あいえす? そんなもんより農業だ! ID:91805

あいえす? そんなもん
より農業だ!
綾鷹大好きクラブ
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、
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︻あらすじ︼
日本のとある山奥に住んでいる少年⋮⋮いや青年。
住んでいる場所が場所だけに、周りの世界情勢や国内情勢の事を知らず、毎日農作業
に勤しんでいた。
一方で⋮⋮女性にしか動かせないパワードスーツ、IS︽インフィニット・ストラト
ス︾の台頭で日本を始め、世界が大騒ぎ。しまいには男性操縦者が現れるなど、さらに
混乱を極めた。
そんな中でも青年はひたすら農作業に明け暮れる。が、とうとう青年の元にIS関連
の使者がやってきた。そして⋮⋮
この作品は突発的に思いついた事を元に執筆しています。
所謂、自己満足作品です。そして駄文です。
矛盾などが生じるかもしれませんがご容赦の程を。
評価よりも感想をくれると喜びます↑
目 次 プロローグ
01 ││││││││││││
02 ││││││││││││
03 ││││││││││││
04 ││││││││││││
1
10
19
30
プロローグ
01
日本のとある山間部に小さな集落がある。山に囲まれ、自然豊かなこの集落は、集落
の5割を田畑が、4割を草原、牧場が。そして⋮⋮残り1割をこの集落の住人の家で占
めている。
た。
その人間は近くの水道で軽く手と顔を洗い、次郎と皐月なる者の元へ駆け出していっ
う事が伺える。
た。顔もそうだが、身体中泥だらけである事から、しっかり作業に取り組んでいたとい
だ3月だというのにその額には大粒の汗が蓄えられていて、頭からは湯気が立ってい
日の出とともにこの集落の5割を占める田畑で畑作りと種蒔きをしていた人間。ま
﹁ふぅ⋮⋮これで畑作りと種蒔きは終了だな。あ、次郎と皐月を牧場に出さなきゃ﹂
01
1
﹁やあ、次郎と皐月﹂
﹁﹁モォ∼﹂﹂
家の隣にある建物に入り、
﹁次郎﹂と﹁皐月﹂に挨拶をする人間。次郎、皐月と呼ばれ
﹂
る者は人間を見るなり顔を上げ、檻が開くのを待っていた。まるで開園前の遊園地の前
で待っている子供のように。
﹁今日ものんびりしてくれよ∼
﹁﹁モォ∼
﹂﹂
・
・
出した⋮⋮各々その4つの足で。
・
そう言いながら人間は檻を開けると次郎と皐月なる者は一目散に牧場に向けて走り
?
⋮⋮パコーン
!
⋮⋮パコーン
!
次郎と皐月を牧場に放った後、人間は再び庭に出て斧を振り上げる。
も牛とは思えない早さをしていた。この2匹の駿足の要因はまた別の機会に。
次郎と皐月は﹃牛﹄である。しかし牧場に向けて走り出したのを見る限りだと、とて
﹁今日も元気だなー﹂
!
⋮⋮パコーン
!
2
独特の音を鳴らしながら軽快に斧を振り下ろす。
人間がしている事⋮⋮
ーーーー薪割りである。
最寄りの町まで歩いて半日かかる山奥だが、何故か電気と水道は使える。しかし、ガ
スは開通していない為、燃料である炭を作るのは欠かせないのである。もっとも、この
人間が住む家は﹃オール電化﹄でできているのでガスが無くとも風呂や調理には困らな
いのだが⋮⋮
この人間の拘りとも言うべき理由で薪割りは行われるのである。
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ や っ ぱ り、飯 は 火 を 使 っ て こ そ だ ろ う。電 気 で 飯 が 作 れ て も、何 か が 足 り ね ぇ
01
3
プップー
向かってきた。
この集落と外を繋げる唯一の道から白い軽トラがクラクションを鳴らしながら家に
!
役場の人間であろう男性が言うように、この地に住んでいる人間は森山 大河という
こに来たんです﹂
﹁そんな怖い顔しないで下さいよ、森山 大河君。今日は君に検査をして貰いたくてこ
﹁役場の人間が何しに来た。税金は払わなくていいと話がついている筈だが﹂
軽トラが目の前で止まり、運転席からは男性が、助手席からは女性が降りてきた。
まり好きではないらしい。
人間は軽トラを忌々しい目で睨みつけながら悪態つく。どうやら、この人間は人があ
﹁⋮⋮今度は何の用だよ。外の人間め﹂
4
らしい。
役場の男性職員が来た目的⋮⋮検査をする為と説明しているが、大河は役場の職員の
男性に背を向ける。
﹁俺には関係ない。薪割りの邪魔だ、とっとと役場に帰れ。でないと⋮⋮﹂
﹂
大河は斧を持ち上げ、再度男性職員の方に体を向ける。殺気のようなものを全開にし
ながら。
﹁お前らもこの薪のようになるぞ﹂
﹁も、も、森山君にも⋮⋮か、関係するかもしれないんです
﹁⋮⋮どういう事だ﹂
今にも斧を振り下ろそうとしていた大河に女性職員が慌てて補足する。大河は女性
!
職員が言った事が気になったのか、殺気を収めた。殺気が収まった事で男性女性両職員
﹂
がホッと胸を撫で下ろすと男性が説明し始める。
﹁﹃IS﹄ってご存知ですよね
?
﹂
?
