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・オーム社出版局「(書名を明記)」係宛,E-mail(syuppan@ohmsha.co.jp)
または書状,FAX(03-3293-2824)にてお願いします.
はしがき
本書は,機構学をはじめて学ぶ理工系の大学生を対象に書かれた教科書で
す.機構学は最も歴史のある工学の一つであり,その内容は奥が深く,良い
教科書も多数出版されています.しかし,機構学をはじめて学ぶ学生にとっ
て,古くからある機構学は必ずしも理解しやすいものではなく,身近に感じ
られない内容も多いと考えられます.また,機構学の内容が現代の機械にど
のように応用され,設計にどのように生かされているかがわかりにくいと感
じていました.
しかし,本来,機械の仕組みやからくりは,先人の知恵や巧みの技がたく
さん詰まった興味深いものです.多くの機械がコンピュータ制御となり,デ
ジタル化が進み,電子機器の溢れる現代でも,アナログ式や機械式の時計は
多くの人を惹きつけています.また,自動車のような動きをともなう機械は,
いつの時代にも人間の生活に欠かせないものであり,その動く仕組みには多
くの機構が用いられ,実際に役立っています.機械が動く仕組みを扱う機構
学に好奇心を持って丁寧にひもといていけば,楽しみながら機構の奥深い世
界に触れることができるはずです
昨今は,高等学校で数学や物理などの基礎科目を履修していなくても理工
学系に入学する学生が増えており,基礎学力のレベルの差が開いていること
も事実です.このような状況を考慮し,基礎から着実に理解を積み重ねなが
ら,身近な機械と結びつけて機構学を学べる教科書の必要性を感じていまし
た.これが本書を執筆するきっかけとなりました.執筆にあたっては,以下
のことを念頭におき,他の教科書との差別化を図りました.
(1)初学者が戸惑うと思われるメカニズムの構造や運動に関する基本概念
を丁寧に解説するように努め,理解の助けとなる例題を多く取り入れ
た.
iii
はしがき
(2)日常生活で使用されている機構を多く取り上げ,機構を身近に感じら
れるようにした.また,ロボットなど最近使われるようになった機構
も取り上げた.
(3)図を多く取り入れ,細部まで丁寧に描くことを心がけ,視覚的,直感
的に理解できるようにした.
(4)ベクトルや力学などの基礎事項をまとめた節を設け,数学や物理の基
礎から学習できるようにした.
(5)機構学では扱わないことが多い静力学の内容を取り入れ,機構の役割
である運動と力の伝達,変換について総合的に学べるようにした.
(6)作図や幾何学的考察による古典的な手法を詳しく解説することにより,
機構の運動をイメージしながら速度,加速度,力の釣り合いなどの概
念を学べるようにした.一方で,同じ機構に対する数式による解析法
も示し,コンピュータを利用した解析・設計にも対応できるようにし
た.また,表計算ソフトによる計算例などを示し,専用のソフトウェ
アがなくても簡単に機構解析を行えるようにした.
(7)章末の「チャレンジ問題」では,実用例を多く取り入れるとともに,
機械の設計に関する問題を多く取り上げ,機構学の知識を実際の設計
に応用する方法や考え方が身につくようにした.
本書によって機構学への興味と理解を少しでも深めていただければ幸いで
す.最後に,本書の執筆,出版の全般にわたって,株式会社オーム社出版局
の方々には大変お世話になりました.心より御礼申し上げます.
2010 年 11 月
執筆者を代表して 鈴木 健司
iv
目 次
c o n t e n t s
第 1 章 機構の基礎
1-1
機構とは
2
1-2
対 偶
4
1-3
機構の自由度
8
1.3.1
自由度の考え方 8
1.3.2
剛体の自由度 8
1.3.3
対偶の自由度 10
1.3.4
平面機構の自由度 10
1.3.5
空間機構の自由度 13
1.3.6
ロボットの機構と自由度 14
1.3.7
適合条件 17
20
チャレンジ問題
第 2 章 剛体の運動解析
2-1
2-2
28
ベクトル
2.1.1
スカラーとベクトル 28
2.1.2
ベクトルの和,差,実数倍 29
2.1.3
ベクトルの成分 30
2.1.4
ベクトルの内積 31
2.1.5
ベクトルの外積 32
2.1.6
ベクトルの微分 34
36
剛体の速度解析
2.2.1
剛体上の 2 点の速度(速度分値の法則)
2.2.2
剛体上の 3 点の速度(速度三角形の相似則)
2.2.3
瞬間中心 38
2.2.4
瞬間中心の求め方 40
2.2.5
セントロード 40
2.2.6
2 つの剛体間の瞬間中心 42
v
36
38
目 次
2-3
2-4
45
剛体の加速度解析
2.3.1
直線運動する点の加速度 45
2.3.2
円運動する点の加速度 45
2.3.3
剛体上の 2 点の加速度 47
49
数式による速度・加速度解析
51
チャレンジ問題
第 3 章 リンク機構
3-1
4 節リンク機構
58
3-2
4 節回転リンク機構
59
3.2.1
4 節回転リンク機構の運動 59
3.2.2
4 節回転リンク機構の応用 62
3.2.3
平行リンク機構 64
3-3
スライダ・クランク機構
67
3-4
両スライダ機構とスライダ・てこ機構
70
3-5
3-6
3.4.1
固定両スライダ機構 70
3.4.2
スコッチヨーク 71
3.4.3
回り両スライダ機構 72
3.4.4
スライダ・てこ機構 72
4 節リンク機構の運動解析
73
3.5.1
4 節回転リンク機構の速度解析 73
3.5.2
4 節回転リンク機構の加速度解析 75
