ミロスの唄 ID:113356

ミロスの唄
スマイリー
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︻あらすじ︼
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目 次 ミロスの唄 │││││││││││││││││││││││
1
ミロスの唄
彼女と初めて出会ったのは、8歳の誕生日を迎えて間もない夏の日
のことだ。
その日、オレは両親と共に海の向こうの離れ島に住む爺ちゃんの家
に遊びに来ていた。普段滅多に行くことが出来ない離れ島に行ける
のは、スクールが夏休みになるこの時期だけだった。
爺ちゃんは遊びに来たオレ達を笑って迎えてくれた。そして誕生
﹂
日プレゼントだといって、オレの頭に青いバンダナを巻いた麦わら帽
子を被せてくれた。
﹁探検に行く時は、俺の作った帽子を忘れない様にするんだぞ
当時のオレは遊ぶのが大好きな子供で、爺ちゃんの家に来る時は離
れ島を探検するのが楽しみの一つだった。爺ちゃんがくれた麦わら
帽子は、日中外で遊び回るオレの為にわざわざ作ってくれたものだっ
たのだ。
この特別な装備品を手に入れたことで、オレはすぐにでも探検に飛
び出したい気分だった。けれどその時は既に日も暮れていたから、オ
レは滾る衝動をぐっと堪え、翌日の朝になるとすぐに相棒のエルと共
に家を飛び出した。
茹だる様な暑さの中、オレ達は島中を歩き回った。シェルダー達の
住処である海沿いの道の小さな洞穴や、チュリネやオドリドリ達が集
まってくる花畑。毎年探検に来るそれらの場所は、来る度に少しずつ
変わった姿をオレ達に見せてくれる。
けれど、すっかり探検隊気分になっていたオレ達はそんな小さな変
﹂
際に乗った船の船長によると、背の高い木々に覆われているその森に
は沢山のポケモン達が住んでいて、中には珍しいポケモン達もいると
1
?
化ではなく、もっと大きな発見を求めて探検をしてみようと考えたの
だ。
﹂
﹁なぁエル、こうなったら秘密の森にも行ってみないか
﹁ワン
?
秘密の森というのは、島の北東に広がる森のことだ。離れ島に来る
!
いうことだった。
そんな森があると聞いて、爺ちゃんに探検してみたいと言った時の
ことだ。
︳︳︳︳︳︳いいか、あの森には絶対に近づくな。何があったとし
てもだ。
その時の爺ちゃんの顔は今までに見たことがないほどに怖いもの
だったからよく覚えている。別人になった様に冷たく厳しい目でオ
レを見る爺ちゃんを前に、オレはそれ以上森について聞くことは出来
なかった。普段優しい爺ちゃんがここまで豹変するのは、森の探検に
行きたいと言った時だけだった。
当時のオレは爺ちゃんが、森の中に何か重大な秘密を隠しているの
ではないかと考えていた。小さな探検隊だったオレ達は、爺ちゃんが
隠す秘密を知るために、近づくなと言われていた秘密の森の探検を行
うことを決意したのだ。
オレ達が森の入り口に到着した時には、腕時計の針は丁度3時を示
していた。帰りの時間のことを考えればこの辺りで切り上げるのが
妥当なのだろう。だが、虫ポケモン達の鳴く声や風が枝葉を騒つかせ
る音を響かせる森を前にして、オレ達は冒険心を抑えることは出来な
かった。
森の中は思っていたよりも薄暗かった。近くからも遠くからも聞
こえてくる虫ポケモン達の合唱が森の様子をより不気味に見せてい
る。後 ろ を つ い て 来 る エ ル の ふ わ ふ わ し た 尻 尾 も こ の 時 は 垂 れ 下
がっていた。
時折近くの木々の間を通り抜けていく影にビクつきながら、それで
もオレ達は好奇心を胸に歩き続けた。絶対に爺ちゃんの隠している
秘密を見つけてやろうと自分を鼓舞し、薄暗い森をひたすらに突き進
んだ。
