あいえす? そんなもんより農業だ! 綾鷹大好きクラブ ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 日本のとある山奥に住んでいる少年⋮⋮いや青年。 住んでいる場所が場所だけに、周りの世界情勢や国内情勢の事を知 らず、毎日農作業に勤しんでいた。 一方で⋮⋮女性にしか動かせないパワードスーツ、IS︽インフィ ニット・ストラトス︾の台頭で日本を始め、世界が大騒ぎ。しまいに は男性操縦者が現れるなど、さらに混乱を極めた。 そんな中でも青年はひたすら農作業に明け暮れる。が、とうとう青 年の元にIS関連の使者がやってきた。そして⋮⋮ この作品は突発的に思いついた事を元に執筆しています。 所謂、自己満足作品です。そして駄文です。 矛盾などが生じるかもしれませんがご容赦の程を。 評価よりも感想をくれると喜びます↑ 目 次 01 │││││││││││││││││││││││││ プロローグ 02 │││││││││││││││││││││││││ 1 04 │││││││││││││││││││││││││ 03 │││││││││││││││││││││││││ 7 13 20 プロローグ 01 日本のとある山間部に小さな集落がある。山に囲まれ、自然豊かな この集落は、集落の5割を田畑が、4割を草原、牧場が。そして⋮⋮ 残り1割をこの集落の住人の家で占めている。 ﹁ふぅ⋮⋮これで畑作りと種蒔きは終了だな。あ、次郎と皐月を牧場 に出さなきゃ﹂ 日の出とともにこの集落の5割を占める田畑で畑作りと種蒔きを していた人間。まだ3月だというのにその額には大粒の汗が蓄えら れていて、頭からは湯気が立っていた。顔もそうだが、身体中泥だら けである事から、しっかり作業に取り組んでいたという事が伺える。 その人間は近くの水道で軽く手と顔を洗い、次郎と皐月なる者の元 へ駆け出していった。 ﹂﹂ ・ ・ 1 ﹁やあ、次郎と皐月﹂ ﹁﹁モォ∼﹂﹂ 家の隣にある建物に入り、 ﹁次郎﹂と﹁皐月﹂に挨拶をする人間。次 郎、皐月と呼ばれる者は人間を見るなり顔を上げ、檻が開くのを待っ ﹂ ていた。まるで開園前の遊園地の前で待っている子供のように。 ﹁今日ものんびりしてくれよ∼ ﹁﹁モォ∼ 牧場に向けて走り出した⋮⋮各々その4つの足で。 ・ そう言いながら人間は檻を開けると次郎と皐月なる者は一目散に ? 次郎と皐月は﹃牛﹄である。しかし牧場に向けて走り出したのを見 ﹁今日も元気だなー﹂ ! る限りだと、とても牛とは思えない早さをしていた。この2匹の駿足 の要因はまた別の機会に。 ⋮⋮パコーン ⋮⋮パコーン 次郎と皐月を牧場に放った後、人間は再び庭に出て斧を振り上げ る。 ⋮⋮パコーン ! プップー この人間の拘りとも言うべき理由で薪割りは行われるのである。 かが足りねぇ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮やっぱり、飯は火を使ってこそだろう。電気で飯が作れても、何 できているのでガスが無くとも風呂や調理には困らないのだが⋮⋮ かせないのである。もっとも、この人間が住む家は﹃オール電化﹄で える。しかし、ガスは開通していない為、燃料である炭を作るのは欠 最寄りの町まで歩いて半日かかる山奥だが、何故か電気と水道は使 ーーーー薪割りである。 人間がしている事⋮⋮ 独特の音を鳴らしながら軽快に斧を振り下ろす。 ! 鳴らしながら家に向かってきた。 ﹁⋮⋮今度は何の用だよ。外の人間め﹂ 2 ! この集落と外を繋げる唯一の道から白い軽トラがクラクションを ! 人間は軽トラを忌々しい目で睨みつけながら悪態つく。どうやら、 この人間は人があまり好きではないらしい。 軽トラが目の前で止まり、運転席からは男性が、助手席からは女性 が降りてきた。 ﹁役場の人間が何しに来た。税金は払わなくていいと話がついている 筈だが﹂ ﹁そんな怖い顔しないで下さいよ、森山 大河君。今日は君に検査を して貰いたくてここに来たんです﹂ 役場の人間であろう男性が言うように、この地に住んでいる人間は 森山 大河というらしい。 役場の男性職員が来た目的⋮⋮検査をする為と説明しているが、大 河は役場の職員の男性に背を向ける。 ﹂ も電話もねえ、そもそも電波も届かねえ場所だ。その中で外の事なん か知る事が出来るのか 物心ついてからこの集落にいる彼は﹃IS﹄という言葉は知らない 3 ﹁俺には関係ない。薪割りの邪魔だ、とっとと役場に帰れ。でないと ⋮⋮﹂ ﹂ 大河は斧を持ち上げ、再度男性職員の方に体を向ける。殺気のよう なものを全開にしながら。 ﹁お前らもこの薪のようになるぞ﹂ ﹁も、も、森山君にも⋮⋮か、関係するかもしれないんです ﹁⋮⋮どういう事だ﹂ が説明し始める。 ﹁﹃IS﹄ってご存知ですよね ﹂ 殺気が収まった事で男性女性両職員がホッと胸を撫で下ろすと男性 する。大河は女性職員が言った事が気になったのか、殺気を収めた。 今にも斧を振り下ろそうとしていた大河に女性職員が慌てて補足 ! ﹁なんだ、嫌味か。ここにはテレビもラジオも新聞もインターネット ? 男性職員の唐突な質問で不快感を露わにする大河。 ? し、そもそも、それがいったい何を指しているのかも知らない。