付録 B ベクトリクス

504
付録 B ベクトリクス
付録 B ベクトリクス
第 2 章から明らかなように、宇宙機の姿勢力学を取り扱う場合多くの基準座標系を巧みに並行
して利用する必要がある。現代の宇宙機は一般的に構成上いくつかの副物体を含んだ力学モデルを
必要とするような形態をとる;そのためこれらの物体のそれぞれに1つ以上の基準座標系を割り当
てる必要がある。さらに外部的な要素 ― 例えば軌道の形状、姿勢検出のための基準、指向目標、
および第 8 章で記述される各種のトルク源 ― がモデルに付け加えられると、基準座標系の数はさ
らに増加する。これらの多数の基準座標系に対処するためには表記法に関して適当な仕掛けが必要
(著者によって造り出されたことば)はこのような仕掛けを与える
になる。ベクトリクス(vectrix)
ものである。
力学における微分方程式の多くは、最初ベクトルの形ですなわち基準座標系から独立した形で
記述される。力学系の定式化をラグランジュ関数またはハミルトン関数によって行う([Lanczos])
ときでも、運動エネルギー、位置エネルギー、および仮想仕事を定式化するのにベクトルの枠組み
を使うことが多くの場合最も手早い手段となっている。またいったんベクトルで記述したあと、通
常、解析の最終的なゴールとなるのはこのベクトル系の方程式を書き換えてスカラー系の運動方程
式を得ることである。ただしベクトル量をスカラー記述に変えるのは、ある程度初期のステップが
完了するまで遅らせることが一般的に得策である。このようにベクトル方程式をその等価なスカラ
ー方程式に変換できるようにするには、次の原則を守る必要がある:つまりベクトル方程式の全て
の項は同じ座標系で記述されていなければならないということである。多くの基準座標系を使用す
る解析においてはこの原則に沿うために、どのベクトルをどの座標系で記述したかを注意深く見届
ける必要があり、
また1つの座標系における成分を他の座標系の成分へ変換する手段が必要になる。
ベクトリクスは、これらの記述および変換の過程を正しく追跡し確実に正しいスカラー方程式を導
くためのわかりやすくかつ確実な数学的形式を与える。
B.1 用語に関する注釈
初めに「ベクトル」によって何を意味するかについて明確にしておかなければならない。この
ことばは、本書においては一貫して 3 次元空間において大きさおよび方向の両方を持つ量を意味す
るために使われる。したがって例えば速度 v はベクトルである。このように定義したベクトルは
[Gibbs]による解説的な教科書にちなんで Gibbs のベクトルと呼ばれている。もちろん全てのベクト
ルはいかなる基準座標系 F においても記述することができる。一般には F は同一平面上にない任意
の 3 つの基準ベクトル(basis vector)から形成できるが、本書では、これらの基準ベクトルが単位
長で互いに直角をなしかつ右手系をなすような座標系だけを取り扱う(図 B.1)
。そしてベクトル v
をこのような座標系 Fa における成分{ v1 , v 2 , v 3 }に分解して、次式のように書く。
v  v1 aˆ 1  v 2 aˆ 2  v 3 aˆ 3
(1)
また行列記法からの恩恵をうけるために、これらの成分を多くの場合 3  1 の列行列にまとめ次式の
ように v と表す:
B.2
505
ベクトリクス
図 B.1 基準座標系 Fa およびベクトル v
v  v1
v2
v3 
T
(2)
列行列 v はしばしばベクトルとして扱われるが ― システム理論の観点からはそのように扱うこと
は理解できるが ― 混乱を避けるために、ここではそうしないでベクトルとは区別して扱うことに
する。つまり記号 v (基準座標系とは無関係)だけをベクトルと呼ぶ;そして記号 v(ベクトル v お
よび特定の基準座標系の存在を前提としている)は単に列行列と呼ぶ。
この両者を混同する原因についてもう少し触れておこう。数学者はより一般的な意味で行列 v
をベクトルとして扱う:つまり行列は線形ベクトル空間の1つの要素であり、全ての n  1 の列行列
の組(また同様に全ての n  m 行列の組)は1つの線形ベクトル空間を構成している;この意味で
5  7 の行列はベクトルである。しかしここでは行列という専門用語をこのような意味で使うことは
しない。つまり「行列ベクトル記法(matrix vector notation)」と言う代わりに単に「行列記法(matrix
notation)
」と言おう。
B.2 ベクトリクス
経験的に言えることであるが、ベクトリクス記法を学ぶという投資を行えば十分見返りが得ら
れる。ちなみに同様の数学的形式は例えば[Likins, 3]および[Wittenburg]も展開している。さてベクト
リクス記法の中心的な要素は、B.1 節の式 ( 1 ) の右辺が 2 つの列行列 u と v の内積の形と似ている
ということにある。いま v に加えて行列 u を次のように定義しよう:
u  u1
u2
u3 
T
(1)
そうすると u と v の内積は次式のようになる。
v T u  v1u1  v 2u 2  v 3u 3  u T v
(2)
そこでこれら両者の相似性に着目して、B.1 節の式 ( 1 ) の関係を行列演算として表すために、座標
系 Fa に対応するベクトリクス Fa をその基準ベクトルによって次のように定義する:
Fa  aˆ 1
aˆ 2
aˆ 3 
T
(3)
ベクトリクスはその名前が示すように二重人格的であり、ベクトルと行列の両特性を同時に持って
506
付録 B ベクトリクス
いるが、このように基本的なベクトリクス Fa の要素は 1 組の基準ベクトルである。さてベクトリク
ス Fa を使うと、ベクトル v は Fa におけるその成分 v に関して次のように記述できる:
v  v T Fa  Fa T v
(4)
上式を書き下すと B.1 節の式 ( 1 ) を得る)
上式は
「 v
(上式の Fa は式 ( 2 ) の u と相似の関係にあり、
はベクトルであり Fa におけるその成分は列行列 v の要素である」ということを象徴的に表している。
つぎに行列の外積と同じように次式を定義しよう。
 aˆ 1  aˆ 1 aˆ 1  aˆ 2

