いま、n回目のカノジョ

いま、n回目のカノジョ
小林がる
ファンタジア文庫
2521
3 いま、n回目のカノジョ
2
口絵・本文イラスト
Tiv
一周目 黄色いトラックが歩道ぎりぎりを勢いよく通り過ぎていく。
(1の1)
倒れないように左腕を出し、左肘を負傷するが、その代わりに右手は彼
僕は詩音の上に
女の左胸をふにゅんとつかみ、ついでに顔面も彼女の右胸へぽゆんと収まってしまう。
そう、いわゆるラッキースケベだ。
しかもそれはただの転倒ではない。
盻眇黄色いトラックが歩道ぎりぎりを勢いよく通り過ぎていく。
渡ろうとして、一歩前に足を踏み出していたならどうなるか眤
もしここで僕が道路を
詩音が﹁カズちゃん危ない眄﹂と言って僕の左袖を引き、車に驚
背後を歩く幼なじみの
いた僕は彼女に引っ張られたことでむしろバランスを崩してしまい転倒。
5 いま、n回目のカノジョ
破廉恥だ。モラルを重んじる僕は当然、そんなことをするわけにはいかないので盻眇
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﹁うん盻眈眈眇ん眤﹂
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一度見たら忘れなそうなものだけど、記憶にない。前は見逃していたのか眤 でも⋮⋮
﹁⋮⋮きれいな人ですね﹂
感を強いるような、非常な存在感。目をそらしたいまも印象が脳裏に焼き付いている。
0
前方から凜とした足取りで近づいてくる、僕らと同じ高校の制服を着た女の子。
なかったからだ。知らない人が道を歩いている。なぜだろう眤
その子に、見覚えが
怪訝そうな顔をした。
⋮⋮おっと。あまり見つめすぎたせいか、彼女はこちらを見て
咄嗟に目をそらす。いやあ、それにしても⋮⋮遠目に見てもわかる。美人だった。
眉にりりしい表情。まっすぐな黒髪にまっすぐな立ち姿。何らかの威厳すら感じ
厳しい
させる雰囲気、けれどそこには紛れもない十代の瑞々しさも感じられ、見ている者に緊張
そうして詩音と住宅街を下校中、思わず目を見張る。
﹁⋮⋮あれ眤﹂
しょうがない。
回避したことを、僕だけが知っているのだから。
だって、たったいまラッキースケベを
困ったように笑う。ああ、何度説明してもわかってもらえない。
﹁その発言が、まさに自画自賛なのですが⋮⋮﹂
﹁自画自賛なんてしてないよ。ついつい事実を述べてしまっただけで﹂
に潑剌とした瞳だけが大きく太陽のように輝いている。
振り向くと、制服姿の詩音がこちらを見て苦笑していた。
小柄な体が、その輪郭のまるっこさでより小さく見える女子高生。癖っ毛のセミロング
を無造作にサイドでまとめているのも耳か尻尾に見える、そんな小動物のような印象の中
﹁カズちゃん、人目のあるところで唐突に自画自賛しないほうがいいですよ眤﹂
それでも、ああそれでも⋮⋮
﹁くそ⋮⋮僕のジェントルメン眄﹂
後悔はない。この選択に後悔なんてあるわけがない。
0
越しのおっぱいの感触は脳裏にあり
盻眇僕は袖を引かれることもなく、転倒もせず、布
ありと、まるでついさっきの出来事のように鮮明に思い起こされるだけだった。
普通に立ち止まる。トラックが通り過ぎていく。
6
7 いま、n回目のカノジョ
頷いてから背後を見ると、こっちを見ている詩音と目が合った。
うっかり
詩音の、軽くにらむような視線⋮⋮というより、見下げ果てたというような半眼。
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(1の2)
0
振り返ると詩音が苦笑している。つい先ほども見た景色。
﹁カズちゃん、人目のあるところで唐突に自画自賛しないほうがいいですよ眤﹂
ぴたっと立ち止まった僕は、小さくガッツポーズ。
﹁よし⋮⋮僕はジェントルメン﹂
盻眇黄色いトラックが歩道ぎりぎりを勢いよく通り過ぎていく。
0
今回は諦めて、次でなんとかしよう。
ここから弁明するのも⋮⋮うーん、そうだなぁ。
よし。
恨めしい。あと、詩音の観察眼の鋭いこと。
ああ、自分の正直さがたまに
事柄に対して潔癖なところがある。
しかしこれは参った。詩音はどうも、破廉恥な
挟み込み、ぐいっと体
詩音は笑顔のまま、頭一つ背の高い僕のこめかみを小さな両手で
重を掛けてきた。こんな小さな体のどこに盻眇という強い力に、抗う首が熱を持つ。
﹁では、ないんだけどね眤 痛い痛い﹂
﹁では、ありませんよね眤﹂
﹁いやちょっと詩音眤 痛い痛い、僕の首を無理矢理向こうにねじらないで。違う違う
⋮⋮なんか、彼女が知ってる人に似てたから、ついじっと見ちゃっただけ盻眇﹂
から気にする必要はありません、ほらどうぞ、こちらは見なくていいですから﹂
すね、私はカズちゃんが一緒に帰りたいというから帰っているだけの単なる幼なじみです
を奪われるなんて、男性としては当然の反応です、恥じる必要はありません、良かったで
あっさり白状すると、詩音は軽くため息をついた。
﹁はぁ。正直なのはいいことですが、言葉を翻すのはよくないことです。道行く美女に目
﹁では、ないよね﹂
﹁では、ありませんよね眤﹂
スネ﹄というのは﹃いい天気だね﹄って意味盻眇﹂
﹁あれ眤 詩音、勘違いしてない眤 いまの﹃キレー・ナヒト﹄っていうのは僕が七歳の
ときに作ったオリジナル言語で﹃いい天気﹄っていう意味だから、
﹃キレー・ナヒト・デ
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9 いま、n回目のカノジョ
﹁自画自賛なんてしてないよ。ついつい事実を⋮⋮じゃなくて、そう⋮⋮自己暗示。
﹃僕
といけないんだけど⋮⋮
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背後からの声。振り向くと⋮⋮いた。例の女生徒。
離せなくなるほどの存在感。綺麗なだけじゃない。その瞳に
