キ ノ コ の 産 生 す る 2 次 代 謝 産 物 に 関 す る 天 然 物 化 学 的 研 究 河 岸 洋 和 静 岡 大 学 ・ グ リ ー ン 科 学 技 術 研 究 所 教 授 ・ 農 学 博 士 キ ノ コ が 産 生 す る 2 次 代 謝 産 物 の 天 然 物 化 学 的 研 究 の 成 果 を3つに大別した。1)化学的には未解明だった「フェアリー リング」の原因物質 AHX, ICA, AOH を 発 見 し た 。 2 )ス ギ ヒ ラ タ ケ 急 性 脳 症 の 原 因 物 質 pleurocybellaziridine を 発 見 し た 。 3 ) ヤ マ ブ シ タ ケ か ら 認 知 症 に 有 効 と 思 わ れ る 物 質 hericenone 類 と e r i n a c i n e 類 ,数 種 の キ ノ コ か ら 有 用 な レ ク チ ン を 発 見 し た 。 1.フェアリーリングの謎の解明と農業への応用の試み 芝 が 輪 状 に 周 囲 よ り 色 濃 く 繁 茂 し ,後 に キ ノ コ が 発 生 す る 現 象 を 「 フ ェ ア リ ー リ ン グ ( 妖 精 の 輪 )」と 呼 ぶ( 図 1 ) 。 1675 年 に 発 表 さ れ た フ ェ ア リ ー リ ン グ に 関 す る 最 初 の 論 述 や そ れ に 続 く 論 文 が 1884 年 の Nature に 紹 介 さ れ て 以 来 , こ の 繁 茂 の 分 子 機 構 は 謎 で あ っ た 。 筆 者 ら は , そ の 原 因 物 質 ( キ ノ コ が 産 h"p://en.wikipedia.org/wiki/File: Hexenring_auf_einer_Wiese,_Sperrberg,_Niedergailbach .JPG 生 す る シ バ 生 長 促 進 物 質 ) 2-azahypoxanthine ( AHX ) と そ の 関 連 化 合 物 i m i d a z o l e - 4 - c a r b o x a m i d e( I C A ) の 単 離 , 同 定 に 成 功 し , シ バ と 同 じ 科 に 属 す る イ ネ を 用 い て こ れ ら の 化 合 物 の 活 性 発 現 機 構 を 遺 伝 子 レ ベ ル で 詳 細 に 検 討 し た 。さ ら に ,AHX が 植 物 体 内 に 取 り 込 ま れ た 後 に , 植 物 が 共 通 の 代 謝 産 物 ( 2-aza-8-oxo-hypoxanthine, AOH) を 与 え る こ と を 見 出 し た 。 これらの3化合物(以後,フェアリー化合物と称する)は試し た植物全てに生長調節活性を示したことから,筆者は「フェア リー化合物を植物自身も生合成している」という仮説をたてた。 そ し て , LC-MS/MS 等 を 用 い て , 調 べ た 全 て の 植 物 に 普 遍 的 に 内 生 し て い る こ と を 証 明 し た 。 AHX と AOH は 世 界 3 大 穀 物 で あ る コ ム ギ , コ メ , ト ウ モ ロ コ シ の 可 食 部 に も 含 ま れ て い る 。 次 に フ ェ ア リ ー 化 合 物 の 生 合 成 経 路 を 検 討 し た 。A H X と I C A は 5-aminoimidazole-4-carboxamide (AICA)か ら 容 易 に 化 学 合 成 で き る 。筆 者 は , O こ の 「 化 学 合 N 成 経 路 ( AICA N か ら AHX を 経 PRPP H2O3PO NH2 O O OH て AOH に な る O N NH2 N NH2 N H N H NH2 AICA OH NH2 ICA AICA 経 路 ) と 同 様 N H2O3PO る 」 と 仮 定 し O た 。何 故 な ら , の 原 料 で あ る AICA は 全 て の 生 物 共 通 の N N 中 に 存 在 す こ の 化 学 合 成 O O な も の が 植 物 OH NH NH2 N H NH N N AHX O OH O H N XMP IMP xanthosine inosine xanthine hypoxanthine NH O N H N N AOH プ リ ン 代 謝 経 路 上 に あ り , uric acid さ ら な る 代 謝 は 不 明 で あ っ た か ら で あ る ( 図 2 ) 。 そ し て , 同 位 体 ラ ベ ル AICA の イ ネ へ の 取 り 込 み 実 験 を 行 い , こ の 仮 説 を 証 明 し た 。 AICA を AHX に 変換する酵素の部分精製にも成功している。以上のことは,筆 者 ら が 植 物 の プ リ ン 代 謝 の 新 し い 産 物 と 経 路 を 発 見 し た こ と を 意 味 し ,さ ら に ,フ ェ ア リ ー 化 合 物 が 新 し い「 植 物 ホ ル モ ン 」 である可能性を示した。フェアリー化合物はポット栽培におい て様々な作物(コメ,コムギ,ジャガイモ,レタス,アスパラ ガ ス な ど )の 収 量 を 増 加 さ せ ,圃 場 試 験 に お い て コ ム ギ ,コ メ , コマツナ等の収量を大幅に増加させた。現在,ある民間企業が 植物成長促進剤(農薬扱い)としての実用化に向けて検討を行 っている。 2.