メディアと危機管理

21 世紀社会デザイン研究 2003
No.2
メディアと危機管理
英政府情報操作疑惑とハットン司法調査委員会
小峰 満子
KOMINE Mitsuko
1.はじめに
英国の公共放送であるBBC は公正、公平な報道視点で世界に情報を提供していることで
評価を得ているが、そのBBC で5 月29 日報道された「英政府が統合情報委員会からの大量
破壊兵器の脅威の情報を歪曲した」とする内容について英国政府とBBC の間で大きな論争
がおきた。民主主義社会でのメディアの公共性とはなにかを考えるとき、危機に対応した適
格な判断材料となる真実を追究する手段として、公正公平な報道でBBC は貢献しているの
であろうか。BBC の報道指針では、複数の情報源をもとに報道をすることを盛り込んでいる
が、情報源が一つしかない報道をしたという点が問題視されている。この報道がなされた時
のジャーナリストの視点は何であったのか、また編集処理の仕方はどうであったか、メディ
アの特権である情報源の秘匿に関して、どう対応したのであろうか、さらにBBC と内閣府、
国防省との関係はどうであったか、という問題意識をふまえ、イギリスの事例をもとに「メ
ディアの危機管理」と「国家の安全か、表現の自由か」の問題について考察したい。
2.イラク戦争、英国政府そしてBBC の動き
3 月18 日の英国議会はブレア首相の「イラクに対する軍事行動の理由説明」で始まった。
当日国会で10 時間にもわたる質疑応答された議事録はA4 版で250 ページに及ぶものである
が、おもな点を抜き出してみると、以下のとおりである。
「大量破壊兵器の破棄や情報開示などイラクの履行義務を定めている決議687 は武装解除
を停戦のための欠かせない条件としているため地域の平和と安定のため武力行使を認めた根
拠は満たされている。イラクが協力的でないことが国際平和と安全に対し脅威の因をなして
いるとして1441 決議の武力行使への道は妥当、そしてジェレミー・グリーンストック英国国
連大使の努力にもかかわらず国連での統一見解を出すことが出来なかったこと。サダム政権
を倒さないとイラクはますます危険になる。テロ組織が大量破壊兵器を入手する可能性は差
し迫っていて危険だ。軍事行動をおこすと英国軍にも犠牲者が出ることも予想されるがもう
これ以上待つことは出来ない。英国政府は国内の利益だけでなく国際的利益にも貢献する。
支持してくれる国は多くオーストラリア、デンマーク、オランダ、東、中央ヨーロッパそして
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日本もだ。
」
この要約からも推察されるように、戦争突入のための大義として、大量破壊兵器の有無が
議論の中心をさすのはあらためて指摘するまでもない。
さて議会投票が行なわれる前、ストロー外相は「私の24 年間の議会生活で非常に困難な問
題の投票をしようとしている。しかしながら軍事行動を起こす前に明確な議会の承認が欲し
い。それは議会がもとめる近代民主主義の本来の姿だからだ。
」と述べた。
政府の提案するイラク参戦決議は結局、賛成412
反対149 で可決された。しかし現政権
の労働党からも83 名の議員が反対し、イラク戦争に疑問をもつクック下院院内総務(前外
相)ら10 名の議員が辞任する騒ぎになった。
ブレア首相が説明したイラクに関する報告書(9 月報告書)は前年の2002 年9 月24 日にす
でに政府によって公表されているがそれには「イラクは45 分以内で大量破壊兵器を配備でき
る」と記されている。
3 月20 日から始まったイラク戦争は4 月10 日のバグダッド陥落で一応の終結となったが、
大量破壊兵器は見つからなかった。軍事行動はさておき、ブレア首相の戦争への道は国民の
「9 月報告書、2 月報告書」の信憑性がメディアで議論されるよう
疑惑の念をより一層深め、
になった。そんな矢先、BBC の朝の番組Radio 4's programme でアンドリュー・ギリガン
記者が政府情報疑惑報道をしたのである。
ところが、この報道によって、やがてBBC は政府と対立することになり、それは各紙、メ
ディアを賑わすようになったが、じつは政府とBBC は、イラク戦争報道でかなり対立してい
「ギリガン記者が、イラク戦争に関して反戦運動家へ
た。キャンベル報道・戦略担当局長は、
のインタビュー、イラク市民への同情報道等、News 24、Radio 4、Radio 5 の各番組で行
」とBBC のニュース局長リチャード・サンブルッ
なった報道表現は政府の意向に沿わない。
クに書簡を送り、同じ番組での訂正を求めた。その中の1 つを紹介すると次のようである。
