏は、肝転移に対し、肝切除を行う上での難しさについて言及した。まず「肝転移に
対し切除可能といっても、施設や国によって適応が異なり、腫瘍内科医や大腸外科医、肝臓外科医
によっても異なる」点を挙げた。また肝転移以外の因子で切除するかどうかの判断も異なる。
さらに肝転移の部位で手術の難易度が違うため、手術をする外科医の技量や考え方で臨床の実際
は大きく異なるとした。転移が 40 数個あっても切除する施設もあれば、切除しても意味がないとし
て行わない施設もあり、
「その辺りのコンセンサスは現時点ではまったく得られていない」
(高橋氏)。
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しかし全く基準がないわけではない。海外においては、例えば、Nordlinger らが提示している肝
転移に対する治療選択によれば、
「切除に最適とはいえない」
( 切除可能と切除不能の間)条件として、
転移個数が 5 個以上、あるいは腫瘍径が 5cm を超える、同時性肝転移、原発巣のリンパ節転移が陽
性、腫瘍マーカーが高値—を挙げている(Ann Oncol. 2009)。
また技術的には、転移巣がすべての肝静脈に近接しているもの、あるいは転移巣が門脈分枝に近
接しているものでは、手術自体が難しくなる可能性がある。しかし、こうした肝転移であっても、化
学療法と分子標的治療薬に十分反応すれば肝切除が可能になる。
日本では、
「大腸癌治療ガイドライン医師用 2010 年版」において、血行性転移の治療方針として、
切除可能であれば外科的切除を行い、切除不可能であれば PS の状態に合わせて、PS が 0 〜 2 であれ
ば全身化学療法や局所療法を、PSが3〜 4 であれば対症療法が推奨されている。
また同じく大腸癌治療ガイドラインの中で、肝転移の治療方針として、切除可能であれば肝切除を、
切除不可能で PS が 0 〜 2 であれば肝動注療法や全身化学療法、熱凝固療法(MCT、RFA)を行い、切
除不可能で PS が 3 〜 4 であれば対症療法となっている。ここでも、
「切除不可能だが化学療法により
Conversion therapyという形で切除できるものについては切除の方向に進むことができる(高橋氏)」
わけだ。
肝切除の適応基準としては、手術可能であること、原発巣が制御されているか制御可能であること、
肝転移巣が遺残なく切除可能であること、肝外転移がないか制御可能であること、十分な残肝機能
があることが明文化されている。
しかし「遺残なくといっても、目に見える範囲、診断できている範囲内では切除可能かもしれない
が、CT や超音波、MRI など、どの程度の検査をするのかによっても異なってくる。どういう条件で
行うかについて、日本のガイドラインでは明記されていない」と高橋氏は指摘する。
肝転移の Grade 分類を考慮した Conversion therapy
こうした状況の中、Conversion therapy を実施する上で日本のデータから参考にできるのは「肝
転移の Grade 分類である」と高橋氏。Grade 分類は、肝転移の腫瘍径と腫瘍数(H1 〜 H3)、原発巣
のリンパ節転移の程度(N0 〜 N3)および肝外転移(M1)を組み合わせて、Grade A、B、C に分類
する。
肝切除例におけるGrade Aの5 年生存率は 52.9 %だが、Grade B では 29.6 %、Grade C では 10.4
%、さらに非切除例では Grade A の 5 年生存率は 14.3 %、Grade B では 7.7 %、Grade C では 0 %と
いわれている。このため「Conversion therapy を行うに際し、肝臓の状態をできるだけ Grade A に
もっていくことが望まれる」と高橋氏。
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ただし、最も問題となるのは小さな肝転移で、2cm より小さい肝転移が多数あった場合には、
「化
学療法で縮小しても、実際には切除までもっていかない症例のほうが多い」という。腫瘍径が小さ
い肝転移では効果判定が難しいこともあり、より小さい腫瘍が隠れている可能性もある。腫瘍径が
小さいからと、すぐに切除をするのではなく、RFA なども検討しつつ、基本的には化学療法を優先
する。むしろ肝転移で腫瘍径が大きい場合には、化学療法と肝切除による積極的な治療が望ましい
とした。
CEA 値による肝切除のタイミング
切除不能肝転移への化学療法によって腫瘍が縮小した場合、
「安全な肝切除あるいは最大限の治
療効果の得られる肝切除の 2 つを念頭に置いて、肝切除のタイミングを考えるべきである」と高橋氏
はいう。
動注療法後の肝切除の経験から、肝切除のタイミングを考慮するための判定因子として、CEA 値
の変化を高橋氏は提案する。まず、治療によって CEA が正常化した群(A 群)、治療にかかわらず
CEA の上昇がなく正常範囲内だった群(B 群)、治療後も CEA が正常化しなかった群(C 群)の 3 群に
分ける。
図7■ 各群の肝切除後の予後
100
A群(n=10):24.0%
90
B群(n=9):44.4%
80
C群(n=10):0%
肝切除後累積生存率︵%︶
70
60
50
40
30
20
10
0
0
1
2
3
4
5
6
7
生存年数
log rank test p=0.0001962
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1990 〜2003 年に肝動注療法を行った切除不能肝転移 154 人において、全体の奏効率は 60.4 %、
動注後肝切除ができたのは 29 人(18.8%)だった。動注後肝切除の 5 年生存率は 25.8 %だが、肝動
注のみの群では0%であり、肝切除後の予後を A 群、B 群、C 群に分けて比較した結果、明らかに A 群、
B 群で予後は良かった(図 7)。つまり腫瘍マーカー 値が上昇しなかった例で、予後は良好な結果に
なっていた。
また予後因子に関し多変量解析をした結果、CEA 正常化群が非正常化群に比べ、有意に予後を規
定する因子であることが示され、
「CEA の正常化が肝切除を考えるタイミングの一つになるのではな
いか」と高橋氏は述べた。
なお、死因について検討すると、肝動注だけだった群では肝転移による死亡例が 61 %で、動注後
に肝切除を行った群でも 50%以上を占めていた。このため、
「切除後に何らかの補助療法が必要に
はなるが、実際の治療としては投与の継続が難しいのが現状ではないかと思う」と話した。
最後に、高橋氏はConversion therapy に対する考え方を要約した(図 8)。Conversion therapy
を実施するには、まず短期間で縮小効果の高い薬剤を選択すること。KRAS のタイプによって、セツ
キシマブもしくはベバシズマブを使い、高齢者あるいは経済的な面からは肝動注療法も選択肢の一
つになるのではないかと述べた。
図8■ Conversion therapyに対する考え方のまとめ
1.短期間で縮小効果の高い薬剤を選択する。
KRAS野性型 ⇒ セツキシマブ併用
KRAS変異型 ⇒ ベバシズマブ併用
その他(高齢者,経済的問題など) ⇒ 肝動注療法(HAI)
2.切除可能な時期に早期に行う。Grade Aに持ち込む。
3.安全に、確実に肝切除できるような術前診断が重要。
CEAの正常化は治癒切除の可能性が高い。
4.肝切除後の補助療法は必要であるが、継続は難しい。
また、肝転移に対して切除可能な時期に早期に行うこと。そのためには安全に確実に肝切除で
きるような術前診断が重要で、CEA の正常化も治癒切除につながる可能性が高いと話した。そし
て、
「切除不能肝転移に対し、短期間に治療効果が得られる薬をうまく使うことによって、今までの
Palliativeな治療から、今後はCureを目指した治療にもっていくべきである」と述べた。
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