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や す おの 勝手口
脳のこころ
はじめに
2003年3月に松本元(まつもと・げん)先生が亡くなられました。先生と直接お話をさ
せていただく機会を得たのが1992年10月のことでした。私に大きな影響を与えた先生
のお一人です。先生のご冥福を祈ります。
岩波科学ライブラリー42「 愛は脳を活性化する」 を読まれることをお勧めします。 コ
ンピューター用語になじみのない方は、 ちょっと難しいかもしれません。
以下、 雑誌『 言語』 連載された先生のエッセー「 脳のこころ」 を私なりにまとめた
要旨と感想を載せたいと思います。
「脳の目的」の要旨
先生は、『脳は自らが選択した情報を処理する仕方を自分で創り出してゆくシステムであ
る。脳は情報処理の仕方を獲得することが目的で、脳からの出力(感情表出、言動および
認知出力)は手段であることが、脳の最近の研究で明らかにされてきた。脳は情報処理の
仕方を獲得するのが目的であるので、人の生きる目的は出力することではなく、プロセス
にある。人生の目的は頂点に立つことではなく、高きに向かって進んでいくプロセスにあ
る。その点現代社会は、この意味でまったく脳の目的には適わない。このことは人本来の
目的にまったく不適合であるので、人を苦しめることになる。』と、言われる。
「脳と言語」の要旨
先生は、『脳は思えばそのことを成すための仕組みを作る。脳に言語野が創られるのは、
人が人とのコミュニケーションを必要とする動物だからである。 脳科学から言語を理解
しようとするとき、 二つのアプローチがある。 一つはなぜ人は人との絆なしに生きられ
ない存在かを明らかにし、この強い思いがどのようにして言語野に話す仕組みが自然に作
られるのかを明らかにすることである。 もう一つのアプローチは、 脳に創られた言語野
の表現の理解である。言語野の神経回路の構造とそこでの神経活動を明らかにして、我々
がなぜ日本語を理解し話せるのかを明らかにしよう、と言うものである。現在の脳科学研
究の主流は後者のアプローチによる脳理解であり、 「 脳を知る」 研究アプローチと呼
ばれる。 これに対し、前者のアプローチは、
「脳を創る」研究アプローチと呼ばれる。
「脳
を創る」アプローチでは、脳を創る原理としての<こころ>を追究する。』と、言われる。
「脳は表引きテーブル」の要旨
先生は、『脳は情報処理の仕組みを創ってゆくシステムである。脳からの出力は、脳にあ
らかじめ学習によって作っておいた表引きのテーブルの答えのどれかが選択された結果で
ある。脳からの出力はすべて、受け手がその入力情報を得る以前に作っておいた表引きテ
ーブルの答えのどれかが選択されたものである。 従って、 情報の送り手と受け手の両者
で意味が通じ合う( 分かり合う) のは、 両者の表引きテーブルに同じ答えを持つこと
が必要となる。この答えは、学習経験によって作られるので、人が互いに分かり合うため
には互いに共通した経験を持つなどして同じ答えを持っていることが必要である。しかし、
異なる生育環境や異なる文化的背景によって答えは異なるので「人が互いに判り合う」と
友から 友へ
や す おの 勝手口
いうことは極めて難しい。むしろ「判り合う」というのは奇跡的なことである。他人に自
分の言うことをよく判って欲しいと思ったら、 その他人の表引きテーブルから自分の言
いたいことの答えが容易に取り出しやすいように、その人のレベルからものを言うことで
伝わるのである。』と、言われる。
「好きこそものの上手なれ」の要旨
先生は、 『 脳は表引きテーブルであり、 表引きテーブルの答えは学習によって作られ
る。学習は出力依存性である。脳が入力情報を得ても出力しないとき、答えは書き変わら
ず学習されない。人から話を聞いてもその意味を考えない(認知的出力をしないとき)と
き、その聞いた話は何も学習効果をもたらさない。脳が入力を得て出力をするほどの強い
入力とは第一は生理的に強い入力である。大脳は新皮質と古皮質の二重構造から成り、古
皮質は欲求充足という方向に向けて出力選択し出力する。新皮質は選択した出力をさらに
緻密に分析検討した結果を出力する。古皮質は入力の情動出力を外部に出すだけでなく、
新皮質の活性制御にも用いられる。その活性制御が意欲となって知の情報処理の仕組みを
