転倒ムシとアメ SHURI 作 この背中に乗った誰かの傷は重さと共に存在を示す。 この重さは、私という存在と共に存在している。 だから、この傷は傷つけられた人と傷つけた人の両方が同じ空間にいて 成り立つものなのだというこの考えに、私は正しさを持ち合わせていた。 けれど、私という存在が亡くなっても、私の残像は傷つけてしまった人 に恨まれ続けるだろう。 同じ空間にいてもいなくても、私が誰かを傷つけたという事実は変わら ないのだから。 その事に気づいた時、私には偽善者としてしか生きていく道しか残され ていなかった。 私の意見も正しさも、どこかの誰かを否定してしまう。 その気なんて、サラサラなかったと言ったところで それは、私が誰かを傷つけたという真実とはイコールで結ばれることは ないのだから。 この、優しさが偽善であるとバレるまで私は善人という仮面を剥がすこ とは出来ない。 自分で一回はめてしまった仮面は、自分では取ることが出来ないのだ。 偽善者と化した私には断るという選択はなかった。 断るということは誰かの何かを否定していることになる。 全てにハイで応えることは誰かを肯定することになる。 否定することで出来る傷は肯定という特効薬によって消えていく。 それがどんなに辛い肯定であっても、私は全てを肯定した。 これがどんな結末になるかなんて考えていなかった。 私は私の為の肯定を優しさと履き違えていたのだと知った時はもう、雨 という少しの温もりの中だった。 ある雨の日、同僚は真剣な顔で、会社を辞めようと思うと私に漏らした。 それは考え抜いた先の一言なのか、まだ途中での一言なのか、私にはわ からなかった。 背中を押して欲しいための言葉を欲しているのか、 それとも答えを求められているのか…。 私が発していい言葉さえ分からなかった。 肯定も否定も出来ない私は、自分の身を守るということしか出来なかっ た。 同僚は、自分の答え合わせを私に委ねたのだ。 私はその答えの答えをハッキリと言えるほど、彼女の悩みに向き合えて いない。 それは、今まで偽善という仮面を被せた言葉でしか彼女に応えていなか ったからだ。 彼女は、何も答えない私にごめんねという言葉だけを残して消えていっ た。 彼女は答え合わせをしないまま会社を辞めていったのだ。 答えなんてないのかもしれないという、何とも言えない感情を引き連れ て。 私は、偽善者のまま日々を過ごしていた。 朝から雨が降っている日、私は彼女と再会した。 彼女は私に泣きながらいった。 「肯定してくれる事は嬉しかった。でも、やっぱり正しさという真実は 変えられない。それを変えてまで発した言葉に意味はあるのかな? 私が会社辞めたいって言った時初めて貴方が肯定しなかった。その時そ れがあなたの本心で、これが答えだと思った。その沈黙に私は貴方の肯 定の言葉より意味を見つけられた。 ありがとう。」 彼女はまた、私に意味ある言葉を残して消えていった。 雨は穏やかになった。 傘を差すか、迷うほどの穏やかな雨は、何かを流し、そして流せないも のもある。 それでいいのかもしれない。 全部流すことが正解じゃない。 決まり切ったハイという肯定より私という存在の間も否定も意味を持ち 合わせている。 どんなに、相手を傷つけない肯定だとしても それは意味のない誰にでも言える言葉になってしまう。 私という存在1つにしか発せないそれはきっと誰かを傷つけてしまう。 けれど、その傷もまた、生きているという意味の断片になる。 だからこそ、肯定を否定する勇気をこの雨に託しした。 変わらないスピードで真っ直ぐ自分を貫く雨に。 雨を眺めていた先に綺麗な虹が広がっていた。 小さな幸せという名の麓に。 転倒ムシとアメ 転倒ムシとアメ 作 SHURI 更新日 2016-10-14 登録日 2016-10-14 形式 小説 文章量 掌編(1,665文字) レーティング 全年齢対象 言語 ja 管轄地 JP 権利 Copyrighted (JP) 著作権法内での利用のみを許可します。 発行 星空文庫
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