物心ついてからこの集落にいる彼は﹃IS﹄という言葉は知らないし、そもそも、そ
男性職員の唐突な質問で不快感を露わにする大河。
そも電波も届かねえ場所だ。その中で外の事なんか知る事が出来るのか
﹁なんだ、嫌味か。ここにはテレビもラジオも新聞もインターネットも電話もねえ、そも
01
5
れがいったい何を指しているのかも知らない。精々、年に1回くるかこないかぐらいの
頻度でくる役場の人間から情報紙が渡される程度だが、大河はそれすら興味はなく、い
つも炭作りの燃料として燃やしていたのだ。
最寄りの町まで歩いて半日かかる山奥の集落、テレビやインターネットはなく電話も
ない。おまけに新聞も届かない謂わば﹃陸の孤島﹄に情報など入る訳もない。彼の置か
れている状況を知っている役場の人間ならば誰でも分かる事であろうが、男性職員はそ
れを全く考慮せずに問うた為に大河は不快感を露わにしたのだ。その様子を見ていた
男性職員はそれを瞬時に把握し、戸惑いながらも﹁す、すみません⋮⋮﹂と頭をペコペ
コ下げながら謝罪する。
﹂
!
﹁し、しかしですね⋮⋮﹂
色々作業しなきゃなんねぇのに﹂
﹁やなこった、んなもんに構ってる暇はねえよ。こちとら田おこしや米の苗を作る為に
ぶっきらぼうに推測をした大河の呟きに両職員は首を縦に振る。しかし⋮⋮
﹁⋮⋮で、他の奴も動かせるかもしれないから検査を受けてくれってか﹂
かせる方が現れました
﹁﹃IS﹄というのは本来、女性にしか動かせないものなんですけど⋮⋮最近、男性で動
﹁⋮⋮で、その﹃あいえす﹄とやらがどうして俺に関係するんだ﹂
6
﹁検査を受けて貰わないと⋮⋮﹂
大河はそれを一蹴するが、両職員も粘り強く交渉を続ける。世界各地で一斉に検査を
している中で彼だけがこれを拒否しているのだ、両職員にとってはこれほど困る事はな
い。
とけばいいだろうが﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
やり変えたのをもう忘れたのか
﹂
は
こ
んなもん、あんたら公務員の十八番だろうが。俺の爺さんの死因を無理
お
﹁なんだ、俺が受けないと困る事でもあんのか だったら動かせなかったって報告し
﹁それだと⋮⋮﹂
﹁虚偽報告になりますので⋮⋮﹂
?
急に目をカッと見開いて鬼の形相で2人を見始めたのだ。
女性職員の発言で大河の表情が一変した。先程まで面倒くさそうに接していたのが
﹁う、上からの指示ですので⋮⋮﹂
!
﹁虚偽報告
?
一番
!
いい例が俺の爺さんの死因だ。突然ミサイルが落ちてきて⋮⋮爺さんはそれに巻き込
えてはなんねぇ場所まで、何食わぬ顔で変えてしまうその傲慢なところがなぁ
﹁俺はな、お前ら公務員が⋮⋮いや、人間が嫌いなんだよ。自分達の都合のいいように変
01
7
まれて死んだんだ、俺の目の前でな
⋮⋮それをお前らは﹃病死﹄に変えやがった。そ
!
そんな腐った野郎らのお願いを聞けだと ふざけるのも大概にし
れだけじゃねえ、その報告を変える前に相談するなら未だしも⋮⋮変えた後でそれを報
﹂
告しやがった
ろ
!
?
いた小鳥や、近くにいた小動物たちが一斉に逃げ出す。
散らす。急な怒声や大河から発せられている殺気の所為か、庭に降りて虫などを啄んで
大河は怒った、烈火の如く怒った。これまでの鬱憤を晴らすかのように辺りに怒鳴り
!
による爆死にしてもだ。問題は死因を捏造された事である。その捏造という行為が、自
のかは人によるので大河自身、そこに関してはなんとも思っていない、たとえミサイル
の祖父を大事に思っていたのだろう。人は誰しもいずれは死ぬ。どのようにして死ぬ
再び1人になった大河はそう呟きながら静かに涙を流す。それ程までに大河は大河
﹁爺さん⋮⋮。俺はこの土地を守っていくよ⋮⋮それが爺さんの形見だからな﹂
トラに乗り込み集落を後にした。
いのか、肩を震わせていた。流石に役場の職員2人は命の危険を感じたのか、慌てて軽
大河は再び2人に背を向け、落ち着いた口調で話す。しかしそれでも怒りが収まらな
そしてもう二度とここに来るな、お前らの顔を見るだけで殺意が湧く⋮⋮﹂
﹁もういい⋮⋮帰れ。さっさと帰れ、でなければ俺はお前らを惨殺するかもしれない。
8
分が大事に思っていた祖父を踏み躙っているように思ったのだろう。それで大河は捏
造をした公務員⋮⋮いや、そういう行為をする人間が醜く見えて嫌いになったのであ
る。
つづく
アとも言うべき場所へ向かっていった。
頬を伝っていた涙を袖でゴシゴシと拭き取り、鍬を担いだ大河は足取り軽く田畑エリ
﹁よし、気持ち切り替えて田おこしでもしようかな﹂
01
9
02
あ
れ から3日経った。
役場の職員にブチギレて
⋮⋮ふぅ、大分刈れたな﹂
と呟きながら再び草刈りを始めようとする大河の目の前を、この
ーーーー午前10時
今は何時なのかを知る目安になっているようだ。
どうやらあの鹿の親子は同じ時間に同じ場所を通っているらしく、大河にとっては、
﹁お、もう10時か。じゃあ一旦戻るかぁ﹂
山に生息する鹿の親子が横切る。
よし、続けよう
もう一息で草刈りが終わる。
当たりにし、顔を青くして草刈りを始めたのだ。3日かけて約8、9割刈りきり、あと
しをしようと鍬を持ってこの場に到着したが、枯れ草や雑草が生い茂っていたのを目の
大河は田んぼにする場所でその場に生えている雑草を刈っていた。3日前に田おこ
﹁よい⋮⋮しょっと
!
!