3.5.3
4 節回転リンク機構の変位解析(数式解法)
3.5.4
往復スライダ・クランク機構の速度解析 80
3.5.5
スライダ・クランク機構の加速度解析 82
3.5.6
スライダ・クランク機構の数式による運動解析 83
3.5.7
回りスライダ・クランク機構の運動解析 84
77
89
球面リンク機構
92
チャレンジ問題
第 4 章 機構の静力学解析
4-1
102
静力学の基礎
vi
目 次
4-2
4-3
108
平面機構の自由体図
4.2.1
対偶作用力 108
4.2.2
自由体図 109
仮想仕事の原理
112
4-4
4 節リンク機構の静力学解析
114
4-5
シリアルメカニズムの運動と静力学解析
118
4.5.1
順運動学と逆運動学 118
4.5.2
ヤコビアン 119
4.5.3
シリアルメカニズムの静力学解析 121
125
チャレンジ問題
第 5 章 摩擦伝動機構
5-1
滑り接触と転がり接触
5.1.1
滑り接触の条件 134
5.1.2
転がり接触の条件 136
134
5-2
摩擦伝動機構
137
5-3
摩擦車
140
5-4
5.3.1
摩擦車の特徴 140
5.3.2
速度比一定の摩擦車 140
5.3.3
速度比一定でない場合 142
146
無段変速機
149
チャレンジ問題
第 6 章 歯車機構
6-1
歯車の種類と各部の名称
156
6-2
歯車の歯形曲線
160
6-3
6.2.1
歯車の接触 160
6.2.2
インボリュート曲線 160
6.2.3
インボリュート歯車 162
164
歯車の歯切り
6.3.1
創成歯切り 164
6.3.2
干渉と切り下げ 165
vii
目 次
6.3.3
転位歯車 165
6-4
中心軸固定の歯車列
169
6-5
遊星歯車装置の角速度比
174
6.5.1
作表法 174
6.5.2
遊星歯車の角速度比 176
6.5.3
大きな減速比を持つ減速機 179
6.5.4
差動歯車装置 181
185
チャレンジ問題
第 7 章 カム
7-1
カムの特徴と種類
192
7-2
カムの運動解析
196
7-3
7.2.1
カム線図とカムの輪郭曲線 196
7.2.2
カムの速度解析 200
7.2.3
フォロワに働く力のつり合い 201
203
カム曲線の設計
207
チャレンジ問題
第 8 章 巻き掛け伝動機構
8-1
巻き掛け伝動の種類
214
8-2
平ベルト伝動
215
8.2.1
平ベルトによる伝動 215
8.2.2
ベルトの長さと巻き掛け角 217
8.2.3
ベルトの伝達力 218
8.2.4
ロープ伝動 221
8-3
Vベルト伝動
222
8-4
タイミングベルト伝動
225
8-5
チェーン伝動
227
231
チャレンジ問題
viii
第
1章
機構の基礎
x
θ
a
b
θ
c
d
機構学は,機械が動くしくみを扱う学問である.機械
は,各部が互いに相対運動をして与えられたエネルギー
を有効な仕事に変換していくものであるが,機構学では,
変換の過程で生じる運動の種類,各部の構造と運動の関
係,運動を支配する法則などについて学んでいく.本章
では,機構学への導入として機構の概念について学習す
る.1-1 節では機構とは何かを明確にし,1-2 節では機
構を構成する対偶の種類と役割について学ぶ.1-3 節で
は,機構を記述する上で重要な概念である「自由度」に
ついて学ぶ.本章を通じて,機構の構成,自由度の意味
と求め方,機構の役割と自由度の関係を理解しよう.
1-1
機構とは
機構学がわかれば自動車がわかる.
ポイント
機構は,ある部品に与えられた運動を伝達,変換し,他の部品に望みの運
動を生じさせる.
自動車は多数の機構を組み合わせて動かしている.
機構とは,「複数の部品が互いに限定された相対運動を行うように組み合わさ
れたもの」であり,ある部品に与えられた運動を伝達,変換し,他の部品に望み
の運動を生じさせる機能を持つ.機構を構成する一つ一つの部品を機素とよぶ.
機素は,機構の種類によって,節,リンク,カム,歯車など,個々の名称でよば
れることも多い.機構を構成する機素の内,運動を入力する機素を原動節,運動
を伝達する機素を中間節,運動を出力する機素を従動節,固定されて動かない機
素を固定節とよぶ.
図 1.1 は自動車のエンジンの機構を示している.燃焼室内でガソリンと空気の
混合気を点火燃焼させることによってピストンが押し出される.ピストンはシリ
カム機構
回転運動→往復運動
カム
カム
シャフト
プーリ
吸気
バルブ
カム
排気
バルブ
燃焼室
フォロワ
スプリング
クランク
シャフト
プーリ
プーリ
タイミング
ベルト
バルブ開
タイミング
ベルト
ベルト伝動機構
回転運動の伝達
ピストン
バルブ閉
スライダ・クランク機構
往復運動→回転運動
シリンダ
コネクティング
ロッド
(コンロッド)
クランク
シャフト
プーリ
ピストン
歯車機構
クランク
シャフト
速度・トルクの変換
バランスウェイト
(変速機)
図 1.1 自動車のエンジンの機構
2
1-1 機 構 と は
ンダ内で上下方向の往復運動のみを行うように拘束されている.これが「限定さ
れた相対運動を行うように組み合わされたもの」の一例である.この往復運動は,
コネクティングロッドを介してクランクシャフトの回転運動に変換され出力され
る.この機構はスライダ・クランク機構,あるいはピストン・クランク機構とよ
ばれており,ピストンが原動節,コネクティングロッドが中間節,クランクシャ
フトが従動節,シリンダが固定節となる.クランクとは一定の方向に回転する軸
と,それとは芯のずれた軸をつなぐアームから成る機構である.
