YAKUGAKU ZASSHI 134(3) 439―445 (2014) 2014 The Pharmaceutical Society of Japan 439 ―Note― 小脳 B 型 g-アミノ酪酸受容体活性化による視機性動眼反射順応の変調 † 篠島俊史,内山 白井義啓, 周,竹腰昌広,津島永吉,田端俊英 Activation of Cerebellar B-type g-aminobutyric Acid Receptor Modulates Optokinetic Re‰ex Adaptation Yoshihiro Shirai,† Toshifumi Sasajima, Shu Uchiyama, Yoshihiro Takegoshi, Eikichi Tsushima, and Toshihide Tabata Laboratory for Neural Information Technology, Graduate School of Sciences and Engineering, University of Toyama; 3190 Gofuku, Toyama 9308555, Japan. (Received September 3, 2013; Accepted November 1, 2013; Advance publication released online December 4, 2013) The cerebellar cortex, the brain region responsible for motor coordination and learning expresses a high density of B-type g-aminobutyric acid receptor (GABAbR). Previous in vitro and in situ studies indicated that cerebellar GABAbR may mediate multiple forms of inhibitory and excitatory modulation of cerebellar circuits. Nevertheless, the in vivo in‰uence of cerebellar GABAbR activation is unclear. As the ˆrst step in addressing this issue, we examined how pharmacological activation of cerebellar GABAbR modulates optokinetic re‰ex (OKR), an involuntary cerebellumdependent eye movement for stabilizing the retinal image against the drift of the visual scene. We injected baclofen, a GABAbR-selective agonist, or control saline into the cerebellar ‰occuli of adult mice and then performed 1-h OKR measurement sessions on two consecutive days. In the day 1 session, the baclofen (5 nM)-injected mice and control mice showed similar initial OKR gains and similar training-induced increases in the OKR gain (OKR adaptation). This result suggests that GABAbR activation does not aŠect cerebellar computation for executing OKR and formation of shortterm memory for OKR adaptation. At the beginning of the day 2 session, the baclofen (5 nM or 50 mM)-injected mice showed an OKR gain higher than that achieved in the day 1 session while the control mice did not. This result suggests that GABAbR activation may facilitate the formation of OKR adaptation-related long-term memory. These ˆndings provide a new insight into the functional architecture of the cerebellar circuits and indicate GABAbR to be a new target of pharmacological therapy against diseases with cerebellar dysfunction. Key words―g-aminobutyric acid; cerebellum; learning; synapse; neuromodulation; behavior 緒 言 GABAB(1) サブユニットを欠損したマウスの基礎的 な運動協調には顕著な障害がみられず,2) また小脳 B 型 g アミノ酪酸受容体( B-type g-aminobutyric 皮質の GABAbR が他の脳部位と異なり非 GABA acid receptor; GABAbR)は中枢神経系の代表的な 作動性シナプスに集中していることなどから(後 神経伝達・変調物質である GABA を受容し, Gi/o 述),小脳皮質における GABAbR の役割はあまり タンパク質を活性化する代謝型受容体である.