Case study 事業部門を複数有する 多国籍企業グループにおける 顧客収益性評価のアプローチ 現状 多くの企業は、顧客別の収益管理に頭を悩 ませている。収益は、製品または事業部門 にかかわるため、製品ごとや事業部門ごと の収益性に焦点が当てられることが多い。 収益性の分析は、通常は利益管理単位で 行われ、それ以上の細分化、つまり、顧客レ ベルの分析が行われることはほとんどな い。とはいえ、この顧客別収益性の分析を 取引関係上の期間や質の分析に加え、将 来の収益性予測と併せて行うことは、個別 の顧客の価値を評価する上で非常に重要 (顧客 である。One-to-Oneマーケティング 一人一人に対応したマーケティング)や価 格交渉における意思決定が、顧客価値の分 析による情報に基づいて行われることはほ とんどない。 しかしながら、 このような分析 は今後の予測に関する指標として、 これま での実績から判断する手法以上に有益な 情報をもたらすものである。 多くの場合、営業マンや主要顧客担当マネ ジャーに与えられるインセンティブは、顧 至上主義」に代わり、収益性を伴う成長が 客ごとの売上と連動している。たとえ顧客 重視され始めている。 の収益性が変動しても、通常はインセンテ ィブに反映されず、また、報酬上のどのよ うな内訳にも表れてこない。しかし、この 顧客収益性を合意された年間目標に盛り 込むならば、経営の劇的な変化につながる だろう。 本稿では、顧客収益性の評価とそこから生 じる課題について検討を行う。また、 グロー バルな環境で事業展開する複数の事業部 門を有する企業グループでは、そのプロセ スがさらに複雑になり得ることも説明を加 える。 与えれば、達成される。 (Dellermann/Kasties/Richter, 2006) ら、一部のサービスは最も収益性の高い顧 客へ提供され、収益性の低い顧客に対して はコストが削減される。 顧客別収益性に焦点を当てるメリットは、 企業が長期的な視野を持つことが可能と なる点であり、顧客に係る費用は、長期に わたり収益を上げるための投資である。 事業部門を複数有する多国籍企業グルー いに根本的に異なるか、 または計算方法が コノミストたちによって生み出されてきた (Weber/Haupt/Erfort, 2005)。 特に本稿では、事業部門を複数有する多国 籍企業グループが、顧客別の収益性評価を 行うために実施可能なアプローチについ て考察を行う。 ここ数年、貢献利益に基づいた計算を用い る営業管理者が増えてきており、それが顧 客の売上高拡大のみを重視するアプロー 22 業戦略の採用が実現し、無計画な顧客管理 が行われないようになる。コストの観点か 顧客が自社にとって価値を増すのは、 どの 解 明するさまざまな 概 念が、ビジネスエ 適切にインセンティブを すなわち、個々の顧客に照準を合わせた営 事業部門を複数有する 多国籍企業グループが 抱える課題 定量または定性的観点からこのテーマを 見える化できる。 これにより、差別化された顧客関係戦略、 プの場合、ある顧客一社の全事業部門にわ ような 場 合か ? この 疑 問に答えるため、 適切な尺度を決めれば チから徐々に代わりつつある。 「売上拡大 たる全体収益を確定するには、数多くの困 難が存在する。最初の問題は、セグメントレ ベルで用いられる各種の収益性指標が、互 異なるという点にある。これは、基本となる ビジネスモデルが異なることや控除対象と なる費目が異なることを考えれば、当然の ことである。 会社組織の再編は、さらなる困難を招くこ とになる。買収、分割、合併が行われると、 顧客データをさまざまなITシステムからイ ンポートして一つのデータベースにまとめ る必要があり、顧客データの統合を難しく する場合がある。