精々、 年に1回くるかこないかぐらいの頻度でくる役場の人間から情報紙 が渡される程度だが、大河はそれすら興味はなく、いつも炭作りの燃 料として燃やしていたのだ。 最寄りの町まで歩いて半日かかる山奥の集落、テレビやインター ネットはなく電話もない。おまけに新聞も届かない謂わば﹃陸の孤 島﹄に情報など入る訳もない。彼の置かれている状況を知っている役 場の人間ならば誰でも分かる事であろうが、男性職員はそれを全く考 慮せずに問うた為に大河は不快感を露わにしたのだ。その様子を見 ていた男性職員はそれを瞬時に把握し、戸惑いながらも﹁す、すみま せん⋮⋮﹂と頭をペコペコ下げながら謝罪する。 ﹁⋮⋮で、その﹃あいえす﹄とやらがどうして俺に関係するんだ﹂ ﹂ ﹁﹃IS﹄というのは本来、女性にしか動かせないものなんですけど ⋮⋮最近、男性で動かせる方が現れました ﹁⋮⋮で、他の奴も動かせるかもしれないから検査を受けてくれって か﹂ ぶ っ き ら ぼ う に 推 測 を し た 大 河 の 呟 き に 両 職 員 は 首 を 縦 に 振 る。 しかし⋮⋮ ﹁やなこった、んなもんに構ってる暇はねえよ。こちとら田おこしや 米の苗を作る為に色々作業しなきゃなんねぇのに﹂ ﹁し、しかしですね⋮⋮﹂ ﹁検査を受けて貰わないと⋮⋮﹂ 大河はそれを一蹴するが、両職員も粘り強く交渉を続ける。世界各 地で一斉に検査をしている中で彼だけがこれを拒否しているのだ、両 職員にとってはこれほど困る事はない。 だったら動かせな は こ ﹂ んなもん、あんたら公務員の十八番だろうが。俺の爺 お ﹁なんだ、俺が受けないと困る事でもあんのか かったって報告しとけばいいだろうが﹂ ﹁それだと⋮⋮﹂ ﹁虚偽報告になりますので⋮⋮﹂ ? 4 ! さんの死因を無理やり変えたのをもう忘れたのか ! ﹁虚偽報告 ? ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁う、上からの指示ですので⋮⋮﹂ 女性職員の発言で大河の表情が一変した。先程まで面倒くさそう に接していたのが急に目をカッと見開いて鬼の形相で2人を見始め たのだ。 ﹁俺はな、お前ら公務員が⋮⋮いや、人間が嫌いなんだよ。自分達の都 一 番 い い 例 が 俺 の 爺 さ ん の 死 因 だ。 合のいいように変えてはなんねぇ場所まで、何食わぬ顔で変えてしま うその傲慢なところがなぁ んだ、俺の目の前でな ⋮⋮それをお前らは﹃病死﹄に変えやがっ 突然ミサイルが落ちてきて⋮⋮爺さんはそれに巻き込まれて死んだ ! 願いを聞けだと ﹂ そんな腐った野郎らのお ふざけるのも大概にしろ ! てもだ。問題は死因を捏造された事である。その捏造という行為が、 こに関してはなんとも思っていない、たとえミサイルによる爆死にし いずれは死ぬ。どのようにして死ぬのかは人によるので大河自身、そ までに大河は大河の祖父を大事に思っていたのだろう。人は誰しも 再び1人になった大河はそう呟きながら静かに涙を流す。それ程 だからな﹂ ﹁爺さん⋮⋮。俺はこの土地を守っていくよ⋮⋮それが爺さんの形見 は命の危険を感じたのか、慌てて軽トラに乗り込み集落を後にした。 も怒りが収まらないのか、肩を震わせていた。流石に役場の職員2人 大河は再び2人に背を向け、落ち着いた口調で話す。しかしそれで だけで殺意が湧く⋮⋮﹂ るかもしれない。そしてもう二度とここに来るな、お前らの顔を見る ﹁もういい⋮⋮帰れ。さっさと帰れ、でなければ俺はお前らを惨殺す たちが一斉に逃げ出す。 の所為か、庭に降りて虫などを啄んでいた小鳥や、近くにいた小動物 うに辺りに怒鳴り散らす。急な怒声や大河から発せられている殺気 大河は怒った、烈火の如く怒った。これまでの鬱憤を晴らすかのよ ! ⋮⋮変えた後でそれを報告しやがった た。それだけじゃねえ、その報告を変える前に相談するなら未だしも ! 自分が大事に思っていた祖父を踏み躙っているように思ったのだろ 5 ? う。それで大河は捏造をした公務員⋮⋮いや、そういう行為をする人 間が醜く見えて嫌いになったのである。 ﹁よし、気持ち切り替えて田おこしでもしようかな﹂ 頬を伝っていた涙を袖でゴシゴシと拭き取り、鍬を担いだ大河は足 取り軽く田畑エリアとも言うべき場所へ向かっていった。 つづく 6 02 あ ⋮⋮ふぅ、大分刈れたな﹂ れ から3日経った。 役場の職員にブチギレて ﹁よい⋮⋮しょっと 大河は田んぼにする場所でその場に生えている雑草を刈っていた。 3日前に田おこしをしようと鍬を持ってこの場に到着したが、枯れ草 や雑草が生い茂っていたのを目の当たりにし、顔を青くして草刈りを と呟きながら再び草刈りを始めようとする大河 始めたのだ。3日かけて約8、9割刈りきり、あともう一息で草刈り が終わる。 よし、続けよう の目の前を、この山に生息する鹿の親子が横切る。 ﹁お、もう10時か。じゃあ一旦戻るかぁ﹂ どうやらあの鹿の親子は同じ時間に同じ場所を通っているらしく、 大河にとっては、今は何時なのかを知る目安になっているようだ。 ーーーー午前10時 憩 時 間 それは農作業に勤しむ人にとっては﹃特別﹄な時間。 休 どんな時間なのか⋮⋮ ーーーー﹃お茶菓子の時間﹄である。 7 ! ! 