米国経済UPDATE:Brexitで再利上げ時期がさらに先送りへ

Jun 27, 2016
No.2016-030
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected]
米国経済 UPDATE:Brexit で再利上げ時期がさらに先送りへ

6 月 14~15 日に開催された FOMC では、労働市場の改善ペースの減速や Brexit をめぐる不確実性
などのために、利上げは見送りとなった。

米国の国内経済は、減速傾向にあった個人消費は足下で回復してきており、労働市場の減速は一時的
とイエレン議長が述べるなど、巡航速度に戻りつつある。そのため、6 月は見送られて全体に利上げ
スケジュールが後ろ倒しになったものの、9 月には利上げが濃厚と考えられる状況にあった。

しかし、6 月 23 日に投開票された英国の国民投票において EU 離脱が多数を占めたことにより、翌
日、金融市場は大きく変動してドル高・株安が急速に進んだ。このまま Brexit に向かえば、利上げ
はさらに先送りされる見込みである。
労働市場の減速と Brexit 懸念で利上げ見送り
FOMCメンバーの政策金利予測(2016年末時点)の人数分布(人)
10
米国で FOMC(連邦公開市場委員会)が 6 月 14~15
9
日に開催されたが、今回も政策金利(FF 金利誘導目標水
8
準)は現状(0.25~0.50%)維持となり、4 回連続で利上
7
げは見送られた。声明文冒頭に明記された「労働市場の改
6
3月FOMC
5
善ペースの減速」が見送りの大きな要因となった。海外経
済や金融市場の動向については声明文では、前回同様に、
3
「注意深く監視を続ける」としたが、記者会見において、
2
Brexit について聞かれたイエレン議長は、
「今日の金融政
1
策決定の際に考慮」された懸念材料であったと述べた。
6月FOMC
4
0
0.500 0.625 0.750 0.875 1.000 1.125 1.250 1.375 1.500
(出所)FRB
6 月 FOMC ではメンバー17 人による利上げ見通しが公
FOMCメンバーの政策金利予測(2017年末時点)の人数分布(人)
表されたが、前回公表時(3 月時点)の見通しからは利上
7
げスケジュールが大幅に後ろ倒しされた。今回の見通しと
6
3 月時点の見通しとを比較すると、2016 年末時点の予想
5
FF 金利の中央値こそ 0.875%(利上げ 2 回)で変わらな
かったものの、3 月時点見通しでは利上げが 3~4 回とす
4
3月FOMC
3
6月FOMC
るメンバーも合計 7 人いたが、今回はそれが合計 2 人と
なり、代わりに 1 回が 1 人から 6 人に増えた。
2
1
0.25 % Pt 低 下し たが、 最 頻値 をみ ると 1.875 % か ら
1.375%へと 0.5%Pt 低下している。また、2018 年も中央
0
0.500
0.625
0.750
0.875
1.000
1.125
1.250
1.375
1.500
1.625
1.750
1.875
2.000
2.125
2.250
2.375
2.500
2.625
2.750
2.875
3.000
2017 年については、中央値が 1.875%から 1.625%に
(出所)FRB
値が 3.0%から 2.375%へと 0.625%Pt 低下しており、2~3 年の期間でみても利上げ見通しの後ろ倒しが
明らかになっている。
さらには、6 月 23 日に英国で投開票された国民投票において EU 離脱が多数となったため、翌日、金
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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融市場はリスク回避に大きく動きドル高・株安が進んだ。このまま Brexit に向かえば米国経済への悪影
響は必至で、利上げスケジュールはさらに後ろ倒しされるものとみられる。FF 金利先物から算出される
市場の利上げ見通し(6 月 24 日時点)は、年末まで利上げ無しが 71.0%、1 回が 23.2%、2 回以上が 0.5%
