木造住宅耐震補強を地域諸団体が密接連携して推進する方策の考察 ― 先進事例の水平展開を念頭に ― Study on Promoting Methods of the Seismic Retrofit of Wooden Dwellings by Local Groups Working Together, Aiming for Spreading the Advanced Cases 丸谷 浩明 Hiroaki MARUYA (京都大学 経済研究所 先端政策分析研究センター 教授) In the promotion of the seismic retrofit of wooden dwellings, it appears that assistance measures taken by only governments are insufficient in many regions. As can be seen from the advanced cases, local groups such as community based associations, industrial schools, universities and local societies of architects can play essential roles if they work together effectively. My study team implemented a questionnaire survey on antiseismic reinforcement in a congested residential district in Hikone City; it examined the possibility for industrial school students to make simple diagnoses for earthquake protection in response to residents’ requests and to lead residents to accept retrofit works. Key words: seismic retrofit, wooden dwellings, industrial high school, simple diagnoses, questionnaire survey 耐震補強、木造住宅、工業高校、簡易診断、質問紙法調査 1.はじめに 緯、 必須要素が水平展開先の河原町地区で満たされるか、 本研究は、木造住宅の耐震診断・補強を地域で推進す あるいは有効かを先行確認する質問紙法調査の概要等を るには、行政の資金及び情報提供による支援以外に、ど 示しながら、耐震補強を推進するために地域の諸団体が のような方策が必要かを見出すことを目的とする。 連携する手法の水平展開方策を示すこととする。 著者は、木造住宅が密集している彦根市河原町地区の 耐震診断・補強に関して、同地区と協力関係にある柴田1 2.耐震補強の促進の重要性と広がらない要因 より依頼を受け、昨年から検討を始めた。その際、活発 (1) 耐震補強の普及目標と実態 な商店街リーダーが防災に関心が持っている等の同地区 国土交通省の住宅・建築物の地震防災推進会議(以下 の特徴を踏まえると、行政や建築事業者以外の地域諸団 「推進会議」)(2005)は、「住宅の耐震化の目標として、 体が中心的な役割を果たして耐震診断・補強が順調に拡 10 年後(平成 27 年)に9割とする」とし、毎年の耐震改 がっている先行事例(市川工業高校、及び平塚耐震補強 修の戸数を 10~15 万戸/年程度(現状の2~3倍)が必 推進協議会)が同地区に有効と考えた。しかし、これら 要としている。 先行事例には水平展開の前例がなく、現地見学の紹介程 また、消防庁(1998)によれば、阪神・淡路大震災の発 度では河原町地区への水平展開は困難とみられた。そこ 火点の分布は建物全壊率と高い相関を持ち、倒壊の恐れ で、先行事例の推進者と著者が面談を重ね、これら先行 のある建物の比率の多い地区は、地震発生時の火災発生 事例の実施上の必須要素を抽出し、河原町地区でこれら 率が高くなり、地域での消火が間に合わず大火災になる 必須要素が満たされるかを比較検討し、その上で、水平 可能性が高い。したがって、耐震補強の効果は近隣地域 展開に必要な耐震診断ニーズなどを先行把握する質問を に及ぶことは明らかで、地域でまとまって耐震補強が行 含む質問紙法調査を地域の諸団体と連携して実施した。 われれば、人命が守られる効果が高まる。 