間近で見ると、思わず目を
は、こちらをまっすぐ貫くような、冷たい光輝が宿っていた。
﹁うわ眄﹂
そんなことを思いながら、きょろきょろしていると。
﹁盻眇ちょっと﹂
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だろう眤 僕は前回とほぼ同じ行動をしているはずなのに。何の影響だ眤
ゆらぎ﹄の現れが眤 それならこのまま強制クリア
あるいは盻眇もうすでに、世界に﹃
だから、さっき恥ずかしい台詞を言わなかったのは大正解。ここからますます注意しない
違和感。さっきの位置まで歩いてきているはずなのに、あの女性がいない。
彼女を見ないためには、まず見つけないといけない。なのに⋮⋮いない。どういうこと
そんなことを確かめながら歩いていると⋮⋮
﹁⋮⋮あれ眤﹂
拍子に事故にでも遭ったら。
あるいは、僕の甘い言葉に照れた詩音が転んで、その
僕は臆病、だからこそいまだに無事でいる。それを忘れちゃいけない。
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覗きこんでくる詩音から逃げるように、視線を斜め上へ。
大きな瞳で上目づかいに
駄目だ。そんなこと言って、そのままクリアしちゃったらどうする。
﹁どうかしたんですか眤 カズちゃん﹂
﹁そう、どうかしてるんだよ僕﹂
﹁⋮⋮あはは﹂
言ったりなんか、しちゃったりなんかして盻眇
よし、この調子で今度はあの女性を見ても反応しないようにしないと。そしてもし﹁き
れいな人ですね﹂って言われても頷かないで、﹁君の方がきれいだよ﹂盻眇とかなんとか
﹁で、でしょう眤 いや、わかってくれてジェントルありがとう﹂
紳士的にお礼を言いつつ、前とは違う展開にほっと胸をなで下ろす。
﹁すばらしい心掛けですね。私も応援します眄﹂
詩音は、適当な妄言を吐く僕のことを真面目な表情でみつめてきたかと思うと盻眇やが
て、にっこりと輝くように微笑んだ。
﹁カズちゃん⋮⋮﹂
はジェントルメンだ﹄って、自分に言い聞かせてたんだよ﹂
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11 いま、n回目のカノジョ
いや、でも、なんで背後に眤 というか、なんで僕に声を眤
﹁カズちゃん、この方は⋮⋮﹂
怒られた。紳士的に謝る。それにしても⋮⋮なんでこんなことが眤
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﹁カズちゃん、この人とお話ししなくてもいいのですか眤 だってこの人盻眇﹂
﹁ごめん詩音、何かの急用を思い出しそうな予感がすごくするから、どこかしらに向かっ
撤退だ。もの言いたげな女性に背中を向け、なりふり構わず歩き出す。
とにかく、一時
﹁あ﹂
慎重な口調で放たれたその言葉に、自分の血の気の引く音が聞こえた。
﹁ああ盻眇えっと、歴史は繰り返す葦である、って言いますもんね。では僕はこれで﹂
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﹁あなた、もしかして気づいてる眤 この世界は、繰り返してる﹂
なのに、まさか、いまさら眤
もしも彼女の次の言葉が、﹃この世界は繰り返してる﹄とかだったなら盻眇
⋮⋮とっくの昔に諦めた存在。
もうずっと考慮すらしなかった可能性。
もしアナ太さんが実在したら全力で謝らないといけないような発言をしつつ、僕の心臓
はバクバクいっている。だって⋮⋮
﹁ほんとに眤 気づかなかった。アナ太なんて卑猥で酷い名前だと思ったんだ﹂
﹁彼女は私たちに声をかけているようですよ、カズちゃん﹂
﹁そこ野あな太さん、呼んでますよ眤﹂
こっちの内心の混乱を置き去りに、目の前の女性が話しかけてくる。
﹁ちょっと、ねえ、そこのあなた﹂
﹁だよね。ジェントルごめん﹂
不思議そうに尋ねてきた詩音の機嫌を損ねないよう、咄嗟に言い訳すると。
﹁⋮⋮唐突な上から目線は失礼ですよ眤﹂
﹁え眤 あ⋮⋮見てないよ眤 こんな人、眼中にないから﹂
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詩音がまずいことを言う前に、ちょっといい台詞を言いつつ彼女の手を取り走り出す。
振り返らずに、全力で盻眇あ、これもちょっといい台詞だな。
て全力で走り出さないと。人生は一瞬だって待ってはくれないんだからね﹂
13 いま、n回目のカノジョ
(1の3)
0
剰 世界、僕が気にしなければ無いも同じ。そう、僕だけが盻眇僕だけの、はずだったのに。
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もう思わなくなっていたので、世界が
色々あった結果、僕はこの現象を悪用しようとは
いつ、何度繰り返そうと、ただ淡々とやり過ごすようにしていた。僕だけが知っている余
どこかで時間がループをし始める。この二ヶ月間、僕はずっとこの現象とつきあってきた。
そのうち、何回か何十回か盻眇あるいは何千回か同じ時間を繰り返した末に、このルー
プは不意に終わるだろう。いつもそうなのだ。そうしてまたいずれ、不定期かつ頻繁に、
僕だけがそれに気付く。僕だけがそれを覚えている。
今日の十三時三十一分も、これでもう十二回目。あと三十分もしたら、世界はまた十三
時三十一分に巻き戻ることだろう。僕はこの現象を、先人たちに倣いループと呼んでいる。
先程から見ての通り、世界は同じ時間を何度も繰り返している。
ぶっちゃけよう。
こうなることもわかっていた⋮⋮けど僕はビンタをよけず、あえて真っ正面からその痛
みを受けとめ盻眇だから、僕は変態ではない。
顔を真っ赤にして謝りつつビンタしてくる詩音にはたかれる。
﹁きゃう眄 ご、ご、ご、ごめんなさいカズちゃん眄﹂
﹁いや謝る必要はな痛いッ眄﹂
ラッキースケベ。