地域によっては時間帯が異なる場合があるが、基本的にはこの時間 帯が﹃お茶菓子の時間﹄となっている所が多い。 ﹂ そして大河も例外ではなく、その﹃お茶菓子の時間﹄を満喫するよ うだ。 ﹁どっこいしょっと⋮⋮うん、美味い 自宅の縁側に腰掛け、予めお茶っ葉を入れた急須に電気ポットに 入っている熱々のお湯を注ぎながら昨晩作っておいた煎餅を頬張る。 因みにお茶っ葉はこの土地で作ったもので、彼の祖父が始めたのを受 け継いだんだとか。 縁側で寛ぎながら煎餅と煎茶で﹃お茶菓子の時間﹄を満喫する大河。 役場の人間は大河の警告を呑んだのか、一度たりとも大河の元を訪れ ていない。そのおかげもあって、彼の表情は非常に穏やかで心の底か らリラックスしているように見える。が、その至福のひと時も⋮⋮ 田舎のベンツ プップー ﹁っち。警告したのにまた来やがったか⋮⋮おいおい、今回は3台も 来やがったぞ﹂ 心底嫌な顔をしながら悪態付く大河。折角の﹃お茶菓子の時間﹄を 潰され、また外の人間と顔を合わせなければならない⋮⋮人間が嫌い な大河が不機嫌になるのも無理はない。 軽トラが庭の前に止まり⋮⋮先頭を走っていた軽トラからは3日 今度は人を集めて数で屈服させようってか。相変わら 前に来た職員が、2台目と3台目からは女性が降りてくる。 ﹁なんだぁ ず汚い奴だよ、人間ってのはな﹂ ﹁す、すみません⋮⋮﹂ ﹁検査を受けてくれないものですから⋮⋮﹂ 8 ! 軽トラのクラクションが聞こえた事で終わってしまったようだ。 ! ? ﹁何度来ようが俺の意思は曲がらねぇぞ。さっさと帰れ、こちとら草 刈りを再開させるんだからよ﹂ 不快感マックスで3日前に来た2人に言葉を浴びせる大河。それ に対して申し訳なさそうに頭をさげる両職員を傍目に別の女性が割 り込むように大河に話しかける。 ﹂ ﹁君が森山 大河君だな ﹂ !? 事例が多く点在する。一般社会でも男性は男性という理由で解雇さ 拒もう者なら難癖⋮⋮痴漢されたと無実の罪をつけられお縄になる 街に出れば男は知らない女性から買い物の財布役にされる、それを ーーーー奴隷同然の扱いを受ける。 ISが女性にしか動かせない以上、男性はどうなるか。 パワーバランスが崩れたのである。 なって判明したのが﹃女性にしか動かせない﹄事で、それで男女間の 図式が成り立ってしまい、様々な国でISが広まった。しかし、後に 士事件と呼ばれる一連の流れである。そのおかげでIS﹀既存兵器の 発射、それを白いパワードスーツを纏った人間が無力化したのが白騎 だ。世界各地に点在する軍事基地が一斉に日本に向けてミサイルを ISが有名になったのは﹃白騎士事件﹄と呼ばれる事件がきっかけ が女性にしか動かせない事である。 言う風潮が広まっている。その風潮の原因となっているのが﹃IS﹄ 大河がよく口にする外の世界では、ISが登場した事で女尊男卑と 千冬と共に大河の元へ訪れた別の女性が声を上げた。 るも⋮⋮大河はそれを一蹴する。それが気に食わなかったのか、織斑 割り込むように大河に話しかけた女性、織斑 千冬が自己紹介をす ﹁これだから男は⋮⋮﹂ ﹁千冬様になんて口を聞いているの ﹁あ、そう。 じゃあ帰れ、生憎あんたらに構ってる暇はないんだ﹂ ﹁私はIS学園で教師をしている織斑 千冬と言う者だ﹂ ﹂ ﹁だったらどうするんだ ? れたり、不当な扱いをされるなどの例が後を絶たない。だが、それに 9 ? 反論は出来ない。何故なら、反論しようものなら社会的に抹殺される からである。それ故、男性は女性の顔色を伺うしか出来なくなったの だ。 この織斑 千冬ではない女性達はどうやらその風潮に乗っかって いるようである。 ﹁あんたらが何を言おうが構わないが、俺はそれに付き合わねぇよ。 そんな訳でさっさと帰れ﹂ 女性の言葉など気にかける様子もなく、そう言って大河は再び田ん ぼへ向かうが、何故か千冬を始め、役場の職員2人、それと女性3人 が後をついてくる。さながら魔王を倒すRPGの主人公の後をつい ていく仲間のように。 ﹂ ど暇じゃないんだよ ﹂ その検査をするだけの為にわざわざ町まで 行くのが時間の無駄だって言っているんだ、まだ分からないのか 千冬は頭を下げて大河にお願いするが、大河は益々不機嫌になっ ! ! 10 先程まで草刈りをしていた場所に戻った大河は、後ろをついてくる 千冬達なんぞまるで最初からいなかったかのように草刈りを始める。 ﹂ その様子を千冬達はじっと見つめていたが⋮⋮ ﹁⋮⋮何故検査を受けないんだ 検査を受けてくれ ﹁⋮⋮一瞬触るだけでいいんだ。それだけで検査は終わる⋮⋮頼む、 時間を費やすほど暇じゃないんでな﹂ ﹁⋮⋮したところで俺に得がある訳でもないだろうが。それに余計な れば日が暮れるまでずうっと突っ立ったままだ。 かったと自己暗示をかけながら草刈りをしているので、問いかけなけ い か け た の は あ る 意 味 正 解 で あ る。大 河 は 最 初 か ら 千 冬 達 は い な しびれを切らしたのか、そう問いかけてきた。このタイミングで問 ? ﹁あんたもしつこいな。さっきも言ったがそれに付き合ってられるほ ! た。理由は3日前と同じ、汚らわしい存在の人間の願いなど聞きたく もないのにそれでも検査を受けるようにお願いされているからであ る。