Page 1 名古屋芸衡大学研究冠要第35卷 001~017真(2014) 道徳教育

名古屋芸術大学研究紀要第 35巻
001∼ 017頁
(2014)
道徳教育実践の視点 2
-一 幼児教育における「かかわり」を手掛かりに (1)一 ―
ノ
ク
″力θ
η2
タノι
ルιθ
∫
ク
ιο
虎″
♂
″
/初 θ
´ι
/〕 吻σ
-―
・
″
′
グ
カ物οο″ 蒻 クレ″θη― 一
′
姥 絶 勿″ο″"ο/″ ′
励 筋″ο″ ♭が彦 θη ヶ
働 η∫
ノι
安部
孝
И♭♂
協カ
ク
∫
ン
フ
ケ
(人 間発達学部)
キーワード】
【
道徳 教 育
幼 児教 育
かか わ り 信 頼 感 ・ 信 頼 関係
要旨〕
【
先の考察から,道 徳教育が内包する「困難性」の要因の一つに,当 事者や評価される人物
,
観察する者や評価する者の関係 が考 えられた。
幼児 は本来,信 頼感を抱 くことができる相手 との 「かかわり」 に対する,欲 求 をもつと理解
され,大 人との 「かかわり」 を通 じて徐 々に道徳性 を身に付けてい くと考えられている。
そこで本稿では,幼 児の道徳性 を育成するための教師 と幼児 との 「かかわり」 に着目し, そ
の意味の検討 を行った。検討にあたっては,『 幼稚園教育要領』 (平 成 20年 )に 表 された 「か
かわり」 を洗 い出 し,『 幼稚園教育要領解説』 を援用 して整理 し,そ の際,特 に教師による援助
環境構成 としての 「かかわり」 や, それが幼児の他者 に対する 「かかわり」 に及ぼす影響 に着
目した。
検討 の結果 (「 環境 を通 して行 う」教育,幼 児教育 における「ふさわ しい環境」,幼 児 「個 々
に応 じる」教育のあり方,配 慮 としての 「かかわり」 という観点 ごとに整理 し,領 域 「人間関
係」,「 健康」,「 環境」,「 言葉」 について検討 した),「 かかわり」の要因や意味として,「 信頼感」
「愛情」「親 しみ」「柔軟な環境」「温 かな雰囲気」が考えられ,特 に援助や環境構成 としては「応
答」的 で「受容」的な 「かかわり」 が必要であることが分かった。小学校教育以降 においては
道徳的な価値 への気付きや実践 が重視 されるが,幼 児期 にはむしろ内面的,心 情的な安定 や充
実が問題 とされている。 したがって,道 徳教育 を考える上で,今 後,道 徳性 における発達の連
続性やその理解 のあり方について検討する必要 があると考えた。
,
,
1
課題意識
1-1
道徳教育 における「困難性」 の問題
え育が内包す る「困難性Jが 認
先の考察 において,道 徳教育の課題の一つ として,道 徳孝
半
められた 「困難性Jと は,道 徳教育が「困難な状況を前提Jと して展開す ることや,「 様 々
l。
なかかわ りや立場が関係」す ることで,求 め られる道徳的Jと 司青や価値の意味が とらえに く
資料1で は,「 子 どもの道徳性 とその
くな り,認 めに くくなることなどであった。例えば 【
未であ り,そ
評価 は周囲の内面に規定されるJと 考え られ,「 困難性Jの 根拠については曖日
れが生 じる状況において,「 困難性」 を解決する手掛か りを明らかにす ることはできなかっ
た。ただ し,当 人
(当 事者や評価 される人物)と
,観 察す る者や評価す る者 との関係 はこ
の問題の重要な要因の一つであると考え られた。
・ 1 安部「保育者養成 における F心 の教育』 の課題 2-『 困難性』 の意味 ―」『名古屋芸術大学研究紀要
第 33巻 』宅古屋芸術大学 平成 24年 ppl-15
001
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
【
資料】
…道徳教育 を考 える手掛か りとしての事例 と考察 (一 部)
《
事例 a》
転 んだ A子 を B男 が起 こ してあげた。それ を見 ていた教 師 は B男 を優 しい子 だ と褒めた。
→ B男 にそ もそ も「優 しさ」 はあったのか。
B男 の行為 を取 り上 げる時 ,A子 の不幸 ・困難が前提 となる。
B男 の 内面 とは別に教師の心が「優 しさ」 を感 じてい るのではないか。
※この場合 ,教 師 は出来事 を観察す る立場 である。
事例
《
C男 は,荷 物 を違んでいた実習生 に「持 って あげる」 と言 い,そ れ を代わ りに持 った。
→
C男 の欲求 を叶 えるための行為ではないか。
C男 に「優 しさJを 認めて も,実 習生 には助 けてほ しい とい う困難 な思 い はなかった。
考察》
B男 ,C男 は この よ うな行動 をとった理 由が不 明 な まま,「 優 しさ」 とい う道徳 的な価値
によって評価 されて い る。子 どもの道徳性 とその評価 は周囲 の内面 に規定 され る と考 え ら
れる。
事例 のように,様 々な状況において道徳的サ
N青 は認められるが,そ のような花司青がある
ことについて確認することは難 しい。また,そ のように観察者な ど周囲にいる者が,あ る
人間の内面について判断 していると考え られ,そ の意味で,道 徳性の問題 とは,「 かかわ り」
における問題 であると考えられた。
1-2
道徳教育における「かかわり」
2
幼児の道徳性の発達について [幼 稚園における道徳性の芽生えを培 うための事例集』 半
では,「 他者や社会 と調和 した形で自分 の個性を発揮 で きるようになること」 であるとし
,
人間はこのような道徳性 を当初 もっていないが,「 他者 と共にあ り,他 者に合わせ ようと
する,他 者 との間の基本的な信頼関係 を求める欲求は」 もっているとす る*3。 幼児は他者
との関係を調整 し, うまく構築す ることを道徳性 の発達以前に,そ もそも欲求 として もっ
てお り,そ れは信頼関係に姑する欲求であると理解 される。また,幼 児は,大 人との「か
かわ り」を通 して善悪の区別を知 り, しつけや大人との「かかわ り」によって「 自ら適切
な行動が取れる」 ようになるとしている*4。 っ まり,道 徳的判断や実践力の基本である善
悪 の判断や,生 活習慣や行動様式の獲得 は大人 との「かかわ りJに おいて獲得 されるので
あ り,「 かかわ り」の意味について検討す る必要があると考える。
2
目的
道徳教育のあ り方 を検討する上 で教師や家族 などの大人, もしくは仲間 と幼児 との「か
かわ り」 につい て考 える時,「 かかわ り」 を大人が どの よ うに理解 し,構 築す るのか を検
討する必要がある。それは道徳性 の育成 の問題 は「かかわ りJに おける問題 と考え られた
2
3
4
002