Fa  Fa T  aˆ 2  aˆ 1 aˆ 2  aˆ 2
 aˆ 3  aˆ 1 aˆ 3  aˆ 2
aˆ 1  aˆ 3  1 0 0 
 

aˆ 2  aˆ 3   0 1 0   1
aˆ 3  aˆ 3  0 0 1 
(5)
この式から今度は式 ( 4 ) とは逆の v と v の間の関係が次のように得られる:
v  1v  Fa  Fa T v  Fa  v  v  Fa
v T  v T 1  v T Fa  Fa T  v  Fa T  Fa T  v
(6)
この結果をことばで表現すると、v は列行列でありその要素は Fa におけるベクトル v の成分である
ということである。
ベクトリクスは、ベクトル方程式であろうと行列方程式であろうと、同じ方程式の中にベクト
ルと列行列の両方を含めることができるいうことに注意されたい。その最も基本的な例は式 ( 4 ) で
あるが、ここではベクトル方程式の中に v と v の両方を取り込んでいる。また式 ( 6 ) では行列方程
式の中に v と v の両方を取り込んでいる。
同じような方法で次式を定義しよう。
 aˆ 1 
 
Fa  Fa T  aˆ 2   aˆ 1 aˆ 2
 aˆ 3 
aˆ 3 
 aˆ 1  aˆ 1 aˆ 1  aˆ 2

 aˆ 2  aˆ 1 aˆ 2  aˆ 2
 aˆ 3  aˆ 1 aˆ 3  aˆ 2
aˆ 1  aˆ 3   0
 
aˆ 2  aˆ 3     aˆ 3
aˆ 3  aˆ 3   aˆ 2
aˆ 3  aˆ 2 

0
aˆ 1 
 aˆ 1
0 
(7)
このように Fa  Fa T は 3  3 の交代ベクトリクスであり、その要素は基準ベクトルを式 ( 7 ) に示すよ
うに配置したものである。
なお 2 つの演算、すなわち式 ( 5 ) によって定義される Fa  Fa T および式 ( 7 ) によって定義され
る Fa  Fa T は、基本的なベクトリクス間の演算として本書で必要となるただ 2 つの演算である。
いくつかのベクトル
さてここでいくつかのベクトル u 、 v 、w
 、. . . を考え、すべて同じ座標系 Fa で表すことにし
て次のように成分行列を定義する:
u1
v1
u2
u 3   u  Fa  u
v2
v 3   v  Fa  v
T
T