10
02
11
憩
時
間
それは農作業に勤しむ人にとっては﹃特別﹄な時間。
休
どんな時間なのか⋮⋮
ーーーー﹃お茶菓子の時間﹄である。
地域によっては時間帯が異なる場合があるが、基本的にはこの時間帯が﹃お茶菓子の
時間﹄となっている所が多い。
そして大河も例外ではなく、その﹃お茶菓子の時間﹄を満喫するようだ。
﹁どっこいしょっと⋮⋮うん、美味い
田舎のベンツ
プップー
のひと時も⋮⋮
﹂
彼の表情は非常に穏やかで心の底からリラックスしているように見える。が、その至福
河の警告を呑んだのか、一度たりとも大河の元を訪れていない。そのおかげもあって、
縁側で寛ぎながら煎餅と煎茶で﹃お茶菓子の時間﹄を満喫する大河。役場の人間は大
もので、彼の祖父が始めたのを受け継いだんだとか。
湯を注ぎながら昨晩作っておいた煎餅を頬張る。因みにお茶っ葉はこの土地で作った
自宅の縁側に腰掛け、予めお茶っ葉を入れた急須に電気ポットに入っている熱々のお
!
軽トラのクラクションが聞こえた事で終わってしまったようだ。
!
ない。
人間と顔を合わせなければならない⋮⋮人間が嫌いな大河が不機嫌になるのも無理は
心底嫌な顔をしながら悪態付く大河。折角の﹃お茶菓子の時間﹄を潰され、また外の
﹁っち。警告したのにまた来やがったか⋮⋮おいおい、今回は3台も来やがったぞ﹂
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軽トラが庭の前に止まり⋮⋮先頭を走っていた軽トラからは3日前に来た職員が、2
台目と3台目からは女性が降りてくる。
今度は人を集めて数で屈服させようってか。相変わらず汚い奴だよ、人
﹂
﹁君が森山 大河君だな
﹁千冬様になんて口を聞いているの
﹂
﹁あ、そう。 じゃあ帰れ、生憎あんたらに構ってる暇はないんだ﹂
﹁私はIS学園で教師をしている織斑 千冬と言う者だ﹂
﹂
﹁だったらどうするんだ
?
さそうに頭をさげる両職員を傍目に別の女性が割り込むように大河に話しかける。
不快感マックスで3日前に来た2人に言葉を浴びせる大河。それに対して申し訳な
んだからよ﹂
﹁何度来ようが俺の意思は曲がらねぇぞ。さっさと帰れ、こちとら草刈りを再開させる
﹁検査を受けてくれないものですから⋮⋮﹂
﹁す、すみません⋮⋮﹂
間ってのはな﹂
﹁なんだぁ
?
?
!?
02
13
⋮⋮痴漢されたと無実の罪をつけられお縄になる事例が多く点在する。一般社会でも
街に出れば男は知らない女性から買い物の財布役にされる、それを拒もう者なら難癖
ーーーー奴隷同然の扱いを受ける。
ISが女性にしか動かせない以上、男性はどうなるか。
崩れたのである。
なって判明したのが﹃女性にしか動かせない﹄事で、それで男女間のパワーバランスが
IS﹀既存兵器の図式が成り立ってしまい、様々な国でISが広まった。しかし、後に
纏った人間が無力化したのが白騎士事件と呼ばれる一連の流れである。そのおかげで
在する軍事基地が一斉に日本に向けてミサイルを発射、それを白いパワードスーツを
ISが有名になったのは﹃白騎士事件﹄と呼ばれる事件がきっかけだ。世界各地に点
ている。その風潮の原因となっているのが﹃IS﹄が女性にしか動かせない事である。
大河がよく口にする外の世界では、ISが登場した事で女尊男卑と言う風潮が広まっ
女性が声を上げた。
れを一蹴する。それが気に食わなかったのか、織斑 千冬と共に大河の元へ訪れた別の
割り込むように大河に話しかけた女性、織斑 千冬が自己紹介をするも⋮⋮大河はそ
﹁これだから男は⋮⋮﹂
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男性は男性という理由で解雇されたり、不当な扱いをされるなどの例が後を絶たない。
だが、それに反論は出来ない。何故なら、反論しようものなら社会的に抹殺されるから
である。それ故、男性は女性の顔色を伺うしか出来なくなったのだ。
この織斑 千冬ではない女性達はどうやらその風潮に乗っかっているようである。
﹁あんたらが何を言おうが構わないが、俺はそれに付き合わねぇよ。そんな訳でさっさ
と帰れ﹂
女性の言葉など気にかける様子もなく、そう言って大河は再び田んぼへ向かうが、何
故か千冬を始め、役場の職員2人、それと女性3人が後をついてくる。さながら魔王を
倒すRPGの主人公の後をついていく仲間のように。
先程まで草刈りをしていた場所に戻った大河は、後ろをついてくる千冬達なんぞまる
﹂
で最初からいなかったかのように草刈りを始める。その様子を千冬達はじっと見つめ
ていたが⋮⋮
?
しびれを切らしたのか、そう問いかけてきた。このタイミングで問いかけたのはある
﹁⋮⋮何故検査を受けないんだ
02
15
意味正解である。大河は最初から千冬達はいなかったと自己暗示をかけながら草刈り
をしているので、問いかけなければ日が暮れるまでずうっと突っ立ったままだ。
﹂
﹁⋮⋮一瞬触るだけでいいんだ。それだけで検査は終わる⋮⋮頼む、検査を受けてくれ
暇じゃないんでな﹂
﹁⋮⋮したところで俺に得がある訳でもないだろうが。それに余計な時間を費やすほど
16
﹂
その検査をするだけの為にわざわざ町まで行くのが時間の無駄だって言ってい
るんだ、まだ分からないのか
よ
﹁あんたもしつこいな。さっきも言ったがそれに付き合ってられるほど暇じゃないんだ
!
﹁持って来てるだぁ
⋮⋮⋮⋮はぁ、ならさっさと持って来い。チャチャっと終わら
﹁機材なら持ってきている⋮⋮あの軽トラに積んでいる﹂
い。それでも交渉を続ける千冬達に大河はつい怒鳴ってしまった。
には関係ない、人間そのものを嫌っている大河にはこれ程不愉快で不毛なやり取りはな
にお願いされているからである。相手が公務員であろうとそうでないであろうと大河
同じ、汚らわしい存在の人間の願いなど聞きたくもないのにそれでも検査を受けるよう
千冬は頭を下げて大河にお願いするが、大河は益々不機嫌になった。理由は3日前と
!