クランクシャフトの回転運動は,歯車機構で構成される変速機に伝達され,回
転速度とトルクを変換し,最終的に車輪の回転として出力される.またクランク
シャフトの回転は,クランクシャフトプーリ,タイミングベルト,を介してカム
シャフトプーリに伝達され,カムを回転させることによって,吸排気バルブをピ
ストンと連動して周期的に開閉させる.このように自動車のエンジンではさまざ
まな機構の組み合わせによって,個々の部品に必要な運動を作りだしている.
本書では,エンジンの機構に用いられているスライダ・クランク機構,歯車機
構,ベルト伝動機構,カム機構などの個々の機構に関して,構造や機能,運動の
解析法,設計法などについて学習する.
3
第
1
章
1-2
対 偶
機械の対偶は人間の関節に対応する.
ポイント
対偶は 2 つの機素を互いに相対運動するように連結するものである.
機構は,機素と対偶の組み合わせで構成される.
機構において,隣合う 2 つの機素を,互いに接触を保ちながら相対運動するよ
うに連結している部分を対偶とよぶ.人間でいえば関節に相当するものである.
図 1.2 に代表的な対偶の例を示す.互いに回転運動するものを回り対偶,直線的
に滑り運動するものを滑り対偶または進み対偶,ねじのかみ合いにより回転しな
がら並進するものをねじ対偶またはらせん対偶とよぶ.
また,軸の回転と軸方向の滑りが可能なものを回り・滑り対偶または円筒対偶,
θ
θ
x
( a )滑り対偶(1 自由度)
( b )回り対偶(1 自由度)
( c )ねじ対偶(1 自由度)
φ
ψ
φ
θ
θ
x
θ
( d )円筒対偶(2 自由度)
( e )自在継手(2 自由度)
θ
θ
( f )球面対偶(3 自由度)
θ
ψ
y
ψ
y
y
φ
x
( g )平面対偶(3 自由度)
x
x
( h )線対偶(4 自由度)
( i )点対偶(5 自由度)
自由度については 1-3 節参照.
図 1.2 対偶の種類
4
1-2 対 偶
直交する 2 軸のまわりに回転できる対偶を自在継手,互いに球面で接しており直
交する 3 軸のまわりに回転できる対偶を球面対偶,一つの平面のみで接している
場合を平面対偶とよぶ.以上はいずれも 2 つの機素は面で接しており,低次対偶
とよばれている.一方,2 つの機素が線接触している場合を線対偶,点接触の場
合を点対偶とよび,これらを高次対偶とよぶ.高次対偶は接触圧力が大きくなり,
摩耗しやすいため,機構は低次対偶で構成することが望ましい.
図 1.3 は身近な対偶の例である.蝶つがい(ヒンジ)によって開閉するドアは
回り対偶,引き戸は滑り対偶である.折り畳み式の携帯電話やノートパソコンは
回り対偶,スライド式の携帯電話は滑り対偶が用いられている.またキャスタは
回り対偶で拘束されているが,ボールキャスタは球面対偶である.ペットボトル
のキャップや万力(バイス)にはねじ対偶が用いられている.
機構は複数の機素と対偶によって構成されており,その配置と組み合わせによ
ってさまざまな分類が考えられる.
( a ) ヒンジドアとスライドドア
( b ) キャスタとボールキャスタ
( c ) 折り畳み式携帯電話とスライド式携帯電話
( d ) 万力(バイス)
図 1.3 身近な対偶の例
平面機構と立体機構
図 1.4(a)のようなエンジンの機構は,各機素が互いに平行な平面に沿って運
5
第
1
章
第 1 章 機構の基礎
動し,平面に垂直な方向の運動は拘束されている.このような機構を平面機構と
いう.これに対して,図 1.4(b)のように球面対偶で支持されたジョイスティッ
クは,平面内だけでなく,平面に垂直な方向にも運動することができる.このよ
うに各機素が 3 次元空間内を運動する機構を空間機構とよぶ.
(a)
(b)
図 1.4 平面機構と立体機構
閉ループ機構と開ループ機構
機素が対偶により次々に連結され閉じたループを形成する機構を閉ループ機構,
または連鎖とよび,ループを形成しない機構を開ループ機構とよぶ.図 1.4(a)
のエンジンの機構(スライダ・クランク機構)は,シリンダ―(滑り対偶)―ピス
トン―(回り対偶)―コネクティングロッド―
(回り対偶)―クランク―(回り対偶)
―シリンダとループを形成するので,閉ループ機構である.図 1.4(b)のジョイ
スティックはループを形成していないので開ループ機構である.
シリアルメカニズムとパラレルメカニズム
図 1.5(a)に示すように,複数の機素が回り対偶や滑り対偶により直列に結合
された機構をシリアルメカニズム(直鎖機構)とよぶ.一方,図 1.5(b)のよう
に 2 枚のプレート状の機素の間が複数の機素により並列に結合されている機構を
パラレルメカニズムとよぶ.シリアルメカニズムは構造が単純であり,先端の機
素を広い領域内の位置・姿勢に動かすことができるため,ロボットアームなどに
広く利用されている.しかし,先端側の機素とそれを動かすアクチュエータの質
6
1-2 対 偶
量が根元の機素に負荷としてかかるため,動特性に劣るなどの問題点もある.こ
れに対して,パラレルメカニズムは,先端のプレートを複数の機素で支持し,ア
クチュエータも根元に配置できるため,剛性が高く高速な動作が可能で,位置決
め精度が高いなどの特徴がある.しかし幾何学的な拘束が大きく,シリアルメカ
ニズムに比べて可動領域は狭くなる.図 1.6 は「スチュアートプラットフォーム」
とよばれる代表的なパラレルメカニズムであり,6 軸のステージとして用いられ
る.6 本の直動アクチュエータにより上部ステージが駆動され,航空機や自動車
の運転シミュレータ,地震体験機などに利用されている
θ3
θ2
θ1
θ4
z5
θ6
エンド
エフェクタ
(x, y, z, θ , φ , ψ )
( a ) シリアルメカニズム
( b ) パラレルメカニズム
図 1.5 シリアルメカニズムとパラレルメカニズム
滑り対偶
球面対偶
図 1.6 パラレルメカニズムの例(
(株)コスメイト)
7
第
1
章
1-3
機構の自由度
犬を鎖でつなぐと自由度は減るか?