さらに、地域で耐震のフォーラムも開催し、住民の方々 の取組み意識の向上に努めた。 本稿では、著者が先行事例から必須要素を抽出した経 (2) 耐震補強が広がらない要因 推進会議(2005)は、地域の耐震補強を進めるためには、 1 行政の対応だけでは十分とはいえず、建築の専門家、事 取組みを支援することが重要と仮定した。 業者はもとより、町内会、NPOとの連携など幅広い取 組みが必要と指摘している。また、中央防災会議の専門 3.行政、建築事業者以外の取組み事例 調査会(2004)は、「『耐震化』のような課題は、行政の (1) 工業高校生徒による耐震診断 取組みだけでは不十分で、地域の内から『おせっかい』 地域の諸団体が主要な役割を果たしている取組みの がないと進まない」としている。このように、耐震補強 第1として、千葉県市川市の事例がある。2003 年 4 月か が進まない要因を乗り越えるためには、行政や建築事業 ら千葉県立市川工業高校の建築科の生徒が住宅耐震診断 者以外の地域内の諸団体の役割が不可欠と考えられる。 を学び、生徒が一般市民向けに「パソコンによるわが家 その理由を整理すれば、 の耐震診断」を開いている。診断を受けた住民が希望す ①「面倒くさい」「地震は来ないと思う」「自分は余命 れば住宅の実地調査をし、専門家が診断するための基礎 いくばくもないから」「いつかは建て替える」といっ 資料を作成して住民に提供している3。著者は、市川工 た点は、政府の資金援助や減税の効果が期待できず、 業高校で耐震診断の指導に当たっている菊池貞介教諭に 説明や情報提供もさほど有効とは考えられないこと。 面談し、取組みを把握してきた。また、この取組みの技 ②「工事の費用が適正か」「工事の質が確保されている 術的指導者である八島(大学非常勤講師も勤める)は、 か」「工事の効果があるのか」といった点は、施主の 2004 年までの状況を八島(2005)で紹介している。この生 工務店・建築士への信頼が問題であること(行政が特 徒十数人規模のボランティア活動は、市川市役所とも連 定の工務店・建築士を推薦するのは難しい)。 携して現在も発展しつつ続いている。 2006 年 2 月には、 などは、行政や建築事業者のみでは解決しにくい。そし 生徒による診断に参加した住民の要請を受け、その住民 て、解決に必要な地域の諸団体の活動は、先行事例に学 の住む町内(市川市宮久保 3 丁目)を丸ごと診断するこ ぶことができる。参考となる幾つかの取組みが、政府の ととなり、11 人の生徒が第一段階として 15 棟の外観チ データベース、市民活動、マスコミにより周知されてい ェックと問診による簡易診断を実施した。 2 る 。第3章で取り上げる事例はその代表例といえる。 著者及び柴田は、彦根市にも工業高校建築科があり、 河原町地区に活発な住民がいることから、彦根への水平 (3) 他地域への水平展開の難しさと支援方策 しかし、著者は、地域の諸団体が主要な役割を果たし 展開を考えた。著者は、菊池との数回の面談、市川工業 高校実地調査での校長、八島、関係教諭、市役所関係者、 ている耐震診断・補強の取組みの先行事例を真似た取組 生徒等との面談も踏まえ、関係する地域の諸団体、キー みが、他地区で本格実施されている例(水平展開の事例) パーソン、必要な資源等を把握し、この取組みの実施上 を残念ながら承知しない。これは、単なる先行事例の情 の必須要素の抽出を試みた。その結果は以下の通りであ 報提供だけでは普及しない可能性を示すものである。 る。なお、 ( )内は、面談で聴取できた関係事項である。 各地域が優良事例を真似ようとしても、簡単には進ま A)工業高校の建築科教諭が木造耐震補強の必要性を理 ない可能性を指摘した論文としては、木下等(2003)が、 解し、指導も可能なこと。なお、全国の高等学校にお 商店街活動の議論として、成功した事業モデルを他地域 ける建築科の数は 2005 年で 245(科数)である。 (東 で実行するには様々な情報とノウハウ、コンサルティン 日本の建築科教諭の研究会が同校で開催され、この取 グなどが合わさってこそ成功のステップとなるが、日本 組みが紹介された。 ) では成功事例を見て聞くだけで実行しようとして、大抵 の場合は失敗すると指摘し、 事業ノウハウを共同管理し、 B)耐震診断・補強に知識を持ち、工業高校教諭を技術・ ノウハウ面で支援・リードする専門家がいること 導入サポートする計画を示している。