じ う と う じ ゅ ん 慈雨等潤 城東小学校 校長だより 第9号 平成 28 年 5 月 16 日 【校歌を胸に】 4月25日の西日本新聞夕刊の一面トップは「熊本城修復 いばらの道 期間10年超、 最大200億円か」という見出しの記事でした。熊本城の現状に胸の痛みを覚えながら、その 記事の隣にある「“誇りの城”校歌を胸に」という文章に目が留まりました。 熊本市立城東小は、熊本城に最も近い中央区千葉城町にある。熊本地震で傷ついた天守 閣や宇土櫓の映像を見るたび母校の校歌を口ずさむのがくせになった。 《銀杏(ぎんなん)城東朝夕に/清正公の恩徳を/仰ぎてともに学びゆく/われらに深 き歓喜あり》 熊本城の別名、銀杏城は加藤清正が築城時に植えたとされるイチョウに由来する。校庭 で野球に明け暮れた少年時代、センター後方にそびえる天守閣をチームの監督が指さし「熊 本城に向かって打て」と指導されたのを覚えている。 地震発生以降、被災地の前線記者から届く膨大な取材メモを福岡市の本社で記事にする 仕事に追われている。次々に判明する死者、欠乏する水と食料、終息のめどがつかない余 震。現地からの情報に胸が締め付けられる。気持ちを静めて原稿に向き合うためおまじな いのように校歌を口ずさむ。 阿蘇山麓の米塚にひびが入り、火振り神事で知られる阿蘇神社の楼門が倒壊。白川護岸 も各所で被害を受けた。いずれも熊本県民の誇りである。被災地の喪失感はいかばかりか。 《噴煙高き大阿蘇と/流れは遠き白川の/尽きせぬ力鑑(かがみ)とし/われらに高き 理想あり》 城東小の校歌3番はこう結ぶ。復興を誓うふるさとの高き理想と、尽きせぬ力を信じて いる。(池田郷) 記事の最後には「池田郷」という署名が入っています。文章を読んでも分かるように、 この池田さんは城東小学校の出身だということです。福岡の本社で、熊本の前線記者から 届く情報を、胸を締め付けられる思いをしながら記事にしている池田さん。その気持ちを 静めるおまじないのように口ずさむのが、城東小学校の“校歌”だというのです。 城東小学校を愛し、思い、拠り所としている先輩がいる。その思いの温かさと重さを受 け止めながら、日々の仕事に取り組んでいきたいと思います。
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