鳥海山麓だより 15

〈鳥 海 山 麓 だ よ り
〉
ムコだから
鈴木京子 〝春〟がことのほか早く来るわけ
今 年の冬は雪がかなり少なかった。だけど、だからといって、
ではないんだナ。タイヤ交換も、カボチャやメロンの植え付けも、稲の種まきも、せいぜい三、四
日早 ま っ た 程 度 だ 。
砂丘の畑作のお手伝いを毎年させてもらっているカワマタ家に、今年は初めて稲の種まきに行っ
た。専業農家のカワマタさん夫婦、公務員の息子、元公務員の叔父さん、入り婿して兼業農家をし
ているカワマタさんの弟のショウジさん、この五人で去年までは種まきした。ただ、ビニールハウ
スでソネを並べる仕事を担当する妻のケイコさんが、去年はかなりたいへんな思いをしたことと、
七十歳近くなった叔父さんも無理がきかなくなったため、今年は「人員増」となったらしい。
カワマタさん、叔父さん、息子、ショウジさんの四人が、自宅の納屋で種まきし、軽トラック二
台に積み込む。一台がいっぱいになるとショウジさんがビニールハウスまで運転してきて、ケイコ
さんと私、ショウジさんの三人で並べる。私とケイコさんは次のトラックが来るまで小休止できる
人間の目には一面の田んぼが黄緑に見えます。写真で表現できないけれど。
が、 シ ョ ウ ジ さ ん は 暇 な く 働 く 。 サ ボ ら
ない 。
「あ っ ち ( 納 屋 ) で も こ っ ち ( ビ ニ ー ル
ハ ウ ス ) で も 働 い て。 た い へ ん だ か ら、
こっ ち で 少 し サ ボ っ て か ら 行 け ば ? 」 と
私が 言 っ て も 、 声 も な く 静 か に 笑 う だ け
で、 サ ボ ら な い 。 並 べ 終 わ る と す ぐ に 納
屋に 帰 っ て い く 。
「シ ョ ウ ジ さ ん 、 働 き 者 だ ね ぇ 〜 」
「ん だ ァ 、 ム コ だ さ げ の っ 」
ケ イ コ さ ん に よ る と 、 も と も と 偉 ぶ る
よ う な こ と の な い 次 男 だ っ た ら し い が、
「 ム コ 」 と し て 生 き る た め に は「 気 が 利
く働 き 者 」 で あ る 必 要 が あ る ら し い 。
そういえば、人柄を形容するのに「い
か に も ム コ さ ん 」「 ム コ さ ん っ て 感 じ の
田植え直後の鳥海山。田植えが終わると、こんなチョボチョボの苗なのに、
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人」という表現をよく聞く。仕事先で一緒になったシルバーさんの一人は、先回りしてよく働くこ
とに私が感心したら、「だって、オレ、ムコだものぉ」と自分で言った。この地域では「入婿が三
代続 け ば 蔵 が 建 つ 」 み た い な こ と も 言 う 。
生家を離れ〝よそ
その家のために尽くすことを自らに課し、そして世間もそれを期待する ——
の家〟に入って生きるとはそういうことなのか。だから、たいていの人は「ムコさんだからたいへ
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んだ 」 と 気 遣 う 。
じゃあ、ヨメは? ムコ四%、ヨメ九六%が日本の現状ですからネ。
Photo : Suzuki Kyoko