文部科学省 『幼稚 国における道徳性の芽生 えを培 うための事例集』 ひか りの くに 平成 13年
同 pp2 3
同 p3
道徳教育実践 の視点 2
"
大人 との「かかわ り」
か らである。そ こで本研究 では子 どもの道徳性の育成における “
の意味について検討 したいと考える。
3
方法
幼児 の道徳性 を培 うことにおける「かかわ り」 の意味 につい て,『 幼稚 園教育要領Jに
表 された内容 を洗 い 出 し,『 幼稚園教育要領解説Jを 援用 して整理す る
*5。
特 に本研究では
,
大人の「かかわ り」 に着 日し,合 わせて幼児 自身の「かか わ り」が どの ように語 られるの
かに も留意す る。
※本稿 では 『幼椎園教育要領』 における「かかわ りJに 関する言葉や表現,内 容 を取 り上げ,そ れ らを
「言葉」に とどめ,「 表現」及 び
検討す る。ただし,「 領域Jに ついては,「 健康J「 人間関係J「 環境」
,
「教師の役割」ほかについては,次 の稿 にて検討 を行 うこととする。
4 『幼稚園教育要領』 (平 成 20年 告示)に おける「かかわり」
4-1 環境を通 して行 う
幼児教育 は「環境 を通 して行 うものである」
キ
6と
されてお り,環 境が幼児 の内面に及
ぼす影響や働 きについて以下に見ることがで きる。
学校教育法 に「幼稚園は,幼 児を教育 し,適 当な環境を与えて,そ の心 身の発達を助長
することを 目的とするJと 示 されているように,適 当な環境 は幼児に与え られるべ き,発
達に とつて重要な要因である。この ことについて児嶋 は,「 子 どもが主体的に自分の身体
を用いて周囲の環境 とかかわ りなが ら遊びを展開することの大切 さを」示 し,そ こでは「子
*7と
どもがかかわ りた くなるような環境 を用意することが大 きな課題になる」
述べ ている。
かかわ りなが ら遊ぶ環境 は,大 人によつて与えられるが,幼 児 はいずれそれ らに自らか
かわろうとする ようになってい く。「かかわ り」 は環境 を間に置 いて,教 師の働 きか ら幼
児の主体性 の問題 になってい くのである。
こうした環境 は,教 師によって,幼 児 と共に作 られるものであるが, この場合 の「かか
わ りJに は「信頼関係」が要求される。
「教師 は幼児 との信頼関係 を十分に築 き,幼 児 と共に よ りよい教育環境 を創造するよう
キ
8
に努めるものとす る。
」
遊びその ものは,幼 児の発達に とつて意味のある経験 (体 験)で あるが, よい環境 の下
でそれらは得ることができると考えられる。そ して
,
文部科学省『幼稚園教育要領解説』フレーベル館 平成 20年 と『幼稚園教育要領解説』(pp255-268)
に付録 として収 められた 『幼稚国教育要領』 を用いる。
'6 「 1章 第 1節 幼稚園教育の基本」『幼稚園教育要領』 p23
※以降,『 幼稚園教育要領解説』 におけるページを記す。
‡
7 児嶋雅典「環境 による保育」森上 ・相女編 『保育用語辞典 子 どもと保育 を見つめるキーワー ド 第
3版 』 ミネルヴァ書房 2004 pp131-132
・ 8 「1章 第 1節 幼稚国教育の基本J『 幼稚園教育要領』 p23
'5
O03
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
「幼児は安定 した情緒の下で自己を十分に発揮する ことにより発達に必要 な体験 を得
*9
てい く」
とあるように幼児 と教師の「信頼関係」,そ して「安定 した情緒」 もまた発達に必要な環
境 と理解することができる。
「幼児 の 自発的な活動 としての遊びは,心 身の調和 のとれた発達の基礎 を培 う重要な学
習である」
のであ り
,
「幼児の発達は,Jと 、
身の諸狽J面 が相互に関連 し合 い,多 様な経過 をたどって成 し遂げ ら
*Ю
れてい くものである」 。
「信頼関係」は一方的な信頼感ではな く,か かわる自他相互の信頼感情に よって成 り立
つ ものである。そ して,そ のような「かかわ り」が成立す る教師 と幼児が共に教育環境 を
作 ってい くのである。
ヽ
、
と
幼児 の成長は,「 ′
身の調和 の とれた発達」や「 ′
と
身の諸狽」
面が相互 に関連 し合 い」
など,融 合や調和,相 互性 を前提 として考え られ,ま た,「 信頼関係」の下に行われる「発
達に必要な体験」には情緒の安定が求められ,そ れらが整った環境における遊びや体験に
よって「心身両面Jの 発達が培われると理解することができる。つ まり,「 心身の諸狽」
面」
が「相互に関連 し合 っているJと い う意味において,幼 児 の道徳性は,何 かを理解するこ
とだけや体験することだけでは獲得 しがた く,そ こから生 じる新 たなものや変容するもの
があると理解することができる。
4-2
ふ さわ しい環境
さらに,「 教師は,幼 児 と人や もの とのかかわ りが重要 で ある ことを踏 まえ,物 的 ・空
間的環境 を構成 しなければな らない。 また,教 師は,幼 児 一 人一 人の活動の場面 に応 じて
様 々な役割 を果 た し,そ の活動 を豊かに しなければならない。」
,
*11
とある。 これまでは,環 境その ものや,環 境 を与 えて構 成す る教 師 の働 きを「かかわ り」
と理解 したが,こ こでは, さらに教師が構成す る重要な環境 によって実現す る「人や もの J
との「かかわ り」がある ことを確認することがで きる。そ してこの「かかわ り」 は一 つ の
質 として考えることがで きると予想 される。
幼稚 区l教 育は「幼児期 にふ さわ しい幼児 の生 活が展 開され る」
*鬱
ものであ り, このふ
さわ しさと生活の意 味 と状態 ・状況 を考 える必要がある。「ふ さわ しいJと は “
相応 しい"
であ り,一 般 に,「 似 つ かわ しい」「つ り合 っているJこ とで ある。 つ ま り,幼 児が幼児 と
‡
10
↓
11
・12
O04
上 上 上 上
同 同 同 同
,9
道徳教育実践 の視点 2
してあるために,幼 児期のあ り方に現状がうまくつ り合 っている生活が求め られているに
ヽ
と
身の発達が著 しく,環境か らの影響 を大 きく受ける時期」
他ならない。また,幼 児期が,「 ′
であ り,心 身の諸狽J面 が相互関連 し,発 達が「多様な経過 をたどって成 し遂げられてい くJ
*博
,要 因 としての環境による影響 こそが,幼 児期に相応 しい ものである必要がある。
その意味で,教 師はその構成の一翼 を担っていることにおいて,影 響 の根拠 。原因である
ならば
といえよう。
*“