作る。』と、言われる。
「脳をこころに合わせて創る」の要旨
先生は、『学習は出力依存性である。大脳古皮質で入力情報の価値を即断し、『価値あり』
と評価すると、大脳活性が高まるよう機構化されている。困難な状況や苦しいと思うこと
がらは、脳の入力情報がそのような思いや感情を脳の内部世界から選択し取り出すのであ
って、困難や苦しみに対処する基本的な方策は、脳の内部世界を変えることであって、
「相
手や状況」を変えることではない。自分を変えることは、極めて難しい。絶対に逃げるこ
とのできない困難や真剣に対峙せざるを得ない苦しみによって、自分自身を変えざるを得
ない状況に追いつめられて初めて、新たな対処方法を創り出す一歩を踏み出すことができ
る。したがって、苦しみや困難は飛躍的な成長に必ず伴うものである。』と、言われる。
「青年期の悩み」の要旨
先生は、『脳は思えば、そのことを成すための仕組みを創る。人は前頭前連合野が異常発
達をとげた動物である。大脳新皮質自身が創る内部世界の、情報処理を行うべきターゲッ
トとしてのイメージも、 前頭前連合野が構造的に完成に近づく青年期に必要となる。こ
の内的世界がセットするイメージは、 生きがい観とリンクするイメージである。 前頭前
連合野が構造的に完成する10代後半期になると、生涯の目標がセットされないと、大脳
新皮質が情報処理の仕組みを創ってゆくべき方向性を持てないので、 フリーラン状態と
なり、この生涯目標がセットされるまで極めてくるしい状況がつづく。これが青年期の悩
みの源泉であるといえよう。』と、言われる。
「脳からみた性格」の要旨
先生は、『脳は情報処理すべき目標をセットする。脳の内的世界としての目標を脳自身が
欲する。脳は、この目標を達成するための情報処理の仕組みを創ってゆく。内的世界から
の目標は、外的世界からの目標より、階層構造上、上位にある。内的世界からの目標を何
にするかがわれわれの人生を決定する。われわれは目標によって生きる。目標が達せられ
るとき、すべて物事が順調にいって満足に思われるが、この時から、あるいはこの直前か
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や す おの 勝手口
ら、脳の迷走状態は始まる。成長の指標としての内的世界の目標は、高い程良い。容易に
達せられない目標としての夢を設定し、その夢の達成に至るステップを一つ一つ実現する
ことで人は成長する。最も上位の目標に何を設定するかがわれわれの人生を決定するので
ある。』と、言われる。
「科学と宗教」の要旨
先生は、『脳は思えばそのことを成す仕組みを創る。科学も宗教も、最終的には共に人が
幸福であることを目指すものであっても、脳は、先に確信するイメージを持つと、その後
そのことを現実化するための仕組みが創られるように創造されている。確信するイメージ
がないと、 生きがい感がなく究めて苦しく、 精神的に錯乱し不安となる、青年期特有の
悩みである)。信仰という宗教の基本的所作は、脳が目標達成型あるいは仮説立証型の情
報処理システムであることから考えると究めて合脳的なものであると考えられる。』と、
言われる。
「愛は脳を活性化する」の要旨
先生は、『目標が脳を創る。古皮質の目標は欲求の充足である。生理欲求と関係欲求の二
つから成る。関係欲求の動物行動への現れとして最も良く知られているものは、刷り込み
現象である。人は胎生であり、母親の胎内で孵化し長期間をそこで過ごして体外に出生す
る。これらの過程で、刷り込みと同じ原理によって、人との強い絆が形成される。この結
果、人は人との関係なしに生きられない存在となる。古皮質は、したがって、人の強い絆
を欲することから、人は愛されたい、という根元的願望を持つ。愛とは人とのポジティブ
な関係である。すなわち、人から自分の存在をありのまま受け容れてもらうことを人は強
い根元的欲求として持つ。愛されることで、古皮質の目標は充足され、その結果、脳の活
性が高まるので、愛は脳を活性化し、脳を育てる、ということができよう。愛されて育っ
た人だけが、前頭前連合野に設定される内部世界の目標を愛することができるようになる
だろう。』と、言われる。
「脳は愛のためにある」の要旨
先生は、『愛が「愛される」と「愛する」とから構成されるとすると、大脳古皮質は根元
