2012年度法情報学講義 第2回 憲法上の諸原則 (表現の自由,プライバシー,財産権等) 2012年4月18日(水) 東北大学法学研究科 金谷吉成 <[email protected]> 2012年度法情報学講義 1 2012年4月18日 概要と目標 概要 – インターネット上の表現行為をめぐる法律問題 について解説するとともに、憲法21条の表現 の自由について考える 目標 – 表現の自由についての基本的な知識を得る – インターネットで実際に起こっているさまざまな 法律問題について、表現の自由に照らしてど のように考えればいいか、基本的な視座が得 られる 2012年4月18日 2 2012年度法情報学講義 表現の自由 憲法21条(集会・結社・表現の自由、通信の秘密) ① 集会、結社及び言論、出版その他一切の表 現の自由は、これを保障する。 ② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密 は、これを侵してはならない。 表現の自由が保護する価値とは何か? なぜ表現の自由が憲法上保障されている のか? 2012年4月18日 3 2012年度法情報学講義 自己実現と自己統治 自己実現 – 憲法が保障する「個人の尊厳」から導かれる – 人は、自己の生の可能性を発展させ実現していく ための不可欠の手段として「表現の自由」が保障 されなければならないとする 自己統治 – 社会的存在としての個人が、社会を構成し維持す るための権力、すなわち政治権力を自ら行使する という民主主義の理念を示すもの – 民主主義を実現するためには、政治的決定に必 要な情報が自由に流通する必要があり、そのため には情報を伝達・受領する自由としての表現の自 由(いわゆる知る権利)の保障が不可欠 2012年4月18日 4 2012年度法情報学講義 規制する法律 日本では、インターネット上の表現行為を 包括的に規制する法律はない – cf. ドイツ・マルチメディア法(情報サービス及び 通信サービスのための大綱条件の規律のた めの法律,1997年) よって、従来の法的な枠組みの中で個別に 検討するしかない – 特に、憲法21条の表現の自由保障に照らして どう評価すべきか 2012年4月18日 5 2012年度法情報学講義 インターネット上のさまざまな表現 違法な行為の扇動 虚偽の情報の公表 選挙に関する表現 名誉毀損 プライバシーの侵害 侮辱・著しい精神的苦痛 差別的表現 わいせつな表現・児童ポルノ 青少年保護 迷惑メール 2012年4月18日 6 2012年度法情報学講義 インターネット上の表現は表現?通信? 憲法21条(集会・結社・表現の自由、通信の秘密) ① 集会、結社及び言論、出版その他一切の表 現の自由は、これを保障する。 ② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密 は、これを侵してはならない。 憲法21条は、コミュニケーション(情報の伝達)を 「表現」と「通信」に区別している – 郵便や電話で情報を伝達することは? – 新聞、雑誌、書籍などの出版、そして電波を利用した 放送は? – インターネット上の表現は? cf. 「公然性を有する通信」 2012年4月18日 7 2012年度法情報学講義 インターネットと憲法 憲法が想定していた通信と表現の峻別をもは や放棄すべきか? – この選択肢をとった場合、コミュニケーションに与 えられる憲法上の保護は、もう一度根底から組み 替え直さなければならない それとも何とかそれを維持すべきか? – インターネット上でのコミュニケーションを通信と見 るか、表現と見るか、場合毎に通信ともなり表現と もなると考えられるか? – あるいはもはやインターネットという独自のメディア にふさわしい第3の領域を創出するか? 2012年4月18日 8 2012年度法情報学講義 違法な行為の扇動 違法な行為の扇動 – 闇サイトで強盗殺人を計画し実行 – インターネット上でレイプを依頼 – 電子掲示板に特定の氏名・住所をあげ、殺してほしい と書き込み – 殺人をためらう人にこれを後押しする内容のメールを 送信 – 妊娠中絶を行う医師のリストを中絶反対派がウェブ ページで公開(アメリカの事例) 危険な情報の公表 – 爆弾の製造方法をインターネット上で公表 – サリンの製造方法をインターネット上で公表 – 毒性の強いガスを発生させることによる自殺の方法を インターネット上で公表 2012年4月18日 9 2012年度法情報学講義 違法な行為の扇動 インターネット上で違法な行為を扇動した場合 の特別な規制は存在しない – cf. 