に対して、利下げ 1 回が 5.3%となっている。今後、FOMC では、Brexit が米国経済にどのように影響し
てくるかを精査していくことになる。
労働参加率の低迷は雇用のミスマッチも影響
今回 FOMC での利上げ見送り要因となった雇用情勢だが、
米国の労働市場の構造について少し詳細にみてみたい。5
月分の雇用統計をみると、雇用者(非農業部門)の増加数
非農業部門雇用の増加数推移(千人)
400
350
300
が前月比 3.8 万人増と急減速した。増加数は 2015 年平均
250
の 22.9 万人増/月から、2016 年 1~3 月平均が 19.6 万人増
200
/月、4 月が 12.3 万人増となり、トレンドとしても明らかに
150
減少傾向にあった。5 月単月では一時的要因(ベライゾン
100
のストライキが失業にカウントされたもの)が 3.5 万人分
50
あるため、実態としては 7.3 万人増となるが、それでも減
0
その他民間
政府部門
サービス業
製造業
合計
-50
少傾向は顕著になっている。
2014
2015
2016
(出所)米国労働省
その一方で、5 月の失業率は 4 月から 0.3%Pt 低下して
4.7%となった。これは、リーマンショック前、2007 年 11
失業率の推移(%)
12.0
20.0
月以来の低水準となる。雇用者増加数の急減(=労働市場
の改善ペース鈍化)と失業率の急減(=労働市場の改善ペ
18.0
10.0
ース加速)は一見矛盾するようにみえるが、労働参加率の
8.0
低下によって説明可能となる。
6.0
16.0
14.0
12.0
10.0
8.0
5 月の労働参加率は 4 月から 0.2%Pt 低下して 62.6%と
4.0
なった。労働参加率は、就業者と失業者(非就業者のうち
2.0
求職活動をしている者)との合計の、16 歳以上の民間人人
0.0
6.0
4.0
2.0
0.0
2000
05
口に対する割合を示すものである。非就業者のうち求職活
動をしていない者は労働市場から離脱したとして失業者と
10
失業率
15
U6失業率(右軸)
(出所)米国労働省
はみなされなくなり、労働参加率にも含まれなくなる。5
労働参加率の推移(%)
月は、失業者が前月比 48.4 万人減少したために失業率が下
68.0
がったが、雇用者はあまり増えておらず、失業者減少のほ
67.0
とんどが労働市場からの離脱で説明できる。
66.0
しかも、離脱者の多くは、実は就職をしたいと考えてい
65.0
る。一般の失業率ではなく、就業意思はあるものの就職活
64.0
動を止めてしまった者なども含めた広義の失業率(U6 失
業率)をみると、
5 月は 4 月と変わらず 9.7%のままである。
つまり、一般の定義による失業者の減少数(48.4 万人)と
63.0
62.0
2000
02
(出所)米国労働省
2
04
06
08
10
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ほぼ同数が、就職活動を止めて一般の定義では失業者ではなくなったものの、依然として就業意思は持ち
続けている(=U6 失業者になった)ものと考えられる。
就業意思を持っているにもかかわらず就業を諦めているという状況は決して健全とは言えず、その実態
を示す U6 失業率や労働参加率は、イエレン FOMC が、通常の失業率など主要雇用指標を補うものとし
て注視しているものである。雇用者数の増加ペース鈍化に加えて、これらの両指数が足下で停滞/減少して
いることから、6 月の FOMC でも、通常失業率の改善にもかかわらず、労働市場は弱いという結論を出
し、緩和的な金融環境を維持するために利上げ見通しも後退させたと考えられる。
ただし、イエレン議長は、6 月 21~22 日の議会証言において、この労働市場の改善鈍化は過去の消費
鈍化の影響を受けたものであり、足元では消費は改善してきていることから、労働市場鈍化も一時的なも
のに止まるであろうという見方を示している。イエレン議長のシナリオは、利上げを待つことにより景気
が回復してくれば労働需要も高まり、就職を諦めた者も労働市場に戻ってきて(=労働参加率の上昇)、
その人々が雇用されることにより、雇用者増加数も回復するというものであろう。