中枢 よく分かっていない. 神経系全体が GABAbR を発現しているが,運動協 一般に,中枢ニューロンのシナプス前膜に存在す 調・学習に関与する脳部位である小脳皮質はとくに る GABAbR は電位依存性カルシウム・チャネルの 1) し 大量に発現する“ホット・スポット”である. 開口阻害を仲介し,伝達物質放出を抑制する.3) ま か し な が ら , GABAbR の 必 須 構 成 要 素 で あ る たシナプス前膜及び後膜に存在する GABAbR は G The authors declare no con‰ict of interest. 富山大学大学院理工学研究部(工学)神経情報工学研 究室 現所属:†三菱電機特機システム株式会社(〒1410032 東京都品川区大崎 1159) e-mail: ttabata@eng.u-toyama.ac.jp タンパク質共役型内向き整流性カリウム( G protein-coupled inwardly rectifying potassium; GIRK) 電流の活性化を仲介し,中枢ニューロンの興奮性を 低下させる.3,4) 脊髄損傷や多発性硬化症に伴う痙縮 の緩和のために用いられている GABAbR 選択的ア 440 Vol. 134 (2014) ゴニスト,バクロフェン(baclofen)の髄膜内投与 能不全を伴う疾患の薬理学的治療ターゲットとなり は,上記の作用により脊髄反射回路の抑制をねらっ 得ることを示唆するものである. たものである.5) 一方,小脳皮質においては,GABAbR 方 は抑制作用に加えて,6,7) グルタミン酸作動性の顆粒 細胞プルキンエ細胞シナプスの伝達促進を仲介し 1. OKR 測定 法 実験は富山大学動物実験委員 ている可能性がある.GABAbR はこのシナプスの 会に承認されたプロトコール(承認番号: G-2010 8,9) シナプス後膜に集中的に存在する. 顆粒細胞のシ ENG-16)に従って実施した[Figs. 1(A)(C),詳 ナプス終末から放出されたグルタミン酸は,プルキ 細 は 文 献 11 ) 参 照 , 以 下 , 要 点 ]. 成 熟 C57BL / ンエ細胞に発現する AMPA 型イオン・チャネル受 6NCrSlc マウス( intact 群のみ C57BL / 6JJmsSlc , 容体(AMPAR)及び 1 型代謝型グルタミン酸受容 オス, 7 10 週齢,日本エスエルシー)を用いた. 体 (type-1 metabotropic glutamate receptor; mGluR1) 以下の手術,定位台への固定,及び試薬注入はイソ を活性化する. GABAbR がリガンドを受容する フルラン・ガス麻酔下( 2 3 %)で行った. 1 日目 と,これらのグルタミン酸受容体のうち mGluR1 OKR 測定セッションの 1 週間前にマウスの頭蓋に のグルタミン酸感受性及び細胞内シグナルの強度が ビス穴付き金属プレートを装着した.1 日目セッシ 増強されることが知られている.6,7) これらの知見は ョンの前日にマウスを定位台に固定し(金属プレー in vitro 標本(単離培養小脳ニューロン)や in situ トを定位台のアームにビスで固定,四肢は自由), 標本 (小脳スライス)を用いて得られたものであり, 回転していない刺激スクリーンの内部に置いて 1 時 1 )小脳皮質 GABAbR の多様な作用が相まってど 間の馴化を行った.その後 24 時間にわたりマウス のような影響を in vivo レベルの小脳機能に及ぼす を暗黒下で飼育した.1 日目セッションの当日に頭 か, 2 ) GABAbR の薬理操作がどのような in vivo 蓋に 2 つの小孔を開け,まず一方の小孔から微小シ レベルの小脳機能の変調をもたらすのか,は分かっ リンジ(1701, Hamilton, Nevada, USA)をブレグ ていない. マラムダ線に対して 75 ° 傾斜させて一側の小脳片 本研究はこれらの問題を探究する第一歩として, 葉まで刺入し[座標は文献 11)参照,Fig. 1(B)] ,バ バクロフェンにより小脳皮質の GABAbR を活性化 クロフェン(0.5 pM 50 mM,ラセミ体,0417, Tocris したときに,視機性動眼反射( optokinetic re‰ex; Bioscience, Bristol, UK)含有の生理食塩水若しくは OKR )がどのような影響を受けるかを解析した. 不含のコントロール生理食塩水を注入した(1 分間 OKR は視野が動くことによって誘発され,網膜上 当たり 100 nL,計 500 nL).次に他方の小孔から反 の画像のブレを抑えるように働く自動的な眼球運動 対側の小脳片葉に同じ要領で同じ生理食塩水の注入 である.OKR は小脳皮質の中でも限局された部位 11) 上記の要領で注入す を行った.先行研究により, (小脳片葉)に依存することが知られており,10) 薬 ると,Shutoh et al.10) が報告した局所麻酔剤による 理操作が容易である.