4.大西山がくずれた 大鹿村大河原中学校三年 M ・ M あの時、いま思いだしてもゾッとするほどだ。あれはちょうど二十九日の朝 九時十分ごろだったと思う。空は何を意味するのか知らないが、一面におおっ ていた雲がひらき、青い光がふりそそいだ。 本道通りの人たちは避難していたのにもかかわらず、朝の仕事をしに家へ帰 っていった。そのとき、ゆう然とそびえ立っていた大西山が突然すごい爆音と ともにくずれてきた。大地が動いたような音だった。土が木がおおいかぶさっ てくるような気がした。もう止まるかと思うとまだむかってくる。山におされ た泥があれ狂う海の波のようないきおいでぶつかってはかえっていった。悪魔 のしわざとしかいえないようなありさまだった。一瞬にして平和な村が恐怖の 村になってしまった。 A のおばさんたちは清水の方へ登りながら、皆は死ん でしまったといって涙を流していた。 下の方は地獄としかいえないようであった。赤いフトンが先に立ち、泥の海 の中をつぎからつぎへといろんな物が流れてきた。私たちが見ている前で泥の 中から人が出てきた。死人かと思った。その人は山のくずれた方へ向って、小 さな子どもが歩くような歩き方をして進んでいった。こちら側からその人を呼 ぶ声が聞こえた。その声が聞こえたかどうかしらないが、こちら側へむかって 歩いてきた。 K のおばさんたちはむこう側の落ちた山へ登っていった。みん な は 、「 足 が わ る い の に よ く ま あ 。」 と い っ て あ ず き の よ う に 見 え る 人 た ち を 見ていた。どの人もどの人も青い顔をし、 (三十六年) 「 こ ん な こ と が こ の 世 の 中 に あ っ て い い こ と な の か 。」 な ど と 話 し て い た 。 いま思うとただ悪夢としかいえない。
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