また,教 師 は幼児一人一 人の発達の多様な経過に応 じた指導 を行 う必要があ り ,そ
こで繰 り広げられる様 々な対応は,教 師に とつて,幼 児の変容に直接 また,多 様 にかかわ
るものであ り,「 かかわ り」その もの, またかかわる教師その ものが変容 していることを
理解する必要があるだろ う。そ して先述のように「かかわ り」その ものが,教 師 と幼児 の
相互1生 によって,融 和的に構成 されるとすれば,教 師には環境 の「ふさわ しさJと 「かか
キ
わ り」 の「 ふ さわ しさ」の程度 と変容 を見通す ことが要求 される もの と考 えられる “。
その意味で,教 師は生活の構成者 であ り,環 境 のバ ランスの按配をはか り,必 要に応 じて
それを保つ役割 を担っていることにな り,そ れゆえ教師は,不 相応や不均衡 に最 も敏感で
なければならないといえよう。また同時に,あ る環境のア ンバ ランスを補正す る能力を要
求 されると考えられる。
この「ふ さわ しさ」について,「 (3)環 境 を通 して行 う教育の特質」
キ
巧に かかわ
り」
,「
における幼児の立場か ら次のように述べ られている。
「環境 を通 して行 う教育 は,幼 児 との生活を大切 にした教育である。幼児が,教 師 と共
、さわしいかかわ り方
に生活する中で, ものや人などの様 々な環境 と出会 い,そ れらとのお
を身に付けてい くこと,す なわち,教 師の支えを得なが ら文化 を獲得 し, 自己の可能性 を
キV。
」
開いてい くことを大切にした教育 なのである。
環境 とのふさわ しい「かかわ り」 は,幼 児 の様 々な環境へ の出会 い をきっかけとするが
,
この場合 ,幼 児 は既に教師 との生活の中にある。この意味で,「 かかわ り」 のふさわ しさ
の原初的な理由は教師との出会 いとい うことがで きる。「教師の支 え」は,環 境 としての
教師の「かかわ り」 の「ふさわ しさJで あ り,そ れは「文化を獲得 し,自 己の可能性 を開
いてい くこと」 を大切にした教育がなされることである。 こうした幼児 の環境 との出会 い
は,文 化の獲得へ とつ ながっているのである。 したが つて,ふ さわしい文化 の獲得がなさ
れることにおいて,教 師 との出会い もまた「ふさわしい」 と評価 されることになる。さら
に,こ の教師を,“ 教師ではない他者"や ,大 人に置 き換 えた時,他 者 は「ふさわ しさJ
‡
13
414
同上
p23
同上
p35
上 上
同 同
‡
15 通常指導計画には,教 師のねがいとしての「子どもの姿Jが 示される。そしてそれに対応 して「援助」
や「環境構成」が示される。だが,そ こに示されるある姿 と姿を結ぶ変容そのものは見えてこない。
O05
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
を十分 にもたない場合 もあると考えられる。 この意味 で,教 師 はこの「ふ さわ しさ」 を実
現 し得 る大人であると考えられる。
また,「 ふ さわ しさ」は教師によって構成 されるが,同 時 にそれは,文 化
(と
しての環
境 )を 獲得する ことであるか ら,幼 児 の (環 境に対す る)か かわ り方 としての「 ふ さわ し
さ」 (が 成立す ること)で もあると理解 される。 つ ま り,現 在 ふ さわ しい「かかわ り」が
で きてい ることにおいて,ふ さわ しい環境 にあると認める ことがで きる。 しか し,先 述の
とお り,こ のふ さわ しい環境 は,そ もそ も教師 との 出会 いや,教 師によって与 え られる機
会
(の 有無 )に 制限され
,教 師の役害」や責任 ,
さらには保護者の考 え,そ して資質 と合わ
せて理解す る必要がある。
4-3
個 々に応 じる
キ
「③ 一 人一 人に応 じるための教師 の基 本姿勢」 略には,「 ② 一 人一 人に応 じることの
意味」 にもあるよ うに
,
、
「幼児 一 人一 人に応 じた指導 をす るには,教 師が幼児 の行動 に温 か い 関′
ふを寄せ る,′ と
の動 きに応答す る,共 に考えるなどの基 本的な姿勢 で保育に臨む ことが重要である」 *D
ヽ
とある。着 目すべ きは,「 温 かい関′
と
」 と「心の動 きに応答す る」,そ して「 共 に考 える」
が基本的な姿勢 とされていることである。 これ らには,受 容 して見守 り, また,反 応 を示
す こと。そ して,心 の機微 を察 し,共 感 しては,寄 り添 いつつ歩み を合わせ るイメー ジが
感 じられる。それは,い ずれ も幼児教育 における基 本的な概念 で ある援助 *201こ 通 じるも
の と考 えられる。 また,こ れ らか ら,一 人一 人に応 じた指導 とい う「かかわ り」 には,教
師 と幼児 との近接 した距離感 と,柔 軟性 な働 きが感 じ取 られる。「温か い 関心」 とは,好
意 の表れ で あ り,そ の基底 には信頼感があ るであろ う。 また,「 応答」 とは,呼 び掛 けに
対す る答えであ り,そ の意味 で「心 の動 きに応答する」 とは,言 葉や声 にな らない幼児 の
内面 (内 なる声 ,思 い)に 対す る気付 きであ り,反 応 で ある。そ して,「 共 に考 える」 と
は教 師に よって予め用意 された答えを教 える ことで はな く,共 に答 えにた ど り着 く (そ う
する ことを促 し,そ の ように導 くこと も含めて)こ とと理解す ることがで きる。その いず
れ も,教 師が幼児 に寄 り添 い,幼 児期 にふ さわ しい生活の中で,幼 児 の生 活に応 じて変容
してい くことであると考 える ことがで きる。
「特 に,幼 稚 園教育が環境 を通 して行 う教育 で ある とい う点 にお い て,教 師 の担 う役割
は大 きい⑤一 人一 人の幼児 に対する理解 に基づ き,環 境 を計画的に構成 し,幼 児 の主体的
・18 同上 p37
・19 同上 p37
・20 援助 :幼 児が環境 にかかわって興味や関心 を もちなが ら生み出 して い く活動の展 開や
,そ の 中で一 人
ひ と りの体験が ,幼 児 の成 長 ・発達 を促すために必要 な教 師の保育活動 を総称 して「援助 Jと い う。
後藤節美「援助」森上史朗・オ
白女霊峰編『保育用語辞典 子どもと保育を見つめるキーワー ド 第 5版 』
ミネルヴァ書房 2004 p104
oo6
道徳教育実践の視点 2
な活動 を直接援助す ると同時に,教 師自らも幼児に とつて重要な環境 の一つであることを
まず念頭にお く必要がある。
」
*別
とあるように教師の役割は環境 の一つ とされている。つ まり,教 師は環境 を与えるが,同
