ネット de ひでさん塾 <第6回:2009年8月20日発行> いよいよインフルエンザA型(H1N1)が蔓延期に入りました。第一波の流行が始まっ たわけで、今までの発生は単に前触れだったのです。国立感染症研究所のホームページに よりますと、 『感染症発生動向調査では、2009年第31週のインフルエンザの定点当たり報 告数は0.56(報告数2,655)であり、第28週以降増加が続いていることに加えて、前週(第 30週)の定点当たり報告数(0.28)が倍増しています。 都道府県別では沖縄県(11.79)、大阪府(1.68)、東京都(0.97)、滋賀県(0.96)、奈 良県(0.95)、長崎県(0.79)、千葉県(0.57)、石川県(0.50)の順となっています。 33 都道府県で前週よりも患者報告数が増加しており、特に東京都及びその周辺地域、大阪府 及びその周辺地域、沖縄県での増加が目立っています。また、19都府県の71保健所地域で 定点当たり報告数が1.0を超え、4保健所地域(大阪府1、沖縄県3)では定点当たり報告数 は10.0を超えていおり、インフルエンザの流行地域およびそのレベルは共に増大していま す。 患者報告数が継続的に増加し始めた第28週以降第31週までの定点当たり累積報告数は 1.54(累積患者報告数5,992)で、年齢群別では10∼14歳1,329例(22.2%)、5∼9歳1,284 例(21.4%)、15∼19歳1,022例(17.1%)、20∼29歳800例(13.4%)、0∼4歳649例(10.8%) の順となっています。従来、インフルエンザの年齢群別報告数は、5∼9歳、0∼4歳、10∼ 14歳、30∼39歳、20∼29歳の年齢群の順で多かったので、10代を中心に発症者がみられ ている新型インフルエンザが大きく影響している可能性が高いと考えられます。 第19∼31週のインフルエンザウイルスの検出は、AH1亜型(Aソ連型)48件、AH3亜型 (A香港型)733件、B型92件の報告があり、またAH1pdm(新型インフルエンザウイルス) は、2,753件の分離・検出が報告されているため、AH1pdmはこの期間中の分離・検出全 体の75.9%を占めています。 ただし、AH1pdmの大半は、これまでは新型インフルエンザ の全数報告の一環として、診断のために地方衛生研究所でRT-PCR検査が実施されてきた 結果が反映されたものであり、従来の季節性インフルエンザと新型インフルエンザの患者 発生の割合を正確に示しているものではありません。 インフルエンザの患者報告数は、昨年までは、例年夏季休暇中に年間を通じて最も減少し ていました。しかし2009年は、国内の大半の学校が夏季休暇中となっているにも関わらず、 インフルエンザの患者報告数の増加が続いています。また、最近の年齢群別の患者発生割 合をみても、現在のインフルエンザの報告数の大半は新型インフルエンザによると考える べきでしょう。今後のインフルエンザ、新型インフルエンザの発生動向を予測することは 困難ですが、全国の学校が夏季休暇を終了する9月以降早期に、本格的な流行が発生してく る可能性は十分にあると思われます。新型インフルエンザを含めたインフルエンザの発生 動向には今後とも十分な注意が必要であり、ウイルスの変化並びに症状の変化に注意して 監視していくべきであると思われます。』 インフルエンザA型(H1N1)に関するマスコミの報道や厚労省の対応は、感染のこわ さばかり強調しており、国民に安心感を与える情報が全く欠如しています。それもそのは ずで、対策としてはタミフルとリレンザしかない現状では、タミフルを投与しても重症化 するという情報を流されてしまいますと、国民はもとより医療関係者にも不安を煽る結果 にしかなりません。われわれ漢方専門医は、漢方治療で感染初期から積極的に介入するこ とで、早期にインフルエンザA型(H1N1)ウイルス数を減少させることができるし、サ イトカインストームに代表される免疫系の過剰反応を抑制することができるという点を広 く知らせることで、国民や医療関係者に安心感を与える責務を負っていると思います。 ひでさんの診察室 今回はいつもの診察室での患者さんとのやり取りはお休みにして、インフルエンザA型 (H1N1)に罹患したときの漢方薬を加味した治療法をおさらいしてみましょう。 インフルエンザA型(H1N1)にかからないための免疫力を高めるためには、補中益気湯 を日頃から服用しておきましょう。動物実験ですが補中益気湯にはインフルエンザウイルス 数を減少させる働きがあります。 