ポイント
自由度は機構の位置・姿勢を表すのに必要なパラメータの数である.
対偶は機素の運動を拘束・限定し,機構の自由度を減少させる.
1.3.1
自由度の考え方
自由度とは,「物体の位置・姿勢を表すのに必要な独立したパラメータの数」
と定義される.たとえば,図 1.7(a)の水道栓では,水道栓の回転角 θ を決めれ
ば位置・姿勢が定まり,これに対応して水の量が決まる.したがって自由度は 1
である.一方,図 1.7(b)の例では,レバーの水平方向の角度 φ ,垂直方向の角
度 θ を独立に動かすことができ,さらに蛇口の角度 ψ も動かせるため,φ ,θ ,ψ
の 3 つのパラメータで水道栓の位置・姿勢が決まり,それぞれ水の温度,水の量,
水の出る位置を制御することができる.したがって自由度は 3 となる.
θ
φ
θ
ψ
( a ) 1 自由度の水道栓
( b ) 3 自由度の水道栓
図 1.7 2 種類の水道栓の自由度
1.3.2
剛体の自由度
まず,1 つの剛体が平面内を自由に動く場合を考える.平面内に x-y 座標系を
とれば,剛体の位置,姿勢を表すパラメータは図 1.8(a)に示すように剛体の重
心 G の位置(x,y)と,重心のまわりの回転角 θ の 3 つで表される.したがって,
自由度は 3 である.また直交座標系のかわりに円筒座標系(r,φ )を取れば,図
8
1-3 機構の自由度
1.8(b)のように剛体の位置・姿勢は(r,φ ,θ )の 3 つのパラメータで表すことが
できる.このように,自由度はパラメータの取り方に関係なく一定の値となる.
また,剛体が 3 次元空間内を自由に動く場合には,図 1.9 のように剛体の重心
位置 G を表すパラメータは直交座標系では(X,Y,Z),極座標系では(r,φ ,ψ )
で,いずれも 3 つである.また,姿勢を表すパラメータは,物体に固定した座標
系 Σ -xyz が空間に固定された絶対座標系 O-XYZ に対してどの軸のまわりにどれ
だけ回転しているかで表し,図 1.10 に示すオイラー角,図 1.11 に示すロール・
ピッチ・ヨー角などがよく用いられる.いずれも 3 つのパラメータで表され,位
置,姿勢の合計で 6 自由度となる.物体に固定した座標系 Σ-xyz の各軸と絶対座
標系の各軸を平行にした状態(Σ 0)から,次の操作を順に行って物体の姿勢に合
致させるとき,(α ,β ,γ )がオイラー角となる(図 1.10).
① Σ 0 の z 軸の回りに角度 α の回転を行う.回転後の座標系を Σ 1 とする.
② Σ 1 の y 軸の回りに角度 β の回転を行う.回転後の座標系を Σ 2 とする.
③ Σ 2 の z 軸の回りに角度 γ の回転を行う.
また,Σ 0 に対して次の操作を順に行って物体の姿勢に合致させるとき,(θ R ,
θ
G
y
z
Z
y
θ
G
ψ
r
x
O
x
x
Y
φ
X
( a ) 直交座標系
r
O
φ
O
( b ) 円筒座標系
図 1.9 空間内の剛体の自由度
図 1.8 平面内の剛体の自由度
z
z
γ
z
θY
β
θR
θY
θP
y
y
y
x
x
y
G
Σ
α
θP
θR
x
図 1.10 オイラー角
図 1.11 ロール・ピッチ・ヨー角
9
第
1
章
第 1 章 機構の基礎
θ P,θ Y )がロール・ピッチ・ヨー角である(図 1.11).
① Σ 0 の z 軸の回りに角度 θ R の回転を行う.回転後の座標系を Σ 1 とする.
② Σ 1 の y 軸の回りに角度 θ P の回転を行う.回転後の座標系を Σ 2 とする.
③ Σ 2 の x 軸の回りに角度 θ Y の回転を行う.
ロール・ピッチ・ヨー角は,自動車,飛行機などの姿勢を表すのによく用いら
れる.この場合,ロール軸を前後方向,ピッチ軸を左右方向,ヨー軸を上下方向
にとる.
1.3.3
対偶の自由度
2 つの機素を連結する対偶の自由度は,「一つの機素
を固定したとき,他の一つの機素の位置・姿勢を表す独
表 1.1 各種対偶の自由度
立なパラメータの数」と定義される.たとえば,回り対
対偶
自由度
偶において一つの機素を固定すると,他の機素の位置・
滑り対偶
1
姿勢は固定機素に対する回転角 θ のみで表すことができ
回り対偶
1
る.したがって回り対偶の自由度は 1 である.機素が空
ねじ対偶
1
間内を自由に動くことができれば自由度は 6 であるから,
回り対偶は 1 自由度の運動のみを許容し,残りの 5 自由
度を拘束すると考えることができる.対偶は剛体に対し
て何らかの運動の拘束を与えるから,対偶の自由度は 5
以下となる.表 1.1 に各種対偶の自由度を示す.また,
低次
円筒対偶
対偶
自在継手
1
2
球面対偶
3
平面対偶
3
高次 線対偶
対偶 点対偶
4
5
図 1.2 にも,各種対偶の自由度が示されている.