時に幼児 と共に変容 しつつ環境 の中にあ り,そ のことそのものが環境 であるとい うことに
なる。
4-4
配慮 としての 「かかわり」
さわ しさ」を考慮 し,指 導計画に
教師は,幼 児 との「信頼関係」や幼児期 における「おゝ
沿 って保育 を行 うが,「 ね らい」 を達成するための「かかわ り」が,指 導計画 との関係 で
「考慮」や「配慮Jと して次のように述べ られている。
「 1幼 稚園生活の全体 を通 して第 2章 に示すねらいが総合的に達成されるよう,教 育課
程 に係 る教育期間や幼児 の生活経験や発達の過程な どを考慮 して具体的なね らい と内容を
組織 しなければならないこと。 この場合においては,特 に, 自我が芽生え,他 者 の存在を
意識 し, 自己を抑制 しようとする気持ちが生まれる幼児期 の発達の特1生 を踏まえ,入 園か
ら修了 に至るまでの長期的な視野をもって充実 した生活が展開できる ように配慮 しなけれ
半
22
ばならないこと。
」
「ね らいJや 内容 は「総合的」 に達成され, この意味において環境 を通 した保育は,そ
れぞれ「ね らい」や内容 において個別的ではな く,総 合的である。そこには「かかわ り」
の姑象である幼児 の生 活経験や発達 の過程へ の配慮が要求 され,そ れゆえ時間的な幅を
もった指導計画が必要 とされる。つ まり,時 間的な幅の中で,幼 児 の実態 と「かかわ り」
は変容することになる。
また,幼 児 は「 自我 の芽生 え」 によって「他者の存在 を意識 し, 自己 を抑制 しようとす
る」 ようにな るが , ここではまず, 自己を抑制す る動機 と,自 己を抑制す る関係 にある対
象 としての他者の存在の意味につい て明 らかにす る必要があ る。 なぜ な ら,幼 児 にとつて
他者 ・大人 とは,信 頼 し得 る関係 で あ り,愛 着 を抱 く対象 であるが , 自己に影響 を与 えつ
つ , 自己を受容す る環境 で もあるか らである。 この意味 で 自己 の抑制 は信頼感情 とどう関
係 し,起 こるのか を考 えなければな らない。同時に「 自我 の芽生 え」 も自己の変容である
か ら他者 との「かかわ り」 を変容 させ る動機 となる。 したが つて,「 自我 の芽 生 え」 と他
者 による影響 としての「かかわ り」 との 関係 に着 目し,検 討す る必要があ る。
4-5「
領域」 における「かかわり」
道徳性や道徳性 の芽生えについて「領域」の「内容」や「内容の取扱 い」 に示 される内
容 を,こ こでは特に保育 を「かかわ り」の視点か ら捉 えることを一つの手掛か りとして
,
上 上
同 同
p44
「 1章 第 2節 教育課程 の構 成J p49
007
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
以下に整理する。
4-5-1「
人間関係」 に示 された道徳性
[幼 稚園教育要領Jに おける「
2人 とのかかわ りに関する領域 『人間関係』」 *23に は
,
幼児の道徳性について次のように記 されている。 この 中で,「 かかわ り」 とい う表現が用
い られているのは,一 回だが,道 徳性 との関連
(道 徳性に関する「かかわ り」
)を ,以 下「内
容の取扱 い (4)Jに 見ることができる。
「道徳性の芽生えを培 うに当たっては,基 本的な生活習慣 の形成を図るとともに,幼 児が
他の幼児 とのかかわ りの中で他人の存在に気付 き,相 手を尊重する気持ちをもって行動で き
るようにし, また,自 然や身近な動植物に親 しむことなどを通 して豊かな′
N青 が育つ ように
すること。特に,人 に対する信頼感や思いや りの気持ちは,葛 藤やつ まず きをも体験 し,そ
れらを乗 り越えることにより次第に芽生えて くることに配慮すること。
J*雰。
また,「 人間関係」の他の「内容」及 び,「 内容の取扱い」に,道 徳性に関する「かかわ
り」を見ることができ,そ れらを部分抜枠, または要約 して以下に示す *25。
「内容J
(2)自 分で考え, 自分で行動する
(3)自 分でできることは自分でする
(4)い ろいろな遊びを楽 しみながら物事をや り遂げ ようとす る気持ちをもつ
(5)友 達 と積極的にかかわ りなが ら喜びや悲 しみを共感 し合 う (6)自 分の思 ったこ
とを相手に伝 え,相 手 の思 っていることに気付 く (8)友 達 と楽 しく活動す る中で
共通の 目的を見 いだ し,工 夫 した り,協 力 した りな どする (9)よ いこ とや悪 いこ と
があることに気付 き,考 えなが ら行動す る (10)友 達 とのかかわ りを深め,思 い や り
をもつ (11)友 達 と楽 しく生 活す る中で きま りの大切 さに気付 き,守 ろ う とす る
(12)共 同の遊具や用具 を大切 に し,み んなで使 う (13)高 齢者 をは じめ地域の人 々な
,
どの 自分 の生活 に関係 の深 いい ろいろな人に親 しみ をもつ
「 内容 の取扱 い」
(1)自 分 自身の生 活 を確立 してい くこと
(3)協 同 して遊ぶ
/
(5)規 範意識 の芽生 え
(6)人 々な どに親 しみ
/
試行錯誤 しなが ら自分の力 で行 うこと
(4)(前 掲
/ 自分の気持 ちを調整す る
つ
人の役 に立 喜 びを味わ う /
家族 の愛情 に気 付 き,家
自ら行動す る力
/
/
)
折 り合 い を付 ける
族 を大七
刀に しようとす る
「内容」 (2),(3)及 び「内容 の取扱 い」 (1)は ,自 分 自身に関す ることと理解する ことが
で きる。 しか し,そ もそ も大人の世話
上 上 上
同 同 同
oo8
「 2章 人間関係J pp90 119
pl14
「 2章 人間関係」pp90‐ 119
(「
かかわ り」)を 受けていた幼児が,「 自分でJ「 自分
道徳教育実践 の視点 2
を」保つ ようになるのだから,そ れは「かかわり」の変容であると理解することができる。
4-5-2「
健康」
「幼児が教師や他の幼児 との温かい触れ合 いの中で 自己の存在感や充実感 を味わうこと
*261こ
は,「 温か い触 れ合 い」
」
などを基盤 として, しなやかな心 と体 の発達 を促す こと。
とい う表現や,「 自己の存在感や充実感」 とい う他者 との区別を前提 とす る, また,「 人間
関係」 における「自我の芽生え」の問題を含む と考え られる表現が見 られる。
「温かい触れ合 い」が もたらすのは,認 識
(の あ り方)で はな く,存 在感や充実感 を「味
わう」 ことであ り感覚的, また,情 緒的である。そ して,そ のような「かかわ り」や「触
