有機TFT駆動フレキシブルディスプレー

研究発表 6
有機TFT駆動フレキシブルディスプレー
武井達哉
Flexible Display Driven by Organic Thin Film
Transistors
Tatsuya TAKEI
ABSTRACT
The flexible displays that we are researching are built on plastic film substrates, and they will
range in size from portable displays through to large­scale Super Hi­Vision home displays.
We recently tested a coating material to act as a gate insulator in organic thin film transistors
(OTFTs)for realizing large­scale screen displays. These OTFTs have an insulator that is
made by spin­coating a thermally cross­linked olefin­polymer and then curing it at 150°C or
below. Compared with conventional OTFTs that have an insulator made of Ta2O5, our new
OTFTs exhibit less hysteresis and have better uniformity and stability. We used them to build
a 5­inch QVGA flexible organic light emitting diode panel and found that they reduced the
incidence of pixel defects and improved the uniformity of the display.
1.まえがき
帯・収納・設置・視聴などの自由度を飛躍的に高める
放送の完全デジタル化やインターネットの普及によ
り,いつでもどこでも高画質な映像情報サービスを楽
ことができる技術として注目されている(1図)
。
当所ではフレキシブルディスプレーの実現に向けて,
しめる環境が整ってきた。薄くて軽く,持ち運びに便
自発光で表示速度が速く動画像表示に適した有機 EL
利なフレキシブルディスプレーを実現できれば,携帯
(Organic Light Emitting Diode)と,柔軟性を持ち室
型情報端末の利便性を大きく高めることができる。更
温での形成が可能な有機半導体を用いた薄膜トランジ
に,大画面シート型ディスプレーを実現できれば家庭
スター(TFT:Thin Film Transistor)と,各素子をプ
への搬入・設置が容易になり,次世代の高臨場感映像
ラスチックフィルム上に低温工程で作製・集積するた
システムであるスーパーハイビジョンを家庭でも気軽
めのパネル化技術の研究を進めている。これまでにリ
1)
に楽しむことができるようになる 。このように,ディ
ン光性有機EL素子の発光効率の改善や2),低電圧で動作
スプレーのフレキシブル化は画面サイズを問わず,携
する五酸化タンタル(Ta2O5)絶縁膜を用いた有機TFT
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1図 フレキシブルディスプレーの使用イメージ
チャンネル長 5μm
有機半導体
ドレイン電極
ソース電極
ゲート絶縁膜
ゲート電極
バリア層
プラスチック基板
2図 有機TFTの基本構造
の開発に取り組み,これらを組み合わせたフレキシブ
動画像表示の結果を報告する。
3)
ル有機ELディスプレーの作製を行ってきた 。五酸化タ
ンタル絶縁膜を用いた有機TFTは低電圧で動作するが,
動作の安定性や均一性を高める必要がある。また,大
2.オレフィンポリマーを用いた有機TFT
動画像表示用フレキシブルディスプレーの高画質化
画面のフレキシブルディスプレーを実現するためには,
と高信頼化には,画素駆動素子としてTFTが不可欠で
塗布法や印刷法などの基板の大型化に適用しやすい材
ある。ディスプレー用のTFTには,液晶ディスプレー
料や作製工程の開発が求められる。
などに広く用いられているシリコン系をはじめさまざ
そこで,画素駆動素子である有機TFTのゲート絶縁
まな材料の応用が試みられている。中でも,低温形成
膜に,大画面化に適した塗布形成可能な材料を導入し
が可能で材料そのものが柔軟性を有する有機半導体を
た。使用した材料は熱硬化型オレフィンポリマーで,
