スーパーハイビジョンによる ロンドンオリンピックの パブリックビューイング

スーパーハイビジョンによる
ロンドンオリンピックの
パブリックビューイングの概要
解 説
菅原正幸
沢田
智†
藤沼勇人†
NHK放送技術局
■
NHKはロンドンオリンピックの期間中,OBS(オリンピック放送機構)
,BBC(イギリ
ス放送協会)と共同で,スーパーハイビジョン(SHV:Super Hi­Vision)によるパブ
リックビューイング(PV:Public Viewing,公開上映)を日本・イギリス・アメリカの
9か所の会場で実施した。期間中に開会式と閉会式を含む7競技について,生中継また
は収録・編集による番組制作を行い,制作した番組を専用光回線またはIP(Internet
Protocol)ネットワークを利用してPV会場に伝送し,毎日,上映した。本稿では,SHV
によるロンドンオリンピックのPVの技術内容と実施結果を紹介する。
1.はじめに
スーパーハイビジョン(SHV)は高臨場感を最大の特徴とするテレビシステムであ
1)
る 。また,ライブコンテンツを配信できることが,他の高品質メディア,例えば,デジ
タルシネマにはない特徴である。そのようなSHVにとって,世界的な大規模スポーツイ
ベントであるオリンピックはライブで高臨場感を伝えたい格好のコンテンツである。一
方,テレビシステムは,番組交換の利便性や電波の有効利用のために,国際的に標準化
される必要がある。国際的に標準化されることで,国際的な普及展開が期待できる。こ
のような観点から,SHVによるロンドンオリンピックのPVの取り組みが計画された。
今回の取り組みは,①大画面の高精細映像と3次元音響から成る,臨場感の高いSHV
の開発を加速し,公共放送として将来の放送メディアを先導すること,②海外放送機関
*1
National Broadcasting Company。
アメリカの3大ネットワークの
1つ。
(BBC,NBC*1)と連携してSHVを日本・イギリス・アメリカで同時に公開し,普及展
開を促進させること,③IPネットワークを使った伝送技術の研究開発・検証の3つを目
的とした。
1図に全体系統の概要を示す。7競技(開会式・競泳・バスケットボール・陸上競
技・自転車競技・シンクロナイズドスイミング・閉会式)のコンテンツを各競技会場で
制作した。競技会場で制作したコンテンツをロンドン市内にあるBBCのTC0スタジオに
仮設した制作・送出拠点に光回線を使って伝送した。生中継番組は編集をしないでその
*2
ロンドンオリンピックのメイン
会場で,オリンピックスタジア
ムや選手村などがある。
20
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まま送出し,生中継以外の番組は編集・パッケージ化して,TS(Transport Stream)
レート約280Mbpsに圧縮し,IPネットワークで日本・イギリス・アメリカのPV会場に伝
送した。なお,オリンピックパーク*2に設置されたIBC(International Broadcasting
グラスゴー
ブラッドフォード
福島
NHK福島放送局
秋葉原
ベルサール秋葉原
ロンドン
IBC
渋谷
ふれあいホール
NHK スタジオパーク
BBCスタジオ
オリンピック会場
SHV中継車
22.2ch音声用
中継車
ワシントン D.C.
