フレキシブルディスプレー用 薄膜トランジスターの研究動向

解 説
フレキシブルディスプレー用
薄膜トランジスターの研究動向
山本敏裕
■
フレキシブルディスプレーは薄く軽いといった特徴があり,スマートフォン等の携帯端
末や大画面のシート型ディスプレーへの応用を目指して,研究開発が盛んに進められて
いる。フレキシブルディスプレーは柔軟な基板を用いた薄型ディスプレーであり,発光
素子として液晶や有機EL(Electroluminescence:電界発光)を用いるアクティブマト
リクス(AM:Active­Matrix)型のディスプレーである。画素内には薄膜トランジス
ター(TFT:Thin Film Transistor)が設けられており,TFTの特性がディスプレーの表
示特性に大きな影響を与える。フレキシブルディスプレー用のTFTに用いられている半
導体にはいくつかの種類があり,それぞれの半導体について,特性向上を目指して研究
開発が進められている。本稿では,TFTの概要,TFTを用いたフレキシブルディスプ
レーの動向,TFTの画素のばらつきに起因する有機ELディスプレーの画質劣化を補償す
る駆動方法の動向について概説する。
1.まえがき
高精細テレビ規格の1つである8Kスーパーハイビジョン(SHV:Super Hi­Vision)
は,ハイビジョンの16倍の画素数による超高精細映像と22.2チャンネルの立体音響により
高い臨場感を生み出す次世代のテレビである。当所では2016年の試験放送開始を目指し
て,さまざまな研究開発に取り組んでいる。SHVの臨場感を十分に楽しむためには100
インチ程度の大画面で視聴することが望ましく,家庭用としては薄くて軽いシート型
ディスプレーの実現が期待されている。一方で,携帯用としても,より軽く,薄いテレ
ビが望ましく,これらのディスプレーを実現するための有力な候補がフレキシブルディ
スプレーである。フレキシブルディスプレー用の表示デバイスとしては液晶や有機EL,
電子ペーパーなどの素子が検討されているが,放送受信用のディスプレーを目的とした
場合,カラーの動画を表示する必要があるため,液晶や有機ELが有力な候補となる。特
に有機ELはバックライトが不要で薄型化に適しているため,近年多くの研究機関等で,
フレキシブル有機ELディスプレーの研究開発が進められている。
現在市販されている液晶や有機ELディスプレーにおいては,通常,高画質化のために,
画素内にシリコンを用いたTFTが用いられている。フレキシブルディスプレーにおいて
も同様にTFTが必要であるが,使用する基板に合わせてさまざまな半導体材料の使用が
試みられている。
本稿では,TFTの基本構造と特性,およびフレキシブルディスプレーに使用されてい
るTFTの種類について述べた後,フレキシブルディスプレー用TFTの動向について解説
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ボトムゲート
トップゲート
チャネル
チャネル
ゲート
ソース
ドレイン
半導体層
ドレイン
ゲート
絶縁膜
トップコンタクト
ソース
ゲート
絶縁膜
基板
チャネル
ドレイン
半導体層
ソース
ボトムコンタクト
基板
ゲート
チャネル
ゲート
ゲート
絶縁膜
ドレイン
ゲート
絶縁膜
基板
半導体層
ゲート
半導体層
基板
ソース
1図 TFTの基本構造
する。また,TFTの特性のばらつきに起因する画質劣化を改善する有機ELディスプレー
の駆動方法の概要についても触れる。
2.TFTの動作原理
TFTは電界効果トランジスター(FET:Field Effect Transistor)の一種であり,厚
みが非常に薄いトランジスターである。TFTは,半導体と電極との位置関係により,
1図に示すような構造に分類できる。ゲート電極が半導体層の下側に配置される構造を
ボトムゲート,上側に配置される構造をトップゲートと呼ぶ。また,ソース電極とドレ
イン電極が半導体層の下側に配置される構造をボトムコンタクト,上側に配置される構
造をトップコンタクトと呼ぶ。例えば,ゲート電極が半導体層の下側に配置されるとと
もに,ソース電極とドレイン電極が半導体層の上側に配置されている構造は,ボトム
ゲート−トップコンタクト型と呼ばれる。使用する半導体材料によって作製工程の条件
が異なるため,アモルファスシリコン(a­Si:非晶質シリコン)TFTや有機TFTではボ