スギヒラタケ急性脳症の化学的解明の試み 2 0 0 4 年 秋 に ,食 用 キ ノ コ で あ る ス ギ ヒ ラ タ ケ の 摂 取 に よ り 急 性脳症が発生した。患者 59 名 の 内 , 腎 機 能 障 害 を も っ て い た 1 7 名 が 亡 く な っ た 。こ の 事 件 は 戦 後 最 悪 の 食 中 毒 事 件 と さ れ て い る が ,厚 生 労 働 省 研 究 班 は「 原 因 不 明 」と 結 論 し た 。し か し , こ の 研 究 班 の 班 員 で も あ っ た 筆 者 は そ の 後 も 現 在 に 至 る ま で 研 究 を 続 け て い る 。 そ し て , 2 つ の 高 分 子 , レ ク チ ン PPL と 致 死 性 毒 物 蛋 白 質( B 3 と 仮 称 )を 混 合 す る こ と に よ っ て タ ン パ ク 質分解活性が出現し,この複合体をマウスに腹腔内注射したと ころ,血液脳関門 ( Blood Brain Barrier, BBB) が破壊される こ と を 証 明 し た 。さ ら H 2N MeO に ,細 胞 毒 性 を 指 標 に H 2N HO 精 製 ,構 造 決 定 し た 異 常 ア ミ ノ 酸 の 構 造 か OH NH 2 O CO2H H H N OH OH NH 2 CO2H H O CO2H O HO HO pleurocybellaziridine NH 2 O HO 性 本 体 の 存 在 を 予 測 CO2H H HO CO2H ら ,非 常 に 不 安 定 で 単 離 が 困 難 な 低 分 子 毒 EtO CO2H OH H 2N H 2N CO2H H HO O CO2H O HO OH OH OH OH HO し ,化 学 的 手 法 に よ っ て そ の 存 在 を 証 明 し た(図3)。スギヒラタケ脳症では他の脳症では見られない特 異的な脱髄病変が起こっていた。この病変部分はオリゴデンド ロ サ イ ト で 構 成 さ れ て い る 。P l e u r o c y b e l l a z i r i d i n e と 命 名 し た こ の毒本体は,脳にある細胞のうちでオリゴデンドロサイトに選 択 的 に 毒 性 を 示 し た 。以 上 ,筆 者 の「 高 分 子 2 成 分 に よ っ て B B B が破壊され,低分子毒によって急性脳症が惹起された」という 仮説が証明されつつある。 3.その他の生体機能性物質に関する研究 筆者らは,ヤマブシタケ子実体から認知症に効果があると言 わ れ て い る 神 経 成 長 因 子 ( nerve growth factor, NGF) 合 成 促 進 物 質 を 発 見 し , O hericenone と 命 OH 名 し た 。 こ れ は OR H3CO 天 然 物 と し て は 世 界 で 初 め て の CHO 発 見 だ っ た 。 さ O OH HO H 同 様 の 活 性 を 示 H stearoyl E linoleoyl R = palmytoyl G stearoyl H linoleoyl OH O OH O H O テ ル ペ ン を 発 見 H O OH OH O H H H D F E O O る メ カ ニ ズ ム で HO OH O H COO-Na+ 抗 認 知 症 に 関 わ H OH I O OAc O OH H O H G OH OH O H H OH OH は NGF と は 異 な O OH H OH CHO OCH2CH3 B R = CHO C CH2OH H 名 し た 一 連 の ジ OH HO H R A OH O H H CHO す erinacine と 命 ス 抑 制 物 質 も 得 OH O 培 養 菌 糸 体 か ら る 小 胞 体 ス ト レ O O ら に , こ の 菌 の こ の キ ノ コ か ら OR H3CO R = palmytoyl D F O O NGF 合 成 物 質 の し た ( 図 4 ) 。 C CHO OH OH ている。これらの物質やその含有画分の動物実験での抗認知症 効果は確認されている。筆者の研究が契機となったヤマブシタ ケそのものの臨床試験では抗認知症効果が証明されている。 特 定 の 糖 あ る い は 糖 鎖 と 結 合 す る 蛋 白 質 を レ ク チ ン と い う 。 筆 者 ら は キ ノ コ な ど が 産 生 す る レ ク チ ン の 生 化 学 研 究 を 行 っ て き た 。そ の 中 に は ,摂 食 抑 制 を 示 す ヒ ラ タ ケ レ ク チ ン( P O L ), N-グ リ コ リ ル ノ イ ラ ミ ン 酸 を 特 異 的 に 認 識 す る オ オ シ ロ カ ラ カ サ タ ケ レ ク チ ン( CML),マ ン ノ ー ス α1-6 結 合 の み と 結 合 す る サ ク ラ シ メ ジ レ ク チ ン ( HRL) , フ コ ー ス α1-6 結 合 の み と 結 合 す る ス ギ タ ケ レ ク チ ン( P h o S L )な ど が あ る 。そ の 中 で P h o S L は癌診断薬としての開発研究が民間企業で進んでいる。 X.