金融危機・通貨危機・債務危機 1 通貨危機(currency crisis) ① 固定相場制を採用している国の通貨が、外国為替市場で大量に 売り浴びせられ、 ② 通貨当局による自国通貨の防衛(外貨準備を用いた自国通貨の 買い支え)にもかかわらず、 ③ 外貨準備が枯渇してしまうと、自国通貨の価値が維持できなくな り、通貨価値が暴落することを意味する。 当該通貨が売り浴びせられるのは、近い将来その国の通貨価値 が維持できない(通貨価値が大きく下落する)という予想から、通 貨価値を維持している(通貨価値が高い)間に売っておこうとする からである。 また、通貨危機に陥った国は、国際通貨基金(IMF)から短期資金 (国際流動性=通常は米ドル)の供与を受け、枯渇した外貨準備を 補填すると同時に、IMFからは通貨危機に陥った要因を除去する ような緊縮政策をコンディショナリティーとして求められる。 2 金融危機(financial crisis) 企業の倒産や銀行の破綻などをきっかけに、金融機関が (短期)金融市場での資金調達[資金繰り]が困難となり、流 動性が不足(流動性リスク)することによって短期金利が上 昇し、ますます金融市場での資金調達が困難となり、金融 機関の破綻が相次ぐこと(システミック・リスク)。 ⇒中央銀行による金融市場への資金供給 (最後の貸 し手 Lender of Last Resort :LLR) ⇒破綻した金融機関への公的資金の投入(資本注入) ⇒金融機関による不良債権へ処理 ⇒預金保険機構 3 外国為替市場の構造 4 金融市場の仕組み 対顧客市場(小売市場) 家計 家計 預金 金利 銀 行 市場(卸売市場) 債券売却 手数料 金利 債券購入 資金 銀 行 貨幣供給増 融資 金利 企業 中央銀行 ブローカー 融資 手数料 銀 行 貨幣供給量減 資金 銀 行 企業 対顧客市場(小売市場) 5 金 融 危 機 家計 家計 預金 取り付け 銀 行 融資 中 央 銀 行 銀 行 銀 行 融資 金利 企業 最後の貸し手 (LLR) 銀 行 金利 預金保険機構 企業 金融危機 (流動性リスク⇒システミック・リスク ⇒短期金利[コールレートの上昇]) 6 債務危機(1980年代ラテンアメリカ) • 1980年代に、メキシコやブラジルなど、主にラテン・アメリカの途 上国の政府が、先進国の民間銀行から借り入れた資金が膨大 な額にのぼり、返却できなくなった問題。 • 1982年8月のメキシコの債務不履行(銀行による「デフォルト宣 言」)によって顕在化し、87年2月のブラジルの利払い停止宣言 (途上国政府による「モラトリアム宣言」)により再燃。 • その後、債務の返済繰り延べ(リスケジュール)や債務の削減な どの措置によって、世銀は92年末に「中所得途上国の債務危機 はほぼ終息した」と宣言し、「途上国債務はもはや国際金融シス テムを揺るがす脅威ではなくなった」との見方を示した。 95年末 の債務残高は2兆680億ドルと初めて2兆ドルを突破したが、世 銀はこの傾向も「途上国が国際金融市場から資金調達をしやす くなったため」と肯定的に捉えている。 • しかし、民間銀行から資金を借りることのできないアフリカ諸国 などに対する公的債務問題は、21世紀に引き継がれた問題で、 ジュビリー2000などの非政府組織(NGO)が公的債務の削減を求 めている。 7 債務危機の原因 ①70年代にOPEC諸国からのオイル・マネーがユーロ市 場を通じて途上国に還流したこと、先進国は73/4年以降 不況で、対先進国向け貸し出しは少なく、成長率の高い 対途上国向け貸し出しが増加。 ②70年代に、ドル建て・安い変動金利で借りたカネが、80 年代にレーガノミックス(*)による高金利・ドル高で変動 利付債務に対する返済負担が重くなった。 ③80年代の逆オイルショック(一次産品価格の暴落)に よって石油輸出に依存していたメキシコを直撃、交易条 件が悪化。 ④開発戦略として「輸出志向工業化」に成功したアジアNI ESは債務返済に成功し、「輸入代替工業化」に失敗した ラテン・アメリカNICSは債務返済能力に欠けた(**)。 8 (*)レーガノミックス(Reaganomics):シナリオ • 第40代アメリカ大統領ロナルド・レーガン(Ronald Reagan:在職 1981-1989)がとった一連の経済政策で、「高福祉・高負担が勤労 意欲を低下させ、政府の規制が生産効率の向上を阻んでいる」と いう新保守主義イデオロギーと、サプライサイド・エコノミックスに 基づいた、以下の4つの柱からなる。 • ①大幅減税、②歳出削減、③規制緩和、④インフレ抑制 a. 富裕層の減税⇒貯蓄の増加+労働意欲の向上b. b. 