「3 月19 日のToday programme でギリガンが言った『あと数時間でここにいる罪のない
」
人達は亡くなるのか…』ということの根拠を示して欲しい。
戦争報道に関してストロー外相は4 月1 日、クリミア戦争で活躍したタイムスの記者ウィ
「民主主義の社会では、時間毎、日毎の
リアム・ラッセルの言葉を借りて次のように述べた。
」さらに続けて「報道者の立場もよく理解して
前線からの報道は戦況をますます不利にする。
いる。しかし政府とメディアの関係は軍事衝突においては、時に詮索するものではない。政
府の責任は軍の兵士を守り目的を履行することだ。軍に危険を及ぼしたり、敵に利益になる
ような情報は検討しなければならない。
」これを受けてサムブルックは2 日のガーディアンで、
エンベッド・ジャーナリスト(1)など情報源の裏づけがない時、情報源を強化するため軍隊に
頼ってしまうことになる。このような複雑で混乱した環境のもとでは多くの報道はあまり正
確ではない。間違っていることは避けられない事実だ。戦争が終わるのを待たないでBBC だ
けでなく他の報道局にもさまざまな申し立てがあったり、また新事実が明るみに出るはずだ、
と報道者としての苦悩を述べた。結局BBC は複雑なメディア合戦のせいで戦争賛成者、反
対者の両方から批判されることになったがその際、戦争報道指針の存在が大きな盾となった。
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3.BBC の戦争報道指針と英政府の情報操作
(1)情報操作
ではどんな批判に対して報道指針が盾となったか、サムブルックは戦争半ばの4 月2 日よせ
られた批判に次のように回答している。
批判者からの質問のなかにBBC は軍や政府から反戦報道であるとの意見が多くあるがイラ
クのプロパガンダの影響なのか、軍の士気を挫くのか、英国の利益を反映する報道は考えな
いのか等という苦情に対して、英国内の視聴者への報道には英国の利益に向うような見方も
するだろう。しかしながらワールドサービスのような国際ニュース報道は指針に記載してあ
るように世界の視聴者に正確なニュースと情報を提供するという特別な責任を負っている。
紛争を理解するため真実を伝え、正確な分析、解説を報道している、と答えた。
さらに、どうしてアルジャジーラのように捕虜や犠牲者を見せないのか、英国兵士の死を
見せないのは英国民を侮辱しているのではないか、好ましくないところを削除して骨抜き報
道をしているのではないか、との批判に対して、何百万人がみているかもわからない英国の
団欒の場であるリビングルームに生々しい映像を送り出したくない。しかし今までにも双方
の犠牲となった人たちの映像を見せてきたし今後もみせるだろう。ただ問題は子供達がTV
を見ない時間帯を選んで映像を流していることである。犠牲者を見せることには気をつける
必要がある。英国の視聴者の中には家族、兵士の友人もいるので TV を見て息子が犠牲に
なったと知らせたくないからだ、と犠牲者に配慮した報道指針に基づいて編集していると説
明した。
「24時間ニュー
また番組について視聴者に注意を促すように同氏は次のように付け加えた。
スチャンネルは早い段階で何が起こっているかを知らせる速報であって情報を重視している
ため、番組自体を中には好まない人もいるだろう。勧められる番組はTen O'clock News や
」
Newsnight それに Radio 4 である。
戦争では確実な情報というものは本当に稀である。そのためBBC はイラク戦争では30 ヶ
所ほどの地域に記者やクルーのチームを送りこれまでにない大きな規模でニュース収集を進
めた。イラク北部に戦争報道経験の長いシンプソンのチーム、トルコ、キプロス、イラン、エ
ジプト、サウジアラビア、シリア、クエートの英軍内、米軍内などへ送っているが、Radio 4
ではバグダッドにギリガン記者を派遣した。バグダッドでの人権に基づいた報道、地雷の違
法販売等の報道に対してギリガン記者はイラク戦争後の5 月22 日第12 回メデイア賞をアムネ
スティ・インターナショナル・UK から受賞している。
防衛専門記者として、また戦場報道をした記者として「9 月報告書」にかかれていた大量
破壊兵器問題に大いに関心があったのであろう。ギリガン記者は「政府の情報操作疑惑」を
Radio 4で5月29日朝の番組で報道し、6月1日にはMail on Sundayにキャンベル戦略報道局
長が「大量破壊兵器の脅威を誇張した」旨コラムに掲載した。この報道を知ったダウニング
