1 - 東北大学大学院法学研究科・法学部

2012年度法情報学講義
第15回 インターネットと国際訴訟
(裁判管轄,準拠法の問題)
2012年7月18日(水)
東北大学法学研究科 金谷吉成
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2012年度法情報学講義
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2012年7月18日
はじめに
 インターネットには国境がない
– トラブルに国際的な要素が含まれる可能性
 インターネットを介して商品を注文したが、注文とは違う商品
が送られてきた
 取り消したのに代金が引き落とされた
 ネット上で他人の名誉や信用を毀損する情報を流布した
 ネットを通じてウイルスを送りつけた
 他人のコンピュータに不正侵入した
– 国際的な民事紛争の場合
 どの国の裁判所で救済を得られるのか
 どの国の法律によるべきか
– 国際的な民事紛争に関わる法分野=国際私法、国際
民事訴訟法
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2012年度法情報学講義
裁判管轄と準拠法
国際的な民事紛争の場合
– その解決には複数の国の裁判所や法律が関
連することになる
– どの国の裁判所に訴えることができるか
その事件につき国際的にどの国が裁判をなす権限、
すなわち、国際裁判管轄を有するか
– 紛争解決の基準として適用される法律はいず
れの国の法律か
準拠法の決定
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国際裁判管轄①
理想的には国際法により国際的に共通の
ルールが定められていることが望ましいが、
現在、一般国際法原則にはこれに相当す
るルールは定められていない
– 特定の国家間で条約により共通した裁判管轄
のルールが設けられている場合もある
欧州共同体(EC)諸国間の民事及び商事に関する
裁判管轄及びに判決の執行に関する条約(ブリュッ
セル条約)やその姉妹条約であるルガノ条約など
– ルガノ条約:ブリュッセル条約とほぼ同一のルールを
EFTA諸国に拡大
– 日本に関しては、これまでこのような多国間条
約も2国間条約も存在しない
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国際裁判管轄②
 適用すべき特別な条約がない場合は、それぞれの国家
が独自にその国内法の定めるところにより自国の国際的
な裁判管轄を決定
– 日本の場合、国際裁判管轄に関する規定が制定法に存在しない
– 条理に従って個別事件の実情に即してこれを決定する他ない
 民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかがわが国にあるときは、
原則としてわが国にその事件に関する国際裁判管轄を認めるのが
相当である。
 ただし、わが国で裁判を行うことが当事者の公平、裁判の適正・迅速
を期するという理念に反する特段の事情がある場合には、わが国の
国際裁判管轄を否定する。
– すなわち、民事訴訟法4条以下に規定される裁判籍のいずれか
が日本国内にある場合を原則としながら、個別の事件の事情か
ら日本で裁判を行うことが当事者間の公平の観念、裁判の迅速・
適正の理念に反しないかが審理されることになる
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2012年度法情報学講義
国際裁判管轄③
外国の裁判所に訴えが提起された場合
– その国の法律により国際裁判管轄が判断され
る=日本の原則は関係しない
– しかし、外国の裁判所が下した判決が日本に
おいても判決としての効力を認められるかが
問題となる場面では、再びわが国の国際裁判
管轄が関係することになる
外国の判決が日本国内で効力を有するためには、
その判決の承認が必要
その承認に際し、判決国が日本の基準に従い国際
裁判管轄を有していたことが要件とされるため(民
事訴訟法118条1号)
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準拠法
 準拠法の決定
– 契約の当事者や不法行為の加害者と被害者がそれぞ
れ異なる国に住所を有しているような場合、その当事
者間で生じた紛争について、どの国の法律が適用され