相手が公務員であろうとそうでないであろうと大河には関係な い、人間そのものを嫌っている大河にはこれ程不愉快で不毛なやり取 り は な い。そ れ で も 交 渉 を 続 け る 千 冬 達 に 大 河 は つ い 怒 鳴 っ て し まった。 ⋮⋮⋮⋮ は ぁ、な ら さ っ さ と 持 っ て 来 い。 ﹁機材なら持ってきている⋮⋮あの軽トラに積んでいる﹂ ﹁持 っ て 来 て る だ ぁ チャチャっと終わらせっからよ﹂ 大河が怒鳴った事で、その場は静寂に包まれていた。が、千冬の返 答によりそれは破られる。どうやらISを持って来ていたらしく、軽 トラに積んであるとの事。成る程⋮⋮だから軽トラ3台でここまで 来たという事か、と大河は不快感を崩さずに悪態つく。仕方ないので ﹂ 取ってくるよう言いつけて再度草刈りを始めた。 ﹁森山君、持って来たぞ うちがね 使えるってのが強みなのにな﹂ て、作った奴は一体どんな頭をしているのやら。機械ってのは誰でも ﹁これが﹃あいえす﹄って奴か⋮⋮こんなのが女にしか動かせないなん さぁ、触れてみてくれ﹂ ﹁これは打鉄と呼ばれるISだ。森山君はこれに触れるだけでいい。 た。 だのか疑問が湧くが、それよりもその物体が一体何なのかが気になっ 座している。見るからにとても重そうなものを一体どうやって運ん ずそう溢した。目の前には白っぽい金属の塊ともいうべきものが鎮 を一旦止め、声のする方向に体を向けたが⋮⋮一瞬目を見開き、思わ 千冬が声を上擦らせながら大河に話しかける。大河は草刈りの手 ﹁あっそう⋮⋮なんだそれは﹂ ! そう嫌味を言いながらISに触れる大河。すると一瞬強く光り出 11 ? してその場にいた人間は目を瞑る。 再びその場にいた人間が目を開けた時、その場の空気が凍りつい た。 触った途端に﹃あいえす﹄って奴が消えたぞ。ったく、 それは一体何故なのか。 ﹁なんだぁ 時間の無駄だったな﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂﹂ ーーーー目の前で2人目の男性操縦者が現れたからである つづく 12 ? 03 ﹁まぁいいや、草刈りでも続けよう﹂ ISに触れ⋮⋮女性にしか展開できないものを、あろう事か展開で きてしまった大河。当の本人はISを装着している事すら気付かず、 目の前でISが消えてしまったので再び草刈りをしようと鎌を持と 俺の手はこんなにデカくてゴツゴツしていたっけか⋮⋮し うとする。が⋮⋮ ﹁おろ まずい、これで次 !? ﹁念じればいい。﹃収納しろ ﹄ってな﹂ ﹁⋮⋮で、どうやって外すんだ﹂ 彼はかなりのショックを受けるだろう。 匹は友であり家族とも呼べる存在なのだ。その2匹が彼を嫌ったら、 2匹のマッサージ、ブラッシングをしている。大河にとってはこの2 は毎日顔を合わせ、朝は小屋から牧場に放牧し、昼には乳搾り、夜は 以外とは交流と呼べる交流はしていない。だが家畜の次郎と皐月と 大河はホッと息を吐く。彼の祖父が亡くなってから彼は一部の人 た。﹃たーみねーた﹄だったら絶対次郎と皐月に嫌われてしまうわ﹂ ﹁⋮⋮これが﹃あいえす﹄か。⋮⋮﹃たーみねーた﹄じゃなくて良かっ ISを動かした事になる﹂ ﹁安心していい、君は人間だ。君が今纏っているのはIS、つまり君は 前にいる千冬が声をかける。 訂正、ベクトルは違うがかなり焦っているようだ。そんな彼に目の 郎と皐月に嫌われたらどうしよう⋮⋮﹂ つまり、俺は人間じゃないって事なんだな ﹁もしかして⋮⋮爺さんが昔言ってた﹃たーみねーた﹄ってこれの事か が、彼は落ち着いていた。 鎌を持つ手に違和感を感じ始める。普通なら慌てるところなのだ かも手の色が変だ、よく見たら腕も⋮⋮足もだ。⋮⋮なんだこれ﹂ ? る前と同じように目の前に鎮座していた。 たものが触れた時と同じように光り出して⋮⋮気づいた時には触れ 千冬に言われた通りに念じてみる。すると自身の身体を纏ってい ! 13 !! ﹁さてと⋮⋮﹂ 大河は再び田んぼ予定地に戻り草刈りを始める、少しスピードを上 げながら。 千冬達とのやり取りのおかげで、本来ならもうちょっと多く刈れて いた所が刈れていないのだ。今後行うであろう﹃田おこし﹄や﹃代か き﹄などにかかる時間を考慮すると、とてもじゃないがのんびりと草 刈りをしてられない。それ故スピードを上げているのだろう。 ﹁⋮⋮検査は受けたんだ、とっとと帰れ﹂ 草刈りをしながら大河は、後ろに突っ立っている千冬達にそう吐き 捨てる。千冬は共に来ていた女性3人と役場の職員に車で待ってい るよう、耳打ちをした。 大河がこういうのには理由がある。彼は元々、検査を受けるように とお願いをされただけ。それに応えて用は済んだのだから千冬達が ここに残る意味はない、ただでさえ人が嫌いなのに、いつまでもそこ にいるというのは彼としてはストレスがたまる一方である。 だが、物事はそう上手くはいかない。千冬から発せられた言葉に大 河は草刈りを止めてしまう。 ﹁ISを動かした君はIS学園に来て貰う﹂ IS学園⋮⋮ざっくり説明すれば、日本にあるISについて学ぶ国 際的な学校。ISの関係上、在籍しているのは全て女性である。寮に 住み込み、ISについて深く学ぶのが特徴と言っても過言ではない。 