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2010 Gastrointestinal Cancers Symposium【ASCO GI】
エリアレビュー・大腸癌
抗 EGFR 抗体製剤投与のベースとなる
FOLFOX・FOLFIRI 療法の
重要性を再認識
筑波大学大学院人間総合科学研究科
臨床医学系消化器内科教授
兵頭 一之介氏
今回の ASCO GI では、日本でも広く使用されるようになってきた抗上皮成長因子受容体(EGFR)
抗体製剤に関して、従来の化学療法への上乗せ効果の臨床的な検証に、分子生物学的な解析を加え
た発表が目立ちました。また、どのような患者に使用すると最も効果が高いのか、逆に効果が得ら
れないのはどのような患者かといった、より実地臨床に即した発表が多かったと思います。
ここ数年の傾向ですが、次世代を担う期待の新薬候補に関しては、残念ながら今回も発表されな
いままでした。大腸癌の治療については、現在使用できる治療薬を最も適切に使用するにはどうす
べきか—という点が、しばらくはメインテーマとなりそうです。
BRAF は転移性大腸癌の予後予測因子
抗 EGFR 抗体製剤として最初に登場したセツキシマブについては、ファーストラインで FOLFIRI 療
法(5-FU + LV +イリノテカン)への上乗せ効果をみた CRYSTAL 試験における、KRAS およびBRAF
の遺伝子変異ごとの治療成績の違いが発表されました。ベルギー・Gasthuisberg 大学病院の E.Van
Cutsem 氏によるものです。
以前から、KRAS 遺伝子変異の有無による治療成績の違いは報告されており、患者全体の約 4 割と
推測される変異型では、セツキシマブによる治療効果が期待できないことが明らかになっています。
日本でもこの4 月から、薬剤投与前のKRAS 遺伝子変異検査が保険適用となる見込みです。
一方、これまで細胞内シグナル伝達経路において、KRAS の下流に位置する BRAF の意義に関し
ては、少数例の検討が報告されていますが、いまだ十分には解明されていません。今回の解析では、
BRAF が変異型だった場合、セツキシマブ使用の有無にかかわらず、全生存期間が野生型に比べて
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極めて悪いという結果が得られています(表 1)。BRAF が変異型だとそもそも予後が悪い、つまり
BRAF はKRAS のようなセツキシマブの効果予測因子ではなく、既存の化学療法で治療された転移性
大腸癌の予後予測因子であることが示されました。
表1■BRAFの変異の有無による治療効果の違い
KRAS 野生型/BRAF野生型
KRAS野生型/BRAF変異型
FOLFIRI
FOLFIRI+セツキシマブ
(289人)
(277人)
全生存期間中央値(月)
無増悪生存期間中央値(月)
奏効率(%)
FOLFIRI
(33人)
FOLFIRI+セツキシマブ
(26人)
21.6
25.1
10.3
14.1
8.8
10.9
5.6
8.0
42.6
61.0
15.2
19.2
E.Van Cutsem et al ASCO GI 2010 #281 より作成
なお、BRAF の変異について FOLFIRI 群と FOLFIRI +セツキシマブ群の成績を比較すると、有意
差は出ていないものの、上の表の通りセツキシマブを上乗せした方が良好な数値であることがわか
ります。BRAF 変異群でも、セツキシマブを加えた方が治療成績が改善する傾向にあることを示唆す
る結果と言え、これは新たな知見でした。
また、5-FU の静注または経口薬(カペシタビン)とオキサリプラチンの併用に対するセツキシマ
ブの上乗せ効果をみた COIN 試験に関して、試験参加者の遺伝子検索データが示されました。MRC
COIN 試験グループの T.S. Maughan 氏が報告したものですが、KRAS の変異とBRAF の変異は同時
には起こらない、つまり片方に変異があればもう片方は野生型のようです(図 1)。
図1■試験参加者の遺伝子検索データ─COIN試験
全て野生型 n=581
NRAS 変異 n=50
39
11
KRAS 変異 n=565
554
BRAF 変異 n=102
102
Total n=1316
TS Maughan et al ASCO GI 2010#402より作成
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CRYSTAL 試験では、BRAF の変異陽性率は 6 %となっていました。総合的に判断すると、現時点
では抗 EGFR 抗体製剤の使用前には、KRAS の遺伝子変異の有無を調べれば十分と言えるのではない
