解析 II:補足資料(1:集合と位相、点列) 以下は教科書の5章§1 (pp.173–174) その他で分散して扱われている内容への補足資料である。ただし、授 業を理解したり、問題を解いたりすることに直接関係する面について記すにとどめ、数学や歴史的な背景、発 展的な話題などには触れない。これについては、可能であれば改訂版として用意したい。 1 はじめに: 論証とイメージ 集合の問題というと、条件反射的に Venn 図のような図を描く人がいる(下図)。 しかしこれはいろいろな意味でよくない。 • まず「集合と言えば Venn 図」のような固定的・短絡的な発想そのものがよくない。これは頭の固さ、発 想の柔軟性のなさの表れであるし、知っていることにこだわり、新しい概念や知識を受け入れない表れ でもある。若いのだから、自由な発想をもって、どんどん新しいことに取り組んでほしい。 • そもそも Venn 図は今扱っているような点集合を表わすためのものではない。平面図形として描かれる が、もっと抽象的な集合の要素間の関係を表わすための図である。 • そのこともあって、点集合を表わす図としては極めて不十分であり、重要な性質を表わすことができな い。つまり点集合を表わすイメージとしては貧弱すぎる。したがって特別な場合の説明にこういった図 を使うのはいいとしても、一般の場合を表わすことには使えない。 • 数学は論証の積み重ねによって結果を示すものである。図は説明のための補助的手段として使うことは できても、論証そのものを置き換えることはできない。 「図から明らかなように」のような書き方では証 明にならない。 • 特に集合や解析を始めとして、数学のほとんどでは何らかの形で「無限」が対象となる。無限について は我々の日常的な直観やイメージはほとんど通用しないと思ったほうがよい。裏返せば、論理的な論証 だけが唯一通用する武器である。したがって Venn 図に限ったことではないが、具体的なイメージが役 に立つ範囲は限られている。 それでは直観的なイメージは不要さらには有害かと言えば、そうではない。特に数学を応用的に使う場合に は、扱う現象(自然科学にしても、CG などの計算機科学にしても)について、明確なイメージをもち、それ を数学で表現すること、逆に数学が表わす内容を的確なイメージで把握し、どういう場面に応用できるかを判 断できることが重要である。 要するに、論理的で緻密な思考方法を身につけること、数学的内容について具体性のある豊かなイメージを 持てるような知識と想像力を養うことのどちらも大事であり、将来どのような専門に進んでも、その両面の能 力が必要となる。ただ、結果を人に示す場合、例えば問題の解答を書いたり、将来的には論文を書いたりする 場合には、きちんとした論証を組み立て、また記述できることが不可欠である。そこで本授業などを通じてそ ういった訓練を重ね、身につけていってほしい。 1 点集合 2 点集合のイメージ 2.1 上でも述べたように、数学の中心となるのはあくまで論証である。しかし一方、的確なイメージを持つこと は、たとえ限界があるにせよ、論理的な関係を理解する上でも役立つ。そこで Venn 図的なものよりはもっと 的確な(平面上の)点集合のイメージを考えてみよう。 大きなテーブルクロスがあるとする。本来は真っ白なのだが、ところどころに黒いシミがついているかもし れない。シミは1か所にまとまっていてもいいし、いろいろなところに飛び飛びにあってもよい。ほとんど全 部がシミで真っ黒に見えたりしてもかまわない。テーブルクロスが全体集合 Ω、黒い部分の各点が集合 S の要 素、白い部分はそうでない点、つまり S の補集合 S c の要素と思えば、1枚のテーブルクロスが点集合 S を 表わしていることになる。例えば下の図もそれぞれ1つの点集合を表わしている。 特に全体が真っ白なら空集合 ∅ に、全体が真っ黒で白い部分が全くないなら全体集合 Ω に対応する。ただ 全体集合を平面 R2 にとれば、テーブルクロスは無限の広がりを持っていなければならない。それを的確にイ メージすることは難しいが(ある意味不可能)、適宜想像で補っていくしかない。 シミといっても、数学での話だから、必ずしも目に見えるとは限らない。点は位置だけを持ち、大きさは持 たないし、線は幅は持たないことになっているのに対し、目に見えるためには一定の大きさ(面積)がなけれ ばならないからである。そもそもテーブルクロスも布でできているなら、真っ白とは言っても糸と糸の間には 隙間があり、そこは白くないだろう。それでも、物理的な隙間は顕微鏡などで拡大すれば見ることはできるが、 数学的な点はいくら拡大しても点のままで姿は見えない。そういったものまで含めての「シミ」である。例え ば下図を考えてみよう。これは単位正方形 [0, 1] × [0, 1] を分割し、白黒の市松模様に塗り分けたものである。 Sn は各辺を 2n 等分している。 1 1 1 1 0.8 0.8 0.8 0.8 0.6 0.6 0.6 0.6 0.4 0.4 0.4 0.4 0.2 0.2 0.2 0.2 0 0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 0 0 S1 0.2 0.4 0.6 0.8 1 0 0 S2 0.2 0.4 S3 0.6 0.8 1 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 S4 n を増やすにつれ、白黒の各領域は小さくなっていき、互いに入り混じっていくのがわかるだろう。このよう なものもここで考える点集合のうちである。 問題 • 各 Sn を数式で表わせ。 境界を白黒どちらに含めるかは問題だが、公平を期して、各小正方形の下辺・左辺は正方形に 含まれ、上辺・右辺は含まれない(つまり上側、右側の正方形に含まれる)としよう。 • n → ∞ のとき Sn はどうなるか。 (きちんと論証するのが難しければ、2次元ではなく、1次元の場合(点線の間隔がどんどん 狭くなっていく)で考えてもよい。) 2 2.1.1 集合演算(和集合・積集合・補集合) 点集合1つは1枚のテーブルクロスで表わされるから、それを使って和集合・積集合などを考えることもで きる。集合 A, B のテーブルクロスを、ピッタリ合わせて重ねる(全体集合 Ω は共通だから、ピッタリ重ね ることができる)。重ね合わせていずれか一方が黒の部分(つまり真っ白でない部分)が和集合 A ∪ B 、両方 黒が重なっている部分が積集合 A ∩ B にあたる。補集合は白黒を逆転させたものと考えてもいいし、白黒の 意味を入れ替えたものと考えてもいい。 