また長期トレーニングにより OKR 順応の阻害が確実に再現できることが分かっ 視野の動きに対する眼球の追随性(OKR ゲイン, ている.注入完了後 1 時間回復させた後,マウスを 方法参照)が向上すること( OKR 順応)が知られ 定位台に固定し,1 日目セッションを実施した.そ ており,OKR ゲインの時間的変化を追跡すること の後 24 時間にわたりマウスを暗黒下で飼育してか で小脳皮質依存的学習に対する影響を定量的に評価 ら,2 日目セッションを実施した. することができる.小脳回路の分子機序は,多様な 各セッションにおいては,マウスに対して水平往 遺伝子改変動物が揃ったマウスの培養小脳ニューロ 復回転運動する白黒縦縞パターンを 1 時間にわたり ンや小脳スライスを用いてさかんに研究されてい 呈示した[Fig. 1(C)].パターンの角速度を正弦波 る.これらの知見との比較・関連づけを容易にする 状に変化させ,角度変化の振幅を 18 ° ,周期を 0.2 ために,本研究では標本としてマウス個体を用いた. Hz とした.マウスの左側眼球の赤外線画像を CCD 本研究の成果は,小脳皮質においては GABAbR カメラを用いて 30 フレーム/秒で撮影した. Vi- が神経回路機能を促進する変調作用を仲介し得るこ sion Builder for Automated Inspection (ver. 3.6, Na- とを in vivo で示すとともに, GABAbR が小脳機 tional Instruments, TX, USA)を用いて作成した自 No. 3 Fig. 1. 441 OKR Measurement and EŠect of Injection per se on OKR (A) Time-line of the experimental procedures used throughout this study. Surgical operation, a metal plate for ˆxing the mouse head to the stereotaxic apparatus during the measurement sessions was glued to the skull 1 w before the day 1 measurement session. (B) Schematic drawing of sagittally sectioned mouse brain illustrating the positioning of the microsyringe needle during the injection. Saline with or without a test drug was injected bilaterally (500 nL each). (C) Top view of the experimental set-up and close-up of the examined mouse eye. The stimulus screen with black and white stripes inside was oscillated horizontally by 18°at a rate of 0.2 Hz. The movement of the left eye was monitored using a CCD camera. (D) Sample OKRs taken from a mouse without injection (``Intact'') and a mouse injected with drug-free saline (``Control''). Each trace indicates the time-pupil azimuth plot averaged over each 10-min period of the 1-h measurement session. (E) Mean OKR gain plotted against time. Error bars, ±S.E.M. The data were taken from 8 intact mice and 16 control mice. There was no signiˆcant diŠerence in the time-dependence of OKR gain between these animal groups ( p>0.05, repeated measures ANOVA) while there was a signiˆcant diŠerence in overall OKR gain be, p<0.001, multivariate ANOVA). tween the groups ( 家製マシン・ビジョン・ソフトウエアにより,フ レーム毎に瞳孔の中心座標を計測した. た. 2 日目セッションの第 1 ピリオドの OKR ゲイン セッション終了後, C57BL / 6 マウスの平均的な が 1 日目セッションの第 1 ピリオドの OKR ゲイン 解剖学的データを取り入れた眼球運動の幾何学モデ より 10 %以上低下していた個体は,注入操作自体 ル11)に瞳孔の中心座標を当てはめ,各試行(刺激パ によって大きな機能障害を受けたものと判断し,そ ターンの 1 往復)について時間瞳孔方位プロット のデータを分析から除外した. を作成した.各セッションを 10 分間毎のピリオド 各データ群は平均±S.E.M. 若しくは中央値によ に分け,それぞれのピリオドにおいて時間瞳孔方 り表した.