トムゲート型,ポリシリコン(poly­Si:多結晶シリコン)TFTではトップゲート型な
ど,TFTの種類によって主に用いられる構造が異なっている。このようなTFTでは,
ゲート電極に電圧が印加されていない状態では半導体は高い絶縁性を示すが,ゲート電
極に電圧が印加されると,絶縁層と半導体との界面付近に電荷が蓄積し,電気伝導度が
上昇する。そして,ソース−ドレイン間に電圧を印加することによって,ドレイン電流
が流れる。蓄積する電荷の種類が電子か正孔かによって,半導体はn型かp型に分類され
る。
次に,TFTの動作原理について述べる。2図のようなボトムゲート−トップコンタク
ト型のTFTに電圧を印加した場合を考える。ドレイン電圧( Vds )が小さい領域では,
式で表され,Ids は Vds に対し
TFTのドレイン電圧とドレイン電流( Ids )の関係は(1)
( Vg ­ Vt )
)
。
て単調に増加する(線形領域:Vds <
(1)
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W
L
電荷
ソース
ドレイン
半導体層
ゲート絶縁膜
ゲート
Vg
Vds
Ids
2図 TFTに印加する電圧と流れる電流
ここで,W はトランジスターのチャネル幅(ソース−ドレイン間の電極の幅)
,L はチャ
ネル長(ソース−ドレイン電極間の距離)
,Ci はゲート絶縁膜の単位面積当たりの静電容
量,μは電荷移動度(電荷の移動のしやすさ)
,Vt はしきい値電圧(電流が流れる状態と
流れない状態の境界の電圧)
,Vg はゲート電圧である。
( Vg ­ Vt )
)
。こ
Vds が大きくなると,Ids は飽和して一定の値となる(飽和領域:Vds >
のときの Ids は,
(2)
で表される。TFTの特性例を3図に示す。ドレイン電圧 Vds の増加とともにドレイン電
流 Ids は増加していき,ゲート電圧 Vg で定まる一定の電流で飽和する。つまり,Vds にか
かわらず一定の電流を流すことができ,この領域を使用することにより,定電流源とし
て動作させることができる。3図において,2点鎖線より左側が線形領域,右側が飽和
領域である。
飽和領域での電荷移動度 μは,
(2)
式の両辺の平方根を Vg で偏微分することにより
(3)
として求めることができる。同様に,線形領域での電荷移動度 μは,
(1)
式の両辺を Vg
で偏微分することにより,
(4)
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ドレイン電流 Ids(A )
線形領域
2×10
−4
1.5×10
−4
1×10
−4
飽和領域
(Vg − Vt )=15 V
(Vg − Vt )=10 V
( Vg − Vt )=5 V
0.5×10
−4
0
0
10
20
30
ドレイン電圧 Vds( V )
3図 TFTの特性例(ドレイン電流−ドレイン電圧特性)
発光強度
(瞬間輝度小)
発光強度
(瞬間輝度大)
1フレーム
(a)インパルス型
時間
1フレーム
時間
(b)ホールド型
4図 ディスプレーの画素の発光形態
で求めることができる。
TFTの特性は,この電荷移動度 μ,ドレイン電流 Ids のOn/Off 比,しきい値電圧 Vt
などにより表される。また,これらの特性の時間変動も重要なパラメーターである。
3.ディスプレーにおける薄膜トランジスターの役割
フレキシブルディスプレーを含む薄型ディスプレーにはそのほとんどにアクティブマ
トリクス(AM:Active­Matrix)駆動方式*1が採用されている。従来のディスプレー
の中心であったブラウン管では,画面内のある1点に着目すると,4図(a)に示すよう
に,1フレーム内のある一瞬のみ発光し,残りの時間は発光していない。この方式はイ
*1
各画素ごとにトランジスターを
設け,このトランジスターによ
り各画素の発光を個別に制御す
る駆動方法。
ンパルス型と呼ばれており,発光する瞬間には非常に大きな輝度を必要とする。一方,
AM駆動のディスプレーでは,4図(b)に示すように,1フレーム内で,ある程度の時
間にわたり発光が継続している。この方式はホールド型と呼ばれており,インパルス型
と比較して発光時間が長いため,それほど大きな瞬間輝度は必要とされない。このホー
ルド型表示方式を実現するのが画素内に配置したTFTである。
ア ク テ ィ ブ マ ト リ ク ス 型 有機 EL(AMOLED:Active­Matrix Organic Light­