1.3.4
平面機構の自由度
次に複数の機素と複数の対偶から成る機構の自由度を考える.機構の自由度は,
「機構を構成する機素の一つを固定したとき,機構の状態(位置と姿勢)を表す
のに必要なパラメータの数」と定義される.たとえば図 1.12 のようなエンジン
の機構を考えると,この機構は,シリンダ,ピストン,コネクティングロッド,
クランクの 4 つの機素から構成される.この内の一つであるシリンダを固定し,
ピストンを運動させると,それに連動してコネクティングロッド,クランクが運
動する.パラメータとしてピストンの位置 x をとれば,x の値が決まれば他の機
素の位置,姿勢は決まる.一方,パラメータとしてクランクの回転角 θ をとれば,
θ の値が決まれば他の機素の位置,姿勢がきまり,x と θ を独立に動かすことは
10
1-3 機構の自由度
できない.このようにパラメータの取り方によ
らず,1 つのパラメータの値を決めれば機構の
x
状態がすべて決まるから,スライダ・クランク
ピストン
機構の自由度は 1 である.
シリンダ
平面機構の自由度は,次式を用いて容易に計
算することができる.
θ
コネク
ティング
ロッド
平面機構の自由度
,1 自由
機素の数を N(この内一つは固定)
度の対偶の数を P1,2 自由度の対偶の数を
P2 とすると,平面機構の自由度 f は
クランク
図 1.12 スライダ・クランク
機構の自由度
f = 3(N−1)−2P1−P2
自由度の式は以下のようにして導かれる.対偶をすべてはずして各機素を平面
内で自由に動けるようにすると,機素 1 つにつき 3 自由度を持つから,固定節を
除く機素の自由度の数は 3(N−1)である.この状態から 1 自由度の対偶で機素
を順に結合していくとき,1 つの対偶につき機素の運動を 2 自由度ずつ拘束する
から,P1 個の対偶で 2 P1 の自由度が拘束される.同様に 2 自由度の対偶は 1 個
につき 1 自由度を拘束するから P2 個で P2 自由度が拘束される.機構の自由度は
(各機素の拘束をはずした時の自由度の和)−(対偶が拘束する自由度の和)より
計算することができるから f = 3(N−1)−2P1−P2 となる.
機構の位置・姿勢を表すパラメータの値を変化させるためには,通常一つのパ
ラメータにつき一つのアクチュエータを用いればよいので,機構の自由度は,機
構を駆動するために必要なアクチュエータの数と考えることもできる.1 自由度
の機構の運動は一つのパラメータで表されるから,入力を一つ与えれば出力が決
まる.このような機構を限定機構という.
「犬を鎖で柱につなぐと自由度は減るか?」
蜻解 答蜷 鎖は犬の動ける範囲(パラメータの値の範囲)を限定するだけで平面内を 3 自
由度で動き回れることには変わりないので,自由度は変化しない.柱の回りを回転できる
ようにした棒で犬をつなぐと,自由度は 1 に減少する.
11
第
1
章
第 1 章 機構の基礎
例題 1−1
(1) 図 1.13 の平面機構の自由度を求めなさい.
(2) 図 1.14 の平面機構の自由度を求めなさい.
C
b
d
β
g
B
a
b
a
θ
D
c
E
α
e
c
A
d
図 1.13
f
F
図 1.14
(1)【解法 1】図 1.13 の機構はリンク a,リンク b,スライダ c,固定要素 d の 4 つの機
素から構成されている(N=4).a と d,a と b,b と c はそれぞれ回り対偶で結合され,
c と d は滑り対偶で結合されている.いずれも 1 自由度の対偶だから P1 =4,P2 =0.
よって自由度は
f = 3×(4−1)−2×4= 1
【解法 2】スライダ c を一つの機素と考えず,機素 b と d が回り・滑り対偶で結合され
ていると考えることもできる.その場合には,機素の数は a,b,d の 3 個,1 自由度の
対偶は回り対偶 2 個,2 自由度の対偶は回り・滑り対偶の 1 個となる.よって
f = 3×(3−1)−2×2−1 =1
【解法 3】リンク a の回転角を θ とすると,θ の値を決めれば機素 a,b,c の位置・姿
勢がきまる.よって 1 自由度となる
(2)【解法 1】機素の数は a ∼ g の 7 個である.このうち f が固定されている.対偶の数
は,回り対偶が 6 個のように見えるが,点 B,点 E に
はそれぞれ 3 つの機素が結合されている.対偶は 2 つ
b
の機素を結合するものであり,3 つの機素を結合する
ためには 2 つの対偶が必要である.点 B を例にとる
g
と,図 1.15 のように a と b が回り対偶 1 で結合され,
a と g が回り対偶 2 で結合されており,a に対して b,
a
回り対偶 1
回り対偶 2
g がそれぞれ独立に回転する.よって点 B,E には合
計 4 個の回り対偶があり,機構全体で回り対偶は 8
個となる.機構の自由度は,
12
図 1.15 3 つの機素を結合する
ためには 2 つの対偶が必要
1-3 機構の自由度
f = 3×(7−1)−2×8= 2
【解法 2】リンク a の回転角を α として,α を決めれば機構の下半分 a,g,e の位置・
姿勢が決まる.さらにリンク b と g の間の角度 β を決めれば機構の上半分 b,c,d の位
置・姿勢が決まる.α と β は独立に動かせるから,自由度は 2 である.
1.3.5
空間機構の自由度
空間機構の機素の数を N,i 自由度の対偶の数を Pi とする.対偶をすべてはず
して機素をばらばらにした場合,固定機素をのぞく N−1 個の機素の空間内での
自由度は 6(N−1)である.この状態から自由度 i の対偶で機素を拘束するとき,
6−i 自由度が拘束される.したがって,空間機構の自由度 f は,拘束のないとき
の機素の自由度から,対偶によって拘束される自由度を引くことにより,次式の
ように求められる.この式をグリューブラーの式という.