動物群間の差異は,測定セッション全体 位プロットを加算平均した [Figs. 1(D) and 2(A)] . については多変量 ANOVA ,時間依存性について 加算平均された時間瞳孔方位プロ は反復測定 ANOVA を用いて検定した.OKR ゲイ ットのうち,刺激パターンがマウスの後方から前方 ンの%変化率の大きさの差異については,正規分布 に動いたことに対する反応の部分[Figs. 1(D) and しないデータ群が多かったため, Wilcoxon 順位和 2 ( A),波形の前半]の最小方位と最大方位の差を 検定により検定した. OKR ゲインの%変化率の分 OKR 振幅として定義した.OKR 順応の度合いは, 散の差異は両側 F 検定により検定した. 2. 統計 刺激パターンの角度変化振幅に対する OKR 振幅の 比( OKR 振幅/ 18 ° , OKR ゲイン)により評価し 442 Vol. 134 (2014) 入を行わなかった intact マウス( 8 匹)では, 1 日 目セッションにおいて OKR ゲインが 0.768±0.059 (第 1 ピリオド)から 0.914±0.069(第 6 ピリオド) まで増加した[Figs. 1(D) and (E)].2 日目セッシ ョンにおいて, OKR ゲインは 1 日目に到達した値 よりわずかに低い 0.886±0.059(第 1 ピリオド)か ら 0.954±0.076(第 6 ピリオド)まで増加した. バクロフェンを含まない生理食塩水を注入したマ ウス(14 匹;以下,コントロール群と呼ぶ)では, 1 日目セッションにおいて OKR ゲインが 0.571 ± 0.028 (第 1 ピリオド)から 0.734 ± 0.044 (第 6 ピ リオド)まで増加した[Figs. 1(D) and (E)].2 日 目セッションにおいて,OKR ゲインは 1 日目に到 達した値よりわずかに低い 0.701±0.037(第 1 ピリ オド)から 0.761±0.044(第 6 ピリオド)まで増加 した. 2 日間にわたるセッション全体の OKR ゲインに ついては 2 群間に有意差があったが( p = 0.010, F1,20 = 8.11 ,多変量 ANOVA ),時間依存性につい ては有意差がなかった( p=0.996,F11,220=0.223, 時間×動物群相互作用,反復測定 ANOVA )[ Fig. 1 (E)].したがって試薬注入操作によって OKR ゲ インの絶対値は低下するものの, OKR ゲインの相 対的な増加すなわち OKR 順応の検討は可能である ことが分かった. 2. バクロフェンの OKR に対する効果 コン トロール群とバクロフェン( 5 nM )を含んだ生理 食塩水を投与したマウス( 16 匹;以下,バクロフ Fig. 2. ェン群と呼ぶ)を比較し,バクロフェンの効果を検 EŠect of Baclofen on OKR (A) Sample OKRs taken from a mouse injected with saline containing 5 nM baclofen. Each trace indicates the time-pupil azimuth plot averaged over each 10-min period of the 1-h measurement session. (B and C) Mean OKR gain plotted against time. In panel C, the increase of OKR gain was expressed as the % of the value at the initial 10-min period of the day 1 session for individual mice. Error bars, ±S.E.M. The data were taken from 14 control mice and 16 baclofen (5 nM)-injected mice. , p<0.001 for the timedependence of OKR gain between these animal groups (repeated measures ANOVA). (D) Dose-dependene of baclofen eŠect on OKR adaptation. The % increase of OKR at the initial 10-min period of the day 2 measurement session obtained from each mouse plotted against the injected dose. Thick bar, median. , p<0.05, a signiˆcant diŠerence in the amplitude of % increase as compared with the control mice (Wilcoxon rank sum test). ††, p<0.01, a signiˆcant diŠerence in the deviation of % increase as compared with the control mice (double-sided F test). 討した.バクロフェン群では,1 日目セッションに おいて OKR ゲインが 0.579±0.028(第 1 ピリオド) から 0.695 ± 0.036 (第 6 ピリオド)まで増加した [ Figs. 2(A) and ( B )]. 