論文の内容の要旨 論文題目 複核ニッケルシッフ塩基錯体の応用展開と協奏的触媒機能発現について の研究 氏 毛利 名 伸介 【序論】 当研究室では、2007 年以降、二核 * 性 Schiff 塩基 1 が遷移金属を含む複 N 核触媒を調製するのに有効である OH HO N N N N OH 合わせにより多彩なキラル反応場 を創製することで様々な反応へと 応用可能であることを報告してい 1a) N M ことを見いだし、各種金属の組み HO OH HO Schiff base 1-H4 OH O HO O M O O (R)-M2-1a complex M = Ni, Co-OAc, Mn-OAc Figure 1. Structures of dinucleating Schiff bases and homodinuclear Schiff base complexes. Schiff base 1a-H4 。複核シッフ塩基触媒は、従 る 来盛んに研究が行われてきた単核のサレン錯体とは大きく異なる触媒特性を有しており、異なる 配位環境下にある2つの金属中心の協奏的機能発現が高い触媒活性と選択性の実現に寄与してい ることがわかっている。私はホモニッケル複核シッフ塩基 1b)を活用することで、反応系で耐水性 を示すとともに、従来の単核のサレン錯体とは明らかに異なった機能を発現することを見いだし た。 (1)ホモ複核シッフ塩基錯体を活用したホルムアルデヒド水溶液を用 ホモ複核シッフ塩基錯体を活用したホルムアルデヒド水溶液を用いた触媒的不斉ヒドロキシ ホモ複核シッフ塩基錯体を活用したホルムアルデヒド水溶液を用いた触媒的不斉ヒドロキシ メチル化反応の開発 光学活性ヒドロキシメチル基を有 する化合物は医薬品や生体内物質に も多く存在し、生理活性上重要なユ Scheme 1. O CO2t-Bu (R)-Ni2-1 cat. R (0.1-1 mol %) R' iPr2O, 40 °C + O H H O CO2t-Bu R R' O O N OH 94-66% ee 94-22% yield (TON = up to 940) Ni Ni N O O cat. Ni2-1a ニットである。通常、ヒドロキシメチル化反応にはC1ユニットとして単体ホルムアルデヒドの前 駆体であるパラホルムアルデヒドやトリオキサンが用いられることが多いが、コストおよび簡便 性を考慮するとホルムアルデヒド水溶液(ホルマリン)の使用が望ましい。しかしながら、ホル マリン水溶液の使用のためには触媒が耐水性を持たねばならず、その使用に大きく制限がかかっ ていた。ホルムアルデヒド水溶液を用いたß-ケトエステルへの直接的触媒的不斉ヒドロキシメチ ル化反応は袖岡らよる2007年の報告が一例あるが、希少金属であるパラジウムの使用が必須であ り、選択性及び基質一般性にも改良の余地があった2a)。これらの問題点を改善するために、私は 複核シッフ塩基錯体に着目した。二つの遷移金属を含むホモ複核シッフ塩基錯体はBrønsted塩基 -Lewis酸の性質を持ち、(1)両基質の認識、活性化(Dual Activation)が可能となるだけでなく、 (2)酸素および湿気に対して高い安定性を有することからホルムアルデヒド水溶液を用いた反応 へ適用可能であると考えられる。検討した結果、ホモ複核ニッケルシッフ塩基錯体が最も高い収 率と選択性を与えることがわかった。最終的に、空気存在下、ホルムアルデヒド水溶液を1.1当量 使用するという、従来にない反応条件で反応が効率よく進行し、わずか0.1 mol %の触媒を用いる のみで、対応するヒドロキシメチル体を最 Scheme 2. 高94%収率、93% eeで得ることに成功し、 X また触媒回転数は最高940回を記録した (Scheme 1)2b)。 bimetallic (R)-Ni2-1a (1 mol %) X Y Z N OH N Boc N OH Boc Z X N N Boc H O Z = OH: (R)-1a-H4 N Z = OMe: (R)-2-H2 Boc R-selective Y Z O 99-87% ee N Boc X (2)3-アミノオキシインドールの触媒的不 アミノオキシインドールの触媒的不 S-selective 98-80% ee Y monometallic (R)-Ni-2 Z (1 mol %) 斉合成反応の開発 Boc N N Boc H O オキシインドールの 3 位に不斉四置換 炭素をもつ骨格は生理活性物質や天然物 にみられる。特に 3-アミノオキシインド ール骨格を有する化合物には、有用な医薬 品があるにも関わらず、その触媒的不斉合 成法は、触媒量や基質一般性の面において 多くの問題点を残している。私は、ホモ複 核ニッケルシッフ塩基 1a 錯体及び単核ニ ッケルシッフ塩基 2 錯体を用いることで 3-アルキル置換のオキシインドールの触 媒的不斉アミノ化反応を達成した(Scheme 2)。