かと思います。今後はKRAS 変異型の患者やBRAF 変異型の患者への新たな治療戦略が注目されて
いくのではないでしょうか。KRAS やBRAF 以外には、まだ具体的なターゲットは明確ではありませ
んが、複数の経路に効く薬剤を組み合わせて治療していくことになるだろうと思います。
抗 EGFR 製剤使用のタイミングはファーストラインかセカンドラインか
抗 EGFR 抗体製剤を、ファーストラインとセカンドラインのいずれのタイミングで使用するかと
いう課題も未解決です。この問題に関しては、2 つの発表がありました。まず、セカンドラインでの
FOLFIRI 療法へのパニツムマブ併用の効果について、ベルギー・Ghent 大学病院の M.Peeters 氏が報
告しました。
この試験では、KRAS 野生型は併用群 303 人、FOLFIRI 群 294 人、KRAS 変異型は併用群 238 人、
FOLFIRI 群 248 人について検討しました。無増悪生存期間中央値は、KRAS 野生型では併用群 5.9
カ月、FOLFIRI 群 3.9 カ月で、パニツムマブの併用により有意な延長が得られました(p = 0.004)。
一方、KRAS 変異型では併用群 5.0 カ月、FOLFIRI 群 4.9 カ月でした(p = 0.14)。全生存期間中央値
は、KRAS 野生型では併用群 14.5 カ月、FOLFIRI 群 12.5 カ月となり、有意差は得られませんでした
(p = 0.12)
。KRAS 変異型では併用群 11.8 カ月、FOLFIRI 群 11.1 カ月でした(p = 0.55)。
次いで、ファーストラインでの FOLFOX4(5-FU + LV +オキサリプラチン)療法へのパニツムマ
ブ併用効果をみた PRIME 試験の結果を、イタリア・Ospedale Niguarda Ca'Granda の S.Siena 氏
が発表しました。
この試験では、KRAS 野生型は併用群 325 人、FOLFOX4 群 331 人、KRAS 変異型は併用群 221 人、
FOLFOX4 群 219 人について検討しました。無増悪生存期間中央値は、KRAS 野生型では併用群 9.6
カ月、FOLFOX4 群 8.0 カ月で、パニツムマブの併用により有意な延長が得られました(p = 0.02)。
KRAS 変異型では併用群 7.3 カ月、FOLFOX4 群 8.8 カ月となり、併用群で有意に成績が悪いという
結果でした(p = 0.02)。全生存期間中央値は、KRAS 野生型では併用群 23.9 カ月、FOLFOX4 群
19.7 カ月となり、パニツムマブの併用群で延長する傾向は認められたものの、有意差は得られませ
んでした。KRAS 変異型では併用群 15.5 カ月、FOLFOX4 群 19.3 カ月で、併用群で悪い傾向が認め
られました(図 2)
。
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図2■KRAS変異の有無別の全生存期間─PRIME試験
KRAS野生型
(%)
100
KRAS変異型
パニツムマブ+FOLFOX4
中央値:23.9(20.3-28.3)
(%)
100
パニツムマブ+FOLFOX4
中央値:15.5(13.1-17.6)
FOLFOX4
中央値:19.7(17.6-22.6)
FOLFOX4
中央値:19.3(16.5-21.8)
80
60
60
生存率
生存率
80
40
40
20
20
0
HR=0.83(95% Cl:0.67-1.02)
P値=0.07
0
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36
HR=1.24(95% Cl:0.98-1.57)
P値=0.07
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36
(月)
(月)
S. Siena et al ASCO GI 2010#283より作成
以上から、いずれの治療ラインにおいてもKRAS 変異型では抗 EGFR 抗体製剤は使用すべきでは
ないということがわかります。では、KRAS 野生型ではファーストラインで抗 EGFR 抗体製剤と抗
VEGF 抗体製剤の、どちらを使用すべきかという問題が残ります。この解答は、現在 KRAS 野生型を
対象として実施されているベバシズマブ+併用化学療法とセツキシマブ+併用化学療法のランダム
化比較第 III 相試験(CALGB/SWOG80405 試験)の結果を待たねばなりません。抗 EGFR 抗体製剤
としてセツキシマブを使用するかパニツムマブを使用するかという点についても、追って検討してい
く必要があるでしょう。
カペシタビンとオキサリプラチンの併用は?
