日 本 遺 産 も の が た り

日本遺産構成文化財 旧弘道館
(三の丸1)
第9話
弘道館の建学
日本遺産に認定された「近世日本の教育遺産群―学ぶ心・礼節の本源―」の歴史的魅力を語る「日本
遺産ものがたり」。今回のキーワードは「弘道館」です。
藩校を創設する必要性が低かったという事情がある。
局である彰考館が藩校の役割を担ってきたことから、
わりを告げる時は、すぐそこまで迫っていた。
する争いにより、二世紀半にわたる
〝徳川の平和〟
が終
れでも斉昭は周囲の反対を押切り、水戸城三の丸の一等
建てる必要はない」といった反対意見も多かった。そ
弘道館建学にあたっては
「彰考館があるので、藩校 を
設したのだろうか。実は、水戸藩では大日本史編さん
やがて勃発する
「鎖国か、開国か」
という、国内を二分
世紀はじめは、日本近海に欧米船がたびたび接近
し、幕府や各藩で緊張感が高まっていった時期である。
こうした先行きが見えない時代に必要とされるのは、
やはり教育である。これまで紹介してきたように、江
年のことである。
した。天保 (1841)
藩で藩校が建ち、洋学・国学などを教える私塾も人気
斉昭の信念によるものであった。つまり、日本の指針と
「藩を超え、国全体を舵取りで
あえて建学した理由は
きる人材を育成する規模の学校を作るべきだ」という
かじ
を 博 した。身 分 が 低い武 士や 庶 民 が 高 度 な 教 育 を 受
昭の構想は一般的な藩校の概念を超えていたのである。
なる学校建設を目指していたのであり、その意味で、斉
いくのである。
バイブルとなり、幕末維新期の思想に大きな影響を及
ボルとなった。また
「弘道館記」
の解説文である藤田東
して、また、次代を切開く新たなスタイルの学校とし
は
た。日本最大の藩校・弘道館の建学である。
【編集】
みとの魅力発信課 ☎029・232・9107
029・224・5188 [email protected]
水戸市 歴史文化財課 関口慶久
て、全国に名を馳せ、幕末随一の学校となったのである。
【発行】水戸市 ☎029・224・1111(代表)
〒310~8610 水戸市中央1~4~1
それにしても、なぜ、江戸時代のはじめから教育に力
を注いでいた水戸藩が、幕末になってようやく藩校を創
湖著
『弘道館記述義』
は、幕末における尊王攘夷思想の
第9代水戸藩主の徳川斉昭も、教育の重要性を強く
認識していた一人だ。斉昭は天保の改革と呼ばれる藩
ぼした。こうして弘道館は、我が国の藩校の集大成と
建学の精神
「弘道館記」
は、起草から4年もの歳月を
かけて敷地中央に石碑として建てられ、弘道館のシン
薩摩の西郷隆盛・大久保利通、長州の桂小五郎、土佐
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政改革を断行したが、
その柱の一つが藩校の創設であっ
材が生まれ、やがて来る幕末維新期の立役者となって
の坂本龍馬など、広い知識と国際感覚を持つ優れた人
になってその教育熱は最高潮に達する。ほぼすべての
地にあった 人の重臣屋敷を移転させ、弘道館を建学
戸時代はそもそも教育水準が高かったのだが、 世紀
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け、その中から、水戸の会沢正志斎、江戸の勝海舟、
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日本遺産ものがたり
年 月1日号 第1395号
平成
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―近世日本の教育遺産群―
広報みと
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水戸市の人口 人口…271,089人(男132,907人、女138,182人) 世帯数…119,075世帯 -平成28年11月1日現在(平成27年国勢調査確定値基準)-