2.1.2 近傍 さて、集合 S を表わすテーブルクロス上に、いろいろな位置にいろいろな大きさの円をおいて眺めてみよ う。ただし見るのは円の内部だけで、境界(つまり円周)は対象外とする。察しがつくと思うが、円の中心を P、半径を ε(> 0) とすれば、これは ε 近傍 U (P, ε) にあたる。 • 注 1:境界を含めないのは、そのほうが扱いが簡単だからである。境界点を含むと、円の外側 と直接つながることになり、その関係をいろいろ考えなければならなくなる。昔の城壁都市 で城壁(=境界)の上にいると外の敵方から見え、狙い撃ちされるかもしれないが、城壁の中 にいれば外からは見えないようなものである。 • 注 2:図形は別に円でなくても、正方形や三角形、さらには任意の図形でも理論上はかまわな い。円にするのは、これまた扱いが一番簡単だからである。「任意の図形でもかまわない」と いうのを発展させると、「位相」の考え方につながる。 円の内部(ε 近傍)は、次の3つのうちのいずれか1つだけとなるのは明らかだろう。 • 円内はすべて真っ黒、つまりすべての点が S の要素である。この場合を 黒円 と呼ぼう。 • 円内はすべて真っ白、つまりすべての点が S c の要素である。この場合を 白円 と呼ぼう。 • 黒い点、白い点のどちらも入り混じっている。この場合を 斑(まだら)円 と呼ぼう。 斑円の場合、白い部分と黒い部分の面積の大小は問わない。1点だけが白で他は全部黒、逆に1点だけが黒で 他は全部白の場合も斑円である。1 。 黒円の場合、中心は同じで半径がそれより小さい円はすべて黒円であることは明らかだろう。逆に半径を大 きくしていくと、黒円のままでいることがあるが、ある大きさ以上になると、白点が円内に入ってきて斑円に なることもある。しかし中心付近は黒点なのだから、全体が白円になることはない。白円の場合も同様で、上 の白黒を入れ替えればよい。 問題: 黒円の半径をどんなに大きくしても黒円のままでいるのは、S が全体集合である場合に限 ることを示せ。 一方、斑円の場合は、半径をどんなに大きくしていっても斑円のままである(すでに中心付近に白点、黒点 の両方があるのだから、黒円や白円になることはない)。しかし半径を小さくしていくと、斑円のままでいる 場合、黒円になる場合、白円になる場合のいずれも起こりうる。一度黒円や白円になってしまえば、それより 半径を小さくしても黒円や白円のままだから、半径を十分小さくすれば、斑円・黒円・白円のいずれか1つに なる。以上を整理すると、下表のようになる。○は成り得る場合、×は成り得ない場合を表わす。 半径を小さくすると... 半径を大きくすると... 元の円が... 黒円 白円 斑円 黒円 白円 斑円 黒円 ○ × × ○ × ○ 白円 × ○ × × ○ ○ 斑円 ○ ○ ○ × × ○ 1 数学的には、そもそも白い部分と黒い部分の面積をちゃんと定義できるかは実は問題だが、ここでは立ち入らない。 3 例えば: S1 = {(x, y) | x ≥ 0} S2 = {(x, y) | x2 + y 2 < 1} S3 = {(x, y) | x2 + y 2 > 1} とすれば、原点が中心で半径が 1 より大きい円をとると S1 , S2 , S3 のいずれの場合も斑円だが、半径が 1 よ り小さいと、S1 は斑円のまま、S2 は黒円、S3 は白円になる(なぜか?)。 2.1.3 内点・外点・境界点 この黒円・白円・斑円を使って、内点、外点、境界点の定義を言い表してみよう。集合 S のテーブルクロス を考え、その上に勝手な点 P をとる。U (P, ε) は P を中心とする半径 ε の円の内部だったことに注意。 • P が S の内点: U (P, ε) が黒円であるような(十分小さな)ε が存在する。 • P が S の外点: U (P, ε) が白円であるような(十分小さな)ε が存在する。 • P が S の境界点: 上のどちらでもない、つまり ε をどのようにとっても U (P, ε) は斑円である。 P が S の内点なら P を中心する黒円があるのだから、P 自身も S の要素、つまり P ∈ S であるとともに、 (黒円内の)P の「ご近所」もすべて S の要素、つまり U (P, ε) ⊂ S である。いわば P は S の中に「どっぷ り漬かっている」状態である。同様に、P が S の外点なら P ∈ S c であり、U (P, ε) ⊂ S c である。なお「S の 内点は S c の外点、P の外点は S c の内点」であることに注意しておこう。 面倒なのは P が S の境界点の場合である。ここで重要なのは、内点や外点の場合と異なり、境界点は P ∈ S にも P ∈ S c にも成り得る点である(つまり境界点であるというだけではどちらにも決まらない)。実際、 U (P, ε)(ε は何でもよい)が斑円であるためには、その中に黒点・白点の両方が含まれていなければならな い。P が黒点、つまり P ∈ S であれば黒点のほうの条件は満たされている。したがって白点が存在すればよ く、例えば U (P, ε) 内で P 以外の点はすべて白点であればよい。この場合、ε をどのようにとっても U (P, ε) 内に黒点(P)、白点(P 以外の U (P, ε) 内の点)のどちらも存在するから、P は S の境界点である。同様に、 P が白点で P の回りすべてが黒点である場合も P は S の境界点である。つまり境界点は S の要素である場 合もない場合もある。 そこで P は黒点で、P の「ご近所」すべてが白点である場合に戻ろう。このご近所の中に適当に黒点を入れ ていくのだが、ご近所すべてを黒点で固めてしまうと P を中心とした黒円ができてしまう、つまり P は S の 内点になってしまう。したがって P が境界点であるためには、P のどんな近くにも必ず白点を残さなければ ならない。実はこれは、「P のどんな近くにも無限に多くの白点がある」というのと同じである。実際、ある U (P, ()δ) の中に白点が有限個しかないとしよう。そのそれぞれの点の P からの距離をとると、個数は有限個 だから最小値が存在する。したがって ε をそれより小さくとれば、U (P, ε) は黒円になってしまう。 白点の数が無限個だと、P からの距離の最小値が存在するとは限らない。例えば点列 Pn がどのよ うな n でも Pn ̸= P であり、 lim Pn = P なら、P のどのような近くにも Pn の点があるから距 n→∞ 離の最小値は存在しない(距離の下限値は 0 である)。 つまり P が黒点(P ∈ S )であれば、P のどのような近くにも白点があることが、P が S の境界点であるこ との本質である。