るべきか
 法の適用に関する通則法
– 契約については通則法7条以下
– 不法行為については通則法17条
 個別の事件の場合に、どの類型の規範が適用されるべきか、
具体的にはどこの国の法律が準拠法とされるかという国際私
法の解釈問題が生じる
– 不法行為責任の問題であるのか契約責任の問題であるのか
– 通則法7条の当事者の選択、17条の加害行為の結果発生地等
は、具体的な事件の場合にどこの国の法律を指定していると解
すべきか
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インターネットによる国際契約
知らず知らずのうちに国際契約になってし
まう場合も多い
– 国際裁判管轄や準拠法の決定の問題は、原
則的に契約ともっとも密接に関連する場所
(国)を基準として考えられる
– しかし、インターネット上では当事者の所在地、
契約の締結地等の場所的要素は希薄であり、
場所的関連を基準とすること自体に困難があ
る
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ヤフー事件①
 事件の概要
– インターネット・サービス・プロバイダである米国法人ヤ
フー(http://www.yahoo.com/)が運営するオークション
サイトにおいて、ナチス関連グッズ(カギ十字の軍服や
バッジ等)が出品されていたことに対し、フランスの非
営利団体がフランスの裁判所に同サイトの差し止めを
求めて提訴
 LICRA(人種差別と反ユダヤ主義に反対する国際連盟)
 UEJF(フランスユダヤ人学生連合)
– 米国ではナチスグッズの陳列行為は、憲法上保障さ
れる「表現の自由」の一つとして全く問題とされない行
為であるが、フランスでは、かかる行為は同国の「反憎悪法」に違反し、刑罰が科せられる犯罪行為
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ヤフー事件②
 パリ大審裁判所の判断(2000年5月20日)
– ヤフーのオークションサイトは、国民的記憶に対する加害行為に
相当し、同国の「反-憎悪法」に違反するものであることを認定した
うえで、ヤフーに対し以下を命じる判決を下した
① ナチスグッズを陳列するオークションサイトへのフランス市民のアクセ
スを排除すること
② ヤフーのフランスサイト「Yahoo! France」上でフランス市民に対し、ヤ
フーの米国サイトを通じた検索によってフランス法によって禁止される
グッズを含むサイトにアクセスする可能性があること、及び、そのグッ
ズの閲覧行為を理由としてユーザが法的措置を採られる恐れがある
ことを警告すること
③ フランスでのアクセスを可能とする検索サイトのディレクトリから「否定
主義者(negationists)」を見出しとするインデックスを、また、すべての
ハイパーテキスト・リンクから「ホロコースト(Holocaust)」という見出し
の下でのnegationistsと同義のインデックス見出しを取り除くこと
– これに対し、ヤフーはフランスからのアクセスだけを拒絶するよう
な措置は技術的に存在しないと反論したが、結局は2000年11月
20日、上記判決が再認容された
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ヤフー事件③
 ヤフーは米国連邦地方裁判所に提訴
– ヤフーはフランスにおいては上訴せず(=パリ大審裁
判所の判決は事実上確定)
– 米国カリフォルニア州のサンノゼ連邦地裁に命令の無
効確認を求め提訴(2000年12月21日)
– ヤフーの主張
 フランスからのアクセスのみを制限する措置を採ることは技術
的に不可能
 結局は、ナチス関連グッズのサイトへの掲載を禁じない限り
上記命令を完全に遵守することはできないが、これは合衆国
憲法修正1条に定める表現の自由を侵害するものである
– なお、ヤフーは現実的対応策として、2001年1月には
ナチスグッズをサイトからすべて撤廃している
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ヤフー事件④
 争点
– 米国内で米国民によってなされた表現について、他国
のインターネット利用者がそれにアクセスできるという
ことを根拠として、他国が当該表現を規制することは、
米国憲法及び法律において許容されるか否か
 米国連邦地方裁判所の判断