破壊活動防止法38条・39条・40条、電波法107 条、放送法4条1項1号 – 事案ごとに一般的な規定に照らして処罰の可能性 が判断されなければならない 判例の傾向 – 最高裁判所は、違法な行為の扇動は危険である ので、その処罰は公共の福祉に合致するとして処 罰の合憲性を支持してきているので、インターネッ ト上の表現についても、処罰が合憲とされる可能 性が高い 脅迫、殺人幇助 2012年4月18日 10 2012年度法情報学講義 違法な行為の扇動 危険な情報の公表についても、これを直接 処罰する法律の規定はない しかし、公表された情報に基づいて爆弾を 製造し、他人に危害を加えた場合は、被害 者が情報を公開した人およびウェブページ を提供するプロバイダに対して、民事上の 責任を問う可能性がある – 民法709条の不法行為責任 2012年4月18日 11 2012年度法情報学講義 虚偽の情報の公表 いくつかの犯罪となる可能性がある – 他人の名誉を毀損した場合は、名誉毀損(刑 法230条) – 「虚偽の風説」を流布し人の信用を毀損したり、 その業務を妨害すると信用毀損罪・業務妨害 罪に問われる可能性がある(刑法233条) – 相場の変動を図る目的での風説の流布につい ては金融商品取引法の禁止規定(158条・197 条1項5号)が適用される 2012年4月18日 12 2012年度法情報学講義 虚偽の情報の公表 電波法、放送法との関係 – 電波法106条は、「自己若しくは他人に利益を与え、 又は他人に損害を加える目的」で虚偽の通信を発 した者に刑罰を加えている – 放送法4条1項3号では「報道は事実をまげないで すること」を義務づけ、さらに9条では虚偽の放送 について訂正放送を義務づけている インターネットは「公衆によって直接受信され ることを目的とする無線通信の送信」(電波法 5条4項、放送法2条1号)と定義される「放送」 ではないので、これらの規定は一般にはイン ターネットには適用されない 2012年4月18日 13 2012年度法情報学講義 選挙に関する表現 公職選挙法による極めて厳しい制約 – インターネット上の表現にも適用される 例えば、ある候補者がウェブページで自分の見解などを 表明しようとしたところ、公職選挙法違反にあたるので はないかと問題にされたことがある – 総務省の見解 このような行為は同法142条で禁止された文書図画の 頒布にあたる – その結果、選挙に関してインターネットで政見を訴 えることができない状況になっている – しかし、現在見直しの検討が行われている 誹謗中傷の抑制策、「なりすまし」への罰則などを講じつ つ、インターネット選挙活動を解禁する。(民主党マニ フェスト「政権政策Manifesto2009」17頁) 2012年4月18日 14 2012年度法情報学講義 名誉毀損 インターネット上の名誉毀損についても、特 別な法律の規定は存在しない – 名誉毀損罪(刑法230条) – 不法行為(民法709条、民法710条) 2012年4月18日 15 2012年度法情報学講義 名誉毀損 刑法230条(名誉毀損) ① 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有 無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円 以下の罰金に処する。 刑法230条の2(公共の利害に関する場合の特例) ① 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、そ の目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実 の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを 罰しない。 ② 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていな い人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実と みなす。 ③ 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に 関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実である ことの証明があったときは、これを罰しない。 刑法231条(侮辱) 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に 処する。 