同様に P が白点で S の境界点なら、P のどのような近くにも黒点が存在する。 2.1.4 境界線 黒円や白円だけを考えているうちはテーブルクロスの比喩は十分意味を持つが、残念ながら斑円や境界点を 考えだすと、このイメージはそろそろ通用しにくくなってくる。どんなに小さくても黒円や白円は(原理的に は)目に見えるが、孤立した境界点や、それを連ねた「境界線」などは(線は幅を持たないのだから)「目に 見えない」からである。例えば境界を含む黒円と、境界を含まない黒円との違いを、2ページにあるような図 4 の上で直接表わすことはできない。高校あたりでは境界線を実線・点線で使い分けているが、これとて境界線 が一定の長さを持つような場合にしか意味がない。 だからというわけでもないが、ここで「境界線」というものを少し考えておこう。集合 S の境界点の集合 ∂S がある曲線になるなら、それを境界線と呼ぶことに問題はないだろう。 ここで「曲線」というのは、直線、線分、折線なども含めての意味である。ただし、絶え間なく折 れ曲がるような「タチの良くない曲線」は除いて考える必要があるのだが、これは高度な話になる ので立ち入らず、タチの良い曲線だけを考えているものとする。「タチの良い」というのを少しだ け厳密に言い直すなら、曲線上の点を中心に十分小さい円をとれば、曲線によって円が2分される ようなもののことである。 集合 S にそもそも境界線があるかないかを判断するのは一般には難しいが、ある曲線が集合 S の境界線であ るかを判定するには、その上の点すべてが境界点であることを言えばよい。上で見たように、境界点は白点に も黒点にもなりうるから、境界線上の点も: • すべてが黒点 • すべてが白点 • 黒点・白点のいずれもある の3通りの場合が起こり得る。 境界線の一番簡単な例は、その曲線を境にして片側がすべて黒点、もう片側がすべて白点である場合である。 例えば単位円: ∂S = {(x, y) | x2 + y 2 = 1} を境として、内側はすべて黒点、外側はすべて白点とすれば、円 内の点はすべて集合 S の要素であり、∂S はその境界線である。これは ∂S の点を中心にどのような円を描い ても、単位円の内側の点、外側の点のいずれも含まれることによる(練習:これをきちんとした証明として記 せ)。この場合、∂S の点は、黒点・白点のいずれであってもよい。 一方、テーブルクロス上で、ある曲線 ∂S 上の点だけがすべて黒点で他は真っ白としよう。この場合、テー ブルクロスが表わす集合 S は ∂S 自身であり、これらはすべて境界点である。実際、∂S 上の点を中心に円を 描くと、その中に必ず曲線上にない点、つまり白点が入るからである。 この ∂S 上の1点 P を白点に変えたとしよう。すると S は ∂S から P を取り除いた集合: S ′ = ∂S − {P} に変わる。しかし S ′ の境界点の集合は実は ∂S のままである。これは P が境界点のままであることによる。 実際、P を中心とした円内には元の白地の部分とともに、∂S 上の黒点がいくらでも近くにあるからである。つ まり曲線が(白黒の別で)ひとつながりになっていなくても、その全体が境界線になることはありうる。 さらに、境界点の全体が行儀よく境界線の形に並ぶとは限らない。例えば: S = {(x, y) | x, y はいずれも有理数 } という集合の場合、全体集合 R2 のすべての点が S の境界点になる、つまり境界点は平面全体である。これは 「無理数にいくらでも近い有理数が存在する、逆に有理数にいくらでも近い無理数が存在する」ことによる。 こういった点も踏まえて、境界、境界点、境界線についてのイメージを、「白黒の境目」といった単純なも のから、もっと大きなイメージに広げていってほしい。 2.1.5 開集合・閉集合 上で少し先取りしてしまったが、集合 S の要素はその内点・境界点のいずれかだから、その組合せにより任 意の点集合は次のいずれかに分類できる。 (a) S の要素はすべてが内点 (b) S の要素はすべてが境界点 (c) S の要素には内点・境界点のいずれもある (d) (内点・境界点のいずれでもない、つまり S は空集合) 5 このうち (b) の例としては、上で見たように1点だけからなる集合や、曲線上の点だけの集合がある。(a) の 「すべてが内点」は下で見る開集合の場合である。また (b), (c) で、境界点は S の要素である場合、ない場合 のいずれもあるから、そのすべてが S の要素か否かでさらに場合分けができる。 開集合・閉集合の定義を思い起こすと: • S は開集合: S のすべての要素は S の内点 • S は閉集合: S のすべての境界点は S の要素 どちらにも「すべての」という語があるが、その係る先が要素か、境界点/内点かの違いがあることに注意し よう。また境界点という観点から見れば、開集合は「境界点を1つも含まない」、閉集合は「境界点をすべて 含む」ということであり、こちらのほうが対比がわかりやすいかもしれない。当然ながらそのどちらでもない 場合、つまり境界点の一部は含まれ、一部は含まれない場合もある。この場合、集合は開集合でも閉集合でも ない。(a)∼(d) の分類はすべての場合を尽くしているのに対し、開集合・閉集合というのは網羅的な分類では ない。そしてほとんどの集合は開集合でも閉集合でもなく、開集合や閉集合というのはむしろ極めて特殊な例 と思っておいたほうがよい。 さらにいくつかの注意点を述べておこう。まず「すべての」という言葉について。例えば「空集合は開集合 か?」と聞かれたとき、「すべての要素は...」と言われても、空集合には要素が1つもない。このような場合、 数学(や論理)では「条件は自動的に満たされた」とするのが約束である。したがって空集合は開集合である。 例えば「この部屋にいるすべての人はメガネをかけている」という主張を考えてみよう。部屋にい る全員がメガネをかけていればこれは正しいし、一人でもメガネをかけていない人がいれば正しく ない。では部屋に一人もいない場合はどうかと言えば、その場合にもこの主張は正しい、というこ とである。 今の場合、「すべての要素は内点」という条件は、空集合では「自動的に正しい」とするわけだか ら、開集合である条件を満たしていることになる。 これは条件が成り立つ「特殊な場合」であり、答案などを書く場合にはこの特殊な場合を見落とすことが多い ので要注意。例えば「内点が1つもない集合は開集合か?」には、普通に考えると “no!” と答えてしまいそう だが、空集合が唯一の例外になる。 