金融資本市場 2017 年 3 月 2 日 全6頁 米 FRB のバランスシート縮小は早期着手か 保有債券の残存期間短期化と銀行券発行残高の増加 金融調査部 主任研究員 土屋 貴裕 [要約] QE3(量的緩和第 3 弾)による新規の債券買い入れを停止した米 FRB(連邦準備制度理 事会)のバランスシートは、総額と資産構成に大きな変化はない。 新規の買い入れ停止後、時間が経過して保有する債券の残存期間が短期化している。QE3 終了後の経過期間ほど短期化していないが、再投資によってデュレーションを維持する ことは行っていないとみられる。 負債サイドでは、銀行券発行残高が増えて、バランスシートを縮小すべき幅は小さくな っていることになる。また、リバースレポの利用が増えていることは、さらなる利上げ 時に弊害を招く懸念があり、FRB にはバランスシートの縮小ニーズがある。 FRB 保有分の債券は、市場における相対的な位置づけが低下し、再投資減額のインパク トは小さくなっていくとみられるが、バランスシート縮小の影響は、MBS 市場で相対的 に大きくなる可能性がある。 FRB にバランスシートを縮小させたいというニーズがあり、縮小すべき幅は徐々に小さ くなって、市場の動揺を招く懸念は低下している。保有債券の満期が相次いで到来する ことは好機であり、バランスシート縮小に着手する時期は近づいていると考えられる。 株式会社大和総研 丸の内オフィス 〒100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号 グラントウキョウ ノースタワー このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません。このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保証する ものではありません。また、記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。㈱大和総研の親会社である㈱大和総研ホールディングスと大和 証券㈱は、㈱大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です。内容に関する一切の権利は㈱大和総研にあります。無断での複製・転載・転送等はご遠慮ください。 2/6 資産の構成は変わらないが 米 FRB(連邦準備制度理事会)が利上げを進めると、その先には 3 次にわたる量的緩和政策で 積み上がった FRB のバランスシートを縮小させるという話題がある。FRB の高官は、保有する債 券の償還資金の再投資を段階的に停止し、金融政策はできる限り短期金利の操作に依存したい と考えているとされる。 2014 年に QE3(量的緩和第 3 弾)に伴う新規の債券買い入れを停止した後の、FRB のバランス シートを見ると、総資産は 4.5 兆ドル弱で横ばいに近い。このうち資産サイドでは、大部分を 国債、MBS(住宅ローン担保証券)、政府機関債が占めている(図表 1 左)。保有債券の償還分を 再投資することで、バランスシートの規模を維持するという方針の通りであり、資産の内訳の 変動は限られている。ただし、政府機関債の残高は減少し、その分は MBS にシフトしている。 残存期間別に見た保有債券の動向を確認すると、残存 5 年超 10 年以下の債券の残高はピーク 時の半分以下となり、残存 1 年以下の債券と、同 1 年超 5 年以下の債券が増えている(図表 1 右)。新規の買い入れを停止した後、時間が経過して残存期間が短期化している様子がうかがわ れる。残高が横ばいの残存 10 年超の債券は、7 割以上を MBS が占め、国債は 3 割弱であり、わ ずかながら国債の残高は減少傾向にある。住宅ローンを裏付けにする MBS は長期の債券として 発行され、再投資対象も必然的に期間が長いことが背景と考えられる。 FRB は、出口戦略におけるバランスシートの縮小に際し、市場で保有債券を売り切る方針では なく、再投資を停止して徐々に残高が減っていくシナリオを描いている。保有債券の満期時期 がバランスシートの縮小ペースを左右することになる。 図表 1 FRB の資産構成と保有債券の残存期間 FRBの資産項目 (兆ドル) 5.0 4.5 (兆ドル) FRBが保有する債券の残存期間 2.5 その他 4.0 3.5 3.0 2.0 10年超 MBS&政府機関債 国債 1.5 1年超 5年以下 2.5 1.0 2.0 5年超 10年以下 1.5 0.5 1.0 1年以下 0.5 0.0 0.0 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 (年) (注)右図の「債券」は国債、政府機関債、MBS の合計。 (出所)FRB、Haver Analytics より大和総研作成 00 02 04 06 08 10 12 14 16 (年) 3/6 大量満期を控える保有国債の残存期間は短期化 保有債券のうち、MBS はほとんどが残存 10 年以上の銘柄だが、繰上償還がなされるため、実 効デュレーションは事後的でなければ明確にならない。そこで、FRB が保有する国債について満 期までの平均残存期間を試算したところ、徐々に短期化が進んでいることがわかる。