情報伝達において連携が 図られなければ、顧客の売上高および収益 性がタイムリーかつ正確に評価できない 著者 アーンスト・アンド・ヤング ドイツ事務所 アドバイザリーサービス パートナー Andreas Bonnard 顧客収益性評価のアプローチ ドイツポストDHL(ドイツ) グローバル・カスタマー・ソリューションズ チーフ・フィナンシャル・オフィサー Frank E. Thode アーンスト・アンド・ヤング ドイツ事務所 アドバイザリーサービス シニア・マネジャー Matthias Heintke アーンスト・アンド・ヤング ドイツ事務所 アドバイザリーサービス シニア・コンサルタント Stephan Dellermann 監訳者 アーンスト・アンド・ヤング・アドバイザリー株式会社 マネージングディレクター 永海 靖典 危険があり、情報の収集プロセスにも一層 こうした数値の割合を直接比較したり、合 通じて行う。マニュアル作業では、事前定義 時間が必要となる。 算したりすることは不可能である。また、顧 された範囲から外れた異常値があるかどう こうした問題を詳しく見てみよう。我々の 経験によれば、複雑な組織が顧客別売上高 をグローバル規模で集計する場合には、数 々の問題が発生する。問題の原因は、多様 な業務、会計、報告システムが幾多も存在 客ごとにコスト要素を売上データに紐付け かを洗い出す。ある場合、データ元に連絡 るプロセスは多くの問題をはらんでいるこ を取り、異常の理由を明確する。この方法 とが多く、それが長期的な意思決定の基盤 では、膨大な時間を要し、異常なデータの となる収益性の計算と分析を複雑なもの すべてを特定できるという保証はない。 にしている。 データ検証のような繰り返し行う作業につ し、顧客マスターデータの信頼性が低いた 顧客マスターデータの管理には、さらなる いては、ITによる自動検証ツールを開発し、 め、顧客別の売上高とプロフィットセンター 課題が伴う。企業の複雑な親子関係によ 導入することが望ましい。 ごとの売上高の比較が煩雑な作業となっ り、理論上では、各種業務システムや事業 ていることである。同様に、データフローの 部門を合わせると、一つの主要取引先につ 統合を阻む要因として、地域によって機能 いて数千に及ぶ顧客番号が存在すること が異なるIT 環境も挙げられる。これは、我 もあり、実際にこうしたすべての番号をそ 々が実務を通じて見てきたことから明らか の顧客に直課させることができないという で、例えば、大企業が顧客別売上データを 状況も生じる。 • 月次比較によるデータの変動性 売上とコストを集計して収益性を計算する • 売上高および収益の推移・傾向 検証するだけで数週間かかる場合もある。 こうした状況では、社内の顧客関連の業績 データの報告が遅れがちになる。 ために必要なすべての顧客に関する名称 と番号の確認を行うのが困難だということ 地域や事業部門によって収益性指標の計 は、衆目が一致する見解である。複雑な親 算方法が異なるため、ある特定の顧客につ 子関係を伴う合弁企業、投資先企業、出資 いて収益性を評価することは難しい。収益 企業がある場合は、親会社の顧客と正確に 性の算定に使用される最も一般的な指標 関連付けることが特に重要である。 は、売上総利益(GP)、売上総利益率(GM)、 そして営業利益( OP )であるが、間接費の 配賦など計算方法の詳細レベルはそれぞ れで異なる。売上総利益は、企業の売上高 と売上原価の差額である。営業利益は、特 別利益・損失および税金を考慮する前の、 通常の営業活動から生じた利益を表す。売 上総利益率は、売上高から製造原価を控除 した残額の割合をパーセント表示した数値 である。 理想として、 この自動検証を含めたプロセ スでは、次の基準の検証を行うべきである。 • 異常値を特定するデータ範囲の事前 定義 次に検証すべき差異は、顧客レベルまたは 地域レベルの各担当者と確認する (可能な 限り自動検証を含めたプロセスによる)。 経営層への報告のため、 このような差異検 証により、さらに効率的に、集中的に処理さ れ、タイムリーにデータ提供が行われる。 