同様に、閉集合のほうの「すべての境界点」のほうについても、境界点が1つもなければ自動的に成り立つ。 ただし、境界点がない集合というのは、全体集合が R2 の場合には全体集合 R2 、空集合 ∅ の2つしかない。 全体集合 Ω のとり方によってはこれは正しくない。したがってこれが成り立つのは R2 (一般に Rn )の特殊性である。例えば Ω として平面2枚からなる集合(1階と2階の床面とかを考えよう) をとると、一方の平面の点全体からなる集合は境界点を持たないが、全体集合ではない。 問題: 全体集合 R2 内の集合 S が ∅ でも R2 でもないとき、S の境界点が存在することを示せ。 (やや難) 次に、閉集合の定義では「境界点はすべて要素」とは言っているが、内点については何も言っていない。こ のように何も触れられていない場合には、 「あってもなくてもよいと考えていい」というのがやはり数学での約 束である。つまりこの定義は、閉集合には内点を持つものも持たないものもありうる、上の分類で言えば (b), (c) いずれの場合でもありうると読む必要がある(実際にあるかないかを確かめるのは別問題だが、(b) の例と して平面上の有限個の点の集合や曲線などは閉集合である(練習))。 6 2.2 証明の考え方・書き方 以上を踏まえて、点集合に関する証明問題の考え方・証明の書き方を見ておこう。ただし以下に記すのは基 本的なパターンについてであり、すでに得られた結果を利用したほうが簡単になる場合もあるし、難しい問題 の場合にはいくつかの手法を組み合わせたり、ポイントになる点を発見・発想したりする必要もある。しかし その場合でも、あるいはむしろそういった問題でこそ、最終的には下のような基本パターンに則っているか、 飛躍があったり、事実と証明されていないことを使っていないかをよく点検する必要がある。 2.2.1 基本的手法 • 内点(外点)であることを示す 点 P が集合 S の内点であることを示すには、結局は定義に戻るのが基本であり、本質的にそれ以外の方 法はない。「P は S の内部に含まれているから」といったような感覚的で根拠がきちんと示されないよ うな記述は無意味である。 定義とは P を中心とする黒円が存在すること、普通の数学の言い方では: U (P, ε) ⊂ S となる U (P, ε) が存在する ということだった。中心 P は与えられているから、半径 ε を決めれば U (P, ε) が決まる。したがって: 問題の条件から、そのような ε を具体的に示す ことが証明のポイントであり、また目標でもある。ここで「具体的」というのは、ε がとりうる数値(あ るいはそれを表わす数式)を示すのが1つの方法である。しかし内点であることを言うだけなら、ε の具 体的な値は必ずしも必要ない。したがって条件を満たす ε が存在することを、 (不等式などの形で)示す のでも十分である。なお外点であることを示す場合も、S を S c と入れ替えれば全く同様である。 例題: S = {(x, y) | x2 + y 2 < 1} のとき、P( 12 , 12 ) は S の内点である S は単位円の内部であり、P の原点からの距離は √( ) ( )2 2 1 1 1 + = √ <1 2 2 2 だから、P は S の点である(注: 内点であるための必要条件)。 これに続いて「したがって十分小さな ε をとれば U (P, ε) は S 内にある」などと書いたのでは解答にな らない。これでは単に証明すべき結論を書いただけにすぎず、ε をどのようにとるかが何も示されていな いからである。ここでは原点 O からの距離 OP = √1 2 がポイントである。したがって上に続いて: 1 そこで 0 < ε ≤ 1 − √ (> 0) である ε をとる。P を中心とした半径 ε の円内の点 Q が O か 2 ら最も離れるのは Q が OP の延長上で円と交わる点の場合であり、このとき: 1 OQ = OP + PQ = √ + ε ≤ 1 2 したがって U (P, ε) の点はすべて O から距離 1 未満だから、U (P, ε) ⊂ S 。したがって P は S の内点である。 これで一応解答としては十分だが、いくつか注意事項がある。 7 • 上では ε を 0 < ε ≤ 1 − √12 としてとったが、最初から最大限の 1 − 具体的数値(例えば 1/4)とするのでもかまわない。 √1 、あるいはそれより小さい 2 しかし上のように文字のままで残しておくほうがスマートだし一般性もある。 • 上で不等式に “=” が入ったり、最後は「1 以下」ではなく「1 未満」とするなど、微妙な使い分け がある。 Q 自体は ε = 1 − √12 のとき、OQ = 1 となる(したがって S の点ではなくなる)が、U (P, ε) は 境界である円周は含まないため、U (P, ε) 内の点は原点からの距離がこれより小さくなる。 上はそれを背景においての解答ではあるが、円周上にある/ないなどははっきり断ったほうがいい だろうし、逆に安全を期すなら、等号をいれずに 0 < ε < 1 − √1 2 などとしておくのでもよい。 • 一番問題なのは、「Q が O から最も離れているのは」のところである。 今ぐらいの場合ならこれを自明としてもいいかもしれないが、きちんと書くに越したことはないし、 改めて聞かれたらどのみちちゃんと答えられなければならない。 きちんと言うには三角不等式を使えばよく、それを使って上を書き替えると次のようになる。今度 は最初から、Q は U (P, ε) 内にあるものとして記す。 1 そこで 0 < ε ≤ 1 − √ (> 0) である ε をとり、U (P, ε) 内の任意の点 Q を考える。PQ < ε 2 だから、三角不等式により: 1 OQ ≤ OP + PQ < √ + ε ≤ 1 2 したがって OQ < 1 であり、Q は S の要素である。U (P, ε) の任意の点が S の要素だから U (P, ε) ⊂ S 、したがって P は S の内点である。 この改訂版のほうでは「O からの最大距離」がなくなり、「U (P, ε) 内の任意の点」に変わっていること に注意(これについては後でも触れる)。 ここでは例題なのでかなり細かく記したが、もっと大きな問題の中の一部なら、上よりは簡略化した形 で書くのでもかまわない。どのように簡略化できるかの判断自体も、記述能力のうちである。 • 境界点であることを示す 点 P が集合 S の境界点であることを示すには、P のいくらでも近くに S, S c の双方の要素(黒点・白 点)があることを言う。