街からは早急にBBC へ問合せがあり、報道の誤りを謝罪するよう要求した書簡が送られた。
また「この報道は報道指針に沿ったものであるか調査して欲しい」旨、元BBC 職員であるブ
ラッドショー議員から問合せの書簡が報道指針の起草者ステファン・ウィットルに送られて
きた。
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これらの書簡に対しBBC は一団となって情報源の照会を拒み、公共放送の義務、独立性
を主張し政府の干渉に強く抵抗した。
ギリガン記者はなぜ政府が情報を捏造したことを報道したのだろうか ─
─ 報告書をもとに
戦争を正当化し軍備を配置した政府のやり方に疑問をもっていたのはギリガン記者だけでは
ないはずである。イラクでの戦争報道の経験をもとに、元国連査察官のケリー博士からの「報
告書は数回書き直された」という情報で確信をもち報道したというが、英国民の多くはキャ
ンベル氏のBBC たたきと情報操作はやりすぎであり、特にギリガン記者に対しては批判的
だったという。情報疑惑事件が発生してからの与野党の論戦はすさまじかったがそれ以上に
英国のメディアの果たした役割は大きかった。BBC が毅然として政府を追求し問題を浮き彫
りにし連日報道しつづけたことは前記の報道指針があったからである。
ところで情報源のケリー博士が自殺した真相を調査するハットン独立司法調査会が始まっ
てからの報道は、連日どの新聞も大見出しで特に証人となった政府関係者の証言は詳しく分
析された記事で埋まった。この調査会へBBC が出した証拠資料は約500 枚にものぼり政府関
係者、ケリー博士の家族、友人、警察などから提出された全証拠資料は約10,000 枚ほどにな
る。公聴会はロンドンの王立裁判所で行なわれ、傍聴席の73 名席にはそれぞれメディア関係
者席、一般傍聴者があり、ブレア首相が証言にたつ日は前日から傍聴のため列を作っていた
ほどである。多くのプレス記者、カメラマンがゲイトのところで待機し、BBC、ITV、Sky
等の実況中継が裁判所の前で行なわれていた。
因みに日本も同じ「疑惑の報告書」をもとにイラク戦争に賛同したはずなのに通信社2 社
とNHK が取材していただけであったことに杞憂の念をいだいた。日本のプレスは他国のス
キャンダラスな事件として遠くから眺めているだけのメディアなのだろうか。英国と日本の
歴史的背景もあるだろうが国民のためのメディアとしてここに大きな政治への関心の違い、
つまり民主主義をどれだけ大切にするかという違いを垣間見た気がした。
(2)BBC 内での調査
デイビス会長をはじめとする11 人の緊急理事会が7 月6 日に開かれ、事件の流れの説明の
後、ギリガン記者の5 月29 日の報道、同記者の6 月19 日の外交委員会での報告、また、キャ
ンベル氏の6 月25 日の外交委員会での報告、同氏のBBC 宛ての手紙など9 点が提示された。
サンブルック局長やウイットル、コントローラーからキャンベル氏やブラッドショー氏宛てに
出された返事も理事会で提示された。
理事会ではBBC のイラク戦争報道に関するキャンベルの申し立てとToday programme
でのギリガン記者の9 月報告書報道に関して話し合いがあった。理事側からダイク氏、サン
ブルック氏にキャンベル氏の申し立てについて質問をする形で話を進めた。
デイビス会長から次の点について専門家の意見を聞く提案がなされた。
① イラク戦争におけるBBC 報道に関して
② ギリガン記者の報道はガイドラインに沿っているか
③ ブレア首相のコメントに対する返事
④ その他BBC 記者の他紙への投稿、シングル情報源の問題、匿名の情報源に関するガイ
ドラインの本質
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⑤ BBC ジャーナリストの規則や公正公平に関するトレーニング
以上の6 点に関し、カーディフ大学に調査依頼する提案がなされた。
この会議には5 人の局長(ダイク総局長、サンブルックニュース局長、トムソン政策局長、
ダメイザ−ニュース副局長、ウイットル、コントローラー)らが参加し現場の声を反映させ
た。
同日会議終了後ガビン・デイビス会長のステートメントが発表されたのでその概要を記す。
「まず戦争報道に関しては政治的問題も絡んでいるが公正に報道され、戦争を総合的に取
り扱っていた。BBC が戦争反対という計画のもとで報道したというキャンベル氏の主張を否
定する。理事会はキャンベル氏がBBC やそのジャーナリストに偏見を持っていると考える。
次に5 月29 日に放送された『9 月報告書』について報道したギリガンの件だが、この番組