けれどどれだけ歩いても、オレ達は爺ちゃんの隠している秘密らし
きものを見つけることは出来なかった。
2
﹁仕方ない。今日の所は一回帰って、また明日ここを探検しようか﹂
爺ちゃんの家には1週間ほど滞在する予定だったから、秘密を見つ
け出すチャンスはまだ残っているはずだ。リベンジを誓ったオレ達
は、遠くから聞こえて来るヤミカラスの声に従って帰ることにしたの
だ。
オレ達何処を通って来たんだっけ﹂
ところが、だ。
﹁⋮⋮あれ
振り返って見えたのは、何処までも続いて見える木々の行列だけ
だった。四方八方、何処を向いても同じ様な景色が広がっていて、出
口っぽい場所は何処にも見当たらない。
オレ達は森を甘く見過ぎていた。本来こういった環境下では、自分
の通って来た道を見失わない様に目標をつけて行くのが基本だ。だ
が、近所の雑木林と同じくらいのもんだろうと高を括っていたオレ達
は、道中でそんなことは一切していなかったのだ。
焦ったオレ達は自分達の勘を頼りに、自分達の通ってきたと思う方
向に向かって歩き出した。森に入る前に心にあった好奇心なんても
のは最早存在していない。この時は家に帰りたい一心で、オレ達は森
の中を彷徨い続けた。
だが、森から抜け出すことは叶わなかった。現在地が何処なのかも
分からないまま、気付けば森は真っ暗になってしまっていた。
オレ達は近くに生えていた木の一本に背中を預けてへたり込んだ。
腹も減ったし喉も乾いたし、何より歩き疲れていた。
両親や爺ちゃんはきっと心配しているだろう。どうにか帰ること
が出来たとしても、拳骨が落とされることは間違いない。
だが、それも帰れたらの話だ。
﹁エル、このまま帰れなかったらオレ達どうしたらいいのかな﹂
﹁クーン⋮⋮﹂
大袈裟かもしれないが、この時は本気でそう考えた。もっと準備を
してから来るべきだった、それ以前に森に行こうなんて言わなければ
よかったと、幾つも後悔が頭に浮かんだ。きっとエルも同じだっただ
ろう。尤も、今更反省したところで事態が好転することはないのだ
3
?
が。
その時、近くでパシャりと水の音がした。音のする方を向けば、近
くに川が流れていたらしい。喉が渇いていたオレ達はその水を飲も
一体どうしたんだ
﹂
うと川に近づいていって、そこで見つけた。
﹁おい
命を落としかねないほどに酷いものだ。一体誰がこんなことを
疑問はすぐに解けた。
﹂
一体どうし⋮﹂
﹁グルルル⋮ワンワン
﹁エル
すぐに逃げるぞ
﹂
即ち︳︳︳︳︳︳冬眠ポケモン、リングマ。
だ。
持つその姿は、森に入る時には注意する様にと教えられたポケモン
のポケモンがオレ達を見下ろしていた。腹に金色の輪の様な模様を
気が付けばオレ達の前には、当時のオレ達よりもずっと大きな体格
?
多にない。だがこのポケモンの負っている怪我は、子供の目で見ても
スクールでのバトルの授業でも、ここまで酷い怪我をすることは滅
﹁どうしてこのポケモンはこんなにボロボロだったんだろう﹂
に思い浮かんだ。
ことに安堵の息を吐いて、そこでようやく始めに考えるべき疑問が頭
幸いきずぐすりによって魚のポケモンの一命は取り留めた。その
とは頭から吹っ飛んでいた。
ではなかったが、目の前のボロボロのポケモンを前にして、そんなこ
伸ばした。当時のオレのお小遣いではきずぐすりは決して安いもの
オレはすぐにポケットの中に突っ込んであったきずぐすりに手を
ていて、意識も最早途切れかかっているらしい。
れていた。傷だらけになったそいつの身体からはかなりの血が流れ
川の岸辺には、身体中に怪我を負ったボロボロの魚のポケモンが倒
!?
吠え立てるエルの方を向いて、思わずオレは息を呑んだ。
﹁エル
!
スクールのバトルの授業ではオレ達はそこそこ強い方だったが、後
魚のポケモンを抱えて、オレ達は疲れも忘れて走り出した。
!
4
!
?
!