QE3 がほぼ 終了した 2014 年末は 9.5 年程度であったが、直近の 2017 年 2 月には 8.1 年まで短期化した(図 表 2 左)。現状は、残存 5 年以下の銘柄が全体の 6 割程度を占める。TIPS(インフレ連動債)は 満期まで長期間の銘柄が多いため、固定利付債だけで計算すると残存期間はさらに短い。QE3 終 了後の経過期間ほど平均残存期間は短期化していないが、FRB は再投資によって残高を維持して も、デュレーションを維持することは行っていないとみられる。FRB が債券保有を通じて、長め の金利の上昇を抑制する効果は低減している可能性がある。 2017 年から満期償還が本格的に始まり、2018 年から 2019 年にかけて大量償還を控える(図 表 2 右)。満期が相次いで到来することは、バランスシートの中身を調整する好機である。だが、 FRB 保有国債のうち、2018 年に 4,000 億ドル超が満期を迎える。これは 2015 会計年度(2014 年 10 月~2015 年 9 月)の財政赤字幅に匹敵し、FRB が保有国債の償還資金の再投資を停止するよ うであれば、債券市場への影響は大きい。バランスシートの縮小を始めるとしても、再投資を 全面的に停止するのではなく、減額させつつ継続することがメインシナリオとなり、同時に保 有債券のデュレーションを一層短期化していくことが想定されよう。 図表 2 FRB 保有国債の動向 FRBが保有する米国債の満期償還予定額 FRB保有国債の平均残存期間試算値 (億ドル) 4,500 (年) 10.0 4,000 9.5 平均残存期間:8.1年 3,500 9.0 3,000 2,500 8.5 2,000 1,500 8.0 1,000 7.5 500 0 7.0 14/12 15/4 15/8 15/12 16/4 16/8 16/12 (年/月) 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 (年) (注)FRN、TIPS を含む。右図の満期償還額は 2017 年 2 月 22 日時点の FRB 保有銘柄の額面金額を合算。 (出所)NY 連銀より大和総研作成 銀行券発行残高の増加でバランスシートを縮小すべき幅は小さく 他方、バランスシートの負債サイドでは、準備預金が大きな存在ながら、2 回の利上げに伴っ 4/6 てリバースレポが増加し、準備預金の規模は少しずつ小さくなっている(図表 3 左)。主に米国 外の金融機関が準備預金を減らし、リバースレポに応募しているとみられる。 また、銀行券発行残高の増加が注目される。リーマン・ショック前の 8,000 億ドル弱から、 足下では 1.4 兆ドル超に増加した。インフレや取引需要を勘案した GDP 比でも長期的には緩や かな増加トレンドだが、2008 年以降はそれまでよりも明らかに上昇幅が大きい(図表 3 右) 。歴 史的な低金利で現金需要が増したと考えられる。バランスシートを縮小させて最小の構成に戻 すのであれば、金融危機以前の「銀行券+所要準備」ということになる。銀行券残高の増加に よって、FRB が保有するべき資産の規模は拡大し、バランスシートを縮小すべき幅は QE3 終了時 点よりも小さくなっていることになる。 金利が上昇すると、現金よりも金利などを得られる金融商品に資金が移動し、銀行券の流通 量が減少する可能性はあるが、歴史的と言える低金利水準から抜け出すにはもう少し時間がか かりそうである。 図表 3 FRB の負債と銀行券発行残高 (兆ドル) 5.0 FRBの主な負債項目 4.5 8.0% 4.0 3.5 3.0 2.5 銀行券発行残高GDP比 9.0% リバースレポ 7.0% 準備預金 6.0% 銀行券発行残高 5.0% 4.0% 2.0 1.5 3.0% 1.0 2.0% 0.5 1.0% 0.0 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 (年) 0.0% 75 78 81 84 87 90 93 96 99 02 05 08 11 14 (年) (注)右図の銀行券発行残高 GDP 比は、前年末と当年末の平均値を当該年の GDP で除して算出。 (出所)FRB、Haver Analytics より大和総研作成 バランスシートを縮小させたい FRB MMF 規制改革によって、米国の短期金融市場の構造が変化し1、FRB の利上げによって、実体経 済へ影響を及ぼす長期金利が円滑に上昇するか、その波及メカニズムに曖昧さが残っていると 考えられる。現状はレポ市場での資金調達が増加して、MMF の運用対象として、またレポ取引の 担保需要として、T-Bill(短期国債)のニーズが高まっていると考えられる。だが、債務上限 1 大和総研 金融調査部 土屋貴裕「MMF 規制改革による米国金融仲介構造の変化」(2017 年 2 月 23 日)参照。 http://www.dir.co.jp/research/report/capital-mkt/20170223_011755.html 5/6 問題などの財政関連の問題を抱えたままでは T-Bill の発行が抑制され、市場で流通する T-Bill が不足する可能性がある。