はBBC の報道指針に沿っていると考える。報道指針ではBBC はシングルの情報源をもとに
した記事を放送することは気が進まないが、匿名の情報源を使うことの危険性について警告
する。しかし、この件は明らかに例外事項になる。この話が諜報局高官を情報源としている
点がポイントである。
理事会はBBC News がその情報を得ることが出来、ギリガンの記事を放送したことは公共
の利益になったと考える。それをToday programme かNewsnight のどちらかで記事を抑
えていたら公共の利益にはならなかったろう。Today programmeはこの話を国防省との関連
を考えて明確にすべきだったし、放送前に内閣府の報道官にこの内容について聞くことが出
来ればよかった。しかしながら注目したいことはギリガンの90 分間のオリジナルな放送の中
のToday Programmeでその話を『政府がきっぱりと否定した』と放送したことである。この
話はまたすぐ後の同じ番組のトークにでた国防大臣フーンによって同様に否定されている。
今後理事会はBBC の記者やプレゼンターの新聞への投稿に関して規則を見直すつもりで
ある。以前ニュース局長から提案されたことがあるがこの調査は今年の夏中に行なう。
最後に理事会が記録に残しておきたい事は、BBC は間違ったやり方、不当な言い訳で英国
を戦争に導いたことや首相の虚言を非難する報道をしたことがない。
BBC には戦争報道の日程表もなければ首相の誠実さを疑問に思うとするどんな協議事項も
ない。我々理事はBBC が公平と正確さで最高の規準を維持することに最終的責任がある。
BBC のジャーナリストやマネージャーが今回この件で公正、正確さを維持するよう努めたこ
」
とに満足している。
この記録からも推論されるように問題は2 つあると考えられる。ひとつはギリガン報道の
不備は認めながら、しかし、その報道は正しかったということ。もうひとつは報道の政府か
らの独立の問題である。このことについて、かつてBBC は次のようなことを言ったことがあ
る。
「本当に独立していなければ、真実と公平・公正の最高の基準を保つ放送はできない。ま
」この一文
た、そういう評価を確立することができなければ、放送の真の独立はありえない。
からも判断されるようにメディアの独立の問題は国家と政府との対抗軸でみていかなければ
ならない問題である。
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4.メディアと危機管理
(1)国防省内での会議
7 月9 日、国防大臣フーンは情報源がケリー博士であるかどうか、BBC デイビス会長に確
認を求めるがBBC は情報源の秘匿として公表を拒み、情報源への危険性を示唆して今後い
かなる問い合わせにも応じないとした。国防省はケリー博士の言動に疑問を持ち外交問題特
別委員会(FAC)や情報安全委員会(ISC)への出席を求めたり、メディア対策としてQ
and A を作成し結局ケリー博士の名前を漏洩してしまった。
7 月14 日国防省内でケリー博士の参加を求め、直属の上司ウエル博士(国防省非拡散部部
長)
、ハワード副情報局長(国防省)らによるヒアリングがあった。
FAC、さらにISC での専門的質疑はあったが国防省内での個人的なミーティングの必要性
を説明し、ケリー博士に次の点を質問した。
① 政府での役割とメデイアとの関係
② 2002 年9 月の政府報告書作成の役割
③ ギリガン記者との会合で、何を明らかにしたか
③ なぜギリガン記者と会ったことを直属の上司に知らせたか
④ ISC に対しての一般的情報のアクセスの件
⑤ ISC に対して、45 分主張に関する情報のアクセス
内閣府、国防省は、報告書疑惑問題がメディアで大きく取り上げられるようになるにつれ
苛立ちを隠し切れなくなりついに国防大臣フーンは、この話が国防省内の職員から漏れたな
ら国家秘密法に触れると警告した。現在英国では国家の安全のため、陸軍、海軍、空軍、諜
報機関、政府関係機関に所属するものは国家秘密法にサインをしなければならず、知りえた
情報に関して守秘義務が課されている。この法は1911 年に制定され1989 年に改正されたが
その概要は以下のとおりである。
① セキュリテイと安全
諜報機関のメンバーである人、元メンバーであった人、またメンバーと同様な規準の人は、
それぞれの機関や仕事の過程でメンバーとしての地位で入手したり、入手していたセキュリ
ティや諜報に関するあらゆる情報、文書、記事でも法的に許可されない限り漏洩すると罪を
犯すことになる。これは国家公務員、政府関係者も含まれる。