以上で述べた弱点を克服、 または軽減する 要約すると、マスターデータ管理とデータ ためには、方針を策定する必要がある。こ 検証は、顧客別売上高および収益性の効 こでは、さまざまなソリューションの方向性 果的かつ効率的な報告システムの基本で を述べ、総合的な顧客収益性の指標の考 ある。 え方を紹介する。最初は、顧客別の売上高 とコストの情報を定義し、確定するための ガイドラインを明確にすることが特に重要 である。実際のデータ検証は、マニュアル、 もしくは、一定の自動化されたプロセスを 部門横断の収益性分析とそこから得られ る知見により、各事業部門間の連携が促進 される。例えば、事業部門間に共通する顧 客関係から生じる商圏を特定し、定量化す ることが可能になる。また、顧客関係を全 23 事業部門を複数有する組織は、個々の顧客の収益性評価および管理の課題を抱えて いる。企業が顧客中心の姿勢を強め、資本市場では無形資産の評価および管理の実現 に関心が集まる中、この問題は重要性を増しつつある。 体的に捉えることにより、営業上の決定も 十分な情報に基づいて下されるようにな り、顧客の入札募集に対する企業の対応に も効果が表れるようになる。顧客の質に対 する評価は、事業部門別とグループ全体で は、異なる場合もある。我々が提供する考 え方は、 さまざまな視点を標準化し、マネジ ャーが事実に基づいた意思決定を行える よう支援するものであり、さらに、顧客中心 事例 − ドイツポスト DHL 上述の考え方は、実際の現場の事例に適 用することができる。ロジスティックス産業 は、近年、急速な成長を遂げているが、周 期的な性質を持つことから、景気の変動に 質の積極的な管理が長期的な成功に必要 れることが、非常に重要であり、当該企業 不可欠であることを認識し始めている。そ の利幅が一部の事業において平均3%から 力が求められる。こうした観点からも、やは 果生じる顧客の収益性を全体的に評価す ることにより、収益性を伴う成長という、最 近取り沙汰されてきた目標に近づくことが できるのである。 5%と小さいことを鑑みれば、これはなおさ らのことである。 ドイツポストDHLグループでは、グローバ とい ル・カスタマー・ソリューションズ(GCS) う組織が、同グループの上位顧客100 社に 物流受託、陸運、海運、空運、およびエクス プレス便の各セグメントのサービスを提供 している。 近 年 行われたいくつかの M&A 取 引を経 て、DHL はこれらのセグメントで大きな成 長を遂げていたが、一方で、異なるITと業 務プロセスが混在することになった。製品 24 経営陣は、主要な顧客について部門横断 め、こうした知識の活用に非常に適してい るといえる。 高いこと、それに基づいて意思決定が行わ り、顧客に関するキャッシュフローとその結 へと繋がっている。 的な収益性評価ができるような仕組・体制 算定された収益性指標の信頼性と価値が 特定するとともにその質を明らかにする能 及び、そのそれぞれがさらに上流システム を必要としている。その目的は、セグメント 数年、企業は、顧客関係およびサービス品 リオを分析し、さまざまな顧客グループを タの作成元やシステムは、実に 30 以上に 大きく左右されやすい業界である。そのた 主義へ力点を置いていくものである。ここ の実現のために、企業には、顧客ポートフォ と顧客の収益性の計算に用いられるデー をまたがる市場志向を強め、 クロスセリン グおよびアップセリングの機会を識別する ことである。顧客関係に対するこうした全 体アプローチは、サービス品質の向上を図 り、また、的を絞った、かつ統一的なサービ ス範囲を顧客に提供することを目指すもの である。 それぞれのセグメントではさまざまな収益 性指標が使用されており、上述の通り、複 数部門を合算した絶対的数値を計算する ことが可能である。 これを受け、我々の認識としては、総合的 な収益性の相対的指標が必要であると考 えていた。