欧州中央銀行:「バズーカ砲」は目標を捉えられ るか?

欧州中央銀行:「バズーカ砲」は目標を捉えられ
るか?
2016年 5月 9日
ゼーン・ E ・ブラウン
パートナー、債券ストラテジスト
ユーロ圏における銀行貸出の拡大を目的とした欧州中央銀行(ECB)の積極的な取り組みは、
向こう数ヶ月間にどのように展開していくでしょうか。以下に見て行きます。
要旨
2016 年 3 月、欧州中央銀行(ECB)は、ユーロ圏における銀行貸出の拡大を目的に、積極的な
刺激策を発表しました。これにより 3 つの重要な疑問が生じています。

果たして銀行貸出は拡大するでしょうか。貸出拡大を目的とする ECB のかつての取り組
みが成果を上げたことを踏まえると、銀行融資がさらに拡大するとの期待は妥当なもの
でしょう。

貸出基準が緩む可能性はないでしょうか。借入需要は十分に強く、長期貸出に関する通
常の基準を緩めずとも融資の拡大は可能と見られます。

銀行の収益性に影響はないでしょうか。ECB の拡大資産購入プログラムによる金利へ
の下押し圧力、および銀行の信用格付けへの懸念を背景に、ユーロ圏の銀行の収益性
が圧迫される可能性があります。