2012年4月18日 16 2012年度法情報学講義 名誉毀損:刑事責任 「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損し た者は、その事実の有無にかかわらず」名 誉毀損として処罰される(刑法230条) – 「名誉」 社会的名誉 人が社会的に受けている評価を低下させた場合、 名誉毀損となる – 表現が真実か虚偽かを問わない – 「公然と事実を摘示」 公然と事実を摘示することなく人の名誉を毀損した 場合には、刑法231条の侮辱罪にあたる 2012年4月18日 17 2012年度法情報学講義 名誉毀損:刑事責任 名誉毀損と表現の自由 – 判例の立場 名誉毀損は表現の自由の濫用であるから、それを制約すること は憲法21条に反しない(最一小判昭和33年4月10日刑集12巻5 号830頁) – しかし、憲法21条の表現の自由の保障に照らせば、名誉を 毀損する表現をすべて処罰することは適切ではない 刑法230条の2 – 名誉毀損が成立しても、その表現が、①公共の利害に関す る事実に係り、かつ、②その目的が専ら公益を図ることに あったと認められる場合には、③事実の真否を判断し、真 実であるとの証明があったときは、これを罰しないと規定 – さらに、最高裁判所は、事実が真実であるとの証明がなくて も、真実と誤信する相当な根拠があった場合には、処罰を 否定している(夕刊和歌山時事事件・最大判昭和44年6月 25日刑集23巻7号975頁) 2012年4月18日 18 2012年度法情報学講義 名誉毀損:刑事責任 インターネット上の表現行為にも、名誉毀損罪が適用さ れる – ウェブページに、個人についてのわいせつな中傷を掲載 – インターネット・オークションに、交際していた女性の名前で 「私を買ってください」として参加 – ブログに虚偽の事実を書き込み、「ブログ炎上」に荷担 ただし、インターネット上の表現行為に対し、従来の「相 当の理由」の基準をそのまま適用すべきかについては 争いがある – インターネット上の名誉毀損の場合、一般的なインターネッ トの利用者に通常求められる程度の注意を払っていれば、 相当な根拠があったと認めるべき(東京地判H20・2・29判時 2009・151) – あくまでマスメディアと同じ程度の注意を払う必要がある(東 京高判H21・1・30判タ1309・91、最一小判H22・3・15刑集64 巻2号1頁) 2012年4月18日 19 2012年度法情報学講義 名誉毀損:民事責任 民法709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される 利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する 責任を負う。 名誉毀損に対しては、民法709条により、不法 行為として損害賠償を請求することができる – 不法行為の成立要件 権利侵害(違法性) 故意・過失 因果関係 損害 2012年4月18日 20 2012年度法情報学講義 名誉毀損:民事責任 権利侵害(違法性)の要件 – 名誉は社会的名誉を指す 人が社会で受けている評価を低下させる表現は名誉毀 損となる 刑法と同様、表現が真実か虚偽かは問わない ただし、刑法と異なり、事実を摘示することは要件でな いため、意見の表明によっても、名誉毀損となりうる 名誉毀損的表現に民事上の責任を負わせて も憲法21条に反するものではないと考えられ ているが、刑法と同様、すべての名誉毀損に 損害賠償を認めることは、憲法21条の保障す る表現の自由をあまりにも侵害すると考えら れるようになった 2012年4月18日 21 2012年度法情報学講義 名誉毀損:民事責任 相当性理論 – 最高裁判所は、名誉毀損を理由とする損害賠 償請求に対しても ① 表現が公共の利害に関する事実に係り ② その目的が専ら公益を図るものである場合 ③ 事実の真否を判断し、真実であるとの証明があっ たとき は、違法性を欠き、真実と誤信する相当な根拠 があった場合には故意・過失を欠くとして、免 責を認めるようになった 2012年4月18日 22 2012年度法情報学講義 ニフティ(現代思想フォーラム)事件第一審判決 東京地判平成9年5月26日判例時報1610号22頁 事実の概要 (メディア判例百選111事件) – パソコン通信の大手商用ネットワーク「ニフティサーブ」 に加入している女性(原告)が、会員が自由に書き込 み・閲覧ができる「電子会議室」で、他の会員によって 名誉毀損にあたる発言を頻繁に書き込まれたとして、 ネットワークを運営するニフティと電子会議室を管理す るシステム・オペレーター(シスオペ)、書き込みをした 会員を相手どり、200万円の損害賠償とネットワーク上 