れ合 い」については,具 体的に食事の場面を例に
,
ヽ
と体 を育 てるためには…和やかな雰囲気 の中で教師や他 の幼児 と食べ る喜 び
と
「健康 など
や楽 しさを味わった り…」
「教師や友達 と食べ るとよリー層楽 しくなることを感 じるためには,和 やかな雰囲気 づ
J
くりをす ることが大切である。
*野
日やかな雰囲気」を大切にす る目的は
。
「不
キ
28
「 自ら進 んで食べ ようとする気持ちが育つ ようにす る」
と示 されている
ことであ り,幼 児 の気持ち,′ と
J青 や意欲を育 てる「かかわ り」には,「 雰囲気」が重要 で
け・環境構成
ある とい うことがわかる。そして,そ の「雰囲気Jと 関係す る教師の働 き杵卜
については
,
「机 を食卓 らしくした り,幼 児が楽 しく食べ られるような雰囲気づ くりをした りな ど
,
*29
」
落ち着 いた環境 を整えて食事の場面が和やかになるようにすることが大切である。
とあ り,「 落ち着 いた」「不
日やか」な環境 を整えようとしている。それは,「 ものやわらか
なさま」や「穏やかなさまJで あ り,「 安定感」や安心感 である。 この穏やかさには,柔
軟 で受容的 な環境 と同様に,窮 屈 さを感 じさせない イメー ジがあると考えられる。また
,
「和やかなJは ,「 harmOnious(調 和 した。仲 の良い)」 ,「 amiable(好 意的な)」 などの意
味に通 じ,い ずれ も,幼 児 にとつて感 じの よい人 との好意的な関係 と理解す ることがで
きる。
また, こうした「かかわ り」に よって醸 し出される「寡囲気」 とは,「 その場やそ こに
い る人たちが自然に作 り出している気分」,ま た,「 ある人が周囲に感 じさせる特別な気分」
であ り,つ まりはそ こにいるものの気分である。 この気分が直接幼児の道徳性 を意味す る
とは考えられないが,楽 しく,和 やかで, また,温 かな「雰囲気」にある気分では,険 悪
上 上 上 上
同 同 同 同
「2章
「2章
「2章
「2章
健康」p81
健康J p86
健康」p86
健康」p86
O09
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
な「かか わ りJや ,他 者 に悪意 や嫌悪 感 を抱 くな どとは 考 え難 い。 そ して,「 雰 囲気
(atmosphere)」
とは「大気 や特定の場所 の空気」 に通 じるが ,同 時 に「 環境」 とい う意
味 をもつ。つ ま り,前 述の気分の置かれた「そこ」そ の ものであるとい えよう。
4-5-3「
人間関係」
では, こうした幼児を育成する「かかわりJは ,ど のように幼児 の資質や内面に関係 し
て くるのかを「人間関係Jの 「ねらいJか ら見てい きたい。
、
「他の人々と親 しみ,支 え合って生活するために, 自立′
を育て,人 とかかわる力を養う」*働
と
ここでは,か かわることがで きることで,親 しむこと,支 え合 うことができることが述
べ られている。これは,大 人が自分にかかわることによるものではな く,幼 児 自身がかか
わることによってで きる親 しみである。そ して,そ のかかわる力 とは
,
「身近な人 と親 しみ,か かわ りを深め,愛 情や信頼感をもつこと, さらに,そ の信頼感
に支えられて 自分 自身の生活を確立 してい くこと」 *訊
によって培 われてい く。
他者に対する信頼感はそもそも環境に規定されるが,そ のな 晴そのものは愛情同様,幼
児 自身が自己の内狽1に 抱 くものである。 この意味で,教 師や大人の幼児に対する信頼感が
、
ヾ
環境 として先立つ とすれば,あ る′
と
情的な環境を通 して,そ のような′
と
1青 が 身に付 くと考
えることができる。 したがって,幼 児 の内面を育てる「かかわ り」 とはかかわる人間同士
(教 師や大人と,幼 児)が ,共 にそのようなサ
劇青,心 持ちであるとい うことになる。
4-5-4「
環境」
「周囲の様 々な環境に好奇心や探究心をもってかかわ り,そ れ らを生活に取 り入れてい
こうとする力を養 う。
J*32
とい う「環境」の「ねらい」には,以 下のように記 されている。
「 (1)身 近な環境に親 しみ, 自然 と触れ合 う中で様 々な事象に興味や関′
ヽ
と
をもつ。
」
「 (2)身 近な環境に自分か らかかわ り,発 見を楽 しんだ り,考 えた りし,そ れを生活に
取 り入れようとする。
J*33
ここに述べ られた「好奇心や探求心 をもって」かかわることは「興味や関心」をもって
かかわることだが, まず「かかわ り」の対象が「身近」 (な 存在 )で あることが先行する。
教師は,「 身近」 である
(身 近にある)も
のか ら,幼 児がそれ らに親 しみやす いように工
夫するのである。そのことによって,「 身近な環境」は,幼 児が発見を楽 しんだ り,考 え
上 上 上 上
同 同 同 同
010
「2章
「2章
「2章
「2章
人間関係J p90
人間関係」p90
環境」p120
環境」p120
道徳教育実践 の視点 2
た り,関 心 をもてる対象 とな り,そ れ らを生活に取 り入れようとする ことがで きるので
ある。
環境 が関心の対象となることで「かかわ り」を成立させ,幼 児 の興味や関心 を引 き出す
ことで,生 活 の一部になってい くのである。つ まり,か かわることとは, 自己が他者 とし
ての環境 を自己の一部 として取 り入れ,受 け入れることであ り,そ の意味で「かかわ り」
における環境は自己の一部であるといえよう。幼児は
,
「物 の性質や仕組 みが分か り始める とそれを使 うことによって一層遊 びが面 白 くな り
,
」
物 とのかかわ りが深まる。
*34
が, こうした「かかわ りJに ついて,生 き物 との関係が想定 されてお り,そ れについて
,
「 (5)身 近な動植物に親 しみをもって接 し,生 命 の尊 さに気付 き,い たわつた り,大 切
にした りする。
」
「国内で生活 を共にした動植物は,幼 児に とつて特別な意味 をもっている。例えば,小
動物 と一緒に遊 んだ り,餌 を与えた り,草 花 を育てた りす る体験 を通 して,生 きてい る物
へ の温かな感情が芽生え,生 命 を大切にしようとする心が育つ。
生命の誕生や終わ りといつ
たことに遭遇することも,幼 児 の心をより豊かに育てる意味で大切な機会 となる。幼児期
」
にこのような生命 の営み,不 思議さを体験す ることは重要である。
*35
とある。そこでは,当 初幼児が
」
「小 さな生 き物に対 して,物 として扱 うようなことがある。
