USインサイト[PDF:600KB] - 千葉銀行

平成 26 年 12 月号
ニューヨークでは短い秋が終わり、昼時でも吐く息が白くなる冬を迎えています。市民
の 憩 い の 場 セ ン ト ラ ル パ ー ク 内 に あ る 屋 外 ス ケ ー ト リ ン ク が 、今 年 は 10 月 下 旬 か ら オ ー プ
ンするなど、昨年に続き厳冬到来の予感が漂っています。
米 国 で は 、11 月 末 の 感 謝 祭 の 翌 日 の ブ ラ ッ ク フ ラ イ デ ー (小 売 業 が 大 き な 黒 字 に な る こ と
が 由 来 と な っ て い ま す )か ら 、年 末 商 戦 が 本 格 化 し ま し た 。寒 さ に 負 け ず ク リ ス マ ス シ ョ ッ
ピングに繰り出す大勢の買い物客の姿は、もはや冬の風物詩です。ここ数年は、こうした
買い物を身近で便利なオンラインで済ませる人々が増えていますが、五番街の混雑振りを
見る限り、お目当てのプレゼントを求めてお店に向かう人々の姿は昔も今も変わっておら
ず、買い物好きな米国人の一面を写しています 。
さて、今月は以下のテーマでお送りします。
米国のクレジットカード動向
千葉銀行ニューヨーク支店
1.はじめに
毎年大盛況となる米国の年末商戦は、年
(写真1)
間売上の 25%を占めると言われるほど、一
年を通して最も活気付く買い物シーズン
です。この年末商戦で大活躍するのがクレ
ジットカードです。安いものでは 1 ドル
(120 円程度)のキヨスクのガムから、高
いものでは数十万ドル(数千万円)の高級
車に至るまで購入できるため、クレジット
カードはライフラインと言っても過言で
はありません。街中のほとんどの店でクレ
ジットカードが使えるので、クレジットカ
ードを取り扱っていない店にはわざわざ
(グラフ1)
クレジットカードリボ残高推移
(十億㌦)
1,200
「CASH ONLY」「No Credit Card」の表示が
されるほどです (写真 1)。
クレジットカードの始まりは 1950 年に
まで遡ります。ある米国の実業家が夕食の
際に自宅に財布を忘れてしまい、夫人に現
金を取って来てもらうまで気まずい思い
をしたことがきっかけと言われています。
1,000
800
600
400
200
この実業家は、同じような境遇で困ってい
る人はほかにも大勢いると考え、財布を持
たずにツケで食事をできるような会員制
0
1974年
1984年
1994年
2004年
2014年
(出所:FRBデータより筆者作成)
度の創設を考えました。既にお気付きかも
しれませんが、これが今日でも世界有数のクレジットカード会社であるダイナース(=夕食)クラ
ブの起源です。
“クレジット”(Credit)の語源は、ラテン語の“クレド”
(Cred)であり、“信用”を意味しま
す。
“信用”で支払うことを可能にしたクレジットカードは米国社会で高く評価され、特に 1980 年
代頃から急速に米国社会に浸透し(グラフ 1)、その規模は米国の消費動向を牽引する重要なツール
の一つとなっています。今回は、こうした米国社会におけるクレジットカードについてレポートし
ます。
2.日米のクレジットカードの違い
【どこでも利用できる】
米国では、クレジットカードが使用できない場所が思い付かないほど、ありとあらゆる場所で利
用できます。サラリーマンと観光客で賑わうマンハッタンでは、最近では昼食の屋台でもクレジッ
トカードが利用できることをご存知でしょうか。ニューヨークでタクシーを利用された方も多いと
思いますが、その際の乗車賃はもちろんのこと、運転手さんへのチップも全てクレジットカードで
-1-
支払えます。
【身分証明書の代わりとして利用する】
クレジットカードを身分証明書代わりに利用できる点は、日本ではあまり使われない利
用方法の一つでしょう。その利用例を米国の空港等で見ることができます。クレジットカ
ードを利用せずに航空券の予約をした場合でも、空港にある自動発券機にクレジットカー
ドを読み込ませると、搭乗者名とクレジットカード保有者の氏名が照合 され、発券処理が
行われます。また、マンハッタンのビジネス街にあるビルの多くでは、入館する際に身分
証明書が必要なのですが、クレジットカードを入館口に提示することで入館が認められる
ことが多々あります。クレジットカードは公的な身分証明書にはなりませんが、保有者の
身分を明らかにする身分証明書の代わりとして、高く信用されていることが分かります。
(写真2)
【デポジットの代わりとして利用する】
デ ポ ジ ッ ト( 預 け 金 )の 代 わ り と し て 使 用 で き る 場 合
も 多 く あ り ま す 。ニ ュ ー ヨ ー ク 市 内 で は 昨 年 か ら レ ン タ
ル サ イ ク ル が 始 ま っ て お り 、街 中 の 至 る 所 で 青 い 自 転 車
