MRSA感染を伴う難治性慢性中耳炎治療のための新規院内製剤の開発

1
MRSA感染を伴う難治性慢性中耳・外耳炎治療のため
の
新規院内製剤の開発とその製剤学的・薬理学的評価
技術センター医学部等部門
総合薬学科 技術班 湯元 良子
目
的
慢性中耳炎の起炎菌として、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の占める割合が
増え、除菌できない難治性中耳炎の症例が増加している。19世紀後半にBurowにより
考案されたブロー氏液(酢酸アルミニウム溶液)は、近年、慢性化膿性中耳炎患者から単
離した各種起炎菌への良好な抗菌作用が報告されたことを契機に、我が国においても
有用性が再評価されるようになってきた。しかしながらブロー氏液に関する情報は少なく、
またその製剤学的な性質についても不明な点が多い。
本研究では、ブロー氏液の品質に関する製剤学的評価および抗菌活性の評価を行う
とともに、長期保存(5ヶ月)の影響について検討を行った。またブロー氏液は調製に4-5
日を要するため、市販の酢酸アルミニウムを用い、新たな迅速調製法の開発を行った。
2
実 験 方 法
1
ブロー氏液の調製: BP‘88に準拠したブロー氏液の処方を、日本のいくつかの病院で用いられている
調製法(手稲渓仁会病院 院内製剤マニュアル)に従い、調製した。
品質評価: アルミニウム濃度、pH、浸透圧
長期保存後の品質評価: ガラス製バイアル瓶に入れ、冷所(4℃)にて5ヶ月間保存し、上記の品質評価
を行った。
抗菌活性評価: S. aureus FDA 209および広島大学病院にて検出された臨床分離株のMRSA 3株を試
験菌とし、カップ法により測定した。
迅速調製法の検討: 市販の酢酸アルミニウム (Al2O(CH3CO2)4 または Al(OH)(CH3CO2)2) を酢酸および
酒石酸溶液に溶解し調製した。
迅速調製液についても品質評価および抗菌活性評価を行った。
ブロー氏液の調製
3
硫酸アルミニウムの溶解
1)
3
硫酸アルミニウム(無水物)
酢酸 (33%)
酒石酸
炭酸カルシウム
精製水
225
250
45
100
750
g
mL
g
g
mL
1) Kashiwamura et al., Otology & Neurotology, 25: 9-13, 2004.
1) 硫酸アルミニウム225gを滅菌済みガーゼで二重に包み、
滅菌精製水650mL 中に懸垂し24時間静置して溶解した。そ
の後ろ過し、ろ液を滅菌精製水で650mL とした。