感触、彼女の体形は控えめだけど、ソフトブラ越しの柔らか
気づけば右手におっぱいの
なぬくもりは確実に僕の脳髄をしびれさせ盻眇いや、僕は変態ではない。
背後を歩いていた詩音に左袖を取られ、僕はバランスを崩して転倒。それも盻眇
道を渡ろうとしていた僕は、一歩前へ足を踏み出すような姿勢を取った。
﹁カズちゃん危ない眄﹂
盻眇黄色いトラックが歩道ぎりぎりを勢いよく通り過ぎていく。
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﹁え眤 うわああああッ眄﹂
﹁あ、いた眄﹂
あるいは彼女が本当に、僕と同じようにループを認し盻眇
とにかく、これで僕は一周目の出来事をほぼそのままなぞったことになる。どんなバタ
フライエフェクトだったのかはわからないけど、あの の女性が現れることはないはずだ。
15 いま、n回目のカノジョ
噓だ。彼女だ。道の向こうからこっちを見つけ、長い髪をなびかせて走ってくる。
まさか本当に眤 にしたって、いきなりすぎるだろ空気読めよ眄
﹁ま、まさか。初めて会った、知らない人だよ﹂
不思議そうに尋ねてくる詩音にそう答えると、
﹁⋮⋮知らない眤﹂
瞳を細めて、射貫くような視線。
切れ長の
威圧感。
美人。目力。
思わずひるんでいると、詩音が心配そうな口調で重ねて
いてきた。
の女性がじろりと僕を見つめてきた。
﹁⋮⋮こちらの方は、カズちゃんのお知り合いなのですか眤﹂
怪我盻眇肘の怪我か。どうやら彼女は僕が彼女に気づく前から、僕のことを見ていたら
しい。それを覚えていて、見分けたと。それじゃあ、彼女は本当に⋮⋮
る⋮⋮なんで眤 どうして眤﹂
左肘をじっと見つめながら、彼女は独り言のように疑問を口にした。
僕の
﹁盻眇最初に見たときは怪我してたのに、さっきは怪我してなくて、いまはまた怪我して
逃げるかどうか迷った末に棒立ち状態の僕の前に立ちふさがった彼女は、ほとんど身長
の変わらない僕に刃のような視線を向けてきた。見つめられ、背筋が震える。
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17 いま、n回目のカノジョ
﹁カズちゃん、本当に知らないんですか眤 彼女⋮⋮こんなに落ち込んでしまって﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ふしゅ∼﹂
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あ、やばい。止める間もなく詩音が発した言葉に、女性が切れ長の瞳を大きく見開いた。
﹁同じ、って盻眇やっぱり、あなたも眄﹂
てますよ眤﹂
﹁でも、カズちゃん。世界は繰り返してるって、この人盻眇カズちゃんと同じことを言っ
してこないと。それじゃあ、今日のところはこれで﹂
﹁あーうん、君が何を言ってるのかよくわからないから、家に帰ってヤフー知恵袋に質問
らずっと、この短い時間が何度も何度も、繰り返されてるって﹂
﹁盻眇誤魔化さないで、答えなさい。あなたたちも、気づいてるんでしょう眤 さっきか
じろりと眺めた後に、深刻な様子で語り出した。
頰を紅潮させた詩音が興奮気味に褒めてくれた。嬉しい。
一方、落ち込んでいたという彼女も僕らの茶番を見て少しは立ち直ったのか、こちらを
﹁わあ、かわいい眄﹂
﹁知らないにゃん眤﹂
﹁では、もっと言い方をやさしく眄﹂
﹁いや、そんなこと言われても知らないものは知らないし﹂
﹁そんなに落ち込まないで⋮⋮ほら、カズちゃん眄﹂
口調は冷静。けど、死にたいって⋮⋮
﹁⋮⋮まさか、本当に落ち込んでるの眤﹂
僕がそう言った直後、彼女がぽつりとつぶやいた。
﹁⋮⋮⋮⋮死にたい﹂
の女性は見下すような視線でこちらを一 、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
﹁⋮⋮いや、落ち込んだりはしてないみたいだけど眤﹂
﹁⋮⋮ふん﹂
﹁落ち込んでる眤 ⋮⋮この人が眤﹂
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時間はある。だいたい、あと二十分くらいは。
その結果、わかったこと。
僕らは手近な喫茶店に入り、彼女の話を聞くことにした。
吹こうとしたら失敗して、息が漏れる情けない音がした。
とぼけて口笛を
19 いま、n回目のカノジョ
神崎流留さん。昨日この街に引っ越してきた、僕らと同じ高校の一年生。
彼女は
僕は、結果がわかっているのでコーヒーを飲みつつ空を見た。
溶けている。窓越しに聞
ああ⋮⋮遠くの風向きを白く染めたようなわた雲が、青い空に
こえてくる車の音もどこかぼんやりとした、まだ春っぽいこの感じ、ちょっと好きだ。
﹁地震ですか眤 えっと⋮⋮﹂
詩音が義理堅く携帯をのぞき込む。
﹁噓⋮⋮だって⋮⋮そう、地震眄 携帯見て、このあとすぐ北海道で地震が起こるから眄 最大震度三、マグニチュード四・五眄﹂
優しく諭すような詩音の言葉に、僕も軽々と同調してみせる。
そんな僕らの反応は予想外だったんだろう、神崎さんは険しい表情で僕らを見比べた。
﹁そうそう、だって物理的にあり得ないもんね眤﹂
います。ループなどというものは存在しない、勘違いの産物だったと﹂
﹁以前、こちらのカズちゃんも同じことを言っていました。けれど、いまはもう理解して
﹁⋮⋮⋮⋮は眤﹂
﹁あのですね盻眇ループなんて、あり得ません。それは妄想です﹂
いったい何を言われるのかと身構えた様子の神崎さんに、詩音が言った。
﹁なに。えっと盻眇刻坂さん眤﹂
﹁神崎さん。ひとつ、いいですか眤﹂
僕の隣に座る詩音は、神崎さんの話を聞くと、かつて僕がループの話をしたときと同じ
反応を見せた。すなわち盻眇
これはいよいよ間違いが無い⋮⋮僕と全く同じかどうかはわからないけど、少なくとも
この現象を知覚する手段を持っているらしい。
今日はじめて、世界が繰り返していることに気がついた。