分かりやすいように、架空の数値 を用いてケーススタディを紹介する。 まず、次の公式により、相対的収益性を算 定した。 顧客収益性評価のアプローチ 図1 一つの事業部門における相対的収益性の計算 絶対的収益性 売上高 相対的収益性 = (RP) 顧客 1 顧客 1 Ø 絶対的収益性 y Ø 売上高 a, b, c 出典: 独自調査 y є {a, b, c} とし、a: 顧客ベース全体、b: ある業界の顧客ベース全体、c: ある地域の顧客ベース全体を表す。絶対的収益性とは、顧客に 関する絶対的収益性の指標(売上総利益、売上総利益率、営業利益など) を指し (計算は、表 1も参照)、その顧客の絶対的収益性の指標を、 そのセグメントの顧客全体の絶対的な収益性の平均(業界および地域の平均も比較対象として適当である) と比較する際に用いるものと する。以上を次の図に示す。 図2 相対的収益性の計算 国際運輸(S1) GP OP1 顧客 1 売上高 相対的収益性 = (RP) サプライチェーン (S2) 売上高 顧客 1 エクスプレス (S3) GM 顧客 1 顧客 1 売上高 顧客 1 顧客 1 � Ø GP y � Ø OP1 y � Ø GM y Ø 売上高 y Ø 売上高 y Ø 売上高 y 売上高占有率 S1 資産に関する費用の割合 S1 売上高占有率 S2 資産に関する費用の割合 S2 売上高占有率 S3 資産に関する費用の割合 S3 売上高および資産に関する費用の割合に応じて重み付け 出典: 独自調査 算出された値が1を超えれば、その顧客の収益性が平均を上回っていることを意味している。 における売上総利益は10.0%である。セグメント1 の顧客全体の売上総利 架空の数値を用いたこの例では、 この顧客のセグメント1( S1 ) 益の平均は10.0%であり、平均と比較した値は1.0となる。つまり、相対的収益性は平均に等しいという結果になる。 セグメントの この計算は、すべてのセグメントについて行う必要がある。本ケーススタディでは、セグメント2におけるこの顧客の収益性は、 顧客全体の平均よりも高いことが判明した。この顧客の収益性が19.2%であるのに対して、セグメント2 の顧客全体の営業利益の平均は 14.5%である。従って、この顧客の相対的収益性は、セグメント2では、セグメント平均の1.3倍であることが分かった。 25 表 1 相対的収益性の計算 セグメント 1 売上高 GP GP(%) 10,000,000ユーロ 1,000,000ユーロ 10.0% 売上高 OP OP(%) 13,000,000ユーロ 2,500,000ユーロ 19.2% 売上高 GM GM(%) 16,000,000ユーロ 4,000,000ユーロ 25.0% 顧客全体の GP平均(%) 10.0% 相対的収益性 資産に関する 費用の割合 売上高占有率 1.0 38% 26% 相対的収益性 資産に関する 費用の割合 売上高占有率 1.3 34% 33% 相対的収益性 資産に関する 費用の割合 売上高占有率 1.2 28% 41% セグメント 2 顧客全体の OP平均(%) 14.5% セグメント 3 顧客全体の GM平均(%) 21.0% 出典: 独自調査 さまざまなセグメントにまたがる顧客の収 使用割合が低いセグメントが、適正に区別 割合はグローバル規模で算定し、各セグメ 益性を集計するには、二つの加重値(その されない危険がある。 しかしながら、オペレ ント内ではすべての顧客について同一の セグメントにおける当該顧客への売上高 ーティングリース取引により、資産に関する 値とする。 が、当該顧客に対する売上高全体に占める 費用の割合が実情を正しく反映しない恐れ 割合と、資本集約率の逆数 1 )をセグメント があるため、状況に応じて調整を行う必要 レベルの相対的収益性と掛け合わせる。 がある。 