用いた有機TFTは,プラスチックフィルムを基板とす
スピンコート法
*1
で塗布後,150℃以下の低温で加熱硬
化させてゲート絶縁膜を形成した。このポリマー絶縁
るフレキシブルディスプレーに対する適用性が高く有
望である。
膜を用いて有機TFTを作製し,良好なスイッチング特
有機TFTの基本構造を2図に示す。有機TFTの課題
性と安定な動作特性を得ることができた。また,この
としては安定性や信頼性の確保,キャリヤー移動度や
*2
フレキシブル有機
電流ON・OFF比の向上などがある。これらの特性は有
ELディスプレーを作製し動画像表示を行った。その結
機半導体そのものの性能だけでなく,ゲート絶縁膜の
果,画素欠陥の低減と表示の均一性の改善が確認でき
性能も大きく影響する。有機TFTのゲート絶縁膜の材
た。本稿では,ポリマーゲート絶縁膜の特徴や有機TFT
料には以下のような条件が求められる。
有機TFTを用いて5インチQVGA
の特性,フレキシブル有機ELディスプレー作製工程,
・塗布法や印刷法で形成可能
・電荷トラップとなる不安定構造(水酸基)を分子
*1 材料を溶液化して基板に滴下し,その基板を高速回転させて薄膜
を形成する方法。
*2 320 240画素。VGA規格(640 480画素)の1/4の画素数。
内に含まない
・有機半導体の結晶性を高めるために疎水性で平滑
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有機TFT
10
ー4
ID(A)
ドレイン電流 VD = ー 15V
10
ー6
10
ー8
10
ー 10
10
ー 12
10
ー 14
ー 40
ー 30
ー 20
ー 10
0
10
ゲート電圧 V G (V)
3図 オレフィンポリマーを用いた有機TFT
4図 オレフィンポリマーを用いた有機TFTの特性
な表面を持つ
10
ー4
10
ー6
初期状態
これらの条件を満たす材料として塗布型のオレフィ
ンポリマーに着目し,有機TFTのゲート絶縁膜として
熱性・耐環境性に優れた有機材料で,汎用プラスチッ
ク製品に数多く利用されている。今回用いたオレフィ
ンポリマーは塗布形成が可能で,電荷トラップとなり
やすい不安定構造を含まないので,有機TFTのゲート
30 日後
ID (A)
ドレイン電流 導入を試みた。オレフィンポリマーは機械的強度・耐
15 日後
10
10
ー8
ー 10
絶縁膜に適した特徴を持っている。
オレフィンポリマーを用いて,2図に示したような
10
ー 12
チャンネル長5μmの微細な有機TFTをプラスチック基
板上に作製した。まず,プラスチック基板上にバリア
層とゲート電極を形成し,オレフィンポリマーをスピ
ンコート法で塗布した後,120℃∼130℃で加熱硬化さ
せて厚さ約 200 nmのゲート絶縁膜を形成した。次に,
10
ー 14
ー 30
ー 20
ー 10
0
10
20
ゲート電圧VG
(V)
5図 大気中に保管した有機TFTの特性変化
ソース・ドレイン電極を形成し,有機半導体としてペ
ンタセン*3をシャドーマスクを用いた真空蒸着法でパ
界面が得られていることが推測できる。有機TFT基板
ターニングした。
を通常の大気中に保管し特性変化を観察した結果を5
作製した有機TFTの写真を3図に,伝達特性を4図
2
2
に示す。移動度は0.1cm /Vs∼0.2cm /Vsで,ヒステリ
7
シスが少なく,電流ON・OFF比が10 以上と良好なス
4)
イッチング特性を得た 。また,長時間の連続動作テス
図に示す。30日後においても移動度や電流ON・OFF
比の劣化はごくわずかで,しきい値電圧のシフトやヒ
ステリシスのない特性が維持されており,良好な大気
安定性が実現されていることが確認できた。
ト(バイアスストレス試験)の結果,10,000秒のバイア
スストレス印加後におけるしきい値電圧シフトの変動
3.フレキシブル有機ELディスプレーの作製
が0.9V以下と安定した特性であることを確認した。これ
オレフィンポリマーを用いた有機TFTをプラスチッ
により,電荷トラップの少ない良好な絶縁膜/半導体
ク基板上にアレイ化し,フレキシブル有機ELディスプ
*3 最も代表的な低分子有機半導体。ベンゼン環が5つつながった構
造を持つ。
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レーを作製した5)。作製したディスプレーの断面構造を
6図に示す。1画素は画素を選択するための選択用
高バリア性封止フィルム
薄膜封止層
TFT保護膜
有機半導体
有機EL素子
塗布型
ゲート絶縁膜
バリア層
選択用有機TFT
発光
駆動用有機TFT
プラスチック基板
6図 作製したディスプレーパネルの断面構造
1表 プラスチック基板の種類と特性