十三時半から十四時の三十分程度を、現在までに十二回盻眇当たっている。
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深慮した様子の詩音が顔を上げ、確信を得た表情で断言する。
れだけあり得ざるものでも真実。つまり盻眇﹂
﹁ほら、ね眞 言った通り眄﹂
﹁⋮⋮なるほど。不可能な仮説を捨て去り、最後に残った可能性が一つならば、それがど
そうしているうち、彼女らの見ているサイトに地震速報が流れたらしい。関東のここま
では届かない揺れの内容。それを確認した神崎さんは得意げに身を乗り出した。
21 いま、n回目のカノジョ
﹁盻眇すごい偶然ですね﹂
一瞬、徹底的に誤魔化そうかとも思ったけど、それはやめた。
プとは異なる出来事が起きたらそれがループの最終回。通行人の動きが違ったり、天気が
あと何回かはわからないけどそのうち終わる。見分ける方法があってね、それまでのルー
かない。それより、普通にまったり過ごしてたらいずれループは終わる。このループも、
﹁無理矢理ループを終わらせることもできなくはないけど、正直すごい面倒だしリスクし
﹁⋮⋮は眤﹂
重要なのは、ただ一つ。
﹁そうして得た結論盻眇ループについてはあまり気にしないで、やり過ごせばいい﹂
大胆な文学的省略というやつに彼女が首をかしげたが、そこは重要じゃない。
僕の
﹁ええ眤﹂
ん、本当に本当に、いろいろあってねぇ、そうして、まあ、現在に至るわけだけど盻眇﹂
体感時間でいえば二年くらい前。いやー、いろいろあったよ。本当にいろいろあった。う
ってはまた始まるループの繰り返しを、短いのから長いのまで何十回と経験してきたから、
少しでもリスクを減らすため、腹を割って話すと決める。
﹁もしループがあるとしたら、僕が初めてその現象に気づいたのは二ヶ月前。不意に終わ
もし本当に彼女がルーパーなら、いつか必ず誤魔化しきれなくなる。
そのとき、僕と彼女の間に噓が重なっていたら不信感を生むだろう。
迫るような神崎さんの視線にじっと睨まれる。僕は視線を逸らし、水でのどを濡らしな
がら、﹁ま、そう思ってくれてもいいんだけど﹂と答えた。
﹁⋮⋮その言い方、やっぱりあなた、気づいてるんじゃ﹂
一通り詩音のお言葉をいただいたところで、横から本題に入ることにした。
﹁神崎さん。もし本当にループがあったとして盻眇仮に、だけど、あったとして﹂
⋮⋮さて。
﹁すごい偶然なの眞 だって⋮⋮ああもう、絶対に信じて貰わないと﹂
﹁すごい偶然だね﹂
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は300dpi、デュアルコアCPUを搭載した最新モデルで盻眇﹂
ね、この専用端末に小説が三百冊以上入ってて、バッテリーは八週間持つし、スクリーン
ちょっとした休憩時間と思うといいよ。おすすめは電子書籍。ほら、いまも持ってるけど
ープは放っておけば終わる。だから、何か途中中断しやすい趣味を見つけて、ループ中は
れって呼んでる。最初は神崎さんのことも﹃ゆらぎ﹄かと思ったんだけど。とにかく、ル
違ったり、それこそ地震が起きたり起きなかったり⋮⋮そういうのを僕は﹃ゆらぎ﹄の現
23 いま、n回目のカノジョ
﹁ちょっと眄﹂
﹁あなたも盻眇﹂
適当に相づちをうつ僕を、神崎さんが真正面から
瞬、意表を突かれた。まさか盻眇
﹁盻眇あなたも、辛かったでしょうに﹂
盻眇まさか、こちらを心配されるとは、思ってなくて。
﹁⋮⋮まあ、慣れるもんだよ﹂
見据えてきた。その視線の色合いに一
﹁人と人とは所 、理解し合えないものなんだよね、いやあ世界って悲しいなあ﹂
ない、これじゃあ誰とも話が合わない、おかしな子のままになっちゃう眄﹂
﹁ループなんて⋮⋮あたしのしたことを誰も覚えてない、あたしの見たものを誰も理解し
﹁あー⋮⋮ああ、ドラえもんのポケットの中で遭難する話って、怖いよね眤﹂
﹁ただでさえぼっちだったのに、時間軸上でもぼっちなんて⋮⋮四次元ぼっちだわ眄﹂
俯いた彼女は独り言のように、しかしはっきりとそうつぶやいた。
﹁⋮⋮ぼっち眤﹂
とりあえずこれで、僕の言いたいことは言い終えた。
頷いてくれればいいけど、果たして⋮⋮なんて思っていると。
あとは彼女がすんなり
﹁でも盻眇それじゃあ、あたし⋮⋮よりいっそう⋮⋮ぼっちになっちゃう﹂
窺っているのがわかった。何か言いたそうな空気をにじ
隣の詩音がちらちらとこちらを
ませているけど、敢えて無視する。
在しないと気づく﹄ってことだ﹂
識しないで、普通に暮らすのが一番。それが僕の結論だよ。それがつまり、﹃ループは実
﹁⋮⋮ループを使って下手に何かしようとしたら、必ず誰かに危険が及ぶ。出来るだけ意
ビクッ
迫力に思わず固まる。神崎さんは信じられない、といった表情で僕を見ていた。
その
﹁こんなにすごい現象なのに気にするなって⋮⋮本気眤﹂
24
﹁え﹂
﹁盻眇じゃあ、僕が覚えておくから﹂
してしまった。
なぜだろう⋮⋮なんだか急に、こちらだけが一方的に意見を押しつけようとしていたよ
うな気がしてきて気まずくなった。だからだろうか眤 僕はつい、柄にもないことを口に
25 いま、n回目のカノジョ
﹁覚えておく。僕が、君のことを。だから、ループは無いってことにしよう。うん﹂
もしまた彼女が僕の前に現れたら盻眇今度は、深刻な対応が必要にな
﹁ちょっと﹂
神崎さんの言い分もわかる。だけど、いまさらそんなリスクを負うことはできない。
唯一のループ仲間。それは、唯一の敵にもなり得る存在。
普通にまっとうに生活できているのは幸運と慎重と臆病のおかげだ。
けれど、それが運命、それともループ世界の裏ルールか何かなのか、とにかく毎回ろく
な結果にならなかったし⋮⋮僕のせいで詩音が傷つく姿も何度も見てきた。いま、僕らが
⋮⋮二年以上だ。
僕もこの現象を解明しようとか、なんとかしようとか、したことはある。