企業減税と規制緩和⇒投資の促進 c. a+b⇒経済成長⇒税率低下による歳入低下を補い、歳入を増加 ⇒福祉予算を抑制、歳出を削減⇒歳出配分を軍事支出に転換、 「強いアメリカ」の復活。 ⇒ブードゥー経済学(1980年のアメリカ大統領選挙に立候補した ジョージ・ブッシュ[父ブッシュ]が、同じ共和党の対立候補だった レーガンが唱えた新自由主義的経済政策を揶揄して呼んだ) 9 ラッファー曲線(Laffer Curve ⇒ Laughable curve) 10 レーガノミックスの帰結:双子の赤字(twin deficits) •米国の財政赤字と貿易赤字を指すが、両者の間 には「高金利⇒ドル高」という媒介項をはさんで密 接な因果関係が存在することを認める立場から特 にこう呼ばれるようになった。 •双子の赤字の因果関係は、①財政赤字に通貨供 給量抑制が加わり、民間資金需要が逼迫(クラウ ディング・アウト)して金利が高騰、②高金利が外 国資金を引きつけたことによるドル高、③ドル高に よる輸入増と輸出減で貿易赤字が拡大。これに よって米国は1985年に71年ぶりに純債務国へ転 落した。 11 ソ連のアフガニスタン侵攻 減税+軍事費増大 ⇒財政赤字 高金利 ドル高 経常赤字 インフレ抑制 ⇒MS減少 クラウディング・アウト 12 アメリカの経常収支赤字(1981年-2006年) 経常収支(10億ドル) 対GDP比(%) 100 1.0% 0 0.0% -100 -1.0% -200 -2.0% -300 -3.0% -400 -4.0% -500 -5.0% -600 -6.0% -700 -7.0% -800 -8.0% -900 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 年-9.0% 出所:Bureau of Economic Analysis(BEA), National Income and Product Accounts, International Transactions Accounts. 13 レーガノミックスとプラザ合意がもたらしたもの • 1985年のG5による「プラザ合意」の目的は、「レーガノミックス」に よって拡大した「双子の赤字」のうち、貿易赤字を縮小するために、 各国が為替市場に協調介入して、ドル高を是正すること。 • 「プラザ合意」以降、国際収支の不均衡の是正や、為替レートの安 定を目指す政策協調が定着。 • レーガノミックスがもたらした「高金利・ドル高」は、多額の対外債務 を負っている途上国にも深刻な影響を及ぼした。特に、ラテンアメリ カ諸国の累積債務問題は、1980年代の国際通貨システムを揺る がした最大の問題。 • プラザ合意以降の円高が日本経済(東アジア経済)に及ぼした影響 ①産業構造の変化。円高によって輸出が不利になった産業は、海外 での現地生産を拡大し、日本の製品輸入が増えた(⇒東アジアの 奇跡)。 ②輸出主導型の経済を内需主導型の経済に転換。しかし、その際 にとられた金融緩和政策は、超低金利時代をもたらし、株や土地な どの資産価格が高騰した(⇒バブル経済)。 14 (**)南北問題 • 北の先進国と南の途上国との間の所得格差(貧富の格 差)に起因するさまざまな問題の総称。英国の元外交 官で当時ロイド銀行頭取であったオリーバー・フランクス が、1960年に行った講演の中で、米ソの東西問題に擬 して初めて使用した考え方。 ①かつて欧米諸国や日本の植民地であった途上国の多 くは、第二次大戦後、政治的に独立したが、経済的には、 先進国に依存(需要の伸びの低い一次産品を先進国へ 輸出し、工業品は先進国からの輸入に依存する、という かつての宗主国と植民地の間の貿易構造を継承)。 ②第二次大戦後、途上国は先進国よりも高い経済成長を 遂げたにもかかわらず、途上国は人口増加率が高く、 一人あたり所得の格差は拡大した。 15 南北問題の推移 1 • このような南北問題を解決するため、途上国は西側世界とも東 側世界とも別の第三世界として、結束して国際舞台に登場した。 ①UNCTAD(United Nations Conference on Trade and Development:1964年)⇒途上国から工業品を輸出しやすいよう な条件づくり ・一般特恵制度(GSP:General Scheme of Preferences) 先進国が途上国からの輸入品に対して有利な関税率を適用す る制度 ②NIEO(New International Economic Order:新国際経済秩序: 1974年) • 発展途上国が産出する一次産品に対して、その開発・利用につ いては自らの経済発展に役立つように自主的な決定権を強化 (石油などの天然資源に対する恒久主権とその使用権の拡大) 16 南北問題の推移 2 • 1970年代から80年代にかけて、南北問題は質的に大 きく変化。