– インターネットの普及が、容易に自国と他国との間の
垣根を乗り越え、自国では表現の自由として許される
表現行為が他国では違法行為に該当する可能性は否
定できない
– フランス裁判所が自国の法に従い、ある表現行為を規
制できること自体は否定しないが、かかる規制が合衆
国憲法修正1条に定める表現の自由を侵害するもので
ある場合は、米国内で当該規制に効力を認めることは
できない
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ヤフー事件⑤
 裁判所が司法権を発動するために必要とされる現実の争
訟(actual controversy)は存在しているか
– フランス裁判所の命令に対して控訴手続は進行しておらず、現在
ヤフーには命令にしたがう義務が生じていること、将来的にヤ
フーが命令を遵守していないとみなされる恐れがあり、フランス裁
判所が遡及的にヤフーの命令違反に対して具体的罰金を科すこ
とができる等を考えれば、ヤフーにとっては現実の争訟があると
言える
 現実かつ直接の脅威(real and immediate threat)は存在
しているか
– フランスの命令は過大に一般的かつ不明瞭であって、合衆国憲
法修正1条の下で許される規制とはなり得ず、表現の自由に対す
る萎縮効果をもたらすものであるとして、ヤフーはフランス裁判所
の命令により現実かつ直接の脅威に直面している
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ヤフー事件⑥
 既にフランスで結論が出ている争訟について改めて司法
判断を下すことを抑制(abstention)すべきか
– 被告側は、フランス裁判所の判断が気に入らないことを理由に自
己に有利な結果を得ようとして提起された訴訟については、司法
権行使を抑制すべきであると反論したが、本件訴訟では、ヤフー
のサイトがフランス法違反に該当するという事実関係を争ってい
るわけではなく、米国内での命令の効力が争点となっているので、
同一請求について再訴されたものとは言えない
 フランス裁判所の判断を礼譲(comity)として承認すべき
か
– インターネット上の表現についての国際基準を定める法が確定し
ておらず、かつ、米国から発せられる表現内容に対してそれら基
準が効力を有することを述べた条約ないし立法が存在しない現
状においては、憲法上の義務が礼譲の要請を上回る
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国際裁判管轄
国際裁判管轄を直接に規定する法は存在
しないため、民事訴訟法上の土地管轄規
定を手がかりに解釈により解決することに
なる
– 被告の所在地(民訴法4条)
– 義務履行地(民訴法5条1号)
– 管轄合意(民訴法11条)
管轄の合意は書面でしなければならない(2項)とさ
れていたが、2004年改正により、電磁的記録による
ものも認められることになった
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被告の住所地の国際裁判管轄
 被告の住所地の管轄(民訴法4条)
– 公平の観念に基づくもので、裁判管轄に関する基本的
原則として一般に広く認められる
– インターネット国際契約紛争の場合も同様
 買主が訴訟を提起する場合は売主の住所地国
 売主が提起する場合は買主の住所地国
 ネット上のドメインがどこの国を指しているかとは無関係
 サーバの所在地が日本であっても、売主の実際の住所が外
国にある場合には、住所地管轄は日本にはないことになる
 外国法人の場合、日本国内に支店・営業所を有する場合に
は、その所在地の裁判所に土地管轄が認められる(4条5項)
– ただし、国際裁判管轄に関しては、事件が日本国内に所在する
支社の業務等と関連を有する場合に限るべきだとする見解が
有力
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義務履行地の国際裁判管轄
 義務履行地の管轄(民訴法5条1号)
– ローマ法以来の伝統的な契約の裁判籍に由来
– 義務履行地に財産法上の訴え一般についての管轄を
認める
– インターネットによる国際契約の場合も、契約の成立、
不履行等の契約紛争については履行地の管轄が考え
られる
 インターネットを介して販売業者から商品を購入した場合の義
務履行地は?