1図 全体系統の概要
Center)のPV会場にはBBCの送出拠点から非圧縮信号で番組を伝送し,世界各国の放送
関係者に公開した。イギリスとアメリカのPV会場では,開会式と閉会式,競泳をライブ
で上映した。日本では,時差の関係から7月30日の午前中(現地時間)に行われた競泳
だけをライブで上映した。
以下,競技会場における番組制作,BBCスタジオにおける編集・送出,IPネットワー
クを用いた伝送およびPV会場における上映に分けて,今回の取り組みの技術内容と実施
結果を紹介する。
2.競技会場における番組制作
2.1 中継システム
映像中継車と音声中継車の2台の車両を使用して,1クルーで中継をした。日本国内
の番組制作会社から機器用ラックだけを搭載した車をレンタルしてロンドンへ輸送し,
別送したSHV機器を現地で搭載して仮設の映像中継車とした。また,現地でレンタルし
たトラックに22.2ch音響ライブミクシング卓と22.2ch音響スピーカーを組み込んで仮設
の音声中継車とした。
2.2 映像
映像のスイッチングには8入力のスイッチャーを用いた。リソースはカメラ(2系統
または3系統)
,SSD(Solid State Device)ライブスロー装置(2系統)
,ホストHD
(High Definition)信号のUC(Up Converter)装置(1系統)
,テロップ装置(1系統)
である。
開会式と閉会式では3台のカメラを使用し,それ以外の中継では2台のカメラを使用
した。全て撮像素子サイズが1.25型の4板式カメラ2)である。レンズは12mm∼60mm
の5倍レンズ(2図)と18mm∼180mmの10倍レンズをそれぞれ2式用意し,競技ごと
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2図 1.25型4板式カメラと5倍レンズ
陸上競技と開会式および
閉会式の1CAM
開会式および閉会式の3CAM
開会式および閉会式の2CAM
陸上競技の2CAM
3図 陸上競技と開会式および閉会式のカメラ配置
にレンズを選択して使用した。カメラ配置は全ての競技でハイポジションのベースと,
*3
注目する被写体をアップで撮影
するカメラ。
別角度のローポジションの抜きカメラ*3を基本とした。会場によってはローポジション
の方が奥行き感があり,迫力と臨場感を伝えることに適している場合もあったので,
ベースカメラの役割を入れ替えながら運用した。3図に陸上競技と開会式および閉会式
のカメラ配置を示す。
ハイビジョンとSHVの最適な視距離は異なっている。一般的に,ハイビジョンの最適
な視距離はスクリーンの縦の長さの3倍であり,SHVの最適な視距離は縦の長さの0.75
倍である。SHVの最適な視距離での水平方向の視角は100°である3)。SHVは超高精細映
像で広い視角をカバーできるので,視聴者は近距離で視聴でき,没入感を得ることがで
きる。400型を超える大画面では,意識的に見ないと周辺部の情報を認識できないが,周
辺部は視聴者に視界を包み込むような感覚を与え,臨場感を向上させるのに重要な役割
を担っている。そのため,重要な情報は常に画面の中央の下側にくるような構図にする
ことを意識して撮影した。そのための補助的な手段として,ビューファインダーに4図
に示すようなマーカーを表示させた。
映像のスイッチングを,歓声の余韻や会場の音楽などの音のタイミングにも合わせて
できるようにするために,映像中継車では,22.2ch音響をダウンミックスした5.1chサラ
22
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4図 ビューファインダーのマーカー
5図 音声ミキシング卓(音声中継車の中)
6図 22.2ch音響ワンポイントマイクロホン
ウンド音声をモニターできるようにした。一方,映像のモニター環境は28型4Kモニ
ター(画素数3,840×2,160)であったので,実際の大画面での視聴環境との感覚的な
ギャップを埋めるのに苦労した。中継スタッフは145型PDP4)を設置したIBCのPV会場
や,300型スクリンーンを設置したロンドン市内のPV会場に足を運んで,映像を大画面
で確認することを心がけた。
2.3 音声
音声ミキシング卓はライブ制作用に開発した卓で,当所で開発した3次元音像定位制
御機能(3Dパンニング機能)を導入し,操作性を高めている(5図)
。
22.2ch音響ワンポイントマイクロホン(6図)は,直径45cmの球体を上層・中層・下
層に分け,各層を音響遮へい板で8方向に仕切り,各仕切りに小型のマイクロホンを設
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23
BBCスタジオTCO
編集
プロキシー(HD映像)
取り込み
実時間の1/4
収録
競技場
半導体メモリーの