盻眇黄色いトラックが歩道ぎりぎりを勢いよく通り過ぎていく。
僕は微動だにせずにそれを見送り、苦い思いをかみ殺した。
(1の4)
抗議の声をあげる盻眇あげようとした直後、狙ったようなタイミングで、世界が
詩音が
繰り返す。
﹁カズちゃん、そんな言い方盻眇﹂
ん思いつくんだからね﹂
欲しいんだ。でないと盻眇僕は君よりループ歴が長い。いやがらせの方法だって、たくさ
﹁そ、そう眄 ひとが親切で⋮⋮とにかく、君がループでなにかしたいんなら、僕らから
は離れたところで、かつ僕らの名前は出さないようにして欲しい。干渉しないようにして
眉をひそめた。
といって
⋮⋮この野郎。内心で照れていた分、誤魔化すようにして怒りの気持ちがわいてきた。
﹁⋮⋮いや、あなた一人に覚えられてても、ねえ﹂
恥ずかしい台詞を言っているような気がしてきた。でも照れたら
⋮⋮なんだか、自分が
むしろ負けだと思い、彼女を正面から見据えて反応を待つ。果たして彼女は盻眇
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﹁とりあえず、さっきの喫茶店でいい眤 甘いものが食べたい気分だわ﹂
そこには、冷たい表情で仁王立ちする神崎さん。持ち前の、人を見下すような表情で言
ってきた。
振り返る。
思わず悲鳴を上げて
﹁うわあ眄﹂
27 いま、n回目のカノジョ
﹁はあ眤 いや、その⋮⋮話、聞いてた眤 交渉は決裂、干渉しないでって﹂
﹁そっちこそ、あたしの返事をまだ聞いてないでしょう﹂
﹁⋮⋮ちっ、慣れ慣れしい﹂
彼女に右手を差し出す。
﹁僕は毎原盻眇毎原和人。どうぞよろしく、神崎さん﹂
﹁⋮⋮神崎さん﹂
振り向いて弁明しようとする神崎さん。⋮⋮なんだ、そうか。僕はだいぶ彼女にいじわ
るをしていたらしい。
﹁だから眄 えっと⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ああ、寂しかったのか﹂
﹁それは⋮⋮だから。あなたが寂しいだろうと思って来てあげただけよ﹂
﹁⋮⋮え、寂しくて来たの眤﹂
﹁⋮⋮でも、それを言いにわざわざ走ってきたの眤 それに、喫茶店に行くって﹂
﹁べ、別に、一人だと寂しくて来たわけじゃないから⋮⋮眄﹂
吐く。
大きく息を
緊張していたらしいことを自覚した。
そのときようやく、僕は自分がだいぶ
﹁⋮⋮保留、ね。まあ別に、悪くはないけど⋮⋮はぁ∼ぁ﹂
越しにそう言いながら、喫茶店のほうへとすたすた歩いて行く。なんと
神崎さんは背中
も感情が読めない人だ。けど、まあ⋮⋮とりあえず、敵になるわけではないらしい。
余分にあるんだから﹂
﹁保留よ。ループに対するスタンスもどうするか、考え中。それでいいでしょ盻眇時間は、
﹁⋮⋮えっと、どういうこと眤﹂
﹁⋮⋮本当眤 な、なんだ、よかった。条件をのんでくれるんなら﹂
﹁条件をのむとも言ってないけど﹂
﹁あたし、別に断ってないわよ﹂
﹁返事眤﹂
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じゃない眤﹂
﹁いやいや詩音眤 握手を求めるのを﹃手を出す﹄って、間違ってないけど直訳すぎるん
﹁カズちゃんて⋮⋮意外と、女性に手を出すのが早いんですね﹂
彼女、ぼっちっていうか、もっと違うなにかこう⋮⋮うーん。もやっとしたものを感じ
る僕の隣で、成り行きを見守っていた詩音が不機嫌そうに口を開いた。
﹁え、ええ眞 いや、これはただの握手⋮⋮ええ眞﹂
29 いま、n回目のカノジョ
﹁こちらの方は、カズちゃんのお知り合いなのですか眤﹂
はアルバイトがいるけど、この時間はロマンスグレーに口髭がダンディーで優しげなマス
去年開店したアンティーク調のおしゃれ目な喫茶店﹃ドッグイヤー﹄
。ランチタイムと夜
喫茶店のマスターがテーブルに水を置いていった。近所の商店街の一角、過去にラーメ
ン屋二軒、蕎麦屋、怪しい布団販売、怪しい水販売、という素敵な変遷を経てきた敷地に
(2の1)
二周目 ﹁あの。カズちゃんとは、どういう関係なんですか眤﹂
それは実際、何の終わりでも無かったのだ。全然。まるで。ほんのちっとも。
果たして、その予感はある意味で正しかった。
盻眇
ループはクリアできていたのだ。できていたのだ、けれども
盻眇直感で。
なんとなく、このループはこれでクリア、終わりなんじゃないかという気がした。
恐ろしい表情で睨んでくる神崎さんと目を合わせないようにしながら、言い加える。
﹁これから、知り合う予定の人﹂
﹁まさか眤 違うよ、全然﹂
﹁⋮⋮ちょっと﹂
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なかなか正確な答えだ。
神崎さんはかるく考えてから答えた。
﹁⋮⋮無関係眤﹂
詩音が何気ない調子で神崎さんに質問した。
僕が出された水をすぐ飲む隣で、
﹁盻眇あの。カズちゃんとは、どういう関係なんですか眤﹂
ター一人。お客さんも、僕らの他にはスーツ姿の男性が一人だけ。
31 いま、n回目のカノジョ
﹁無関係眤 では、どうして先ほど、カズちゃんに話しかけてきたんですか眤﹂
﹁それは、えっと⋮⋮﹂
嬉しそうにそう提案
﹁我慢なんてしてないよ。宇宙女囚シリーズはもう神崎さんのものだから﹂
﹁そんなこと言って。やりたいことを我慢するのはよくないですよ眤﹂
﹁いやいや、やめてよ。僕はもう読む専門だから﹂
詩音は胸の前で両手を合わせ、さもすばらしい思いつきのように、
してきた。僕は苦笑しつつ、首を横に振った。
いいんじゃないですか眤﹂
﹁へえ、おもしろそうですね。あ、カズちゃんも神崎さんと一緒に、また小説を書いたら
﹁宇宙多くない眤﹂
﹁ちなみに脚本のタイトルは﹃宇宙女囚 宇宙さそり 宇宙慕情編﹄
﹂
﹁よくもまあ、そんなぺらぺらと適当なことが⋮⋮﹂
対して神崎さんは、実に胡散臭げな視線を僕に向けてきた。
﹁そうなんですか眤 それはおもしろい活動ですね﹂