2 日目セッションにおいて OKR ゲインは 1 日目に到達した値より高い 0.817 ±0.041(第 1 ピリオド)から始まり,0.907±0.037 (第 6 ピリオド)まで増加した. 1 日目セッション における OKR ゲインの増加の仕方はコントロール 群と変わらないが,1 日目セッション終了時から 2 日目セッション開始時までの OKR ゲインの時間的 結 1. 変化がコントロール群と対照的であった.OKR ゲ 果 注入操作自体の OKR に対する影響 インの時間依存性は,コントロール群とバクロフェ 試薬 注入操作自体が OKR に及ぼす影響を検討した.注 ン群で有意に異なっていた( p < 0.0001, F11,308 = . 5.73,反復測定 ANOVA) No. 3 443 Figure し た OKR ゲ イ ン を 翌 日 ま で に さ ら に 増 加 さ せ 2(A), (B)の実験により,バクロフェンが 2 日目セ [Figs. 2( B )( D)], OKR 順応に係わる長期記憶の ッション開始期までの OKR 順応を促進することが 形成を促進する作用を示した.統計的に有意な促進 示された.この効果のバクロフェン濃度依存性を検 作用が認められたバクロフェンの最低投与濃度は 5 討した.バクロフェン投与濃度を変化させて測定を nM であったが[ Fig. 2 ( D)],この値は痙縮に有効 行い, OKR 順応の度合を 1 日目セッション第 1 ピ な投与量のバクロフェン経口投与を行ったときに脳 リオドの OKR ゲインを基準として 2 日目セッショ 髄液に送達されるバクロフェンの濃度に近い.12,13) ン第 1 ピリオドに至るまでの OKR ゲインの増加を また, OKR 順応は刺激条件によってトレーニング %変化率として数値化した[Figs. 2(C) and (D)] . (測定セッション)の合間にも進行し得ること,ま 0.5 pM5 nM 及び 550 mM 以上のバクロフェンを投 たそのような OKR 順応が小脳片葉に依存的である 与した群においては,一部のマウスがコントロール 14) ことが報告されている. 3. バクロフェンの効果の濃度依存性 群にみられないような大きな%変化率(>60%)を バクロフェンによる OKR 順応促進の分子機序を 示した[Fig. 2(D)].50 nM のバクロフェンを投与 解析することは今後の課題であるが,2 峰性の濃度 した群(中央値:13.8%,5 匹)においては,すべ 依存性[ Fig. 2 ( D)]はメカニズムの異なる 2 種類 てのマウスがコントロール群(中央値:16.5%,14 の 顆 粒 細 胞 プ ル キ ン エ 細 胞 シ ナ プ ス に お け る 匹)と変わらない%変化率を示した[Fig. 2(D)] . mGluR1 シグナル増強の関与を示唆している.バク %変化率の大きさについては, 5 nM バクロフェ ロフェン(ラセミ体)の放射性バクロフェン小脳 ン群(中央値: 35.4 %, 16 匹)とコントロール群 GABAbR 結合に対する 50 %阻害濃度は 35 60 nM の間に有意差があった( p = 0.0460, Wil- 12) 数 nM のバクロフェンは GABAbR 全分 であり, coxon 順位和検定)[ Fig. 2 ( D )].%変化率の分散 子の数分の 1 に結合すると考えられる.数 nM のバ については,50 mM バクロフェン群(中央値:31.7 クロフェン存在下では GABAbR は Gi/o タンパク質 %,9 匹)とコントロール群の間に有意差があった をあまり活性化しない(EC50≒10 mM).15) しかしな ( p=0.0086, F8,13=5.26,両側 F 検定) [Fig. 2(D)] . がらプルキンエ細胞においては,バクロフェンと 考 x2 = 3.98, 察 結合した GABAbR が Gi/o タンパク質非依存的に mGluR1 のグルタミン酸感受性を増強することが分 一般に中枢ニューロンにおいては,GABAbR は かっている.16) この増強は mGluR1 シグナル依存的 シナプス放出の抑制と GIRK 電流の活性化を仲介 な小脳長期抑圧( long-term depression; LTD )(顆 し,神経回路の活動度を低下させる.3,4) もし小脳皮 粒細胞プルキンエ細胞シナプスの伝達強度が長期 質でも GABAbR がこれらの作用だけを仲介するの にわたり減弱するシナプス可塑性の一種)を促進す であれば,局所麻酔剤の注入により小脳片葉の活動 る.16) 小脳 LTD は OKR 順応の成立に重要である 度を低下させた先行研究10,11) と同様に,1 日目セッ ことが示されている.10,17) このような小脳 LTD の シ ョ ン 全 体 の OKR ゲ イ ン が 低 下 し , OKR 順 応 促進が 5 nM のバクロフェン投与時にみられた OKR ( OKR ゲインの増加)が消失することが予想され 順応の促進をひき起こした可能性が考えられる.バ る.ところが実際には,バクロフェン群はコント クロフェンの濃度がマイクロモルレベルに近づく ロール群と同様の初期 OKR ゲイン[ 5 nM, Fig. 2 と,顆粒細胞シナプス終末において GABAbR によ (B )]を示し,度合いに差はあるものの OKR 順応 る Gi/o タンパク質活性化がさかんになり,グルタ [ 0.5 pM 50 mM, 50 nM を除く, Fig. 2 ( D )]を示し ミン酸の放出が抑制されるようになる.18) この抑制 た.