日銀短観(2016 年12 月調査)

日銀短観解説
2016 年 12 月 14 日
日銀短観(2016 年 12 月調査)
経済調査部主任エコノミスト
宮嶋貴之
03-3591-1434
業況改善もトランプ円安はまだ十分に織り込まれず
[email protected]
○ 大企業の業況判断は、製造業で改善、非製造業で横ばい。製造業は輸出の持ち直しや円安などがプ
ラス要因。非製造業は個人消費の回復テンポの弱さが重石に
○ 先行きは悪化。世界経済の持ち直しや円安などがプラス要因だが、米国のトランプ次期大統領の政
策や欧州の重要選挙に関する不透明感から、事業会社は先行きを楽観視していないことを示唆
○ 大企業・製造業の想定為替レートは前回調査から円高修正。米大統領選挙前の7~9月期決算時に固
めていた想定レートが回答された模様。利益見通しは横ばい、設備投資計画は弱めの結果
大企業の業況判断は製造業
日銀短観(2016年12月調査)では、大企業・製造業の業況判断DIが
で改善、非製造業で横ばい
+10%Pt(9月調査:+6%Pt)と前回調査から改善、大企業・非製造業
が+18%Pt(9月調査:+18%Pt)と前回調査から横ばいだった(図表1)。
製造業では、電気機械業などの加工組み立て業種から、石油・石炭製品
などの一部素材業種まで、全般的に改善した業種が多かった。非製造業
については、運輸・郵便業などが改善したものの、小売業や対個人サー
ビス業などが悪化したことを受けて、全体では横ばいとなった。総じて
みれば、業況判断は、製造業を中心に前期から改善したと評価される。
図表1
(%Pt)
大企業
製造業
非製造業
中堅企業
製造業
非製造業
中小企業
製造業
非製造業
2016年6月調査
2016年9月調査
最近
最近
先行き
業況判断DI
2016年12月調査
先行き
最近
(%Pt)
(変化幅)
先行き
(変化幅)
12
12
12
11
14
2
13
▲ 1
6
6
6
6
10
4
8
▲ 2
19
17
18
16
18
0
16
▲ 2
9
6
10
6
12
2
7
▲ 5
1
0
3
1
6
3
2
▲ 4
14
10
15
10
16
1
9
▲ 7
▲ 1
▲ 5
0
▲ 3
2
2
▲ 3
▲ 5
▲ 5
▲ 7
▲ 3
▲ 5
1
4
▲ 4
▲ 5
0
▲ 4
1
▲ 2
2
1
▲ 2
▲ 4
(資料)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、みずほ総合研究所作成
1
大企業非製造業
30
先行き
20
10
0
▲ 10
大企業製造業
▲ 20
▲ 30
▲ 40
▲ 50
▲ 60
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
16
17 (年)
(資料)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、みずほ
総合研究所作成
製造業の業況は、輸出の持ち
直しなどから改善
大企業・製造業の業況判断DIは 16 業種中 9 業種が改善、4 業種が低
下、3 業種が横ばいだった。世界的なITサイクルの好転による輸出数量
の持ち直しや円安などから、電気機械業やはん用・生産用・業務用機械
業が改善した。加えて、年前半の熊本地震などにより生産が落ち込んで
いた自動車業も、挽回生産の局面が続いて小幅に改善した。原油価格の
底打ちから、在庫評価益が生じている石油・石炭製品業も改善した。
非製造業は、消費の回復テン
大企業・非製造業の業況判断DIは12業種中5業種が改善、6業種が低
ポの弱さなどから横ばいに
下、1業種が横ばいであった。夏場の台風や大雨など天候不順の収束によ
とどまる
り、運輸・郵便業が改善したほか、首都圏での54年ぶりの降雪などによ
る暖房需要の増加から、電気・ガス業が改善した。また、政府の公共事
業や民間の首都圏再開発案件の進捗などから建設業も小幅に改善した。
一方で、不動産業はマンションや注文住宅需要のピークアウトにより高