特に P 自身が黒点(白点)であることがあらかじめわかっていれば、白点(黒 点)が存在することを示すだけでよい。 上の内点(外点)の場合には ε の存在を具体的に示せばよかったが、今度は ε のほうをどのようにとっ ても、という話になる。つまり解答のポイントは: どのような(小さな)ε に対しても、U (P, ε) は斑円になる もう少し数学的に書けば: どのような(小さな)ε に対しても、U (P, ε) ∩ S ̸= ∅ かつ U (P, ε) ∩ S c ̸= ∅ 実際にはもっと簡単に、S, S c の要素が1つでも U (P, ε) に含まれることを言えば十分である。 例題: S = {(x, y) | x ≥ 0} のとき、P(0, 1) は S の境界点である 任意の ε > 0 に対し、U (P, ε) は y 軸を直径(の1つ)とする円内の点の集合であり、x 座 標が正・負のいずれの点も含む。例えば Q(ε/2, 1)、R(−ε/2, 1) とすると、Q ∈ U (P, ε)、R ∈ U (P, ε) であり、また Q ∈ S 、R ∈ S c 。 ε をどうとっても U (P, ε) 内に S, S c いずれの要素もあるから、P は S の境界点である。 8 上では黒点・白点の具体的な例として Q, R を示したが、これが最も普通かつ簡単な方法である。ただ し、このような Q, R は ε に応じて決まるものでなければならない(Q, R が ε に無関係であれば、解 答として間違っている)。 また (ε/2, 1) といった座標値には特別な意味はなく、例えば (ε/3, 1)、(ε/2, 1 + ε/2) などでもかまわな い。しかし簡単な形のほうが当然扱いやすい。特に上では Q, R が条件を満たすことは自明として記述 を省いてあるが、厳密にはこれもきちんと言わなければならない(PQ = PR = ε/2 など)。複雑な例を 出してしまうと、条件を満たすことを本当にちゃんと言わなければならなくなる。 • 否定の証明 (1) 問題には「内点でないことを示せ」、「外点でないことを示せ」といった種類のものがある。このように 否定形で表わされた問題の解答の仕方はいろいろある。 例えば「P は S の内点でない」ことを証明するには、要は内点であるための条件(定義)が一部でも成 り立たないことを言えばよい。一番簡単には「P は S の要素でない」ことが言えれば十分だが、これは 実際にはあまり使えそうにない。一方、「内点でない」なら外点・境界点のいずれかだから、それを示す のでもよい。しかしこれも2つの場合があるので面倒そうである。 これらをまとめて(あるいはむしろ定義に戻って)、「P のどのような近傍 U (P, ε) にも S c の要素が存 在する」ことを言うので十分だし、一番一般的でもある。この形にすれば、上の境界点である証明(の 半分)と同じになる。 ただし、このような言い換えがいつでもうまくできるとは限らない。否定形の証明の一番基本的かつ一 般的な方法は背理法を用いることである(これについては後述)。 • 開集合であることを示す 集合 S が開集合であることを示すには、これまた定義に戻って、S のすべての点が S の内点であるこ とを示すのが基本である。 しかし「すべての」と言っても一般に S の点は無限にあるから、1個1個について個別に述べることは 当然できない。このような場合の基本テクニックは、「S の任意の点 P(S から勝手に選んだ点 P)」に ついて、条件が成り立つこと(今の場合、S の内点であること)を示すことである。そうすれば、S の どのような点についても条件が成り立つことになる。もちろん、P の取り方は、全く限定なくすべての 場合を網羅するものでなければならない。 例題: S = {(x, y) | x2 + y 2 < 1} は開集合である 注: これは「内点」のところの例題と同じ集合であり、またその解答の改訂版で、上の「任意 の Q について」のテクニックをすでに使ってもいる。 解答としては、P( 21 , 1 2 ) を任意の点 P(a, b) (a2 + b2 < 1) に置き換えればあとはそのまま内点 の場合の解答が使える。書き出しは次のようになるだろう。 P(a, b) を S の任意の点とする(注:うるさく言えば、ここで S が空集合かどうかを 断るほうがいい)。 √ a2 + b2 < 1 であり、0 < ε < 1 − a2 + b2 である ε をとれば ... (以下略:練習) • 閉集合であることを示す 上と同様に考えれば、今度は: S の任意の境界点は S の要素である 9 ことを示せばいいことになる。しかし S そのものは問題で与えられているのに対し、何が S の境界点か は直接与えられているわけではないからまずそれを割り出さなければならず、面倒である。 それよりはむしろ、「閉集合の補集合は開集合である(開集合の補集合は閉集合である)」ことを使うほ うが一般には楽である。これ自体は証明を要することではあるが、本授業の範囲では所与として使って よい(本によってはこちらのほうを閉集合の定義とする流儀もある)。つまり: S が閉集合であることを示すには、S c が開集合であることを示せばよい • 否定の証明 (2) 例えば「S が開集合でない」ことを示すには、境界点が1つでも S の要素であれば十分である。上の閉 集合の証明の場合と違って、今度は1つだけ例を示せばいいから話は簡単になる。 なお「開集合でない」というのは「閉集合である」とは違うので注意! 「開集合でも閉集合でもない集合」 があるからである(このような間違いは後を絶たない)。 「開集合でも閉集合でもない」というのは境界点の中に S の要素、S c の要素のどちらも含まれている ということであり、これは境界点の証明の場合と似ている。 2.3 一般的・応用的手法 前節で掲げた基本的手法は、実際の問題を解く上ではその(重要な)一部にはなっても、それだけで証明が 終わりということはまずない。実際の問題、特に難しい問題では問題自身をよく分析し、ポイントになる事項 を発見し、解答を何ステップかにわたって組み立てていくことが求められるからである。 そのような方法について網羅的に述べるのは不可能だし、問題ごとに依存する面も大きい。むしろ問題を解 いていくことによって身につけるべきものである。以下では一般的な手法や着眼点について、いくつか掲げる にとどめる。 • 問題の条件を把握・分析する 例えば問題に「S を開集合とする」とあったとき、これを眺めてばかりいても何も出てこないし、点線 で囲まれた円などを描き出したら解答としてはまず見込みがない(1ページ参照)。 