微笑んだ。彼女は他人の行動が自分に理解できないことな
詩音はそう言ってにっこりと
ら質問するし、理解できることならまず肯定してくれる。マジ女神。
たんだ。ネタ作りのために、って。いまはその真っ最中﹂
たみたいで、﹃もしもループが実在したら眤﹄っていう設定のごっこ遊びを申し込んでき
﹁わかってるよ。いや、実はね眤 神崎さんはSF好きのお芝居好きで、ループネタのオ
リジナル脚本を書いててね。僕が以前、ループはあるって言い張ってたのをたまたま知っ
けれど、詩音はあきれた様子で笑って答えた。
﹁カズちゃん、ループなんてあるわけないじゃないですか﹂
それいいの眤 という当然の顔をする神崎さん。
﹁え﹂
言いよどむ神崎さんに代わって、僕が答える。
﹁神崎さんとは、前のループで知り合ったんだ﹂
32
某日。
盻眇二ヶ月前、四月
﹁命令形⋮⋮眤 いや、大した話じゃないよ。二ヶ月前。学校行事の彗星観測会で盻眇﹂
い張ってたって⋮⋮その話、聞かせなさい﹂
﹁引き受けた覚えがないんだけど⋮⋮いえ、それより。あなた以前、ループはあるって言
33 いま、n回目のカノジョ
戻っていた。いつまでたっ
訪れた夜の山で、僕は道に迷っていた。
任意参加の学校行事盻眇彗星観測会で
頃にその山で遊んだ記憶があって、なんとな∼く思い出の場所を探してい
僕には子供の
たら遭難したのだ。うかつだったし、山を舐めていた。完全なる僕の落ち度。
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負ぶって山を下りた。ループはもう起こらなかった。
僕は足をくじいている詩音を
渡っていた
そして、いつもリセットしていた時刻を過ぎた直後盻眇彗星観測までは晴れ
空は一転、土砂降りとなった。後から思い出すと、リセットの寸前にはいつも頰に雨粒が
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そう言って彼女は、町中の喫茶店で甘味を出されたときと同じような明るさで笑った。
率直に言って、心の底から敬意を抱いた。
違反も、傷つくことも恐れない行動力。
その、自己の直感に対する確信と、ルール
大して親しいわけでもない僕のために発揮した博愛性。
そしてそれを、
挨拶くらいしかしたこ
盻眇幼い頃はよく遊んだ幼なじみ。けど、中学に上がってからは
とがない。彼女にとって、特別な存在ではぜんぜんない僕のために。
書き残してきたし、先生の無線も拝借してきたので⋮⋮ああ、見つかってよかった﹂
くて。仕方なく、一人で抜け出してきたんです。危険ではありますが、私の移動ルートは
﹁カズちゃんがこっちに居るという確信があったのですが、理由がないので信じて貰えな
り返し、僕のために傷だらけになってくれた彼女の姿。僕のために、僕のせいで⋮⋮
認識できていないらしい彼女にとって、僕
詩音は、僕以上に傷だらけだった。ループを
を探して傷だらけになったのは一度きりのこと。けれど僕は想像してしまう。何百回と繰
たその先で、僕を探しに来ていた詩音に遭遇した。
何度もそれを繰り返し、残された場所はもうここしかないと、急な崖を降りた。何度か
落ちて怪我をしたけど、リセットしたら治った。それを何度も繰り返して無事に崖を降り
そのうち僕はこのループ現象を利用し、山の中をしらみつぶしに歩くことにした。
穴埋めするようにして移動。そしてリセット。
まだ行っていないところを
山を下っても登っても、気がつけばリセット盻眇同じ場所に
ても夜が明けない。何十時間さ迷ったことか。
そのとき初めてループに遭遇した。
34
⋮⋮そう気づいた時、すでに僕は決めていた。
これからはいつ何時であろうとも、詩音の力になろう、と。
なかったのかもしれない。
僕の命は間違いなく危険にさらされていただろう。結局、あの崖を降りるしか助かる道は
当たっていた気がする。あれはこの土砂降りの降り始めだったのか。あのまま山にいたら、
35 いま、n回目のカノジョ
そして同時に、ほとんど直感的に確信していた。
⋮⋮生まれて初めて女子高生に殺気というものを感じた僕は、おとなしくループの法則
を一から十まで説明することにした。すなわち盻眇
一睨み盻眇
神崎さんはそう言うと、じろっとこちらを
﹁うそですおしえます⋮⋮だからそう、睨まないでくれる眤﹂
﹁そう⋮⋮よく、そんなことが言えたものね﹂
﹁そんな言い方するなら、これ以上の情報は渡さないけど眤﹂
だからといってそう易々とは惑わされない。
﹁なに、それ。それで確信なんて言ってるの眤 ふん、頼りないわね﹂
喧嘩腰なんだ、この人。しかも、そんな振る舞いが妙に似合ってるから
⋮⋮なんでこう
美人というのは質が悪い。けど、詩音のかわいらしさを崇拝する僕は、相手が絶世の美女
﹁盻眇さあ眤 よくわかんないことも多いんだよね﹂
そう、いつの間にか終わっていた、神崎さんと出会ったさっきのループ。
その原因、叶えるべきだった詩音の願いは盻眇
﹁じゃあ⋮⋮さっきのループは眤 あれは、なんで終わったの眤﹂
らせる方法っていうのは、そのことだよ﹂
た、ループを無理矢理終わらせる方法盻眇﹃ゆらぎ﹄による強制クリアを待たないで終わ
詩音は笑う。僕も笑う。
﹁そう。彼女の願いがループを起こす。彼女の願いを叶えればループは終わる。前に言っ
﹁ふふ、素敵な設定ですよね﹂
﹁⋮⋮刻坂さんが、ループを眤﹂
その後の数々のループで、それは確信に変わった。
盻眇ループを起こしたのは、詩音だ。彼女の優しさ、彼女の願いがそれを起こしたのだ。
36
例 雨の降り始め
例 遭難した僕を救助するため
・ループで巻き戻る癲リセットが起こるのには、明確なきっかけがある。
・ループが起こるのは、詩音の望みを叶えるため。
37 いま、n回目のカノジョ
・二周目以降は、時間経過でもリセットが起こる。
隣に詩音、前に神崎さん。けれど、これは盻眇