水準ながら小幅に悪化した。また、生鮮食品価格の高騰などによる消費
者マインドの悪化を受けた個人消費の回復テンポの弱さなどから、小売
業や対個人サービス業、宿泊・飲食サービス業などが悪化した。
中小企業は、製造業の業況判断DIが+1%Pt(9月調査:▲3%Pt)、
非製造業が+2%Pt(9月調査:+1%Pt)と、改善した。建設投資の増加
から、非鉄金属業や窯業・土石業などが大幅に改善した。
製造業、非製造業とも先行き
は悪化
先行きについては、大企業・製造業、非製造業とも小幅の悪化となっ
た。製造業は、世界経済の持ち直しや円安などがプラス要因となるもの
の、トランプノミクスや欧州の重要選挙など海外情勢の先行きを慎重に
見ているようだ。非製造業は、公共投資の進展や円安によるインバウン
ド消費の押し上げがプラス要因だが、原油価格の底打ちと円安による原
材料費の高騰の悪影響を懸念しているようだ。
図表2
経常利益計画(全規模・全産業)
図表3
想定為替レートと実勢レート
(円/ドル)
(前年比、%)
35
125
30
2013年度
120
大企業・製造業の想定レート
(9月調査・107.92円/ドル)
25
米大統領選挙で
トランプ候補が勝利
115
20
15
円安
110
2014年度(新ベース)
10
2015年度
105
5
100
0
▲5
95
2014年度(旧ベース)
▲ 10
3月調査
6月調査
円高
90
16/1 16/2 16/3 16/4 16/5 16/6 16/7 16/8 16/9 16/10 16/1116/12
2016年度
▲ 15
大企業・製造業の想定レート
(12月調査・104.90円/ドル)
9月調査
12月調査
見込
(年/月)
実績
(資料) Datastream、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、
みずほ総合研究所作成
(資料)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、
みずほ総合研究所作成
2
想定為替レートの円高修正
2016年度の経常利益(全規模・全産業)は、前年比▲8.2%と9月調査
により2016年度の収益見通
からほぼ変わらなかった(修正率:▲0.1%)(図表2)。米国の大統領
しは変わらず
選挙でトランプ候補が勝利した後、同氏が主張する減税やインフラ投資、
規制緩和への期待が高まったことから、日米の金利差が拡大し、前回調
査時点の想定レートを超える円安が進んだ。しかし、大企業・製造業の
想定為替レートは円高修正(9月調査:107.92円/ドル⇒12月調査:104.90
円/ドル)された(図表3)ため、収益見通しの改善には至らなかったよ
うだ。調査対象企業は、米大統領選挙前の7~9月期決算時に固めていた
想定レートを回答したとみられ、事業計画の数値には「トランプ円安」
が十分に反映されていない点に注意する必要がある。
2016年度の設備投資計画は
弱めの結果
2016年度の設備投資計画(土地含みソフトウェア除く、全規模・全産
業)は、前年比+1.8%(修正率:+0.2%)と、9月調査から据え置かれ
た(図表4)。例年のパターン通り、中小企業が上方修正(修正率:+3.1%)
されたものの、大企業・製造業は同+11.2%(修正率▲1.4%)、大企業・
非製造業は同+2.5%(修正率▲0.4%)と下方修正された。GDP統計
上の設備投資の概念に近い「土地除くソフトウェア含む」ベースでも、
大企業・製造業、非製造業ともに下方修正されており、設備投資計画は、
例年よりも弱めの結果と評価されよう。
雇用の不足感は引き続き強
い
生産・営業用設備DIは横ばい、雇用人員判断DIは不足感が強まっ
た。中小企業を中心に雇用の不足感が強い状態が続き、先行きも不足感
が強まる見通しだ。人手不足感が強い中、省力化投資などへの企業の投
資意欲は、先行きも底堅く推移することが期待される結果と言えよう。
海外需給判断DIは小幅に
改善
海外での製商品需給判断DI(大企業・製造業)は小幅に改善した。