主な関連研究業績 フェアリーリング 1) Choi, J-H.et al., Disclosure of the “fairy” of fairy-ring forming fungus Lepista sordida, ChemBioChem, 11, 1373-1377 (2010) 2) Choi, J-H.et al., Plant-growth regulator, imidazole-4-carboxamide produced by fairy-ring forming fungus Lepista sordida. J. Agric. Food Chem., 58, 9956-9959 (2010) 3) Choi, J-H.et al., The source of "fairy rings": 2-azahypoxanthine and its metabolite found in a novel purine metabolic pathway in plants, Angew. Chem. Int. Ed., 53, 1552-1555 (2014) 4) Ikeuchi, K. et al., Practical synthesis of natural plant-growth regulator 2-azahypoxanthine, its derivatives, and biotin-labeled probes, Org. Biomol. Chem., 12, 3813-3815 (2014). 5) Tobina, H. et al., 2-Azahypoxanthine and iImidazole-4-carboxamide produced by the fairy-ring-forming fungus increase yields of wheat, Field Crop Res., 162, 6-11 (2014) 6) Asai, T. et al., Effect of 2-azahypoxanthine (AHX) produced by the fairy-ring-forming fungus on the growth and the grain yield of rice, Jpn. Agric. Res. Quart., 49, 45-49(2015) 7) Ma, G. et al., Fairy chemicals, AHX and AOH, regulate carotenoid accumulation in citrus juice sacs in vitro, J. Agric. Food Chem., 63, 7230-7235 (2015) スギヒラタケ 8) Kawaguchi, T. et al., Unusual amino acid derivatives from the mushroom Pleurocybella porrigens, Tetrahedron, 66, 504–507 (2010) 9) Wakimoto, T. et al., Proof of the existence of an unstable amino acid, pleurocybellaziridine, in Pleurocybella porrigens (angel’s wing mushroom), Angew. Chem. Int. Ed., 50, 1168-1170 (2011). 10) Suzuki, T. et al., A new omics data resource of Pleurocybella porrigens for gene discovery, PloS ONE, 8, e69681(2013) (2010) ヤ マ ブ シ タ ケ 11) Kawagishi, H. et al., Hericenones C, D and E, stimulators of nerve growth factor (NGF)-synthesis, from the mushroom Hericium erinaceum. Tetrahedron Lett., 32, 4561-4564 (1991) 12) Kawagishi, H. et al., Chromans, hericenones F, G and H from the mushroom Hericium erinaceum. Phytochemistry, 32, 175-178 (1993). 13) Kawagishi, H. et al., Erinacines A, B and C, strong stimulators of nerve growth factor (NGF)-synthesis, from the mycelia of Hericium erinaceum. Tetrahedron Lett., 35, 1569-1572 (1994). 14) Kawagishi, H. et al., Erinacines E, F, and G, stimulators of nerve growth factor (NGF)-synthesis, from the mycelia of Hericium erinaceum. Tetrahedron Lett., 37, 7399-7402 (1996). レクチン 15) Kobayashi, Y. H. et al., A novel core fucose-specific lectin from the mushroom Pholiota squarrosa, J. Biol. Chem., 287, 33973-33978 (2012).
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