!
?
せっからよ﹂
大河が怒鳴った事で、その場は静寂に包まれていた。が、千冬の返答によりそれは破
られる。どうやらISを持って来ていたらしく、軽トラに積んであるとの事。成る程
⋮⋮だから軽トラ3台でここまで来たという事か、と大河は不快感を崩さずに悪態つ
﹂
く。仕方ないので取ってくるよう言いつけて再度草刈りを始めた。
﹁森山君、持って来たぞ
くれ﹂
﹁これは打鉄と呼ばれるISだ。森山君はこれに触れるだけでいい。さぁ、触れてみて
うちがね
やって運んだのか疑問が湧くが、それよりもその物体が一体何なのかが気になった。
属の塊ともいうべきものが鎮座している。見るからにとても重そうなものを一体どう
る方向に体を向けたが⋮⋮一瞬目を見開き、思わずそう溢した。目の前には白っぽい金
千冬が声を上擦らせながら大河に話しかける。大河は草刈りの手を一旦止め、声のす
﹁あっそう⋮⋮なんだそれは﹂
!
﹁これが﹃あいえす﹄って奴か⋮⋮こんなのが女にしか動かせないなんて、作った奴は一
02
17
体どんな頭をしているのやら。機械ってのは誰でも使えるってのが強みなのにな﹂
そう嫌味を言いながらISに触れる大河。すると一瞬強く光り出してその場にいた
人間は目を瞑る。
再びその場にいた人間が目を開けた時、その場の空気が凍りついた。
触った途端に﹃あいえす﹄って奴が消えたぞ。ったく、時間の無駄だった
それは一体何故なのか。
﹁なんだぁ
な﹂
つづく
ーーーー目の前で2人目の男性操縦者が現れたからである
﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂﹂
?
18
03
﹁まぁいいや、草刈りでも続けよう﹂
ISに触れ⋮⋮女性にしか展開できないものを、あろう事か展開できてしまった大
河。当の本人はISを装着している事すら気付かず、目の前でISが消えてしまったの
俺 の 手 は こ ん な に デ カ く て ゴ ツ ゴ ツ し て い た っ け か ⋮⋮ し か も 手 の 色 が 変
で再び草刈りをしようと鎌を持とうとする。が⋮⋮
いた。
!!
まずい、これで次郎と皐月に嫌われたらどうしよう
﹁もしかして⋮⋮爺さんが昔言ってた﹃たーみねーた﹄ってこれの事か
人間じゃないって事なんだな
!?
をかける。
訂正、ベクトルは違うがかなり焦っているようだ。そんな彼に目の前にいる千冬が声
⋮⋮﹂
つまり、俺は
鎌を持つ手に違和感を感じ始める。普通なら慌てるところなのだが、彼は落ち着いて
だ、よく見たら腕も⋮⋮足もだ。⋮⋮なんだこれ﹂
﹁お ろ
?
﹁安心していい、君は人間だ。君が今纏っているのはIS、つまり君はISを動かした事
03
19
になる﹂
﹄ってな﹂
!
ないのだ。今後行うであろう﹃田おこし﹄や﹃代かき﹄などにかかる時間を考慮すると、
千冬達とのやり取りのおかげで、本来ならもうちょっと多く刈れていた所が刈れてい
大河は再び田んぼ予定地に戻り草刈りを始める、少しスピードを上げながら。
﹁さてと⋮⋮﹂
いた。
と同じように光り出して⋮⋮気づいた時には触れる前と同じように目の前に鎮座して
千冬に言われた通りに念じてみる。すると自身の身体を纏っていたものが触れた時
﹁念じればいい。﹃収納しろ
﹁⋮⋮で、どうやって外すんだ﹂
なりのショックを受けるだろう。
てはこの2匹は友であり家族とも呼べる存在なのだ。その2匹が彼を嫌ったら、彼はか
に放牧し、昼には乳搾り、夜は2匹のマッサージ、ブラッシングをしている。大河にとっ
べる交流はしていない。だが家畜の次郎と皐月とは毎日顔を合わせ、朝は小屋から牧場
大河はホッと息を吐く。彼の祖父が亡くなってから彼は一部の人以外とは交流と呼
た﹄だったら絶対次郎と皐月に嫌われてしまうわ﹂
﹁⋮⋮これが﹃あいえす﹄か。⋮⋮﹃たーみねーた﹄じゃなくて良かった。﹃たーみねー
20
とてもじゃないがのんびりと草刈りをしてられない。それ故スピードを上げているの
だろう。
草刈りをしながら大河は、後ろに突っ立っている千冬達にそう吐き捨てる。千冬は共
﹁⋮⋮検査は受けたんだ、とっとと帰れ﹂
に来ていた女性3人と役場の職員に車で待っているよう、耳打ちをした。
大河がこういうのには理由がある。彼は元々、検査を受けるようにとお願いをされた
だけ。それに応えて用は済んだのだから千冬達がここに残る意味はない、ただでさえ人
が嫌いなのに、いつまでもそこにいるというのは彼としてはストレスがたまる一方であ
る。
だが、物事はそう上手くはいかない。千冬から発せられた言葉に大河は草刈りを止め
てしまう。
﹁ISを動かした君はIS学園に来て貰う﹂
IS学園⋮⋮ざっくり説明すれば、日本にあるISについて学ぶ国際的な学校。IS
の関係上、在籍しているのは全て女性である。寮に住み込み、ISについて深く学ぶの
が特徴と言っても過言ではない。
千冬の説明でIS学園が一体どんな所なのか大体把握した大河は⋮⋮
﹁やなこった。今更学校に行く気なんぞ微塵もない、俺はやる事が山ほどあるからな﹂
03
21
無表情でそれを拒絶した。彼の言葉にもあるが、彼はやる事が山のようにある。現時
点で田んぼ作りをしているので来月⋮⋮つまり4月は米の苗作りがあるし、田おこしや
代かきもある。そして5月には田植えや茶摘み、6月、7月、8月は夏野菜の収穫や大
雨、干ばつ、台風対策などがあるし、9月、10月には米の収穫だ。それ以外にも次郎
と皐月の世話もあれば、冬に向けて保存食を作る作業もある。忘れてはならないのは害
虫対策だ。さらに11月にはサツマイモやジャガイモの収穫、12月はカボチャや大根
などの冬野菜の収穫⋮⋮挙げればキリがない。これ程やる事がてんこ盛りの大河に、I
﹂
S学園に行ってISを学べと言うのは無理がある。
﹁やる事とは一体なんだ
﹁⋮⋮それならば誰かに頼めばいいだろう
﹂
﹁そんな事する訳ないだろうが。爺さんの形見であるこの土地を⋮⋮知らねえ奴に弄ら
とっては禁句である。
やる事が多いのなら、誰かに任せるというのも1つの方法だ。だがその言葉は大河に
大河の事情を知らない人ならばそう言うであろう言葉を千冬は呟く。確かにそれ程
?