レコーダー
非圧縮伝送
HDオフライン
編集機
1セット17枚:60分収録
ルーター
コンテンツを
パッケージ化
完成
必要な部分を取り込み
実時間の2.5倍
テロップ装置
編集データ
AVIファイル
SHV編集機
8K TIFF
6時間収録可
MA
Wavファイル
送出・伝送
ルーター
生
再生
エンコーダー
イギリス・
アメリカ向け
IP伝送
日本向け
非圧縮伝送
IBC
半導体メモリーの
レコーダー
7図 BBCのTC0スタジオに構築した編集・送出システム
8図 送出・伝送部の機器
置・固定した一体型マイクロホンである。ベースカメラの近くに設置し,それぞれのマ
イクロホンの出力を音声卓で適切な位置にパンニングして,客席で聞いている環境に近
い音場を再現した。SHV用のマイクロホンを競技会場で自由に設置することは許可され
なかったので,ワンポイントマイクロホンの音をベースとし,マイク分岐*4して受けた
*4
マイクロホンの出力信号を分岐
すること。
国際信号の競技音をミックスして22.2ch音響を制作した。また,3次元残響付加装置
(22.2ch音響リバーブ)を使用して,競技会場の広がり感を表現した。
なお,PV用にライブミックスした音を後に再利用する目的で,マルチトラックレコー
ダーを用意して22.2ch音響出力を収録した。
3.編集・送出
BBCのTC0スタジオに,競技会場からのSHV信号を受けて編集する機能と,ライブ
または編集後の番組を送出する機能を構築した(7図)
。
3.1 送出・伝送系統
送出・伝送部(8図)では,競技会場から光回線で伝送されてくるライブ信号(本
24
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9図 SHV編集機
線・予備)やコンテンツ再生用の半導体メモリーのレコーダー(本番・予備)などのリ
ソースを効率よく切り替えて送出するために,SHV用の8×8ルーティングスイッ
チャーを使用した。このルーターはHD用128×128ルーターを16chごとにまとめて切り
替えることで実現した。ルーターの出力をIBCへは非圧縮で伝送し,IBC以外のPV会場
には圧縮符号化して伝送した。なお,上映中でも中継現場からの信号を確認できるよう
にするために,監視・モニター系統を本線系統とは別に構築し,放送局の通常のハイビ
ジョンシステムの運用に近い形でチェックできるようにした。
3.2 映像のポストプロダクション*5
生中継される番組以外の競技会場からの信号を,TC0スタジオで本番・予備の2系統
*5
映像や音声を編集して番組を完
成させる作業。
の半導体メモリーのレコーダーで収録した。競技終了後に,それを素材としてSHV編集
機(9図)2系統を使って,翌日に上映する番組を制作した。メダル数や注目度に合わ
せて1競技を10分程度に編集し,いくつかの競技を組み合わせてトータルで45分程度の
番組とした。なお,イギリスとアメリカで上映するためのWF(World Feed)用の番組
と日本で上映するためのJF(Japan Feed)用の番組の2種類の番組を制作した。日本へ
の事前伝送とイギリスとアメリカでの12時(現地時間)からの上映に間に合わせるため
に,編集作業を深夜0時∼翌朝10時の間で行った。レコーダーは同時に,SHV信号を16
枚のメモリーカードに,HDプロキシー信号*6を1枚のメモリーカードに収録する仕組み
となっている。編集作業では,まず,オフライン編集機でHDプロキシー信号を用いた編
集を行い,その編集データを基に本線のSHV信号を編集するという手順で行った。テ
ロップの映像はグラフィックスーパー装置で作成した8K(7,680×4,320)TIFFファイ
ル*7をSHV編集機にインポートして作成した。また,完成した音声の24chWAVファイ
ルをSHV編集機にインポートした後,映像と音声のタイミングを合わせて番組を完成さ
せた。
3.3 音声のポストプロダクション(MA:Multi Audio)
*6
編集作業を効率よく行うために,
情報量の多いSHV信号を直接編
集する代わりに,情報量の少な
い編集用の信号(プロキシー信
号)を使って編集をした。SHV
の場合には,通常,HD(ハイビ
ジョン)信号をプロキシー信号
に用いる。
*7
Tagged Image File Format。画
像データフォーマットの1つ。
生中継のときは中継現場でミックスした音声をそのままPV会場へ伝送した。編集番組
では,仮設の音声スタジオ(10図)で22.2ch音響対応の音声ミキシング卓とそれに連動
したDAW(Digital Audio Workstation)と録音予備用のDAWを使用してMA作業を
行った。映像の編集と同様に,オフラインのHDプロキシー信号で編集を行い,そのデー
タを基にMA作業を実施した。WFとJFの2つの番組の音声を同時に作成する必要が