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データ
+電源
セレクト
選択用TFT
データ
駆動用TFT
ON
保持容量
セレクト
有機EL
(OLED)
5図 AMOLEDディスプレーにおける1画素の基本的な等価回路
1表 TFTの種類
a­Si TFT
LTPS TFT
酸化物TFT
有機TFT
電荷移動度
(cm2/Vs)
0.5∼1.5
>100
10∼80
<5
大面積化
○
(スパッタ法)
×
(エキシマレーザーで
熱処理)
○
(スパッタ法)
○
(塗布)
低温形成
○
△
○
○
プロセス温度
<350℃
600℃程度
<300℃
<100℃
特徴・課題など
特性の経時変化大
特性ばらつき大
比較的安定
安定性に課題
Emitting Diode)ディスプレーにおける1画素の基本的な等価回路を5図に示す。この
等価回路では2つのTFTと1つの保持容量が設けられている。2つのTFTのうちの1
つは画素を選択するための選択用TFTであり,他の1つは有機ELの発光に必要な電流
を流すための駆動用TFTである。書き込みについては,選択用TFTのセレクト信号を
ONにすることでデータ信号を画素内に取り込むとともに保持容量に書き込む。セレクト
信号がOFFになっても保持容量に書き込まれた電圧によって駆動用TFTが制御され,設
定された電流を有機ELに流し,次の書き込みが行われるまでその状態を保持する。
このように,駆動用TFTは有機ELの発光強度を制御するため,駆動用TFTの特性が
ばらつくことにより,ディスプレーで画素のばらつきが生じる。そのため,駆動用TFT
の特性のばらつきを補償する回路も検討されている。これについては後述する。
4.TFT用半導体材料
以前のディスプレーは半導体層にアモルファスシリコン(a­Si)やポリシリコン(poly
­Si)
を用いたものが一般的であったが,
最近では,
酸化物半導体を用いたものも発表されて
いる。
1表に,
フレキシブルディスプレー用として用いられている主なTFTの種類を示す。
*2
原料物質を含むガスをプラズマ
状態に励起し,化学反応で基板
上に堆積させる成膜方法。
*3
加速したイオンを成膜材料に衝
突させ,はじき出された材料を
基板に付着させる成膜方法。
4.1 アモルファスシリコンTFT(a­Si TFT)
アモルファスシリコンTFT(a­Si TFT)は半導体領域に非晶質のシリコンを用いた
TFTで,プ ラ ズ マ 化 学 気 相 堆 積(PECVD:Plasma Enhanced Chemical Vapor
Deposition)法*2やスパッタ法*3を利用して,350℃以下で作製できる。電荷移動度は
それほど大きくはないが,大面積に形成できるため,現在の大型ディスプレー用TFT
の主流となっている。経時的に特性は変化するが,大面積に形成したときの特性の均一
性は良好である。
32
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4.2 低温ポリシリコンTFT(LTPS TFT)
ポリシリコンTFT(poly­Si TFT)は,半導体領域が結 晶 化 し たTFTで あ り,
1,000℃以上の高温環境下で作成される高温ポリシリコンTFTと,600℃以下の低い基板
温度で形成できる低温ポリシリコン(LTPS:Low Temperature Poly­Si)TFTに大別
される。ディスプレー用としては,PECVD法によって堆積させたa­Si膜を,エキシマ
レーザー*4などを用いて結晶化させるLTPS TFTが,現在主流となっている。LTPS
*4
希ガス,ハロゲンガスを用いて
生成する紫外光パルスレーザー。
TFTは100 cm2/Vs以上の高い電荷移動度を持つため,画素内のTFTだけでなく周辺回
路も基板上に併せて作製することができ,ディスプレーの小型化・低コスト化に有効で
ある。しかし,大型ディスプレー用としては,製造装置が大型になることや,大面積に
形成した際に特性が不均一になるという課題がある。
4.3 酸化物TFT
透明酸化物半導体(TOS:Transparent Oxide Semiconductor)は,スパッタ法で容
易に作製が可能であるとともに比較的高い電荷移動度を示す材料であり,近年,ディス
プレー用TFTとして研究開発が急速に進んでおり,一部実用化もされている。代表的な