るんだよ﹂
穫作業もある。それに牧場の清掃や畑の害虫駆除、害獣駆除⋮⋮やる事なんざ大量にあ
﹁⋮⋮見ればわかるだろ、田んぼ作りだ。それにあそこの畑で種まきやそっちの畑で収
?
22
れるなんて我慢出来るか
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮それは何故だ
﹂
﹂
﹁それに⋮⋮俺は一部の人を除いて人間が嫌いだ。信用もしない﹂
と化している、故に彼女の弟以外の人間には部屋に上がらせないようにしている。
せるかもしれないが、彼女は家事、清掃が出来ない。なので彼女の部屋は所謂﹃汚部屋﹄
天才だと持て囃されているが、彼女自身そうは思っていない。大抵の事はそつなくこな
ロッソ﹄の優勝者で世間では世界最強などと呼ばれている。身体能力が高く周りからは
ブリュンヒルデ
千冬もこの大河の言葉に一定の理解をしている。彼女はIS競技の祭典、
﹃モンド・グ
だ。
ず知らずの人間なんかに弄られたくないし、踏み入れて欲しくない。それが大河の思い
がまさに自分の部屋なのだ。彼の祖父と愛情こめて作り上げた思い出の土地、それを見
ば見られたくないものもある筈。大河にとっては先程の例えに当てはめると、この土地
言って他人に任せられるか。大概の人は嫌がるだろう、変に弄られたくないものもあれ
怒鳴りながら草刈りをする大河。想像して欲しい、自分の部屋の掃除が大変だからと
!
?
いんだ﹂
﹁あんたに話す義務はないし、あんたが知る必要もない。さぁ、とっとと帰れ。俺は忙し
03
23
草刈りを終えたのか、近く置いてあったリヤカーに刈った雑草を乗せながら話す大
河。その様子を見て、これ以上は何も話さないと悟ったのか千冬は﹁検査を受けてくれ
てありがとう。後日、また来る﹂と言い残して軽トラのある所へ戻っていった。
さ、田おこしをしなきゃな﹂
!
から土を掘り起こす鍬に変えて軽快に土を掘り起こしていくのだった。
ぞかし達成感に浸っていたのだろう。だがすぐに真剣な面持ちに変えて、草刈り用の鎌
を見てほんの僅かに笑顔になった大河。軽く見上げられるほど積み上げられた量だ、さ
まるでどこかの大食いチャレンジメニューのように、リヤカーに山盛りになった雑草
﹁⋮⋮よし
は千冬の耳には届かない。
軽トラに戻って行く千冬の後ろ姿を見て大河はそう呟く。当然の事ながら、そんな事
﹁もう来るんじゃねえ。こちとら顔も見たくねえんだよ⋮⋮﹂
24
03
25
大河が住んでいる山奥の集落から最寄りの町役場に戻った千冬は他の女性3人を先
に帰した後、案内された会議室で職員に何故彼はそれほどまでに人を嫌っているのかを
尋ねた。
友
人
彼 女 に は、一 部 の 人 間 以 外 が 路 肩 の 石 こ ろ よ う に し か 見 え な い と 言 い 張 っ て い る
ISの開発者がいる。しかし、それを考慮したうえで考察してもイマイチ腑に落ちない
部 分 が あ っ た み た い だ。森 山 大 河 ⋮⋮ 何 故 そ こ ま で 人 間 が 嫌 い な の か。あ の 歳 ⋮⋮
役場の資料を見る限りだと来月で16歳になる青年が、傍目から見れば異常だと思える
ほど人間に敵意を示している。一般的な16歳の青年は、基本的には気の合う仲間達と
青春を謳歌している、あれほど嫌っているのは何かあったのではと彼女は思っているよ
うだ。
千冬の問いかけに役場の女性職員は顔を顰めながら下を向き、男性職員はかなり苦々
しい表情で千冬の顔を見る。
あぁ、これは何か知ってる⋮⋮そう確信した後に再度同じ問いを投げた千冬に観念し
たのか、男性職員が事情を話し出した。
﹂
?
﹂
!!!