加重値として売上高占有率だけに注目す 我々のケーススタディでは、同社のこの顧 ると、企業が所有する資産(本ケースでは、 客に対する売上高のうち26%がセグメント 航空機、車両、不動産など)の使用割合が 1 で生み出されており、資産に関する費用 の割合は38%である。資産に関する費用の 高いセグメントと、企業が所有する資産の それぞれの値を求めた後、その合計値を、 比較すべき各数値の合計で除す。この例で は、 グループ全体について求めた値で除し ている。 算出された値が 1を超えれば、その顧客の 総合的収益性が平均を上回っていることを 意味している。本ケースの顧客は、全体的 な値が 1.2となったため、この顧客の平均 図3 総合的かつ相対的な収益性指標の計算 総合的 収益性指標 = 顧客 的な収益性は、他の顧客の平均を上回ると いう結果を得たことになる。 [ RP 顧客1 S1 × 売上高占有率 顧客1 S1 × 資産に関する費用の割合 顧客1 S1 + RP 顧客1 S2 × 売上高占有率 顧客1 S2 × 資産に関する費用の割合 顧客1 S2 + RP 顧客1 S3 × 売上高占有率 顧客1 S3 × 資産に関する費用の割合 顧客1 S3] こうして求めた総合的収益性指標の推移 [RP y S1 × 売上高占有率 y S1 × 資産に関する費用の割合 y S1 + RP y S2 × 売上高占有率 y S2 × 資産に関する費用の割合 y S2 + RP y S3 × 売上高占有率 y S3 × 資産に関する費用の割合 y S3] に分析することができる(図 4 を参照)。あ 出典: 独自調査 は、数カ月、数カ年という期間にわたりモ ニタリングを行い、検討すべき偏差を詳細 る顧客の推移を、比率を用いて、他の顧客 や、顧客グループ、外部の指標の推移と比 較すること、そして総合的収益性指標のみ ならず売上高の推移も示すことは、非常に 1 セグメントの資産に関する費用の割合は、一定 期間ごとに(年に一度など)算定すれば十分で ある。 26 有益である。 顧客収益性評価のアプローチ 表2 総合的収益性指標の計算 セグメント 1 セグメント 2 セグメント 3 相対的 収益性 売上高 占有率 資産に 関する 費用の割合 本ケースの顧客 1.0 26% 38% 1.3 33% 34% 1.2 41% 28% 1.2 全顧客 1.0 52% 38% 1.0 28% 34% 1.0 20% 28% 1.0 相対的 収益性 売上高 占有率 資産に 関する 費用の割合 相対的 収益性 売上高 占有率 資産に 総合的 関する 収益性指標 費用の割合 出典: 独自調査 図4 総合的収益性指標(月別) ユーロ 1.3 12,000,000 1.2 1.1 1.0 11,000,000 0.9 0.8 0.7 0.6 10,000,000 2007年1月 2007年4月 2007年7月 2007年10月 2008年1月 2008年4月 2008年7月 月間売上高(顧客1) 総合的収益性(顧客1) 総合的収益性(顧客全体) 総合的収益性(業界) 外部指標 出典: 独自調査 また、特定の顧客グループや業界につい の状況の推移を比較した。すべての顧客の ものになる恐れがあるため、収益性を検討 て、総合的収益性の推移を示すことも可能 売上高は、前年より拡大しているが、顧客 2 対象に含めることが有益であるという当初 である。図 5 では、総合的収益性指標と売 以外のすべての顧客で総合的収益性指標 の前提を裏付けている。一般に、顧客の状 上高の推移という視点から、期間( n )の値 は低下している。これは、売上高の増加の 況がいずれの方向に推移を見せた場合で から期間(n+1)の値への変化を示し、顧客 みに注目すると営業上の判断が不適切な も、分析上の意義を持つことは言うまでも 27 なく、個別に解釈を加え検討する必要があ 顧客ごとの分析のほか、企業は業界ごとに ントで GCS が担当する顧客全体の収益性 る。