が 行 き 来 し て い ま す( 写 真 2)。こ の 利 用 料 金 の 支 払 い
にはカードしか使えません。これは、盗難等に備えて、
カード情報を取得することで後からの精算を可能にす
る 為 で す 。他 に も 、米 国 で は 殆 ど の ホ テ ル で 宿 泊 の 際 に
ク レ ジ ッ ト カ ー ド の 提 示 が 求 め ら れ ま す 。こ れ は 、日 本
で も 一 部 の ホ テ ル で 行 わ れ て い ま す が 、宿 泊 代 金 に 含 ま
れ な い 飲 食 代 金 等 に 備 え る も の で す 。ち な み に 、筆 者 も
仕 事 帰 り に バ ー に 立 ち 寄 る こ と も あ り ま す が 、こ こ で も
カ ウ ン タ ー で 飲 み 物 を 頼 む と 同 時 に 、バ ー テ ン ダ ー に は
ク レ ジ ッ ト カ ー ド を 渡 し ま す 。こ れ も 預 け 金 を 渡 す 行 為
と一緒です。
【高い買い物こそクレジットカード】
米国の 100 ドル札は偽札が多いことで知られ、現地では支払いでの使用を拒まれることも多々あ
ります。高額支払いにはクレジットカードを利用することが一般的です。米国の中央銀行にあたる
米連邦準備銀行(FRB)の調べでは、100 ドルを超える支払いの際の現金利用率は約 10%に留まる、と
報告されています。また、米国の振込み手数料が非常に高いことも(ある大手米銀の一回当たりの
手数料は 12~25 ドル近くかかります)、クレジットカード決済が好まれる要因の一つです。参考ま
でに、日本では、5 万円以上でも約 5 割が現金で支払われています。
【リボルビング利用が多い】
日本では月々の一括支払いで決済するのが主流です。その場合は利用額に対する利息は
発生しません。一方で、米国では月々の支払いを一定額に留めるリボ払いが主流です。つ
まり、翌月以降に回された支払いに対しては利息が発生し、お金の借り入れ(=ローン)
としての一面が表れます。この為、カード会社は利用者の支払能力を“信用”して、クレ
ジットカードに利用限度額を設定しています。利用者は限度額の範囲内で、使い過ぎず、
-2-
決められた期日までに確実にカード会社に対して 請求額を支払うことで“信用”を積み重
ねていくことが求められ、これを積み重ねることで限度額も上昇します。実は、この“信
用”の積み重ねは、米国で生活する上で非常に重要なクレジットスコアを高める重要な手
段です。
3.クレジットスコアについて
クレジットスコアとは、個人の信用力を点数化したもので、いわばクレジットカードやローンな
どの利用状況に対する通信簿です。日本でも、個人信用情報と呼ばれるクレジットスコアに似た制
度があります。しかしながら、日本の個人信用情報と米国のクレジットスコアには大きな違いがあ
ります。日本の個人信用情報は、延滞履歴などを記録する、「減点方式」の情報です。一方で、ク
レジットスコアは延滞等による減点もあるものの、与えられた信用の範囲内で継続的・計画的に使
用することで点数が上昇する「加点方式」です。このため、スコアを高める目的もあって、クレジ
ットカードを継続的・計画的に使用する人々が多いのです。人生で最大の買い物となるマイホーム
の住宅ローン負担を少しでも減らす重要な要素としても、広く認識されています。
米国では複数の企業がク
レジットスコアを算出して
いますが、最も代表的なのが
(表1)
FICOスコアの決定要因
スコアへ
項目
の影響
米 Fair Isaac 社(現 FICO
支払履歴
35%
借入残高
30%
払履歴・借入残高・借入期
借入期間
15%
間・借入先・新規借入の 5
借入先
10%
項目(表1)を基にして計算
新規借入
10%
社)が開発した FICO(ファ
イコ)スコアと呼ばれるスコ
アです。FICO スコアは、支
されています。最低点の 300
詳細
延滞の有無や、その期間に応じて点数悪化。
特に90日以上の延滞はクレジットスコアの急激な悪化を招き、1回の延滞で100ポイント
近く下落する可能性有り。
限度額一杯まで使用すると、リスクが高いと見なされ点数悪化。
逆に、20%~50%の範囲で無理なく使用していると点数上昇。
長期間使用することにより、管理能力があると見なされ点数上昇。
使用履歴が無いと影響無し。
クレジットカードを過度に保有したり、その他の住宅ローンや消費者ローンなどの不必要
に多くの先から借入をしているとみなされると、点数悪化要因。
短期間に複数のクレジットカードを作成すると、リスクが高いと判断され、スコアが悪化。
複数回作成を拒絶された場合もスコアの悪化要因。
(出所:FICO社)
点から最高点となる 850 点
の間で得点が与えられ、一般的には 620 点から 750 点の点数が平均点と言われています。個人の信