はないんです﹂
﹁しかし、彼は﹃祖父がミサイルの犠牲になったから﹄という理由で人を嫌っている訳で
そう結論付けたのだが⋮⋮
せた人間とそれを防ぎきれなかった人間、つまり自分を恨み、嫌っているのかと彼女は
森山 大河の祖父がそのミサイルの犠牲になった⋮⋮だから彼はミサイルを発射さ
して国を守ったと思っていたが⋮⋮実はそうではなかった。
を落としたのは彼女である。彼女自身、全てのミサイルを確実に撃墜し国民を守り、そ
結論から言えば、白騎士事件で白いパワードスーツ⋮⋮つまりISに搭乗してミサイル
ミサイル⋮⋮彼女にとってはミサイルと言えば﹃白騎士事件﹄しか思い浮かばない。
た。
失礼を承知で彼の祖父の死因を聞いた千冬は、男性職員から返ってきた答えに戦慄し
﹁
﹁いいえ。⋮⋮突然落ちてきたミサイルの爆発によって彼の目の前で亡くなりました﹂
﹁祖父⋮⋮失礼だが、その祖父は寿命で亡くなったのか
自分に不利益な事でも助ける。そんな子でした⋮⋮彼の祖父が亡くなるまでは﹂
﹁森山君は⋮⋮昔はとても明るくて、誰に対しても親切で困っている人がいたら、たとえ
26
続けて答えを返す男性職員の言葉に、千冬は頭にクエスチョンマークを浮かべながら
⋮⋮どういう事なのか、と問い返す。
とも言えるかもしれないが、彼はそれが理由ではないらしい。では一体、何が彼をそう
﹃家族が犠牲になった﹄⋮⋮これだけでもその元凶を恨み、憎しみ、嫌うのはある種当然
させてしまったのか⋮⋮そう思った千冬は男性職員の答えを待った。
﹁実は⋮⋮日本政府から彼の祖父の死因を病死に変更しろと圧力がかかったんです。恐
らく、白騎士事件のおかげで犠牲者がいなかった⋮⋮と発表すればISが最高のものに
なると思ったのでしょう。実際、あの後に政府が記者会見で言ってましたよね﹂
友
人
男 性 職 員 の 言 葉 に 千 冬 は 首 を 縦 に 振 る。確 か、ミ サ イ ル を 全 て 落 と し た 後 に
ISの開発者である 篠ノ之 束に言われ、彼女のラボからその記者会見の様子を見て
いた。散々ISについて賞賛し、しまいには束に対して﹁金ならいくらでも払う、その
ISをある分だけ売ってくれ﹂というラブコールをかけるなど⋮⋮とても醜い内容だっ
た。
﹁それでですね、大きな声では言えないのですが⋮⋮役場の上層部はその圧力に屈服し
そんなバカな
﹂
て彼の祖父の死因を変えてしまったんですよ。森山君には内緒で﹂
!
!
﹁ですが⋮⋮森山君はそれを知ってしまいました。どこで知ったのかは分かりませんけ
﹁なっ
03
27
どね。それからですよ、彼が人を嫌うようになったのは﹂
男性職員はこれが自分が知っている事だと付け加えて部屋を退室した。男性職員が
退室したのを見計らって今度は女性職員が話し出す。
そう呟き、彼女は会議室を出て役場を後にした。
﹁なんとか了承してくれると助かるんだがな⋮⋮﹂
ろう、精神的にも良くないかもしれない。
からまともに進まないかもしれないが、勝手に事を進めるようなら⋮⋮益々人を嫌うだ
IS学園入学の事も、今回の件の事も直接話をつけるしかない。彼は人を嫌っている
﹁やはり⋮⋮再度話をするしかないか﹂
巡っていて、これからどうすればいいのか判断がつかなかったからだ。
う罪悪感、そして守った筈の国の醜態に対する失望が彼女の心の中をグルグルと駆け
千冬は迷っていた。彼から祖父を故意でないとはいえ結果的に奪ってしまったとい
そう言って女性職員も会議室を後にし、部屋には千冬のみが残った。
の人間は特に嫌っています﹂
によって変えたという事は知らないかと思いますが、変更したのは役場なので⋮⋮役場
祖父の何かを踏み躙ったと、当時幼いながらも感じたんですよ。⋮⋮流石に政府の圧力
﹁⋮⋮森山君はおじいちゃん大好きっ子でした。だから死因を変えたという行為が彼の
28
29
03
つづく
04
大河が自分が﹃たーみねーた﹄になってしまったと勘違いしかけた日から3日が経ち、
くわ
すき
彼は2反分の田おこしをしていた。
田おこしとは、鍬や鋤を用いて田んぼを掘る作業の事を指す。現代社会では専らトラ
クターを使って作業するのが主流だ。だが、彼の住む集落にはトラクターなんてものは
ない。
2反ほどの広さがある田んぼを鍬や鋤を使って人力で田おこしなんてしていたら、と
てもじゃないが田植えのシーズンには間に合わない。なので⋮⋮
まぐわ
田おこしというのは、ただ土を掘り起こせば良いというものではない。適切な深さま
らない。
この時に大河は馬鍬に乗っかり、手綱を引きながら次郎の進路を制御をしなければな
る。
家畜の次郎に馬鍬を引いてもらっている。これが所謂、﹃牛耕﹄と呼ばれるものであ
﹁モォ∼﹂
﹁毎年すまねえな、次郎﹂
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で掘り起こして初めて意味を成す。馬鍬に大河が乗る事で、馬鍬の土を掘り起こす爪の
部分が丁度いい深さまで土に沈む。それを次郎が引っ張っていくことで程よく耕す事
が出来るのだ。
それに加えて田んぼ全体をムラなく耕さないといけない。次郎の進路が少しでもズ
レるとムラが生まれる。ムラがあると、稲の成長に影響を及ぼす可能性がある。故に大
河がしっかりそれを見極め、手綱で次郎を制御しなければならない。
﹁⋮⋮おっと。次郎、少し右にズレてくれー﹂
上がる。それ故に農民は牛や馬を大切にし、母屋で飼育するなど現在で言えば愛玩犬の
で、米の収穫率もたかが知れる程度だった。だが牛や馬を用いた時から収穫率は劇的に
た。それまではどの地域も人力で行っていた為に効率も悪く、ムラができやすいもの
耕﹄、若しくは﹃馬耕﹄
︵これらを纏めて﹃牛馬耕﹄と呼ぶのが一般的である︶が主流だっ
一昔前⋮⋮トラクターが主流になる前までは、どの地域でも大河が行っている﹃牛
まない。
実はこの田おこし⋮⋮牛と手綱を握る人間が互いに信頼し合えないと上手く事が進
示を理解したのか、僅かばかり右にズレた。
大河が次郎に右に少しズレるようにと右手で手綱を軽く引っ張る。次郎は大河の指
﹁ブルルッ﹂
04
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ように可愛がっていたのだ。
一部地域では﹃馬一頭半身上﹄という言葉が存在する。これは馬一頭はその家の全財
産の半分に相当するという意味である。馬は駿足なので運搬や﹃馬力﹄という言葉があ
るように力もあるので、田おこしや代掻きなどで牛よりも重宝される。おまけに馬から
排出される糞尿は堆肥として利用される。一頭いるだけでこれほど利益が出る大助か
りな存在、大切にするのも納得である。
そうやって大事に育てれば、牛であっても馬であっても思いに応えてくれる。だから
こそ、日頃から愛情込めて次郎や皐月にブラッシングやマッサージをしている大河の思
いに次郎は答えたのかもしれない。
プップー
田舎のベンツ
またしても軽トラのクラクションがなる。大河は音を聞いた瞬間、不快指数が一気に
上昇したのかあからさまに顔を顰める。だがその音の発生源である軽トラを見て、すぐ
さま顰めっ面をやめた。
視界の先には⋮⋮ボディ部分に﹃八百屋 越智﹄と印字された白い軽トラがあった。
﹂
﹂
?