慌てたようにこちらを見る神崎さんに、頷いて答える。
間違いない。いままさに、ループが始まっていた。
﹁通りすがりに、毛が⋮⋮眤 それはつまり、具体的には﹂
﹁具体的には、道でお互い通り過ぎるときにモサッと身体のどこかに毛が生えてくる、そ
﹁まさか眤 神崎さんは、通りすがりに毛が生えたような存在だよ﹂
盻眇そんな僕らのやりとりを見た詩音の表情に、不安が芽生えた。
﹁⋮⋮もしかして、お二人はとても親しい間柄なのですか眤﹂
周囲は先ほどまでと同じ喫茶店。
﹁⋮⋮毎原くん﹂
一瞬の落下感に似た目眩。
﹁盻眇あの。カズちゃんとは、どういう関係なんですか眤﹂
(2の2)
﹁さあ眤 正直、実際に起きてみるまで、いつループが始まるかなんてわからない盻眇﹂
﹁望み、っていう言い方は曖昧ね⋮⋮他に条件はないの眤﹂
﹁⋮⋮こんなもんかな眤﹂
例 天気が違う。人の動きが違う。サイコロの出目が変わる。等々
強制クリア。その際には、それまでのループと違った出来事癲﹃ゆらぎ﹄が起こる。
例 雨が降るまでに下山して僕が助かればクリア
・ループはある程度回数を重ねると、詩音の望みを叶えなくとも自然に終わってしまう癲
例 遭難する前までは戻してくれない
・詩音の望みを叶えればループは終わる癲クリア。
逃げたとしても、最初にリセットした時刻になればリセット
例 雨の降らない場所まで
・リセットで戻る先は必ず、すでに問題が発生した後である。
38
詩音が胸をなで下ろす。どこに生えると思ったのか⋮⋮げふんげふん、ともかく。
﹁違うんですか。びっくりしました。私もどこかに毛が生えるものかと﹂
﹁じゃ、ないらしい﹂
﹁じゃ、ないから﹂
ういう妖怪というのが神崎さんの正体﹂
39 いま、n回目のカノジョ
ごまかせたならいいけど。詩音に誤解されたままなのはいやだな⋮⋮そんな僕の
深刻な様子の神崎さんにはどうでもいいことらしい。
っていいですか眤 あ、限定パフェはいま売り切れ眤 じゃあその次から﹂
﹁カズちゃんって、たまに暴飲暴食しますよね眤﹂
悩みは、
﹁だね。あ、すみませんマスター、メニューのデザート、すぐ出せるやつ端から出して貰
神崎さんは勢いよく立ち上がると、止める暇もなくお店を出て行ってしまった。
﹁なんだか、元気な方ですね﹂
﹁え﹂
ず外の様子を確認するついでに、ここから離れたらどうなるか試してみる﹂
﹁わかった。じゃあ、あなたは刻坂さんを守ってなさい。あたしが頑張るから。とりあえ
ープが終わるまで、のんびりと﹂
﹁言ったっけ眤 ⋮⋮いや、確かに言ったけど。でも無理して行動したら何が起こるかわ
からない。無理しないことがなにより。だから僕はこうして、ただ詩音を見守ってる。ル
﹁⋮⋮さっき、刻坂さんの望みを叶えればクリアって言ったわよね眤﹂
にぐいと身を乗り出して、僕に向かって言ってきた。
さんとの会話へのフォローを入れればいい盻眇そう思ったのに、神崎さんはテーブル越し
書籍端末を取り出す。僕と詩音は一応、ながら会話が失礼でない程度
そう伝えて、電子
のだらけた、もとい砕けた間柄だと自認している。読書を楽しみつつ、横から適当に神崎
起きたり。ま、放っておけばそのうち終わるよ﹂
斜めにこちらを見て舌打ち。完全に冷たく見下されてるようにしか見えないんだけど。
﹁まあ、ほら⋮⋮ループは偏りがちだから。何日も起きない事もあれば、一日に五、六回
﹁え、泣きそうになってるのこれ眤﹂
﹁ああ神崎さん、泣かないでください⋮⋮カズちゃん、もう﹂
﹁⋮⋮ちっ﹂
﹁そうだね、高校生が友達百人を目指してる時点でもう普通じゃないもんね﹂
達百人という夢が遠ざかっていくわ﹂
﹁またループ⋮⋮これじゃあ、あたしの目指す日常が盻眇普通の女の子になって、末は友
40
﹁そりゃ、僕が詩音におすすめするのは、元々本人がおすすめしてた奴だからね﹂
﹁喜んで。カズちゃんにはいつも、外れなしのおすすめメニューを教えて貰ってますし﹂
支払いも気にせずに済むし。
ループ中は、カロリーも
﹁詩音も味見して、どれが美味しいか教えてよ。後々の参考にするから﹂
﹁ビッグな男になりたいからね。もしくはピッグに﹂
41 いま、n回目のカノジョ
﹁はい眤﹂
(2の3)
ューの五番目から順に持ってきてください﹂
さっきまで食べていたメニューの続きを注文する僕に、
機嫌そうな視線を向けてきた。
﹁したいことですか眤 そうですね⋮⋮神崎さんと、もっとお話がしてみたいです﹂
輝く笑顔でそう答える。なんて優しい。けれど、切羽詰まっている神崎さ
てらいなく、
んにはそんな優しさに気づく余裕はないらしい。難しい表情で頷いた。
さんの願いを叶えればいいんでしょう眤 ねえ刻坂さん、いま、なにしたい眤﹂
﹁⋮⋮とにかく、町中は異状なし。刻坂さんから離れても意味はなかった。なら⋮⋮刻坂
優しく神崎さんを慰めた。⋮⋮怒ってるんじゃなくて、落ち込んでる
詩音はそう言って
のかこれ。ともあれ、神崎さんは詩音の慰めで立ち直ったらしい、堂々と話を続けた。
﹁神崎さん、そんなに落ち込まないでください﹂
﹁否定しなさいよ眄 ⋮⋮ふん、まったく﹂
伸ばし、こちらを見下すようにして鼻を鳴らした。明らかに怒ってい
神崎さんは背筋を
る。さすがにこの状況 下でからかうのはまずかったか、と思ったのだけど。
﹁君のことを馬鹿で、いい気味だって思ったかって眤 ははは盻眇さてと﹂
﹁⋮⋮いま、あたしのこと馬鹿だって、いい気味だって思ったでしょう眤﹂
前屈みの神崎さんがなにやら不
﹁リセットの瞬間は、じっとしてるほうがいいよ眤 あ、すみませーん。マスター。メニ
﹁⋮⋮あたし、いま、走ってたのに﹂
派手な音を立ててテーブルに膝をぶつけ、痛みに震える神崎さん。その表情を、詩音が
心配そうにのぞき込む。神崎さんは軽く涙目になりながら周囲を確認した。
﹁痛眄 ⋮⋮く﹂
﹁だ、大丈夫ですか眤 そんなに動揺するような質問だったでしょうか⋮⋮眤﹂
ばん眄
﹁盻眇あの。カズちゃんとは、どういう関係なんですか眤﹂