での謝罪広告掲載などを求めた事件 第一審 – 書き込みが名誉毀損にあたるとして書き込みをした人 の責任を認め、シスオペが書き込みを知ってから適切 な処置を怠ったことを理由にシスオペの責任を認め、 さらにプロバイダについては使用者としての責任を認 めた 2012年4月18日 23 2012年度法情報学講義 名誉毀損事件の関係図 インターネット(当該事件ではパソコン通信) 電子掲示板・会議室 (特定の話題に関する 書き込みの集まり) 監督 管理 書き込み 掲示板管理者・ シスオペ(被告) 掲示板設置会社 プロバイダ(被告) 閲覧 書き込みをした会員(被告) 2012年4月18日 被害者(原告) 24 2012年度法情報学講義 ニフティ(現代思想フォーラム)事件控訴審判決 東京高判平成13年9月5日判例時報1786号80頁 控訴審 – 原告の主張のうち中絶を「嬰児殺し」とし、アメ リカでの不法滞在を理由に「犯罪者」とした部 分のみを名誉毀損と認め、さらにシスオペが反 論の中で議論の質を高めようとして直ちに削 除しなかったことを不当といえないとし、結局シ スオペの責任を否定し、プロバイダであるニフ ティの責任も否定した 名誉毀損の成立を文脈的に判断 2012年4月18日 25 2012年度法情報学講義 都立大学事件 東京地判平成11年9月24日判例時報1707号139頁 事実の概要 – 大学自治会のグループの主導権争いが発端 – 大学のシステム内のホームページに、「X(被害者)が傷害 事件を起こして逮捕された」という内容が書き込まれた – Xは、Y(加害者)および、管理者である都立大学(東京都) を名誉毀損で訴えた 判旨 – 情報発信者の名誉毀損は認めたが、 – ネットワーク管理者が被害者に対して責任を負うのは、名 誉毀損文書が発信されていることを現実的に認識しただけ ではなく、その内容が名誉毀損文書に該当すること、加害 行為の様態がはなはだしく悪質であることおよび被害の程 度が甚大であることなどが一見して明白であるような極め て例外的な場合に限られるとして、ネットワーク管理者の削 除義務は否定した 2012年4月18日 26 2012年度法情報学講義 プロバイダの責任 管理人の責任やその範囲については、 個々の事案によって考え方が異なっている – 否定説 憲法および電気通信事業法によって検閲が禁止さ れている プロバイダはインターネットへのアクセスを提供す るだけで、コンテンツをコントロールすることは困難 – 肯定説 プロバイダが送信される情報内容を規制することは 禁じられていない 情報内容のコントロールも不可能ではない 2012年4月18日 27 2012年度法情報学講義 プロバイダの責任 一定の責任が認められるとしても…… – プロバイダがあらかじめインターネット上で流される情報内 容をチェックし、違法な情報を排除することは事実上不可能 – 違法な情報の送信を阻止しえなかったことを理由にプロバ イダの責任を認めることは、プロバイダに著しい負担を負わ すことになる プロバイダが違法な情報を知ったり指摘されてから適 切な措置をとらなかった場合に、プロバイダの責任を認 めるという考え方が取られるようになった – この考え方に対しても、プロバイダが違法かどうかを判断す ることが可能かという批判がある 例:少しでも危険な発言はどんどん削除する → 掲示板参加者も発言を自粛させていく – インターネット上の表現の自由を大きく萎縮させてしまうの ではないか 2012年4月18日 28 2012年度法情報学講義 プロバイダの責任 プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提 供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報 の開示に関する法律) – プロバイダ自身が発信者でない場合、第三者によ る権利侵害を知っていたか、知るべき相当な理由 があり、かつそのような権利侵害情報の削除ない しそれへのアクセスを拒否することが技術的に可 能である場合を除いて、プロバイダの責任を否定 – 反対解釈として、不法行為責任が認められる以上、 免責を認められた場合以外であればプロバイダは 責任を免れない? 