ろから追いかけてくるリングマはオレ達よりも明らかに強そうだっ
た。事実そうだっただろう。今の俺達ならまだしも、当時のオレ達が
戦いを挑んでいたら手も足も出ずに負けていたはずだ。
だからオレ達は暗い森の中を滅茶苦茶に走った。最早家に帰ると
か、余計に迷子になるなんてことを言っている暇はない。後ろから追
いかけてくるリングマから逃げる為に、オレ達はただひたすらに走り
続けた。
だが、当時のオレはまだ8歳の子供である。子供のスタミナでリン
﹂
グマから逃げ切ることが出来るはずがない。
﹁はぁッ⋮はぁッ⋮もう、限界⋮
森の奥にある滝の湖の側で遂にオレは動けなくなった。リングマ
はようやく追い詰めたぞと言わんばかりに唸りながらオレ達のこと
を睨みつける。オレの前に飛び出したエルが戦闘態勢を取るが、どう
見てもオレ達に勝ち目はなかった。
リングマが両手を合わせて腕を振り上げる。そのまま叩きつけら
れるだろうその一撃に思わずオレは目を強く閉じて、そして。
ザバアァッ
恐る恐る目を開けば、オレ達の前には見たこともないポケモンが佇
んでいた。月光を浴びてキラキラと輝くそのポケモンは、オレ達を攻
撃しようとしたリングマに威嚇する様な声を上げた。
突 然 乱 入 し て き た こ の ポ ケ モ ン に リ ン グ マ は 腹 を 立 て た ら し い。
再び両手を合わせて固めると、乱入者目掛けて叩きつけてやろうとそ
の両腕を振り上げた。
だが、その手が振り下ろされることはなかった。乱入してきたポケ
モンが放った激流に呑まれ、吹き飛ばされたリングマはそのまま後ろ
にあった木に叩きつけられたのだ。目を回して倒れたリングマはと
ても戦える状態ではない。スクールで習った風に言うならまさに戦
闘不能だった。
恐らくこの時のオレ達は息をするのも忘れていた。まだ子供だっ
たとはいえ、あのリングマが強い個体であったことは感じ取ってい
5
!
衝撃は感じなかった。水の中から何かが飛び出した様な音がした。
!
た。それをたったの一撃で倒してしまったことへの驚きと、このポケ
モンが持つ美しさに、オレ達は魅入ってしまっていたのである。
そのポケモンは暫くの間気絶したリングマを見ていたが、襲い掛
かって来ないことを確認すると、振り返ってこちらを見下ろした。そ
の目でじっと見つめられたオレ達は息が詰まる様な感覚に襲われた。
それは強者の放つプレッシャーというやつで、それを前にしたオレ達
は動くことも出来なくなっていた。
すると、腕の中に抱いていた魚のポケモンが突然暴れ出し、目の前
﹂
の大きなポケモンの前に飛び出した。
﹁おい、ちょっと
この大きなポケモンが途轍もなく強いということは、さっきの戦闘
で見せつけられたばかりだ。そうでなくても、魚のポケモンの体力は
完全に回復出来ていない。もしこの大きなポケモンが魚のポケモン
に対して攻撃をしたとすれば、魚のポケモンは死んでしまうかもしれ
ない。
大きなポケモンが魚のポケモンに向かって声を上げる。気付けば
﹂
オレは飛び出していた。
﹁やめろ
んという音を立てて激突したそれに跳ね返され、尻餅をついたオレの
前には一匹のムーランドが立っていた。
このムーランドをオレは良く知っている。普通のムーランドとは
違い、顔の毛が黄色っぽいこのムーランドの持ち主は、オレの知る限
り1人しかいない。
﹂
﹁やれやれ、やっぱりここに来ていたか﹂
﹁爺ちゃん
ていた。額に浮かぶ汗の玉を拭った爺ちゃんは、オレ達のことを恐い
顔で睨みつけている。
オレは雷と拳骨を覚悟して爺ちゃんに駆け寄った。爺ちゃんの拳
は悶絶するほどに痛いのだが、今はそんなことを言っている場合では
6
!?
だがそれは、突然オレ達の前に現れた何かによって阻まれた。ぼふ
!
オレ達の後ろには腕組みをした爺ちゃんが、肩で息をしながら立っ
!
﹂
ない。爺ちゃんはオレの知る中で、いや今の俺の知る中でも、爺ちゃ
魚のポケモンが⋮⋮
ん以上にバトルが強い人を俺は知らない。
﹁爺ちゃん大変なんだ
折角助けたのに、このままじゃあのポケ
﹁いいや、あのポケモンならば大丈夫だ﹂
﹁大丈夫なわけないだろ⁉
モンが殺され⋮て⋮﹂
!