空間機構の自由度
5
Σ
f =6(N−1)
− (6−i)Pi=6(N−1)
−5 P1−4P2−3P3−2P4−P5
i=1
例題 1−2
図 1.16(a),(b)のパラレルメカニズムの自由度を求めなさい.
回り対偶
すべり対偶
自在継手
球面対偶
(a)
(b)
図 1.16 パラレルメカニズム
図 1.16 の機構は 3 次元空間内を運動するから空間機構である.
(a)4 本のリンクに各 2 個の機素があり,プレートは 2 枚あるから,機素の数は
N=4×2+2=10,対偶の数は回り対偶が 4 個(P1 =4),球面対偶が 8 個(P3 =8)で
13
第
1
章
第 1 章 機構の基礎
あるから
f = 6(N−1)−5 P1−3P3 =6×9−5×4−3×8=10
(答)10 自由度
補足:上のプレートは空間内を 6 自由度で動かすことができる.また,上のプレートを
任意の位置・姿勢で固定したとき,各リンクは回り対偶の角度を固定したまま,上下の
球面対偶を結ぶ直線のまわりに回転させることができる.したがって機構の自由度は
6+4=10 自由度となる.
(b)機素の数は,6 本のリンクに各 2 個,上下プレートが 2 個より N=14,対偶の数
は,P1 =6(回り対偶),P2 =6(ユニバーサルジョイント),P3 =6(球面ジョイント).
よって自由度は
f = 6(N−1)−5 P1−4P2 −3P3 =6×13−5×6−4×6−3×6=6
(答)6 自由度
補足: 6 個の滑り対偶として油圧シリンダなどの直動アクチュエータを用いれば,シ
リンダの長さの組み合わせにより,上部テーブルの位置・姿勢を 6 自由度で自由に制御
することができる.ドライビングシミュレータなどに応用すれば,上部のプレートに乗
った人は,臨場感のある 6 自由度の運動が体感できる.
1.3.6
ロボットの機構と自由度
ロボットには,人型(ヒューマノイド)ロボット,動物型のロボット,車輪や
クローラによる移動ロボット,工場などで働くアーム型の産業用ロボットなど,
さまざまな形態のものがある.本項では,ロボットの機構の基本であるアーム型
ロボットの機構を取り上げる.アーム型ロボットは「マニピュレータ」ともよば
れる.産業用ロボットが初めて製品化されたのは 1962 年のことであり,米国の
ユニメーション社の「ユニメート」と,AMF 社の「バーサトラン」が同時期に
登場した.ユニメートは図 1.17(a)のような極座標型であり,r,θ ,φ の 3 自由
度によりロボットの先端を空間内の任意の位置に移動させることができる.バー
サトランは図 1.17(b)のような円筒座標型で r,z,φ の 3 自由度を有する.極座
標型,円筒座標型の機構は,それぞれユニメート型,バーサトラン型ともよばれ,
1960 年代から 1970 年代前半にかけて産業用ロボットに多く用いられた.このほ
か x 軸,y 軸,z 軸方向の滑り対偶を有する直交座標型のロボットも用いられる
(図 1.17(c)).なお,ロボットを図示する際には,図 1.18 のような記号を用いた
スケルトン図がよく利用される.
1980 年代には日本で急速にロボットが普及し,1980 年は「ロボット普及元年」
とよばれる.現在の産業用ロボットに用いられている機構は,垂直平面内でアー
14
1-3 機構の自由度
第
1
章
θ
r
φ
( a ) 極座標型,ユニメート型 (川崎重工業 , 川崎ユニメート 2000)
r
y
z
z
φ
x
( b ) 円筒座標型,バーサトラン型(デンソーウェーブ)
( d ) 垂直多関節型(東芝機械)
( c ) 直交座標型(オザック精工)
( e ) 水平多関節型,SCARA 型(デンソーウェーブ)
図 1.17 ロボットの機構とスケルトン図
回り対偶
滑り対偶
球面対偶
図 1.18 スケルトン図に用いる記号
ムが動作する垂直多関節型ロボット,水平面内で動作する水平多関節型ロボット
がほとんどである.垂直多関節型は 6 自由度以上有しマニピュレータの先端のエ
ンドエフェクタ(グリッパ,工具など先端に付く道具)を空間内の自由な位置・
姿勢に移動させることができる.一方,水平多関節型ロボットは SCARA 型とも
15
第 1 章 機構の基礎
よばれ,水平面内の移動と上下動の 4 自由度を有する.SCARA とは「選択的な
コンプライアンス(剛性の逆数)をもつロボットアーム」の意味であり,水平方
向には剛性が低く,垂直方向には剛性が高い.垂直な軸を穴に挿入するなど,物
体を水平面内で位置決めをして配置したり組み立てたりする作業に適する.
エンドエフェクタを希望の位置,姿勢に移動させるためには 6 自由度のマニピ
ュレータを用いれば十分であり,7 自由度以上のマニピュレータは冗長マニピュ
レータとよばれる.冗長マニピュレータでは,エンドエフェクタを空間内の希望
の位置・姿勢に保ったまま,中間の関節の位置を変えることができる.障害物を
避けたり,後に述べる特異姿勢を避けて作業を行うために用いられる.
直鎖機構の自由度
ロボットの機構では,図 1.19 のように,固定された機素から「対偶―機素」
の組を次々に連結した直鎖機構(シリアルメカニズム)が用いられることが多い.