だが、もう一歩突っ込んで、なぜ労働市場からの離脱者が増えたのかを考えてみると、状況はもう少し
複雑である。景気の回復が十分ではなく労働需要全般が弱すぎるために失業者が就職を諦めているのであ
れば、緩和的な金融環境を維持することが改善に繋がる。しかし、自分が思うような雇用(パートでなく
正社員、あるいは、サービス業ではなく鉱業や製造業など)が無いために就職を放棄しているといった、
いわゆる雇用のミスマッチが原因であるとすると、適切な雇用政策が講じられることがなければ、金融緩
和を維持するだけでは労働参加率がなかなか改善してこないことも考えられる。その場合、ミスマッチに
より不足をきたしている業種では賃金上昇が加速してくるため、全体でもインフレ圧力が高まってくるこ
とが考えられる。
そこで賃金(時給)の動きをみると、5 月は前年同月比
2.5%の上昇と 1~2 年前と比較するとレンジが上がってき
民間部門時給の推移(前年同月比、%)
4.0
ている。足元の動きを前月比でみても、3~5 月の平均では
0.26%(年率 3.2%)上昇とやや加速してきている。
過去の消費鈍化が 5 月までの雇用鈍化につながった面が
3.0
2.0
大きいのは事実であろうが、2009 年 6 月を底に景気拡大期
間が 7 年に及び、失業率がここまで低下してきていること
1.0
を考えれば、労働参加率の低下は、もはや単純に景気や雇
用の弱さを示すものではなく、雇用のミスマッチも大きく
影響していると見るべきであろう。そうであるならば、そ
太線は3か月移動平均
0.0
08
09
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13
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(出所)米国労働省
の分、雇用者数の増加余地(完全雇用に到達するまでの余地)が狭められており、今後、Brexit の影響が
払拭されてきた時には、労働参加率が低いままで賃金上昇率が上がっていくという事態も想定される。
上半期の個人消費は巡航速度に回帰へ
次に、米国経済について、Brexit 投票前時点での状況を確認しておきたい。まず、イエレンの議会証言
において「足元では回復がみられる」とされた個人消費だが、小売売上から振れ幅の大きいガソリンを除
3
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いた財消費のトレンドをみると、3 月に前月比 0.7%減、4
小売売上高(ガソリンスタンドを除く。季節調整値)(百万ドル)
370,000
月が反動増もあり同 1.3%増と大きく振れた後、5 月は同
0.2%増となり、昨年来の「緩やかな拡大」という巡航速
360,000
度に概ね回帰した。3、4 月の増減は単月での新車販売の
350,000
振れに影響された部分が大きかったが、5 月の新車販売も
340,000
また同 0.2%増となり、1~5 月の平均(同 0.2%増)に収
330,000
束した。
320,000
サービス消費も含めた月次の個人消費統計(実質ベース)
でも、4 月は前月比 0.6%増と大きく伸びた。5 月の実績
は 6 月 29 日の発表だが、小売統計から推計すると 0.2~
310,000
(出所)米国商務省
0.3%増程度になる可能性が高い。その結果、4~6 月期の個人消費は、やや弱かった 1~3 月期(前期比
年率 1.9%増)の反動も得て高めとなり、結局、今年上半期でみれば、ここ 2 年ほどの巡航速度(年率 2.5
~3%程度)での伸びが見込まれるようになってきた。
これにより、4~6 月期は消費の拡大ペースが上がり、所得(可処分所得)の拡大ペースに追い付いて
くることが見込まれる。しかし、それでも、実質可処分所得は 1~3 月期(改訂値)が前期比年率 4.0%増、
その前 2 四半期も 3%以上で拡大していることから、依然として消費の拡大ペースとの差が 0.5~1.0%程
度残ることも考えられ、貯蓄選好が続くことになる。先月の Economic Monitor でも言及したように、特
に若年層に貯蓄選好の高まりがみられるが、その背景には、学生ローン問題とともに雇用不安がある。こ