材料として,多結晶ZnO半導体やアモルファスIn­Ga­Zn­O(a­IGZO)半導体がある
が,特に大型のディスプレー用としてはa­IGZO TFTが主流となっている。プラスチッ
ク上に形成した透明アモルファス酸化物半導体(TAOS:Transparent Amorphous
Oxide Semiconductor)の発表1)以降,フレキシブルディスプレーへの応用の検討が盛ん
になった。a­IGZO TFTは非晶質のため画面内のばらつきがLTPS TFTよりも良好で,
大画面ディスプレー用の高移動度TFTとして将来有望である。さらに最近では,高い生
産効率と低コスト化を目指して,塗布形成可能な酸化物半導体の研究も行われている2)。
4.4 有機TFT
有機半導体は室温および塗布で形成可能という特徴を有するとともに,シリコンや酸
化物の半導体と比較して柔軟性があり,衝撃に強いという性質があるため,プラスチッ
ク基板を用いたディスプレー用の半導体材料として有望である。半導体を溶液状にする
ことで,スクリーン印刷法*5やインクジェット法などのいわゆる印刷プロセスによって
*5
形成したい形状に細かい穴のあ
いたスクリーン版にインクをの
せ,ヘラでインクを押し出すこ
とにより,基板上にパターンを
形成する印刷方法。
低コストで大面積に形成できるため注目されている。有機半導体材料は大別すると分子
の大きさによって低分子系と高分子系に分類できる。低分子系半導体として代表的な材
料はペンタセンであり,真空蒸着法*6で比較的良好な特性の薄膜を形成することができ
る。一方,ポリチオフェンに代表される高分子系の半導体材料は塗布法で容易に膜が形
成できるという利点を有しているが,電荷移動度が低いのが課題となっている。最近で
は,低分子系半導体材料に,可溶性の置換基(溶解性を持たせるような原子の集合体)
*6
材料を真空中で加熱等により蒸
発させ,基板上に付着させる技
術。
を導入した可溶型の低分子半導体材料が大きく注目されている3)。
一般的な有機半導体よりも結晶の粒径を大きくした単素子の有機TFTとしては電荷移
動度10cm2/Vsを超えるような良好な特性のものが報告されている4)が,この場合は,
ディスプレーのようにある程度の面積で形成するのは難しい。当所では,最近,有機半
導体の形成方法を工夫して,比較的広い面積に対しても結晶化を進めることのできる方
法を開発し,電荷移動度1.3cm2/Vsを実現した5)。
有機TFTの課題としては,電荷移動度や大気安定性の改善があり,特性を向上させる
ためのさまざまな取り組みが各研究機関で進められている。
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2表 フレキシブル基板の種類
最高プロセス温度
平坦性
プラスチック
高耐熱フィルム
薄板ガラス
金属箔
180℃
>300℃
600℃
>600℃
○
○
○
△
導電性
無
無
無
有
光透過性
○
△∼○
○
×
ガス(酸素や水蒸気)
バリア性
×
×
○
△∼○
柔軟性
○
○
△
○
5.下地基板
前章で述べたように,TFTに使用する半導体材料と作製工程の温度は密接に関連する。
ベースとなる基板の材質により耐熱温度が異なるため,TFTの形成には使用するフレキ
シブル基板の選択が重要となる。2表に主なフレキシブル基板の種類を示す。
プラスチック基板は一般には耐熱温度が低い一方で,低コスト,柔軟性に富む,壊れ
にくいなどの特徴があり,フレキシブルディスプレー用の基板として最も有望な素材で
ある。また,200℃を超えるような環境においてもフィルム性能の劣化が少ない耐熱フィ
ルムを使用することにより,素子作製温度を上げることができ,プラスチックフィルム
上への高性能な素子形成が可能となる。代表的なものにポリイミド*7フィルムがあるが,
*7
高分子材料の1つ。強固な分子
構造を持ち,耐熱性に優れる。
一般的なフィルムに比べて高価である。ポリイミドは通常茶褐色であり,光を取り出す
側のフィルムとしては適していないが,最近では透明なポリイミドフィルムも開発され
ている。
薄板ガラスは耐熱温度が高い,有機EL材料の寿命に大きなダメージを与える酸素や水
蒸気を通さない,作製工程中における伸び縮みも少ない,などの利点を有するため,こ
の基板上への高性能な素子形成が可能である。一方で割れやすいため,扱い方に工夫を