このような機構では,対偶の数を n としたとき,機素の数 N は n 個と固定機素
で N = n+1 となる.各対偶の自由度を f 1,f 2,… f n,とすると,i 番目の対偶が
拘束する自由度は,平面機構では 3−f i,空間機構では 6−f i である.機構の自
由度は,(対偶を取り外したときの機素の自由度の和)−(対偶が拘束する自由度
の和)で計算できるから次式で表される.
n
n
Σ
n
Σ f )=Σ f
平面機構: f =3(N−1)
− (3−f i)
=3 n−
(3 n−
i=1
i
i=1
n
n
Σ
n
Σ f )=Σ f
空間機構: f =6(N−1)
− (6−f i)
=6 n−
(6 n−
i=1
i
i=1
i
i=1
i
i=1
いずれの場合も,
「直鎖機構の自由度は,各対偶の自由度の和」となる.
水平多関節型ロボットは鉛直軸まわりの回り対偶(1 自由度)が 3 個,鉛直方
向に動く滑り対偶(1 自由度)が 1 個で 4 自由度となる.垂直多関節ロボットは
fn
f2
1
f1
0
n−1
2
…
原動節
f n−1
n
原動節
原動節
自由度 f 1 の
対偶(関節)
固定節
図 1.19 直鎖機構
16
1-3 機構の自由度
回り対偶(1 自由度)が次々に連結されるので,回り対偶の数が自由度となる.
直鎖機構の関節(対偶)には,一般にその対偶の自由度の数だけアクチュエータ
が配置され,各機素が駆動される.したがって,固定節以外すべて原動節となる.
例題 1−3
人間の腕(肩,肘,手首)の自由度を求めなさい.
各関節(対偶)の自由度を求める際には,根元側を固定したときに先端側が何自由度
動くかを考えればよい.肩は,体を固定したときに 3 軸のまわりに回転できるから 3 自
由度の球面対偶である.肘は,上腕を固定したときに 1 方向の曲げとねじりが可能であ
るから 2 自由度である.手首は,下腕を固定したときに 2 方向の曲げが可能であるから
2 自由度である.人間の腕は直鎖機構であるから,各関節の自由度の和を求めると,
3+2+2=7 自由度となる.
なお,手首より先は,各指に 3 つの関節があり,根元から順に 2+1+1=4 自由度で
あるから,5 本の指の合計は 20 自由度となる.
1.3.7
適合条件
図 1.20 に示す 4 節回転リンク機構の自由度を考える.この機構はすべてのリ
ンクが紙面に平行な平面内で運動するから,平面機構である.機素の数は N=4,
−2P1 =3×3−2×4=1 自由度である.
回り対偶の数は P1 =4 より,f =3(N−1)
一方,平面機構は空間内を運動する機構でもあるから,空間機構と考えて自由度
を求めると
f = 6(N−1)−5P1 =6×3−5×4=−2 自由度となる.
自由度が 0 以下であるとき,その機構は動かないことを意味している.2 つの
方法で求めた自由度の値が異なるのはなぜだろうか.それは,空間機構では図
1.21 のように回り対偶の回転軸が一般に平行ではなく,このような場合には機構
は動かないのである.逆に平面機構の場合には,「回り対偶の軸がすべて平行」
という条件が満たされており,この場合に限り動かすことができる.このように
自由度が 0 以下でも機構の相対運動が可能となる幾何学的条件を適合条件という.
4 節回転リンク機構を製作する際には,軸が平行になるように精度よく作らない
と動かないので注意が必要である.
17
第
1
章
第 1 章 機構の基礎
C
C
B
A
B
D
D
A
図 1.20 4 節回転リンク機構
図 1.21 空間機構としての
4 節回転リンク機構
例題 1−4
図 1.22 の平面機構の自由度を求めなさい.自
A
由度が 0 以下の場合には適合条件を求めなさい.
C
E
機素の数は N=5,対偶の数は回り対偶が 6(P1 =
6).よって機構の自由度は
F
B
f = 3(N−1)−2 P1 =3×4−2×6=0
D
図 1.22
一般には動かない機構である.この機構の適合条
件は,四角形 ABFE,EFDC が常に平行四辺形を保
A
E
C
つことであり,幾何学的には「AC//BD,AB//CD
//EF」または「AE = BF,EC = FD,AB = CD =
EF」と表現できる.
適合条件を満たす場合には,リンク EF が機構の
B
F
運動を妨げないため,EF を取り除いた 4 節回転リ
ンク機構と同等であり,自由度は 1 となる.適合条
D
図 1.23
件を満たさない機構の例を図 1.23 に示す.この場
合は,リンク AC を右に動かそうとすると,リンク AB,CD は倒れる方向に回転し,
リンク EF は垂直に立つ方向に回転しようとするから動かない.
トラスとラーメン
棒状の部材をピン(回り対偶)で結合し,三角形を基本として組み上げられた
骨組み構造をトラス構造とよぶ.トラス構造の自由度は 0 となり動かないが,
回り対偶で結合されているため,部材間でモーメントは伝達されず,各部材には
18
1-3 機構の自由度
引っ張りまたは圧縮の軸力のみが働く.これに対し
b
第
1
章
て,部材どうしを溶接などで固定した骨組構造をラ
ーメン構造とよぶ.ラーメン構造では,結合部でモ
c
a
ーメントが発生し,各部材に働く力,モーメントの
計算は複雑になる.
図 1.24 は,3 つの回り対偶と 3 つの機素で 3 角形
図 1.24 トラス構造 1
を構成したもので,自由度は
f = 3(N−1)−2P1 =3×(3−1)−2×3=0
対偶が回転することはない.0 自由度の機構を固定
機構,または固定連鎖とよぶ.
a
f
次に橋などに用いられる図 1.25 のトラス構造の自
9)である.
2
c
g
2
2
由度を求めてみよう.機素の数は a∼i の 9 個(N=
b
2
である.したがって,フックにものをかけても回り
e
i
3
h
d
i
図 1.25 トラス構造 2
数字は各点の対偶の数を示す
3 つの部材が集まる点には 2 つの対偶があり,4 つ
の部材が集まる点には 3 つの対偶があることに注意すると,回り対偶は 11 個,
滑り対偶は 1 個となり P1 =12 である.平面機構であるから
f = 3(N−1)−2P1 =3×(9−1)−2×12=0
よって 0 自由度の固定機構となる.