著者は、この指摘 C)工業高校幹部が、地元貢献を積極的にとらえ、生徒の に留意し、耐震診断・補強の先行事例が確実に水平展開 現場実地授業を積極評価していること(現在、工業高 されるためには、単に当事者が「例を見て聞くだけ」で 校は存在意義を示す必要がある場合が多く、一般に地 なく、当事者でない一定の知見を持つ者が、先行事例の 域貢献に積極的と考えられる) 実施上の必須要素を慎重に抽出し、水平展開しようとす D)簡易耐震診断に興味と意欲を示す工業高校建築科の る先の地域がこの必須要素を満たす度合を見極めながら 生徒がいること(工業高校生は、教室から飛び出して 2 の社会活動に積極的な姿勢を見せることが多い) E)通常の学校費用ではまかなえない数十万円程度の資 金が確保できること(市川工業高校では、文部科学省 の「目指せスペシャリスト」の資金を活用した) F)工業高校生の簡易耐震診断を受け入れる木造住宅地 区が近隣にあること(生徒による診断は、教育への協 力と学校への信頼から地域に受け入れられやすい) G)診断を受け入れる地域のキーパーソンが受入れに積 極的であり、地域に働きかけてくれること H)生徒の簡易診断を支援し、またその結果をフォローア ップし本格診断を行える建築士等の体制があること I)地元自治体の建築部局が協力体制をとり、例えば本格 的耐震診断の際には助成制度が適用されること などである。 を住宅居住者の立会いの下で実施していること ⅱ)戸別のセールスの営業活動は一切行っていないこと ⅲ)施工完了時に点検評価部会の技術者が現場に赴き、施 工のチェックを行っていること。また、施主アンケー トの結果やクレームも公開していること。 ⅳ)協議会で開発した耐震後付けブレース工法5も含め、 1箇所 20 万円程度と明示している工法と価格が地域 において妥当と受け取られていること ⅴ)市民団体としても信頼できる建設事業者が少数精鋭 で集まり、その後、施工研修に合格した者を徐々にメ ンバーとする方針が採られていること ⅵ)市役所との連携も確保し、例えば、市の耐震補強助成 金の活用にも一体的に相談に乗っていること などである。 池田(2005)は、静岡市で補助を受けて耐震補強をした (2) 複数の地域主体による耐震補強推進協議会 世帯への調査で、工事の不満な点として全体の3分の2 地域の諸団体が主要な役割を果たしている取組みの が「本当に耐震性が高まったかどうかわからない」と回 2つ目として、神奈川県平塚市の事例がある。互いに信 答したと報告しており、平塚耐震補強推進協議会はこの 頼できる防災市民活動の複数のNPO、耐震診断士、建 不満への対処をあらかじめ行っているといえる。 築事務所、工務店等のメンバーが集まり、平塚耐震補強 推進協議会4を立ち上げた。工事の注文があると、①診 断部会(耐震診断士)が耐震診断を行い、②計画部会(建 4.彦根での質問紙法調査の経緯と結果 彦根市河原町地区の状況は次の通りである。 築士) が耐震補強計画を作成し、 工事の見積もりを出す。 ① 従来から柴田とも連携して商店街活性化に積極的に 施主と合意すると、③工事部会(工務店)が施工し、④ 取り組んでいる商店街の幹部が、地区内の建物の耐震 点検評価部会(市民団体、学者、建築士)が結果をチェ 改修に関心を持っていた。 ックする。そして、⑤広報部会(市民団体)がPRと情 報公開を行う。現在のメンバー構成数は、耐震診断士(会 ② 滋賀県(2004)は、古い住宅、店舗が密集する同地区 を「延焼要注意街区」としている。 長を含め 3 名) 、一級建築士 4 名、工務店 10、建築関係 ③ 河原町地区の特徴を 2000 年の国勢調査結果の詳細 以外のNPOメンバー10 名、学者2名などである。同協 集計からみると表1のとおりであり、高齢化が相当進 議会の実績(2006 年 5 月 13 日現在)は、工事完了 40 件、 み、高齢者のみ居住も多く、一戸建ての持家住宅に住 工事予定 34 件。2006 年度は 200 件、2007 年度は 1000 む人が多い地区であることがわかる。 件の工事を行う計画としている。 著者が平塚の例に着目したのは、市民活動が主導する 住民の診断・工事への立会いや施工が適切さのチェック が、活発な住民がいる彦根市河原町地区でも有効と考え たからである。そこで、著者が、同協議会会合での面談・ 意見交換、耐震補強工事済住宅見学会に参加しての施工 者及び居住者の面談から、この取組みの実施上の必須要 素として抽出できると考えた事項は次の通りである。 