上記以外にセキュリティや諜報に関する情報を漏らすために入手したり、漏らそうとする
目的の者から入手した文書も含める。
② 防衛
政府高官や政府関係者が自分の地位により手に入れた情報、報告書やその他防衛関係の資
料を法律機関の許可なく漏らした場合罪を犯すことになる。
(2)DA-Notice
国家秘密法のなかに組み込まれているDA-Notice には政府と報道機関の間に秘密保に関す
る合意がある。国家の安全を損なうかどうか不確かなジャーナリストの記事の漏洩を防ぐた
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め、表現の自由を公表するメデイアとの間で非公式に話し合うシステムである。また一方で
国家の安全と利益に関し軍の代表者から編集者に依頼する形で自主検閲という形式の同意を
求めている。最近では、アフガニスタン戦争、イラク戦争で要請された。
そもそもDA-Notice は「緊急事態における海軍と陸軍の広報に関して」設けられたもの
で、初期の歴史では、政府は法律を通して、あからさまな検閲という悪評をさらすよりもす
でに創設されている‘OB 仲間’を通して、情報の公表をコントロールすることを求めてい
た。DA-Notice system が最初に作られた時は、一般国民を除外した法律であったがシステ
ムは、
「緊急事態」が通過した後でも、もとの戦争の発端の中にとじこめられたままであった。
一般的にシステムが知られるようになってからも、委員会のメンバーは、公共に何を知らせ
るか、知らせるべきでないかという検討に重点を置くままであった。
他国に例を見ないDA-Notice システムの成功している運営方法は何年もの間の事務局長の
「独立した仲立人」である事務局長をもつこと
対外手腕によるところが大きいと考えられる。
は、たやすく接近しやすく近寄りやすいため、システムの疑念を取り外すのに役立つ。どん
なやり方でもこれはメディアと政府との間の不安のない取り決めである。
表現の自由という最近高まっている世論を反映してこの合同諮問委員会は公共の利益に
サービスしていると述べているが、委員会には政府の次官クラス、メデイアからは編集主幹
クラスがメンバーで、公共の利益を抑圧しているか、貢献しているかどうかを客観的に確か
める独立したメンバー構成ではない。
5.表現の自由と国家の安全 − 一応のまとめ −
1998 年に英国ではヨーロッパ人権条約がHuman right Act 1998 を経由して2000 年英国法
に組み込まれた。ヨーロッパ人権法8 条では雇用者によるプライバシーの侵害に対して保護
をしている。匿名の情報源の名前を公表することに関し現在ケリー博士の家族からの法的異
議申し立てに政府は直面している。
国防省がジャーナリストにケリー博士の名前を認めるとき配慮があったか、メディアが押
し寄せたとき彼を守ったかどうかがこれからの専門家の議論になる。もし国防省に、戦略的
意図があったとわかった場合、ケリー博士の家族は法的処置を取るはずである。
また、政府の役人は1992 年より雇用契約の正式な法的保護に相当する人権法により、公
的機関に対して特権と権利を享受している。ハットン調査委員会の結論がまだ出ていない段
階だが、国防省の人事部長ハットフィールド氏の同委員会での証言は政府の立場を危ういも
のにしている。
表現の自由と国家の安全を統治している英国の体制は今その再考段階にさしかかっている。
国家の安全に対する免責の使い方、情報の公開へと世界が向っているなか、情報の自由法
(Freedom of Information Act)は2000 年に国会を通過し成立した。しかしながら政府白
書の発行と立法の草案との間で政府の情報の自由法への熱意は次第に冷えていき、2002 年に
実施の予定は2005 年まで延期された。結論から言うとこの法律が大層曖昧であり、市民に
とって今の政府風土の変化をもたらすかどうかは疑問だからである。情報の自由の本質は市
民が公的機関によって保持されている情報に権利を有することで、多くの先進国ではすでに
― 87 ―
受け入れられ法律化されたり制定条項となっている。それに引き換え英国では、いまだその
法的体制を取っていない。情報の自由法に関して政府の主旨は問題を救済することにあると
いう。しかしながら情報の自由は本質に基づき有益な結果をもたらす事で受け入れられる。
つまり公共の利益のための法律であること。職務上知りえた情報は、いわば公共のため信頼
「この法は開示す
され保持される事で、それを秘密にしておくことは合法的な公益ではない。
ることによって公共の利益に何か有害である情報を公的機関が保持するだけの法律である。
」