条件検討の結果、興味深いことに 50 ºC 条件という高温条件下、わずか 1 mol %の Table 1. (R)-Selective Catalytic Asymmetric Amination of Oxindoles 3 with Homobimetallic (R)-Ni2-1 Complex RO2C CO2R X X N N Y CO2R(R)-Ni2-1a Y H N (x mol %) O + O N toluene N N Z RO2C Z 50 °C 4 (1.2 equiv) (R)-5 Boc 3 Boc 4a: R = tBu; 4b: R = iPr time % cat. % 3 4 (x mol %) 5 entry X Y Z (h) yieldb ee 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 H Me H allyl (E)-cinnamyl H H Bn MeO Me F Me F allyl Cl allyl -CH2CO2Me H -CH2CN H H Me Br Me Bn H H H H H H H H H H H H H Cl 3a 3b 3c 3d 3e 3f 3g 3h 3i 3j 3a 3k 3l 4a 4a 4a 4a 4a 4a 4a 4a 4a 4a 4b 4b 4a 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 2 1 5aa 5ba 5ca 5da 5ea 5fa 5ga 5ha 5ia 5ja 5ab 5kb 5la 18 18 18 18 18 18 18 18 18 18 18 18 18 99 99 86 93 91 95 90 93 98 89 94 92 98 99 97 91 99 94 96 98 95 96 87 95 91 99 ホモ複核ニッケル塩基錯体 1 を用いるこ とで、高エナンチオ選択的なオキシインド ールの触媒的不斉アミノ化反応を達成し た(Table 1)。また、興味深いことに、単核 ニッケルシッフ塩基錯体 2 を用いること で、エナンチオ選択性が反転した生成物が 得られた(Scheme 2, Table 2)。両手法は 種々の基質に適用可能であった。この逆転 Table 2. (S)-Selective Catalytic Asymmetric Amination of Oxindoles 3 with Monometallic (R)-Ni-2 Complex Boc Boc X X N N (R)-Ni-2 Y Boc H (1 mol %) Y N O + O toluene N N Z N Boc 50 °C Z (S)-5 Boc 3 Boc 4a (1.2 equiv) entry X Y H 1 Me H 2 allyl 3 (E)-cinnamyl H H 4 Bn MeO 5 Me F Me 6 F 7 allyl Cl 8 allyl 9 -CH2CO2Me H Bn H 10 Z cat. 3 (x mol %) 5 H H H H H H H H H Cl 3a 3b 3c 3d 3e 3f 3g 3h 3i 3l 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 5aa 5ba 5ca 5da 5ea 5fa 5ga 5ha 5ia 5la time (h) 18 18 18 18 18 18 18 18 18 18 % % yieldb ee 99 94 95 93 96 91 93 94 96 91 94 80 92 93 98 87 92 87 91 85 現象はニッケルエノラート中間体の位置が異なることに由 Figure 2. 来していると推測している。複核ニッケル錯体ではより立 tBu-O 体的にすいた外側の O2O2 配位場が Brønsted 塩基として機 N ONN Boc Ni N O O O O Ni 能しニッケルエノラートが発生していると考えられるのに 対し(Figure 2)、単核ニッケル錯体では内側の N2O2 配位場 でニッケルエノラートが発生していると考えられる。複核 N ニッケル錯体では内部のニッケルが Lewis 酸として効果的 O O H tBuO に機能し、内部側よりアミノ化剤が接近するため(R)-体を 選択的に与えるのではないかと考えている。 本反応の有用性を実証するために、アミノ化体の変換反応を実施した(Scheme 3)。グラムスケー ルの触媒的不斉アミノ化反応でエナンチオ選択性を損なう事なく(98% ee)で 5ia の合成に成功し た。5ia の 3 個の Boc 保護基は塩酸によって脱保護を行った。