– 買主への発送地/買主の実際の受領地
– 消費者保護の観点からは、原則として商品を実際に買主が受
領した地を基準に考えるべきと思われる
– ゲーム等のソフトの販売、音楽やニュースの配信契約等で買主
のコンピュータに直接に情報コンテンツが供給される場合など、
履行それ自体もオンラインでなされる契約の場合
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国際裁判管轄の合意
 当事者は、将来紛争を生じた場合の管轄裁判所
を予め合意しておくことができる(民訴法11条)
– 私的な紛争をどのように解決するかについて紛争当
事者に認められている自由
– 国際裁判管轄についても基本的には同様
 管轄合意
– 付加的合意
 法定管轄以外に当事者の合意による管轄を付け加える
– 専属的合意
 合意した管轄以外での訴訟を許さない
 約款上に予め当事者の一方のみに便宜な裁判所を専属的管
轄とする条項を記載してあるような場合には、他方の当事者
に思わぬ不利益を生じる危険がある
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準拠法
契約の準拠法の決定に関する基本原則
– 当事者が選択した地の法律(通則法7条)
– 当事者の合意がない場合は、法律行為に最も
密接な関係がある地の法律(通則法8条)
例えば契約書において特別な条項により準拠法を
定めているような場合は、その法律が適用されるこ
とになる
明示的な合意がない場合、直ちに8条1項によるの
ではなく、当事者間に黙示的な準拠法に関する合
意がなかったか探求すべきであるとされる
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消費者保護
 契約に関する準拠法選択の原則(通則法7条)
=当事者自治の原則
– 多数の者と反復して同種取引をしようとする場合は、
契約処理の便宜から予め約款などで特定の国の法律
を準拠法として規定していく例が多い
→ 売手側が一方的に消費者の保護を図るべき法制度がいず
れの国の法律によるかをコントロールできてしまう問題
 通則法11条は、当事者自治の原則を一方では維
持しつつ、消費者の常居所地の法律上の強行的
な規定による消費者保護を奪うことを許さない旨
を規定し、消費者の常居所地法への準拠法連結
を認め、こうした問題に一定の解決を図っている
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国際二重起訴と外国判決の承認
 重複する訴えの提起の禁止(民訴法142条)
– 裁判例の多くは、二重起訴禁止の法理を定めた民事
訴訟法の規定にいう「裁判所」とは日本の裁判所を指
し、外国の裁判所は含まないとの判断を示す
– しかし、民訴法118条が一定の要件の下に外国判決の
効力を承認する制度を設けている趣旨に鑑みれば、
国際的二重起訴の場合にも、先行する外国訴訟で本
案判決が下され、それが確定に至ることが相当の確
実性をもって予測され、かつ、その判決が日本で承認
される可能性があるときは、判決の抵触の防止や当
事者間の公平、裁判の適正・迅速、訴訟経済の観点
から、二重起訴の禁止の法理を類推して、後訴を規制
することが相当として、二重起訴禁止の法理を国際二
重起訴の場合にも及ぼしている判例も存在する
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おわりに
インターネットを媒介とする行為は、容易に
国境を越える
– 全く見知らぬ外国の地でいきなり訴訟を提起さ
れる可能性
– その行為によって被害を受ける利用者をどの
ように保護するかについては、各国の政策、文
化等によって大きく異なる
– しかし、ネット事業者が安心してビジネスを展
開できるルールができなければ、ネット・ビジネ
スの発展は期待できない。世界共通ルールへ
の取り組みについて、今後期待していきたい
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前期科目筆記試験について
 成績評価方法(シラバスより抜粋)
– 「期末筆記試験により評価を行う。」
 試験日程等
– 8月1日(水) 14:50-16:30 (法1、法2)
– 六法の持込みを許す。ただし、書込みのないものに限
る。(六法貸与可)
 補論:リーガル・リサーチは、試験範囲から除外する
 専門用語には解説の注を付す
 法情報学の講義は、憲法、行政法、民法、知的財産法、刑法
等広範囲にわたり、勉強はなかなか大変だと思うが、難易度
はそれほど高くないはずなので、ぜひ取り組んでもらいたい
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おしまい
この資料は、2012年度法情報学講義の
ページからダウンロードすることができます。
http://www.law.tohoku.ac.jp/~kanaya/infolaw2012/
授業アンケートのお願い
– この場での記入をお願いします。
– 記入が済んだら、教卓に提出してください。
– 提出したら退席して構いません。
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