れは従前からの傾向ではあるが、若年層は中年層以上に比べて失業率が高く、労働参加率は低く、市場の
歪みのしわ寄せが行きやすい。雇用のミスマッチも含めた労働市場の健全性回復は、消費が全開となるた
めの必要条件といえよう。
このまま Brexit に向かえば再利上げはさらに先送り
輸出・入推移(実質ベース、季節調整値、百万ドル)
そのほか、輸出入動向については、4 月の輸出は実質
ベースで前月比 2.0%増加した。3 月に同 1.9%減少した
分を取り戻した形となった。名目ベースでは、同 2.4%増。
増加した品目には、大豆、電子器具、医薬品など、3 月
190,000
126,000
ストライキ
185,000
124,000
輸出
180,000
122,000
175,000
120,000
に大きく減少した反動増と見られるものが目立った。
為替レートの推移をみると、1 月まででドル高進行が
170,000
118,000
止まり、そこから 4 月まではドル安方向に戻してきてお
り、今後、タイムラグを伴って輸出押し上げ効果が期待
される。ただし、ドル相場は 5 月からは再びドル高に転
じており、今回の Brexit によってドル高傾向の加速が続
輸入(右軸)
165,000
116,000
160,000
114,000
14
15
16
(出所)米国商務省
けば、輸出押し上げ効果は年内に消失するものとみられる。
4 月の輸入は、実質ベースで前月比 2.2%増となった。輸入は、3 月に同 5.3%と大きく減少しており、
4 月の増加幅は 3 月の減少幅の半分以下にとどまった。名目ベースでは、同 2.5%増。品目別では、3 月に
大幅減となったアパレル製品などがその減少分の一部を戻したが、携帯電話類が前月比 15.1%減少して、
4
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輸入全体(名目ベース)を 0.72%Pt 引き下げた。輸入は内需の動向に強く影響されており、5 月以降も、
基本的には内需次第となろう。
住宅投資については、5 月は着工件数が前月比 0.3%減、
着工許可件数が同 0.7%増と微増減となった。着工統計は
総じてやや停滞気味に推移しているが、内訳別にやや詳細
住宅着工・許可件数(建物種類別年率、百万戸)
0.9
0.8
0.7
にみると、調整局面に入っていた共同住宅は回復傾向に入
0.6
りつつあり、また、足下でやや足踏み傾向にある一戸建て
0.5
も新築販売が伸びてきているなど、先行き拡大していく兆
0.4
しもみえる。
0.3
一戸建・着工
一戸建・許可
共同・着工
共同・許可
0.2
設備投資については、先行指標となる非国防資本財受注
0.1
(除・航空機)が 4 月は前月比 0.4%減。今年に入ってか
0.0
らは一進一退が続いており、昨年 12 月とほぼ同水準にと
2009
10
11
12
13
14
15
16
(出所)米国商務省
どまる。ただし、原油価格が底打ち・反転してきたことに伴い、北米における原油・ガス掘削リグ数もタ
イムラグを伴い 5 月末で底打ちしており、今後の構築物投資についての明るい材料となっている。
このように、4~6 月期まででみれば、米国経済は設備投資関連に引き続き弱さは見られるものの、1~
3 月期の低成長(実質 GDP 成長率が前期比年率 0.8%増)の後で、イエレン FOMC の想定する通り高め
の成長を実現して、上半期全体でみれば年率 2%程度の緩やかな拡大基調へと回帰する可能性が高まって
いる。しかし、7~9 月期以降については、Brexit が進行していけば、市場の混乱などが消費や住宅投資
に悪影響を及ぼし、ドル高進行が先行き輸出に対する逆風となる可能性が高い。当然、設備投資にも影響
してこよう。
次回利上げのタイミングについては、6 月までの国内経済をみれば概ね順調に拡大しており、イエレン
議長も FOMC 後の記者会見において「利上げは 7 月でも不可能ではない」と述べるなど、本稿冒頭に示
したように年内 1~2 回、9 月には利上げされる情勢とみられた。しかし、英国で「離脱」派が勝利した
結果、利上げスケジュールは見通し困難となっており、このまま Brexit に向かえば、利上げはさらに先
送りされる見込みである。
5