﹁おう。その前に常吉さんを拝ませてくれや。さ、助手席に乗ってくれ﹂
﹁どうも、俊英さん。今日は何用で
えられた体で、長履きに農服で身を包んだ典型的な﹃田舎のおじさん﹄そのものである。
軽トラが田んぼの前で止まり、男性が運転席から降りてきた。細身だがしっかりと鍛
に、この男性はどこかで八百屋を営んでいるようだ。
運転席から身を乗り出し、大声で叫びながら大河に手を振る男性。軽トラから察する
﹁おぉ∼い、坊主∼∼
!
自由に動けないという事は、人間も含めて動物にとっては非常にストレスが溜まる。
に、次郎だけここで待ちぼうけさせるわけにはいかないからだ。
大河は次郎と馬鍬を繋ぐ綱を解く。これから用足しで少しの間田んぼから離れるの
いない数少ない人である。
男性に対して何用なのか訊ねる大河。﹃俊英﹄と呼ばれたこの男性⋮⋮大河が嫌って
﹁ほいほい、ちょっと待って下さい﹂
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相方とも言うべき次郎にそんな仕打ちをした日には⋮⋮今まで積み上げてきた信頼関
係が忽ち崩壊してしまうだろう。ましてやこれから大事な時期を迎えるのに、そんな愚
策を執る訳にはいかない。
それを理解している大河は、そうならないように離れる際は自由時間にさせる。家畜
にストレスを溜めさせない、これも農家の人間の義務とも言うべきものである。
宅に戻った。
チーン
の正体は、大河の祖父である﹃森山 常吉﹄である。どうやら俊英は昔、彼に助けられ
その遺影に対して語りかけるように感謝の言葉かける俊英。写真に写っている老人
にありがとうございます﹂
﹁常吉さん⋮⋮常吉さんのお陰で店の売り上げが僅かばかりですが上がりました。本当
老人の写真⋮⋮遺影が飾ってあった。
俊英は大河の自宅にある仏壇の前で手を合わせる。目の仏壇には和かに笑う白髪の
にこや
﹃常吉さん﹄を拝みたい、それを所望する俊英を大河は了承し、彼の軽トラに乗り込み自
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ていたようだ。こうして彼の死後も拝みに来るあたり、相当の恩を受けていたと見受け
られる。
﹁俊英さん、こっちに来て茶菓子でも呼ばれて下さいな﹂
﹁おう、すまなねぇな﹂
大河の誘いを受けて俊英は縁側に腰を掛ける。
﹁⋮⋮ こ れ だ。こ の 味 が 常 吉 さ ん が 出 し た 味 だ よ 大 河。お 前 も こ の 味 を 出 せ る よ う に
なったんだな﹂
﹁何言ってんですか。散々この味になるよう、俺に注文を出し続けた癖に﹂
﹁ははっ、違いねぇ﹂
出された茶菓子⋮⋮自家製の煎餅と煎茶を口にしながら軽口を叩く俊英。どうやら
﹂
彼は、これまで頻繁に大河の元を訪れているらしい。
﹁それで今日は何用なんですか
﹁あれ、俊英さんは契約農家がいるんじゃ⋮⋮﹂
﹂
!
出す。
そう言って俊英は天井を見上げていたが、おもむろに大河の方に顔を向けて話を切り
﹁おう、それだ。用件は2つあるんだけどよぉ∼、どっちから話すか⋮⋮﹂
?