輸出を巡る外部環境が改善していることが示唆される。
図表4
(前年比、%)
全規模
設備投資計画(土地を含みソフトウェア除く)
15年度
実績
16年度
3月計画
6月計画
9月計画
12月計画
修正率
(前年比、%)
10
2014年度
(旧ベース)
5.0
▲ 4.8
0.4
1.7
1.8
0.2
製造業
9.1
▲ 0.9
6.0
6.1
5.6
▲ 0.5
非製造業
2.9
▲ 6.8
▲ 2.5
▲ 0.6
▲ 0.1
0.6
3.4
▲ 0.9
6.2
6.3
5.5
▲ 0.7
製造業
8.4
3.1
12.8
12.7
11.2
▲ 1.4
非製造業
1.0
▲ 2.9
2.7
2.9
2.5
▲ 0.4
2
0
大企業
中堅企業
6
4
8.7
▲ 4.7
▲ 4.6
▲ 3.9
▲ 3.0
0.9
9.3
5.1
5.8
4.4
2.4
▲ 1.9
非製造業
8.3
▲ 10.0
▲ 10.2
▲ 8.3
▲ 5.9
2.6
7.2
▲ 19.3
▲ 14.9
▲ 9.0
▲ 6.2
3.1
▲4
▲6
製造業
非製造業
11.5
▲ 22.0
▲ 17.8
▲ 15.3
▲ 11.2
4.8
5.2
▲ 18.0
▲ 13.5
▲ 6.0
▲ 3.8
2.3
(注)右図は全規模・全産業。
(資料)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、みずほ総合研究所作成
3
2013年度
8
製造業
中小企業
2015年度
▲2
2014年度
(新ベース)
2016年度
3月調査 6月調査 9月調査 12月調査
見込
実績
トランプノミクスに対して、
事業会社は様子見姿勢
今回の短観では、トランプノミクスに対する事業会社の見方がポイン
トであり、特に大企業・製造業の業況判断DIの先行きが注目された。
結果は現状から悪化となり、トランプノミクスに対して事業会社は未だ
様子見姿勢であることが確認された。トランプノミクスの全容把握は現
時点で困難であること、また、来年に予定される欧州の重要選挙におい
て、EU懐疑政党の台頭懸念が高まったことも、様子見姿勢を強めたと
みられる。先行きに対する不透明感が高いことが、設備投資計画の弱め
の数値につながった可能性がある。
先行きの業況判断は、景気拡
大局面で慎重になる傾向
なお、日銀短観の先行きの業況判断DIは、統計上の“クセ”がある
点には留意が必要だ。図表5は、大企業・製造業の業況判断DIの実績と
先行きの差である。これをみると、景気拡大局面では業況判断DIの先
行きは実績よりも下振れる傾向がある。つまり、企業は先行きの景気を
慎重にみる傾向があるということだ。この背景には、直近の急激な外部
環境の変化を企業は一時的と慎重に捉えやすいこと、先行きの判断に自
信がない場合には「良い」ではなく「さほど良くない」という回答を選
ぶ傾向があることなどが挙げられよう。
よって、業況判断DIの先行きの悪化は、今後の景気見通しに対する
悪材料として過度に意識する必要はないだろう。今回の調査の想定レー
トでは「トランプ円安」は織り込まれておらず、次回の調査では円安修
正により収益計画の改善も見込まれる。世界経済は持ち直し局面にある
が、トランプノミクスは業況判断DIの上振れ・下振れリスクどちらに
もなりうるため、次回の調査までにその見極めができるかどうか注目だ。
図表5
業況判断DIの先行きと実績の差
(「先行き」-「実績」、%Pt)
先行きが
上振れ
25
20
15
10
5
0
▲5
先行きが
下振れ
▲ 10
▲ 15
90
92
94
96
98
00
02
04
06
08
10
12
14
16
(年)
(注)1. 大企業・製造業の値。
2. シャドー部分は、景気拡大期を意味する。
(資料) 日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より、みずほ総合研究所作成
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