利上げを始めた FRB がリバースレポで市場からの資金吸収と引き換 えに、T-Bill を市場に供給していることになるが、FRB はリバースレポの利用は限定的にする 方針で、FRB がバランスシートの縮小を始めれば、リバースレポは必要性が低下し、どの程度実 施されるかわからない。FRB はリバースレポという資金吸収手段を手に入れる以前、実効 FF(フ ェデラルファンド)レートの下振れは容認してきたという経緯もある。 バランスシートの規模を維持したまま利上げを進めれば、さらにリバースレポでの資金吸収 が増えて、T-Bill 不足の解消というプラスの側面よりも、レポ市場でのクレジットクランチと いうマイナスの側面が目立ってくる懸念があろう。FRB は自らのバランスシートの縮小は利上げ が進んだ後、としてきたが、最近はバランスシート縮小に向けた高官の発言が相次いでいる。 2017 年 1 月に開催された FOMC(連邦公開市場委員会)の議事要旨で、バランスシート縮小の議 論を開始することで意見が一致していることが示された。FOMC での議論はまだ具体的ではない ものの、巨大なバランスシートを抱えたままでの利上げを進めることは、困難を伴うと認識し ているとみられる。 イエレン FRB 議長がバランスシートの縮小に積極的になる可能性もある。トランプ大統領は イエレン議長主導の金融政策に批判的で、2018 年 2 月に議長としての任期を迎えるイエレン議 長は再任されない可能性がある。バーナンキ前議長は、QE3 による債券買い入れの縮小(テーパ リング)を示唆する発言で市場の動揺を招いたが、自らの任期中に QE3 終了にメドをつけたい 意向があったが故の発言だとみられる。イエレン議長も再任の可能性が低下するのであれば、 任期中にバランスシート縮小に向けた道筋をつけたいと考える可能性もあろう。 バランスシート縮小への着手は近づいている 償還資金の再投資を減額するとした場合、債券市場の動揺を招き、一定の金利上昇が生じる 可能性は高い。ところが、国債市場、MBS 市場における FRB 保有分の相対的な位置づけは低下し 始めている(図表 4)。 国債の発行総額が増え続けている一方で、FRB の保有額は横ばいで、発行残高全体に占める FRB 保有分の比率は徐々に低下している。財政赤字は今後も拡大が予想され、国債市場における FRB 保有分の相対的な位置づけが低下していくことになる。再投資減額のインパクトは小さくな っていくと想定される。 一方、MBS 市場では、発行残高全体の伸びは国債市場よりも緩慢で、FRB 保有分が市場に占め る比率が相対的に高い。FRB の高官は、金融危機以前のように国債を中心としたバランスシート の構成が望ましいとしており、FRB がどの程度の MBS 保有を容認するかわからない。仮に、国債 中心の資産構成とするのであれば、保有国債の残高を縮小させるべき幅は限られ、MBS の保有を 大幅に減らす必要がある。すなわち、再投資減額の影響は、MBS 市場で相対的に大きくなると予 想され、住宅ローン金利の上昇につながる。住宅市場への影響も踏まえると、FRB は MBS の保有 6/6 額縮小に時間をかける必要性が出てくるだろう。MBS の償還資金のうち一部を国債に再投資する といった、資産構成を見直す措置などが考えられる。ただし、金利が上昇していくと住宅ロー ンの借り換えが減少し、 MBS の繰上償還も減ることが予想される。FRB が保有する MBS の縮小は、 市場での金利動向のフィードバックを受けた対応となろう。 図表 4 国債と政府機関債、MBS 等の発行残高と市場に占める FRB の保有比率 (10億ドル) 18,000 国債発行残高とFRBの保有 16,000 FRB保有分 14,000 FRB保有比率(右軸) 20% 発行残高 9,000 政府機関債、MBS等の発行残高とFRBの 保有 (10億ドル) 25% 8,000 15% 12,000 20% 7,000 6,000 10,000 10% 8,000 6,000 5% 4,000 2,000 15% 5,000 4,000 発行残高 3,000 FRB保有分 2,000 0% 00 02 04 06 08 10 12 14 16 5% FRB保有比 率(右軸) 1,000 0 10% 0% 0 00 02 04 06 08 10 12 14 16 (年) (年) (出所)FRB、Haver Analytics より大和総研作成 FRB にバランスシートを縮小させたいというニーズがあり、縮小すべき幅は徐々に小さくなっ て、市場の動揺を招く懸念は低下している。保有債券の満期が相次いで到来することは好機で あり、バランスシートの縮小に着手するタイミングは、近づいていると考えられる。市場への 影響が大きくなるだけに、議論を本格化させる際には市場との対話が欠かせないだろう。 もっとも、トランプ政権の財政政策が経済や物価の見通しに影響し、財政赤字の規模を変化 させること、財政赤字をファイナンスする国債をどのような構成とするかの国債発行計画、債 務上限問題やそもそも円滑に予算が成立するかどうか、といった不透明要因がある。また、空 席の FRB 理事にどのような人物が就くかで、判断が左右される余地は大きい。 - 以 上 -
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