ことを踏まえ
,
「 このような ときにも小 さな生 き物にも生命があ り,生 きてい るのだとい うことを幼児
J
に繰 り返 し伝えることが大切である。
と,幼 児 の「気持ちを育てる」指導について示唆 している。幼児は, このような様 々な体
験や働 き掛けが多様 に繰 り返されることで「生命Jや 「生 きている」 ことに対する認識を
抱 くようになるのである。
また, このように,生 命 をもつ物の生命 に気付かせ, さらに生命が大切であることに気
「生 き
付かせるためには,「 温かな感情」の芽生えを培 うことが大切 であると述べ ている。
ている物」 に紺する「温かな感情」の芽生えの段階では,生 きている物に対 して,生 命 と
い う理解 しがたい もの,い わゆる価値 を見出 しているかは明 らかではない。むしろ,幼 児
はそれらとの「かかわ り」を通 して抱 いている,自 己の内に存在す る「温かな感情Jを 感
じている
(自
覚 している)の だと考えられる。つ まり,動 植物等 と「生活 を共にする」 と
は,一 緒に遊 んだ り,育 てた りとい う,生 きることその ものに心1青 的な「かかわ り」 をも
つことであ り,「 温かな感情」 の 自覚 を通 して相手 の生命
(や ,そ
の存在)を 感 じ取 るこ
とだと考え られる。
上 上
同 同
「2章 環境」
「2章 環境J
011
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
ところで,た とえ幼児 であって も,生 活 を共 に し,一 緒 に生 きて きた感覚 をもつ もの (他
者 )に 対 して,「 温かな感情」 を抱 きこそすれ,苛 めるよ うな ことはないで あろう。大田は
,
「生 命 はあ らゆる活動 の基礎 である。人は 自分が生 きて い る とい う感覚 をもち,そ れが周
囲の他者 にまで押 し広げ られて 『共生 の感覚』 とな り,生 命尊重 を第一義 に考 えるよ うに
なれば,人 生の課題の大 きな部分 を習得 した ことになる。その ときには今 日起 きてい るさ
まざまな教育上 の困難 は乗 り越 えられることになろ う。 いの ちを大切 にす る ものが い じめ
半
36と
には しることはないのだか ら。
」
述べ ている。 これによれば, 自分が生 きて い るとい
う感覚 こそ,他 者 にまで押 し広め られる「共生感 覚」 の原点 で ある と理 解 される。 した
が って,他 者へ 向か うことによって得 られる自己の感覚 はそれ 自体が拡張性 ,伸 張性 をも
つが ,そ れが 身近な ところか ら他者 に広がることを考えれば, 自分に最 も身近な他者 ,す
なわち信頼感 を抱 いてい る大人か ら広がってい くと考 えられる。 つ ま り,幼 児が周囲の も
の と相互 に大切 にされる (尊 重 し合 う)た めには, まずは最 も近接す る領域 にお け る「か
かわ り」 によって幼児 自身が大切 にされる実感 を得 なければな らな いの である。 この こ
とは
,
「 (6)身 近な物 を大切 にす る。
」
「幼児 は物 に愛着 をもつ ことか ら,次 第 にそれを大切 にす る気持 ちが育 つ ので,一 つ 一
つ の物 に愛着 を抱 くことがで きるように援助す ることが大切 で ある。幼児 は物 を使 って遊
ぶ 中で,そ の物がある ことによって遊びが楽 しくなる ことに気付 き,そ の物 に愛着 をもつ
*37
ようになる。
」
か らも理解す ることがで きる。そ もそ も幼児 とかかわる他者が「物」であって も,そ れに
愛着 を抱 くことか ら,大 切 にする気持 ちを育てて い くことが大切であ り,幼 児 は「かかわ
り」その ものを楽 しむ ことによって,そ の「かかわ り」 の対象に愛着 を抱 き始めるのであ
る。 したがって,教 師に よる「かかわ り」 を楽 しむ ことがで きるような援助が必要 となる。
また
,
「物 を用 い て友達 と一 緒 に遊ぶ中で,そ の物 へ の愛着 を共有 し,次 第 に 自分 たちの物
キ
皆 の物 であるとい う意識が芽生 えて くる」 38
マ
ことか ら,愛 着 の′
と
1青 を広げた前
(さ
,
VI青
き)に , 自己 と同 じ (物 に)愛 着 をもつ他者 の′
じ
を理解 し,愛 着 を共有す る「かかわ り」 を築 くことがで きると理解で きる。 この共有化 さ
れた「かかわ り」にお い ては,大 切 な者や物 に姑 して悪意 をもつ ことはな く,「 共生 感覚J
が働 くことで友達関係は自己が脅か される ことの ない「和やか」 な ものになると考 えられ
る。つ まり,「 共生感覚」や和やかな「かかわ り」 (他 を受け入れ, 自他の間で大切 なもの
を共有 し,失 わない)を 作 り出す根源 (― 共有,共 生以前 一 )は ,自 己か ら他者 に向か っ
'36 大田直道「『生命感覚』 とい うことJF揺 れる子 どもの心』三学出版 1999年 p41
Ⅲ
37『 幼稚園教育要領』「2章 環境J p127
Ⅲ
38 同上 「2章 環境J p127
012
道徳教育実践 の視点 2
ヽ
て働 く′
と
情 であると考 える ことがで きる。
太田 は,子 どもが判断 し,そ れに基 づいた行為 がで きな くな っていることを,子 どもに
おける「判断停 止」 とし,そ れは
「大 人社会 の価値規範 に属す る事柄 が子 どもに押 しつ け られた場合 に典型 的 にお きる。
子 どもは自分 たちの世界 の 内部 では決 して判断す ることをやめは しない。 しか し,わ れわ
れの 目か らみて当然判断すべ きだ と思われる事柄 に,子 どもが 関心 を示す とは限 らない。
その とき,お そ らく考 える手掛か りがないのか,あ るい は感性がそちらに向かわないので
あろう」
*39
と述 べ て い る。感1生 が向かわない とは心が動かない ことで あ り,太 田は,子 どもが
「 自分 か ら進 んで態度 を決定 し,考 えを述 べ ,行 動 に移す とい う ことが 可 能 になるた
め には,そ れな りの習熟 が必要 であ る。判 断 の 出発 は感 じる こ と,感 情 を抱 くこ とだ。
自分 の感情 をはっ き りともち,他 人の感情 や痛み を受 け止め るためには,具 体的経験 が
先行 して い なければな らない。人 は見 たことも聞 い た こと もな い ことについ ては判断す
ることがで きない」
と述べ てい る。 つ ま り,幼 児が ,和 やかな環境 の 中で,楽 しく愛着 を抱 くよ うな経験 がな