これを見たら、 (定義に基づいて) 「S の任意の点 P について、U (P, ε) ⊂ S となる ε が存在する」とい うのが条件反射的に思い浮かぶ、さらには書き下すぐらいでなければならない。この形にすれば証明に 使えるからである。 初心のうちは、まず問題にある事項の定義を書き下してみることを勧める。その際、問題にない記号(上 では P や ε)なども適宜導入する。数学ができる人は、おしなべて記号の使い方が(美的センスなども 含めて)上手であり、まずそういった面から真似てみよう。 例題 1: 2つの開集合の和集合・積集合は開集合であることを示せ 問題文には記号がないので、まずそれからを導入する。2つの開集合を A, B とする。 上記のように: P ∈ A なら U (P, εa ) ⊂ A となる εa が存在する Q ∈ B なら U (Q, εb ) ⊂ B となる εb が存在する 問題が言っているのは、A ∪ B, A ∩ B のいずれも開集合ということなので、2つに分ける。 A ∪ B 、A ∩ B それぞれの任意の点 P が、それぞれの内点になることを言うのが証明の目標 である。ここでポイントになるのは次が成り立つ点である(これは自分で思いつくしかない)。 A ⊂ A ∪ B, B ⊂ A ∪ B, C ⊂ A かつ C ⊂ B なら C ⊂ A ∩ B 10 A ∪ B は開集合 P を A ∪ B の任意の要素とする。P ∈ A または P ∈ B の少なくとも一方が成り立つので、 P ∈ A とする。 注: P ∈ B としても以下の証明は(A, B を入れ替えるだけで)全く同じになる。し たがって最後に「P ∈ B の場合も同様」と断るのでいいし、便利な言い方として 「一般性を失うことなく P ∈ A とする」というのもある。 A は開集合だから、U (P, εa ) ⊂ A となる εa が存在する。A ⊂ A ∪ B なので: U (P, εa ) ⊂ A ⊂ A ∪ B 、つまり U (P, εa ) ⊂ A ∪ B したがって P は A ∪ B の内点である。(P ∈ B の場合も同様) P は A ∪ B の任意の要素だったから、A ∪ B は開集合である。 A ∩ B は開集合 こちらは上よりちょっと複雑になる。 P を A ∩ B の任意の要素とする。すると P ∈ A と P ∈ B の両方が成り立つ。A, B は開集 合だから、U (P, εa ) ⊂ A, U (P, εb ) ⊂ B となる εa , εb が存在する。 注:この時点では εa , εb は互いに無関係である。ただし U (P, εa ), U (P, εb ) は共通 の中心 P をもち、したがって同心円である。この点を思いつくか、そして3ページ表 の結果を使えるかが証明のポイントである。 ε = min(εa , εb )(εa , εb の小さいほう:εa = εb であってもよい)とする。U (P, ε), U (P, εa ), U (P, εb ) は同じ中心をもつ円内の点の集合だから: U (P, ε) ⊂ U (P, εa ) ⊂ A U (P, ε) ⊂ U (P, εb ) ⊂ B が成り立つ。U (P, ε) は A, B いずれの部分集合でもあるから、U (P, ε) ⊂ A ∩ B 。 つまり A ∩ B の任意の要素 P は A ∩ B の内点だから、A ∩ B は開集合である。 この問題自体は易しい問題だが、それでも解答にあたって、新たな記号を導入する、問題の条件を詳し く書き下す、集合演算などの一般的事実を利用するなどが必要であることを踏まえてほしい。 例題 2: 点 P に対し、任意の ε > 0 について U (P, ε) ⊂ S なら S = R2 (全体集合) これは 2.1.2(3ページ)の問題の書き替えである。これも難しくはないが、慣れな いとそもそも何を言えばいいのか途方に暮れるかもしれない。示すべきことは実際に は2つあり、まず R2 は条件を満たすこと(これは簡単)、そして R2 以外は満たさ ないことである。 任意の集合は全体集合の部分集合だから、S = R2 なら U (P, ε) ⊂ S は明らか。 そこで S ̸= R2 とする。すると S c ̸= ∅ であり、Q ∈ S c である Q が存在する(ここがポイ ント)。 P = Q なら、どのような ε に対しても U (P, ε) ⊂ S とはならない。 (ここは見落としがち!なお最初から P ̸= Q というストーリーにもできる) 一方、P ̸= Q なら(ρ(P, Q) > 0 であり)、ε > ρ(P, Q) とすると、Q ∈ U (P, ε) だから、 U (P, ε) ⊂ S とはならない。 したがって任意の ε > 0 について U (P, ε) ⊂ S となるのは S = R2 の場合に限る。 なお本問も6ページの問題(下に再掲)と同様、一般の全体集合 Ω に対しては成り立たない。 11 例題 3:S ̸= ∅、S ̸= R2 (全体集合)なら S の境界点が存在する(6ページ問題) これは入口だけ述べる。 問題の条件より、P ∈ S 、Q ∈ S c である P, Q が存在する(注:この時点では P は内点か境 界点か、Q は外点か境界点かはわからない)。 2次元平面上の問題ではあるが、実際には線分 PQ(両端を含む)の上に境界点があることを 示せるし、それを示せば十分である。 方法はいくつかあり、背理法・区間縮小法などが使える(以下略:練習)。 • 背理法 数学における証明の「方法」を調べてみると、実はあまり多くの種類はない。最も基本的なのは(ここ までも用いているもので)「演繹法(三段論法)」で: A が成り立ち、「A ならば B 」も成り立つなら B も成り立つ というのが基本形である。 背理法はこれと並んで最も基本的かつ重要な証明方法の1つである。特に基礎的事項の証明や、存在証 明などで具体的事例を示すのが難しい場合などでは、背理法が唯一の証明手段といっていいケースも多 い。また背理法を使わないで証明できる場合でも、背理法が使える、さらにはそのほうがすっきりする 場合もある。 例題: 点列 {Pn } が {Pn } ⊂ M 、lim Pn = P なら P は M の内点か境界点 背理法で示す。内点でも境界点でもなければ M の外点だから、P は M の外点と仮定して (背理法の仮定)、矛盾が生じることを言えばよい。 P が M の外点とすれば、U (P, ε) ⊂ M c となる ε > 0 が存在する。ところが Pn → P だか ら、同じ ε に対し、n > N なら Pn ∈ U (P, ε) となる N が存在する。