処方例 ツムラ補中益気湯 7.5g 分3 14 日分 補中益気湯の免疫調節作用とウイルス感染 に対する効果 (漢方と免疫・アレルギー 15:10-20, 2001) マウスにインフルエンザ ウイルスを経鼻接種 肺洗浄液中のIFN-αレ ベルを測定 対照群(水投与)と補中 益気湯投与群で比較 水 19 補中益気湯 補中益気湯のIFN産生に対する効果 対照:水 補中益気湯 インフルエンザ感染 に対するIFN産生の レスポンスが高めら れた可能性あり 1,500 ウイルス数の減少 によりIFNの過剰 産生が抑制された 可能性あり 1,000 500 day 0 day 2 day 4 day 7 0 20 インフルエンザA型(H1N1)による死亡例や重症例では、発症から重症化するまでの日 数が 2、3 日と非常に短いのが特徴です。強毒性の鳥インフルエンザでは、発症から ARDS に至る日数の中央値は 4 日です。ということは、重症化を防ぐためには一刻も早く治療を開 始して、まだウイルス数が少ないうちにウイルスを減らす作用のあるインターフェロンαを 産生させる必要があります。自然経過に任せていては、インターフェロンαが立ち上がるの に 4 日くらいかかってしまいますが、それでは遅いのです。タミフルやリレンザを一刻も早 く投与するのは勿論ですが、自然免疫力を前倒しして高めるために漢方薬での介入が必須で す。感染率の高い小児にどうやって漢方薬を飲ませるかは重要なポイントのひとつですが、 苦い薬はどうやっても苦いのですから、無理矢理押さえ込んで強制服用させるしかないでし ょう。刺身の醤油を入れる小さな皿に、一口で飲めるくらいの水を入れて、そこに漢方薬を 混ぜ、電子レンジで数秒チンすると水薬になります。これを口をあけさせて流し込むのが最 も確実な方法です。いくら泣き叫んでも命には替えられません。 奨励される処方例 タミフル(75mg)2 cap 1日2回朝夕食後 5日分 or リレンザ(5mg)1回2ブリスター(10mg) 1日2回 5日分 and ツムラ麻黄湯 7.5g ツムラ越婢加朮湯 7.5g 毎食前 3日分 or ツムラ桂枝湯 7.5g ツムラ麻杏甘石湯 7.5g 毎食前 3日分 or ツムラ葛根湯 7.5g ツムラ小柴胡湯加桔梗石膏 7.5g 毎食前 5日分 麻黄湯+越婢加朮湯は、全く汗をかいていないときの処方です。大青竜湯の近似処方その 1 です。3 日分とかいてありますが、最初から 3 日分処方するのではなく、必ず 1 日分の処方 にして翌日に外来に来てもらって下さい。一般的には大汗をかいて解熱します。高熱が続い ていたら最長で 3 日分くらいは飲ませてもいいでしょうという意味です。毎日外来で診察し ましょう。平熱になったらこの処方は終わりです。桂枝湯+麻杏甘石湯は、高熱は出ている けれど肌を触るとしっとりしている人に処方します。大青竜湯の近似処方その 2 です。この 組合せでは大汗をかく代わりに、尿が多量に出て治ることがあります。 葛根湯+小柴胡湯加桔梗石膏は柴葛解肌湯の近似処方で、感染が肺の方に進行している人に 使います。この組合せは初回に 3 日分処方してもいいでしょう。さすがに一日ではよくなり ませんから。発症したその日に来院してくれれば、ほとんどは翌日には平熱か平熱近くまで 解熱します。そのあとどうするかというと、桂麻各半湯でソフトランディングをはかります。 倦怠感や食欲不振が全面に出ていれば補中益気湯を投与するという手もあります。 症状が軽快したら 東洋桂麻各半湯 4.5g または ツムラ麻黄湯 5g ツムラ桂枝湯 5g 分3 4日分 柴葛解肌湯でもうまくいかずに ARDS に進行する恐れが大きいときには竹筎温胆湯+クラ リスロマイシンを試してみて下さい。 多量の痰=炎症が肺の奥へ ツムラ竹筎温胆湯 7.5g 分3 7日分 クラリス(200mg) 2錠 分2 7日分 漢方薬の最終兵器として茯苓四逆湯があります。私自身はあいにくと処方経験がありませ んが、人参湯+真武湯+ブシ末+コウジン末で近似処方が作れます。 漢方処方での対処法を知っているだけで、治療者としては大いに心強いツールを手に入れ ることになりますので、タミフルまたはリレンザを投与するときに、積極的に併用して重症 化を防ぐことで、死亡例がこれ以上出ないことを祈ります。 医療法人静仁会 静仁会静内病院 病院長 井齋偉矢
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