2) 乳鉢内で炭酸カルシウム100gに滅菌精製水100mL を加え
研和し、その中に溶解した硫酸アルミニウムを少量ずつ加え、
さらに酢酸を加えた。

3) 1日3-5回攪拌しながら3日間冷所に放置した。

4)上澄み液をろ過し、ろ液に酒石酸を加え、さらにろ過して
調製した。
(調製に要する日数: 5日以上)
ろ過前後の溶液
炭酸カルシウムとの反応
44
S.aureus FDA 209 および MRSA に対する
各種溶液の抗菌活性の比較
MRSA
S.aureus FDA 209
35
殺菌作用
阻止円の直径 (mm)
阻止円の直径 (mm)
30
20
10
X5
X10
X 20
30
25
20
15
10
×5 ×10 ×20
×5 ×10 ×20 ×5 ×10 ×20
ブロー氏液
酢酸・酒石酸
希釈倍率
ブロー氏液
酢酸・酒石酸
酢酸
殺菌作用
静菌作用
酢酸
5
ブロー氏液の品質に及ぼす長期保存の影響
調製直後
液量回収率(%)
pH
浸透圧比
アルミニウム濃度(w/v%)
73.2
2.8
4.4
3.1
±
±
±
±
5ヵ月後
4.0
0.1
0.1
0.1
-
2.7 ± 0.1
4.5 ± 0.1
3.2 ± 0.1
平均 ± 標準誤差 (n=3)
ブロー氏液は冷所(4℃)に5ヶ月間保存した。
浸透圧比 = ブロー氏液の浸透圧/生理食塩水の浸透圧
6
MRSAに対するブロー氏液の抗菌活性に及ぼす
保存期間の影響 (4℃)
阻止円の直径 (mm)
殺菌作用
MRSA # 1
#2
# 3
20
15
10
0
1
5
0
1
5
保存期間 (月)
0
1
5
7
ブロー氏液の臨床使用症例
(広島大学病院耳鼻咽喉科外来)
治療経過 0
日数(日)
10
20
30
鼓室内注入(1回/2週)
40
50
60
70
80
90
100 110
症例 1. 71歳女性、放射線治療後
の右滲出性中耳炎
点耳(2回/日、28日間)
症例 1.
71歳、女性
耳漏再発
耳漏停止
穿孔閉鎖
耳漏停止
鼓室内注入
耳漏再発
耳漏停止
鼓室内注入(1回/1週)
症例 3.
4歳、女性
a: 平成15年4月14日
ブロー氏液使用前、耳漏確認
点耳(2回/日)
(6日間) (16日間)
症例 2.
37歳、男性
a
穿孔閉鎖
点耳(1回/日、14日間)
b
耳漏停止
(すべてMRSAが検出された症例)
b: 平成15年7月7日
耳漏停止、治癒(乾燥認める)
8
酢酸アルミニウム溶液
(1.7% アルミニウム含有) の迅速調製法
ポイント
・酒石酸
・加熱
・pH
調製方法
121 or 103 g
酢酸アルミニウム、酢酸、酒石酸を
秤量し精製水に懸濁
250 mL
↓
酒石酸
45 g
精製水
適量
沸騰湯浴中で加温溶解
(約2時間で完全溶解)
↓
精製水で全量1000mLとした
酢酸アルミニウム
1)
酢酸 (33%)
合計
1) Al2O(CH3CO2)4:
1 L
121 g
Al(OH)(CH3CO2)2: 103 g
抗菌活性に及ぼすブロー氏液および迅速
調製液のアルミニウム濃度の影響
9
阻止円の直径 (mm)
S. aureus FD209P
MRSA # 1
MRSA # 2
30
30
30
25
25
25
20
20
20
15
15
15
10
10
10
0.03
0.1
0.3 0.5 1
0.03
0.1
0.3 0.5 1
0.03
0.1
0.3 0.5 1
アルミニウム濃度 (w/v%)
ブロー氏液
迅速調製 ( Al2O(CH3CO2)4)
迅速調製 (Al(OH)(CH3CO2)2)
MRSAに対する酢酸アルミニウム溶液の
抗菌活性に及ぼす保存の影響(4℃)
殺菌作用
阻止円の直径 (mm)
10
MRSA #1
#2
#3
16
14
12
10
0
1
4
0
1
4
保存期間(月)
0
1
4
迅速調製した酢酸アルミニウム溶液(Al2O(CH3CO2)4) は精製水で10
倍希釈し、抗菌活性を測定した。
ま
11
と
め
ブロー氏液
1 ブロー氏液の抗菌活性はアルミニウム濃度に比例し増大した。また、同一のアルミ
ニウム濃度においてS.aureus およびMRSAに対する抗菌活性は同じであった。
2 長期保存(4℃、5ヶ月)後もブロー氏液の物理化学的性質や抗菌活性に変化は認
められなかった。
迅速調製酢酸アルミニウム溶液
3 Al2O(CH3CO2)4 または Al(OH)(CH3CO2)2を用いることにより、酢酸アルミニウム溶
液(1.7%アルミニウム含有)が2時間で調製可能となった。
4 迅速調製した酢酸アルミニウム溶液はS.aureus および MRSAに対し、同一のアルミ
ニウム濃度において、ブロー氏液と同程度の抗菌活性を示した。
5 長期保存(4℃、4ヶ月)後も迅速調製した酢酸アルミニウム溶液の物理化学的性質
および抗菌活性に変化は認められなかった。
12
結
論
市販の酢酸アルミニウムを用いることにより酢酸ア
ルミニウム溶液(1.7%アルミニウム含有)が2時間で調
製可能となった。迅速調製した酢酸アルミニウム溶液
は S. aureus およびMRSAに対してブロー氏液と同程
度の抗菌活性を示した。
以上、新規酢酸アルミニウム溶液は、院内で短時間
かつ簡便に調製が可能であり、MRSA感染性の難治
性中耳炎の治療に有用である可能性が示唆された。
今後、診療科と共同で、本製剤の臨床的有効性に
ついて解析を進める計画である。