脱保護体 6ia から N-N 結合の切断 を種々の条件検討を行った結果、Rh/C が最も効率よく、 望みの化合物 7ia が 72%得られた(2 steps)。 7ia とイソシアネートとの反応により gastrin/CCKB 受容体拮抗薬である AG-041R の鍵中間体(8ia) の合成を実現した。また化合物 7ia からは 74%(2 steps)でスピロ-ß-ラクタム骨格の構築(9ia)が可能 であった。 Scheme 3. MeO2C O N Boc 3i O NH O N H 9ia Boc (R)-Ni -1a (1 mol %) 2 N N toluene (0.1 M) Boc 50 ºC, 18 h (1.2 eq.) 1) 2 M aq. NaOH, MeOH, rt, 2 h CO2Me Boc N NBoc 3 M HCl H O 1,4-dioxane/MeOH N rt, 2 h Boc 5ia 94%, 98% ee p-tolyl isocyanate 7ia 2) MsCl, NaHCO3, CH3CN, 80 °C, 18 h 74% (2 steps) 3 steps HN MeCN, rt, 2 h 92% H3C CH3 O MeO2C NH2 O N H 7ia N H HN N 8ia Ph ドールに対しては同じ条件は適用できな かった。これは 3-アルキル置換のオキシ O N 10 Boc インドールと比較して酸性度が高いため Boc (R)-Ni2-1 N (10 mol %) + N CHCl3 Boc MS 5Å 4 (1.2 equiv) 30 °C Scheme 5. 媒量を 10 mol %に増やし、 ことで 90% ee にて生成物を得 Boc N NHBoc 10 Ph 11 Rh/C, H2(1 atm) 4 M HCl Ph HN NH2 O N Boc CHCl3 中 30 °C にて反応させる OEt Boc Boc N N H O N Boc 94%, 90% ee 触媒非関与反応が増大していると予想さ Ph OEt Scheme 4. 一方で、 、3-アリール置換したオキシイン 最適化を行った。その結果、触 N H O O AG-041R れる。そこで改めて反応条件の CH3 O O 4) N H N H CO2Me CO2Me H N NH2 Rh/C, H (1atm) 2 O MeOH, N rt, 6 h, H 72% (2 steps) 6ia EtOAc rt, 14 h THF, rt, 2 h, 68% (2 steps) O N H 11 Ph NH2 O N H 12 Ph Pd/C, H2( 1atm) O N H ることに成功した(Scheme 4)。 本最適化条件は、一定の基質一般性を有している。また、アミノ化反応においては、生成物中の N-N 結合の選択的切断が有用物質合成への展開において重要となる。特に3-アリールオキシイン ドールでは、Pd/C (H2, 1 atm)を用いた場合には C-N 結合切断が定量的に進行してしまい、目的の 3-アミノオキシインドール体を得るためには、Rh/C 触媒を用いることが必須であった(Scheme 5)。 【結論】 私は複核ニッケルシッフ塩基錯体の反応系で耐水性を発見した。さらにオキシインドールのア ミノ化反応において本複核錯体と単核ニッケル錯体間にエナンチオ選択性逆転現象がおきること を見いだした。このことは、複核ニッケルシッフ塩基錯体において 2 つのニッケル中心同士の協 奏的機能が効果的に発現していることを示唆している。 参考文献 参考文献 1) (a) Shibasaki, M.; Matsunaga, S. 有機合成化学協会誌. 2010, 68, 1142. (b) Chen, Z.; Morimoto, H.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2170. 2) (a) Fukuchi, I.; Hamashima, Y.; Sodeoka, M. Adv. Synth. Catal. 2006, 349, 509. (b) Mouri, S.; Chen, Z.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Chem Commun. 2009, 5138. 3) Mouri, S.; Chen, Z.; Mitsunuma, H.; Furutachi, M.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 1255. 4) Sato, S.; Shibuya, M.; Kanoh, N.; Iwabuchi, Y. J. Org. Chem. 2009, 74, 7522.
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