千冬の説明でIS学園が一体どんな所なのか大体把握した大河は ⋮⋮ ﹁やなこった。今更学校に行く気なんぞ微塵もない、俺はやる事が山 ほどあるからな﹂ 無表情でそれを拒絶した。彼の言葉にもあるが、彼はやる事が山の ようにある。現時点で田んぼ作りをしているので来月⋮⋮つまり4 月は米の苗作りがあるし、田おこしや代かきもある。そして5月には 田植えや茶摘み、6月、7月、8月は夏野菜の収穫や大雨、干ばつ、台 風対策などがあるし、9月、10月には米の収穫だ。それ以外にも次 郎と皐月の世話もあれば、冬に向けて保存食を作る作業もある。忘れ 14 てはならないのは害虫対策だ。さらに11月にはサツマイモやジャ ガイモの収穫、12月はカボチャや大根などの冬野菜の収穫⋮⋮挙げ ればキリがない。これ程やる事がてんこ盛りの大河に、IS学園に ﹂ 行ってISを学べと言うのは無理がある。 ﹁やる事とは一体なんだ ﹁⋮⋮見ればわかるだろ、田んぼ作りだ。それにあそこの畑で種まき やそっちの畑で収穫作業もある。それに牧場の清掃や畑の害虫駆除、 ﹂ 害獣駆除⋮⋮やる事なんざ大量にあるんだよ﹂ ﹁⋮⋮それならば誰かに頼めばいいだろう いようにしている。 ﹂ 部屋﹄と化している、故に彼女の弟以外の人間には部屋に上がらせな れないが、彼女は家事、清掃が出来ない。なので彼女の部屋は所謂﹃汚 彼女自身そうは思っていない。大抵の事はそつなくこなせるかもし れている。身体能力が高く周りからは天才だと持て囃されているが、 の祭典、 ﹃モンド・グロッソ﹄の優勝者で世間では世界最強などと呼ば ブリュンヒルデ 千冬もこの大河の言葉に一定の理解をしている。彼女はIS競技 ない。それが大河の思いだ。 れを見ず知らずの人間なんかに弄られたくないし、踏み入れて欲しく 分の部屋なのだ。彼の祖父と愛情こめて作り上げた思い出の土地、そ 筈。大河にとっては先程の例えに当てはめると、この土地がまさに自 ろう、変に弄られたくないものもあれば見られたくないものもある 除が大変だからと言って他人に任せられるか。大概の人は嫌がるだ 怒鳴りながら草刈りをする大河。想像して欲しい、自分の部屋の掃 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 知らねえ奴に弄られるなんて我慢出来るか ﹁そんな事する訳ないだろうが。爺さんの形見であるこの土地を⋮⋮ の方法だ。だがその言葉は大河にとっては禁句である。 く。確かにそれ程やる事が多いのなら、誰かに任せるというのも1つ 大河の事情を知らない人ならばそう言うであろう言葉を千冬は呟 ? ! ﹂ ﹁それに⋮⋮俺は一部の人を除いて人間が嫌いだ。信用もしない﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮それは何故だ 15 ? ? ﹁あんたに話す義務はないし、あんたが知る必要もない。さぁ、とっと と帰れ。俺は忙しいんだ﹂ 草刈りを終えたのか、近く置いてあったリヤカーに刈った雑草を乗 せながら話す大河。その様子を見て、これ以上は何も話さないと悟っ たのか千冬は﹁検査を受けてくれてありがとう。後日、また来る﹂と 言い残して軽トラのある所へ戻っていった。 ﹁もう来るんじゃねえ。こちとら顔も見たくねえんだよ⋮⋮﹂ 軽トラに戻って行く千冬の後ろ姿を見て大河はそう呟く。当然の さ、田おこしをしなきゃな﹂ 事ながら、そんな事は千冬の耳には届かない。 ﹁⋮⋮よし まるでどこかの大食いチャレンジメニューのように、リヤカーに山 盛りになった雑草を見てほんの僅かに笑顔になった大河。軽く見上 げられるほど積み上げられた量だ、さぞかし達成感に浸っていたのだ ろう。だがすぐに真剣な面持ちに変えて、草刈り用の鎌から土を掘り 起こす鍬に変えて軽快に土を掘り起こしていくのだった。 大河が住んでいる山奥の集落から最寄りの町役場に戻った千冬は 他の女性3人を先に帰した後、案内された会議室で職員に何故彼はそ れほどまでに人を嫌っているのかを尋ねた。 友 人 彼女には、一部の人間以外が路肩の石ころようにしか見えないと言 い張っているISの開発者がいる。しかし、それを考慮したうえで考 察してもイマイチ腑に落ちない部分があったみたいだ。森山 大河 16 ! ⋮⋮何故そこまで人間が嫌いなのか。あの歳⋮⋮役場の資料を見る 限りだと来月で16歳になる青年が、傍目から見れば異常だと思える ほど人間に敵意を示している。一般的な16歳の青年は、基本的には 気の合う仲間達と青春を謳歌している、あれほど嫌っているのは何か あったのではと彼女は思っているようだ。 千冬の問いかけに役場の女性職員は顔を顰めながら下を向き、男性 職員はかなり苦々しい表情で千冬の顔を見る。 あぁ、これは何か知ってる⋮⋮そう確信した後に再度同じ問いを投 げた千冬に観念したのか、男性職員が事情を話し出した。 ﹁森山君は⋮⋮昔はとても明るくて、誰に対しても親切で困っている ﹂ 人がいたら、たとえ自分に不利益な事でも助ける。そんな子でした ⋮⋮彼の祖父が亡くなるまでは﹂ ﹁祖父⋮⋮失礼だが、その祖父は寿命で亡くなったのか ﹁いいえ。⋮⋮突然落ちてきたミサイルの爆発によって彼の目の前で ﹂ 亡くなりました﹂ ﹁ きた答えに戦慄した。 