このページを印刷する 【第 122 回】 2016 年 9 月 22 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 配偶者控除の見直しは損得論を乗り越えて進めよ キーワードは「働き方改革」と 「所得再分配機能の強化」 配 偶 者 控 除 の見 直 しが来 年 度 税 制 改 正 の大 きな課 題 となっている。これま でたびたび見 直 しの必 要 性 が指 摘 され、2 年 前 に具 体 案 の選 択 肢 が提 示 され ながら、今 日 まで放 置 されたこの制 度 を抜 本 的 に見 直 すことの意 義 は大 きい。 筆 者 も本 欄 の第 42 回 、68 回 、81 回 などで指 摘 してきた。 配 偶 者 控 除 は、配 偶 者 が 103 万 円 以 下 の給 与 所 得 である場 合 、世 帯 主 に 38 万 円 の所 得 控 除 を与 える制 度 である。例 えば妻 が 103 万 円 以 下 の給 与 収 入 で働 く場 合 、夫 は配 偶 者 控 除 (38 万 円 )の適 用 が受 けられ税 負 担 が軽 減 さ れる。その上 本 人 も、基 礎 控 除 (38 万 円 )と給 与 所 得 控 除 (最 低 保 障 65 万 円 )の適 用 を受 け課 税 されない(103-38-65=0 で課 税 所 得 はゼロ)。 103 万 円 を超 えても 141 万 円 までは、世 帯 所 得 の逆 転 現 象 を防 ぐ観 点 か ら、配 偶 者 特 別 控 除 が導 入 されている。しかし、多 くの企 業 が 103 万 円 を超 え ると「配 偶 者 手 当 」の支 給 を停 止 するため、厚 生 労 働 省 国 民 生 活 基 礎 調 査 で 既 婚 女 性 の所 得 分 布 (図 表 1)で見 るように、103 万 円 前 後 の所 得 で就 労 調 整 をしている。子 育 てなどの事 情 で長 時 間 労 働 ができないという方 も含 まれて いるが、ここまで偏 りがみられるのは、配 偶 者 控 除 という制 度 が要 因 である。 ◆図 表 1:既 婚 女 性 の所 得 分 布 内閣府男女共同参画局資料「平成 22 年度国民生活基礎調査」より 拡大画像表示 トヨタのように、この壁 をなくすべく、配 偶 者 手 当 を子 ども手 当 へと変 更 した企 業 もあるが、多 くの企 業 はそのままである。 いまだこの制 度 に固 執 する政 治 家 や法 学 者 がいるが、時 代 の変 遷 の中 でこ の制 度 の存 続 意 義 はなくなっており、廃 止 を前 提 に、「代 わりにいかなる制 度 を構 築 するか」という点 に議 論 をシフトさせる必 要 がある。 その際 のキーワードは、「働 き方 改 革 」と「所 得 再 分 配 機 能 の強 化 」である。 「働 き方 改 革 」の視 点 というのは、図 表 1 に見 るように、「103 万 円 の壁 」は現 実 に存 在 しているので、これを廃 止 し配 偶 者 の所 得 いかんにかかわらない制 度 することが、働 き方 の選 択 に対 して中 立 的 な税 制 の構 築 につながるというこ とである。 では代 わりにいかなる制 度 を構 築 するのか。これを考 える際 に念 頭 に置 くべ きことは、グローバル経 済 の中 で先 進 国 共 通 の課 題 ともいえる格 差 問 題 への 対 処 で、それは「所 得 再 分 配 機 能 の強 化 」ということである。 つまり、新 たな制 度 に替 える際 、「高 所 得 者 の負 担 を重 くし、中 低 所 得 者 の 負 担 を軽 減 する」という視 点 を入 れるということである。具 体 的 には、「高 所 得 者 により多 くの減 税 効 果 が及 ぶ所 得 控 除 制 度 」に代 えて、「どの所 得 の世 帯 も 同 額 の減 税 になる税 額 控 除 方 式 」にすることである。 抜本的な税・社会保障改革は 現政権下では非現実的 以 上 述 べてきた、「働 き方 改 革 」と「所 得 再 文 愛 機 能 の強 化 」という 2 つの視 点 から、政 府 税 制 調 査 会 が 14 年 11 月 に示 した 5 案 を考 えてみたい。 検 討 に当 たっては、増 減 税 中 立 (税 収 中 立 )という前 提 を置 いた。2020 年 の プライマリー黒 字 化 という財 政 目 標 を政 権 が維 持 する限 り、ほかで財 源 を調 達 しない限 りこの見 直 しでの大 減 税 はありえない、というのがその理 由 である。 ◆図 表 2:政 府 税 制 調 査 会 の具 体 案 A-1 案 は抜 本 的 な改 革 である。歳 入 (税 制 )と歳 出 (子 育 て支 援 )とを一 体 的 に考 える案 であり、これが最 も効 果 的 ・効 率 的 であることは間 違 いない。 しかし、配 偶 者 控 除 廃 止 で得 られる財 源 6000 億 円 を活 用 して、新 たに子 ど もを持 つ世 帯 に給 付 を行 うような抜 本 的 制 度 改 革 は、税 ・社 会 保 障 改 革 に積 極 的 でない安 倍 政 権 の下 では非 現 実 的 であろう。 筆 者 は 08 年 に、配 偶 者 控 除 を廃 止 して、子 どもの数 に応 じた給 付 付 き税 額 控 除 にする『給 付 つき税 額 控 除 ―日 本 型 児 童 税 額 控 除 の提 言 』(中 央 経 済 社 )を行 った。