とする意見が続出し、市民が情報を公的機関に保持してよいと考える点に正当性が基づいて
いるのではないかと現在英国ではこの情報の自由法と厳しい国家秘密法の狭間で大きな問題
になっている。
■註
(1) 米国防総省従軍取材ガイドライン(抜粋)
中央軍司令部管轄地域において起こりうる軍事行動に報道機関を従軍させるにあたっての方針
が定めてある。
① 従軍取材により米軍への制限を最小限に抑えたアクセスを得られるようにするため国内外の
報道機関を部隊に埋め込む。従軍報道機関は戦闘時や作戦実行時に米軍の報道をし、共に生
活し、移動する。
② 報道機関はすべての作戦行動を理解するため空軍、地上軍の部隊兵に従軍する。
③ 指揮官は報道機関に部隊の兵員と同等の宿舎、配給物、医療情報を提供し、要求があれば軍
の輸送へのアクセスや報道通信手段を提供する。
a 報道機関は従軍移動に自己の乗り物を使用してはならない。
b 特定作戦の取材のための機材運搬に軍事輸送のスペースを利用できる。
c 部隊は軍の情報を伝える報道素材の戦場間輸送を適切な時期・方法において支援する。
d 報道機関による通信設備の使用は特に禁止されない。作戦上の安全確保のため一時的制限も
ある。
■英政府情報疑惑事件の流れ
2002 年
・ 4 月∼ 6 月: 国防省(MoD)科学者デイビット・ケリー博士は、イラク大量破壊兵器報告書作成に
参加。
・ 9 月 5 日: キャンベルは、
「トニー・ブレアが検討したところでは、本質的な書き直し」が必要とい
う。
・ 9 月 9 日: 外務省(FO)不拡散部パトリック・ラム副部長は、ケリー博士にドラフトを見せる。
・ 9 月 24 日: 報告書公表される。
「イラクが45 分以内に大量破壊兵器の展開が可能」と記載(9 月報
告書)
。
ブレアは、これは「重大問題である」と評価する。
2003 年
・ 5 月 22 日: ケリー博士は、ロンドンのホテルで、BBC 防衛担当記者アンドリュー・ギリガンに会
う。
・ 5 月 29 日: Radio4 の放送で、ギリガンは、政府が9 月報告書を「魅力的に」作成したと報道する。
・ 6 月 26 日: キャンベルはBBC に謝罪要求書簡を出す。サムブルック局長は「政府の先例がない圧
力」という。
・ 7 月 6 日: BBC ガヴィン・デイビス会長は、ギリガンを無条件に支持。
・ 7 月 9 日: フーン国防相はデイビス会長にケリー博士が情報源か問合せ書簡を出す。BBC はその確
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認を拒否。
MoD はケリー博士が関係高官だとジャーナリストに認める。内閣府は、情報源の漏洩源であるこ
とを否定。
・ 7 月 18 日: ケリー博士が、テムズ・ヴァリー警察によって、行方不明と報告される。9.20am 頃死体
で発見。
・ 7 月 21 日: ハットン卿が、ケリー博士の死に関して、独立司法調査委員会の委員長に指名される。
・ 8 月 1 日: ハットン調査委員会は、ケリー博士に関する法廷証言のヒアリングを始める。
・ 8 月 27 日: フーンは、自分はケリー博士の名前を曝露していない。内閣府が関係していたという。
・ 8 月 28 日: ブレアはハットン調査会に出席、ケリー博士の名差に結びつき「責任は私にある」と証
言。
・ 9 月 15 日: BBC グレッグ・ダイク総局長は、キャンベルがBBC を攻撃したと証拠を提出。
・ 9 月 25 日: 調査委員会が終了。
2004 年
・ 1 月 28 日: ハットン調査報告書発表。
■参考資料・文献
・ BBC producers guidelines
・ BBC editorial guidelines
・ BBC war guidelines
・ The Dossier on Iraq weapons of Mass destruction
September 2003
・ Its infrastructure of concealment deception and intimidation
January 2003
・ House of Commons Foreign Affairs Committee, Special report
・ Evidence from
Mr. Andrew Gilligan
19 June 2003
・ House of Commons Foreign Affairs Committee, Special report
・ Evidence from Mr. Alastair Campbell
・ FAC select committee report