ミサイル⋮⋮彼女にとってはミサイルと言えば﹃白騎士事件﹄しか 思い浮かばない。結論から言えば、白騎士事件で白いパワードスーツ ⋮⋮つまりISに搭乗してミサイルを落としたのは彼女である。彼 女自身、全てのミサイルを確実に撃墜し国民を守り、そして国を守っ たと思っていたが⋮⋮実はそうではなかった。 森山 大河の祖父がそのミサイルの犠牲になった⋮⋮だから彼は ミサイルを発射させた人間とそれを防ぎきれなかった人間、つまり自 分を恨み、嫌っているのかと彼女はそう結論付けたのだが⋮⋮ ﹁しかし、彼は﹃祖父がミサイルの犠牲になったから﹄という理由で人 を嫌っている訳ではないんです﹂ 続けて答えを返す男性職員の言葉に、千冬は頭にクエスチョンマー クを浮かべながら⋮⋮どういう事なのか、と問い返す。 ﹃家族が犠牲になった﹄⋮⋮これだけでもその元凶を恨み、憎しみ、嫌 17 ? 失礼を承知で彼の祖父の死因を聞いた千冬は、男性職員から返って !!! うのはある種当然とも言えるかもしれないが、彼はそれが理由ではな いらしい。では一体、何が彼をそうさせてしまったのか⋮⋮そう思っ た千冬は男性職員の答えを待った。 ﹁実は⋮⋮日本政府から彼の祖父の死因を病死に変更しろと圧力がか かったんです。恐らく、白騎士事件のおかげで犠牲者がいなかった ⋮⋮と発表すればISが最高のものになると思ったのでしょう。実 際、あの後に政府が記者会見で言ってましたよね﹂ 友 人 男性職員の言葉に千冬は首を縦に振る。確か、ミサイルを全て落と した後にISの開発者である 篠ノ之 束に言われ、彼女のラボから その記者会見の様子を見ていた。散々ISについて賞賛し、しまいに は束に対して﹁金ならいくらでも払う、そのISをある分だけ売って くれ﹂というラブコールをかけるなど⋮⋮とても醜い内容だった。 ﹁それでですね、大きな声では言えないのですが⋮⋮役場の上層部は ﹂ その圧力に屈服して彼の祖父の死因を変えてしまったんですよ。森 そんなバカな は分かりませんけどね。それからですよ、彼が人を嫌うようになった のは﹂ 男性職員はこれが自分が知っている事だと付け加えて部屋を退室 した。男性職員が退室したのを見計らって今度は女性職員が話し出 す。 ﹁⋮⋮森山君はおじいちゃん大好きっ子でした。だから死因を変えた という行為が彼の祖父の何かを踏み躙ったと、当時幼いながらも感じ たんですよ。⋮⋮流石に政府の圧力によって変えたという事は知ら ないかと思いますが、変更したのは役場なので⋮⋮役場の人間は特に 嫌っています﹂ そう言って女性職員も会議室を後にし、部屋には千冬のみが残っ た。 千 冬 は 迷 っ て い た。彼 か ら 祖 父 を 故 意 で な い と は い え 結 果 的 に 奪ってしまったという罪悪感、そして守った筈の国の醜態に対する失 18 山君には内緒で﹂ ﹁なっ ! ﹁ですが⋮⋮森山君はそれを知ってしまいました。どこで知ったのか ! 望が彼女の心の中をグルグルと駆け巡っていて、これからどうすれば いいのか判断がつかなかったからだ。 ﹁やはり⋮⋮再度話をするしかないか﹂ IS学園入学の事も、今回の件の事も直接話をつけるしかない。彼 は人を嫌っているからまともに進まないかもしれないが、勝手に事を 進めるようなら⋮⋮益々人を嫌うだろう、精神的にも良くないかもし れない。 ﹁なんとか了承してくれると助かるんだがな⋮⋮﹂ そう呟き、彼女は会議室を出て役場を後にした。 つづく 19 04 大河が自分が﹃たーみねーた﹄になってしまったと勘違いしかけた くわ すき 日から3日が経ち、彼は2反分の田おこしをしていた。 田おこしとは、鍬や鋤を用いて田んぼを掘る作業の事を指す。現代 社会では専らトラクターを使って作業するのが主流だ。だが、彼の住 む集落にはトラクターなんてものはない。 2反ほどの広さがある田んぼを鍬や鋤を使って人力で田おこしな んてしていたら、とてもじゃないが田植えのシーズンには間に合わな い。なので⋮⋮ まぐわ ﹁毎年すまねえな、次郎﹂ ﹁モォ∼﹂ 家畜の次郎に馬鍬を引いてもらっている。これが所謂、 ﹃牛耕﹄と呼 ばれるものである。 この時に大河は馬鍬に乗っかり、手綱を引きながら次郎の進路を制 御をしなければならない。 田おこしというのは、ただ土を掘り起こせば良いというものではな い。適切な深さまで掘り起こして初めて意味を成す。馬鍬に大河が 乗る事で、馬鍬の土を掘り起こす爪の部分が丁度いい深さまで土に沈 む。それを次郎が引っ張っていくことで程よく耕す事が出来るのだ。 それに加えて田んぼ全体をムラなく耕さないといけない。次郎の 進路が少しでもズレるとムラが生まれる。ムラがあると、稲の成長に 影響を及ぼす可能性がある。故に大河がしっかりそれを見極め、手綱 で次郎を制御しなければならない。 ﹁⋮⋮おっと。次郎、少し右にズレてくれー﹂ ﹁ブルルッ﹂ 大河が次郎に右に少しズレるようにと右手で手綱を軽く引っ張る。 次郎は大河の指示を理解したのか、僅かばかり右にズレた。 実はこの田おこし⋮⋮牛と手綱を握る人間が互いに信頼し合えな いと上手く事が進まない。 一昔前⋮⋮トラクターが主流になる前までは、どの地域でも大河が 20 行っている﹃牛耕﹄、若しくは﹃馬耕﹄ ︵これらを纏めて﹃牛馬耕﹄と 呼ぶのが一般的である︶が主流だった。