動脈血ガス(酸塩基平衡)を解釈しよう!

新リレー連載
剱持雄二
東海大学医学部付属八王子病院
ICU・CCU 主任
1999年北里大学看護専門学校卒業。東京女子医科
大学救命救急センターICUを経て,2003年より現職。
2010年に集中ケア認定看護師の資格を取得。
動脈血ガス(酸塩基平衡)を解釈しよう!
換気の評価について
ポイントを押さえよう
酸性のことをアシデミア,アルカリ性のことをアルカレミアと言う
呼吸の変化は呼吸性,腎臓の変化は代謝性
代償反応について(呼吸が悪いと腎臓が,腎臓が悪いと呼吸がサポートし合っている)
アニオンギャップからみる代謝性アシドーシスの原因(腎臓かそれ以外か)
なぜ“5分で伝える”なのか?
血液ガスで何が分かる?
後輩への指導・相談場面で,先輩看護師がつ
動脈血ガス(酸塩基平衡)は,集中治療を受け
い熱を帯びて長々と説明してしまった経験はあ
る患者に限らず,呼吸・循環を評価する上で多く
りませんか。つい『あれもこれも伝えたい』と
の情報を与え,酸素化や換気,pH,電解質など
その場面で伝える必要以上のことを伝えていた
を測定することができます。日常臨床では,主に
り,堂々巡りになって結局要領を得ない説明を
人工呼吸器離脱が可能か否かの補助判断としての
してしまったり,自分の得意なことばかり熱弁
血液ガス分析をしています。動脈血の血液ガスを
し過ぎて,受け答えしている後輩を思考停止さ
ABG(Arterial Blood Gas analysis)と言います。
せてしまったりしていませんか? 忙しい日常
本連載では,血ガスを理解するために次回か
臨床では,要領よく説明して,現場で目先に必
ら5つのステップに分けて解説していきます。
要な知識を提供して行動に移してあげることが
必要です。
そうした長々と説明をしてしまいがちな場面
で「いかに短時間で的確に伝えられるのか」が
本連載の目的です。“5分” というのは,あく
までそういうコンパクトに組み立てるための,
ニュアンスです。
本連載では,
「情報の取捨選択」かつ「分か
りやすく伝える」をコンセプトに,人工呼吸中
の「血液ガス」をテーマに解説していきます。
第2回(Step1)
酸素化能の評価
第3回(Step2)
pHの評価(呼吸性か? 代謝性か?)
第4回(Step3)
アニオンギャップを計算する
第5回(Step4)
混合性を判断する
第6回(Step5)
償反応の評価(ΔPaCO2を計算する)
第7回 得られた情報を統合して病態を考
える(アシドーシス/アルカローシスの
原因は実際に何があるのかを考える)
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第1回の今回では,まず正常値について触れ
●換気の評価
ていきます。それを踏まえて,全体像を把握し
PaCO2(動脈血炭酸ガス分圧)は換気能の
ましょう。
指標で,正常値は35〜45mmHgです。高い場
それぞれの項目の正常値は?
PaO2 と併せて患者の呼吸状態を判断すること
・pH(水素イオン濃度の指数)7.35〜7.45
ができます。人工呼吸器離脱中,PaCO2の上昇
血液が酸性化しているかアルカリ化している
がある場合は,換気回数を上げたり,PS設定圧
かを評価します。
を上げたりして,換気量が十分に保てるように
・P aO 2( 動 脈 血 酸 素 分 圧 )80〜100mmHg
します。呼吸に努力を要している状態では,陽
(mmHg=Torr)
圧による換気補助を促すことで呼吸仕事量を軽
酸素化能の指標です。60mmHg以下は呼吸
減でき,患者の交感神経亢進を軽減できます。
不全とします。
さらに浅い呼吸で分時換気量が減少した状態
PaO2は加齢により低下します。そのため,仰
が持続すると,CO2排泄が減少し,PaCO2が上
臥位では換気血流比が悪化し,酸素化も低下し
昇し,呼吸性アシドーシスとなります。この状
ます。PaO2は簡易的に次の式で予測できます。
態が進行すると,PaCO2 の上昇により血管は
*臥位ではPaO2=100-0.4×年齢(mmHg)
拡張し,脳血管も拡張するために不隠の一因と
*座位ではPaO2=100−0.3×年齢(mmHg)
なり,人工呼吸器離脱に悪影響を与えます。
・PaCO2(動脈血炭酸ガス分圧)35〜45mmHg
換気によるCO2排泄は,分時換気量により規
換気能の指標です。高い場合,換気量の不足,
定されます。分時換気量調節の評価は,血液ガ
低い場合,過換気と評価します。
ス分析とカプノメーターで行います。人工呼吸
・HCO3 −(炭酸水素イオン,重炭酸イオン)
管理中,一回換気量を増加させた場合や呼吸数
22〜26mEq/L
を上昇させた場合は,最大気道内圧が上昇する
腎における酸塩基平衡調節因子です。