2012年4月18日 29 2012年度法情報学講義 名誉回復措置、表現の差止め 裁判所が名誉毀損の責任を認めた場合、裁判所は、 損害賠償に代え、あるいは損害賠償に加えて、名誉回 復のための適切な措置を命じることができる(民法723 条) – 新聞等への謝罪広告の掲載 – 反論文の掲載 民法上は、名誉毀損に対し損害賠償や名誉回復のた めの適切な措置を命じることが認められているが、いっ たん低下した社会的評価を回復することは容易ではな い – 判例は、名誉毀損に対しては差止めを求めることが可能で あることを認めている – インターネット上の名誉毀損に対しても、表現の掲載差止 めや削除を求める訴訟を提起することが可能であり、その 場合は仮処分として表現の掲載中止を求めることが考えら れる 2012年4月18日 30 2012年度法情報学講義 プライバシーの侵害 インターネット上で、他人のプライバシーを 公表した場合、同様に不法行為として民法 709条により民事上の責任を負う – 自分のウェブページに他人のプライバシー情 報を記載 – 電子掲示板や電子会議室で他人のプライバ シー情報を公表 – Googleストリートビューは? http://maps.google.co.jp/ 2012年4月18日 31 2012年度法情報学講義 プライバシーの侵害 不法行為責任の判断 – 不法行為法の一般原則に従い、権利侵害(違法性)、故意・ 過失、因果関係、損害の4要件を満たすかどうか しかし、何がプライバシーなのかについてはなお不明確 な点がある – 個人情報のうち通常他人に知られたくないと思うようなもの なら、プライバシーといえる – このようなプライバシー情報については、情報の主体の同 意なくして公表することは原則として違法とされる ただし、名誉毀損の場合と同様、すべてのプライバシー 侵害に民事上の責任を認めると表現の自由は大きく制 約されてしまう – たとえプライバシー情報であっても、公共の利害に関する事 実であれば、公表が正当とされうると考えられる 2012年4月18日 32 2012年度法情報学講義 プロバイダの責任、表現の差止め プロバイダの責任については、名誉毀損の 場合と同じ問題がある 表現の差止め – プライバシー侵害に関しては、損害賠償の途 があるとしても、いったんプライバシーが侵害 されてしまうと回復は困難であるため、差止め の請求が可能であると考えられるようになって きた 2012年4月18日 33 2012年度法情報学講義 少年法との関係 少年法61条(記事等の掲載の禁止) 家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した 罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職 業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人である ことを推知することができるような記事又は写真を新聞紙そ の他の出版物に掲載してはならない。 少年法は、少年が犯した犯罪行為については、一般の裁判所 での刑事裁判手続とは異なる家庭裁判所の審判手続をとり、 審判を非公開とするとともに、61条で容疑者の少年の氏名など 容疑者を特定する情報を新聞などで公表することを禁止 – この規定は、最近の少年の凶悪犯罪の増加に伴ってしばしば問 題とされるようになっている(インターネット上に容疑者の氏名を 匿名で書き込む事例も多い) 2012年4月18日 34 2012年度法情報学講義 少年法との関係 少年法61条は、「新聞紙その他の出版物」に掲載 することのみを禁止しており、これがインターネット にも適用されうるかどうかの問題がある しかも、同条は容疑者を特定しうるような情報の公 表を禁じているにすぎず、事件に関するそれ以外 の情報の公表を禁止してはいない さらに少年法は、同条に違反する行為に刑罰を科 していない とはいえ、これに反して容疑者である少年の名前な どをインターネット上で公開すれば、法務省から人 権侵害だとして勧告を受けることはある。また、容 疑者の少年本人からプライバシー侵害を理由に損 害賠償請求を受ける可能性がある 2012年4月18日 35 2012年度法情報学講義 侮辱・著しい精神的苦痛 インターネット上で侮辱的な表現を用いた 場合にも、特別な規定は存在しないので、 刑法231条の侮辱罪あるいは民法709条の 不法行為責任が問題となる サイバーストーカー行為 – ウェブサイト内での嫌がらせ、個人情報の暴露、 住居等への押し掛け – ストーカー規制法2条1項各号に該当する場合 は、同法の適用が可能であるが、単にネット上 でつきまとうだけでは対応は難しい → 法規制が十分でない 2012年4月18日 36 2012年度法情報学講義 差別的表現 インターネット上の差別的表現についても、 特別な規定は存在しない(そもそも日本に おいては、差別的表現を禁止するような刑 罰規定自体が存在しない) – cf. 