(a)酸化シリコンと窒化シリコンを積層したガスバリ
ポリエチレン
ナフタレート
ポリエーテル
スルフォン
ポリエチレン
テレフタレート
ポリカー
ボネート
(PEN)
(PES)
(PET)
(PC)
耐熱性
(℃)
∼170
∼220
<150
∼150
熱膨張率
(ppm/℃)
13
54
15
60∼70
吸水率
(%)
0.14
1.4
0.14
0.4
光透過率
(%)
85
90
>85
>90
ア層を形成後,スパッター法(真空成膜法の一種)
とフォトリソグラフィー(紫外線露光による微細
加工技術)によりTFTのゲート電極(モリブデン)
と有機EL素子の画素電極(インジウムスズ酸化物)
を形成。
(b)スピンコート法によりオレフィンポリマーを塗布
後,130℃での加熱硬化によりゲート絶縁膜(膜厚
350nm程度)を形成。
(c)フォトリソグラフィーとドライエッチング法(プ
ラズマ露出による薄膜の分解・除去)により接続
端子を開口後,電子ビーム蒸着法(真空成膜法の
一種)とフォトリソグラフィーによりソース・ド
レイン電極(金)を形成。
(d)ソース・ドレイン電極上と画素電極上が開口した
隔壁構造を形成後,真空蒸着法により有機半導体
(ペンタセン)を形成。この隔壁構造で有機半導体
をTFTのチャンネル部分とそれ以外の部分とに分
離。
(e)化学気相成長法(反応性ガスを基板上へ流して膜
7図 プラスチック基板を固定したガラス支持基板
をたい積させる方法)により有機TFT保護膜(ポ
リパラキシリレン)を形成後,フォトリソグラ
TFT,有機EL素子へ電流を供給するための駆動用TFT
フィーとドライエッチング法により画素電極上を
の2つの有機TFTと1つの有機EL素子で構成される。
開口。
発光方向はプラスチック基板側に発光させる方式(ボ
トムエミッション型)である。
( f )シャドーマスクを用いた真空蒸着法によりRGB
の高効率有機EL素子を画素電極上の開口部に形成。
さまざまなプラスチック基板の中でも比較的耐熱性
最後に,6図に示すように,有機層と無機層を積層
が高く,熱膨張率や吸水率の低いポリエチレンナフタ
した薄膜封止層を形成し,その上から高性能バリア層
レート(PEN)フィルムを基板として用いた(1表)
。
を形成した封止フィルムを接着した。
プラスチック基板を粘着層を介して寸法安定性の高い
の作製工程を行い,フィルム基板の伸縮による寸法誤
4.有機TFTアレイの特性と
フレキシブルディスプレーの動画像表示
差を抑制するとともに薄くて柔軟なフィルム基板の取
作製した有機TFTアレイの顕微鏡写真を9図に,仕
ガラス支持基板に固定して(7図)
,その状態ですべて
り扱いを容易にした。
8図(a)から(f)にディスプレーの作製工程を示す。
様を2表に示す。画面サイズは対角5インチで80 ppi
の精細度である。また,有機TFTアレイの特性を10
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(a) バリア層,ゲート電極,画素電極の形成
ゲート電極(モリブデン)
画素透明電極(インジウムスズ酸化物)
ガスバリア層
(酸化シリコン , 窒化シリコン)
プラスチックフィルム
(b) ゲート絶縁膜の塗布形成
ゲート絶縁膜(オレフィンポリマー)
(c) 接続端子等の開口,ソース・ドレイン電極の形成
ソース・ドレイン電極(金)
(d) 隔壁,有機半導体層の形成
分離
選択用TFT
有機半導体(ペンタセン)
隔壁
駆動用TFT
(e) TFT保護膜,画素電極の開口
TFT保護膜 (ポリパラキシリレン)
(f) 有機EL層の形成
高効率有機EL素子
陰極
8図 フレキシブル有機ELディスプレーパネルの作製工程
図 に 示 す。移 動 度 は0.01cm2/Vs∼0.05cm2/Vs,電 流
6
シブルなプリントケーブルで接続し動画像表示を行っ
ON・OFF比は10 以上でヒステリシスが少なく,良好な
た(11図)
。配線の断線などに起因すると思われるライ
面内均一性が得られた。2章で述べた有機TFTより特
ン状の線欠陥はあるが,従来試作していた五酸化タン
性が劣っている原因は,ディスプレー駆動用のアレイ
タル絶縁膜による有機TFT駆動ディスプレーと比較し
化工程と有機半導体のパターニング法の違いによる影
て点欠陥は減少した。また,画面全体において均一性
響と考えられる。
の高い表示動作が確認できた。これらは塗布型オレフィ
作製したフレキシブルディスプレーの仕様を3表に
ンポリマーの導入により,有機TFTの絶縁膜不良が減
示す。ディスプレーのパネル部分は,封止フィルムを
少したことと,均一で安定したTFT特性が実現できた
含めて厚さ0.3mm,重さ5g程度と非常に薄くて軽く柔
効果と考えられる。
軟性を有している。ディスプレーと駆動装置をフレキ