税 額 控 除 に変 更 する場 合 、税 金 をそれほど払 っていない、ある いはまったく払 っていない世 帯 には減 税 の恩 恵 は少 ないか全 く及 ばないことに なるのを避 けるため、それらの者 には給 付 をするというのが「給 付 付 き税 額 控 除 」であるが、政 府 部 内 に検 討 に向 けての動 きはない。 そこで、次 善 策 として、配 偶 者 が控 除 できなかった(使 い切 れなかった)基 礎 控 除 を納 税 者 本 人 に移 転 できる「移 転 的 基 礎 控 除 」(B-1、B-2 案 )が考 えら れる。 これにより「パート世 帯 」「片 働 き世 帯 」「共 稼 ぎ世 帯 」間 のアンバランスがなく なるという大 きなメリットがある一 方 、夫 と妻 の適 用 税 率 が異 なる場 合 には、就 労 に抑 制 的 な効 果 も生 じることや、配 偶 者 が 65 万 円 から 141 万 円 の場 合 に は税 負 担 が増 加 するという問 題 点 がある。この案 の詳 細 については第 68 回 を参 照 いただきたい。 B-2 案 は、世 界 に誇 るワークライフバランスを作 り上 げたオランダで導 入 され ているもので、所 得 控 除 を税 額 控 除 に替 えていくので、所 得 再 分 配 機 能 も大 いに高 まる効 果 がある。 しかし現 実 は、9 月 15 日 付 日 本 経 済 新 聞 のインタビューで、自 民 党 政 調 会 長 が 5 番 目 の夫 婦 控 除 の具 体 案 に触 れるなど、C 案 の「夫 婦 控 除 」に議 論 が 集 約 されていくようだ。 国民全員が納得するような マジックはない では「夫 婦 控 除 」の根 拠 は何 か。 「若 い世 代 の結 婚 や子 育 てに配 慮 する観 点 から、夫 婦 世 帯 に対 して新 たな控 除 を創 設 する」というのが政 府 税 調 の説 明 である。結 婚 をすれば配 偶 者 の所 得 いかんにかかわらず控 除 がもらえるので、税 制 が結 婚 に対 して中 立 的 では なくなるという批 判 もあるが、わが国 の置 かれた少 子 化 という現 実 の下 では、 税 制 がある程 度 結 婚 を支 援 することには、意 義 があるというべきであろう。 いまだ具 体 案 は出 ていないが、新 たに配 偶 者 控 除 と同 額 の「38 万 円 の所 得 控 除 」を設 けることになると考 えるのが常 識 的 だ。 問 題 は、この控 除 の所 得 制 限 である。配 偶 者 控 除 廃 止 に伴 う税 収 6000 億 円 の範 囲 内 で控 除 を考 える (税 収 中 立 という前 提 )とすれば、おそらく年 収 600 万 円 前 後 の世 帯 で打 ち止 め・消 失 することになるのではないか。 現 在 配 偶 者 控 除 には世 帯 年 収 の制 限 はないが、上 述 の案 では 700 万 円 以 上 の高 所 得 世 帯 は増 税 になる。これは「所 得 再 分 配 機 能 の強 化 」という第 2 の目 的 を達 成 することの結 果 である。 この効 果 をさらに高 めようとすれば、例 えば 38 万 円 の所 得 控 除 の 5%(所 得 195 万 円 以 下 に適 用 される所 得 税 の最 低 税 率 )である 1.9 万 円 の税 額 控 除 にするとか、それでは多 くの世 帯 に増 税 となるので、10%(所 得 330 万 円 以 下 に適 用 される所 得 税 率 )の 3.8 万 円 の税 額 控 除 にすることがより現 実 的 な案 だろう。その場 合 にも所 得 制 限 は必 要 となる。 このように、配 偶 者 控 除 を夫 婦 控 除 に見 直 すと、必 ず損 得 が生 じる。負 担 余 力 のある者 の負 担 を重 くし、負 担 の重 い者 の負 担 を軽 減 することにより、格 差 拡 大 を防 ぎ、経 済 社 会 を活 性 化 させることを目 指 す以 上 、これはいわばやむを 得 ない必 然 である。国 民 全 員 が納 得 するようなマジックはない。 縦 軸 にOECD諸 国 の合 計 特 殊 出 生 率 (TFR)を、横 軸 に女 性 の労 働 力 率 を とって、双 方 の関 係 を見 ると、1980 年 には、女 性 の労 働 力 率 が高 いほど出 生 率 は低 くなっており、双 方 は「負 の相 関 関 係 」にあることがわかる。女 性 が働 く 比 率 が高 いほど出 生 率 が低 いという事 実 である。 ◆図 表 3:女 性 労 働 力 率 と出 生 率 (OECD統 計 等 ) しかし、20 年 後 の 2000 年 には女 性 の労 働 力 率 と出 生 率 の関 係 は一 変 し、 「女 性 の労 働 力 率 が高 いほど出 生 率 も高 い」ということになった。OECD諸 国 が 20 年 間 で、双 方 の関 係 を逆 転 させたにもかかわらず、わが国 は、女 性 労 働 力 率 は上 昇 したが、出 生 率 は低 下 したのである。 今 後 は、国 ・会 社 ・家 庭 の 3 つがスクラムを組 んで、女 性 の労 働 力 率 を上 げ ながら出 生 率 の向 上 を目 指 すことが必 要 だ。そのための構 造 改 革 の手 始 めが 配 偶 者 控 除 の見 直 しだ。そしてこのような所 得 控 除 の改 革 は、今 後 も続 いて いくものと考 えられる。
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