この結果は,ある程度の GABAbR の活性化が が 50 nM のバクロフェン投与時にみられた OKR 順 OKR を逐次実行するために必要な小脳片葉におけ 応の低下をひき起こした可能性が考えられる.バク るリアルタイムの神経情報処理及び測定セッション ロフェンの濃度がさらに高いときは,プルキンエ細 中の OKR 順応に係わる短期記憶の形成を阻害しな 胞において GABAbR が Gi/o タンパク質を介して いことを示唆している. mGluR1 に共役する細胞内シグナル系の下流を増強 むしろバクロフェンは,1 日目セッションで到達 するようになる.6) この作用は拮抗する顆粒細胞の 444 Vol. 134 (2014) シナプス抑制によるグルタミン酸放出量の減少を超 発現する GABAbR が,単に小脳皮質回路の抑制を えて,正味の mGluR1 仲介するのではなく,小脳皮質依存的行動学習の促 シグナル増強をもたらし,6) このような小脳 LTD の促 進を仲介し得ることを明らかにした.また,このよ 進が 50 mM バクロフェンを投与した動物に散見さ うな促進効果が得られる濃度のバクロフェンの送達 れた OKR 順応の促進をひき起した可能性が考えら が臨床的に用いられている投与法によって可能であ れる. ることから,小脳皮質の GABAbR は小脳機能不全 小脳 LTD を促進する.19) なお本研究では,バクロフェン注入後 1 時間が経 過してから測定セッションを開始した.それにもか を伴う疾患の薬理学的治療ターゲットして注目され る. かわらずバクロフェンが効果を発揮した事実は,注 入時にバクロフェンが小脳回路の活動の変調をひき 謝辞 本研究は科学研究費補助金特定領域研究 起こし,拡散などによって注入部位における濃度が (公募) (21026011)及び基盤研究(C) (20500284, 減少してからもその変調が持続して OKR 順応に係 23500384),富山大学学長裁量費の助成を受けた. わる長期記憶の形成の促進に寄与した可能性を示唆 本研究の機会を与えて頂いたことに対して袋谷賢吉 している. 教授に感謝いたします. バクロフェンは内在性アゴニスト GABA よりや REFERENCES や弱い GABAbR 活性能を持っている(ただしバク ロフェンは生体組織中で分解され難いため,20) 同じ 濃度の GABA 1) 15) より強く作用する可能性がある). 顆粒細胞プルキンエ細胞シナプスは, GABA の up-take 機構を発現するグリアによって覆われてい 21) 通常,脳髄液に含まれているより( 65 るため, 2) 120 nM )2224) かなり低い濃度の GABA しか感受し ていないと考えられる.しかし小脳スライスを用い た研究25)は,激しく興奮した小脳皮質介在ニューロ ンの シナ プス 終末か ら spill over し た 10 mM の GABA がプルキンエ細胞の GABAbR に作用する 可能性を示唆している.これらの知見を総合する と,バクロフェンの OKR 順応に対する効果と同様 3) 4) の効 果 が, 神経 活 動依 存的 に 増加 した 内 在性 の GABA によっても誘導され得ると考えられる. 5) Angelman 症候群や胎児性アルコール症候群など 小脳機能不全を伴う疾患には,小脳 LTD を始めと 6) する小脳回路の活動度調整機構の障害が関与してい る可能性がある.26) 薬理学的操作による小脳皮質 GABAbR の活性化と小脳機能の促進はこれらの症 状の緩和に役立つ可能性がある.痙縮の緩和のため 7) 8) に実施されているバクロフェンの経口/髄膜内投与 は,脳髄液中に小脳機能の促進に必要な濃度(数~ 数十 n 12,13) M )のバクロフェンを送達できる. 9) これ ら薬物療法の可能性を追究することは今後の重要な 課題である. 本研究の成果を総括すると,これまで in vivo レ ベルの生理的役割が未解明であった小脳皮質に大量 10) 11) Kaupmann K., Malitschek B., Schuler V., Heid J., Froestl W., Beck P., Mosbacher J., BischoŠ S., Kulik A., Shigemoto R., Karschin 687 (1998). A., Bettler B., Nature, 396, 683 Schuler V., L äuscher C., Blanchet C., Klix N., Sansig G., Klebs K., Schmutz M., Heid J., Gentry C., Urban L., Fox A., Spooren W., Jaton A. L., Vigouret J., Pozza M., Kelly P. H., Mosbacher J., Froestl W., Kaslin E., Korn R., BischoŠ S., Kaupmann K., van der Putten H., 58 (2001). Bettler B., Neuron, 31, 47 Padgett C. L., Slesinger P. A., Adv. Pharmacol., 58, 123 147 (2010). L äuscher C., Slesinger P. A., Nat. Rev. Neurosci., 11, 301 315 (2010). Rawlins P. K., J. Neurosci. Nurs., 