マイナス方向に推移が見られた場合は 総合的かつ相対的な収益性を算定するこ 平均と比較して示している。 なおさらである。図5 の凡例は、分かりやす とも可能である。図 6 の第一段階では、各 いように色分けして示したものである。 業界の相対的収益性を、それぞれのセグメ 図5 総合的収益性指標の比較(期間別推移) 1.5 顧客 3 顧客 4 始点 推移の方向 顧客 3 1.0 顧客 4 顧客 1 顧客 2 顧客 2 0.5 顧客 1 期間(n) 期間(n+1) 望ましい推移 0.0 0 15000 10000 5000 望ましくない推移 売上高:千ユーロ 出典: 独自調査 図6 総合的かつ相対的な収益性指標(業界別) サプライチェーン エクスプレス GCSのセグメント別 GCSのセグメント別 GCSのセグメント別 各セグメントの 平均と比較した 業界平均 平均と比較した 業界平均 平均と比較した 業界平均 売上高占有率と資産に関する 費用の割合で重み付け 業界 1 1.0 業界 2 1.0 業界 3 0.9 業界 4 0.9 業界 5 出典: 独自調査 28 国際貨物運輸 1.1 1.0 0.9 1.2 1.1 1.0 1.0 1.3 0.8 指標 1.0 0.8 0.8 1.0 0.9 1.3 1.1 顧客収益性評価のアプローチ マネジメント構想 顧客管理で成功を収めるには、堅固な情報 基盤が不可欠である。持続的な顧客管理 の構想の設計と導入には、その基盤となる 正確な顧客情報が必要である。顧客に関す る商圏認識、顧客へのアップセリング、 クロ スセリング、エンド・ツー・エンド・サービスの 提供は、経営層が意義あるデータを入手し て初めて可能となる。アップセリングは、 ク ライアントの購入総額を製品サービス群 で増加させる、 または同一の製品サービス 分野で追加の製品サービスを販売するこ とに注力する営業活動である。販売数量ま たは販売価格を増加させる、あるいはより 上位の製品を販売するといった取組みによ を導入する必要がある。業績管理システム り、アップセリングは実現する。クロスセリ の目的は、個人および会社全体の業績の ングでは、同一の製品サービス群ではなく 継続的な向上に焦点を当てた、体系的かつ 別の製品サービスを顧客に販売する、また 多角的な業績の評価、管理、およびコント は関連製品を販売するといった活動が行 ロールである。 われる。顧客に関する商圏は、他の取引関 係の価値の上に築かれた顧客関係の有無 ロバート・S・キャプラン教授とデビッド・P・ノ ートン博士が開発したバランスト・スコアカ による影響も含める (実績、ネットワークの 効果、価格差別化による効果など)。 ード ( Kaplan/Norton, 1992; Kaplan/ Norton, 1997 )に、我々の要件に見合う 冒頭で述べた通り、収益性の変化を重視す ように管理プロセスに修正を加えたカスタ る場合、併せてその企業のインセンティブ マー・バランスト・スコアカード( CBSC )は、 システムも変えなくてはならない。この事 業績管理ツールとして活用することができ 由として、また、顧客管理全般の目的のた る。CBSC は、マネジメントとインセンティ め、事業において適切な業績管理システム ブに関する統合的な考え方であり、個々の 図7 カスタマー・バランスト・スコアカードの視点 例 課題 / 説明 経営者/株主にとって、 顧客ごとの財務実績は どのようなものであるべきか? 戦略目標 評価基準 業界の平均以上に 収益性の高い成長を維持 総合的 収益性指標 市場 / 顧客 顧客に対して、 当社をどのように アピールしていきたいか? 顧客満足度の向上 製品売上台数 / 売上高 業務プロセス 社内プロセスについて、 考慮すべき 主要な課題は何か? 受注プロセスの 品質とコスト効率の最適化 従業員 当社の従業員チームが 目指すべき目標は何か? 