要する。厚み100 μmを切るような薄板ガラスの開発も進んでおり,フレキシブルディス
プレー用の基板としても使用され始めている。
はく
ステンレスホイールなどの金属箔は,耐熱温度が高く,フレキシブルディスプレー用
の基板として検討されていたが,表面の粗さが大きい,浮遊容量が大きい,などの課題
が存在し,現在ではこれを用いたディスプレーの報告はほとんどされていない。
また最近では,紙の成分であるセルロースを用いた基板も検討され始めた。超柔軟性
とエコロジー(環境への配慮)を目指しており,同じく柔軟性のある有機TFTを組み合
わせたバックプレーン*8の試作も行われている6)。
*8
TFTが形成された基板。この基
板上に有機ELなどの表示素子を
形成することによりディ ス プ
レーが完成する。
6.フレキシブルTFTアレーの作製方法
フレキシブルなTFTアレーを形成する際には,ガラスのような強固な基板上へ作製す
る場合と比べて,多くの課題が存在する。特に,フレキシブルディスプレーとして最も
期待されるプラスチック基板上へ作製する場合には,TFT作製時のハンドリングや作製
工程の温度,基板の収縮を考慮する必要がある。
フレキシブルな基板上への素子の作製では,通常,ガラス基板やシリコン基板などの
支持基板を利用する。その際の作製方法としては,6図に示すように「直接形成法」と
「転写法」の2つに大別できる。
直接形成法は,使用するフィルム基材を仮接着層で支持基板に貼りつけた後,その上
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フィルム
仮接着層
フィルム
貼り付け
素子形成
支持基板
フィルム
素子形成
フィルム
貼り付け
支持基板から
剥離
支持基板から
剥離
(a)直接形成法
(b)転写法
6図 プラスチックフィルムを用いたフレキシブルTFTアレーの代表的な作製方法
に素子を形成し,最後に素子の形成されたフィルムを支持基板から剥がし取る方法であ
る。この方法は,作製工程が比較的容易である一方,TFTの作製温度がフィルムの耐熱
に制限される,フィルム基板の伸び縮みが無視できない,という課題を有する。
一方,転写法は,ガラス基板上に形成した仮接着層上に素子を形成し,その上にフィ
ルム基板を貼り付け,最後に作製した素子を支持基板からフィルムごと剥がし取る方法
である。この方法では,素子を形成する際にはフィルムを使用しないため,作製時の温
度が使用するフィルムに制限を受けず,良好な特性のTFTアレーを作製できる可能性が
ある半面,フィルムと素子との密着力と仮接着層の粘着力とのバランスを適切に制御す
る必要がある。
良好なフレキシブルTFTアレーを作製するためには,4章で述べた半導体材料と,5
章で述べた基板との組み合わせにより,どの作製方法を選択するかが重要となる。
7.フレキシブルディスプレーへの応用
初期のフレキシブルディスプレーとしては,柔軟性のある材料の組み合わせとして,
プラスチック基板上へ有機TFTを形成したディスプレーが多く開発された。特に,バッ
クライトが不要で,より薄く,より柔軟な構造が可能なフレキシブルAMOLEDディスプ
レーの研究が盛んに進められ,対角5.8インチ(5.8型)のディスプレー7)や,曲率半径4
mmで巻き取り可能な4.1型のディスプレー8)が試作された。しかし有機TFTは,大画面
化,高精細化,高輝度化が進むAMOLEDディスプレー用のTFTとしては電荷移動度が
十分ではなく,現在では電子ペーパーなどの小型用のものが中心となっている9)。
a­Si TFTについても,ステンレスホイールやプラスチックフィルム基板を用いたフレ
キシブルAMOLEDディスプレーが検討された10)。しかし,有機TFTと同様に電荷移動
度が高くないため,小型のディスプレーの試作にとどまっており,それほど多くのディ
スプレーは試作されていない。
一方,酸化物TFTは,スパッタ法を用いて比較的簡単に作製が可能で,電荷移動度も
a­Si TFTや有機TFTよりも1桁以上高いため,フレキシブルディスプレー用TFTとし
て注目されており,IGZO(In­Ga­Zn­O)−TFTを用いて8型から13型程度のフレキ
シブルAMOLEDディスプレーが試作されている。基板としては,ほとんどがプラスチッ
ク基板であり,サイズは中小型であるが,走査線の本数が2,160本のディスプレーも試作
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35