それまではどの地域も人力で 行っていた為に効率も悪く、ムラができやすいもので、米の収穫率も たかが知れる程度だった。だが牛や馬を用いた時から収穫率は劇的 に上がる。それ故に農民は牛や馬を大切にし、母屋で飼育するなど現 在で言えば愛玩犬のように可愛がっていたのだ。 一部地域では﹃馬一頭半身上﹄という言葉が存在する。これは馬一 頭はその家の全財産の半分に相当するという意味である。馬は駿足 なので運搬や﹃馬力﹄という言葉があるように力もあるので、田おこ しや代掻きなどで牛よりも重宝される。おまけに馬から排出される 糞尿は堆肥として利用される。一頭いるだけでこれほど利益が出る 大助かりな存在、大切にするのも納得である。 そうやって大事に育てれば、牛であっても馬であっても思いに応え てくれる。だからこそ、日頃から愛情込めて次郎や皐月にブラッシン 田舎のベンツ 21 グやマッサージをしている大河の思いに次郎は答えたのかもしれな い。 プップー またしても軽トラのクラクションがなる。大河は音を聞いた瞬間、 不快指数が一気に上昇したのかあからさまに顔を顰める。だがその 音の発生源である軽トラを見て、すぐさま顰めっ面をやめた。 ﹂ 視界の先には⋮⋮ボディ部分に﹃八百屋 越智﹄と印字された白い 軽トラがあった。 ﹁おぉ∼い、坊主∼∼ 運転席から身を乗り出し、大声で叫びながら大河に手を振る男性。 ! 軽トラから察するに、この男性はどこかで八百屋を営んでいるよう だ。 軽トラが田んぼの前で止まり、男性が運転席から降りてきた。細身 だがしっかりと鍛えられた体で、長履きに農服で身を包んだ典型的な ﹂ ﹃田舎のおじさん﹄そのものである。 ﹁どうも、俊英さん。今日は何用で ﹁おう。その前に常吉さんを拝ませてくれや。さ、助手席に乗ってく れ﹂ ﹁ほいほい、ちょっと待って下さい﹂ 男性に対して何用なのか訊ねる大河。﹃俊英﹄と呼ばれたこの男性 ⋮⋮大河が嫌っていない数少ない人である。 大河は次郎と馬鍬を繋ぐ綱を解く。これから用足しで少しの間田 んぼから離れるのに、次郎だけここで待ちぼうけさせるわけにはいか ないからだ。 自由に動けないという事は、人間も含めて動物にとっては非常にス トレスが溜まる。相方とも言うべき次郎にそんな仕打ちをした日に は⋮⋮今まで積み上げてきた信頼関係が忽ち崩壊してしまうだろう。 ましてやこれから大事な時期を迎えるのに、そんな愚策を執る訳には いかない。 それを理解している大河は、そうならないように離れる際は自由時 間にさせる。家畜にストレスを溜めさせない、これも農家の人間の義 務とも言うべきものである。 ﹃常吉さん﹄を拝みたい、それを所望する俊英を大河は了承し、彼の軽 トラに乗り込み自宅に戻った。 チーン にこや 俊英は大河の自宅にある仏壇の前で手を合わせる。目の仏壇には 和かに笑う白髪の老人の写真⋮⋮遺影が飾ってあった。 ﹁常吉さん⋮⋮常吉さんのお陰で店の売り上げが僅かばかりですが上 22 ? がりました。本当にありがとうございます﹂ その遺影に対して語りかけるように感謝の言葉かける俊英。写真 に写っている老人の正体は、大河の祖父である﹃森山 常吉﹄である。 どうやら俊英は昔、彼に助けられていたようだ。こうして彼の死後も 拝みに来るあたり、相当の恩を受けていたと見受けられる。 ﹁俊英さん、こっちに来て茶菓子でも呼ばれて下さいな﹂ ﹁おう、すまなねぇな﹂ 大河の誘いを受けて俊英は縁側に腰を掛ける。 ﹁⋮⋮これだ。この味が常吉さんが出した味だよ大河。お前もこの味 を出せるようになったんだな﹂ ﹁何言ってんですか。散々この味になるよう、俺に注文を出し続けた 癖に﹂ ﹁ははっ、違いねぇ﹂ 出された茶菓子⋮⋮自家製の煎餅と煎茶を口にしながら軽口を叩 ﹂ に染まった女性⋮⋮とりわけ主婦層から米の値段についていちゃも んをつけ続けられていて、農協︵JAとも言う︶は苦渋の決断で米の 値段を下げた。それに味をしめたのか、どんどんいちゃもんが続き ⋮⋮農家の生計が苦しくなるばかり。 そして⋮⋮とうとう米作りをやめる農家が出てきてしまい、周りの 23 く俊英。どうやら彼は、これまで頻繁に大河の元を訪れているらし い。 ﹁それで今日は何用なんですか を向けて話を切り出す。 ﹁すまねえが、米を僅かばかり分けてくれねえか ﹁あれ、俊英さんは契約農家がいるんじゃ⋮⋮﹂ ﹁実はな⋮⋮﹂ ! ISが世に出始めてから﹃女尊男卑﹄の風潮が広まった。その風潮 俊英は俯きながら事情を話す。 ﹂ そう言って俊英は天井を見上げていたが、おもむろに大河の方に顔 ⋮⋮﹂ ﹁おう、それだ。用件は2つあるんだけどよぉ∼、どっちから話すか ? 農家も後に続くように米作りをやめてしまった。俊英が契約を結ん でいた農家もその風潮の餌食になり、﹃今後は自分達が食う分しか作 らないから、契約は終わり﹄と言われてしまった。なんとか自分達も 米が食えるようにとあちこちと周って交渉をしたのだが、どこも首を 縦には振らず途方に暮れていたそうだ。 ﹁なるほど⋮⋮﹃あいえす﹄って奴が齎した弊害って訳ですか。大変そ うですね、町は﹂ ﹁大変ってもんじゃねえよ。