ところが問題の仮定よ りすべての n について Pn ∈ M だから、これは U (P, ε) ⊂ M c に矛盾する。 したがって P は M の外点ではない(つまり内点か境界点)。 外点の定義にも収束点列の定義にも ε 近傍 U (P, ε) が使われていることに着目すれば、「両者をつなぐ とどうなるか」という発想につながるだろう。それが上の証明になる。 • 既知の事実の利用 ここまで述べてきた項目には「定義に戻れ」と言っているものが多いが、複雑・高度な内容になると毎 回定義に戻ってもいられない。例えば導関数の計算にしても、 f ′ (x) = lim h→0 f (x + h) − f (x) h という定義に戻って計算することは実際にはほとんどなく、個別関数や加減乗除の微分公式、合成微分の 公式などだけで計算する場合がほとんどである(これらの公式自体は定義から証明されているにせよ)。 一般にも、すでに得られた結果(定理、公式など)は自由に利用してかまわない。例えば上の例題 1(開 集合の和集合・積集合)などは一般性のある公式であり、これを他の問題の解答に証明なしに利用して もかまわない。もっとも何なら使うことができて何はできないか(証明を要するか)は微妙な場合もあ る。特に初学の学生の場合、きちんと証明していないこと、中には正しくさえないことを断らずに使って 12 いるケースも多い。教師のほうもそういう目で見るから、怪しげなところは「わからずに書いているな」 と思われる危険が高い。そういう疑いを避けるためにも、またそれ以上に、自分の解答がどの程度明確 で確かなものかを確かめる意味でも、出典(教科書の定理番号など)を明記するように心がけるとよい。 例題 1: 2つの閉集合の和集合・積集合は閉集合 直接示すこともできるが、 • 開集合の補集合は閉集合、閉集合の補集合は開集合 • 集合のド・モルガンの法則(10/4 演習問題解答(増補版)p.3) (A ∩ B)c = Ac ∪ B c , (A ∪ B)c = Ac ∩ B c を使えば、上述の「2つの開集合の和集合・積集合は開集合」から直ちに示せる(練習)。 例題 2: 任意個の開集合の和集合・積集合は開集合 A1 , A2 , · · · , An はそれぞれ開集合として、 n ∪ A1 ∪ A2 ∪ · · · ∪ An = Ak A1 ∩ A2 ∩ · · · ∩ An = k=1 n ∩ Ak k=1 がそれぞれ開集合であることを示せ、ということである。今度は、 「2つの開集合の和集合・積 集合は開集合」と、やはり基本的な証明方法である数学的帰納法とを組み合わせればよい。和 集合の場合について述べておこう(積集合の場合も全く同じ)。 まず n = 1 の場合は A1 だけだから明らか。 n = k で成り立つとして、n = k + 1 の場合を考える。 A1 ∪ A2 ∪ · · · ∪ Ak = B とおくと、帰納法の仮定により B は開集合であり、したがって2つの場合の結果より、B ∪Ak+1 も開集合。集合の結合法則を使えば: B ∪ Ak+1 = A1 ∪ A2 ∪ · · · ∪ Ak ∪ Ak+1 だから、n = k + 1 の場合も成り立つ。 したがって数学的帰納法により、任意の n について成り立つ。 • 無限についての注意 冒頭でも述べたように、無限が絡むと日常的な直観はほとんど役に立たないし、有限の場合に成り立つ 事実の多くが無限の場合には成り立たない。したがって有限の場合の連想を安易に持ちこむと間違える ことになる。 例えば有限個の数値には必ず最大値・最小値が存在するが、無限個になると存在するとは限らない(4 { } 1 には最小値は存在しない(下限及び極限値は 0 ではあるが)。 ページ参照)。実際、(無限)数列 n また整数であれば、 「隣の数」、つまり整数 n に対し「次に大きい数」n + 1 や「次に小さい数」n − 1 が 存在するが、有理数や実数ではそのような「隣の数」は存在しない。例えば2つの有理数 a, b の間に必 a+b )が存在する。 ず別の有理数(例えば 2 上の和集合・積集合の話も、あくまで有限個の集合についての話で、無限個の集合の和集合・積集合: 13 A1 ∪ A2 ∪ · · · = A1 ∩ A2 ∩ · · · = ∞ ∪ n=1 ∞ ∩ An An n=1 では事情が違ってくる。実際、A1 , A2 , · · · が開集合のとき、 A1 ∪ A2 ∪ · · · = A1 ∩ A2 ∩ · · · = ∞ ∪ n=1 ∞ ∩ An は必ず開集合になるが、 An は開集合になるとは限らない。 n=1 ∞ ∩ 例:U (P, ε) は開集合だが、 U (P, 1 n ) は原点1点だけからなり、開集合ではない。 n=1 対応して B1 , B2 , · · · が閉集合の場合: B1 ∩ B2 ∩ · · · = B1 ∪ B2 ∪ · · · = ∞ ∩ n=1 ∞ ∪ Bn は必ず開集合になるが、 Bn は開集合になるとは限らない。 n=1 また2ページに掲げた「市松模様集合」Sn についても、実は lim Sn とした「極限集合」は存在しない。 ここらは単に論証力だけでなく、知識の問題にもなってきてしまうが、無限を扱う場合には有限の場合 の常識が通用しないことは心しておく必要がある。 • 参考: その他の問題形式 点集合や証明とは別の話になるが、ここで他の問題形式にも触れておこう。 数学の問題というと、計算などにより答を求めたり、ここで取り上げているような、結論を与えてその 証明を行う問題が一番普通の形式である。 これとは別の問題形式として、「点列が収束するか否かを調べる(収束するなら極限を求める)」、「命題 が正しいかどうかを判定し、正しければ証明を、正しくなければ反例を示す」といったように、結論を 示さず、それ自身を判断させるような問題がある。 この場合、まず yes/no の見込みを立てた上で中身を考えていくことにはなろうが、見込みを間違えると 悲惨である(行先のない袋小路に迷い込むことになる)。別にうまいアドバイスがあるわけではないが、 確信が持てるまでは、yes/no どちらの場合も視野に入れて考えていく必要がある。 もっとも実際の研究となると、ほとんどすべてが yes/no 不明の問題に取り組んでいるようなものであ る。それで人生を棒に振った人もいるし、長年考えあぐねたものが、あるとき突然解決したりすること もある(見込みとは逆の結果になることも珍しくない)。 さらに別種の問題として「例を示せ」というものがあり、これは学生が最も苦手とする種類の問題のよ うである。