あったので,後述のプレビュールームに設置した22.2chスピーカーシステムを利用し
て,2系統の22.2ch音響をそれぞれ個別にモニターできるようにした。MA作業を行うこ
とで複数の競技会場の音声バランスをトータルで管理することができたので,音声品質
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25
10図 仮設の音声スタジオ
11図 プレビュールーム
の高い番組を制作することができた。
3.4 プレビュールーム
競技会場から伝送されてくる映像信号と音声信号の監視や,編集した番組の試写を行
5)
と22.2ch
うために,85型のフル解像度液晶モニター(LCD:Liquid Crystal Display)
音響再生システムから成るプレビュールーム(11図)を設置した。信号品質を管理する
だけでなく,大型モニターと理想に近いスピーカー配置で番組を視聴することで,中継
現場に対してカメラワークやスイッチングのタイミングなどをアドバイスすることがで
きたので,臨場感や没入感を高めることができた。
4.伝送および上映
4.1 システムの概要
伝送および上映システムは,TC0スタジオの送出装置のベースバンド出力信号を符号
化,IP伝送,復号して再度ベースバンド信号に戻す伝送システムと,ベースバンド信号
に戻した映像信号と音響信号を再生する上映システムから成る。
イギリス国内の3地点(ロンドン,ブラッドフォード,グラスゴー)への伝送には,
イギリス国内のIPネットワークを用いた。先にも述べたように,IBCへはダークファイ
*8
使用されずに空いている既設の
光ファイバー。
バー*8を用いて非圧縮で伝送した。アメリカ(ワシントン)と日本(東京)へは,国際
間の学術IPネットワークを利用して伝送した。学術IPネットワークの端局からアメリカ
国内の会場(コムキャストビル)への伝送には,アメリカ国内のIPネットワークを用い
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映像
送出装置から
映像
TS→IP変換
符号化
装置
TS→IP変換
音響
IP伝送
IP
ネットワーク
終端装置
IP伝送
終端装置
IP→TS変換
IP→TS変換
復号
装置
上映システムへ
音響
12図 伝送システムの系統
調整用
映像信号源
IP-TS変換器から
TS分配器
復号
装置
切り替え器
フレーム
シンクロナイザー
プロジェクター
映像
音響
調整用
TS収録 ・
ミキサー
アンプ
22.2 ch音響
スピーカー
音響信号源
再生装置
13図 上映システムの系統の例
た。東京のグローバルIPネットワークの端局からは国内のIPネットワークを用いてNHK
技研に伝送し,そこから専用のIPネットワークを利用してマルチキャスト*9で各PV会場
(渋谷,秋葉原,福島)に配信した。
*9
複数の端末に対して同時にデー
タを送信すること。
4.2 伝送システム
符号化装置6),伝送装置,IPネットワーク,復号装置から成る伝送システム7)8)の系統
を12図に示す。
映像の符号化にはMPEG­4 AVC/H.264方式を,音声の符号化にはMPEG­2 AAC­LC
方式を用いた。MPEG­4 AVC/H.264方式では,SHV機器間のインターフェースで使用
*10
のRGB
しているデュアルグリーン(DG:Dual Green)方式(ベイヤー配列に相当)
信号を符号化できないので,まず,MPEG­4 AVC/H.264方式で符号化が可能なYUV
信号*11に変換し,8系統の1,920×1,080画素のYUV信号(1080­60P信号)に分割し
た*12。1台の符号化ユニットでは1系統のYUV信号と最大4チャンネルの音響信号を
*10
2つの緑(G)画素を斜め方向に
配置し,残る位置に赤(R)画素
と青(B)画素をそれぞれ配置す
る方式。縦横のG画素の数にほ
ぼ相当する解像度を得ることが
できる。
符号化できるので,符号化ユニットを8台使った。最後に,各符号化ユニットが出力す
る8つのMPEG­2 TS信号(35Mbps×8)を,TS多重化装置で2つのMPEG­2 TS信
号(140Mbps×2)に変換した*13。
多重されたMPEG­2 TSをIP信号に変換し,IPネットワークに送出した。ただし,
SHV信号をグローバルIPネットワークで伝送するためには,単に,280Mbpsを伝送する
ための帯域を確保するだけでなく,IPネットワークで生じる変動要因を補償し,セキュ
リティーを確保できる仕組みが必要である。具体的には,IPパケットのジッターを除く
同期伝送制御,リアルタイムの暗号化と復号処理,IPパケットが廃棄された場合の高能
率誤り訂正の機能が必要である。これらの機能をIPネットワークの両端のIP伝送終端装
置に組み込んだ。