苦情処理の分野における 知識の向上 財務 受注1件当たりの 処理コスト 受注1件当たりの 処理時間 苦情処理に 要する時間 目標値 1.2 百万台 1.1億ユーロ 45ユーロ 1.5時間 3日間 施策 収益性に基づいた 顧客管理を実施 チェコ、 ポーランド、 ハンガリーで子会社を 2社ずつ顧客の工場の 近隣に設立 コンピューターを使用した 受注管理システムに 顧客別の要件を組み込む 苦情処理についての 従業員トレーニング 出典: 独自調査 29 顧客の主要なバリュードライバーを分析す るために用いられる。CBSC では、顧客に 関する業績をさまざまな視点(財務、顧客、 社内や業務プロセス、ならびに従業員、機 会、一新、および成長)から測定する指標を 使用する。目標値を設定して年間を通して モニタリングを行い、目標達成に向けた施 策をCBSCのそれぞれの指標ごとに定める (本ケースでは総合的収益性)。一例とし て、ある顧客のCBSCを掲載し、各視点に対 して考えられる目的や指標、目標値、達成 に向けた施策について説明した。 また、顧客先の倒産や支払い不履行の件 数が増加している状況では、業績とリスク を統合した判断が特に望ましい。バランス ト・スコアカード導入のアプローチと同様、 主要リスク指標( KRI )を取り入れることに より、企業はリスクマネジメントを計画し、 評価し、 モニターする手段を得ることになる ( Pedell, B./Schwihel, A., 2004 )。こ うして、業績に関する情報に加えて、 リスク 結論 結論として、相対的かつ総合的な収益性指 標は、数々のマネジメント判断の基準とし て活用することができるといえる。以下は その例である。 • 地域、セグメント、もしくは業界別の顧客 に関するベンチマーク • 年間または中間目標の設定とそのモニ タリング • 顧客ポートフォリオの比較 • 複数部門にまたがる営業に関する意思 決定 事業部門を複数有する多国籍企業の場合、 システムによるサポートが大変重要であ る。ユーザーの各自の役割と必要とされる 情報に応じて、ユーザー別の詳細情報を表 示するビューなどが必要である。キー・アカ ウント・マネジャーは顧客についての詳細な レポートを受け取り、経営層は、総合的なレ マネジメントに関する情報へアクセスした ポートを受け取る。 経営層は、特定の顧客に対する統合的な 最後ではあるが、総合的な収益性指標は、 経営アプローチを実行することが可能とな る。景気動向が不安定な時代には、特に有 益なアプローチである。 これは、それぞれの主要な顧客に個別の CBSCを策定することが求められることを 意味する。この CBSC は、キー・アカウント・ マネジャーにとって明確なマネジメントと インセンティブのツールとなり、 これに基づ いて意思決定が行われていくことになる。 30 持続的、かつ拘束力のある効果を生み出す ためにも、企業の報酬モデルに盛り込むこ とが望ましく、キー・アカウント・マネジャー が行う顧客管理と経営層が行う経営判断 とのギャップを埋めるためにも不可欠であ る。もちろん、 これらは、企業のパラダイム シフトに当たり、関係者すべてのコミットメ ントを要する重大な中期的課題である。こ の変革を実現させるために、本稿では、顧 客ごとの業績に関する見える化、その管理 および評価を可能にするためのCBSCモデ ルを紹介した。この投資は、売上高ベース から収益性ベースの業績評価へのシフトを 容易にするものである。 この活動は、取り組むに値するものと認識 されるのに長い時間は掛らない。企業の今 後の成功に関心を持つ従業員は、誰もが活 動を支援することになるだろう。 顧客収益性評価のアプローチ カスタマー・バランスト・スコアカードは、 マネジメントとインセンティブに関する統合的な考え方であり、 個々の顧客の主要なバリュードライバーを 分析するために用いられる。 31
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