表 1 河原町地区の特性 人口総数 1 世帯当たり人数 1 人当たり住宅延べ床面積 65 歳以上人口比率 高齢単身世帯率 高齢夫婦世帯率 一戸建て住宅居住世帯率 持家居住世帯率 河原町地区 819 人 2.46 人 44.7 ㎡ 30.4% 17.9% 11.2% 68.2% 69.4% 彦根市全域 107,860 人 2.82 人 39.3 ㎡ 16.1% 5.4% 7.2% 68.4% 66.9% ⅰ)地域住民が耐震診断・補強工事を信頼できるよう、地 域住民が実地に参観できるモデル診断・工事を行い、 また、協議会が診断・補強工事を行った住宅の見学会 著者は、柴田より、河原町地区の花しょうぶ通り商店 街の幹部や、市役所関係職員(都市計画、商工、建築部 3 局) 、商工会議所職員を紹介され、彼らに先行事例を説明 た、大正時代以前の住宅が4分の1を占め、地区の歴史 し、打ち合わせを重ね、質問紙の内容、実施方法等に助 的特徴を維持するには、建直しよりも補修が有効と考え 言を得ることができた。最終的に、質問紙法調査の主体 られる。また、図3のように、工業高校生・大学生による (作成・分析者の著者、及び関係主体の調整役の柴田) 、 簡易な耐震診断を、 「必ず受ける」と「多分受ける」合計 実施条件(調査表作成・分析作業及び費用を著者負担) 、 で 44%が受診するとの回答が得られた。比較として設定 調査内容に合意をとりつけた。 した図5の工務店による無料診断を「必ず受ける」と「多 この地区の耐震診断への取組みに関して、質問紙法調 分受ける」の合計の 40%を、若干上回る結果となった。 査の開始当時の状況を、第3章(1)であげた必須要素 A) ~I)に沿って整理すれば、次のようになる。 A)担当教諭:柴田研究室にて研修中の滋賀県立彦根工業 あまりな い 6% 全くない 1% 高校建築科 小梶庄次教諭が、趣旨に理解・賛同。 非常にあ る30% B)支援者:柴田。著者も支援。 C)学校等の理解:地域ニーズがあれば前向き。 D)生徒の意欲:困難でない見込み。 E)資金:防災教育チャレンジプラン6に応募。選定され れば 30 万円の資金が得られる。 (その後、選定決定) F)診断を受ける地区:河原町地区が候補だが、簡易耐震 診断へのニーズは未確認。 G)地域のキーパーソン:花しょうぶ通り商店街の幹部が 候補。 H)本格診断体制:滋賀県建築士会彦根支部に要請可能。 I)自治体建築部局の協力:彦根市に無料耐震診断員派遣 ある程度 ある 63% 図1 地震の発生や被害に関心が あるか 不明 14% 江戸時代 3% 昭和56年 ~ 21% 明治時代 12% 昭和46年 ~55年 11% 昭和元年 ~45年 29% 大正時代 10% 制度あり。市役所は本件調査の事前説明に理解を示す。 図2 住宅の建築時期 したがって、工業高校生の簡易耐震診断を受けたいと いう住宅が河原町地区にあると分かれば、各方面が順調 に進む可能性が伺われ、同地区での診断ニーズを把握す る調査の意義が明確となった。さらに、質問紙に添付す る調査趣旨説明には、琵琶湖西岸断層帯地震、滋賀県・ 彦根市の地震防災対策等の説明を記載し、防災意識を高 める効果を狙った7。 5.調査の実施及び結果 受けるつも りは全くな い8% 必ず受け る 11% たぶん受 けない10% 受けるか どうかわか らない 38% たぶん受 ける 33% 図3 簡易な耐震診断を専門家の指導を受け た工業高校生や大学生が無料でしたら? 質問紙の配布は、花しょうぶ通り商店街より河原町の 各自治会へ協力要請していただき、自治会の配布物とし て各戸に配布された。これが回収率の確保に役立ったと 考えている。調査時期は 2006 年1月 10 日~20 日、回収 は返信用封筒による郵送である。配布数 346 通、回答 146 通で、回収率は 38.7%であった。 回答結果であるが、図1のように河原町地区では、地 震の発生や被害に関心が高いことが確認できた。図2よ り、昭和 56 年以降の建物であるとの回答は 21%に過ぎ ず、耐震補強の検討が必要な住宅の比率が相当高い。ま 耐震改修 済み 3% 協力の必 要性を感 じない0% 他人に 入って欲 しくない 17% その他 14% 耐震性を 心配して いない7% 耐震補強 をする余 裕がない 59% 図4 高校生等の診断をためらう理由 4 がある。総じて地域社会への感度が高い回答者が工業高 必ず受け る 9% 受けるつ もりは全く ない 12% たぶん受 けない 16% の働きかけの効果に期待できる結果となった。 受けるか どうかわ からない 32% たぶん受 ける 31% その他 13% 業者が信 頼できな い 25% 0% 20% 近所の親しい人が耐震診断や補強 9% 工事をした場合 耐震性を 心配して いない8% 近所の親しい人が、診断や工事を 5% する業者を推薦してくれる場合 他人に 入って欲 しくない 2% 図6 工務店の診断をためらう理由 さらに、高校生・大学生による診断を「受けない」 「分 からない」とした回答者にその理由を聞いた図4をみる と、ためらう理由の約6割は、 「耐震補強をする余裕がな い」との回答であった。