ミエと指輪と夜光虫 日三甲 賴俊宏 陳宗瑋 邱昱綸 廖盈瑜 それでも、両ひざに顔をうずめて肩を震わす ミエの姿に促されるように、手探りで指輪探し を始めた。もとより、夜の海に沈んだ指輪が 見つかるはずもなく、ミエに対する、そして、ミ エに何もしてやれない自分自身に対する学生 たちの気休めに過ぎなかった。 即使如此,好像被把臉埋在雙膝裡,哭泣 著的美惠的身影催促著般,開始摸索找尋 著戒指。當然沉在夜晚的海裡的戒指怎麼 可能找得到,對美惠,還有對那些沒辦法 幫上美惠的學生,不過只是一種安慰罷了。 学生の一人が近くにいた釣り客に懐中電灯を 貸してほしいと頼んだことがきっかけになって、 釣り客たちが三々五々集まって来た。突堤の 上と下とのやり取りがしばらく続いて事情が分 かると、ライトでテトラポッドの暗がりを照らして くれたり、「これ、使い」と懐中電灯を差し出して くれたりした。 因為有一位學生向附近的夜釣客人借了手電 筒,所以釣客們紛紛三三兩兩聚集過來。防 波堤的上方和下方暫時交談了一下,了解了 事情的原委,開始為我們把光照向消波塊的 暗處,還對我們說道「這個,拿去用」,把 手電筒借給我們。 突堤を下り「どの辺りでなくしたんや」と学生と一 緒に指輪探しをしてくれる人もいた。しかし、指 輪は出てこなかった。 甚至還有跳下防波堤,詢問學生「是在哪一帶 用丟的呢」,然後和學生們一起尋找的人。但 是,戒指始終沒有出現。 翌朝、目を覚ますと、驚いたことに宿はもぬけの殻。どこへ 行ったんだろうと、とりあえず玄関まで出てみる。すると、 朝日を背にした一団が、申し合わせたようにズボンをひざま でたくし上げ、両手に靴やサンダルをぶら下げてこちらに向 かってくる。 隔天早上醒來時,令人驚訝的是房宿已經是 人去樓空了,到底是去哪裡了,姑且先到玄 關看看。於是,背對早上的太陽的一群人, 像是說好似的把褲子捲到膝蓋,手上拎著鞋 子或涼鞋往這邊走了過來。 どの顔も朝の日差しに輝いている。ミエなどは昨夜とは別人 のような笑顔をしてる。先頭に立つ民宿の主人が、「困った ときはお互い様や」と学生を連れて突堤に向かったいきさつ を話してくれた。 無論哪張臉在陽光照射下都顯得耀眼,美惠 等人有著與昨晚截然不同的笑臉。站在前面 的民宿的老闆說:「有困難的時候大家互相 幫忙」,並跟我說明帶學生去堤防的原委。 昨夜、宿に戻ってからも泣き続けたミエを見るに見かねて、 空が白みはじめるや否や、学生みんなを起こして突堤に向 かったのだという。指輪探しは不首尾に終わったということ だが、指輪をなくした悲しみを自分の事として受け止めてく れたクラスメートや宿の主人の気持ちが、そして、腰をかが めながらテトラポッドの間を隅々まで探してくれた仲間の姿 が、どうやらミエの心を晴らしてくれたようだ 他說昨夜回到房舍後不忍心看到一直在哭的美惠,於 是天一亮,就把學生們叫醒去堤防。找戒指的事雖然 最終以失敗收場,但是把弄丟戒指的悲傷當作自身的 事來看待的民宿主人的心意,然後,彎著腰在消波塊 的縫隙中仔細尋找的夥伴們的樣子,似乎讓美惠的心 情變好了。 国際うんぬんという催しが頻繁に開かれている。日本を国 際化するために、日本人が国際人になれるようにと、ばく 大な時間とお金が費やされてきた。様々なイベントやセミ ナー、シンポジウムなどで「国際」が語られてきた。 國際性的活動頻繁地舉辦。為了將日本國際 化,讓日本人能成為有國際觀的人,花費大 量的時間和金錢,在各式各樣的活動和討論 會、研討會等展開了國際化。 国境に阻まれることなく、地球上に存在する人種が、文化、肌の色、 宗教等、多くの「違い」に妨げられることなく、「国境」を乗り越え、 「違い」を認め合おう。私には、そのような形で提唱される国際うん ぬんがどうも素直には受け入れられなかった。 不被國境所阻礙,也不被存在於地球上的各種人 種,文化和膚色、宗教等等的許多的「差異」而 有所干擾,超越「國境」,互相認同「差異」。 對我而言這樣提倡的國際化,老實說我怎麼也不 能接受。 「そう簡単にできる事じゃない」と職業柄そうあってはい けないのだが、やや冷ややかな態度で「国際化」や「国際 理解」など一連の動きを眺めていた。しかし、指輪騒動以 来、私は考えが変わった。たまたまそこにいた釣り客たち、 指輪探しの先頭に立ってくれた民宿の主人、そして、ミエ のクラスメートたち。 「不是那麼簡單就能辦到的事」雖然我的職業身 分上不應該有這樣的想法,但我是以有點冷漠的 態度來看「国際化」和「國際理解」等一連串的 活動。但是自從戒指的騷動以來,我的想法變了。 偶爾在那裡釣客們和帶頭幫忙找戒指的民宿的老 闆,還有美惠的同班同學們。 みんな、いとも簡単に「困ったときはお互い様」と、当然 の事として人の悲しみを共有し、今できることを行動に移 した。そして、それがミエの悲しみを晴らした。「違い」 はあっても、楽しいときは楽しいし、悲しい事は誰だって 悲しい。 大家都很輕易地說「有困難時互相幫忙」, 當作是理所當然的事共同分擔悲傷,把現在 能做的事付諸行動。然後,這消除了美惠的 悲傷。即使有「差異」,開心的時候開心, 悲傷的事無論是誰都會感到悲傷。 同じ人間として、楽しいとき、うれしいときには、喜びを、 苦しいとき、悲しいときには痛みを率直に分かちあう、こ れこそが国際化、国際理解の出発点でなくて何だろう。 「みんな同じなんだ」という思いなくして、国際化も国際 理解も始まらない。夜光虫の海で指輪が取り持った人間関 係が私に、はっきりそう教えてくれた。 以同樣身為人類,在快樂、開心的時候互相分享 喜悅,痛苦、悲傷的時候坦率的一起分擔傷痛, 這不是國際化和國際理解的出發點不然是什麼呢? 如果沒有「大家都是一樣的」的這樣想法,是沒 有辦法開始實行國際化和國際理解。在夜光蟲的 海,戒指所牽起的人際關係,清楚的這麼教了我。 ミエ、陳美恵さんが結婚するという。指輪探しの仲間たちには知らせた のだろうか。あの夜の指輪は、今も、友情の光を宿しながら夜光虫の海 で波に揺られているのだろうか。私は出席してやれないけれども、結婚 式で指輪を交換するとき、ミエの頭の中には夜光虫にきらめく夜の海と 明るい朝の日差しを浴びた暖かいみんなの笑顔が、きっとよみがえって くるに違いない 美惠、聽說陳美惠小姐要結婚了。有通知了一起 找戒指的夥伴們了嗎?那一天晚上的戒指,現在也 邊綻放著友情的光芒,一邊在夜光蟲的海上隨波 蕩漾吧!我雖然不能出席,但是在結婚典禮上交換 的時候,美惠的腦中肯定會想起因夜光蟲而閃閃 發光的夜晚的海和沐浴在早晨的陽光下的暖暖的 笑臉。
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