42
﹁そんなの知らないわ。けどね、話しかけてきた人にあたしが﹃なに眤﹄って答えると、
﹁なにその悲しい話題。普通にって⋮⋮普通は普通に話しかけてくるだろ、普通﹂
﹁そんなことでいいの眤 いいわ、何でも きなさい。ちなみに将来の夢は、転校した先
で周りの人から普通に話しかけられるような人になることよ﹂
43 いま、n回目のカノジョ
百パーセント﹃なんでもない﹄って答えが返ってきて、会話が終わるのよ﹂
僕の顔面から手を離した神崎さんは、じっと詩音と見つめ合う。そして言った。
﹁⋮⋮あたし、うまくできたわ。やればできるものね﹂
﹁神崎さん⋮⋮﹂
﹁ふぅ⋮⋮刻坂さん﹂
ハンパない眩﹂
﹁え眤 あ⋮⋮まったく、毎原くんたら﹂
鷲づかみ。
無表情のままの神崎さんが、グリリ、と僕の顔面を
﹁痛痛痛デデデ眄 つ、つっこみがアイアンクロー眞 全然かわいげない眩 しかも圧が
﹁え眤 いやいや、僕に神崎さんの相手は荷が重いんで、壁を相手にしたらどうかな眤﹂
﹁ここでほら、神崎さん眄﹂
﹁なら、練習すればいいんですよ眄 ほら、カズちゃんを相手に﹂
その冷たい口調は、まるで皮肉のようにも聞こえる盻眇というか、多くの人は皮肉だと
確信するだろう。けれど詩音は違ったらしい。笑顔で頷く。
鉄拳から逃げるように身をよじりつつ、どう弁明したものか困ってしまう。
詩音の
漏らした。
⋮⋮そんな僕らの様子を見ていた神崎さんが、ぽつりと
﹁⋮⋮ふん。仲が良いわね。あたしも、刻坂さんみたいに振る舞ってみたいものだわ﹂
か﹂
﹁カズちゃん眄 わざわざ再現してどうするんですか眄﹂
肩を叩かれ詩音に られる。
ぽかり、と
﹁いや、いまのは僕のせいでは無いというか、基本的にすべては誰かの自己責任という
﹁⋮⋮く﹂
鋭い視線。氷のような表情で睨まれ、身がすくむ。
﹁あ⋮⋮なんでもないです﹂
﹁なに眤﹂
﹁⋮⋮あのさ、神崎さん眤﹂
44
そうして、にこりともしない神崎さんがこちらに手を伸ばし盻眇
正当な指摘をした僕に対して、神崎さんが嬉しそうに盻眇嗜虐的に、目を細めた。
﹁⋮⋮ふん、誰が傷害犯よ﹂
﹁噓だろ眞 こんなの、外でやったら傷害事件だからね眞﹂
コミュ障のレベルが違う。神がかってる。
﹁はい、よかったですね眄﹂
45 いま、n回目のカノジョ
(2の4)
﹁⋮⋮へえ眤﹂
﹁いや、ループ以前の問題だから﹂
ともあれ、神崎さんは自分の右手を見つめると、それをぐっと握りしめた。
﹁⋮⋮やっぱり、ループなんてものがある限り、あたしには友達ができないのね﹂
そりゃそうだ。何事にも前後の
アンクローは暴力だと思うけど。
神崎さんにじっと見つめられても、止めに入った詩音はきょとんとするばかり。
脈絡というものがある。⋮⋮いや、あった上でも、アイ
﹁はい眤﹂
﹁か、神崎さん眞 暴力はいけません眄 どうして急に、そんな眄﹂
﹁え⋮⋮刻坂さん、さっきは褒めてくれたのに⋮⋮﹂
グリリ、と神崎さんが僕の顔面を鷲づかみ。
﹁痛痛痛ででで眄﹂
﹁盻眇あの。カズちゃんとは、どういう盻眇﹂
46
47 いま、n回目のカノジョ
﹁か、神崎さん、こっちを睨みつつ指を鳴らすの、やめてくれない眤﹂
神崎さんは詩音に答える前に、すぐさま周囲を見回した。
僕も見る。神崎さんの背後、隣のテーブル。そこではマスターが、何かの注文を受けて
﹁っ﹂
﹁盻眇あの。カズちゃんとは、どういう関係なんですか眤﹂
(2の5)
疲れた様子の男性がパフェを一口盻眇
パク、と
﹁ああ、これです⋮⋮このパフェ。では、いただきます⋮⋮﹂
﹁限定パフェ、お待たせいたしました﹂
ループでも、目の端に入ったときに気にはなっていた。
や食感を見た目から想起させる手の込みよう。豪勢ゴージャス見た目が美味。いままでの
てきた。フルーツ満載、クリームも白色の中に数層のグラデーションがあり、様々な甘み
そうして、僕がこのお店のスイーツを制覇し終えて、再びリセットする直前盻眇マスタ
ーが僕らの隣、三十代くらいのスーツ姿の男性客一人のテーブルに、巨大なパフェを持っ
スイーツを注文する。
神崎さんはきょろきょろと周囲を見回し始めた。その横で、僕は再びお店のマスターに
﹁なにかが、って⋮⋮﹂
﹁終わる眤 なにが眤﹂
﹁なにかが﹂
﹁いい眤 ループのタイミングには大体、明確なきっかけがある。端的に言うと、
﹃すべ
てが終わってから、すでに始まっている瞬間まで﹄﹂
義理はないけど、これ以上、無駄に場を荒らされても困る。実害も被っているし。
悩める神崎さんに少しだけ協力してあげることにした。
﹁盻眇そうだね。ヒント﹂
﹁⋮⋮あたし、刻坂さんとお話ししたのに、ループは終わらない⋮⋮なんで﹂
詩音にはそう見えているのか。なら、そうなんだろうけど⋮⋮本当に感情が読めない。
ともあれ、落ち込みついでに人を脅迫する性格の神崎さんは、考え込む様子でつぶやいた。
﹁え、これ落ち込んでるの眤﹂
脅迫してくる神崎さんから距離を取る。ところが盻眇
サディスティックに
﹁神崎さん⋮⋮事情はわかりませんが、そんなに落ち込まないで﹂
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49 いま、n回目のカノジョ
いた。
﹁⋮⋮噓でしょ眤﹂
続きは、
月
12
©Garu Kobayashi, Tiv 2016
日発売のファンタジア文庫で!
見ると、詩音はうっとりした表情でマスターを見ていた。カウンターの向こうで、パフ
ェを作り始めているマスターを。
﹁いいですよねぇ、パフェ﹂
﹁パフェだね﹂
強烈に眉をひそめつつ、疑わしげにつぶやいた。
神崎さんは
﹁⋮⋮⋮⋮パフェ眤﹂
つまり、先ほどの注文は限定パフェ最後の一個だったというわけだ。
掲げられたミニ黒板の﹃限
マスターが一礼してテーブルを去り、そのままカウンターに
定パフェ一日十食﹄という文字の上に﹃売り切れ﹄というマグネットステッカーを貼った。
﹁かしこまりました﹂
50
20