鍵となる論旨—貸出基準の急激な緩和によらずとも貸出の伸びが加速し、最終的にユー
ロ圏の景気が緩やかな回復に向かうと期待できるだけの根拠が存在します。
米国の国内総生産(GDP)成長率が 2%手前で足踏みし、国際通貨基金(IMF)が 2016 年の世界
景気の鈍化を警告するなかで、ユーロ圏経済が多少なりとも回復できるのか、その希望は欧州
中央銀行(ECB)に託されています。これに対して ECB は 3 月 10 日に「バズーカ砲」と評される
政策行動を発表しました。この政策行動の目的は、①民間銀行が ECB に余剰資金を預ける際
のコストの引き上げ、②貸出増加分に対する借換インセンティブの付与、③全体的な資金調達コ
ストのさらなる低減を目指す資産購入プログラムの拡充、によって、銀行貸出を促進させることに
あります。
ECB が 3 月に見せた積極的な動きは、以前からの政策の拡大版であることから、従来策が成功
したという証拠がこのアプローチを支えるに十分なほど存在するのかどうかを見極めることが重
要となります。ECB の積極的なアプローチに対する投資家の懸念は、当然ながら、ECB のマリ
オ・ドラギ総裁にも共有されています。ここではバズーカ砲の波及効果について、主な 3 つの疑
問に答えていきます。まず、果たして銀行貸出は拡大するのか、次に貸出基準が緩む可能性は
ないか、そして銀行の収益性に影響はないか、という疑問です。ユーロ圏における貸出の伸びと
貸出基準に関する最近の動向を検証すれば、これらの疑問への答えを得る助けとなるはずです。
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また ECB の政策がユーロ圏の成長を促進するのか、あるいは信用環境に悪影響を及ぼす結果
となるのか、といった点に関して、投資家の判断に材料を提供することにもなります。
1)銀行貸出は拡大するのか
ECB の政策は、民間銀行が ECB に預け入れる余剰資金に 0.40%の手数料を課すことで貸出を
行わない銀行にペナルティーを与える一方、貸出目標を達成した銀行に対しては、新たな貸出条
件付き長期資金供給オペ(TLTRO II)を通じて最大 0.40%の金利を支払うことで事実上の報酬を
与えるという、「飴とムチ」型のアプローチになっています。ECB は、貸出の拡大が成長の加速に
つながることを期待しています。中銀預金金利のマイナス 0.40%への引き下げ実行が 3 月 16 日、
TLTRO II の開始が 6 月であることから、これらの政策による成功の証が得られるのは数ヶ月先
になると見られます。
とはいえ、これらの政策はすでに 2014 年の段階で小規模ながら開始されていたのですから、予
測のための材料を得ることはできます。貸出の伸び率は、2011 年後半から 2014 年にかけてマ
イナスで推移していましたが、ECB の政策転換を経て 2015 年には概ねプラスに転じました。この
トレンドは 2016 年 2 月まで継続しています(入手可能な直近のデータによる)。ロイターによると、
2 月のユーロ圏企業向け融資は前年同月比でプラス 1.6%、家計向け融資は同プラス 0.9%と、
2011 年以降で最も高い伸びを見せました。しかしながら、この伸び率にはまだ明らかに改善の余
地があります。特に借入需要が引き続き拡大していることもあり、ECB のさらなる積極策が伸び
率の上昇を後押しするかもしれません。2016 年 4 月に ECB が公表した「銀行貸出調査」の結果
によると、今年第 1 四半期の企業向け融資、住宅ローン、消費者信用に対する需要はいずれも
純額ベースで引き続き増加しました。従って、ECB によるこれまでの銀行貸出促進の取り組みを
受けて、貸出の伸びにある程度弾みがついたものと見られます。これを足場として、3 月 10 日発
表の新たな刺激策がさらに実績を積み上げて行くことが期待されます。銀行貸出がもう一段拡大
するとの期待も妥当なものでしょう。
2)貸出基準が緩む可能性はないか
ECB が最近発表した刺激策の積極的な内容から、貸出基準の質の悪化につながるのでは、と
の懸念が生じています。将来的に債務不履行(デフォルト)に陥るリスクの高い融資をいま増や
すことは、効果的な成長モデルとは言えません。幸い、4 月の銀行貸出調査によると、貸出基準
は緩んでおらず、依然として過去の水準を維持しています。
銀行貸出調査によると、第 1 四半期は企業向け貸出基準がやや緩和されました。それ以上に懸
念されるのは、第 2 四半期に銀行が全体として貸出基準をさらに緩和すると予想している点でし
ょう。しかしながらここでは、どのような視点から捉えるかが重要となります。最近は基準が全体と
して緩和傾向にあるものの、「銀行は足元の貸出基準について、2003 年以降の実績よりも厳し
い水準にあると評価している」との調査結果が出ており、これは安心材料と言えるでしょう。また
調査から、貸出基準の緩和に関する限り、中小企業よりも大企業の方が優遇されていることが明
らかとなりました。従って、貸出の伸びが今後も維持された場合はある程度の貸出基準の緩和が
予想されるものの、現在の貸出基準は過去の平均の範囲内で推移しています。企業向け貸出の
基準も、過去の平均と比べて緩んではいないようです。
住宅ローンに関しては、銀行は全体として貸出基準を厳格化したとの調査結果が示されましたが、
これは住宅ローン申請者の信用評価に関して EU の新たな規定が適用されたことによる影響で
す。調査対象となった銀行のうち、特にこの影響が顕著に見られたのはドイツの銀行です。フィナ
ンシャル・タイムズ紙によると、ドイツの銀行はパートタイム労働者や高齢者に対する貸出にます
ます慎重になっていると見られます。このような貸出態度は(社会的に見て無情とまではいかず
とも)財務面の慎重さを示すものであり、適切な貸出基準の維持に効果を発揮します。
以上をまとめると、貸出基準は最近になって緩和傾向にあるようですが、依然として過去の平均
に近い水準で推移しています。企業向け融資については 2003 年以降の平均より厳格となってい
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るようです。借入需要は十分に強く、通常の長期信用基準を緩めずとも貸出の拡大は可能と見ら
れます。
3)銀行の収益性に影響はないか
借入需要は引き続き伸びており、貸出基準も適切な水準にあると見られますが、多くのユーロ圏
の銀行については、その信用力が今なお懸念されています。当初は不良債権に対する危惧がそ
の根底にありましたが、ここに来て ECB のマイナス金利政策が懸念を増大させています。ECB
のドラギ総裁は最近の声明でこの点を否定しましたが、4 月の銀行貸出調査は、ECB の政策が
銀行の収益性を悪化させ、結果として信用懸念が強まる可能性があることを示唆しています。
4 月の貸出調査によると、マイナス金利と ECB の拡大資産購入プログラム(APP)はいずれも貸
出拡大に効果をもたらしたものの、同時に銀行の収益性を損なうこととなりました。マイナスの中
銀預金金利は貸出残高の増加につながりましたが、一方で銀行の預貸利ざやと純金利収入を
減少させました。実際、全体の 81%の銀行が、調査までの 6 ヶ月間に純金利収入が減少したと
回答しています。6 月に開始される ECB の TLTRO II プログラムでは、貸出を拡大した銀行に対
して、最大 0.40%の事実上の報酬が支払われるため、純金利収入の減少がこれで相殺されるか
もしれません。マイナスの中銀預金金利と、貸出拡大を条件とするマイナスの資金調達コストは、
預貸利ざやに大きな悪影響を及ぼすことなく貸出残高を増やすための理想的な組み合わせとな
る可能性があります。ただしその結果が明らかになるのは、2016 年後半でしょう。
ECB 政策におけるもう一つの重要な要素である拡大資産購入プログラム(APP)も、ユーロ圏の
銀行に影響を及ぼしています。4 月の銀行貸出調査によると、APP によって、銀行流動性の向上、
資金調達環境の改善、銀行の総資産額の増加など、プラスの効果があった反面、銀行の収益性
には全体としてマイナスの影響がありました。APP プログラムの下での月間の資産買い入れ額
は、2016 年 4 月以降、従来の 600 億ユーロから 800 億ユーロに拡大されました。これは、金利と
資金調達コスト全般への下押し圧力がさらに強まり、結果として、これまでの APP プログラムの
成果がプラス面とマイナス面の両方で増幅されることを意味します。従って、ユーロ圏の銀行の
収益性については懸念が残ります。
総括
前例のない金融政策という ECB の試みは、これまでのところ貸出の拡大に効果を発揮していま
すが、銀行の信用力の改善にはつながっていません。最近の ECB の取り組みを評価するにあ
たり、懐疑的な向きが短期的な銀行の収益性に懸念を示すのは無理からぬことでしょう。一方で、
長期的な景気は貸出拡大の恩恵を受けるとの見方を楽観派がとるのも妥当でしょう。これまでの
ところ ECB の政策は、信用の質を犠牲にすることなく、貸出の伸びをある程度加速させる効果を
上げているようです。欧州では依然として借入需要が顕著な伸びを見せていることから、懸念さ
れる貸出基準の緩和によらずとも貸出の伸びが加速し、最終的にユーロ圏の景気は緩やかな回
復に向かうだろう――投資家だけでなく ECB のドラギ総裁にとっても、こうした希望を抱くだけの
根拠はあります。
見通しや予想は現在の市場情勢を基にしたものであり予告なく変更されることがあります。予想を保
証ととらえるべきではありません。
金融市場のトレンドに関する記述は現在の市場情勢を基にしたものでありこの先変動する可能性が
あります。市場が将来同様の状況下で同じようなパフォーマンスを生む保証は一切ありません。
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