このことは、近年安価な工法や 工事例も出ているので、実際の耐震補強費用を知ること 60% 80% 100% 59% 44% 43% 38% 57% 行政が診断や工事をする優良業者 を推薦してくれる場合 24% 34% 42% 診断や工事が適切に行われたか確 認してくれる人が得られた場合 23% 37% 40% かなり積極的に 耐震補強 をする余 裕がない 42% 40% 33% 近所で実際に耐震診断や補強工事 12% の現場を見ることができた場合 図5 工務店が無料診断をするとしたら 耐震改修 済み10% 校生等の診断に積極的なことが推察され、地域の諸団体 少し積極的に 特に変わらない 図7 それぞれの場合、耐震診断・補強に どの程度積極的になるか 表2 工業高校生の診断の回答者の比較 回答の分類 建設時期が昭和56年以降 当面、建替えの予定がない 回答者の年齢の平均 近所で耐震診断・工事の現場を 見ることができた場合に効果が ある率 行政が優良業者を推薦してくれ る場合に効果がある率 耐震化はお互い勧め合うべきと の考えに積極的な率 地震の発生や被害について、非 常に関心がある率 積極 24% 94% 66歳 81% 消極 21% 94% 66歳 39% 全体 21% 94% 66歳 57% 80% 40% 58% 45% 17% 30% 40% 22% 30% で耐震診断を受ける人が増えることが期待できることを 示唆する。また、工務店の場合も、図6のとおり「耐震 補強をする余裕がない」が一番多い。なお、 「業者が信頼 できない」 をためらう理由としているのは25%であった。 次に、平塚の事例の必須要素を意識した質問の結果は 図7のとおりである。診断や工事の適切さを確認してく れる人がいる場合に積極的になる効果は、行政が優良業 さらに、質問紙の末尾には、任意回答と明記して、無 料耐震診断を受ける希望者が、氏名・住所を記入のうえ で回答するページを設けた。これに診断希望と回答した のは34人であり、地区内の世帯の1割、回答者の25%に 上った。これは、彦根工業高校の生徒が当面取り組める 簡易診断の件数をかなり上回る数であった。 者を推薦するのと同等のプラスの効果が認められ、平塚 の点検評価部会の方式が受け入れられる可能性を示すも のである。また、実際に診断や補強工事を見られた場合 の効果も56%がプラスの効果としているなど、平塚のモ デル工事の地域住民見学の方法も有効とみられる。 続いて、工業高校生の診断を希望する者としない者の 違いを回答から分析すると、表2のようになった。住宅 の建築時期、建替え計画の有無、年齢にはほとんど違い がみられない。一方、近所で現場を見ることができた場 合の効果、行政の業者推薦の効果、耐震化はお互い進め あうべきとの考え方、地震被害への関心などに大きな差 6 質問紙法調査後の状況 質問紙法調査の終了後、著者は柴田と共同し、商店街 等とも連携して、河原町地区内及び近隣の小規模会場に おいて、地域住民の方々を対象に、2006年2月及び3月 の2回にわたり「防災・耐震・まちづくりフォーラム」を 開催した。そこでは、質問紙法調査の結果の報告、耐震 診断・補強の先行事例の紹介(市川工業高校、平塚耐震補 強推進協議会を含む)、有識者や行政担当者等の講演等 を行い、地域の方々の地震防災意識を高め、耐震診断の 受診者の確保の環境整備を行った。その中で、同地区内 5 での自主防災組織の立ち上がりも確認できた。 そして、質問紙法調査で高校生の簡易診断を受ける希 望が多く、期待の大きさが判明したことが、工業高校、 地区自治会、建築士会等の対応を本格化させ、ついに、 2006年6月8日には、彦根工業高校建築科の3年生の生 徒8人が、地元建築士、滋賀県立大学及び行政の支援を 得ながら、河原町地区内の2件の木造住宅(一部店舗) の簡易耐震診断の実習に入ることができた。その様子は 公開され、報道もなされた。2006年秋までにさらに数軒 の診断を予定している。また、「近所で実際に耐震診断 や補強工事の現場をみることができた場合」に住民が積 極的になるとの調査結果をうけて、河原町地区内でモデ ル耐震補強工事の実施が具体的に検討されている。 7.まとめ 木造住宅の耐震診断・補強を地域で広げていくために は、行政や建築事業者以外の地域の諸団体の関与が必要 であると認識し、著者は彦根市河原町地区の事例に取り 組んだ。