復号装置では,符号化装置と逆の処理を行い,ベースバンドの映像信号と音響信号を
得た。
*11
輝度信号(Y)と輝度信号とR
信号の差信号(U)
,輝度信号と
B信号の差信号(V)で表す信号
形式。
*12
DG方 式 の G を 7,680×2,160
画素のY信号に変換し,Rおよび
B信号をそれぞれ3,840×2,160
画素のUおよびV信号に変換す
る。こ のYUV信 号 を8系 統 の
1,920×1,080画素(4:2:2
形式)に変換した。
*13
本特集号の報告「スーパーハイ
ビジョン符号化システム」を参
照。
4.3 上映システム
上映システムの系統の例を13図に示す。日本国内のPV会場で上映する番組を基本的に
はNHK技研から配信し,イギリスとアメリカで上映する番組をBBCのTC0スタジオか
ら伝送した。各PV会場では受信した信号を映像信号と音響信号に復号して,SHVプロ
ジェクターと22.2ch音響再生装置を使って上映した。なお,日本国内のPV会場にはTS
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1表 PV会場
国
都市
会場名
NHKみんなの広場ふれあいホール
520
プロジェクター
NHKスタジオパーク
360
36面マルチLCD
ベルサール秋葉原
300
プロジェクター
福島
NHK福島放送局汎用スタジオ
350
プロジェクター
BBC Broadcasting House
300
プロジェクター
IBC(国際放送センター)
145
PDP
ブラッドフォード
国立メディア博物館
250
プロジェクター
グラスゴー
BBC Pacific Quay
350
プロジェクター
ワシントン
Comcast(NBC)
85
ロンドン
アメリカ
ディスプレー装置
東京
日本
イギリス
スクリーン
サイズ(型)
LCD
14図 NHKみんなの広場ふれあいホール
収録・再生装置を配備し,NHK技研からPV会場までの回線に不具合が生じた場合の予備
系とした。TS収録・再生装置を配備することで,日本国内のPV会場では独自の再生スケ
ジュールにすることも可能となった。また,上映システムには,システムのセッティン
グを容易に行うために,映像システムと音響システムを調整するためのベースバンド信
号を組み込んだ。
映像のディスプレー装置としては,2種類のプロジェクターと85型LCD,145型PDP
(Plasma Display Panel)
,360型マルチ画面LCDを用いた。1表に各PV会場のディスプ
レー装置とスクリーンサイズをまとめて示す。
プロジェクターを用いたPV会場は6か所で,そのうちの5か所のPV会場で小型SHV
プロジェクターを用いた。このプロジェクターは800万画素の表示素子を用いたもので,
*14
時間的に,表示する画素の位置
を斜めにずらして表示する方式。
e­shift9)と呼ぶ画素ずらし方式*14で解像度を高めたものである。小型で消費電力が小さ
いのが特徴である。もう1つのプロジェクターはRGBに3,300万画素の表示素子10)を用い
た,いわゆる,フル解像度プロジェクターである。高出力が特徴であり,520型の大画面
スクリーンが設置してあるNHKみんなの広場ふれあいホールで使用した(14図)
。
85型LCD5)はワシントンのPV会場で使用した。ワシントンでは直視型ディスプレー用
の音響システムと組み合わせて家庭における再生イメージを展示した(15図)
。また,秋
葉原と福島会場では,通りがかりの人に気軽にご覧いただけるように歩道近くやイベン
。な
トスペース内に85型LCDを設置した。145型PDP4)はIBCのPV会場で用いた(16図)
お,360型マルチ画面LCDはNHK放送センターの放送テーマパーク「NHKスタジオパー
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NHK技研 R&D/No.137/2013.1
15図 ワシントンのPV会場
16図 IBCのPV会場
17図 NHKスタジオパーク
ク」の入り口に常設されているものである(17図)
。
22.2ch音響システムとして2種類の音響システムを用いた。プロジェクターを用いた
PV会場ではシアター用音響システムを用い,直視型ディスプレーを用いたPV会場では
新たに開発した直視型ディスプレー用の音響システムを用いた。直視型ディスプレー用
の音響システムは22.2chの中層用と高層用のスピーカーを内蔵した「トールボーイ型」
のスピーカーである。
NHK技研 R&D/No.137/2013.1
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4.4 PV会場における反響
日本国内では渋谷の「NHKみんなの広場ふれあいホール」と「NHKスタジオパーク」
,