25 June 2003
7 July 2003
・ House of Commons Foreign Affairs Committee, Special report
・ Evidence from Mr. Andrew Gilligan
17 July 2003
・ FAC Oral evidence taken before the Foreign Affairs Committee,
・ Official secret act
・ D.P.B.A.C statement
2003
・ BBC radio 4 Today's programme
・ Susan Watt tape
・ Mail on Sunday
17 July 2003
1989
29 May 2003
7 May 2003
1 June 2003
・ BBC press release
・(Letter from Richard Sambrook to Alastair Campbell) 26 June 2003 BBC press release
9 July 2003
(Letter from Gavyn Davies, Chairman of BBC to Geoff Hoon, Secretary of Defence )
・ BBC press release(Letter from Stephen Whittle to Ben Bradshaw) 3 July 2003
・ BBC governor's statement
・ MoD statement
6 July 2003
8 July 2003
・ FAC committee, Evidence from Dr. David Kelly
・ BBC statement
15July 2003
20July 2003
・ Hutton Inquiry evidence
・ The Liberty document
・ Article 19 document
http://www.the -hutton -inquiry..org.uk/
2003
2003
― 89 ―
・ The Independent
・ The Gardian
・ Daily Mail
1 March to 30 November
1 March to 30 November
20 March to 30 November
・門奈直樹「ジャーナリズムの現在」日本評論社 1993 年
・門奈直樹「ジャーナリズムの科学」有斐閣 2001 年
追記:本稿執筆後の1 月 28 日、ハットン調査委員会の報告書が発表された。
■ハットン独立司法調査委員会の報告(全 740 ページの概要)
・ケリー博士の自殺は自分でとった道で第三者が絡んでいない。
・ギリガン記者の報道はケリー博士が言ったという内容を裏付けるメモがなく未確認である。
・ギリガン記者は45 分で大量破壊兵器を配備できるということが間違っていると政府が知っていた
のではないかという報道で政府やJIC を攻撃した。
・ 45 分で配備は情報局からの信頼できる報告書に基づいている。
・ BBC は原稿のチェックをしなかったため編集体制に欠陥があった。
・ BBC はギリガン記者の調査をしていないし、政府の苦情に対しシステム上の欠陥がある。
・政府がケリー博士の名前を公表することに関して何も内密なものはない。
・ケリー博士の名前を公表するまで国防省は段階を踏んでいた。
この報告書は政府に汚点はなく、BBC に欠陥があるとなっていたため、BBC 史上初めてデービス
会長、ダイク総局長のトップ2 人の辞任となった。一方政府は「謝罪を受け入れ、この問題に決着を
つけよう」としたが、英国メデイアはいっせいにこれはwhitewash で「バランスを欠いた報告」であ
ると反発し、ハットン調査委員会での質問の激しさと対称的に、調査報告書に疑問を持つ声が多く、
世論調査ではBBC が真実を言っているが31 %、政府 10 %(ガーデアン調査 532 人 1 月 28 日)となっ
た。ダイクはBBC の間違いは認めたが、市民に対する知る権利と報道の独立性を守るため政府に抗
議し、大量破壊兵器に関する問題について調査委員会を設置するよう巻き返した。政府の情報操作の
疑惑の念は、尾を引き、更なる問題が持ち上がリ、ブレア首相、フーン国防相、キャンベル、に質問
がされる事になると予測されている。メディアの表現の自由と市民の利益を考える危機管理の事例と
して、今後注目しなければならない問題である。
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