されている11)。
酸化物TFTは通常,300℃以上の温度で加熱処理を行うことにより安定性が向上する
とされている。そのため,耐熱性の高いポリイミド等の材料を用いたプラスチックフィ
ルムを使用したり12)13),ガラス基板上に高温で作製したTFTアレーをプラスチックフィ
ルム上へ転写する11)ことにより,高性能なTFTアレーのプラスチック基板上への形成を
実現する場合が多い。このような高温の作製工程はコスト上昇の要因となるため,IGZO
­TFT形成の低温化についての報告もなされている14)。
当所においてもIGZO­TFTの低温形成の検討を行っており,ゲート絶縁膜や半導体層
*9
成膜材料に衝突させるイオンの
加速にパルス電源を使用するス
パッタ法。一般的には,高周波
電源や直流電源を使用するもの
が多い。
*10
既に形成した素子のパターンを
マスクとして,その上に形成す
る素子のパターニング(パター
ン 形 成)を 行 う 成 膜 方 法。パ
ターンの位置合わせが容易にな
るとともに,素子作製時のマス
ク数を減らすことができる。こ
の技術については,本特集号の
報告「セルフアライメント作製
技術を用いた酸化物TFTの高性
能化」を参照。
の成膜にDCパルススパッタ法*9を用いて,200℃以下の温度でのTFTアレーの作製に
成功している15)が,安定性についての検証はこれから進めていく予定である。また,現
段階ではディスプレーの試作までには至っていないが,エキシマレーザーを基板裏面か
ら照射することで,寄生容量の低減と短チャネル化が可能なセルフアライン*10酸化物
TFTの作製方法を開発し,従来のTFTに比べて寄生容量を低減できる方法も提案し
た16)。
また,poly­Si TFTは薄板ガラスや金属箔のように高温に耐えることのできる基板上
に作製される17)が,最近では,通常のポリイミドフィルムよりもさらに高い耐熱性を有
する高品質のポリイミド材料の開発が進み,このフィルム上に高い電荷移動度を持つ
poly­Si TFTを形成した小型ディスプレーも報告されている18)。poly­Si TFTが使用で
きれば,ドライバー回路を表示面周辺に集積化して配置できるため,コンパクトなフレ
キシブルディスプレーを実現することができる。しかし,超高耐熱のプラスチックフィ
ルムは現段階ではかなり高価な部材であり,大型化とともに低価格化が今後の大きな課
題である。
以上のように,フレキシブルディスプレー用としては,これまでにさまざまな種類の
TFTが検討されている。その中で,ディスプレーの高性能化を目指して,使用される
TFTの中心は酸化物TFTとなりつつあり,画質的にも良好な画像が表示されるように
なってきている。ロール型のディスプレーのように,さらに柔軟性のあるフレキシブル
ディスプレー用としては,有機TFTも非常に有望であるが,電荷移動度の改善や大気安
定性の向上などの課題を解決する必要がある。
8.AMOLEDディスプレーにおける高画質化駆動技術
AMOLEDディスプレーでは,前述のように,少なくとも画素を選択する選択用TFT
と有機ELを発光させる駆動用TFTとを備えている。一般にTFTは電荷移動度やしきい
値電圧にばらつきを持っており,また,駆動を行うことによって時間的にも変動する。
駆動用TFTは有機ELの発光強度を決定するため,電気特性にばらつきを生じると画面の
均一性を劣化させることになり,大きな問題となる。そこで,一般的にはTFTの特性の
ばらつきを補償する画素回路が組み込まれる。最近では,1画素内に5∼6個のTFT
を配置したディスプレーが多く報告されている。基本的な動作としては,初期化−しき
い値補正−信号書込(移動度補正)−発光,の手順で駆動用TFTのばらつきによる輝度
むらを補正する。
一例として7図(a)に,1画素内に5個のTFTを用いたしきい値補償回路の例を示
す19)。7図(a)で,GL1,GL2,GL3はしきい値を補償するための制御信号,V0 はしき
い値補正に使用する基準電圧,Vanode は有機ELを発光させるための電源電圧,Vcath は陰
極電圧を表す。
“初期化”期間では,駆動用TFTに電流を流すことにより,ソース−ドレ
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V anode
DATA
GL1
GL2
GL3
初期化
V0
しきい値補正
と信号書込
発光
駆動用
TFT
DATA