36, 322 327 (2004). Hirono M., Yoshioka T., Konishi S., Nat. Neurosci., 4, 1207 1216 (2001). Tabata T., Haruki S., Nakayama H., Kano 457 (2005). M., J. Physiol., 563, 443 Ige A. O., Bolam J. P., Billinton A., White J. H., Marshall F. H., Emson P. C., Brain Res. Mol. Brain Res., 83, 72 80 (2000). Kulik A., Nakadate K., Nyiri G., Notomi T., Malitschek B., Bettler B., Shigemoto R., Eur. J. Neurosci., 15, 291 307 (2002). Shutoh F., Ohki M., Kitazawa H., Itohara S., 777 (2006). Nagao S., Neuroscience, 139, 767 Shirai Y., Asano K., Takegoshi Y., Uchiyama No. 3 12) 13) 14) 15) 16) 17) 445 S., Nonobe Y., Tabata T., J. Physiol. Sci., 63, 395 399 (2013). Froestl W., Adv. Pharmacol., 58, 19 62 (2010). Leisen C., Langguth P., Herbert B., Dressler C., Koggel A., Spahn-Langguth H., Pharm. Res., 20, 772 778 (2003). Okamoto T., Endo S., Shirao T., Nagao S., J. Neurosci., 31, 8958 8966 (2011). Galvez T., Urwyler S., Prezeau L., Mosbacher J., Joly C., Malitschek B., Heid J., Brabet I., Froestl W., Bettler B., Kaupmann K., Pin J. 426 (2000). P., Mol. Pharmacol., 57, 419 Tabata T., Araishi K., Hashimoto K., Hashimotodani Y., van der Putten H., Bettler B., Kano M., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16957 (2004). 16952 Endo S., Shutoh F., Dinh T. L., Okamoto T., Ikeda T., Suzuki M., Kawahara S., Yanagihara D., Sato Y., Yamada K., Sakamoto T., Kirino Y., Hartell N. A., Yamaguchi K., Itohara S., Nairn A. C., Greengard P., Nagao S., Ito M., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 3525 18) 19) 20) 21) 22) 23) 24) 25) 26) 3530 (2009). Huston E., Scott R. H., Dolphin A. C., Neuroscience, 38, 721 729 (1990). Kamikubo Y., Tabata T., Kakizawa S., Kawakami D., Watanabe M., Ogura A., Iino M., 563 (2007). Kano M., J. Physiol., 585, 549 Wuis E. W., Dirks M. J., Termond E. F., Vree T. B., Van der Kleijn E., Eur. J. Clin. Pharmacol., 37, 181 184 (1989). Barakat L., Bordey A., J. Neurophysiol., 88, 1419 (2002). 1407 Bist R., Bhatt D. K., J. Neurol. Sci., 276, 99 102 (2009). Bohlen P., Huot S., Palfreyman M. G., Brain Res. Mol. Brain Res., 167, 297 305 (1979). Paredes D. A., Cartford M. C., Catlow B. J., Samec A., Avilas M., George A., Schlunck A., Small B., Bickford P. C., Neurobiol. Learn. Mem., 92, 267 282 (2009). Dittman J. S., Regehr W. G., J. Neurosci., 17, 9059 (1997). 9048 Cheron G., Servais L., Dan B., Neuroscience, 19 (2008). 153, 1
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