ンでありながら、農作物の収穫や公園の工事などを手伝ってくれてい
そんな彼らと島民達は仲が良かったらしい。彼らは野生のポケモ
処にしているやつまでいた﹂
じゃねえ。町中を流れる川や公園の砂場、終いにゃ民家の縁の下を住
﹁あ い つ ら は 島 の 至 る 所 に 住 ん で い た。あ の 海 辺 の 洞 窟 や 花 畑 だ け
一頻り説教を終えた後、爺ちゃんは森の秘密を教えてくれた。
﹁昔、この島には沢山のポケモンがいた﹂
うまでもない。
ずっと怖かった。爺ちゃんの雷と鉄拳がオレ達に落ちて来たのは言
はっきり言って、この時の爺ちゃんはさっきのミロカロスよりも
こんな場所にいるのか、説明してもらおうか﹂
﹁それよりお前達、どうしてこんな時間になっても帰ってこない上に
安堵して、そこで肩をがっしりと掴まれた。
それから魚のポケモン︳︳︳︳︳︳ヒンバスが無事であったことに
頭 上 か ら 降 っ て く る 爺 ち ゃ ん の 言 葉 に よ う や く オ レ は 納 得 し た。
の母親だ﹂
﹁あのポケモンはミロカロスっていってな、お前が抱えてたヒンバス
であるかの様に、その傷を優しく舐めてやっていた。
だらけの魚のポケモンに首を伸ばした大きなポケモンは、大切なもの
大きなポケモンは魚のポケモンを攻撃なんてしていなかった。傷
全く違っていた。
振り返ったオレの目に映った光景は、オレが予想していたものとは
?
たそうだ。彼らと人間との間に問題が無かったわけではないようだ
7
!
が、それでも島民達とポケモン達は互いに協力して平和に暮らして来
たのだという。
﹁だが時代が変化するにつれて、それも少しずつ変わり始めた﹂
科学技術の進歩によって新しい機械や道具が生み出されると、人々
の生活は便利で豊かな生活に変わっていった。当時の島民達は、その
生活に憧れる様になったのだという。
﹁大人も子供も、誰もが新しい道具や便利な生活に夢を見た。だが当
時の島の連中には、そういったものを買える様な余裕なんて無かった
んだ﹂
彼らはどうすれば資金を調達できるのか考えた。色々な方法が考
えられたが、中々良い案は出てこない。
そんな時、当時の町長の息子がある方法を思いついた。
﹁あいつは、島のポケモン達に協力してもらえばいいと言ったんだ﹂
彼が目を付けたのは、島の外の幾つかの地方で運営されているサ
ファリパークだった。その地方では珍しいポケモンを見ることが出
来、捕獲を行うことも出来るこの施設のシステムを真似すればいいの
ではないかと考えたのだ。
というのも、当時の島にはどういう訳か、カントーやジョウトを始
めとした色々な地方のポケモン達が暮らしていたらしい。更に言え
ば、他地方ではサファリパークですら見られない様なポケモンすら、
この島では有り触れた存在だったというのだ。
﹁この考えに反対したやつは殆どいなかった。どいつもこいつも、自
分達のことしか見えちゃいない阿呆ばかりだったのさ﹂
島民達はすぐに作業に取り掛かった。道を整備し、ポケモン達が住
みやすくなる様な環境を作り上げていった。既にこの段階で生活に
影響が出始めているポケモンもいたというのだが、島民達はそのこと
に見向きもしなかったという。
そして、計画が実行に移されるとその効果はすぐに現れた。
島の外からは何人もの観光客がやって来るようになったし、民宿や
土産物店は大繁盛だった。計画の成功に島民達は大喜びし、浮かれ騒
いでいたという。
8
けれど、それも始めの内だけだった。
マナーの悪い客によって島の環境は荒らされ、彼らによって捨てら
れたごみによって島は汚れていった。更には不正に持ち込んだボー
ルでポケモンを捕獲しようとする者や、規定時間を守らない者、更に
は密猟を行おうとする者まで現れた。
加えて、この島のポケモンの管理はいい加減だった。捕獲されたポ
ケモンの種類や数、現在生息しているポケモンの数など、そういった
ことを管理している者は一人としていなかったのだ。
﹁そんな状態でもどうにかやっていられたのは、島に生息するポケモ
ンの数が多かったからだ。島のポケモンがいなくなってしまえば、そ
れはどうやったって成り立たなくなる﹂
事実その通りだった。数か月もすれば、島のポケモン達の数は目に
見えて少なくなっていた。それに気づいた島民達が調査を行ったと
ころ、島に生息していたポケモン達の半分以上は既にいなくなってし
まっていたのだという。
﹁本当に、当時の俺達は愚かだった。自分達のこと以外はまるで見え