その際、先行事例である市川工業高校の事例か ら必須要素を抽出し、その要素を当該地区が満たしてい るか検討し、不足している必須要素のうちまず解決すべ き「工業高校生の簡易耐震診断を受け入れる地区がある こと」を検証する質問紙法調査を実施し、さらに診断受 入れ者の確保に資するフォーラムを実施した。地元工業 高校生による簡易耐震診断が実現したことから、この必 須要素抽出に基づく方法には一定の効果があったとみら れる。また、平塚の事例から抽出した必須要素に関して も、質問紙法調査の回答を見る限り、同地区での実施の 有効性が期待できる。 また、今回の質問紙法調査は、当事者ではない研究機 関が持つ調査、分析、連携に関する技術・ノウハウ(関 係主体との事前調整も含む)が地域防災力の向上に役立 った1事例になったものと考える。 今後の研究課題としては、今回著者が抽出した先行事 例の実施上の必須要素について、彦根市河原町地区の今 後の展開や、他地区での更なる適用を踏まえ、拡充及び 精緻化がなされる必要がある。また、質問紙法調査の有 効性について更なる事例検証が必要である。 謝辞 本論文の作成にご協力いただいた、滋賀県立大学柴田いづみ教 授をはじめ彦根の関係者の皆様、市川工業高校の菊池貞介先生、 平塚耐震補強推進協議会の皆様に深く感謝の意を表します。 参考文献 池田浩敬(2005) 「制度利用者及び非利用者の視点からみた 木造住宅耐震化支援制度の需要者ニーズに関する分析」 (社)日本都市計画学会都市計画論文集 No.40-3, PP.697-702. 木下斉、安井潤一郎(2003)「変化に適応する組織化」中小企 業組織活動懸賞レポート、(財)商工総合研究所 HP 滋賀県(2006)「密集住宅市街地広域調査業務報告書」 住宅・建築物の地震防災推進会議(2005)「提言 住宅・建築 物の地震防災対策の推進のために」国土交通省HP http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/07/070610/ 01.pdf 消防庁震災対策指導室(1998)「地震時における出火防止対 策のあり方に関する調査報告書」, 消防庁 HP http://www.fdma.go.jp/html/new/syukabousi01.html 中央防災会議・民間と市場の力を活かした防災力向上に関 する専門調査会(2004)「民間と市場の力を活かした防災 戦略の基本的提言」 内閣府 HP, http://www.bousai .go.jp/MinkanToShijyou/kihonteigen.pdf 八島信良(2005)「木造住宅耐震診断・補強の促進に関する支 援活動」日本建築学会大会学術講演梗概集 F-1 分冊, pp.1517-1518. 補注 1 柴田いづみ 建築家、滋賀県立大学環境科学部教授 2 内閣府防災担当の防災まちづくりの HP (http://www.bousai.go.jp/minna/index.html) 、 安全・安心まちづくりワークショップ (http://www.anshin-ws.net/index.html)参加事例、 NPO 東京いのちのポータルサイト (http://www.tokyo-portal.info/)の耐震補強フォーラ ム参加事例など 3 類似のものとして、宮城県既存建築物耐震改修促進協議 会(座長:宮城工業大学 田中礼治教授)の所属メンバー が、中学生、高校生に耐震診断方法を教え、生徒が地域 の耐震診断に専門家と取り組んでいる例がある。特に松 島町の松島中学の生徒による取組みは、 「子ども防災甲子 園」優秀賞(2004 年。同実行委員会主催、毎日新聞社等 が共催)を受けている。市川工業高校の例に比べると教 育カリキュラムの中での位置づけが弱い面もあるが、多 くの学校に対して行われ、広がりはより進んでいる。 4 HP は、http://www15.plala.or.jp/hira-taishin/ 5 開口部を閉じないでワイヤーを使用する工法(補注4の HP参照) 6 防災教育チャレンジプラン実行委員会主催(内閣府等後 援)の防災教育の取組みに対する審査・表彰制度。選定さ れると上限 30 万円のサポート費用が得られる。 7 柴田らが2003 年に東京都目白で実施した「防犯、防災に 関するアンケート」において住民の防犯・防災意識を高 める効果をあげたことを参考にした。なお、この狙いを 込めた点から、住民意向の度合に関する部分に関しては、 回答結果から他の地域の傾向を推定するような結果利用 は不可となる。 6
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