GL1
GL2
C
GL3
OLED
V cath
(a)5個のTFTを用いた画素ばらつき補償回路の例
DATA
Vcc(パルス)
WS
WS
V cc
A
駆動用 TFT
C
DATA
A点の電位
B
B点の電位
OLED
V cath
Vofs
Vsig
Vofs
Vt
しきい値補正 信号書込
と移動度補正
しきい値補正準備
発光
発光
(b)2個のTFTを用いた画素ばらつき補償回路の例
7図 画素ばらつき補償回路の例
イン間の電圧がしきい値電圧よりも高くなるように初期化する。
“しきい値補正と信号書
込”期間では,駆動用TFTのソース電位をフローティング状態とすることでソース電位
を変化させ,駆動用TFTのゲート−ソース間電圧をしきい値電圧 Vt に設定する。その状
態で,該当画素に表示させたい信号のデータ電圧を書き込むことで,容量Cに,しきい値
が補正されたデータ信号の電圧が記録される。
“発光”期間では,しきい値補正された
ゲート−ソース間電圧(容量Cに記憶された電圧)によって駆動用TFTに電流を流し,
有機EL(OLED)を発光させる。
また7図(b)に示すように,画素回路は5図に示す2個のTFTと1個の保持容量か
らなる基本的な構成と同一であるが,高移動度のpoly­Si TFTを用いることにより,上
記の一連の手順を高速に行うばらつき補償回路も提案されている20)。7図(b)で,WS
は画素選択信号,Vcc は有機ELを発光させるための電圧(電圧を変化させることにより,
しきい値補正にも使用)
,Vcath は陰極電圧,Vofs はしきい値補正に使用する基準電圧,
“しきい値補正準
Vsig は表示させたい信号のデータ電圧,Vt はしきい値電圧を表す。
備”期間では,Vcc をLow電位とすることでB点がVcc と同電位となり,同時にA点の電
位も低下し,発光が停止する。DATAにVofs を印加した状態で WS をONとし,A点の電
位にVofs を書き込む。この時,駆動TFTのゲート−ソース間電圧Vgs は,Vgs=Vofs­Vcc
>Vt となっている。
“しきい値補正”期間では,A­B間電圧(Vgs )がしきい値(Vt )と
“信号書込と移
なる電圧(Vofs ­ Vt )までB点の電位が上昇し,しきい値が補正される。
動度補正”期間では,A点の電位が該当画素に表示させたいデータ電圧になると同時に,
駆動TFTの能力に応じて移動度補正が行われる。
“発光”期間では,しきい値と移動度が
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補償された状態で有機EL(OLED)を発光させる。
9.あとがき
各種TFTの研究開発が進み,柔軟なフレキシブルディスプレーの実現も間近となって
きた。フレキシブルディスプレー用TFTの半導体としては,主にシリコン系,酸化物系,
有機系があり,各半導体の形成工程に適した基板を用いてフレキシブルTFTアレーが作
製されている。将来の大面積のディスプレーを考えると,これらのTFTの中では,電荷
移動度が比較的大きく,大面積の形成が容易な酸化物TFTが有望であり,多くの研究機
関から報告がなされているが,実用化のためには安定性や電気的特性の更なる向上など
の課題が残されている。また,将来の超柔軟なシート型ディスプレー用のTFTを開発す
るためには,作製プロセスの検討や,有機半導体を中心とした新しい半導体材料の検討
も必要である。
大画面シート型ディスプレーを実現するためには,半導体材料だけではなく,電極・
絶縁層・基板を含めた材料開発や駆動方法の検討も進める必要がある。今後,当所でも,
さまざまな角度から各デバイスの研究・開発を進めるとともに,その特性を向上させ,
大画面シート型ディスプレーの実現に向けて尽力していきたい。
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やまもととしひろ
山本敏裕
1984年入局。熊本放送局を経
て,1987年から放送技術研究
所において,プラズマディス
プレーパネル,冷陰極ディス
プレー,フレキシブルディス
プレーの研究に従事。現在,
放送技術研究所新機能デバイ
ス研究部上級研究員。
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
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