ちゃいなかったんだからな﹂
その後、僅かに残ったポケモン達は島の北東部の森に隠れ住むよう
になった。島民達は減少してしまった彼らの生息数を戻すべく、森の
パトロールや生息数の調査といった活動を続けてきたが、未だにその
数は戻っていないという。
﹁俺達は森に棲むポケモン達を見守らないといけねえ。自分達の為に
あいつらを犠牲にしてしまった以上、俺達にはその責任がある﹂
﹁だから今回森の中で見たものは誰にも言わないでほしい﹂と爺ちゃ
んは言った。必要ないのにオレ達に頭まで下げた爺ちゃんからは、強
い意志の様なものを感じたことを今も覚えている。
﹁なぁ爺ちゃん、それならオレさ⋮⋮﹂
この日、オレ達は爺ちゃんと二つの約束を交わした。
それからというもの、オレ達は毎年スクールが夏休みを迎える度に
9
島に遊びに行く様になった。両親が忙しい時には、オレ達だけで船に
準備出来てる
﹂
乗って離れ島まで遊びに行った。
﹁爺ちゃん
﹁ミロスー
遊びに来たよー
﹂
だが、オレ達にも仲が良いポケモンはいた。
は随分と時間が掛かった。
手伝ったりしていたのだが、彼らがオレ達のことを認めてくれるのに
爺ちゃんに憧れたオレ達は、爺ちゃんに教わりながら真面目に調査を
その言葉は、パトロールに行く際の爺ちゃんの口癖だった。そんな
﹁最低限のルールさえ守っていれば、あいつらは俺達を認めてくれる﹂
ら、爺ちゃんの前では大人しかった。
しなかったし、リングマやスピアーといった気象の荒いポケモンです
ているはずの森のポケモン達は、爺ちゃんが近づいても逃げようとは
爺ちゃんは森のポケモン達と仲が良かった。普段は人間を警戒し
だ。
夏休みの間だけ、オレ達は森のパトロールに同行する様になったの
﹁おう、来たかお前達。それじゃあ行くとするか﹂
!?
﹁覚悟
﹂
いつかのパトロールの帰り道、爺ちゃんはオレ達にそう言った。
﹁あいつらと仲良くするのはいいが、覚悟だけはしておけよ﹂
る中で一番好きな時間だった。
ていたかどうかは分からないが、この時間は森のパトロールに出掛け
に何があったのかを報告し合った。ミロスがオレ達の言葉を理解し
爺ちゃんとミロカロスに見守られながら、オレ達は会わずにいた間
れることを祈って〟ミロス〟という名前を付けた。
あの日助けたこのヒンバスに、オレはいつか立派なミロカロスにな
を離れて傷跡の残る身体を押し付けて戯れてくる。
だってオレ達の前に姿を現した。手を水に着ければ、彼女は母親の下
森の奥にある滝の湖。その浅瀬で声を張り上げれば、彼女達はいつ
!
10
!
!
﹁そうだ。野生のポケモン達が生きる世界っていうのは俺達の生きる
?
世界よりもずっと厳しい。いつかそれを分かる日が来てもいいよう
に、覚悟だけは忘れるなよ﹂
当時のオレ達は、その言葉が意味することがよく分かっていなかっ
た。麦わら帽子越しに頭を撫でる爺ちゃんの言葉の意味を理解出来
たのは、暫く後のことだった。
12歳を迎えた年の夏休み。その年の島の天気は良くなかった。
いつもなら見ることが出来るはずの青い空も、今はどんよりとした
鉛色の雲で覆われている。時折吹く強く湿った風に、空を飛ぶマメパ
トやポッポ達も苦労している様だった。
﹁こいつは、近いうちに嵐になるかもしれねえな﹂
森の入り口で空を睨み付けた爺ちゃんが呟く。
悪天候下の森の中というのは、普段の森に比べて自然災害などが起
・・・
11
こりやすい。長時間の調査はリスクを伴うと判断した爺ちゃんに従
い、この日のパトロールは少し駆け足気味に行うことになった。
森の中はいつもと様子が違っていた。
パトロール中に出会ったポケモン達はどうにも落ち着きがなく、し
きりに辺りを見回しては何かを警戒している様に見える。中には喧
嘩でもしたのか、怪我をしているポケモンもいた。
その様子を奇妙に思いながらも、パトロールを続けるオレ達はやが
﹂
ていつかミロスと出会った川辺に辿り着いた。
﹁何だよこれ
近付いてみれば、それはリングマの足だった。恐らくあの日ミロス
の足であるらしい。
よく見れば木々に比べて濃い茶色の毛が生えたそれは、どうやら何か
その時ふと、倒れた木々に混じって倒れているものが目についた。
今この場所にはそれらの激しい破壊の痕が残されている。
け焦げてなどいなかったし、木々もなぎ倒されていなかった。だが、
少なくともオレ達がミロスと出会ったあの日、この場所の草花は焼
いや、ミロスと出会った川辺だった場所というのが正しい。
!?