先ほど紹介した COIN 試験は、以下の 3 群比較で行われました。A 群は、5-FU とオキサリプラチン
の静注を 2 週間ごとに行うまたはカペシタビンの 2 週間内服 1 週間休薬と 3 週間ごとのオキサリプラ
チン静注(XELOX 療法)のどちらかを選択しました。B 群は A 群にセツキシマブを上乗せしました。
C 群は A 群のレジメンを 12 週間ごとに間歇投与しました。結果として、一部の患者群を除きセツキ
シマブの上乗せ効果は得られませんでしたが、5-FU とカペシタビンの選択は医師に任されており、
複雑なデザインの試験であることから、解釈は難しいと言えます。
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A 群と B 群の有害事象を比較すると、B 群で下痢や手足症候群といった非血液毒性が増加している
ことから、カペシタビンの減量が必要になり、それが有効性に影響したのではないかと推察されます。
毒性の観点からセツキシマブとカペシタビンの併用はやや不利な面があるのかもしれません。
図3■治療で認められた有害事象の頻度─COIN試験
好中球減少
(%)
100
グレード 1+
手足症候群
グレード 3+
(%)
100
80
80
60
60
40
40
20
20
0
A群
C群
A群
C群
0
グレード 1+
グレード 3+
A群
A群
悪心
(%)
100
グレード 1+
グレード 3+
(%)
100
80
60
60
40
40
20
20
A群
C群
C群
末梢神経障害
80
0
C群
A群
C群
0
グレード 1+
グレード 3+
A群
A群
C群
C群
R Adams et al ASCO GI 2010#403より作成
一方、A 群と C 群の比較では、有害事象については C 群の方が手足症候群や末梢神経障害を軽減す
る傾向にありました(図 3)
。患者のQOL については、下痢や疲労感は C 群で有意に低く、痛みは A 群
で有意に低いという結果となりました。また、有効性に関しては A 群の方が良好な傾向が認められ
ました。総合的に判断すると、投与間隔をあける方が優れているとは言い難い結果と言えます。
XELOX 療法の結腸癌術後補助化学療法としての有用性を 5-FU/LV 療法と比較した NO16968
試験における年齢別の解析結果も米国・Pennsylvania 大学の D.Haller 氏により発表されました。
全 体 の 3 年 無 病 生 存 率 は、XELOX 群 70.9 %、5-FU/LV 群 66.5 %。5 年 無 病 生 存 率 は、XELOX 群
66.1 %、5-FU/LV 群 59.8%で、XELOX 群で有意に延長されました(p = 0.0045)。5 年全生存率
は、XELOX 群 77.6%、5-FU/LV 群 74.2 %と、有意差はありませんでした(p = 0.1486)。
Haller 氏らは、これらの結果を 65 歳未満と 65 歳以上、さらに 70 歳未満と 70 歳以上に分けて検
討し、3 年無病生存率および 5 年全生存率が今回報告されました(表 2)。この結果、65 歳以上ある
いは 70 歳以上の高齢者においても、ハザード比が 1 を下回り、XELOX 療法が 5-FU/LV 療法よりも
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優れている傾向が得られたと言えます。また、3 年無再発生存率についても同様の結果が得られて
います。
今回の結果から、70 歳以上の患者に対してもオキサリプラチンベースの術後補助化学療法により、
ベネフィットが得られる可能性が示唆されました。ただし、70 歳以上の患者は合併症がある方も多
いですし、術後補助化学療法による毒性も強く出ることが懸念されます。高齢者に XELOX 療法を行
う際には、やはり症例ごとに治療対象となりうるかどうか慎重に検討し、治療経過を厳重にフォロ
ーしていく必要があるでしょう。
表2■年齢別にみた無病生存率および全生存率─NO16968試験
3年無病生存率(%)
XELOX
5-FU/LV
ハザード比(95%CI)
65歳未満
72
69
0.80(0.65-0.98)
65歳以上
68
62
0.81(0.64-1.03)
70歳未満
72
69
0.79(0.66-0.94)
70歳以上
66
60
0.87(0.63-1.18)
XELOX
5-FU/LV
ハザード比(95%CI)
65歳未満
80
77
0.87(0.67-1.13)
65歳以上
73
70
0.90(0.68-1.19)
70歳未満
80
76
0.86(0.69-1.08)
70歳以上
69
67
0.94(0.66-1.34)
5年全生存率(%)
D.Haller et al ASCO GI 2010#284より作成
日本でも積極的に FOLFOX 術後補助化学療法を行うべき
大腸癌で使用される各抗体製剤は、現在までに明らかになった結果を見るかぎり、腫瘍細胞を死
滅させる作用は従来の治療薬よりも強くありません。さらに、高価な抗体製剤を数年にわたり投与
し続ける方法は現実的ではありません。micrometastasis の腫瘍細胞を死滅させるべき術後補助化
学療法において、最も有効な治療法は今のところ FOLFOX 療法と考えてよいでしょう。
日本では、FOLFOX 療法が術後補助化学療法としてまだあまり普及していない点が懸念されます。
恐らく、2009 年 8 月にようやく追加承認となったこと、さらには手術成績が欧米と比較して優れて
いることと関係しているのでしょうが、米国 NCCN(National Comprehensive Cancer Network)
のガイドラインなどにも記載されていますし、数多いエビデンスが既にあるわけですから、今後は日
本でも標準治療として積極的に導入していくべきだろうと思います。
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大腸癌肝転移への対応も議論に
手術との関連でいえば、今回発表はありませんでしたが、肝転移がメインの患者をどう治療してい
くかという点について、世界では内科的治療と外科的治療をどのように組み合わせて最良の治療を
行うかが議論になっています。治療薬の選択肢が豊富になったことで、化学療法が奏効して切除可
能となり、治癒へと結びつけることができる conversion therapy が成功した患者が増えている印象
を持っています。日本でも、抗体製剤が導入されてから 1 年以上たつわけですから、今後、FOLFOX
療法に抗体製剤を加える方法で、何らかの臨床試験を行っていく必要があると思います。
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