人権擁護法案、人権救済機関設置法案 →成立に至っていない しかし、インターネット上で差別的表現を使 用したり、差別を助長するような表現を行っ た場合には、場合によっては不法行為とし て民事上の責任を生じさせる可能性がある 2012年4月18日 37 2012年度法情報学講義 わいせつな表現 わいせつな表現を他人のウェブページに勝手 に書き込んだような場合、それが企業のウェ ブページであれば、電子計算機損壊等業務妨 害罪(刑法234条の2)の成立の可能性がある – 個人の私的なウェブページの場合は、わいせつな 表現の書き込みをこの業務妨害罪に問うことは難 しいかもしれないが、書き込みをしたことがわいせ つ物公然陳列罪に問われることはある 民事上の責任としては、わいせつな表現を書 き込んだ人に対して、不法行為による損害賠 償(民法709条)を求めることが考えられる 2012年4月18日 38 2012年度法情報学講義 わいせつな表現 自分のウェブページにわいせつな画像を載せ、他の人 からアクセスを認める場合、この行為が刑法175条にい うわいせつ物公然陳列罪にあたる可能性がある わいせつ物公然陳列罪 – 国内のサーバにわいせつな画像を蓄積し、第三者からのア クセスを許した場合には、そもそもわいせつな画像もしくは コンピュータのハードディスク自体を「わいせつ物」というこ とができるのか – その行為が「公然陳列」にあたるのか – この点については下級審で判断が分かれてきたが、最高 裁判所は、わいせつな画像を蓄積したコンピュータのハード ディスクが「わいせつ物」で、それにアクセス可能なようにす ることが「公然陳列」にあたると判断している(京都アルファ ネット事件・最三小決平成13年7月16日刑集55巻5号317 頁) – 2011年刑法改正で、電気通信の送信によるわいせつな電 磁的記録の頒布も刑事罰の対象となった 2012年4月18日 39 2012年度法情報学講義 憲法21条との関係 インターネット上のわいせつな表現に刑法175 条の適用があるとされた場合、その適用は憲 法21条の表現の自由の保障に反しないか? – 最高裁判所は、刑法175条のわいせつな表現の 禁止は、最小限度の性道徳を維持するという公共 の福祉のためのものであって、憲法21条に反する ものではないとしている(『チャタレー夫人の恋人』 事件・最大判昭和32年3月13日刑集11巻3号997 頁) – この判例によれば、インターネット上のわいせつな 表現に刑法175条を適用しても、何ら憲法21条に 反するものではないということになろう 2012年4月18日 40 2012年度法情報学講義 プロバイダの責任 インターネット上でわいせつな表現が流さ れた場合、プロバイダも責任を問われる可 能性がある – わいせつな表現にアクセスできることを営業上 積極的に利用していたような場合には、プロバ イダ自身がわいせつ物公然陳列罪に問われる 可能性がある – わいせつな表現があることを知りながら放置し ていた場合には、幇助罪(刑法62条)に問われ る可能性もある 2012年4月18日 41 2012年度法情報学講義 外国のサーバからのダウンロード 関税法第69条の11第1項第7号 (罰則については関税法第109条第2項) – 「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻 物その他の物品」を輸入禁制品と定めており、 これに基づいて税関検査が行われてきたが、 外国のサーバにアクセスし、そこからわいせつ な表現をダウンロードすることにこの規定を適 用することは困難 2012年4月18日 42 2012年度法情報学講義 児童ポルノの規制 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童 の保護等に関する法律(児童買春等禁止法) – 諸外国では以前より児童ポルノについては規制が行われ ていたが、日本では最近まで規制がなく、諸外国から批判 を受けてきたが、ようやく1999年になって本法律が制定され た – 当初、本法律において児童ポルノは、「写真、ビデオテープ その他の物」と定義されていたが、2004年の改正によって 「写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の 知覚によっては認識することができない方式で作られる記 録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるも のをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物」とされ、 インターネットへの適用に対して立法的な手当てがなされた – また、児童ポルノを個人的に所有・所持する「単純所持」を 原則禁止する、児童買春・児童ポルノ禁止法改正案が第 171回国会(2009年)に提出されたが、衆議院解散によって 廃案とされた 2012年4月18日 43 2012年度法情報学講義 青少年保護 未成年者であっても国民である以上表現 の自由を享受しており、憲法上読みたいも のを読み、見たいものを見る権利を有して いると考えられる しかし成人と比べ判断能力が未熟な青少 年については、その発達を阻害するような 表現へのアクセスを制約することも許され ると考えられている 2012年4月18日 44 2012年度法情報学講義 青少年保護 国のレベルでは、1999年以降長期間に渡り「青少年社会環境対策基 本法」「青少年健全育成基本法」の制定に向けた取り組みがなされて きた – メディア規制につながるとして各方面から強い反対を受け、包括的な青 少年保護のための法律はなかなか整備されてこなかった しかし、その後も議論は続けられ、2008年6月11日、「青少年が安全 に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律 (青少年インターネット環境整備法)」が成立した(2009年4月1日施 行) なお、各地の地方公共団体ではすでに青少年保護育成条例を制定 し、「有害図書」を規制している – これらの条例によれば、著しく性的感情を刺激したり、残虐性を助長し、 青少年の健全な育成を阻害するような図書は「有害図書」と指定され、こ の指定を受けると、書店主などはその図書を青少年に販売したり、頒布 したりすることが禁止される – この場合、刑法175条の「わいせつ」な表現に該当しなくても、規制が認 められる – 判例でも、このような有害図書の規制は憲法21条に反するものではない と判断している 2012年4月18日 45 2012年度法情報学講義 アメリカでは 通信品位保持法(CDA:Communications Decency Act) – アメリカでは、「品位を欠く」表現を青少年に対してインターネット上で流す ことに批判が高まり、これを規制する法律が制定された – インターネット上で18歳未満の受け手に対し、「わいせつなもしくは品位を 欠く」メッセージを故意に送信すること、および「その時代の共同体の基 準に照らして明らかに不快な仕方で性的もしくは排せつ行為もしくは器官 を描いたり記述した」メッセージを故意に送信もしくは掲示することを禁止 – しかし、この通信品位保持法は、1997年のレノ対アメリカ自由人権協会 事件(Reno v. ACLU, 521 U.S. 844 (1997) )で、合衆国最高裁判所によっ て違憲とされている 一方で、米国議会は、中国など「インターネットに制限を課している」 国々で事業展開している米国企業を対象として、個人情報の保存や それらの国々の政府への引き渡し禁止、検索エンジンのフィルタリン グや他のインターネットコンテンツの遮断に関する報告の透明性を高 める措置等を定める世界インターネット自由法(GIFA:Global Internet Freedom Act)の制定を目指している – 本法律案は、2006年に一旦廃案となったが、2007年1月に再提出され、 2007年10月23日、外交委員会の承認を得ている – 今後の展開が注目される 2012年4月18日 46 2012年度法情報学講義 迷惑メール 迷惑メールとは – 不特定多数の人に送信される広告等のメールは、 一般に迷惑メール(spamメール)と呼ばれる – このようなメールは営利的表現としての性格を持 つが、これに対し批判が強くなり、2002年には「特 定電子メールの送信の適正化等に関する法律」 (迷惑メール規制法)が制定された 参考リンク – 迷惑メール関係施策(総務省) http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d _syohi/m_mail.html – (財)日本データ通信協会 http://www.dekyo.or.jp/ 2012年4月18日 47 2012年度法情報学講義 迷惑メール 特定電子メールの送信の適正化等に関する法律 – 2002年制定 このようなメールについては発信者名等を表示し、受取を拒否す る者から拒否できるようにすることと、拒否された場合の送信の 禁止を義務づけた – 2005年改正 送信者情報を偽った広告宣伝メールの送信について罰則規定が 設けられたが、日本において蔓延している迷惑メールの多くは海 外から送信されているのであり、本法の適用可否が問題となった – 2008年改正 