ことに注意します。
・BE(過剰塩基:ベースエクセス,Base Excess)
●吸気酸素濃度(FIO2)
0±2mEq/L
代謝性変化の評価です。
・SaO2(動脈血酸素飽和度)95%以上
人工呼吸器離脱の過程でFIO2 を変更した際
は,15〜30分後に血液ガス分析を行い,PaO2
(動脈血酸素分圧)を参考にFIO2を低下させま
ヘモグロビンが酸素と何%結合しているかを
す。PaO2 は酸素化能の指標で,正常値は80〜
表しています。
100mmHg(mmHg=Torr) で す。60mmHg以
人工呼吸中の血液ガスの評価
下は呼吸不全とします。
高濃度酸素の有害性を考慮し,FIO2 はでき
換気が悪いからといって,人工呼吸器の設定
0.4
るだけ低く設定するように心がけ,FIO2 をむやみに変更してしまっては,酸塩基平衡を
以下を常に目標として管理するのが望ましいで
破綻させてしまうことになるので,酸塩基平衡
す。FIO2が0.35以下でPaO2が90mmHg以上
の知識を持って,人工呼吸器の設定を変更する
(PaO2/FIO2>250)を維持できる状態であれ
必要があります。
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合は換気量の不足,低い場合は過換気となり,
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ば,酸素化のみを目的とした人工呼吸器管理か
らは十分に離脱が可能です。
よって引き起こされ,HCO3− が増える過程を
肺での酸素化は,血液ガス分析とパルスオキ
言います。
シメータを用いて評価します。
呼吸性アルカローシスは,肺換気が増加し
CO2が減少することによって起こり,CO2が減
酸塩基平衡の評価
る過程を言います。
血液ガスでは,酸塩基平衡の異常を分類して
アルカレミアの場合,脳血流が低下し,痙攣,
いき,異常の原因を考えます。そのための方法
昏睡などが起こりやすくなります。
についてステップを通して学んでいきます 。
Step2 pHの変化は呼吸性の変化か,代謝
pHが何かの影響で7.4より小さくなることを
性の変化か。HCO3−とPaCO2を評価する
アシドーシス,pHが何かの影響で7.4より大き
pHが異常になる原因は,PaCO2とHCO3−です。
くなることをアルカローシスと言います。それ
PaCO2は肺から呼吸で排出されるため,PaCO2
では,pHが正常値を逸脱する時を考えてみます。
が原因の時を呼吸性と言います。
Step1 血液は酸性かアルカリ性か。pH
HCO3− は腎臓,つまり代謝でコントロール
1)
の変化(アシデミアか,アルカレミアか)
されているので,HCO3− が原因の時は,代謝
を判断する
性と言います。この2つが原因のアシドーシ
pH7.4を基準にして,酸塩基平衡異常のメイ
ス,アルカローシスがあるため,酸塩基平衡は
ンが酸性になった(アシデミア)アシドーシス
図1の4つに分類されることになります。
か,アルカリ性になった(アルカレミア)アル
図1の4つのうちのどれなのかを判断するこ
カローシスかを判断します。
とが,酸塩基平衡を読むということになります。
図1●酸塩基平衡の分類
アシデミア:pH<7.35 アルカレミア:pH>7.45
●アシデミア
アシドーシス
pH<7.4
アルカローシス
pH>7.4
呼吸性
呼吸性
アシドーシス
呼吸性
アルカローシス
代謝性
代謝性
アシドーシス
代謝性
アルカローシス
PaCO2
正常値35∼45
HCO3−
正常値22∼26
代謝性アシドーシスは,体内の酸発生か腎で
の酸排泄障害によりHCO3− が減少することに
より起こります。HCO3− が減少に至る過程を
言います。
呼吸性アシドーシスは,肺換気が減少しCO2
が蓄積することによって起こります。CO2が増
加に至る過程を言います。
●呼吸性アシドーシス
アシデミアの場合,心拍出量の低下やカテ
呼吸性アシドーシスは,何かの原因で呼吸が少
コールアミンなどの血管作動薬反応性の低下が
なくなります(換気量が下がります)
。そうする
起こります。
と正常値の35〜45mmHgより大きくなります。
●アルカレミア
pHを酸性に動かすことになるので,これが呼
代謝性アルカローシスは,酸の喪失やアルカ
吸性アシドーシスということになります。
リ化剤(メイロン®〈炭酸水素ナトリウム〉な
●呼吸性アルカローシス
ど)の投与,または腎でのHCO3 再吸収増加
患者が「ハア,ハア」と頻繁に息をして,呼
(ラシックスなどループ系利尿薬の影響)に
吸回数が多くなった時,二酸化炭素を吐き出し
−
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