秋葉原駅近くのイベント会場「ベルサール秋葉原」
,NHK福島放送局の4か所の会場
で,7月28日∼8月12日に上映した。PV会場では,オリンピック番組を上映するととも
に,多数の方に来場していただくために,また,来場した方により楽しんでいただくた
めに,多くの関連イベントを同時に実施した。渋谷のPV会場には夏休みの家族連れが,
秋葉原のPV会場には若者や技術に興味のある方が,福島のPV会場には地元のオリン
ピック選手を応援する方など,合計で20万人を超える来場者があった。PV会場では,上
映開始時に歓声が上がるとともに,
「臨場感がすごい」
,
「迫力がある」など,称賛の声が
多数寄せられた。
イギリスでは,BBCが主体となりNHKが協力する形で,ロンドンの「BBCのブロード
キャスティングハウス」とブラッドフォードの「国立メディア博物館」
,グラスゴーの
「BBCのスタジオ」で,7月23日∼8月12日に上映した。また,オリンピックパークの
IBCでは,OBSが主体となり,主に,世界から集まった放送関係者を対象としてデモを
行った。なお,開会式前の期間には,SHVの紹介番組や,NHKとBBCが共同で直前に制
作したロンドンの街角や競技会場などの様子を上映した。期間中,多くの要人,放送関
係者が訪れ,
「本当にすばらしい」などの称賛の声や,
「いつから放送されるのか」などの
質問が相次いだ。
アメリカでは,NBCが主体となりNHKが協力する形で,ワシントンDCの「コムキャ
ストビルの会議室」で,政府関係者や放送,映画,通信,電子機器業界を中心とする招
待者を対象として,7月27日∼8月12日まで展示した。
5.まとめ
放送技術はオリンピックとともに進化してきた。1964年の東京オリンピックでは,カ
ラー放送や通信衛星を使った生中継が導入された。1984年のロサンゼルスオリンピック
では,ハイビジョンによる撮影が初めて行われた。そして,2012年のロンドンオリン
ピックではSHVが初めて登場した。
当所はハイビジョンの次の世代のテレビとして「高い臨場感」を最大の特徴とする
SHVの開発を進めてきた。今回,SHVのPVを行い,SHVの映像と音響があたかもオリ
ンピック会場にいるかのような極めて高い臨場感と,これまでにない感動を見る人に与
えられることを改めて確認できた。また,オリンピック期間中を通して,連日,生中継
番組や収録・編集した番組を送出し,多地点に配信できたことで,SHVを通常の放送の
ように運用できることを示した。更に,番組に関しては,ボイスオーバー(アナウンス,
*15
1つのシーンを長時間続ける編
集方法またはカメラのスイッチ
ング手法。
コメント)のない形態や,ワイドを主としたカメラワーク,長尺のカット割り*15など,
これまでと全く違う演出・制作手法に対する驚きと称賛の声があり,放送事業の新しい
可能性があるというコメントもいただいた。今回の経験を生かし,SHV放送の早期の実
現を目指して研究開発を進めていきたい。
30
NHK技研 R&D/No.137/2013.1
参考文献
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すがわらまさゆき
菅原正幸
1983年NHK入局。神戸放 送
局を経て,1987年から放送技
術研究所において固体撮像素
子,ハ イ ビ ジ ョ ン カ メ ラ,
スーパーハイビジョン映像シ
ステムの研究に従事。現在,
同所テレビ方式研究部研究主
幹。博士(工学)
。
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7) 野尻,井口,野口,藤井,小河原:
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(IDW)2008, Vol.15, pp.203­206(2008)
さわだ
さとる
沢田
智
1982年NHK入局,広島放 送
局,松江放送局,NHKメディ
アテクノロジーなどを経て,
現在,報道技術センターに勤
務。報道番組・スポーツ中継
など,主に局外中継番組の制
作 に 従 事。ロ ン ド ン オ リ ン
ピックでは,各競技場での中
継制作のTDを担当。現在,報
道技術センターチーフエンジ
ニア。
ふじぬま は や と
藤沼勇人
1993年NHK入局。熊本放 送
局を経て,2003年から制作技
術センターに勤務。ポスプロ
を中心に初期のHD制作に従
事。2003年か らSHVの 番 組
制作に携わる。VE業務を中心
にこれまで多くのSHV番組を
制作。ロンドンオリンピック
で はBBCのTC0ス タ ジ オ の
TDを担当。現在,制作技術セ
ンター専任エンジニア。
NHK技研 R&D/No.137/2013.1
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