を襲った個体と同じリングマだと思われるそいつは、しかし見るも
痛々しい姿で息絶えていた。
﹁手酷いな⋮⋮これをやったやつは上流に上って行ったみたいだな﹂
大きな声で発せられたわけでもないのに、爺ちゃんのその言葉がや
けにはっきりと聞こえる。ショックを受けていた頭がその意味を理
解した瞬間、オレ達は堪らず駆け出していた。
島の森から海に流れ出ていくこの川を遡っていけば、その先にある
のはミロス達が住む滝の湖だ。このままではミロス達が危ない。
ポツリ、ポツリと水滴が落ちてくる。その数は段々と増え始め、気
づけば天気は激しい雨に変わっている。
それでもオレ達は足を止めたりしなかった。身体が雨に濡れよう
が、途中で転んで泥に塗れようが、オレ達は滝の湖目がけて走り続け
た。
そうしてようやく滝の湖に着いた時、水上で争う二匹のポケモンの
﹂
ケモンは、その凶暴な性格で有名なポケモンだ。どこかの地方にはこ
のポケモンをパートナーとしているジムリーダーもいるという話を
聞いたことがあったが、そんな知識はこの場ではどうでもいい。
オレにとって問題だったのは、どうしてギャラドスがこの場にいる
のかということだった。
この島にギャラドスが生息していなかったわけではない。ただ、彼
らが生息していたのはもっと下流の海沿いの地域のはずだった。彼
らが森の中に現れることは、今までに無かったのだ。
ギャラドスは一声吼えると、その凶悪な牙をミロカロスに突き立て
んと躍りかかる。身体を捻ることでそれを躱したミロカロスがその
12
姿が見えた。
﹁ミロカロス
科書にも載っていたポケモンだった。
!?
きょうあくポケモンギャラドス。コイキングから進化するこのポ
﹁何でギャラドスがこんなところにいるんだよ
﹂
して、ミロカロスに襲い掛かるもう一体のポケモンは、スクールの教
水上で激しく争う内の一匹は、オレ達のよく知るミロカロスだ。そ
!
勢いを利用してギャラドスの顔に自身の尾を叩き付けるが、そのダ
メージは余り大きくないようだ。再び躍りかかったギャラドスは、冷
気を纏った牙をミロカロスに突き立てた。
痛みに声を上げるミロカロスを前に、しかしオレ達は飛び出すこと
は出来なかった。脳裏にこびり付いたリングマの死体が、自分もそう
なってしまうのではないかという恐怖が、オレの足を掴んで離さな
かった。激しい戦いを繰り広げる二匹との圧倒的な実力差を前に、エ
ルでさえ足がすくんでいる様だった。
情けないと思いながらも、オレ達はミロカロスが勝ってくれること
を祈るしかなかった。
しかし、現実というものは非情で残酷だ。
ギャラドスが吐き出した巨大なエネルギーの光線に焼かれ、ミロカ
ロスは遂に体力が尽きてしまったのだ。我が子を守る為に戦ってい
たこの勇敢なる母親が倒れていく様が、その時のオレにはやけにゆっ
返していた。
﹂
も ち ろ ん ミ ロ ス に は こ の ギ ャ ラ ド ス を 倒 す 力 な ど あ り は し な い。
13
くりに見えた。
戦いを制したギャラドスの雄たけびが辺りに響く。この瞬間の彼
は勝者であり、誰も彼を止めることが出来る者はいないと確信しただ
ろう。
その通りだ。この強大な存在に敵う存在は、この場にはミロカロス
しかいなかった。真っ白になったオレの頭でも、そのことだけは理解
できた。
だからだろう。
バシャッ
一体何やってるんだよ
!