用力を客観的に計ることのできるクレジットスコアは、クレジットカードの申請の時は勿論のこと、
住宅ローン・オートローン・教育ローンなどの様々なローンの申請時に活用されるため、大変重要
なスコアとして米国社会に根付いています。
クレジットスコアは、一般的に 750 点を超えるとプライム層と呼ばれる優良層に属し、750 点か
ら 620 点の間では中間層に、そして 620 点を下回るとサブプライム層と呼ばれるローン等の取組み
が困難な層に属します(図1)。このプライム層と中間層の中でもサブプライム層に近い層では、
例えば住宅ローンの金利に大きく差が生じます。米国では一般的な期間 30 年の固定金利の住宅ロ
ーンの場合、全米平均ではプライム層が約 3.4%、サブプライムギリギリの層が約 5%と、約 1.6%も
の開きがあり、スコアの良い人と悪い人の間では、30 万㌦のローンの場合で金利負担が 10 万㌦近
く変わってきます。
-3-
(図1)
FICOスコアと住宅ローンのイメージ図
信用力 良
850
プライム層
住宅ローン
750
通常融資先
中間層
620
サブプライム層
300
信用力 悪
また、クレジットスコアは転居の際の新しい借家の申請
や携帯電話の新規契約等のほか、転職や就職活動にまでも
影響を及ぼすと言われています。学生がクレジットスコア
を悪化させた結果、優秀な学歴を持っているのに米国外で
就職せざるを得なくなったとの話が有りますが、これは米
国社会では良いクレジットスコアの構築が求められること
を表した一例と言えるでしょう。
4.米国の金融教育について
米国では、若い頃からカードを利用し始めるのも大きな特徴の一つです。早い人では高
校 生 の 頃 か ら ク レ ジ ッ ト カ ー ド を 使 い 始 め ま す 。し か し な が ら 、あ る 調 査 で は 大 学 生 の 23%
が入学前にクレジットカードを所有しているものの、きちんと毎月返済をしている学生は
21%に 過 ぎ な い と の 結 果 が あ り 、若 年 層 へ の 金 融 教 育 の 促 進 が 重 要 な テ ー マ と な っ て い ま す 。
米 国 の 金 融 教 育 の 歴 史 は 意 外 に 長 く 、 19 世 紀 末 に 女 性 向 け に 設 置 さ れ た 家 政 学 に 端 を 発
していると言われています。家政学は、当初は料理や裁縫に関する教育が主でしたが、時
代の流れに伴って賢い消費者を育てるための教育に発展していきました。その後、米国経
済 の エ ン ジ ン で あ る 国 民 の 消 費 活 動 を 啓 蒙 す る 目 的 で 、 1971 年 に 当 時 の ニ ク ソ ン 大 統 領 が
「 消 費 者 教 書 」を 打 ち 出 し 、1975 年 に は フ ォ ー ド 大 統 領 が「 消 費 者 宣 言 」を 発 表 す る な ど 、
米国の消費者教育を推し進めました。
1993 年 に は 当 時 の ク リ ン ト ン 政 権 下 で
「 米 国 教 育 法 」が 制 定 さ れ 、全 国 共 通 の
教育目標などに関する指針が制定され
ま し た 。近 年 で は 、ク レ ジ ッ ト カ ー ド 利
用の浸透や若年層が抱える債務問題な
ど を 背 景 に 、金 融 教 育 の 役 割 が 重 視 さ れ
る よ う に な っ て い ま す 。今 日 で は 、学 校
や NPO・ 銀 行 ・ 民 間 企 業 ・ 行 政 等 の 様 々
な 関 係 者 が 、金 融 教 育 の 促 進 に 向 け た 取
組 み を 実 施 し て い ま す 。 現 在 、 全 米 50
(表2)
米国の高校での教材の内容例
タイトル
内容
・消費者の権利と責任
消費者保護
・詐欺と欺瞞
・銀行の役割
銀行
・当座預金口座の利用方法
・なぜ貯蓄するか
貯蓄
・単利と複利の違い
・クレジット利用の権利と責任
信用
・良好なクレジット評価を維持する方法
(出所:Economic Education for Consumers )
州の約 1 割前後の州では、金融教育が高校卒業の必須科目になっており、その内容は理論
よりも実践的な側面に重点が置かれ、賢い消費者の育成に向けた取組みが行われています
(表2)。
-4-
5.米国のクレジットカード業界の課題と今後の見通し
現在のクレジットカード業界が直面する大きな課題として、クレジットカードのセキュ
リティー問題が挙げられます。米国のカード情報の悪用による被害は甚大であり、昨年米
国 で 発 生 し た 被 害 総 額 は 71 億 ㌦( 約 8,500 億 円 )と 、世 界 全 体 の 被 害 額 の 半 分 以 上 を 占 め
ています。実際、昨年に米大手ホームセンターから 1 億件以上にも及ぶクレジットカード
情報が外部に流出する事件が起こりました。こうした被害の最大の要因として、多くの先