的に人に「愛される」ことを欲求として持つ。脳の最も上位の目標は、大脳前頭前連合野
に新皮質自らが設定する、生涯の生きがい感としての目標(夢)である。この目標を限り
なく愛することで、脳は、内部世界を越えて(解き放たれて)、目標自体の世界へと同化
し、広い世界へと広がっていけることになろう。「愛する」回路は「愛される」経験なし
には獲得されない。そして「愛する」ことは、「愛される」ことより脳の階層の上位にあ
るので「愛する」ことは「愛される」ことより感動が大きい。自ら設定した目標を達成す
るための仕組みを創るために脳に最も必要とされることは、その対象に対する限りない愛
である。「脳は愛のためにある」といえる。他人を愛することが出来ない人は自分も愛せ
ず、したがって、真に輝くことは難しいだろう。』と、言われる。
『脳のこころ』を私なりのことばでまとめてみました。
「脳は自らが選択した情報を処理する仕方を自分で創り出してゆくシステムである。」と、
先生は言われています。脳はコンピューターとよく比較されますが、異なる点がいくつも
友から 友へ
や す おの 勝手口
あります。
脳は、答を出す仕組みを自分で作り出します。答を出すことは、脳の目的ではなく仕組み
を作り出すための手段です。人が生きる目的も同じです。生きる目的は、結果ではなく、
その道筋にあると言えます。(山本周五郎の「人の価値は、何を成したかではなく、何を
成そうとしたかで決まる」と、いう言葉を思い出します。)脳にある言語野は、人がコミ
ュニケーションを必要とするために、 脳が自分で仕組みを作り出したのです。 現在の
脳科学の主流は、脳の言語野の理解で「脳を知る研究』と、呼ぶそうです。一方、先生は
人はなぜコミュニケーションを必要とするのかを明らかにする「 脳を造る研究」 です。
脳の答の出し方は、計算して答を出すのではなく、あらかじめ用意していた引き出しから
答えから選ぶという方法です。だから、人が分かり合うためには、互いに共通した経験を
持つなどして同じ答えを持っていることが必要になります。しかし、人はそれぞれ固有の
物語を持っています。人が互いに判り合うことは極めて難しいのです。また、脳は2段階
処理をします。 はじめにおおざっぱですが、 素早く処理をします。 スーパーコンピュ
ーターもかなわないスピードです。 処理をした後で、 正しかったのかどうかを確かめま
す。「仮説立証型」と、言います。脳の判断は、まず生きるか死ぬかの生理的に強いもの
を選びます。次に、脳にとって価値があるものを選びます。脳が『価値あり』と判断する
と大脳全体が活性化します。脳が、答を出せない状態に陥ると苦しく感じます。困難や苦
しみに対処するためには、脳の内部世界を変えることが必要になります。内部世界を変え
ることは、極めて難しいことです。だから苦しみや困難を経験し、それを乗り越え、脳が
書き替わった時、飛躍的な成長が起こります。反対に、いつまでも脳が処理の仕組みを創
れなかったら、 脳というコンピューターは暴走してしまいます。 暴走しないために、脳
には高次な生きる目標が必要です。内的世界からの目標は、外的世界からの目標より、脳
にとって重要なので、内的世界の目標を何にするかがわれわれの人生を決定することにな
ります。その意味で、信仰は、脳が「目標達成型」あるいは「仮説立証型」であることか
ら考えるとすごく合脳的であると言えます。人は人との関係なしに生きられない存在です。
脳は「愛される」ことを求めます。同時に、脳の最も高い目標は、脳自らが設定する、生
涯の生きがいです。生きがいの中でもっとも大切なことが、愛することです。「愛する」
ことは、「愛される」ことより脳にとって上位にあるので、「脳は愛のためにある」と、先
生は断言されます。「
( 理解されることよりも理解することを、愛されるよりも愛すること
を望みますように」、フランシスコの祈りが腑に落ちます。)
「愛は脳を活性化する。」を最初読んだ時、病気や障害そして苦悩を持った子ども達には、
「愛が必要なのだ」と、考えました。でも私は大きな勘違いをしていました。まだ、上か
ら下に見下ろしていたようです。人は受ける愛よりも与える愛、分かち合う愛が必要なの
です。もっともそのためには、充分愛を受けていることが前提になります。
「脳のこころ」の感想が、いつしか「愛は脳を活性化する」の感想になってしまいました。
友から 友へ