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選択用TFT
走査線
電源線
駆動用TFT
318μm
画素電極
R
G
B
106μm
データ線
9図 有機TFTアレイ1画素の顕微鏡写真
2表 有機TFTアレイの仕様
10
基板(厚み)
PENフィルム(125μm)
画素数
320(RGB)×240
精細度
80ppi
画素ピッチ
0.318mm
TFTサイズ
(幅/長さ)
選択用:76μm/7μm
駆動用:255μm/7μm
ー5
ドレイン電流 ID (A)
VD = ー 15V
10
ー7
10
ー9
10
ー 11
10
ー 13
ー 30
ー 10
10
30
ゲート電圧 V
G (V)
10図 有機TFTアレイの特性
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3表 フレキシブル有機ELディスプレーの仕様
画面サイズ
対角5インチ
画素数
320(RGB)×240
フレーム周波数
60Hz
パネル厚み
0.3mm
表示素子
高効率有機EL
5.むすび
ゲート絶縁膜材料に適した塗布型オレフィンポリマー
を用いて有機TFTを作製して,良好なスイッチング特
11図 フレキシブル有機ELディスプレーの動画像表示例
性と大気安定性を実現した。また,有機TFTをプラス
チック基板上にアレイ化し,5インチQVGAのフレキ
シブル有機ELディスプレーを作製して動画像表示を行っ
速することで,大画面化の早期の実現を目指す。
た。その結果,画素欠陥の低減と均一性の高い表示動
作を確認できた。
なお,有機TFTアレイの作製に用いた塗布型オレフィ
ンポリマーは日本ゼオン(株)にご提供いただいた。
今後,有機TFTの性能改善を進めるとともに,基板
の大型化に適用しやすい材料や工法の研究・開発を加
また,フレキシブル有機ELディスプレーの作製にはパ
ナソニック(株)にご協力いただいた。深く感謝する。
参考文献
1)NHK放送技術研究所:
“フレキシブルディスプレー特集号,
”NHK技研R&D, No.120(2010)
2)H. Fukagawa, K. Watanabe, T. Tsuzuki, and S. Tokito:
“Highly Efficient, Deep­blue Phosphorescent Organic Light
Emitting Diode with a Double­emitting Layer Structure,
”Appl. Phys. Lett., Vol.93, pp.133312­133314(2008)
3)Y. Nakajima, T. Takei, Y. Fujisaki, H. Fukagawa, M. Suzuki, G. Motomura, H. Sato, T. Yamamoto and S. Tokito:
“Improvement in Image Quality of a 5.8­in. OTFT­driven Flexible AMOLED Display,
”J. SID, Vol.19, No.1, pp.94­99
(2011)
4)Y. Fujisaki, Y. Nakajima, D. Kumaki, T. Yamamoto, S. Tokito, T. Kono, J. Nishida, and Y. Yamashita:
“Air­stable N­
type Organic Thin­film Transistor Array and High Gain Complementary Inverter on Flexible Substrate,
”Appl. Phys.
Lett., Vol. 97, pp.133303­ 133305(2010)
5)M. Suzuki, H. Fukagawa, G. Motomura, Y. Nakajima, M. Nakata, H. Sato, T. Shimizu, Y. Fujisaki, T. Takei, S. Tokito,
T. Yamamoto, and H. Fujikake:
“Fabrication of QVGA Flexible Phosphorescent AM­OLED Display Using Ink­jet
Printing,
”Proc. IDW 10, FLX4­4L, pp.1675­1676(2010)
たけいたつや
武井達哉
1991年入局。同年から放送技術研究所にて,
プラズマディスプレーの研究,冷陰極ディス
プレーの研究,フレキシブルディスプレーの
研究に従事。現在,放送技術研究所表示・機
能素子研究部専任研究員。
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