これについては基本的には経験と知識を積むことしかないが、センスや発想力の問題でもあ る。この授業の問題として出題するぐらいだからそんなに高度な知識が必要なはずはないのであり、気 楽に考えれば案外思いつくかもしれない。それとともに、まず手を動かしてみる(いろいろ試行錯誤す る)ことも大事である。 3 点列 点列の場合、2次元上の点列そのものとして見る見方と、成分(座標)ごとに見る見方のどちらも可能であ る。そして Pn (xn , yn ) に対し: 14 Pn が収束 ⇔ xn , yn のそれぞれが収束 という関係、極限値を P(a, b) と書けば: lim Pn = P ⇔ lim xn = a かつ lim yn = b という関係がある(こう書くとほとんど自明に見える)。裏返せば: Pn が発散 ⇔ xn , yn の(少なくとも)どちらかが発散 したがって成分ごとに別々に扱えるなら、点列(2次元)の話が数列(1次元)2個の話になり、すでに持っ ている(はずの)数列の収束についての知識がそのまま使える。もっとも点列の側から見れば、これでは面白 くない。それに(演習問題等にもあるが)x, y 成分が相互に依存している場合、成分ごとに分けて扱えるとは 限らない。 点列そのものとして見る場合、点列の収束の定義に戻って: lim Pn = P ⇔ ∀ε > 0 : ∃N > 0 : ∀n > N : ρ(Pn , P) < ε n→∞ (わざと論理記号で書いたが、意味はわかるだろう。 また 12 ページで述べたように、「ρ(Pn , P) < ε」は「Pn ∈ U (P, ε)」と同じである。) 点列が極限 P に至る近づき方は様々だが、上の定義ではこれを「P からの距離」という1つの数値に単純 化しており、形の上では数列の極限の定義と同じである。したがって ρ(Pn , P ) が簡単に表わせれば、これま た数列の問題に還元できる。 以上を踏まえて点列の問題、とりわけ点列の収束の問題の解法を整理してみよう。まず大きな区分としては: (a) 極限点がわかっている(与えられている)、あるいは簡単に見込みが立つ (b) 収束することはわかっている(与えられている)が、極限点の見込みは簡単には立たない。 (c) 収束するかどうかがわからない。これはさらに次の2つに分かれる。 (c1) 収束するかどうかだけ判定すればいい場合 (c2) 収束する場合にはさらに極限点も求める必要がある場合 これにさらに、成分ごとに扱えるか/扱えないかの別が加わる。まずいずれの場合にあたるかを考え、それに 応じた解法を考えていく必要がある。 • 成分ごとに扱える場合には、そうしてしまったほうが一般には簡単である。 例えば: ( ) ( ) ( ) ( ) x0 1 xn+1 1 2xn + yn = , = 3 xn + 2yn y0 0 yn+1 といった問題は、xn , yn についての線形連立漸化式だから、xn , yn について解くことができる。 • (a) の場合、極限点からの距離 dn = ρ(Pn , P) が簡単に表わせるかを考える。例えば ( ) ( ) ( ) ( ) x0 1 xn+1 1 −yn = = (n ≥ 0) 2 y0 0 yn+1 xn の場合、極限点は P(0, 0) と見込めるから、これとの距離を考える。 x20 + y02 = 12 + 02 = 1 ( y )2 ( x )2 1 n n 2 x2n+1 + yn+1 = − + = (x2n + yn2 ) 2 2 4 1 1 dn 、したがって dn = n だから lim dn = 0。つまり見込み通り、P(0, 0) に収束す 2 2 ることが示された(ただし、これだけでは「近づき方」はわからない)。 だから、dn+1 = 15 • (b) の場合は通常の計算問題がほぼこれにあたり、成分ごとに分けた数列の問題として扱えないと難問に なる。したがって成分ごとに表わす方法を考えるのが先決である。各成分を簡単な数式で表わせない場 合にも、何らかの評価式を考えてみる。 (c1) の場合、とりわけ点列が具体的に与えられず、証明問題の形になっている場合は、一般的な収束判定方 法を用いることになる。ここで数列の場合と、点列、さらに関数列などもっと一般的な無限列の場合との違い が出る。 数列の場合、一般的な収束判定法として次のようなものがある(これですべてというわけではない)。 (1) (単調定理)上(下)に有界な単調増加(減少)数列は収束する。 (2) (区間縮小定理)an は単調増加、bn は単調減少で an ≤ bn であり、lim(bn − an ) = 0 なら、an , bn は共 通の極限に収束する。 (3) (挟み撃ちの原理)n が十分大きければ常に an ≤ cn ≤ bn であり、an , bn が同じ極限値に収束するなら cn もその極限値に収束する。 (4) (完備定理)コーシー列は収束する。 しかし (1)∼(3) は数の大小関係(順序関係)に基づいていて、数同士は a < b のように大小比較できること を利用している。これに対し、点列の場合、うまく利用できるような大小関係は存在しない(少なくとも簡単 には定義できない)。例えば「(1, 2) と (2, 1) のどちらが大きいか?」と聞かれても困るだろう。 そこで点列の場合にも共通に使えるのは、(4) のコーシー列であることを示す方法だけである。もっともこ こでも、成分ごとに分けて扱えるなら、数列の収束判定方法が使える。 例えば授業中に述べた「連続する点同士の距離が半分ずつになっていく」と言う条件しか与えられていない 問題の場合、極限点(の見込み)を具体的に考えることはできない。したがって収束列であることを示すには、 コーシー列であることを示すか、成分ごとに考えて数列の収束判定方法を使うかのいずれかの方法をとること になる。またこれだけの条件でも収束することは示せるのである。 なお収束することはわかっても、具体的な極限を求めることはまた別問題である。ここらは (c2) の話にな るが、数列の場合でも、収束することは示せても、具体的な極限値を求めるのは極めて難しい場合は少なくな い。例えば: ( )n 1 1+ n ∞ ∑ 1 2 n n=1 といった数列・級数が収束することは簡単に示せるが(どちらも (1) の単調定理が使える)、極限値: )n ( ∞ ∑ π2 1 1 e = lim 1 + = n→∞ n 6 n2 n=1 を求めるのははるかに難しい(e の場合は値を求めるというより、e 自体の定義というべき)。 16
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