﹁すまねえが、米を僅かばかり分けてくれねえか
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﹁実はな⋮⋮﹂
俊英は俯きながら事情を話す。
ISが世に出始めてから﹃女尊男卑﹄の風潮が広まった。その風潮に染まった女性
⋮⋮とりわけ主婦層から米の値段についていちゃもんをつけ続けられていて、農協︵J
Aとも言う︶は苦渋の決断で米の値段を下げた。それに味をしめたのか、どんどんい
ちゃもんが続き⋮⋮農家の生計が苦しくなるばかり。
そして⋮⋮とうとう米作りをやめる農家が出てきてしまい、周りの農家も後に続くよ
うに米作りをやめてしまった。俊英が契約を結んでいた農家もその風潮の餌食になり、
愚かだ、そんな事をすれば最終的に困るのは自分達なのに、と俊英の話を聞いていた大
で必死になっているだろう。それにしてもそんなバカな風潮に染まった奴らは本当に
確かに俊英の話す事を基に考えたら、米を初めから作ってない農家や所帯は米の確保
作ってないところは今頃悲鳴をあげてるよ﹂
﹁大変ってもんじゃねえよ。どこもかしこも自分達の分しか作らなくなったんだ、米を
﹁なるほど⋮⋮﹃あいえす﹄って奴が齎した弊害って訳ですか。大変そうですね、町は﹂
振らず途方に暮れていたそうだ。
か自分達も米が食えるようにとあちこちと周って交渉をしたのだが、どこも首を縦には
﹃今後は自分達が食う分しか作らないから、契約は終わり﹄と言われてしまった。なんと
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河は心の中で溢す。
﹁︵米か⋮⋮確か、16石程あったはずだな︶そういや俊英さんとこは何人家族でしたっ
け﹂
﹁俺んとこは嫁と倅が2人、娘が2人、それとばあ様だな﹂
﹁7人か⋮⋮ならいいですよ。蔵に大量にしまってありますし﹂
﹁森山家に二度も助けられるなんてな⋮⋮本当にすまねえ、恩にきるよ﹂
ツマイモ、蕪、大根、人参、牛蒡、長ネギ、玉ねぎ、白菜各種を合計120kg貰った。
大河の快諾によって米を確保できた俊英は、大河の厚意でカボチャ、ジャガイモ、サ
ど、この場にはいないが。
ンそのもののようにも見える。勿論、時代劇のようにその光景を優しく見守る人物な
大河で頭を上げるようにと俊英に寄り添うその光景は、さながら時代劇のお涙頂戴シー
米の確保が出来たと思ったのか、俊英は感謝の念を込めて頭を深々と下げる。大河は
から﹂
﹁水臭い事言わないで頭を上げてください。俺も俊英さんには色々助けられてるんです
04
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不 定 期 だ が 俊 英 は 度 々 大 河 か ら 野 菜 を 貰 っ て い る。今 回 も 米 の 件 と は 別 に 野 菜 を
譲ってくれるようお願いをしに来たのだが、それを言う前に貰えたので彼としては非常
に助かっている。
雛は30匹、幼魚は10
?
それと彼らを調達するコストが高いなどといったデメリットもある。大方の農家はそ
動きが鈍って水温が低い場所に固まるので、常に水温をチェックしなければならない。
ばならない上に休む小屋も用意しなければならない。鯉は水温が上がる夏場は著しく
われないようにしっかり管理しなければならない。合鴨には別途餌の準備もしなけれ
その代わり、放流後は彼らの天敵であるカラスやトンビ、それにサギ、ヘビなどに襲
鳥なのだ。いや、役目を終えれば食糧にもなるので一石三鳥なのかもしれない。
に酸素が届きやすくなり稲の成長を促進させるといった効果もあるのでまさに一石二
食べてくれる。しかも餌を求めて水田中を動き回るので、水中の泥が掻き回され稲の根
の後、稲がある程度大きくなったら水田に放流する。彼らは稲を食べずに害虫や雑草を
合鴨農法と鯉農法⋮⋮これは米の無農薬農法で用いられる方式だ。どちらも田植え
ここぞとばかりに俊英に頼んでみる大河。
00匹ぐらいでお願いします。合鴨農法と鯉農法を試したいんですよねぇ﹂
﹁ならば⋮⋮合鴨の雛と鯉の幼魚を調達して貰えませんか
﹁いやー、本当にすまねえ。今度お返しすっからよ、今後も頼むわ﹂
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れに対応する余裕が無い為に敬遠し、農薬を用いるのだ。
﹁おう、それなら俺から桜井んとこと井波んとこに伝えとくよ。あいつらも常吉さんに
はかなり世話になった人間だ、その孫の願いなら喜んで引き受けてくれるだろうよ﹂
﹁ありがとうございます、後でお代払っときますので﹂
菜をこんなに貰えた。これでさらに金を貰ったら俺は常吉さんに顔向けできねえよ
﹂
﹁バカ言ってんじゃねえ。常吉さんには返しきれない程の恩があるし、お前には米と野
﹁言っとくが、桜井んとこも井波んとこも同じだぞ 2人も俺と同じように常吉さん
し、貰うつもりもない。
ない、一種の恩返しとして引き受けたのだ。なので当然ながら見返りなど求めてない
大河は代金を払おうとしたが俊英はそれを拒否した。彼は金が欲しくて受けたのでは
俊英は桜井と井波と呼ばれる人間に掛け合ってみるとそれを受ける。その礼として
!
﹁⋮⋮すみませんねぇ、いつも世話になってるんで俺もお返しをしたかったんですよ﹂
れよ﹂
であるお前に恩を返す。金が欲しくてやってる訳じゃねえんだ、気持ちを受け取ってく
に返しきれない程の恩を受けたんだ。常吉さんが亡くなった以上、俺らは常吉さんの孫
?
りゃ大したことねえよ﹂
﹁なぁに言ってんだよ。俺らが受けた恩は山よりも高く海よりも深いんだ、俺らに比べ
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俊英の言う桜井と井波なる人物、彼らもまた俊英とともに大河の祖父⋮⋮常吉から多
大なる恩を受けていたそうである。俊英はそれを言い残して軽トラに乗り込み集落か
ら出て行った。
⋮⋮チッ。﹂
?
﹁今度は何の用だよ⋮⋮役場と先公め﹂
ていた人物、それは⋮⋮
軽トラのフロントガラスに映る人物を見て大河は悪態つく。フロントガラスに映っ
ように白い軽トラがこちらに向かっていたからだ。
世の中、そう上手くは事は進まない。何故なら、俊英が出て行った直後に入れ替わる
﹁ん
プップー
場にいるであろう次郎を連れて再び田おこしを始めようと牧場へ足を向けたが⋮⋮
いる米作り⋮⋮僅かな遅れが後々大きな遅れとなる事を理解している大河は、急いで牧
急な来客のお陰で田おこしが僅かに遅れた。実質1人︵正確には1人と一頭︶でして
﹁合鴨と鯉の調達も出来たし⋮⋮遅れた分を取り返さないとな﹂
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織斑 千冬
役場の職員と先 公だった。
つづく