されてい れば,他 者 の感情に思 いが及び,そ れにふ さわ しい (そ れを根拠 に した)判 断が
なされ,そ れに基づ く行為 が期待 される ことになるのである。幼児の行動範囲が 「保護者
や周囲の大人 との愛情 あるかか わ りの 中で見守 られてい るとい う安心感 に支 え られ」 る こ
半
10の
も,行 動 を支 える感情が しっか りとあ り
とで「家庭の外へ と広が りを見せ始 める」
,
それに基 づ く判断が可能 だか らである。 この意味 で,教 師や大人,環 境 と同様 に,そ こに
あ る「物」 も,幼 児 の 内面 に働 き掛 け るとい う「 かかわ りJを 為 してい ると考 え られる。
また,先 述 の,「 健康 Jに おける食事 の場面 での教師の配慮や「かかわ り」 について
,
「机 を食卓 ら しくした り,幼 児が楽 しく食 べ られるような雰 囲気 づ くりを した りな ど
,
*41
落 ち着 いた環境 を整 えて食事 の場面が和や かになるようにす る ことが大切である。」
と,物 が関与す る場 の構成 を含 む環境 が幼児の花司青に与 える影響 につい て示 されてお り
,
その意味 で,す でに環境 は内面 を規定する要 因 として理解 されてい るのである。
4-5-5
「言葉」
*42に つい
「言葉」
て「かかわり」の視点から見ていきたい。
「言葉」の「ねらい」は
,
「経験 したことや考えたことなどを自分なりの言葉で表現 し,相 手の話す言葉 を聞こう
・39 大田直道「6判 断力について」『揺れる子 どもの心』三学出版 1999年 p27
↓
40『 幼稚園教育要領解説』「序章 第 2節 幼児期の特性 と幼稚園教育の役割」 p8
・41 同上 「2章 健康J p86
・42 同上 「2章 言葉J pp138 157
013
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
とする意欲や態度を育て,言 葉に対する感覚や言葉で表現す る力を養 う。
」
「 (1)自 分の気持ちを言葉で表現する楽 しさを味わ う。
」
「 (2)人 の言葉や話などをよく聞 き,自 分 の経験 した ことや考えたことを話 し,伝 え合
う喜びを味わう。
」
「 (3)日 常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに,絵 本や物語などに親 しみ
、
先生や友達 と′
と
を通わせる。
」
,
であ り,「 表現すること」,「 伝 えること」,「 伝え合 うこと」,「 絵本などに親 しむ」ことに
よって「楽 しさを味 わい」,「 喜 びを味 わい」,「 親 しみ」,「 ′
ヽ
と
を通わせるJと い う内面の
充実感を得ることをねらい としてお り,言 葉を用 いるようになって,そ の時 々のJと 司青が充
足することが望まれている。また
,
「幼児は気持ちを自分な りの言葉 で表現 したとき,そ れに相手が うなず いた り,言 葉で
*43
応答 してもらうと楽 しくなり, もっと話そうとする。
」
とあるように,幼 児 はその時 々で,内 面が充実する応答的な関係の中で楽 しさを感 じ,話
す意欲をもつ。 したがって幼児が言葉を獲得 し,そ れを用 いて「かかわ り」をもつ ように
なるには,良 好な応答を為す他者
(相 手)が 必要であ り,他 者 との関係は幼児がその時々
のサ
N青 と,言 葉を発 し,話 す ことに対 して強い影響 をもたらす と考えることがで きる。ま
た幼児は
,
「初めて出会 う人には不安感から話す気持ちになれないこともあるし,緊 張すると自分
の思 うことを言葉で うまく表現できないこともある。相手 との間に安′
ヽして言葉 を交わせ
と
キ
44
る雰囲気や関係が成立 して,初 めて言葉 で話そうとする。
」
ことか ら,幼 児が言葉を発 し,気 持ちを表現 しようとす る条件や きっかけは相手 との関係
や,安 心 して言葉を交わせる雰囲気 であるといえる。 この場合,雰 囲気 は,幼 児が何かを
しようとする時の環境 として,内 面に働 き掛ける極めて重要な要因である。そ して,そ れ
は単 なる関係 ではな く,む しろ関係 にお い て作 られ る気分 で あ り状 況であ る といえ
よう。
「幼稚園において,幼 児が周囲の人 々 と言葉 を交わす ようになるには,教 師や友達 との
間にこのような安心 して話す ことができる雰囲気があることや,気 軽に言葉を交わす こと
ができる信頼関係が成立 してい くことが必要 となる。このように,言 葉を交わす ことがで
きる基盤
(著 者に よる傍点)が 成立 していることによ り,幼 児は親 しみを感 じている教師
や友達の話や言葉に興味や関心をもち, 自分か ら聞 くようになり,安 心 して自分の思いや
*45
意志を積極的に言葉などで表現 しようとするのである。
」
自分の気持ちを周囲に広げて,共 感 し得 る関係の前提 として必要なのは互いの「間
上 上 上
同 同 同
014
「2章 言葉」p138
「2章 言葉J p140
「2章 言葉J p140
(あ
道徳教育実践の視点 2
いだ)」 の「雰囲気」と「信頼関係」である。そ して幼児が耳を傾ける興味の対象に抱 く「親
しみ」 は表現 しようとする「かかわ り」に とつて必要な条件
,「
基盤Jで ある。 しか し
,
この「基盤」は幼児が大人 と出会 う当初 から確 立されているわけではない。そのような
,
(事 項)に 示されている。
内面や関係が確立されてい く過程 は以下
「 した こと,見 たこと,聞 いたこと,感 じたこと,考 えた ことなどを伝 えることは,入
園当初 の時期,特 に 3歳 児にはまだ言葉で表す ことが難 しい場合 も多 く,表 情や動作な ど
を交えて精一杯伝えていることもある。 このようなその幼児な りの動 きを交えた表現 を教
師が受け止め,積 極的 に理解することによって,相 手に自分 の思い を分か つて もらいたい
とい う気持ちが非生えてい く。そ して,教 師が的確 にその思 い を言葉で表現 してい くこと
によつて,幼 児が表現 しようとする内容 をどう表現すればよいかを理解 させてい くことも
大切になる。教師や友達の言葉による表現 を聞きなが ら,幼 児 は自分の気持ちや考えを言
」
葉 で人に伝 える表現の仕方 を学 んでい くのである。
*46
幼児が言葉 を話す ことや話す ようになることは,周 囲の応答や働 き掛けに規定され, ま
「分
たそれ らの影響 を受ける。周囲の働 き掛け とは,幼 児 の言葉以外 の,伝 えたいこと・
か ってもらいたい とい う気持ち」 を理解することである。
教師は幼児 の「思い」を理解 し,言 葉 で表現す ることで,幼 児に「表現の仕方」を学 ば