ミロスは自身を見下ろすこの強者を、しかし怯まずに正面から睨み
﹁ミロス⋮⋮
水を差したそのポケモンを睨み付けた。
い、しかし碌なダメージにならないことを確認すると勝者の高揚感に
断しきっていたギャラドスはそのポケモンの体当たりをもろに食ら
水面を割って飛び出したそのポケモンにオレ達は息を呑んだ。油
!
!?
そんなミロスが敢えてギャラドスに立ち向かったのは、母を殺した相
手への敵討ちのつもりだったのかもしれない。或は例え死んでも恨
みを晴らすという思いからだったのかもしれない。いずれにしても、
彼女がオレ達よりもずっと勇気があったことは間違いない。
だがギャラドスは無慈悲にミロスに牙を向けた。自然の掟に則る
ならば当然のことであるし、それに合わせて考えるならミロスの行為
は全くの無駄だっただろう。
﹂
〟おにび〟を打ち込め
﹂
だが、その行為に感化された愚かな少年達がここにいた。
﹁エル
﹁バウッ
オレ達が相手だ
﹂
突如として襲い掛かる火傷の痛みにギャラドスは声を上げ、怒りに
ス目掛けて飛び、その背中を焼け焦がした。
エルの放った青白い火の玉は、雨の中でも消えることなくギャラド
!
!
染まる双眸をオレ達の方へ向けた。
﹂
﹁来いよギャラドス
﹁ガルルルル
!
撃を免れたにも関わらず、オレ達はその一撃で動けなくなっていた。
オレ達は受け身も碌に取れず、地面に思いっきり叩き付けられた。直
達を吹き飛ばすには十分過ぎたのだ。腹から地面に叩き付けられた
ギャラドスの放った攻撃の威力は凄まじく、その余波だけでもオレ
オレ達の身体は宙を舞っていた。
ぐさまオレ達はその場を飛び退いて、
くはミロカロスを倒した時と同じ攻撃を仕掛けてくるのだろう。す
ギャラドスは咆哮し、その口にエネルギーを収束させ始めた。恐ら
から何も変わっちゃいなかったということだろう。
なかったというわけであり⋮⋮つまりは初めてミロスと出会った時
ただ、大切な友達が殺されそうになるのを前に飛び出さずにはいられ
ら 敵 意 を 逸 ら し た 後 に ど う す る の か な ん て 全 く 考 え て い な か っ た。
だった。実際オレ達にはこいつを倒す術なんて無かったし、ミロスか
安い挑発と威嚇を飛ばしながら、オレは足の震えを抑えるのに必死
!
この状況を前にミロスが動かないはずがない。けれど、勇敢にも飛
14
!
!
び掛かったミロスは攻撃の反動から解放されたギャラドスの振るう
尾に弾かれ、今度こそ吹き飛ばされた。彼女がオレ達のすぐ傍に落ち
てきたのは、恐らく纏めて止めを刺す為だったのだろう。
ギャラドスの口に三度エネルギーが収束する。満身創痍のオレ達
がそれを喰らえばどうなるのか、想像に難くない。最早逃げることは
出来ないと悟ったオレは、必死に腕を動かしてエルとミロスを身体の
内側に抱き込んだ。
そして、ギャラドスが収束させたエネルギーを打ち出そうとした、
その瞬間だった。
バシャアアアアアッ
オレもエルもミロスも、そしてギャラドスでさえも予想していな
かった。
止めを刺そうと最後の一撃を放とうとしたギャラドスは、しかし寸
前で背後から放たれた激流に身体を貫かれていた。
ギャラドスの目から光が消えていく。やがてその巨体はぐらりと
傾き、音をたててオレ達の目の前に沈んだ。それと同時に、背後にい
﹂
たポケモンの姿をオレ達は見た。
﹁ミロカロス⋮⋮
れたはずの彼女は、オレ達以上の傷を負ったままの姿でそこにいた。
ミロカロスは暫く倒れたギャラドスを見つめていた。そしてギャ
ラドスが動かないことを確認した彼女は、ギャラドスと同じ様にぐら
﹂
りとその身体は傾いた。
﹁ミロカロス
は息も絶え絶えと言った調子で、最早オレ達にはどうにも出来ない状
態になっていた。
ミロカロスは最後の力を振り絞ってその首を伸ばすと、オレの腕に
抱かれていたミロスの身体を、その傷を優しく舐めた。それから彼女
は自身の鱗を一枚抜き取り、それをオレの手に乗せて、オレ達をじっ
と見つめて、そしてそのまま力尽きた。
15
!