どこもかしこも自分達の分しか作らなく なったんだ、米を作ってないところは今頃悲鳴をあげてるよ﹂ 確かに俊英の話す事を基に考えたら、米を初めから作ってない農家 や所帯は米の確保で必死になっているだろう。それにしてもそんな バカな風潮に染まった奴らは本当に愚かだ、そんな事をすれば最終的 に困るのは自分達なのに、と俊英の話を聞いていた大河は心の中で溢 す。 ﹁︵米か⋮⋮確か、16石程あったはずだな︶そういや俊英さんとこは 何人家族でしたっけ﹂ ﹁俺んとこは嫁と倅が2人、娘が2人、それとばあ様だな﹂ ﹁7人か⋮⋮ならいいですよ。蔵に大量にしまってありますし﹂ ﹁森山家に二度も助けられるなんてな⋮⋮本当にすまねえ、恩にきる よ﹂ ﹁水臭い事言わないで頭を上げてください。俺も俊英さんには色々助 けられてるんですから﹂ 米の確保が出来たと思ったのか、俊英は感謝の念を込めて頭を深々 と下げる。大河は大河で頭を上げるようにと俊英に寄り添うその光 景は、さながら時代劇のお涙頂戴シーンそのもののようにも見える。 勿論、時代劇のようにその光景を優しく見守る人物など、この場には いないが。 大 河 の 快 諾 に よ っ て 米 を 確 保 で き た 俊 英 は、大 河 の 厚 意 で カ ボ 24 チャ、ジャガイモ、サツマイモ、蕪、大根、人参、牛蒡、長ネギ、玉 ねぎ、白菜各種を合計120kg貰った。 不定期だが俊英は度々大河から野菜を貰っている。今回も米の件 とは別に野菜を譲ってくれるようお願いをしに来たのだが、それを言 う前に貰えたので彼としては非常に助かっている。 雛は3 ﹁いやー、本当にすまねえ。今度お返しすっからよ、今後も頼むわ﹂ ﹁ならば⋮⋮合鴨の雛と鯉の幼魚を調達して貰えませんか 0匹、幼魚は1000匹ぐらいでお願いします。合鴨農法と鯉農法を 試したいんですよねぇ﹂ ここぞとばかりに俊英に頼んでみる大河。 合鴨農法と鯉農法⋮⋮これは米の無農薬農法で用いられる方式だ。 どちらも田植えの後、稲がある程度大きくなったら水田に放流する。 彼らは稲を食べずに害虫や雑草を食べてくれる。しかも餌を求めて 水田中を動き回るので、水中の泥が掻き回され稲の根に酸素が届きや すくなり稲の成長を促進させるといった効果もあるのでまさに一石 二鳥なのだ。いや、役目を終えれば食糧にもなるので一石三鳥なのか もしれない。 その代わり、放流後は彼らの天敵であるカラスやトンビ、それにサ ギ、ヘビなどに襲われないようにしっかり管理しなければならない。 合鴨には別途餌の準備もしなければならない上に休む小屋も用意し なければならない。鯉は水温が上がる夏場は著しく動きが鈍って水 温が低い場所に固まるので、常に水温をチェックしなければならな い。それと彼らを調達するコストが高いなどといったデメリットも ある。大方の農家はそれに対応する余裕が無い為に敬遠し、農薬を用 いるのだ。 ﹁おう、それなら俺から桜井んとこと井波んとこに伝えとくよ。あい つらも常吉さんにはかなり世話になった人間だ、その孫の願いなら喜 んで引き受けてくれるだろうよ﹂ ﹁ありがとうございます、後でお代払っときますので﹂ ﹁バ カ 言 っ て ん じ ゃ ね え。常 吉 さ ん に は 返 し き れ な い 程 の 恩 が あ る し、お前には米と野菜をこんなに貰えた。これでさらに金を貰ったら 25 ? 俺は常吉さんに顔向けできねえよ ﹂ 俊英は桜井と井波と呼ばれる人間に掛け合ってみるとそれを受け る。その礼として大河は代金を払おうとしたが俊英はそれを拒否し た。彼は金が欲しくて受けたのではない、一種の恩返しとして引き受 2人も俺と同 けたのだ。なので当然ながら見返りなど求めてないし、貰うつもりも ない。 ﹁言っとくが、桜井んとこも井波んとこも同じだぞ ﹁ん ⋮⋮チッ。﹂ プップー び田おこしを始めようと牧場へ足を向けたが⋮⋮ 事を理解している大河は、急いで牧場にいるであろう次郎を連れて再 人と一頭︶でしている米作り⋮⋮僅かな遅れが後々大きな遅れとなる 急な来客のお陰で田おこしが僅かに遅れた。実質1人︵正確には1 ﹁合鴨と鯉の調達も出来たし⋮⋮遅れた分を取り返さないとな﹂ 言い残して軽トラに乗り込み集落から出て行った。 父⋮⋮常吉から多大なる恩を受けていたそうである。俊英はそれを 俊英の言う桜井と井波なる人物、彼らもまた俊英とともに大河の祖 んだ、俺らに比べりゃ大したことねえよ﹂ ﹁なぁに言ってんだよ。俺らが受けた恩は山よりも高く海よりも深い かったんですよ﹂ ﹁⋮⋮すみませんねぇ、いつも世話になってるんで俺もお返しをした しくてやってる訳じゃねえんだ、気持ちを受け取ってくれよ﹂ 亡くなった以上、俺らは常吉さんの孫であるお前に恩を返す。金が欲 じように常吉さんに返しきれない程の恩を受けたんだ。常吉さんが ? 直後に入れ替わるように白い軽トラがこちらに向かっていたからだ。 軽トラのフロントガラスに映る人物を見て大河は悪態つく。フロ ントガラスに映っていた人物、それは⋮⋮ 26 ! 世の中、そう上手くは事は進まない。何故なら、俊英が出て行った ? 織斑 千冬 ﹁今度は何の用だよ⋮⋮役場と先公め﹂ 役場の職員と先 公だった。 つづく 27
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