進 国 で は 既 に 定 着 し て い る ス マ ー ト カ ー ド ( IC チ ッ プ 搭 載 の ク レ ジ ッ ト カ ー ド ) の 普 及 が
進んでいないことが挙げられています。この対策として、数年前から米国のカード会社各
社が対策に乗り出しています。具体的には、導入が進んでいない 小売店のスマートカード
対 応 端 末 の 導 入 を 促 進 す る 目 的 と し て 、来 年 10 月 か ら は ス マ ー ト カ ー ド 以 外 の カ ー ド 詐 欺
の損害は補償しないとの対策を発表しています。米国のスマートカード対応端末の導入率
は 1% 程 度 と 言 わ れ 、 早 急 に 解 決 に 向 か う の は 難 し い の が 実 情 で す が 、 IT 会 社 大 手 Unisys
が 実 施 し た ア ン ケ ー ト で は 、実 に 59%も の 回 答 者 が ク レ ジ ッ ト カ ー ド の デ ー タ 悪 用 に つ い て
不安に感じていると答えており、この割合はテロや戦争への 不安を上回るものであり、不
安の解消に向けた取組みが最大の課題と言えるでしょう。
こうした中、クレジットカードの利用は引続き増加基調を辿るとの予測が有力です。 ク
レ ジ ッ ト カ ー ド の 利 用 が 欠 か せ な い オ ン ラ イ ン 取 引 は 、毎 年 10%超 の ペ ー ス で 成 長 し て い る
成長分野であり、今後も一層の利用拡大が確実視されています。更に、米国では電子マネ
ーは他の先進国と比べてなかなか普及していませんが、 上述の通り、スマートカードの普
及に向けた取組みが本格化するにつれて、モバイル決済の拡大に拍車がかかると予想され
ま す 。 今 後 、 モ バ イ ル 決 済 の 市 場 規 模 は 2018 年 ま で に 1,890 億 ㌦ ( 約 22.7 兆 円 ) と 現 状
の 100 倍 程 度 に 達 す る と の 予 測 が あ り 、 電 子 マ ネ ー の 決 済 手 段 と し て の ク レ ジ ッ ト カ ー ド
の役割が益々拡大していくことが予想され ます。
6.おわりに
米国のクレジットカードは単なる決済手段だけではなく、社会生活を営む上で重要な役割を果た
しています。日本でもクレジットカード利用は年々増加しており、決済の割合も 1990 年代の 4%か
ら、現在では 20%程度まで着実に成長しています。2020 年の東京オリンピック開催で、大勢の外国
人観光客が予想されますが、観光庁の調査では、外国人観光客は日本でのクレジットカードの利用
等に対して多くの不満を抱えていると言う実態が浮き彫りにされており、利用環境の整備が求めら
れています。
こうした中、経済産業省は本年 7 月に開催された「クレジットカード決済の健全な発展に向けた
研究会」の中で、訪日外国人の増加を見据えた海外発行クレジットカード等の利便性向上や、クレ
ジットカードの利用環境の整備などについて具体的な提言を示しています。より便利に、より安全
に、より幅広く利用できるクレジットカード社会の実現に向けた取組みには、クレジットカード大
国である米国の実情も大いに参考になると考えます。
-5-
【参照ウェブサイト・文献】
Diners CLUB (http://www.dinersclub.com/)
Economic Education for Consumers
FRB (http://www.federalreserve.gov/)
Fico (http://www.fico.com/)
Master Card (http://www.mastercard.com)
Unisys (http://www.unisys.com/)
VISA (http://usa.visa.com/)
日 本 銀 行 (http://www.boj.or.jp/)
日 本 ク レ ジ ッ ト 協 会 (http://www.j-credit.or.jp/)
独立行政法人
消費者庁
経済産業省
情報処理推進機構
「米国モバイルペイメント市場の行方」
「米国における消費者教育」
「クレジットカード決済の健全な発展に向けた研究会」
以
※ ここに掲載されているデータや資料は、情報提供のみを目的としたもので、投資勧誘等
を目的としたものではありません。投資等の最終決定は、ご自身の判断でなされるよう
お願いいたします。また、弊行は、かかる情報の正確性や妥当性については、責任を負
うものではありません。
※ 本レポートに関するお問合わせは、市場営業部企画統括グループまでご連絡下さい。
( tel:03-3231-1285 email:[email protected])
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