ユーザーの同意がない広告メールの送信が認められなくなり(オ プトイン方式)、送信者情報を偽ったメールを電気通信事業者が ブロックできるようになった また、海外からの送信に対しては迷惑メールの送信者情報を海 外の捜査当局に提供できるようになり、業者への罰金額が最高 100万円から3000万円に引き上げられた 2012年4月18日 48 2012年度法情報学講義 通信か表現か 憲法は、21条1項で表現の自由を保障し、2項で通 信の秘密を保障している つまり憲法は、コミュニケーション(情報の伝達)を 「表現」と「通信」に区別し、前者についてはその表 現が制約されないことを保障し、後者については通 信の秘密を保護しようとしたのである 憲法21条(集会・結社・表現の自由、通信の秘密) ① 集会、結社及び言論、出版その他一切の表 現の自由は、これを保障する。 ② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密 は、これを侵してはならない。 2012年4月18日 49 2012年度法情報学講義 通信か表現か しかし、インターネットの普及に伴い、通信と表現を峻 別することが難しくなってきた 以下のようなインターネットの利用形態は、「通信」とい えるのか、それとも「表現」としての性格をもつのか – – – – – 電子メール メーリングリスト、メルマガ 電子掲示板、電子会議室 ウェブサイト開設、ブログ ウェブサイト閲覧 このような状況の中では、憲法が想定していた通信と 表現の峻別はもはや放棄すべきだろうか それとも、通信と表現の峻別を維持しつつ、コミュニ ケーションの性格に応じて、通信と表現のそれぞれ異 なった憲法法理を適用すべきであろうか 2012年4月18日 50 2012年度法情報学講義 インターネット上の表現行為をどう評価すべきか インターネットの位置づけ – cf. 放送 テレビやラジオといった放送についても、憲法21条の表 現の自由の保障が及ぶことについては異論はない しかし、新聞、雑誌、書籍などの印刷メディアと異なり、 放送については、利用可能な周波数が有限であるため、 自由に放送局の開局を認めることはできず、免許制が 必要だとされ、政府からの免許なくしては放送局を営む ことはできないものとされた 放送法4条1項にみられるように、「政治的に公平である こと」(2号)とか「意見が対立している問題については、 できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(4 号)といった規制(「公平原則」と呼ばれる)や同5条にみ られるような教養番組・教育番組、報道番組、娯楽番組 の調和の要求など、印刷メディアにはない特別の規制 が設けられた 2012年4月18日 51 2012年度法情報学講義 インターネット上の表現行為をどう評価すべきか インターネットの位置づけ – インターネット上の表現行為は、果たして新聞など古典的な メディアに近いのであろうか、それとも無線による放送に近 いのであろうか、それともインターネットは新聞とも放送とも 異なる独自のメディアと位置づけるべきであろうか インターネットには周波数の希少性は妥当しないため、放送につ いての法理は妥当しないと思われる また、新聞の場合、多くの国民はただ読者としての地位、つまり 表現の受領者としての地位しか有していないが、インターネット の場合、国民は容易にアクセスし、表現活動を行うことができる その意味では、古典的な表現の自由の法理が前提としていた 「思想の自由市場」という考えが、より強く現れるということもでき る – インターネット上の表現行為については、憲法21条の表現 の自由の古典的な法理がそのまま適用されるべきであり、 言論には言論で対抗すべきだという基本原理が作動する 余地がより広く残されているので、場合によっては、新聞の 場合よりも強い保護が与えられることさえ認められ得る 2012年4月18日 52 2012年度法情報学講義 参考書籍、Web 高橋和之,松井茂記,鈴木秀美編『イン ターネットと法』(有斐閣,第4版,2010年) 松井茂記『インターネットの憲法学』(岩波 書店,2002年) 2012年4月18日 53 2012年度法情報学講義 おしまい この資料は、2012年度法情報学講義の ページからダウンロードすることができます。 http://www.law.tohoku.ac.jp/~kanaya/infolaw2012/ 2012年4月18日 54 2012年度法情報学講義
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