それはボロボロになったミロスの母親だった。先ほどの戦闘で敗
?
痛む身体を必死に動かし、オレ達はミロカロスに駆け寄った。彼女
!
倒れた彼女は幾ら呼び掛けても、身体を揺すっても目を開いてはく
﹂
れない。それでもオレ達はミロカロスに呼びかけ、その身体を揺すり
続けた。
﹁お前達
ミロカロスが、ミロカロスが⋮⋮
﹂
!
進化したミロスは天高く鳴いた。輝く月の下で声を響かせるその
ロカロスが月光に照らされていた。
雲の切れ間から月が顔を出す。光が収まった時、そこには美しいミ
お前が仲間を守れるほどに強くなれ﹂
﹁強くなれ。お前の母親が最後までお前を守ろうとした様に、今度は
瞬間、辺りを眩い光が照らしだす。
た。それからミロスに近付くと、その手の鱗をミロスに持たせた。
爺ちゃんはオレの手を開かせると、ミロカロスに貰った鱗を取っ
お前にこれを託したのさ﹂
も弱かったからだ。だが、その子供はお前が助けた。だからあいつは
﹁キツイかもしれねえが、あいつが逝っちまったのはギャラドスより
オレの頭を撫でながら爺ちゃんは続けた。
で生きていくことは出来ないのさ﹂
レ達がどんなに守りたいと思ったととしても、弱いやつが野生の世界
﹁野生のポケモン達の世界では、弱い者が生きていくのは難しい。オ
から。
瞑っていなければ、涙が溢れるのを止めることが出来そうになかった
オレにそれを確認している暇は無かった。視線を落として目を強く
悲しかった。きっとエルやミロスも悲しんでいただろう。けれど
﹁爺ちゃん。オレ、ミロカロスを助けられなかった﹂
ていた。
に手をやり、そして静かに首を横に振った。ミロカロスは既に事切れ
しい。すぐさまオレ達の側にやって来た爺ちゃんはミロカロスの首
爺ちゃんは倒れたギャラドスとミロカロスを見て全てを悟ったら
﹁爺ちゃん
爺ちゃんがやって来たのはそんなタイミングだった。
!
姿はとても綺麗で、その姿にオレ達は見惚れていた。彼女の母親に初
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!
めて出会った時の様に。
﹁お前も強くなれ。お前が守ったこの光景を俺達人間の手で破壊して
しまうことの無いように、この野生の世界を守ることが出来る様な人
間になれ﹂
気づけば涙は止んでいた。肩に手を置く爺ちゃんとエルと共に、オ
レ達はこの光景を目に焼き付けるように見続けていた。ずっと、ずっ
と見続けていた。
あれから10年の歳月が流れた。
少年だった﹃オレ﹄は爺ちゃんと交わした約束通りポケモン保護官
の﹃俺﹄となり、世界中を飛び回っている。相棒のエルは進化を遂げ、
あの頃よりずっと頼もしい仲間になってくれた。
﹂
そんな俺達は、現在離れ島の爺ちゃんの家に帰ってきていた。
﹁爺ちゃん、用意できてるかい
﹃おう、来たかお前達。それじゃあ行くとするか﹄
今の俺には小さくなってしまった麦わら帽子を手に靴を履けば、そ
んな声が聞こえた気がした。もしかしたら近くにいるのかもしれな
い。あれで案外心配性な人だったから。
島を歩けば、昔と比べて色々な所で野生のポケモンを目にすること
が多くなった。まだ完全ではないにせよ、島に生息するポケモンの数
は少しづつ増えてきている。このままいけば、いつか人とポケモンが
共存していたころの姿を拝める日が来るかもしれない。
そんなことを考えているうちに、秘密の森の入り口に着いた。
森に棲むポケモン達も、今では俺達のことを認めてくれている様
だ。彼らに近付いても逃げたりしなくなったどころか、中には俺達に
じゃれついてくるやつまでいる。
けれど一番仲が良いやつは誰かと言われれば、それはきっと彼女だ
ろう。
﹁やあミロス。久しぶりだね﹂
森の奥にある滝の湖。その浅瀬に立てば、彼女はいつだって俺達の
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?
前に現れる。今日も森の奥の湖には、命の唄が響いている。
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