一方で、途上国の中に二つの高所得グルー プが出現。 ①OPECによる二度にわたる石油価格の引き上げに成 功した中東などの産油国 ②先進国に対する製品輸出を拡大させたアジアNIES • 他方で、困難で未解決の問題が存続。 ①債務危機に陥ったラテン・アメリカ諸国 ②いまなお絶対的な貧困にあえぐアフリカ諸国 • このように、今日、南北問題は多様化する一方で深刻 化している。 17 途上国の工業化戦略 輸入代替工業化(ISI:Import Substituting Industrialization) 輸入していた工業製品を国内生産によって代替していく戦略。国 内需要(内需)に依存した工業化。 ①最終生産物に対して関税や数量制限などの保護主義的な政策を 採用 ②資本集約的な技術を用いた資本集財約財を生産 ③中間財を輸入しやすいように為替レートを高めに設定 輸出志向工業化(EOI:Export Oriented Industrialization) 海 外市場、特に先進国への輸出の拡大を中心に工業化を進める戦 略。海外需要(外需)にたよる工業化。 ①保護関税や数量制限のかわりに輸出補助金(自由貿易) ②労働集約的な技術を用いた労働集約財を生産 ③最終生産物を輸出しやすいように為替レートを低めに設定 18 輸入代替工業化から輸出志向工業化へ ①輸入代替工業化の限界 • 国内市場規模の限界 • 貿易収支の悪化 • 資本集約的技術による雇用吸収力の低さ ②輸出志向工業化への転換 • 国内市場規模が比較的大きいラテン・アメリカ諸国(ブラジル・メキシ・アルゼン チン)は輸入代替政策に固執し、国内市場規模が比較的小さい東アジア諸国 (韓国・台湾)は1960年代後半から、東南アジア諸国(タイ・インドネシア・マレー シア)は1970年代後半から、輸出志向工業化に転換した。 ③「外資導入」政策 ⇒輸出加工区(Export Processing Zone)[or 経済特区Special Economic Zone (SEZ) ] • 台湾の高雄(1965)、韓国の馬山(1970)、シンガポールのジュロン、フィリピンの バターン、中国の深圳(1979)。 • 国内市場とは隔離され、輸出品の生産のみ行うため、国内企業との競合なし。 • 輸出品の生産に必要な輸入品には関税が免除され、法人税も安いなど、税制 上の特典。 • 労働運動の規制 19 債務戦略 ①リスケジュールと緊縮型の経済調整によって流動性不 足を補う対策(IMF中心) ②新規融資と成長型の経済調整によって返済能力を高 めようとするベーカー提案(85年10月) ③債務の株式化等を含むメニュー・アプローチ(87年9月) ④債務削減を柱とするブレイディ構想(89年3月)が打ち 出され、この新債務戦略がほとんどの中所得債務国に 適用されたことや、民間銀行の貸倒引当金の積み立て が完了したことによって、中南米の中所得国を中心とし た累積危機は終息に向かった。 20 債務削減(Debt Reduction)の方法 債務の株式化(Debt-Equity Swap) ① 先進国民間企業が先進国民間銀行の抱える対途上国不良債権 を額面以下の価格で買い取り(民間銀行は不良債権を処理でき る) ② 途上国政府は企業からこの債権を自国通貨で額面で買い取る (途上国政府は債務を処理) ③ 企業は企業を設立し、発行株式を安く入手した現地通貨で買う (企業は現地通貨を安く入手できる、企業を設立できる) 債務と自然のスワップ(debt for nature swap) ① 自然保護団体が先進国民間銀行の抱える対途上国不良債権を 額面以下の価格で買い取り(民間銀行は不良債権を処理でき る) ② 途上国政府は自然保護団体からこの債権を自国通貨で額面で 買い取る(途上国政府は債務を処理) ③ 自然保護団体は安く入手した現地通貨で途上国の自然を買う (自然保護団体は現地通貨を安く入手でき、自然を買い取る) 21 債務の株式化(Debt-Equity Swap) ①債権国民間銀行が、途上国政府に対して、額面100万ドルの不良債権を抱え、 処分したいと思っている。 ②民間企業が、この債権を額面の半額の50万ドルで民間企業から購入。銀行はこ れで損はしたけれども、不良債権を償却できた(○) ③民間企業は、この債権を途上国政府に提示し、例えば額面の9割相当の「現地 通貨」で売却。途上国政府は、これで債務を自国通貨で返済できた(○)。 ④企業は現地法人を設立、それが発行する株式を入手した現地通貨で購入。現地 法人は現地人を雇用し、雇用拡大、輸出拡大に貢献する(○) 22
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