19
1 曲がりやすい自転車
問題 ■
図 1 に示したシティサイクル型自転車の前輪において,タイヤの中心を点 O,
タイヤの接地点を点 P とする.点 P を通り,ハンドルの回転軸 AB と直交する線
分 CD を含む平面 Ω をハンドル側から見たときの力のモーメント M を考えて,
以下の設問に答えなさい.なお,自転車は停止しているとする.
(1)タイヤの接地点 P における摩擦力を f,平面 Ω でのハンドルの回転軸 AB と
タイヤの接地点 P の距離を a とする.ハンドルを反時計回りに回転するため
の回転軸 AB まわりの力のモーメント M を求めなさい.
(2)ハンドルをまわすときに摩擦 f による抵抗を生じさせないためのハンドルの
回転軸の構造を図 2 に描きなさい.
ハンドルの
回転軸
A
O
C
D
P
a
平面 の
Ω
切断面
B
P
タイヤの接地点
タイヤの接地点
図 1 シティサイクル型自転車の前輪
図 2 (2)の解答欄
●解答●
(1)ハンドルを反時計回りに回転するための力のモ
ーメントは,平面 Ω 上では図 3 のように表せる.し
タイヤの向き
力のモーメント
M
ハンドルの
回転軸
たがって,M=fa となる.
(2)図 4 に示すように,回転軸に対してハンドルを
屈曲させれば良い.
f
摩擦力
P
a モーメント
アーム
タイヤの接地点 P がハンドルの回転軸 AB と地面
との交点になるようにハンドルを屈曲させて点 O と
連結すると,平面 Ω におけるハンドルの回転軸まわ
図 3 平面 Ω での力のモーメント
りのモーメントアーム a が 0 になるため,ハンドルをまわすときに摩擦力 f は抵抗を生
じない.ただし,ハンドルの抵抗がないと直進安定性を損なうため,実際のシティサイ
20
A
クル型自転車ではハンドルの回転軸 AB をタイヤの接地
点 P よりも少し前にすることで,タイヤが進行方向を向
ハンドルの
回転軸
きやすくしている.また,同様の理由からオートバイの
前輪は図 1 の構造になっている.
タイヤが進行方向を向く原理は,回転軸が地面と垂直
になっている例である偏心キャスタに置き換えるとわか
りやすい.偏心キャスタが首を振る回転軸とタイヤの接
O
地点を結ぶ線分を上から見た角度を偏心キャスタの姿勢
と定義すると,偏心キャスタの進む方向と反対向きの摩
擦力によって,偏心キャスタの姿勢は進む方向と自律的
P
タイヤの接地点 B
に一致しようとする.
興味をもった読者は,身のまわりの自転車や偏心キャ
図 4 ハンドルの構造
スタを観察すると良い.本書を読破すれば,今まで見過
ごしていたさまざまな道具や装置の中にも,機構学の知
恵が用いられていることに気づくはずである.
2 手のモデリング
問題 ■
はさみを使っているときの指について,はさみの 2 枚の刃が重なっている平面
内での動きに着目して,以下の設問に答えなさい.なお,道具や環境の拘束によ
って人間の手や腕(多自由度系)の機能を限定したときに,どこまで単純化した
機構で目的の動きを表現できるかを考えること.
親指の先端
親指の先端
刃1
刃1
固定節
人差し指の位置 中指の位置
刃 2 の動き
刃2
固定節
人差し指の位置 中指の位置
刃2
図 5 (1)の解答欄
(1)はさみと指による閉ループ構造を,1 自由度の平面機構でモデル化して,図
5 を完成させなさい.ただし,人差し指と中指は動かさず(固定点とみなす)
,
親指のみを動かす(動点とみなす)ものとする.
21
第
1
章
(2)設問(1)で描いた平面機構の自由度を計算して,自由度が 1 になっているこ
とを確認しなさい.
●解答●
(1)はさみを使っているときの指について,親指を 2 本のリンクでモデリングした例を
図 6 に示す.刃 1 と刃 2 を 2 つのリンクと見なすと,親指とあわせて 4 本のリンクが
4 つの回り対偶を介して閉じたループを形成している.このような機構を 4 節リンク機
構という.なお,黒い丸は固定点,白い丸は動点を示している.4 節リンク機構につい
ては第 3 章で詳しく説明するが,4 つの回り対偶のうちの 1 つを滑り対偶に置き換えて
も機構として成立する.その機構をスライダ・クランク機構という.はさみを使ってい
るときの指をスライダ・クランク機構でモデリングした例を図 7 に示す.
親指の先端
親指
親指
親指の先端
親指の
動き
刃1
刃1
固定節
刃2
人差し指の位置
刃 2 の動き
中指の位置
固定節
人差し指の位置 中指の位置
刃2
図 6 解答例 1(4 節リンク機構を用いた場合)
スライダ
親指の先端
スライダ
の動き
親指の先端
親指
刃1
刃1
固定節
人差し指の位置 中指の位置
刃 2 の動き
スライダ
親指
刃 2 固定節
人差し指の位置 中指の位置
刃2
図 7 解答例 2(スライダ・クランク機構を用いた場合)
(2)1-3 節の自由度計算の式を用いる.機素の数 N=4,自由度 1 の対偶の数 P1 =4,
自由度 2 の対偶の数 P2 =0 なので,平面機構の自由度 f は次式で求められる.
f =3(N−1)−2 P1 −P2 =3×3−2×4−0=1
設計した機構の自由度は計算結果と一致していることから,はさみを使うときの平面
内での親指の動きは,自由度 1 の機構でモデリングできる.すなわち,アクチュエー
22