せてい く。 しか し,「 思 い」に合 った言葉 をもたない幼児が教師が表現す る「言葉」 を
,
どのように「思い」 と一致させて理解 し得 るのかは不明であ り,不 明なものを明 らかなも
のに合致させること自体が曖味で,実 際には,幼 児 の納得や理解 は明確 さを欠 くもの と考
えられる。だが,孝史師は,幼 児の言葉にな らない「思い」を推 し量 り,幼 児が「 自分 の思
いだJと 理解 し,納 得 し得 る「言葉」 を与 え,十 分な表現へ と導 くための仲立ちをす る。
およそ教師は,経 験か らそのように推測するが,幼 児が自分す ら明 らかに知 り得ない (教
師が提示す る)「 言葉」 を受け入れるのは,(幼 児がそもそも)そ の「言葉」を知 っている
からではな く,信 頼す る人 (教 師)が , 自分 を理解 している人だと理解 しているか らであ
ろ う。つ まり,幼 児 は,「 言葉」の理解や獲得 以前の, 自己を理解 し, 自己を相手に伝 え
と
司青
るとい う,原 初的で最 も切実な「かかわ りJの 成立を「愛着」 と「信頼関係」 とい う′
に委ねていると考え られる。また幼児は
,
「集団生活の 中での人 とのかかわ りを通 して,幼 児 は, 自分の したいこと,相 手にして
キ
47
ほ しいことの言葉に よる伝え方や,相 手の合意を得 ることの必要性 を理解 してい く」
が,結 局,幼 児 は「信頼関係」や「雰囲気」な ど「基盤Jの 状況に よつて適切な相手を選
び,そ の相手の応答に助け られて「言葉」 を獲得 してい くことになる。
幼稚園生活は,「 少人数の家族 で過 ごす家庭生活 と異な り,教 師や友達,異 年齢 の幼児
上 上
同 同
2章 言葉」p141
2章 言葉」p143
015
名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014)
などか ら成る集 団で生活する場J*48で ぁ り,幼 児一人一人にとって, 自分に関する「か
かわ りJは 異なるが,そ うした中で幼児は,共 通する集団生活に必要な「言葉Jを 身に付
けてい くことになる。また,幼 児 は集団生活を送るにあたって「言葉Jの 獲得 は必要であ
るが,集 団へ の所属に よって幼児 は「みんなJ(と 表現 される集 団)の 一員 とな り,同 時
に自己は「みんな」 となる。それは
,
「 3歳 児 では,生 活に必要な言葉の意味や使い方が分か らないことがよ くある。『みんな』
キ
49
と言われたときに, 自分 も含まれているとはす ぐには理解 できないこともある。
」
ような場面 で,幼 児は,「 かかわ りJの 中で新たに出会 う「みんな」 とい う「言葉」に
,
自己を包摂 して理解することになる。このように,幼 児期には「自我の芽生え」によって
他者 と異なる自己の存在が意識 される一方で,「 言葉Jに よって「みんな」 とい う集団に
包摂 される自己も認識 される。その意味で,幼 児は「かかわ りJに おいて,「 言葉」の複
雑な表現 と意味によって,い くつ もの自己
(の 意味)を
もつことになるのである。
日常,他 者 との「かかわ りJに おけるあい さつ は「言葉」 を用 いて行 う。 このことにつ
いては
,
「幼稚 園で 日常的に交わされるあい さつ としては,朝 の あ い さつ の よ うに出会 い を喜 び
合 うことや帰 りの あい さつ の ように別れを惜 しみ,再 会 を楽 しみにす る気持 ちを伝 え合 う
ことなどが中心 となる。 また,名 前 を呼ばれた ときに返事 をす ること,相 手 に感謝の気持
、
ちやお礼 を伝 えること, さらには,相 手 のことを′
と
配 した り,元 気 になったことを喜 んだ
りする ことなども含 まれる。 また, この ようなあい さつ を交 わす ことによ り,互 い に親 し
キ
さが増す ことにもなる」 50
と,述 べ られている。
「言葉」は「かかわ りJの 中で「親 しみ」 を感 じなが ら身に付けて
い くものであ り,自 分 の気持ちを伝えるものである。特にあい さつは,用 件 を伝 える「言
葉」その ものに留まらず,幼 児一人一人が込めた「気持ちJを 伝えるものである。そのよ
うなあい さつは互 いの親 しさを増 し,そ れは一層 「言葉Jを 交わしやすい「かかわ り」や
「雰囲気Jを 生むに違いない。つ まり,「 言葉J,特 にあい さつ は「親 しみ」を「基盤」 と
しなが ら,「 親 しみ」を増すための手掛か りになるものであると考えられる。
5
考察
『幼稚園教育要領』 における,道 徳性 と「かかわ り」に関する内容や記述に着 目し,検
討 した結果,幼 児を育てるのに必要なことは「信頼感」,「 愛情」,「 愛着」,「 親 しみ」,「 柔
軟な環境」,「 温かな界囲気」などの「環境」であ り,特 に大人の「かかわ り」 としては
「応答Jや 「受容」,そ して「配慮」であることが明らかになった。
上 上 上
同 同 同
o16
章 言葉」p145
章 言葉J p141
章 言葉」p146
道徳教育実践の視点 2
また,こ れ らは,「 環境」 に必要 な要素 (要 因)で はあるが,そ れ らはす べ て,幼 児が
いる,そ の ことで (現 在 の環境 の 中に)あ り, したが つて,同 時 に,幼 児 もまた,環 境 の
構成者 であるとい うことが 明 らかにな った。幼児 は,そ れぞれが心情 ・感情 を もってお り
,
それゆえ,「 愛着」 な ど自分が「信頼感Jを 寄せ る最 も身近 な人物 を明 らかに認識 して い る。
′
N青 を「基盤」 とした「かか わ り」 は変容 し,幼 児 に射 して受容的 ,理 解的にかか わる教
「かかわ り」
卜1青 も変容す るもの と考 え られる。その意味 で道徳性 の育成 に働 き掛 ける
師の′
の意味 は,行 為や表現 か ら一様 に理解す ることは困難である。
引 き続 き,幼 児期 の教育や道徳性 の育成 を考 える上で,な ぜ ,S幼 稚園教育要領』や 『同
ヽ
と
情 を「基盤」 とした「かか わ り」 の必 要性 が共通
解説』 のいずれの章や節 ,「 領域」 で′
して述べ られているのかについ て,一 層検討す る必要があると考 える。そ してその際 ,小
学校 における道徳教育 (道 徳 の時間)の 目的が道徳的価値 の理解 と判断,そ れに基 づ く行
為 であるのに対 して,幼 児期 ではこの価値 の理解 にとらわれず ,む しろ花Ч青や寡囲気 ,芯
持 ちを基 に して,幼 児 の姿や生 活 に道徳的価値 を表現 してい るとい う特徴 に も着 目す る必
要があ ると考 える。
(了
)
017